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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第二百章 貫く光

また日付は変わったけど連続更新継続中
ここでエタッちゃえば伝説になれるんじゃないかなー、という誘惑と戦う毎日
……そろそろ負けそうな予感
「まさか、ここまでとは……」

 建物の陰からのっそりと進み出た邪神の欠片に、俺は息を呑む。

 ラムリックの地下にいた邪神の欠片より確実に二回り以上は大きい。
 大きさと強さが比例するというなら、ゲームの時のデータを使っていても、こいつに勝つのは不可能だろう。
 まともに戦おうなんて考えることすら空しい。

「ミツキ。サザーンを背負ったまま、俺の後ろに」
「しかし……」
「早く!」

 声を張り上げると、ミツキが俺の後ろに移動した気配。
 しかし、それを確かめる暇もない。
 欠片から一瞬でも目を離せば、それが俺の最期になるかもしれない。
 俺はじりじりとした焦りに焼かれながら、小刻みに左腕を動かす。

「に、逃げ、逃げなきゃ……!」

 サザーンが怯えた声で言うが、それは下策だろう。
 奴の触手の攻撃はかなりの速度と射程距離があり、おそらくこの位置はもう攻撃範囲内。
 一撃でも受ければ強制スタンで動けなくなるし、あの邪神の大きさから考えると、一撃で即死させられる可能性すらある。
 それに……。

「……ミツ、ケタ」

 そこで、俺の思考をかき乱すように、金属が軋るみたいな耳障りな音が響く。
 それが邪神のなのだと、しばらくして気付いた。

(やっぱり、しゃべるのか)

 映像記録を思えば不思議なことではない。
 ただ、そうなれば必然的に相手はやはり映像記録の邪神本体と同等以上の力を持ち、加えて高い知能を持っているということになる。

 戦うにしても、強さ以上に厄介な……いや。
 どうせ、まともにぶつかる気など最初からなかった。
 だったらどっちであれ大差ない。
 そう、思い込む。

「二人とも。俺が合図を出したら魔道の塔まで一気に走り抜けろ」

 小声で二人に指示を出す。
 それに対する返事を聞く暇もなく、邪神が動く。

 うごめく触手にも、巨大な腕にも変化はない。
 ただ、邪神の胸の中心、赤いコアに禍々しい光が集まって、

「…ル、ビーム」

 耳障りな声と共に、その光が打ち出される前に、

「――走れ!!」

 俺は大声で叫び、腕を振り上げていた。
 一瞬遅れ、網膜を焼く閃光。


 ――ギャアアアアアア!!


 背を向けて駆け出した俺の背後で、身の毛のよだつような叫びが放たれる。
 だが、振り返らない。
 全速力で、その場を遠ざかる。

「お、おい!」

 ミツキと並走しながら魔術師ギルドの方へ向かって一目散に駆けていると、ミツキの背中からサザーンが声をかけてきた。

「お、お前、一体何やったんだ?
 さっきあいつが撃ったの、虐殺者の閃光(キルビーム)だろ!」
「やめろ! 分かるはずないのになんか分かっちゃうから、やめろ!
 ……こいつで、弾き返したんだよ」

 サザーンの中二病に汚染されそうになりながらも、俺は腕につけられた装備を見せる。
 銀色に輝くそれは、魔王を倒す直前、俺が城の宝物庫で手に入れた邪神対策装備。
 単品で光属性の攻撃を反射する装備、『鏡の籠手』だ。

 これは特殊な装備で、ほかの耐性装備と違い、この籠手に当たった光属性攻撃をそのまま撥ね返す、という特性を持つ。
 虐殺者の(キル)……じゃなかった、キルビームはとてつもない攻撃力を持った光属性の攻撃だ。
 だからこそ、それを反射して敵に当てられれば、大きな戦果が見込める。

 流石にコアに反射しても無効化されてしまうが、それ以外なら一撃で部位破壊が可能というトンデモ威力で、ゲームでの欠片戦では、開幕に高確率でぶっ放してくるキルビームをうまく反射させて頭部を破壊するのが勝利のセオリーだった。
 邪神の欠片は高い再生能力を持っているため、コア以外のどこを壊しても再生するが、顔を破壊すれば再生するまで凶悪なジェノサイドウェーブの攻撃を封じられ、痛みによって一時的に行動不能にすることも出来る。

「普通は、光属性無効装備をつけて、保険をかけてからやるんだけどな」

 大きさが違うとはいえ、ゲームで慣れた行動だったというのが今回はうまく働いたようだ。
 邪神の欠片がキルビームで狙うのは、決まって胸の中心。
 だからそこに適切な角度で籠手を構えてやれば必ずうまくいく、という理屈ではあるのだが……。

「やっぱり、心臓に悪いな」

 もう一度やれ、と言われても絶対にやりたくない。
 そのためにも、出来ればここで邪神を引き離しておきたい。

「とにかく、急ごう! ステップ、ハイステップ、縮地!」

 俺は会話を中断して、移動スキルで無人の街を駆け抜けた。



 魔術師ギルドには、あっという間についた。

 幸い、後ろから邪神の欠片が追いかけてくる気配もない。
 俺たちはギルドに駆け込むと、すぐに執務室に飛び込んだ。

「ミツキ!」

 ここの隠し扉を開ける方法は、ミツキしか知らない。
 俺の言葉を聞く前に、ミツキはサザーンを背中から振り落として、扉を開けるためのパネルにとびついていた。

「ぐぇ! お、お前、もっと優しく……」

 床に落とされたサザーンが抗議の声をあげるが、構っている暇はない。
 扉が開いたらすぐに入れるように、サザーンの身体を代わりに抱えあげる。

「あ、う。ちょ、ちょっと……」

 腕の中でサザーンがまた暴れるが、

「じっとしといてくれ!」
「……う、うん」

 俺が強く諭すと、意外にも素直におとなしくなった。
 ちらりと、背後を見る。

 魔道の塔が無事なのは、隠し扉を開ける以外にここに入る方法がないから。
 逆に言えば、俺たちがこの中に入る時に邪神の欠片の侵入を許すことになれば、中にいる人間はただでは済まないだろう。

 早く、早く、と念じていると、

「開きました!」

 安堵を含んだミツキの声が、俺の鼓膜を揺らす。

「サザーン、行くぞ!」
「え、ふぇっ!」

 横にスライドしていく壁に、無理矢理に身体をねじ込んで入り込む。
 一瞬遅れ、ミツキが飛び込んできたのを確認すると、俺は即座に壁面のパネルを操作、隠し扉を閉じる。

「……うまく行った、か?」

 最後まで、扉の向こうに邪神の欠片の姿はなかった。
 俺たちは、成功したのだ。

 そして、ほっと息をつく俺の耳に、


「…ソー、マ?」


 何よりも聞きたかった、誰よりも会いたかった人の、声が届く。

「……リン、ゴ」

 そこには青い髪の少女が。
 一度は失ったと思った、かけがえのない仲間が、立っていた。



 ただ、それからすぐに感動の再会、とはいかなかった。

「水没王子様! ああ、ヒサメ様まで!」
「ソーマ様! 助けに来てくれてありがとうございます!」

 俺たちは、そこに避難していた街の人に囲まれ、もみくちゃにされたのだ。
 さらに見覚えのあるアイテムショップの店員さんには、

「あの、こんなものしかありませんが、どうか受け取ってください」

 と言われ、お洒落な髑髏を渡された。
 ……いや、本当に要らないんだけど。
 というか何でわざわざこんな物を持ってきたのか、理解に苦しむ。

「……よく、来てくれたな」

 最後に俺たちに声をかけたのは、王冠をかぶった偉丈夫。

「リヒト、王……」

 俺が思わずかしこまった礼をしようとすると、リヒト王は「よい」と言って手で制した。

「……私の不甲斐なさから、民のほとんどを失ってしまった。
 悔やんでも悔やみきれぬ。だが、せめて残った者たちだけでも何とか助けねば」

 悔恨の表情で、拳を握りしめるリヒト王に圧倒されながら、俺は辺りを見回した。

「避難出来たのは、これだけか」

 ざっと見た限りでは、魔道の塔にいるのはほんの十数人ほど。
 そこには、王と王妃、八百屋のおばちゃんやアイテムショップの店員、それから騎士団長スパークホークなどの見覚えのある顔も並んでいる。
 だが、逆に言えばこの人たち以外は、全員……。

「生き残ったのは、これだけですか?」

 その時。
 俺の後ろでキョロキョロとしていたサザーンが、硬い声で尋ねた。

「いや、もう一人だけ。上の階の様子を探ってくれている者が……」

 王が答えると同時に、ちょうど奥の扉が開いた。
 その奥からやってきたのは、


「――あれ? おにいちゃん?」


 小柄な身体。
 無邪気なのに毒気たっぷりの笑顔。
 砂糖を煮詰めたような甘ったるい声。
 ……間違いない。


「ポイズンた――」
「シルヴィア!!」


 背後から声をあげたミツキに、俺の言葉はかき消された。

「……は?」

 シルヴィア?
 誰が?

 そんな俺の疑問を、駆け寄ったポイズンたんとミツキの会話が解消した。

「あー! ミツキちゃんまでいるんだ。ひさしぶりだねー!」
「貴方も。……生きていると、思っていましたよ」

 衝撃の事実!
 どうやら、シルヴィアというのはポイズンたんの本名らしい。

 まあ考えてみれば、王都によくいるミツキとポイズンたんに面識があってもおかしくはない。
 そういえば指名手配の時、ミツキが妙にポイズンたんを警戒していたのは知り合いだったからなのだろうか。

 いかにも不器用な二人の再会に、和やかな雰囲気になる中、

「……ッ!!」

 その雰囲気を根こそぎぶち壊すように、走り出す者がいた。

「さ、サザーン!?」

 部屋の奥に駆け出し、ポイズンたん、シルヴィアが出てきた塔の上に通じる扉に消えていくサザーンを、俺は呆気に取られて見送るしかない。
 一体、何があったのか。
 その疑問には、いつの間にか隣に来ていたミツキが答えてくれた。

「私が、無神経でした。ここに、アレックズ達はいません」

 ガツンと、頭を殴られたような衝撃があった。

 ……そうだ。

 リンゴやポイズンたんとの再会に浮かれて気付かなかった。
 ここにはアレックズも、ライデンも、バカラもいない。
 つまり、彼らは……。

「私が話してきます」

 そう言って、ミツキが離れていく。
 俺は、一瞬だけ迷ったが、すぐに決断する。

「リヒト王。申し訳ありませんが……」
「私からも頼む。あの子を、追ってくれ」

 俺が切り出す前に、リヒト王から逆にそう頼み込まれた。

「ああ見えて、あの子は多くの物を背負っている。
 いや、私たちが、背負わせてしまったのだ。
 ……だから、頼む」

 なぜ、リヒト王がそんなことを言うのか、分からなかった。
 いや、もしサザーンが本当にネームレスの子孫で貴族だとすると、リヒト王とも近しい立場にいたのかもしれない。

 ……いや、それも今はどうでもいい。
 俺が、俺の仲間を心配するのに、理由なんて要らない。

「行くぞ、リンゴ!」

 俺は、なぜか戸惑ったような目でこっちを見ているリンゴの手を取って、一緒に奥の扉に向かって歩き出した。




「……で、何でついてきてるんだ?」

 魔道の塔には一階ごとに大きな部屋があり、次の階に行くには必ず部屋を横切って奥の扉に進まなければいけない。
 俺が二階の扉の前で後ろを振り向くと、そこにはポイズンたんがいた。

「えー!? そんなの、おもしろそうだから、いがいにりゆうがあるとおもう?」

 バッカじゃないのー、みたいに言われて、こんな状況なのに俺は爆発しそうになる。
 それをグッと堪えていると、にししし、と意地悪そうにポイズンたんは笑った。

「もー、じょーだんだよ、じょーだん。ここからかんどーのばめんをやるのに、じゃまものがいたらやでしょ?
 だから、わたしがここのとびらをみはってあげるねー!」

 いや、お前が邪魔なんだけど、とは流石に言えなかった。

「だいじょーっぶ! だーれもとおさないから、ごゆっくりー!」

 何だか含みのある言い方で見送られ、部屋に入る。

「ミツキ、サザーン……」

 広い部屋の向こう側の壁にサザーンが寄りかかって座り込み、その前にいるミツキが何かを話しかけていた。
 ミツキは俺たちがやってきたことに気付いたようだが、とても割って入れる雰囲気ではない。
 俺はそっと、取り出しかけていたみたらし団子を鞄にもどした。

「しょうがないな。俺たちはここで待って……リンゴ?」

 そこで、ずっと手を引いて歩いていたリンゴの異変に気付く。
 リンゴは力なく俺の手を握っているものの、俺と目が合うのを恐れるように顔を伏せている。

「どうした? 怖かった、のか?」

 俺が尋ねると、リンゴはふるふると首を振った。
 そうして、ぽつりと言う。

「…ごめん、なさい」

 また、ごめんなさいだ
 俺には、意味が分からない。

「リンゴが謝ることなんて、何もないだろ」
「でも、また、めいわく……」


「――迷惑なんかじゃない!」


 俺はリンゴが言いかけた言葉を、強くさえぎった。
 リンゴの両肩をつかんで、はっきりとした口調で言う。

「俺は、リンゴが生きていてくれて。
 こうやって、リンゴのところに駆けつけられて、嬉しいよ」
「ソー、マ?」

 綺麗な空色の瞳を、まっすぐに見つめる。

「迷惑なんて言うなら、リンゴがいなくなる方が、よっぽど迷惑だ。
 俺、リンゴが死んだって聞いて、俺もリンゴのことが大切なんだって、はっきり分かったんだ。
 だから、これからも俺の傍に……」

 俺が顔を赤くして、そこまで言った時だった。


 ――ドォン!


 腹に響くような轟音がして、塔が揺れた。

「な、何だ?」

 何が起こったのかは分からない。
 ただ、なんとなく嫌な予感がした。

 リンゴと顔を見合わせる。
 その表情も、やはり硬い。
 おそらくこの異常事態を深刻な出来事だと捉えているのだろう。

 ちらりと奥に視線を送る。
 動揺するサザーンを、ミツキが立ち上がらせていた。
 あっちはミツキがいてくれれば大丈夫だろう。

 しかし、本当に何が起こったのか。

「まさか、邪神の欠片が外から塔を攻撃してるのか?」

 しかし、この塔は独立マップ。
 どんなに塔の表面を攻撃しても、中にまで影響がおよぶことはないはずだ。

 だが、待て、よ。
 確か、邪神の持っている特殊能力の中に……。

 俺が何かのヒントをつかみかけた瞬間、バタン、と音を立てて背後の扉が開く。
 思わず身構えるが、そこにいたのはポイズンたんだ。

「何だ、脅かさな……」

 俺が笑いながら文句を口にしようとした時、


「おに…ちゃ、ごめ……にげ……」


 ポイズンたんの身体が、前のめりに倒れる。
 そして、それが地面に届く前に。
 その身体は端から光に変わり、宙に溶けていく。

「……え?」

 信じ、られなかった。
 あまりに唐突で、あっけない終わり。
 だけど、しかし、今、俺の目の前で……。


 ――確かに、人が一人、死んだ。



「うそ、だろ……」

 それも、ただの人じゃない。

 俺の知り合いで。
 いつだって笑っていて、いつだって意地悪で。
 それでいて親切で、俺に、色々なおせっかいを焼いていて。

 強くて、たくましくて、憎たらしくて。
 どうやったって死にそうにないような、そんな奴が。

「ポイズン、たん?」

 もう一度、彼女を呼ぶ。
 だが、答えの代わりに現れたのは……。


 ――バチュン!


 扉の向こうから伸びてきた、赤黒い、何か。
 その何かが、さっきまでポイズンたんがいたはずの床を打ち据え、鎌首をもたげる。

「それ、は……」

 その赤黒い、触手の先端にあったのは、見覚えのある髪飾り。
 それは、さっきまで俺をからかっていた、ポイズンたんの……。

「……ディメンション、ブレイカー」

 同時に、俺の足りない脳味噌は、この事態に遅すぎる解答を導き出していた。

 一定以上育った邪神の欠片は、次元を越える能力を持つ。
 邪神の欠片がこの街に留まっていたのは、魔道の塔に残っている生存者を皆殺しにするため。
 奴はディメンションブレイカーの能力で隔離されているはずのこの塔の壁を壊し、この塔に攻撃をしてきたのだ。

「ソーマ!!」

 隣から聞こえた叫びが、俺を我に返らせた。
 同時に、開いていた扉から濁った空気が入り込む。

「瘴気?!」

 とっさの状況で、判断が遅れた。
 俺とリンゴは吹きつけた瘴気をまともに受ける。

「……ぐ、ぅ!」

 しかし、幸運なことに、俺は瘴気の状態異常効果をレジストしたらしい。
 気休めにつけていた異常防御の指輪が効力を発揮したらしい。

「リンゴ、ここは引くぞ! リンゴ!?」
「ソー、マ。あし、が……」

 だが、隣にいたリンゴはそうはいかなかった。
 リンゴの足には真っ暗な闇のエフェクトがかかっている。

「くそ! 影縫いか!」

 受けた者の移動を封じる「影縫い」の状態異常。
 滅多に使われない状態異常だが、これの厄介なところは異常を解除するまで他人が運ぶことも出来ないということ。
 俺はポーションを取り出そうと鞄に手を伸ばすが、敵はそれを待ってはくれなかった。

「なっ!」

 扉の周りの壁が外側から弾け飛ぶ。
 そこから飛び出したのは、触手、触手、触手、触手の群れ。

 それらは一気に俺たちに向かってその先端を向け、

「……な、んだ?」

 俺たちに襲いかかるでもなく、二メートルほどの距離を保って止まり、代わりにポトリ、ポトリとつかんでいた物を落とした。

 指輪や盾、棒に野菜、紙切れに布。
 まるで統一感のない十数個のアイテムたちが、床に落ちる。
 そして、最後に落ちた髑髏と王冠を見た瞬間、俺はその意図を悟った。

「店員、さん。リヒト、王……?」

 これは、遺品。
 一階にいた人たちから邪神の欠片が奪った品物が、十数個。
 つまり、ちょうど一階にいた人数の分、落とされていて……。

「そういう、ことかよ」

 頭の奥が、沸騰する。
 俺は視界を埋め尽くす触手の群れをにらみつけ、リンゴの前に出た。

「ソーマ!」

 抗議するような声をリンゴがあげるが、俺は止まらない。

 何も無策で立ち向かおうという訳じゃない。
 余裕を見せて、すぐに攻撃を始めなかったのが運の尽きだ。

 リンゴは動けない。
 ミツキたちは間に合わない。
 目の前には無数の触手。

 だったらやることは一つ。


「――全部、薙ぎ払う!!」


 叫ぶと同時に、俺はとあるスキルを発動する。

 ――『憤激の化身』。

 全ての能力を一時的に倍化されるこのスキルは、速度すらも三倍に変える。
 常時三倍の速度になっている俺が使えば、その速度は通常の九倍。
 そんなもの、普通であれば制御出来る速さではない。

 移動することはおろか、繊細なコマンド入力が必要なスキルキャンセルも不可能。
 それでも、その場でスキルを使うことくらいなら出来る。

 だから、俺は不知火を握る。
 数多の窮地を共に切り抜けたこの武器で発動するスキルは、もちろんただ一つ。


「――乱れ桜!」


 十八秒にもおよぶ斬撃エフェクトを伴うこの技は、そのあまりの使い勝手の悪さから刹那五月雨斬(せつなさみだれぎり)などという名前で呼ばれた。

 だが、それは通常の速度で使ったらの話。
 九倍速という常軌を逸した加速は、十八秒の斬撃をほんの二秒にまで短縮する。

「ぁああああああああ!!」

 自分でも目で追えないほどの剣の乱舞。
 触手の数を遥かに超える、数えるのも馬鹿らしいほどの無数の斬撃が宙を奔る。

「これで、どうだ!」

 長い、しかしあっという間の二秒間を終えたその直後。
 肉が弾ける湿った音と共に、周りを覆っていた触手が一つ残らず弾け飛び、辺りを銀の光が舞って……。

(銀の、光……?)

 視界内を舞う、その銀色の光の正体がしばらくは分からなかった。
 だが、異常の元を探して目を落とした俺は、その正体に気付く。
 気付かされて、しまう。

「……しら、ぬい?」

 乱れ桜のエフェクトを終え、振り抜いた武器。
 ゲーム時代から俺とたくさんの敵と戦ってきたその刀からは、あるべきはずの刀身がなくなっていた。

 ……そう、だ。
 確かに俺の攻撃力は、邪神の欠片に届いた。
 ただ、武器の損耗を決めるのは、持ち手の能力ではなく、武器自身の攻撃力。
 能力差のある相手に振るわれた不知火は、乱れ桜の連撃に耐えきれなかったのだ。


「……え?」


 そして、不知火を失ったショックに固まる俺は、周りを警戒することすら怠っていた。
 だから、触手の群れの奥。
 壊れた塔の壁の向こうから、邪神の欠片のコアが覗いていることになど、全く気付きはしなかった。

 邪神の欠片の心臓部。
 高威力の光線を放つコアが、禍々しい光を宿す。

「あ。身体、動かな――」

 逃げようと、した。
 鏡の籠手をかざそうとも、した。
 しかし、意志に反して身体はピクリとも動かない。

 ――技後硬直。

 どんなに敏捷をあげても短縮出来ない、スキル発動のデメリット。
 致命的な、隙。


「キ、ル――」


 不快な、軋る音。
 それが俺の死を告げるのを、俺はただ呆然と聞いて……。


「――ソーマ!!」


 背中に衝撃。
 俺は何かに突き飛ばされ、床を転がる。
 視界から、不吉な赤い光が消える。

「何が――!」

 起きたのかは分かる。
 リンゴだ。
 リンゴが俺を突き飛ばしてくれたのだ。

「助かった!」

 俺は加速のしすぎで自由にならない身体を必死に起こし、俺の命の恩人を、リンゴの方に向き直って、



 ――その瞬間、リンゴを一条の光が貫いた。



「……ぁ」

 のどの奥に、声が張りつく。
 言葉が、声にならない。
 起きてはいけないことが、俺の目の前で起こっていた。

 俺を貫くはずだった光はリンゴの胸の中心を撃ち抜き、リンゴの細い身体は揺れて、ゆらゆらと揺れて……。

「……ぁ、れ?」

 光の粒に変わっていく自分の身体を見て、リンゴは不思議そうな、ちょっと困ったような顔をした。


 それから、ゆっくりと顔を上げ。


 俺を見つけて、すぐに嬉しそうな顔をして。


 かすれた声で、精一杯に口を開いて。




「ソー、マ。だいすき、だっ――」




 ――消えた。


 必死で、手を伸ばす。
 消えていくその身体を、空気に溶けていく光の粒を押し留めようと、手を伸ばす。

 だが、届かない。
 リンゴだったはずのその光は俺の指をすり抜けて、空に溶けていく。

「……リン、ゴ?」

 リンゴがいなくなったその場所に、硬い音を立てて何かが地面に落ちる。

「……ぁ、ぁあ」

 それは、半壊した時計。
 リンゴが肌身離さず持っていたクロノスウォッチ。
 離れていても同じ時を歩もうと願った誓いの時計は、もう時を刻むことはなくなって……。


「――うぁああああああああああああああああああああ!!」













この先、絶望があるぞ だから 引き返せ!

次話は3月27日23時更新予定
覚悟のできた方からお読みください
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