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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第二百二章 消える記憶、消せぬ烙印

これがッ! これこそがッ! 猫耳猫だッ!!
「そろそろ、説明をしてもらえると有難いのですが」

 俺がいつまでもリンゴを抱きしめたまま離さないでいると、横から控えめな声がかかった。

 愛刀『月影』を携えた、すらりとした猫耳少女。
 間違えるはずもない。
 俺の大切な仲間の一人、ミツキだ。

「ミツキ。お前も、無事なんだな……」
「無事、というか。どちらかというと、貴方の方が無事ではないように見えますが。
 その、それ……は、一体どういう事なのでしょうか?」

 ミツキの視線が俺を上から下まで眺めた後、また上にもどってきた。
 あらためて自分の格好を見直すと、直接攻撃を受けたのは少なかったはずだが、それでも激戦を潜り抜けた装備にはところどころ破損の跡が見える。

(なるほど。リンゴが心配して駆け寄ってきたのは、こういう訳か)

 この時(・・・)の俺は全ての装備をリンゴたちに預け、見習い魔術師用の服を着ていたはずだ。
 それが一瞬にしてボロボロの戦闘用の装備に変わってしまったらそれは驚くだろう。

「ああ。ちゃんと説明は、するよ。でもその前に……」

 俺がちらりとイアスキーの様子をうかがうと、この魔術師ギルドの長は鷹揚にうなずいてみせた。

「うむ。もう行って構わんよ。もともと新規入団の儀式のために呼んだだけじゃからな。
 突然服装が変わったのには驚いたが、噂の英雄殿ならそんなこともあるのじゃろう」

 好々爺然とした口調でからからと話すイアスキー。
 その様子からは、儀式のために大量の人間を殺そうとした妄執は欠片も見られない。

(やはり、『綺麗なイアスキー』になっているか)

 念のため、隠し扉を開くためのパネルがあったはずの壁面も確認する。
 こちらもパネルの姿は影も形もなくなり、ただの壁に変わっていた。

「では、失礼します」

 それだけ確認したら、もうここに用はない。
 俺は何か言いたげなミツキといまだに心配そうな顔をしているリンゴを連れ、部屋を出た。

「それで、何があったのですか?」

 めずらしく急いた様子で尋ねてくるミツキに、俺は答えた。

「簡単に言うと、今から二週間と少し後、邪神の欠片がよみがえって大変なことになった。
 だから俺は、魔術師ギルドイベントの影響リセットを使って、未来からもどってきたんだ」



 サザーンや真希と一緒に王都にもどり、リンゴが死んだとミツキから聞かされた時、俺が考えたのが『真夏の夜の夢オチ』バグを利用した時間の巻き戻しだ。

 ちょっと面倒な話になるが、魔術師ギルドのイベントはパッチによって三段階に変化する。
 魔術師ギルド関連の最初のパッチを仮にパッチA、次に出たパッチをパッチBとすると、こんな風にまとめられる。


・パッチなし
儀式イベントで街が全滅しても救済なし。儀式後も街の外には出られる。

・パッチA適用後
魔道の塔の最上階に窓とベッドが追加。儀式後に外に出られないように変更。
儀式後に「今の状況が夢かもしれない」と副ギルド長が話すミニイベントが追加。
儀式後にベッドで寝ることで最終イベント開始直前の状態まで巻き戻し。

・パッチB適用後
夢オチがあまりに不評だったために副ギルド長のミニイベント削除。
儀式後にメニュー画面から「影響リセット」の項目を選ぶことで最終イベント開始直前の状態まで巻き戻し。


 この世界は全てのパッチが当たった状況からスタートしているため、状況としてはパッチB適用後が近い。
 普通に考えればメニュー画面が使えないので巻き戻しは出来ない、のだが、そこは猫耳猫。
 そこで出てくるのが、真夏の夜の夢オチバグだ。

 このシェイクスピア先生に怒られそうな名前のバグは、以前述べたように『物忘れの多い騎士団長』バグと並ぶパッチ系の不具合だ。
 パッチBで夢オチ設定は消えたはずなのに、なぜか儀式後にベッドで眠ることでも巻き戻しが発動してしまう、という、要するにイベントの消し忘れのバグと言える。

 おそらくはミニイベントとは別に、儀式を終えた瞬間、「ベッドで寝ると仮セーブポイントにもどる」というイベントフラグが立つようになっていて、杜撰な猫耳猫スタッフはそっちだけ消し忘れた、ということなのだろうとネットでは推測されていたが、その辺りはどうでもいいだろう。

 とにかく、このバグはゲーム時代は毒にも薬にもならない無意味なバグだった。
 はっきり言ってベッドで寝るよりメニュー画面から巻き戻しを発動させた方が早かったし、どちらを選んでも結果は変わらない。

 しかし、メニュー画面がなくなったこの世界では違う。
 これを利用すれば、メニュー画面が使えない世界でも、儀式さえ行えればギルドイベントの影響リセットを発動させることが出来る、ということになる。

 だから俺は、このバグを利用してギルドイベントの影響リセット、つまりは世界の巻き戻しを発動させ、プレイヤー以外の全ての状態をイアスキーとの対決直前の状況までリセット。
 死んでしまった仲間たちを取り戻すことに成功したのだ。

 ……ただ、その代償は、もちろんある。

 小さいところでは、俺がはめた指輪、『不死の誓い』。
 この指輪は「即死を確実に防ぐ代わりにほか全ての状態異常に対する抵抗力を失う」という効果を持つ。

 俺があそこで確実に眠るためには、この指輪をつけてスリープの魔法を使うしかなかった。
 しかし、この指輪は呪われているため、大金を払って解呪しないと外せない。
 しばらくは状態異常に注意しないといけないだろう。

 そして、何よりも大きい代償は……。

「二人とも、やっぱりその時の記憶はないんだよな」
「その時、ですか?」
「いや、何でもない。忘れてくれ」

 巻き戻しで能力値や所持品が引き継がれるのは、プレイヤーだけ。
 想像してはいたが、仲間たちと過ごした十数日の日々の記憶は、リンゴやミツキの中から永遠に失われてしまった。
 リンゴが、ミツキが聞かせてくれた大切な想いも、それに応えた俺の決意も、もう彼女たちの頭の中には残っていない。

 俺は、巻き戻しという選択をしたことで、十数日分の仲間たちを殺してしまったことになるのかもしれない。

(……だけど、それでもいい)

 申し訳ない想いはあるし、寂しいという気持ちがない訳じゃない。
 だが、誰が忘れても俺は覚えている。
 生きてさえいるなら、何度でも同じことを繰り返せばいい。

 仲間が死んだ時、復活の見込みがあると知っている俺でも心が引き裂かれそうになった。
 今は仲間たちの手前、努力していつものように振る舞っているが、ふとした瞬間、あの絶望に引っ張られそうになる。

 まして、仲間たちの中には死を経験している者もいるのだ。
 そんな記憶を思い出すよりは、全てを忘れてしまった方がマシだ。

「時間の遡行、いえ、世界の巻き戻し、ですか。
 俄かには信じられませんが、貴方であればその程度はやってのけるでしょう。
 それで、問題は解決したという事でよいのですか?」

 ミツキの鋭い指摘に、俺は無理矢理現実に引き戻される。

「……いや、巻き戻しはあくまで緊急避難。
 問題は、まだ解決していない」

 大聖堂の邪神の欠片が復活したのは、イアスキーが街の魔法陣を動かしたのが直接の原因だ。
 魔術師ギルドのイベントをリセットした今、その影響がどうなっているかは分からない。

 ただ、俺は映像記録で知った「邪神の欠片を倒すと残りの欠片が強くなる」という設定が気になっている。
 大聖堂の欠片が復活した遠因は、俺たちが生贄の祭壇の欠片を倒したことで、ほかの欠片の力が強くなったことにもあるのかもしれない。
 邪神の欠片は近く復活するという前提で動いた方がいいだろう。

 それに、この影響リセットをすれば魔術師ギルド関係のイベントがなかったことになるため、もう一度使うことは出来ない。
 戦士ギルドの方はイベント自体は残っているだろうが、こちらにはバグがないのでメニュー画面が使えない現状、やはり使用不可能だ。
 誰かが死んでしまったとしても、もう二度と、巻き戻しは出来ない。

「だが、戦うと決めたならば、こっちだって相応の準備が出来る。
 俺はもう今度こそ、何も失うつもりは……」

 言いかけて、自分がとんでもない見落としをしていたことに気付いた。

「しまった! 時間!」

 無事なリンゴやミツキを見たことで、警戒心を失っていた。
 こんな大切なことを忘れるなんて、俺はやっぱりどうかしている。

「どうしました? 何か……」
「悪いけど、話してる時間はない!
 俺は、すぐに、行かなきゃ!」

 声をかけるミツキを振り切って、俺はギルドの外に飛び出した。

「くそ、間に合えよ!」

 そう漏らしながら、俺は人波を分けて前へと進む。
 途中で屋根に上ってショートカット。
 スキルキャンセルを使ってさらに進む。

「あれ、今の水没王子様?」
「うおー、今日もキレッキレだなぁ」
「ねー、おかあさーん。あのひとね……」
「しっ! 見ちゃダメよ」

 奇異の視線が集中するが、気にかけている余裕はない。

 無事なリンゴとミツキの姿に嬉しくなって、ついつい時間を使いすぎてしまった。
 もう、タイミング的にはギリギリだ。

 だけど、決してあきらめない。
 あきらめて、たまるものか。

「俺はもう、何も失わないって、全部守り抜くって、決めたんだ!!」

 叫びと共に、地面に降りる。
 そして目的地、猫耳屋敷のドアを飛びつくようにして開けて……。


「それじゃ、洗ってやるからな、ダークシュ――」
「ちょっと待ったぁぁあああああああ!!」


 俺は見事に死の運命にあった指貫グローブ(ダークシュナイダー)の命を救うことに成功したのだった。



「あああ! 僕のダークシュナイダーを!」
「お前のじゃない! というか、繊細なダ……指貫グローブを水魔法で洗おうとするな」

 そうして、何とかサザーンから指貫グローブを取り上げたのはよかったのだが、

「何で僕が水魔法を使おうとしたって分かって……って、お前、なんだそれ!」
「へ? あ、ああー、いや、それ、って?」
「それは、その……全部だよ! いきなりボロボロじゃないか!
 図書館に忘れ物を取りに行っただけで何でそんなことになるんだ?」
「あー、それは……」

 ごまかそうとしたが、無理だった。
 常識外れのサザーンを叱っていたはずが、なぜか逆に詰問されているような格好になる。

「何を急いでいるのかと思えば……」
「…ソーマ」

 さらに。
 ようやく追いついてきたミツキとリンゴに、俺の用件を見透かされたのか、呆れたような目をされ、

「ソーマ?! 帰ってきたの?」
「あ、ソーマさんおかえ……どうしたんですか、それ!」

 騒ぎを聞きつけたレイラとイーナまで駆けつけてくる。
 触発されたのか、屋敷の住人達もぞろぞろと出てきて、途端に屋敷はお祭り騒ぎ。

 ついでにどさくさに紛れて耳のちゃんとあるくまが、今度は黒いカーテンをマント代わりに身体に巻きつけて、ニタニタ笑ってこっちを見ている。
 ……イラッと来るが、うん、あのマントはちょっとかっこいいな。

「咎める訳ではありませんが、グローブと私達、どちらが大切なのか……」
「…ソーマ。はなしの、つづき」
「あのね、ソーマ。今日の夕食は自信作で……」
「わたし、ありだと思います!」
「だから、とにかく僕に事情を……」

 そんな中でも、俺の仲間たちは好き勝手にしゃべりあっている。
 とんでもないカオスな状況。
 だが俺は、何だか胸が熱くなるのを感じていた。


(――俺は、本当に、帰ってきた。帰れたんだな)


 自然と、そんな感慨が湧く。

 この温かさを、もう絶対に、失わない。
 絶対に、守り抜く。
 そのためには……。

「なぁ、ミツキ。急いで手に入れたい物があるんだが」
「手に入れたい物、ですか?」
「ああ。近くのダンジョンの宝箱にある指輪なんだけど……」
「構いませんよ。なんでしたら、場所を教えて頂ければすぐにでも取りに行きます」
「……あいかわらず、頼もしいな、ミツキは」

 今度こそ、負けない。
 万全の準備をして、邪神の欠片を、そして、その大元さえも、叩いてみせる。

 そんな決意を、静かに胸に刻んだ時……。


「――そーま!!」


 玄関が開いて、誰かが飛び込んでくる。

「うわっ!?」

 誰か(・・)は俺の胸に一直線に飛びついてきて、俺はよろめいた。

「……真希?」
「そーま! そーまそーまそーま!」

 俺の胸で泣きじゃくる従妹の少女を見て、俺は心底安心した。

 俺が唯一無事を気にしていた相手。
 それが、プレイヤー属性を持つ真希だ。

 俺と同様プレイヤーと同じ扱いの真希は、影響リセットの効果を受けないことが予想された。
 もし巻き戻しが起こる前に真希が死んでしまった場合、ほかのみんなはもどっても真希だけは死んでしまったまま、ということも考えられたのだ。

「よかった。真希も、無事だったんだな」
「う、うん。道場でそーまの帰りを待ってたはずなのに、急に世界が切り替わって、邪神も復活してなくて、びっくりして、それで……」

 そして、その懸念は当たっていたようだ。
 真希だけは、邪神復活後の記憶を持っている。
 つまり、巻き戻しの影響を受けていない。

(……でも、これで大丈夫だ)

 一番心配だった真希も無事だった。
 俺の仲間は全員健在で、あとは邪神を倒す方法を見つければ、全ては……。

「ねぇそーま、これって一体何が……え?」

 しかし……。
 俺を見上げた真希の顔が、固まる。

 そして、次の瞬間、


「――ちが、う」


 俺は、ドン、と真希に突き飛ばされていた。
 何が起こったのか分からず、俺は呆然と真希を見る。

「ま、き……?」

 悪夢は終わったと思っていた。
 だが、違った。

「ちがう。そーまじゃ、ない」

 偽りの平穏を打ち破るその声に、俺は震えた。
 そして……。

(……ああ。そう、か。やっぱり、そう、なのか)

 俺に対して、はっきりとした拒絶を示した、従妹の少女。
 その目に浮かぶ警戒と疑心、それからその視線の向かう先を見て、俺は全てを悟ってしまった。

 ……いや。
 本当は、ずっと前から分かっていた。
 ただ、認めたくなかっただけ。

 巻き戻しの直後、リンゴが俺を見上げて不思議そうな顔をした理由。
 走る俺を見て、街の人たちが好奇の視線を向けた訳。
 俺を見た仲間たちが、たびたび言いよどんだ原因。
 そして、儀式直後の俺を襲った異変の意味。

 ――その全てが、たった一つの事実を示していると、俺は気付かざるを得なかった。

「だって、そーまは、本物の、そーまは……」

 そうして真希は、無慈悲なる断罪者となって、俺にその指を突きつける。

 その指が示すのは、俺の烙印。
 巻き戻りの代償にして、絶望の残り香。

 真希の指が示す、その先、そこには……。


「――そんな猫の耳なんて、生やしてないんだからぁ!!」


 ミツキのにそっくりな大きな猫耳が、ぴょこんと生えていたのだった。
誰得展開!!



『猫耳猫』人物紹介
【ケイモナ・イアスキー】

魔術師ギルドのギルド長で、名前の通りの無類の獣耳好き。
今は亡きヒサメの母親の強さと美しさに惚れたらしく、「猫耳こそパワー」という尖った思想を持つ。
王都の住人全てを犠牲にして禁忌の人体改造魔術を発動、「自らに猫耳を生やす」ことを画策するが、そりゃ反対派も出るわ!
ちなみに儀式で猫耳が生えても当然パワーアップはしないが、そのおぞましい姿(ジジイ+猫耳)にダメージを受けた猫耳猫プレイヤーは多いとされる。



次回で連続更新は終わりです
これでようやく中断してたアマナの祭壇の探索に戻れる……
+注意+
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