挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
40/239

第三十八章 NPC

 武器を持っただけで使える基本スキルを第一スキルとし、その後新しく覚えた技を第二、第三スキルとしていった時、忍刀の第八スキルに当たる技に、『夢幻蜃気楼』という物がある。

 『猫耳猫』においてはスキルのバグ程度は大抵は見逃されるのだが、『花金スカイウォーカー事件』を引き起こした『空中ジャンプ』と、この『夢幻蜃気楼』についてだけは最初のパッチで修正がなされた。
 『夢幻蜃気楼』は技の習得がそれなりに困難で扱いにくかったために使い手がほとんどおらず、生まれる効果もインパクトに乏しかったせいでネット界隈などでは大した知名度を持たなかったが、ゲーム進行において、やはり致命的と言えるほどの効果をもたらすバグを持っていたのだ。

 このスキルは、使用者の半径10メートル程度の範囲にランダムに転移して斬撃、というのを何度も繰り返す技であり、第八スキルであるのでそれなりには強い技のはずなのだが、いかんせん使い勝手が悪かった。

 10メートル範囲でランダムとか、はっきり言って敵が密集してる中で使うのでもなければまず当たらない。
 まあ緊急回避技としてならギリギリ使えなくもないが、転移した先にもダメージ判定はあるため範囲攻撃を避けられないし、最後の転移場所がスキル終了時の自分の居場所になるので、敵の目前でスキル硬直状態になることもあるし、咄嗟に自分がどこにいるのか判断出来ず、棒立ちのまま相手に攻撃されてしまうこともしばしば。
 正直あまり使える技とは言えない物だった。

 そして何より、この技には大きな問題があった。
 このスキルは短いスパンで転移と斬撃を繰り返す訳で、つまりは0.5秒にも満たないくらいの間隔で、視界がどんどん切り替わることになるのだ。
 もはや目が回るどころの話ではない。
 もちろん個人差はあったが、この技を使ったプレイヤーはスキル終了後、高確率で気分が悪くなってしまう。

 その破壊力はと言えば、このスキルに対する苦情などから、スキル使用時の視点移動がリアルにリアルで社会問題になりかけ、のちのち他の動きの激しい系のスキルにも修正がかけられたほどだ。


 しかし、それでもなおその技を使い続けた変人(そもそも重度の『猫耳猫』プレイヤーの変人率は80%以上と言われている。俺みたいな常識人はむしろ極一部だ)が、ある有用なバグを発見した。
 通称、『蜃気楼の壁抜けバグ』である。

 これは名前を聞くだけでその内容は大体想像がつくだろう。
 『夢幻蜃気楼』はランダムにテレポートを繰り返す技だが、プレイヤーはその時最後にテレポートした場所に移動することになる。
 そしてそのランダムテレポートに選ばれる場所の条件は、『半径10メートル以内にある、プレイヤーが存在出来る空間』というだけなので、その先が本来は鍵がかかっていて移動出来ない場所であろうが、入る手段がないはずの空きスペースだろうが、問答無用でテレポート出来るのである。

 例えば鍵のかかった部屋の前で『夢幻蜃気楼』を使い続ければ、いつかは最後の転移先が部屋の中になって、本来入れない場所でも入れてしまうという寸法だ。
 おまけにプレイヤーが存在出来るスペースがある、という前提で移動が成立するため、転移バグにありがちな『いしのなかにいる』系の悲劇も起こらず、更には理論上は同じ技を使い続けることで必ず元の場所に戻ることが出来る。
 吐き気と戦う覚悟さえあれば、非常にリスクの少ないバグ技だった。

 そうは言っても入れない場所に行ってしまうとそれが原因で予想もつかないバグが連鎖的に起こることもあるし、何よりこのバグは発見された時期が遅かった割に、一番早くに修正が入った。
 技の最後にプレイヤーが元いた場所に戻るように技が修正され、スキルによる場所の移動がなくなったのだ。
 もちろんパッチで修正が入ったことによってすぐにこのバグの使用は下火になったが、それまでの間にこれを利用したたくさんの面白映像が撮影され、ネットにばらまかれた。

 そして、その一つに『リヒト王家の仮面家族』と呼ばれる動画がある。


 基本的に『猫耳猫』における王族というのはイベント専用キャラで、王族ということで特別な感じを出したかったのか、仲間イベントとかを作るのが面倒だったのか、はたまた流石に王族を仲間として連れまわしちゃまずいだろ、という『猫耳猫』に見合わない配慮のせいか、彼らを仲間にしたり普通の会話を楽しんだり、ということは出来なかった。

 しかしイベントにおける王族の活躍ぶりは凄まじく、たまに謁見イベントで存在感を示すリヒト王フルフィルの他、王妃メリアルダや王女シェルミアも『王都襲撃』イベントなどでは陣頭に立ち、並外れた魔法の腕前で多くの魔物を撃ち落とした。

 そのレア度が逆に神秘性を高め人々の琴線に触れたのか、王妃も王女も人気ランキングの常連となり、特に王女のシェルミアなどは一時期あの『お助けチーター』ミツキ・ヒサメと人気ランク一位の座を争うこともあった。
 その渦中に投下されたのが、この『リヒト王家の仮面家族』という動画である。


 王宮は基本的に立ち入り禁止地域が多く、謁見の間くらいにしか普段から入れる場所がないのだが、『リヒト王家の仮面家族』には明らかに謁見の間ではない部屋が見えていて、そこには王様だけでなく、イベント以外では姿を見せないはずの王妃や王女の姿もあった。

 本来ありえるはずのない場所で、王族三人との顔合わせが成っている。
 これはもちろん、『蜃気楼の壁抜けバグ』利用した通常ありえないシチュエーションである。

 しかし、この動画のおかしい所はそれだけではない。
 同じ空間にプレイヤーを含めて四人の人間がいるにもかかわらず、この家族、全く会話がないのである。


 謁見の間と同じように部屋の椅子に偉そうに腰掛け続ける王様、なぜかその横に立ち続ける王妃、そして王の対面の椅子に座ったまま、まばたき一つしない王女。

 要は全員がイベント専用キャラのため、日常会話や日常の挙動が一つも設定されておらず、みんなが何もしていないというだけなのだが、ゲームキャラらしい端正な顔立ちのキャラクターが物も言わず身じろぎもせずにずっとその場にいる、というのはやはりどこか空恐ろしい物がある。

 王と、それに王妃もたまに謁見の間でプレイヤーと接する機会があるからか、『マリみて道場』のマリエールさんのように、プレイヤーが動くとそれに合わせて顔を動かしたりもするのだが、王女に至ってはぴくりとも動かない。

 本当に、身動き一つしない。
 たぶん、息もしていなかった。

 これを見た時俺は、どんなにリアルでも『猫耳猫』がゲームなんだと思い知ったのを今でも覚えている。

 まあ一番おかしいのはひたすら無言で佇み続ける家族を30分間も撮り続けた撮影者のような気もするが、この一件で王族キャラの話題がネットで紛糾した。
 特にシェルミア王女には『人形王女』なんてあだ名がつき、一気に人気が暴落……するかと思いきや一部界隈ではむしろ逆に高騰し、一瞬にして人気ランキング得票数でヒサメを圧倒した。
 ちなみにその直後、結婚対象キャラでないことが発覚してすぐさま逆転される、というドラマがあったのだが、まあそれはいい。

 結局何が言いたいかというと、『猫耳猫』のNPCのAIには明確な性能差があるということ。
 『人形王女』のように明らかに適当な設定をされたキャラクターもいれば、逆に「これ、中に誰か入ってるんじゃね?」とか言いたくなるような、賢い受け答えをするキャラクターもいる。

 そして、

「おにいちゃーん? おにいちゃんって、『ゆうしゃ』なのー?」

 今、王都を歩いている俺にまとわりつくようにやってきたこの少女は、後者の代表の一つである。



(何で俺は、着いた早々面倒なものを張りつけちゃうかなぁ……)

 後悔してもしきれないとはこのことだ。
 久しぶりに一人になって、浮かれていたのがよくなかったのかもしれない。

 魔封船から降りた俺は、とりあえず王都を散策しようと歩き回って、つい何も考えずに王都の正門の近くを通ってしまったが、それが間違いだった。
 王都における最初の洗礼とも言える超有名モブキャラクター、『ポイズンたん』につかまってしまったのだ。

「ねーねー。おにいちゃーん。おにいちゃんって、『ゆうしゃ』なのー?」

 俺の後ろを、小学校低学年くらいの外見の小さな女の子がついてきていた。
 彼女は一切のイベントに関わらず、カーソルを合わせても名前すら分からないモブキャラだが、『猫耳猫』プレイヤーからは『ポイズンたん』とのあだ名をつけられ、多くのプレイヤーから恐れられている。

 恐れられているとは言っても、他の『猫耳猫』のイベントキャラのように、彼女が直接プレイヤーに危害を加えて来ることはない。
 彼女はただ、質問をしてくるだけだ。

「おにいちゃんは『ゆうしゃ』なの?」

 と。


 この質問自体は特に物珍しいものではないし、ある意味『主人公=ヒーロー』である大抵のRPGにおいて、ある種お約束的な質問と言ってもいい。

 ただ、これにどんな答えを返しても、彼女は人間以上に人間らしい受け答えをするのだ。
 例えば、「ああ、俺は勇者だよ」と答えると、

「あは、おにいちゃんじょーだんうまーい!
 だって、おにいちゃんまだれべるごじゅうにだよね?
 そうげんの『はぐれのらいむ』にもかてないよーなざこなのに、どうやってまおーをたおすのー?」

 などとプレイヤーの心のライフをガシガシ削りに来る。
 逆に「いや、残念だけど俺は勇者じゃないんだ」と答えると、

「あ、そっか。ごめんなさい、おにいちゃん。
 よくみればおにいちゃん、すっごい『もぶがお』だし、こんなのが『ゆうしゃ』だったらみんながっかりしちゃうよね。
 へんなこときいちゃって、ほんとうにごめんね」

 のようにプレイヤーの心をバキバキに折りに来る。
 ならば「俺が勇者かどうかは、今はまだ分からないな」と、普通のゲームなら最善と思えるような返答をしてみても、

「おにーちゃん、すごーい!
 わたしよりずっととしうえのくせに、こんなかんたんなしつもんにもこたえられないなんて、ほんとすごいねー。
 おにいちゃん、よくそんなんではずかしげもなくいきていられるよねー!」

 などと言葉のナイフを突き込んでくる。

 それ以外にもとにかく言葉のバリエーションが豊富で、彼女を言いくるめようと何か答える度、全く違う台詞で論破されるというから驚きである。
 ちなみにここでイラッとしたプレイヤーが思わず手を出すと、彼女は思いがけない強さで反撃、プレイヤーを地面に組み伏せて、

「ねーねー。
 ちっちゃいこにくちでかてないからってぼーりょくふるって、しかもまけてじべたにはいつくばるのって、どーゆーきもちー?
 ねー、いまどんなきもちー?
 ねーねー、おしえてよー、ねー」

 とくる。
 本当に人の神経を逆撫ですることにかけては一級品の『猫耳猫』スタッフである。


 さて、はっきり言うが、イーナとかヒサメとかの正直すぎる相手ならともかく、口ゲンカも大して強くない俺が彼女に口で勝つのは不可能だ。
 そもそもポイズンたんはちょっときついことを言うだけで、特に実害がある訳でもない。
 別に毒舌を吐かれるくらい流してしまえばいいとは思うのだが、しかしゲームのように一方的に言い負かされるのもやっぱり面白くはない。

(幸いにも、今の俺には活路がある)

 キャラクターの行動などというのは、ゲームが現実になって一番変わったと言ってもいいくらいの部分。
 俺が正規の手順を踏まずに不知火を入手したように、教会でマリエールさんに頼んで、一人で懺悔室を使える環境を整えたように、あるいは勝負の手法と勝ち方をズラし、どうにかヒサメの結婚イベントを回避したように。
 人間相手であるのなら、抜け道はいくらでもある。

 今まで彼女に対するのに、話をすることだけが唯一の手段だった。
 彼女のAIがそれ以外の行動を受け付けていなかったのだ。
 しかしゲームであり現実であるこの世界でなら、こういうことだって出来る。

「ねーねー、おにいちゃ……ん?」

 彼女の言葉が唐突に止まる。
 それは俺が彼女の鼻先に、鞄から取り出した『ある物』を突きつけたからだ。
 そうして俺は、出来るだけ友好的に見えるように笑顔を作って、言った。


「あ、アメちゃん、食べるかい?」


 そうだ。
 ゲームであり現実でもあるこの世界では、こういう選択肢にない選択肢を選ぶことが出来る。
 彼女をゲームキャラではなく、ただのおませな子供だと見れば自ずと答えは出る。

 言葉による議論ではなく、甘い物による懐柔。
 これが俺の考える、唯一の正しい解答だ。

 その、返答は――


「………………」


 ――無言、だった。

 誰よりも饒舌なキャラクターのはずの彼女が何も言わず、かといって俺の差し出したアメも取らず、近くにあった門の方に駆けていったのだ。
 そしてそのまま、門の傍に立っていた衛兵に何か話しかけている。

 当然俺には読唇術なんて使えないから、遠くにいる人間が何を言ったのかなんて、判別することが出来ない。
 だが、なぜだろう。
 その時に彼女が俺の方を指差して何を言ったのかは、不思議と読み取ることが出来た。


『――おまわりさん、あいつです』


 俺は全速力で逃げ出した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ