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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第三十三章 ソーマの剣技

 いつの間にか抜かれていた彼女の刀は、正確に俺の命を刈り取る軌道を描いていた。

(あ、危なかった……)

 地面に着地しながら、俺は内心の冷や汗をぬぐう。
 ゲーム内で彼女とは何度も対戦したことがある。
 ヒサメを仲間にするには彼女を一対一で破る必要があるからだ。

 ヒサメの攻撃は何の予備動作もなく、表情も全く変わらない。
 俺は不意に放たれるその攻撃に何度も殺されていたが、その内に攻撃タイミングを計る術を知った。
 それはもちろん、猫耳を見ることである。

 ヒサメ自身は攻撃する時も全くの無表情だが、唯一猫耳だけは少し力む。
 そして猫耳が『きゅぅ』っとなった瞬間を見れば、攻撃のタイミングが見極められるという寸法だ。
 『猫耳は口ほどに物を言う』とはよく言ったものだが、まさか本当に猫耳に命を救われるとは思わなかった。

 そこで、ヒサメの突然の行動に目を丸くしていたイーナが、俺とヒサメの間に飛び込んだ。

「ま、待ってください!
 あの掲示板にソーマさんのことを書いたのはわたしです!
 あれはただ……」
「イーナ! 下がって!」

 しかし、それは無駄だ。
 俺には分かる。

 ヒサメの猫耳は、ぴくぴくと嬉しそうに動いている。
 あれは彼女が戦いを楽しんでいる時の動きだ。
 たぶん、話なんて倒した後に聞けばいいやとでも思っているに違いない。
 あるいは何も考えていないか。

「今の彼女に、話は通じないよ」
「でも……」
「いいから、俺の後ろに」

 俺は不知火を抜きながら、そう強く言ってイーナを下がらせる。
 俺の言葉に何かを感じたのか、心配そうな顔をしながらもイーナは従ってくれた。

(だが、どうする?)

 攻撃のタイミングだけは分かるものの、流石に現時点でヒサメを倒すような手段は思いつかない。
 というか、こんな勘違いみたいな理由で相手を殺してしまう訳にもいかない。
 内心の焦りを押し隠すように俺はヒサメを油断なく見続けていたが、案に相違してヒサメは全く動こうとしなかった。

「不意打ちをしてしまいましたからね。
 次の先手はそちらに譲りましょう」

 それどころか、余裕の発言をかましてくる。
 だが、今の俺にとってはありがたい。
 不知火を右手に、鞄から脇差を抜き出して、左手に構える。

 昨夜、新しい武器が手に入ったことが嬉しくて、たいまつシショーを使って忍刀と短剣のスキルレベルを少しだけ上げていたのだ。
 それがまさかこんなに早く役に立つ時が来るとは思わなかったが、何でも準備しておくものだ。
 俺の後ろにイーナが駆け寄ってきたのを確認して、これからの行動を考える。

 とりあえず、あいつの目標は俺だけのようだ。
 こんなことで怪我をしても馬鹿らしい。
 イーナを逃がして、俺も適当な所で逃げることにしよう。
 俺は小声でイーナにささやく。

(イーナ。俺が仕掛けたら、宿の中に駆け込め)
(で、でも…!)
(いいから! 二人じゃ逃げるに逃げられない)
(……分かりました。絶対、やられないでくださいね)

 それは約束しかねるが……。

 俺は改めて、猫耳の少女を見る。
 彼女とは、一騎討ちイベントで何度も戦った。
 しかし、本当の意味で敵方に回るなんて一度も想像していなかった。

 ゲームでは、彼女が助けるのはプレイヤーだけだった。
 しかしゲームが現実になったのなら、他の人間を手助けするのも当然ではあるだろう。
 俺の考えが足りなかったのだ。
 だからって、よりにもよってあんな掲示板に悪ふざけで書いたような依頼を真に受けてやってこないで欲しいとは思うが。

 俺たちが小声で話し合っていても、ヒサメに動きはなかった。
 しかし、あまり待たせると「来ないのですか? では、こちらから行きますよ」とかありがちな台詞を吐いて斬りかかってきそうだ。

 俺は覚悟を決め、前に出る。
 幸い、争いごとの気配を感じたのか、傍に人の気配はなくなっている。
 周りもそれなりに広い空間があるため、全力でスキルを使える状況ではある。

(仕掛ける、か)

 試合ではないここでは、戦闘開始の合図も、呼びかけの言葉もない。
 ただ不知火を構え、スキルを発動する。
 使うのは、もちろん、

「インビジブル・ブレイド!」

 大太刀のスキル『横薙ぎ』。
 これは不知火の設定ミスによって、刀身が届いていない場所にも命中する。
 相手にとっては見えない刃に襲われるようなもので、避けられるはずがない、のだが、

「ふむ?」

 技が発動してすぐ、ヒサメは滑るような動きで後ろに下がった。
 一瞬で攻撃範囲から外れ、横薙ぎが空振りする。

「面妖な技を使いますね」

 見えない刃を平然と見切り、余裕の態度のヒサメだが、それならそれでやりようがある。

「む?」

 横薙ぎの終了を前方へのステップでキャンセル。
 スキルのキャンセルに猫耳で驚きを示すヒサメに、更にステップもキャンセルしてつなげて技を放つ。

「虚心、残影剣!」

 叫びと共に生み出される斬撃の範囲は、さっきの横薙ぎ以上……に見える。
 ヒサメは少し不思議そうな様子を見せながらも更に後ろに跳びすさる。
 そして生まれた、値千金の隙。

「イーナ!」

 鋭くそう叫んで逃亡を促しながら、俺も逃げに入る。
 スキルの終わり際を横ステップでキャンセル、路地に入ろうとするが、その時には既にヒサメは追撃の態勢を整えようとしていた。

 早すぎる!
 そして、速すぎる!

『ステップを使って移動速度が落ちるのは彼女だけ』

 そんな彼女のキャッチコピーが頭をよぎる。
 それはつまり、彼女の移動速度はステップよりも速いという事実を意味する。

(神速キャンセル移動では追いつかれる!)

 判断は一瞬、ステップをショートキャンセルしてハイステップに移行、路地に突っ込む。
 ハイステップはステップの強化版で、ステップ以上の速度で移動出来、ステップをキャンセルして発動することも出来るが、そこからスラッシュのような低ランクの攻撃スキルにつなげることが出来ない。
 それでも流石の速度で路地に入り込み、

(ジャンプ、瞬突!)

 スラッシュの代わりにキャンセル性能の高いジャンプでキャンセルを行い、それをすぐさま短剣スキルの瞬突でキャンセル、最速で路地を抜ける。

「きゃっ!」
「うわぁっ!」

 刃物を手にしたまま飛び出したせいで通りにいた人には驚かれたが、構っている暇はない。
 人々の間を縫うように、

(ぐっ、ステップ!)

 更に瞬突をキャンセルしてステップにつなぐ。
 そろそろスタミナ残量が厳しい。
 一息入れたい所だが、まだ安心は出来ない。

 直線に移動するのではスタミナが切れた時に追いつかれる。
 ジグザグに進むように、ステップで横っ飛びに移動。
 また適当な路地を見つけ、

(ハイステップ!)

 最後の力を振り絞って、ステップをキャンセルしてハイステップ。
 スキルの使いすぎで胸がズキズキと痛む。
 これ以上のスキル連続使用は出来ない。
 俺はわざと路地に入る角度を甘くして、

「くっ!」

 自分から壁にぶつかり、強制的にスキルを中断させることでスキル硬直をキャンセルする。
 衝撃に息が詰まったが、ここで動くことまで止めてしまっては意味がない。

(『隠身』!)

 必死で持ち直し、息切れする身体に鞭を打って、忍刀の第一スキル『隠身』を発動する。
 一瞬、黒い光が周囲に弾けて、身体を覆う。

「…はぁ、ふぅ!」

 ようやく一息つく。
 隠身はまだ見つかっていない相手から、少しだけ発見されにくくなるスキルだ。
 気休めにしかならないが、これで何とか……。

「面白いことをするんですね」

 ひたり、と首筋に冷たい感触が当てられた。
 瞬間、全身が即座に総毛立つ。

(まさか、ついてきていたのか!?
 俺があれだけスキルを使ったのに?!)

 振り向くまでもなかった。
 後ろから、冷徹な声が降ってくる。

「後ろから見ていましたが、スキルを連続で使っているように見えました。
 どういうカラクリなのですか?」
「……悪いけど、その質問には答えられないかな」

 後ろから見ていたってことは、ぴったりと追いついてきていたってことか。
 流石チーターさん、チートすぎる。
 決闘イベントがあるとはいえ、基本的に敵対しないからどんなにチートでもプレイヤーから文句が出なかった珍しいキャラなのだが、ここに来てそこに足元をすくわれた感がある。

「最初の刃の見えない斬撃も気になりますが、貴方の二撃目。
 あれはワイドスラッシュですね。
 役に立たない技だと思っていましたが、あれをあのように使うとは」

 二発目のスキル。
 『虚心残影剣』とかカッコイイ技名を叫んでごまかしたのだが、確かにあれはワイドスラッシュだ。
 『猫耳猫』プレイヤーには『虚ろなるワイドスラッシュ』なんて呼ばれている残念技で、五メートル近いエフェクトが発生するのに、実際には二メートル程度しか攻撃出来ない。

 だが、ゲーム世界ならともかく、ほとんど現実となったこの世界で攻撃エフェクトを無視出来る人間は少ない。
 ましてや回避を身上とする彼女なら、多少の違和感はあっても高確率でエフェクトまで避けてくれると思っていた。

「貴方は今まで見たどの剣士とも違う、とても奇妙な戦い方をしますね。
 剣士であって、剣士でない。
 名を付けるなら、差し詰め『奇剣使い』といった所でしょうか」

 何だか厨二くさいあだ名まで付け始めた。
 俺を買ってくれるのは嬉しいが、だったら首元の剣をどけて欲しい。

(とにかくタイミングが最悪だ。
 よりにもよって、隠身を使った直後に…!)

 防御手段が何もない。
 スタミナもまだ回復し切っているとは言えず、今攻撃されたら回避も望めない。
 冷や汗が頬を伝っていく。

「参考までに、最初の技、どうして躱せたか訊いてもいいか?」

 だから時間稼ぎのために、質問をしてみる。
 最初の技とは、インビジブル・ブレイド、つまり、横薙ぎのことだ。
 これをどうして避けられたのかは、純粋に興味もあった。

「空気が揺らいでいるのが見えましたから」

 ……達人さんのおっしゃることは一味違いすぎる。

 だが、会話に応じてくれたのは幸いだ。
 このまま時間を稼げばどうにかなるかもしれない。

「それじゃあ……」
「時間稼ぎをしようと考えているなら、無駄です」

 しかし、俺の言葉はヒサメによって無情にも断ち切られ、

「残念ながら、お別れですね」

 ちらりと肩越しに振り返った俺の視界には、振り上げられた彼女の刀が見える。
 そして、

「さようなら、永遠に」

 その刀が、俺に向かって振り下ろされ――



「勝負だ!」



 ――る直前、俺は声を張り上げていた。


「勝負、ですか?」

 俺の苦し紛れの言葉は、うまく彼女の気を引いたようだ。
 刀は、俺のほんのわずか手前で止まっていた。
 その事実に心の底からびびりながら、それをおくびにも出さずに叫んだ。

「ああ、そうだ! ミツキ・ヒサメ! 俺はあんたに一対一の真剣勝負を申し込む!!」

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