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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第二十九章 指輪の物語

 俺にやたらと武器のアドバイスをしていた人は、クラッグスという冒険者さんらしい。
 が、そんなもの知ったこっちゃないのである。

 いや、分かってる、クラッグスさんは悪くないんだ。
 でもほっといて欲しいんだ。
 今だけは、そっとしておいて欲しいんだ。

「……はぁ」

 大恥と引き換えにスキンヘッド冒険者とのフラグを立てた俺は、その後で本物の店主に同じ注文をしてそそくさと会計を済ませると、逃げるように店を出た。

「遅いです、ソーマさん!」

 先に向かっていたはずのイーナと合流出来たのは、その直後だった。
 ようやく再会したイーナは、怒っているというほどではないものの、少しむくれているようだった。

「ソーマさん、どこを探してもいないし……。
 危うくもう一度魔封船の乗り場まで戻っちゃう所だったんですからね!」
「あ、ああ。そりゃ悪かったな。
 それで、アイテムは売れたのか?」
「もう、そっちも大変だったんですよ!?」

 口調の割にどこか嬉しそうなイーナによると、こういうことだ。
 何でもイーナはそれぞれの店を回って買い取り価格を尋ねた後、少しでも高く買ってくれるように交渉して回っていたらしい。
 ぼっちの癖に社交力があるとは、珍しい人材である。

「そしてその結果……なんと76000Eになりました!」
「おおー!」

 正直に言って、多いのか少ないのかよく分からないが一応驚いておく。
 いや、でも予想していたよりはやっぱり高額な気はする。
 ドロップ品はせいぜいが20個程度だったはずだから、一つにつき4000Eくらいの値が付いたことになる。

「あ、あの、欲しい装備はないって言ってたので、脇差以外全部売っちゃいましたけど、大丈夫ですよね?」
「ん? ああ、もちろん」

 俺はためらいなくうなずいた。
 鎧騎士は基本的に重装なので、落とした装備品はほとんどが重量のある防具などだった。
 その防御力は魅力ではあったのだが、装備重量が重くなると動きも鈍くなる。
 重量による速度低下はスキルにもおよぶので、ほとんど抜け道がない。
 俺とイーナの今の戦闘スタイルを考えると、あきらめるしかなかったのだ。

「よかったです。じゃあこれを二人で分けるとなると、一人38000Eですね!」

 そしてやっぱり山分けにする気満々のようだ。
 イーナが一人で危険を冒して持ってきたのだから、彼女一人の物にしてもいいと思うのだが。
 ただ、ここで俺がごねても誰も幸せにならないだろう。
 むしろ性格的に、イーナは俺が受け取った方が喜びそうだ。

「なら、頼むよ」

 俺が財布代わりのクリスタルを差し出すと、

「じゃ、移しますね!」

 イーナがそこに自分のクリスタルをぶつけ、魔力が移動する。
 38000Eが俺のクリスタルに移された。

 ついでにミスリル装備を返そうかとも言われたが、それは断った。

「いや、またすぐに『試練の洞窟』でお金稼ぎしてもらおうかと思ってさ。
 その時にいい防具をつけといてもらわないと、こっちが困るから」
「そうなんですか?」

 もちろん、うそなんです。
 だけど、『試練の洞窟』でお金稼ぎっていうのはいいかもしれない。
 仮に稼ぎ山分けでも、充分イーナの資金稼ぎにはなるだろう。


 そんなことをわいわいと話し合いながら、アクセサリーショップに向かった。
 アクセサリーショップなんて言うと、何だか女子中高生とかが喜びそうな店みたいに聞こえるが、もちろんこの世界におけるアクセサリーとは首、手首、指、につける装飾品のことで、当然ながらどれも装備品としてキャラクターの能力を向上させる役目を持っている。

 鎧などと比べれば一つ一つの効果は小さいと言えるが、首と手首には一つずつ、指には二つまでで合計四つも装備することが出来るため、その補正はやはり侮れない。

 それに、ゲームのように装備をメニュー画面から変更出来なくなったため、鎧などの防具を替えるのには時間がかかる。
 反面指輪であれば着け替えが容易なので、敵に合わせて属性などを変えることも簡単だ。
 持っていて決して損になるような物ではないように思える。

 ラインナップはやはりゲームの時と変わらない。
 最初の町にあるアイテムだからか、そんなに効果が高い物はない。
 防御力が少しだけ上がる指輪や、属性攻撃力が5%上がる指輪、初級の属性魔法が使えるようになる指輪に、HPの自然回復力が2割ほど上がる指輪など、気休め程度の効果の物がほとんどだ。

 しかし、だからこその名品というのもやはり存在していて、

(将来的に忍刀も使うだろうから、この辺りはやっぱり鉄板かな)

 俺はその中で、『光属性攻撃特化の指輪Ⅰ』を手に取った。

 この指輪は、序盤の店売り品でありながら、光属性の攻撃力を15%上げる代わりに闇属性の攻撃力を70%下げるという破格の効果を持っている。
 ちなみに、『Ⅰ』とあるのは当然シリーズ品の証で、Ⅱ、Ⅲと数字が大きくなる度に効果が大きくなっていき、Ⅳにもなると光属性攻撃60%アップ、闇属性攻撃40%ダウン、とだいぶ使いやすい性能になるらしい。
 まあⅣまで行くと店では売っていないし、当然俺はそんな物を使う予定はないのだが。

 俺は迷わず『光属性攻撃特化の指輪Ⅰ』をキープする。
 属性技はまだ覚えていないので今必要な物という訳ではないが、後できっと役に立つはずだ。

(そう考えると、属性がどうとか言う前に、指輪はしばらく要らないか……)

 今着けているスタミナ系の指輪はしばらく外すつもりはない。
 指輪は二つまでしか装備出来ないのだから、これ以上は……あれ?
 ちょっと気になった俺は、イーナの傍に寄って、小声で訊いた。

「なぁ。指輪って、三つ以上着けるとどうなるんだ?」
「はい?」

 そんなにおかしな質問だっただろうか。
 イーナは目を丸くして、

「あの、指輪は二つまでしか着けられませんよ?」

 と、あまり答えになっていない答えを返してきた。
 いや、まあそれは知っているのだ。

「そうじゃなくて、それ以上に着けようとしたらどうなるのかな、って」
「え? あの、指輪は二つまでしか着けられませんよ?」

 ……なんだろう。
 急にイーナが出来の悪いNPCのようになってしまった。

 しかし、実際どうなんだろう。
 ゲームでは、装備はメニュー画面から行っていたので、装備の枠の分だけしか身に着けることは出来なかった。
 しかし、自分の手で装備を身に着けるこっちの世界でなら、そんな制限は無視してしまえるような気がするのだが。

(まあ、自分で試してみればいいか)

 俺は店員に断りを入れ、『ウォーターの指輪』を手に取って指にはめた。

「…あれ?」

 俺が指輪を指に近付けた途端、不可思議な力が働いて指輪が弾かれる……とかなるのかと思ったが、全くそんなことはなかった。
 あっさりと三つ目の指輪は俺の指に収まってしまった。
 あっさりすぎて逆に拍子抜けだ。

「なんか、普通にはめられちゃったんだけど……」

 そう言ってイーナに指を見せると、

「な、何をしてるんですか、ソーマさん!」

 ひどく驚かれた。
 どころか、ほとんど憤慨している。

「指輪は、二つまでしかはめられないんですよ!」

 と、言われても、実際にはめられてしまっている訳だし。
 なんなんだろう、これ。
 だが、はめていても効果が出ていないということは考えられる。

「ええと、ウォーター」

 床に向けて、『ウォーター』の魔法をオーダーする。

「うわっ?!」

 すると、地面に向かって水がほとばしった。
 それは地面に強くぶつかって、

「ちょ、ちょっとお客さん!
 床濡らさないでくださいよぉ!」

 店の床を、びしょ濡れにした。


 ゲーム世界ではそんなことはなかったのだが、この世界で水魔法を使うと水が残るらしい。
 残った水に触ってみてもダメージがあるような感じはしなかったので、もう『攻撃』ではないようなのだが、なんにせよめんどくさい。
 何がめんどくさいって主に掃除がめんどくさい。
 あと、店員さんの鋭い視線がめんどくさい。
 こういう中途半端なリアル仕様はやめて欲しかった。

(しかしそれはともかく、指輪は効果を発揮してるってことだ)

 だがこれだけでは、代わりに他の指輪が効果を失っているだけとも考えられる。
 俺は更に『ファイアの指輪』と『ウィンドの指輪』を手に取って、店員に言った。

「すみません、ちょっとこれも試させてください。
 あ、魔法は外に撃ちますから」



 それから色々と実験をしてみた結果、どうやら十本ある両手の指全てに一個ずつ指輪をはめることが出来、その全ての効果が反映されることが分かった。

 ただ、流石に同じ指に二つの指輪ははめられないらしい。
 指輪を指に通すと自動的にサイズが合わさって自然と装着されるのだが、同じ指に二つ目の指輪を通そうとすると、二つ目の指輪がはまる代わりに一つ目の指輪が外れてしまった。

 不思議というか、ちょっと俺に都合のよすぎる展開だが、これは『指輪は二つまでしかはめられない』という『ゲーム』の設定と、『指輪はいくつでもはめられる』という『リアル』の常識がぶつかりあった結果なのではないかという推論を立てた。

 これまでのことを考えると、イベントのような一部のゲームの設定は、この世界の物理法則などではなく、人の行動なんかを操作する場合があるようだ。
 ラインハルトがなぜか俺に町を案内したくなるように、イーナがなんとなく俺と同じフィールドで走り回りたくなるように、この世界の人間は、なんとなく三つ目の指輪を装備したくなくなっているのではないだろうか。

 まず、同じ指に別の指輪をはめようとすると、指輪が切り替わるのはゲームと同じ仕様だ。
 しかし、三つ目の指輪を着けようとするなんてゲームでは出来なかったことで、しかし実際には充分に出来ちゃうことで、その辺りの辻褄を合わせるために『三つ目の指輪を着けることは出来ない』と人の意識に刷り込まれる結果になったのではないかと推察出来る。

 この考えが正しいのかは知らないが、まあ元々穴だらけ、矛盾だらけの世界である。
 そういうことで無理矢理納得することにした。


 しかしそうなると、更に色々と試してみたくなるのが人情である。

「イーナは指輪って着けてるのか?」

 俺が尋ねると、彼女は即座に俺の目の前に左手を差し出した。

「あ、はい。これです」

 左手には、ちゃんと二つの指輪が装着されていた。

「これは?」

 流石に俺だって、指輪の形を見ただけでそのアイテム名が分かるほどにはこのゲームをやり込んではいない。
 俺の質問に、イーナは心なしか胸を張って答えた。

「こっちは、ここで買った防御力アップの指輪ですけど、もう一つのは非売品で、魔法攻撃のダメージを三割カットしてくれる物なんです」
「へぇ……」

 流石トレインちゃん。
 序盤の町にしては結構いいものを装備していた。

「これ、お父さんの形見なんです……。
 お父さんはわたしが小さいころに死んじゃって、遺品もほとんど処分しちゃったそうなんですけど、これだけはってお母さんが指輪を残しててくれて……」

 そして流石トレインちゃん。
 そこには漏れなく重い話もついていた。

「じゃ、じゃあ試しにさ。
 もう一つ指輪をはめてみないか?」

 このままではトレインちゃんの思い出話イベントでも始まりかねない。
 俺は慌ててイーナの言葉をさえぎってそう提案した。

「え? で、でも、指輪は二つまでしか……」
「いいからいいから。
 もしかすると出来ちゃうかもしれないだろ?」

 渋るイーナを強引に押し切る。

「ほら、これも実験の一環なんだよ。
 協力してくれるって、言ってただろ?」
「それは、はい。
 で、でも、こんなの……あ」

 渋っていた様子のイーナだが、指輪のはまった自分の左手をじっと見つめると、

「や、やります。やってください!」

 急に覚悟を決めたのか、俺に左手を差し出してきた。

 どういう心境の変化か分からないが、協力してくれるならありがたい。
 俺は彼女が買ったというのと同じ、防御力が上がる指輪を手に取って、彼女の左手にそれを近付けていき、

(……あ)

 気付いてしまった。

 イーナは左手の人差し指と中指に指輪をしている。
 そうなると、順当に行けば次にはめるべきなのは薬指になる訳で……。

(こりゃちょっと、まずいよな)

 この世界にも確か、左手の薬指には結婚指輪をはめるみたいな風習はあったはずだ。
 結婚という言葉にちくりとした痛みを感じながら、俺はさりげなく、彼女の小指の方に指輪を動かして……。

 ――ススッ。

 はめようとした途端、イーナの手が横に動いた。
 指輪は、薬指の前に移動していた。

(ぐ、偶然だよな)

 もう一度、俺はイーナの小指に指輪をはめようとして、

 ――ススッ。

 偶然じゃなかった!
 イーナの手は明らかに狙い澄ました動きを見せて、指輪を薬指に誘導していた。

「あの、早く、してもらえますか?」

 なぜだろう。
 イーナから、かつてないほどの迫力を感じる。

(ま、まあ、こっちが頼んでる身だし、仕方ない、よな?)

 それに負けたという訳でもないが、俺は観念して彼女の薬指に指輪をはめた。
 指輪はぴったりとイーナの薬指に装着され、まるであつらえたようにそこに収まった。
 い、いや、これは指輪にかかってる魔法の効果で、特に意味はないはずだ。

「ほ、ほら、三つ目でも大丈夫だったじゃないか」

 俺は内心の動揺を押し隠し、わざと何も気付いていないフリでそう言い放った。
 しかし、イーナは無言だ。
 ただ、しばらくするとまるで息を止めていたのを我慢していたかのように、

「も、もう無理です!
 やっぱりなんか落ち着きません!」

 急いで自分の指にはまった指輪を抜き取った。
 ……ただし、俺がはめた薬指の指輪ではなく、元々はめていた中指の指輪を。
 そして間髪入れずに、

「すみません、これ買います!
 お会計、お願いします!」
「いや、ちょっ……!」

 店員さんに指輪の購入を告げる。
 電光石火の早業で、俺が止める隙もなかった。
 薬指にはまった指輪をちらちらと眺め、

「こ、こうしてると、何だかわたしたち、こ、婚約、したみたいですよね?」
「いや、おまっ!」

 とんでもない発言をかましてくる。
 もはや俺の言葉は言葉にならない。
 こんなことを言い出す奴だとは思っていなかった。

 だが、焦る俺を見て、イーナはくすっと笑った。
 全て嘘だという風に、軽く手を振る。

「なんて、冗談、冗談ですよ。
 わたしだってまだ、そんなことまで考えてないです」

 じゃあどこまでなら考えているというのか。
 珍しく俺を翻弄する彼女は、手早く会計を済ませながら、そっと指輪を撫でて、言った。

「でも、『結婚』って、ちょっと、憧れませんか?」

 思わずくらっとくるようなその発言に、俺は……。


「――いや、全然憧れない。
 俺は絶対に、この世界で結婚なんてしない」


 強く、強く、否定の言葉を返した。


 ――『結婚』システム。

 それはMMO路線をあきらめた『猫耳猫』の大きな売りの一つであり、そして同時に、リザードマンやトレインちゃんなんかが比較にもならないような、このゲーム最大級の落とし穴でもあるのだ。
+注意+
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