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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百七十四章 精一杯の勇気

「――ハッ!?」

 気が付くと、俺はアクセサリーショップの店内にいた。
 猫耳ちゃんのキュートな独演会に見とれている間に、いつのまにか店内に連れ込まれていたらしい。
 あわててここ数秒ほどの記憶をさらう。

 ――ペチコンとウインク的な技を決める可憐な猫耳ちゃん。
 ――成功してドヤッと全身を突っ張らせる猫耳ちゃん。
 ――ふるふる身体を震わせて自慢げな猫耳ちゃん。
 ――「もー、そんなに見られたらはずかしいよー」と先端部分をぴくぴくさせる猫耳ちゃん。
 ――「異常ないよね?」とくるくる回って健気に周りを警戒する猫耳ちゃん。
 ――ミツキに腕を引かれる度に感じる異様なやわらかさを堪能する俺を見下ろす猫耳ちゃん。
 ――思わず全神経を腕に集中させると何かに挟み込まれていることが分かるしかわいい猫耳ちゃん。
 ――あっくそっ自分がずっと胸を押しつけてたことに気付いてミツキが離れた……と、猫耳ちゃん。

 見事に猫耳ちゃん以外の記憶が一つもない。

(しまったな……)

 それなりに大事な話をしていたはずなのに、猫耳に見とれてうわの空だったというのは流石にまずいだろう。
 もし猫耳に夢中だったことに気付かれていたらどうしようと、隣のミツキの様子をうかがう。

「……どうかしましたか?」

 しかし、彼女はいつも通りの無表情。
 胸の前で腕を組んでいるのが不機嫌なようにも見えるが、垂れ気味な猫耳を見る限り、怒っているのとは違うようだ。
 少なくとも、俺を疑っている様子は見られない。

 まあ、最近まで自分の耳が動いていたことも知らなかったミツキのことだ。
 俺がミツキの耳に見とれて呆けていたなんて、思考の端にも引っかからないだろう。

「いや、何でもな――っと、リンゴ?」

 俺は内心ほっとしていると、ミツキとは逆側の腕に圧力がかかる。
 まだ俺につかまっていたリンゴが、俺の二の腕をぎゅっと締めつけていた。
 特に痛くはないが、ちょっとした圧迫感はある。

 もしかすると、ミツキにばかり構っていたのが面白くなかったのかもしれない。
 俺は苦笑しながら、やんわりとリンゴを注意する。

「悪い悪い。でも、リンゴを忘れてた訳じゃないんだ。
 だから、あんまり乱暴するのはやめてくれよ」

 リンゴはそれを聞くと、一瞬だけ目を見開き、それから傷ついたみたいに顔を伏せてしまった。
 言いすぎたかと俺が心配になった頃、リンゴはチラッとミツキを見た後、うなずいた。

「…………がん、ばる」

 それは、あんまり乱暴なことをしないように善処するということだろうか。
 まあ、リンゴが本当に俺にダメージのあるようなことをするとは俺も思っていない。
 俺はさらりと話を流すことにした。

「それより、リンゴの新しい指輪、そろえようぜ」

 指輪の件でリンゴが頑張ってくれたことは忘れていない。
 俺がそうアピールをすると、リンゴは目を輝かせ、

「…ん!」

 さっき以上の勢いで、俺の二の腕を締め上げたのだった。
 ……だから、乱暴はするなと言っているのに。



 ゲームでの防具は、単純な防御力だけでなく、状態異常や属性防御を考えてそろえる必要がある。
 いわゆる耐性パズルという奴だ。

 状態異常の耐性が渋い『猫耳猫』では、どんなにうまく装備を組み合わせても、「全ての状態異常に対して100%の耐性を持つ」ことは不可能だし、あまり意味がない。
 もしかすると指輪を十個もはめられるようになった今なら可能かもしれないが、今回気にかけるべきなのは状態異常よりももう一つの耐性、属性耐性だ。

 やられる前にやるのが基本の『猫耳猫』世界。
 それにならうように、俺の戦闘能力もまた、攻撃系に偏っている。
 防具はかなりいい物をつけているとはいえ、数十人からなる魔術師たちに一斉に魔法を放たれたら回避は困難だし、そのダメージは馬鹿に出来ない。
 属性ダメージを軽減、吸収する装備はぜひともつけておきたいのだ。

 店には掘り出しものも含めて色々な属性軽減効果のある装備があり、さらにミツキも魔王戦前、クエストアイテムのついでに集めた装備などを供出してくれ、かなりの属性耐性を持つ装備が出来た。

 キャラクターやモンスターには属性倍率というパラメーターがあり、これが100%なら通常ダメージ、50%ならダメージ半減、0%なら無効、さらにマイナスにまで行くと吸収、逆にこれが増えて200%になると二倍弱点、という風に、ダメージが増減する。
 この数値が通常語られる属性耐性で、この数値が低いほど耐性が強いと言われる。

 ただ、ここが『猫耳猫』の面倒なところなのだが、数値ではない特性としての属性耐性もあって、「火属性半減」「火属性無効」などの付加効果がついている場合、ほかの装備品にかかわらず、属性倍率の値を上書きしてしまうという特徴がある。
 特性がかち合った場合の優先度とか、詳しい話をすると面倒なので省くが、要は属性倍率が悪い値でも、属性耐性の付加効果がついた装備があれば、それを一発で打ち消せるということだ。

 火属性防御特化の指輪をそろえて火属性の属性倍率をマイナスの値にまで下げ、その代わりに弱点になった氷属性を氷属性攻撃無効の特性を持つ装備で打ち消す。
 魔術師ギルドの連中が使ってくるのは、主に火と水と風だ。
 これでそのうちの二つを封じ、火に至ってはくらっても回復するようにしたのだから、俺の耐性がバレるまではこれで有利に戦えるはずだ。

 ダメージ倍率がマイナスの魔法を使った場合、吸収だとダメージが入る場合があるので吸収は無効に劣る場合もあるのだが、自分が装備する分にはあまり気にする必要はないだろう。
 残りの装備で風属性の耐性も半減程度まで上げ、俺の準備は完了した。

 その流れで、リンゴの装備もそろえる。
 リンゴはまだ指全てに指輪をつけるのはつらいようだったが、成長も見越して、十本分の指輪を買った。
 攻撃力アップを求めるリンゴと、防御を中心にそろえたいという俺の要望がぶつかったが、うまく妥協点を見つけられたと思う。

 そして、それらをレジに持っていく途中、

「クロノスウォッチ……」

 俺は、ゲームの中で見慣れた懐中時計を見つけた。

 クロノスウォッチとは「ネジを巻いたり魔力を供給したりしなくても、永遠に同じペースで時を刻み続ける時計」であり、その不変の性質からか、スタンとスロウの状態異常を軽減する効果を持つ、首飾りアクセサリーだ。

 軽減率は二割と低めなので、アクセサリーとしての効果ははっきり言って微妙。
 とはいえ、首からさげるための長いチェーンがついている以外はただの懐中時計と同じ外観で、時計としても使えるように見える。

「……よし!」

 俺は口の中でつぶやくと、指輪と一緒にそれを素早く三つ(・・)つかみ、レジに持っていくことにした。


 属性耐性アクセサリーもそろえ、これで準備は万端!
 と、言いたいところだが、店から出たところで、

「折角ですから、他の店も覗いてみたらどうですか?」

 なんてミツキが提案してきたので、武器屋と防具屋、それにアイテムショップも回ってみることにする。

 見慣れたはずの装備を見て回るのがなぜか楽しくて、俺たち三人はいつもの五割増しのテンションで時間をかけて店を回った。
 特に、普段は不必要なことはあまり言わないミツキが、今日に限ってやたらと饒舌だったのが印象的だった。

 ただ、いくらはしゃいでも商品のラインナップが変わる訳ではない。
 武器屋と防具屋では残念ながらめぼしい発見はなかったが、アイテムショップではちょっとした収穫はあった。
 道具屋のアイテムを在庫ごと買い占めたのは記憶に新しいが、あの時はなかったアイテムがいくつか入荷していたのだ。

「これ、『マジカルポケット』のジェムか」

 その一つが、ミツキとの戦いでも役に立った、魔法を封じたジェム。
 使い捨てで、魔法の威力に使い手の能力値が反映されないので攻撃力という点ではいまいちだが、利用出来る状況はある。

 魔法が封じられた状況でも魔法のアイテムは使えたりするので、割と重宝するのだ。
 それに、魔法名を口にするのが一般的な発動法だが、強い衝撃を与えることでも起動させることが出来る。
 使い方によっては、魔法を詠唱しながらジェムを投げつけて二重魔法、なんてことも可能なのだ。

「これ、買っていこうか」

 少し無駄遣いな気もしなくもなかったが、まだまだお金には余裕がある。
 もしかすると下剋上イベントで役に立つかもと、前になかったジェムを中心に、目についたジェムを片っ端から購入した。

 そうして外に出ると、いつのまにか日は陰り、辺りはもう、暗くなりかけていた。

「……日が、暮れてしまいますね」

 ミツキの言葉に、呆然とする。
 魔術師ギルドは、夜には閉まってしまう。
 いつイアスキーが暴走するか分からないこの状況で、アクセサリーショップはともかく、ほかの店まで回る必要はなかったはずだ。

 もちろん、まだ間に合わないという時間ではないが、どうしてこんなに無駄な時間を過ごしてしまったのか。
 そう自問して、気付いてしまった。

(もしかして俺は、魔術師ギルドに、行きたくなかったのか?)

 行って、問題を解決してしまえば、俺がこの世界に留まる理由がまた一つなくなる。
 この世界から去る時が、リンゴやミツキたちと別れる時が、また少し近づくことになる。

 そしてそれはたぶん、二人にとっても同じで……。

「申し訳、ありません」

 俺が二人に目を向けた途端に、ミツキが頭を下げた。

「ミツ、キ……?」
「そんな意図では、なかったつもりでした。
 少なくとも、自覚しての事ではなかった、はずです。
 ですがあの時、他の店を見てみようと誘ったのは、私です。
 私は、私は割り切ったフリをして、貴方を……」

 考えてみれば、確かに。
 あのミツキが、この緊迫した状況で買い物を勧めるなんて、普通では考えられない。
 もしかすると、ミツキも心の奥底では俺を引き留めたいと、俺を魔術師ギルドに行かせたくないと、そう思っていたのかもしれない。

「ミツキ、もういい」
「ですがっ!」

 だが、そんなのは俺も、リンゴもたぶん同じだ。
 俺たちは三人とも、この時間が過ぎるのを惜しんでいた。
 それを責める資格は、この場の誰にもない。

「二人に、見せたい物があるんだ」

 だから俺は、強引にその話を打ち切った。
 その代わりのように取り出したのは、クロノスウォッチ。
 俺が、アクセサリーショップでこっそりと買った三つの時計だ。

 それらを三つ、くっつけるようにして地面に並べると、俺は続けて鞄から脇差を取り出した。

「何を……」

 ミツキの疑問の声を今だけは黙殺して、脇差を振るう。
 勢い余って壊してしまわないように注意しながら、三つの時計に跨るように傷をつけた。

 その試みは思いのほかうまくいった。
 綺麗な横一文字の線が、三つの時計を横断している。
 俺はその出来栄えに満足すると、傷ついた時計の内、真ん中の一つを鞄の中にしまい、残り二つをリンゴとミツキに差し出した。

「…ソーマ?」

 リンゴのいぶかしげな声に、こんなのはガラじゃないな、と思いながら、口を開く。

「この時計は、どんな場所、どんな状況にあっても、いつも同じように時を刻む、んだそうだ」
「…?」

 まだよく分かっていない様子のリンゴに、無理矢理時計を押しつけた。
 あー、と意味のない言葉を発してから、意を決して先を続ける。

「だから、な。どんな場所にあっても、たとえ、違う世界にあったとしても、この時計だけは、いつも、同じように時を刻むんだ」

 リンゴがハッと目を見張り、ミツキの耳がピンと立つのが分かった。
 過剰な反応に俺は急に恥ずかしくなって、早口で告げる。

「それに、俺はこの時計に傷をつけた。
 これと同じ時計を持っていても、こうやって一つの傷でつながっている時計は、この三つだけだ。
 だから、その……これを、二人に持っていて欲しい」

 リンゴとミツキの顔を見ると、単に無表情だというだけでなく、完全に固まってしまっている。
 やってしまった感がすごい。
 やっぱり思いつきで、慣れないことなんてするものじゃない。

「あ、いや、だからどうだとか、すぐに別れようとか、そういうことじゃなくて、ただ……」

 俺は焦って弁解しようとするが、


「――ありが、とう」


 それよりも早く、リンゴが俺の手を取った。
 言葉にならない、様々な想いを込めて。
 時計を持った俺の手を包むように、そっと時計を受け取ってくれる。

 そして、ミツキも、

「ありがとうございます。これは、私の宝物に。
 ……いえ、生涯の、宝物にしますね」

 さりげなく重いことを言って、時計を手に取ってくれた。
 さらにミツキはためらわずに自分の首にチェーンをかけると、時計を胸元に落とし込んだ。
 そんな空気ではなかったはずなのに、胸の谷間にストンと時計が落ちる音が聞こえた気がして、無駄にドギマギしてしまった。

「そ、ソーマ!」

 すると、リンゴが焦ったような声をあげて、手にした時計ごと俺の手を取って、自分の身体に引き込んだ。
 ぎゅぅぅ、と胸に抱えて押し潰す。
 ……いや、だから、それに一体何の意味があるんだよ?


 魔術師ギルドへの道すがら。
 リンゴも結局、自分の首にクロノスウォッチを装備することを決めた。
 本当はリンゴには別の首飾りがついていたのだが、リンゴはクロノスウォッチを装備すると言って聞かなかったのだ。

 最終的に俺が折れると、

「…つける、よ」

 となぜか緊張したように言って、俺に見せつけるようにゆっくりと、自分の首にクロノスウォッチをかけた。
 リンゴは何も言わなかったが、どことなく俺にコメントを求めているようにも見える。

「ええと……」

 俺はあらためて、時計をかけたリンゴの姿を眺める。
 華奢なリンゴと大き目の時計は合わないかとも思ったのだが、そのミスマッチ感がかえって目を引いてかわいらしく見えた。

「うん。似合ってる、と思うぞ」

 元ぼっちとしては勇気を振り絞ったコメントだったのだが、残念ながら、リンゴはお気に召さなかったようだ。
 リンゴは胸の前でグッとこぶしを握ると、

「……がん、ばる!」

 小さな声で、ふたたび謎の決意表明をする。

 その姿をほほえましく思うのに、それを見て素直に笑えないのは、どうしてだろうか。

 消化し切れない胸の苦味に顔を歪める俺の頭上に、突然大きな影が差す。
 ハッとして、顔を上げた。

「ここ、が……」

 目の前にそそり立つのは、この街一番の高さを誇る建築物。
 薄闇に不気味にそびえる、魔術師の巣窟。

「――魔道の、塔」

 長い回り道の果て。
 俺たちはとうとう、目的地に辿り着いたのだった。
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