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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第三章 キャンセル

「ステップ!」

 迫る凶刃に、俺は半ば反射的にステップを発動、後ろに下がった。

 女盗賊の振るった一撃は、実際にはそう大した速度でもなかったはずだ。
 実際、少なくともいつものようにゲームをプレイしているのであれば、何のスキルもなしに回避出来ただろう。
 ステップを使うにしても、普段であれば後ろではなく横に跳んだかもしれない。
 だが、恐怖が俺を後ろに動かした。

「ふっ」

 それを見た女盗賊の顔に嘲笑が浮かぶ。
 背筋にぞくっと震えが走った。

(技後硬直か!)

 その邪悪な笑みに、女盗賊が何を狙っていたのか分かってしまったのだ。
 ステップは優秀な緊急回避技だが、スキルである以上、発動後に硬直時間が出来る。
 回避される前提の攻撃を繰り出し、こちらがステップで逃げた所を追撃する。
 それが相手の狙いだった。

 相手の思惑が分かっても、スキルを途中で止めることは出来ない。
 ステップは瞬間的な移動速度に優れるが、初速以外はそう素早くもない。
 駆け込んできた女盗賊にあっさりと追いつかれ、

「終わりだよ、スラッシュ!」

 叫びながら、女盗賊はスキルを発動する。
 スラッシュは初級の技であるが、ゲームによって設定されたスキルの威力は通常の攻撃の比ではない。
 女盗賊と俺の能力差も考えれば、この一撃はたやすく俺の命を刈り取るだろう。

 白刃が迫る中、俺は考える。
 ああ、どうして俺は、ゲームでの経験がこの世界でも通用するかなんて、考えてしまったのだろう、と。
 ゲームでの知識や経験なんて、この世界では……


「スラッシュ!!」


 何にも代えがたい財産であるに、決まっているのに!!

「なっ?!」

 女盗賊より一瞬遅く・・・・繰り出した俺のスラッシュが、女盗賊のスラッシュより一瞬早く・・・・相手に届いた。
 俺の一撃は鎧に阻まれ大したダメージにはならなかったものの、そのダメージで相手の技は中断される。

 なぜ、後に出したはずの俺の技が、女盗賊の技より先に当たったのか。
 当然ゲーム知識のないこの女には想像もつかないだろう。
 スラッシュはステップから『つなげ』た方が、予備動作が省略されて発動が速くなる、なんて、思いつきもしないはずだ。

 だが、俺の攻撃はこの程度では終わらない。
 終わらせてなんてやるはずがない。

 スラッシュが見事に相手の身体を抜け、斬撃の終わりが見えた、その刹那――

「ステップ!」

 ――その一瞬の『キャンセルポイント』を俺は逃さず、スラッシュのモーションをステップによって『キャンセル』、上書きする。

 再び、女盗賊の顔が驚きに染まる。
 スラッシュもステップも、初級とはいえ歴としたスキルだ。
 スキルとは、その強力な効果故に必ず長い予備動作や、技後の硬直といった隙を伴う。
 そもそも『New Communicate Online』の取り扱い説明書にも、『スキルは強力ですが、その反動で発動後にしばらく行動が出来なくなります。それを技後硬直と呼びます』と書かれている。

 身体を酷使した反動で普通に動くことも出来なくなっているのに、そこで更に身体に無理を強いるようなスキルを使うなど、出来るはずがない。
 ……現実的に考えれば。


 だが、この世界がゲームだと俺だけが知っている。


 ゲームの世界には『キャンセル』というテクニック、いや、システムがある。
 元は格闘ゲームから生まれた技術だが、最近ではアクションを伴う多くのゲームに取り入れられている。
 その効果は、『ある動作の途中、あるいは終わり際に次の動作を行うことによって、最初の動作の隙を省略キャンセルする』こと。
 そしてそれは、最新のVRゲームである『New Communicate Online』にも組み込まれている。

 だから、ステップによって女盗賊の斜め後ろに回り込んだ俺は、その両足が再び地面を噛んだその瞬間、もう一度叫んだ。

「スラッシュ!」

 本来ならステップもスラッシュも、使用後に一秒にも満たないような短い、だが致命的な隙が生まれる。
 その硬直のせいで、連続で使用することも出来ない。
 だから俺は、その二つをつなげキャンセルしてその隙を省略キャンセルする。

「――ッ!!」

 もしこの時女盗賊に後ろを振り返る余裕があったなら、今度こそ目を見開いて驚いただろう。
 そもそもスラッシュは振り上げて振り下ろす攻撃。
 なのに俺の腕はさっきのスラッシュで振り下ろした直後で、そんなにすぐに手を上まで持ち上げられる訳がない。

 俺だってどうやって腕を動かしたのかは分からない。
 だが俺がスラッシュと叫んだ時、既に俺の腕は当然のように真上に振りかぶられていた。

「が、あっ!」

 無防備な背中に、俺の剣の一撃がまっすぐに吸い込まれる。
 予想外の場所からの思いがけない一撃に、女盗賊は為す術もなく無様に地面に倒れ伏した。

「頼みます!」

 俺が叫ぶと、呆然と俺たちの戦いを見ていたリザードマンたちはようやく我に返った。

「イ、イクゾ!」

 リーダーらしきリザードマンの号令で、止まっていた時間が動き出す。
 四体のリザードマンが一斉にとびかかり、いまだに身動きが出来ない女盗賊を捕まえる。

 それを見ながらも、俺は動けない。
 心臓が早鐘を打ち、呼吸が苦しい。
 明らかにスタミナ切れだ。

 キャンセルを併用すると連続でスキルを使えるが、その分スタミナの消費が激しくなるデメリットがある。
 肩で息をしながら、必死に体力の回復に努める。

 ただ、リザードマンたちに群がられ、拘束される女盗賊を見ながら、誰にともなく吐き捨てていた。

「俺が一体何十時間、ステキャンスラッシュの練習したと思ってる。
 暇人ぼっちゲーマー、舐めんじゃねえ…!」
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