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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百八十六章 漆黒の勇者



 その日の夜、サザーンは俺の部屋を訪ねてきた。

「さぁ! 約束通り見せてもらうぞ、ソーマ!」

 部屋に入るなり、サザーンが息まく。
 これは別に、

「ところでこれを見てくれ。こいつをどう思う?」
「すごく・・・スノパオンです・・・」

 みたいな展開への前振りでは断じてなく、サザーンの目的は俺の持っているあるアイテムだ。

「こいつ、でいいんだよな?」

 言いながら俺が掲げたのは、図書館から持ち出した石板。

『やがて訪れる 勇者たる資質持つ者へ この記録を残す
 汝 英雄アレクスの意志を継ぎ 邪神を討たんと欲するならば
 古の勇者たちの軌跡を辿り その運命を見届けよ
 >>第一話>>第二話』

 この時代がかった説明文の示す通り、かつての勇者が邪神を封じるまでの旅を描いた『邪神対戦記録映像』だ。
 邪神だの勇者だのといった話が好きなサザーンは、この記録映像にご執心らしい。

 ただ、この記録映像を再生出来るのは、プレイヤー属性を持った人間、つまり、この世界では俺と真希だけ。
 一番熱望しているサザーンが、これを直接見ることはかなわない。
 だから、俺がこの映像を代わりに見て、その話をサザーンに伝えるという約束をしていたのだ。
 ただ、この石板の問題はこれだけではない。

「あのさ。石板の話だったら、最後までちゃんとしてやるから、だから明日になったら俺と一緒にスターダストフレアを……」
「ダメだ。ちゃんと最後まで、第十五話が終わるまで、僕に話を聞かせろ。それまで、スターダストフレアはお預けだ」

 この石板に入っている記録映像は、全部で十五話。
 そして、一度石板を起動させると、それから二十四時間の間、再使用は出来ない。
 と、いうことは……。

「これを最後まで見れるのは、最短でも二週間後になるんだぞ」
「だから?」

 そんなに待てないだろ、と言いたかったのだが、サザーンはむしろ望むところとばかりに、上機嫌な声音で答えた。

「……分かったよ」

 これはどうにも引きさがりそうにない。
 俺はうなずくと、サザーンから離れてベッドの上に座った。
 それを見て、なぜかサザーンはムッとした雰囲気で俺の方に詰め寄ってくる

「な、何だよ。いくら不満だからって、逃げることはないだろ」
「そっちこそなんで急に不機嫌になってるんだよ。
 別にお前から逃げた訳じゃなくて、ただ楽な姿勢になりたいだけだよ」

 これがゲームと同じ仕様なら、映像を見ている間、視覚と聴覚だけは映像記録の世界に行くが、ほかの身体感覚は維持されたままだ。
 特に第一話なんて最後まで見るのに一時間かかる。
 棒立ちになったままでは、なかなかつらいのだ。

「まあ、ならいいけど」

 サザーンはそんなことを言いながら、ひょいっとベッドの上に飛び乗り、俺の背後に回ってきた。

「おい! 何勝手に他人のベッドに上がってるんだよ」

 俺は当然抗議の声を上げるが、サザーンは聞いていない。
 むしろ俺の背中にのしかかるようにしながら、興奮した様子で石板を指さした。

「そんなことはいいから、ほら! 早く早く!」
「全然よくないし、別にお前が見れる訳じゃないんだぞ……」

 ぶつぶつと文句を言うが、サザーンは聞く耳を持たない。

「まったく、貴様こそ全然分かっていないな!
 完全な邪神大戦当時の記録はこの国のどこにも残っていないんだ!
 僕の家にあった史料だって、英雄たちのそのままの姿を描いたものはなかった。
 いいか、これがどんなに貴重な史料なのか、もう少し……」
「分かった分かった! もうちゃんと教えるから!」

 これ以上耳元で叫ばれてはかなわない。
 俺は意を決して石板に手を伸ばしていったが、やはりその手は直前で止まってしまった。

「……なぁ? 二話からでいいか?」
「ダメに決まってるだろ! 最初から! 最初から!」
「あーあー、分かったから!
 分かったからさっきから耳元で叫ぶなよ」

 あと仮面が顔にぶつかって痛いしなんか怖いしついでに暑苦しい。
 さっさと終わらせて楽になりたい。

(とはいえ、なぁ……)

 この映像記録の第一話は勇者アレクス以外の登場人物全員が全員死ぬ激鬱エンドだし、音声が入ってなくて分かりにくいし、BGMが一曲しかない。
 そう何度も見たいものではないのだ。

 俺がまだ渋っていると、焦れたサザーンはとうとう俺の肩越しに手を伸ばすと、

「もう、じれったいな! ほら、さっさと行け!」

 俺の指をつかんで、無理矢理「>>第一話」と書かれた部分に触れさせようとしてきた。

「うぁっ! お前、いきな――」

 サザーンの指のひやっとした感触に思わず背筋を震わせた、次の瞬間、

「――え?」

 俺の眼前には、ひなびた村の風景が広がっていたのだった。



「確かに、見たことはある、んだが……」

 あまりのリアリティに圧倒されてしまったが、目の前に展開された光景は、確かにゲーム時代に『邪神大戦映像記録』で俺が見たものだった。

 ただ、全く同じ、という訳でもない。
 ゲームの時、あるいは宣伝時に見たものよりも、全体的に色々と進化していた。

 映像のクオリティが高い以外、色々と未完成だったあの映像に、スタッフが潤沢な予算と制作時間を注いだらこうなったであろう、という本当に素晴らしい映像美と完成度の世界が、そこに広がっていたのだ。

 サイレント映画状態だったキャラクターの会話にはきちんとした音声がつき、ひたすらループする一つの曲でごまかされていたBGMは自然音にとってかわられ、本当にその時代に生きていたかのように錯覚させられる。
 ゲームからアイテムの効果に改変があったことは初めてなので戸惑ったが、単にゲームでは未実装な部分がこの世界では補完されていたことはあったので、その作用なのだろうと理解しておく。

 とはいえ、内容自体には変わりはない。
 サザーンには悪いが、俺はあんまり真剣にならないよう、意識してぼんやりと目の前の光景を眺めるようにしていた。

 だって、この村の人々は邪神の軍勢に皆殺しにされるのが確定されている訳で、つまりは「あのね。こ、今度の収穫祭の夜に、アレクスに伝えたいことがあるんだ。……聞いて、くれるかな?」って言ってる幼なじみのミリアちゃんも、「……だが、俺の一番の宝は、お前だ」って言ってる寡黙な父親のリドニアさんも、「そうよ。年が明ける頃には、あなたはお兄ちゃんになっているの。……ふふ。あなたは、妹と弟、どっちがいいかしら?」と優しく笑う母親のニーナさんも、「アレクス兄ちゃん、剣を教えてくれよ! おれ、大人になったら兄ちゃんに負けない立派な剣士になるんだ!」って言ってる坊主頭の男の子も、これから数十分後には殺されちゃうのが分かってる訳だし。

『ったく、親父の奴、不器用なくせに変な気を利かせやがって』
『もう、お父さんのこと、そんな風に言っちゃダメだよ』
『でもよ……』
『わたしは、嬉しいよ。アレクスと、一緒にこうやって歩けるの』
『まったく、ほんと、お前は、さ……』

 だから、耳に勝手に主人公たちのやりとりが入ってきても、何も感じることもなく……。

『今日は楽しかったね、アレクス』
『そうか? いつも通りすぎて、楽しいことなんてなぁんにもなかった気がするけどな』
『うん。でもね、何にもないのが、いいんだよ』
『そういうもんか? 分かんね』
『ふふ……。ねぇ、アレクス。こんな日が、ずっと、いつまでも続くといいね』
『ミリア?』
『何にもない毎日だけど、ちょっとずつつらいこととか楽しいことがあって。それをこうやって話して、二人で分け合ってさ……』
『さっきから変だぞ、ミリア。俺たちは、これからもずっと一緒だろ』
『えへへ。そう、だよね』

 何も、感じる、こと、なく……。

『……ねぇ、アレクス』
『今度はなんだよ』
『わたし、幸せだよ。……ありがと、アレクス』

「あーあーあー! 聞こえない聞こえなーい―!!」

 無駄に大声を出してさえぎろうとしても、映像記録を見ている間は自分の声は聞こえない。
 俺は強制的に展開される死亡フラグ満載のやりとりを必死で意識から追い出すようにしながら、頭の隅では別のことを考えていた。
 そう、今の俺の一番の気がかりは話の内容ではなかった。

 確かに鬱展開は鬱展開であるし、それをこのクオリティで見せられるときついのだが、一応それなりには耐性がある。
 それより問題なのは、俺自身のこと。

 ――さっきから、いや、この映像が始まった時からすでにそうだったのだが、なんか背中が重いのだ。

 しかも単純に重いだけでなく、ちょっと温かいというか、たまにもぞもぞ動いたりもするというか。
 しかもしかも、盛り上がる場面になるとやったら揺れるし、残酷なシーンになるとぎゅううっと締めつけてくるし、場面がさらに進み、皆殺しにされた村の人々の墓を作るシーンでは……。

「わひゃっ!?」

 俺の首筋に、何だか熱い滴のようなものが落ちた。
 どれだけ叫んでも映像を見ている間は俺の声は自分の耳にすら響かないものの、驚いてつい声をあげてしまったのは少し恥ずかしい。

 しかし、それで確信が持てた。
 ゲームでは当然ない仕様、というか、一人用のゲームだったので試しようもなかったが、もしかすると……。

「あ。……終わり、か」

 やがて、故郷の村を壊滅させられた青年、アレクスが邪神打倒を誓ったところで第一話は終了。
 現実と変わらないほどリアルな仮想現実が終わり、始まった時と同じ唐突さで俺は現実世界にもどってくる。
 それでも、背中の重みと温かさは映像を見ている時と変わらなかった。

 だから俺は、ある確信を持って背後を振り向き、

「なぁ、サザーン。もしかし……うわぁ!!」

 前にした光景に、ギョッとした。

「うぅ。うぁぁああ……」

 サザーンが、あのサザーンが、仮面の穴からボッロボロと水を滴らせていたのだ。
 ダバダバと仮面の目の部分から垂れ流し、そして俺の首の辺りにボタボタと爆撃をしかけていたのは、サザーンの大量の涙。

 ――サザーンは、俺と一緒にあの映像を見て、そして大泣きに泣いていたのだった。



 先ほどの推測の通り、サザーンは俺と一緒にあの映像記録を見ていたらしい。
 あの映像を見ていないと答えられないはずの質問をしたら正確に答えてきたので、おそらく間違いはないだろう。

 なぜプレイヤー属性のないサザーンまであの映像を見れたのかは謎だ。
 前回、サザーンは確かに自分で石板を起動させようとして失敗しているので、サザーン単体では動かせないことは確定。
 そう考えると、石板を再生した人間と身体が触れていると、その相手も同時に映像記録を鑑賞出来る、というのが妥当なところだろうか。

「……落ち着いたか?」

 俺が声をかけると、ようやく涙が止まったサザーンは、めずらしく照れくさそうに、うん、と答えた。

「なら、いいんだが」

 いつもと違うサザーンの姿に戸惑い、言葉が途切れる。
 また、しばらく沈黙の時間が続き、

「その、ありがとう」

 次にサザーンが口にしたのは、さらに予想外に過ぎる言葉だった。

「こんなの、見れるとは思わなかった。すご、かった」

 言葉の端から興奮がにじむような、あまりに純粋で飾り気のないその台詞に、俺はなぜか動揺した。

「え、あ、いや……。別に、意図してやったことじゃ、ないから」
「だけど、ソーマがいなかったら、僕はこんなの一生見れなかった。
 ……だから、ありがとう」
「あ、ああ……」

 何だか、素直すぎて気持ち悪い。
 普段とあまりに様子の違うサザーンを見ていると、ふと、素朴な疑問が口をついた。

「そういえば、さ。お前はどうして、そんなに邪神だの勇者だのってのにこだわるんだ?」

 思い返してみれば、ところどころに普通とは思えないほどの邪神や魔王へのこだわりがあったように思う。
 無軌道に好き勝手やってるようにしか見えないこいつにも、何か目的意識みたいなものがあったりするのだろうか。
 そんな軽い気持ちで尋ねた言葉だったのだが、

「……僕の一族は、救国の英雄に連なる由緒ある家系なんだ」

 ぽつり、とこぼれたのは、想像以上に重たい言葉だった。

「一族の人間は、この国を、この世界を守ってきたのは自分たちだって誇りがある。
 そして僕も、それを否定するつもりはない」

 まさかの言葉に、俺は言葉をなくしていた。
 由緒ある家系で、しかも国を守ってきたと言うなら、それはちょっとした勇者の子孫、なんてものじゃない。
 おそらくは、この国の貴族、それも、国の中枢に関わるような大貴族の可能性だってある。

「本来なら僕は、こんな旅をしていていい立場じゃないんだ。
 だけど僕にはここ数百年で一番の優れた闇魔法の素養があって、だからこんなワガママを許されてる。
 それでも、これから数年で成果をあげられなければ、僕は家にもどらなくちゃいけない。
 そして誰か……適当な相手と結婚して、子をなして、そうしたらもう二度と、自由に旅なんてできなくなる」
「それ、って……」

 まるで、物語の中の貴族のお嬢様だ、と俺は思った。
 窮屈な家を抜け出し、変装をして正体を隠し、憧れの庶民の世界で生活をするお嬢様。
 しかしそれにはタイムリミットが決まっていて、その終わりは親の決めた政略結婚。
 性別のことを考えなければ、世の中の創作物にあふれているお転婆な令嬢の設定そのままだ。

「……僕は、絶対にそんなのは嫌だ。
 だから僕には、力がいるんだ。一族のみんなを認めさせるだけの、力が」

 しかしやっぱり、サザーンは物語に出てくるお嬢様なんかとは全く違った。
 仮面の奥、強い光を秘めた瞳が揺れる。

「あれ、でもちょっと待てよ。それって、魔王を倒した、だけじゃ足りないのか?」

 一応、サザーンは魔王を倒したパーティの一員だ。
 それは十分に力の証明になると思うのだが。
 俺が言うと、サザーンは不意にすねたように唇をとがらせた。

「あれは、お前が悪いんだぞ。
 あんな方法で魔王を倒したのが広まって、僕の力が認められるはずがない」
「それは……まあ、そうか」
「絡め手で勝つんじゃダメなんだ。ちゃんと、実力で打ち破らないと」

 そりゃあまあ、水攻めが効いたのはあの場所の特殊な条件のおかげだからあまり意味はない。
 少なくとも、力を認めてくれはしないだろう。

「それに、僕の狙いは魔王じゃない。それよりももっと、邪悪なものだ」
「魔王よりもっと、邪悪な……邪神の欠片、か」

 ああ、とうなずくサザーンを見て、俺にも思い出すことがあった。
 あれは、生贄の祭壇クエストの時。

「じゃあまさか、地下迷宮の邪神の欠片を倒した時、お前が俺を、ライバルだって言ったのは……」
「ああ。そういうことだ。僕はずっと前から、残りの三つの邪神の欠片の行方を追っていた。
 邪神の欠片を見つけて、そして……破壊するために」

 まるで、見えない何かを壊そうとするように。
 ぎゅっと、白くなるまでに握りしめた拳を見ながら話すサザーンを前に、俺も考える。

 もうすでに倒した生贄の祭壇の一つを除くと、邪神の欠片はあと三つ。
 もしかするとそれがどこに封印されているかは、この記録映像を最後まで見れば分かるかもしれない。
 いや、最悪の場合は、ラムリックの地下に裏ボスとして配置されていた欠片のことを教えれば、その問題は解決だ。

 しかし……。

「なぁ、サザーン。言いにくいんだが……」

 ――お前じゃ、邪神の欠片は倒せない。
 俺ははっきりとそれをサザーンに伝えようと考えた。
 だが、そんな俺を、サザーンは手で制した。

「心配しなくても、分かってる。
 今の僕の実力じゃ、邪神の欠片を倒すことはできないって。
 ……だけど僕は、絶対にあきらめない」
「サ、ザーン……」

 そこには、いつもの中二病の魔術師はいなかった。
 そこにいたのは、理不尽な運命を呪い、嘆きながらも、不屈の精神をもって立ち向かう、誇り高い勇者。

「僕はもう、決めたんだ。
 何があっても、あきらめることだけはしない、って
 だから、いつか、いつかの日か、絶対に――」

 黒尽くめの勇者は、小さくて細い、けれど決意のこもった声で、


「――強そうなパーティに寄生して、代わりに欠片を倒してもらう!!」


 最低の寄生宣言を、実にさわやかに言い切ったのだった。
活動報告に重大発表!!がありますので、お暇な人は覗いてみてください
+注意+
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