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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百七十二章 前を見ること

「だからさ。これは魔法陣なんだから、一部分をずらせばそれでいいんだよ」
「う、いや、それは、理屈は分かる! だが……」

 図書館にもどっても、まだブツブツと文句を口にし続けるサザーンに、俺は説明をした。

 魔法陣はデリケートな代物で、一ヶ所や二ヶ所陣を書き換えただけで効果が異なってしまう。
 だから、その一部、図書館の屋根のミスリルをはがせば、もう魔術師ギルドはこの街の魔法陣を使えない。
 MPドレインは止まるはずだし、そうなればMP不足で気を失っている人もやがてみんな起きてくるだろう。

「でもお前、さっき力を貸してくれってあんなに……」
「へ? だってちゃんと、みんなの力を少しでいい(・・・・・)から貸してくれって言っただろ?」
「それは、それは……ぬぐぐぐ!」

 よく分からない癇癪を起こすサザーンだが、あまりこいつにばかり構っている訳にもいかない。

 当面の危機は脱した。
 が、今回ばかりはそれだけで終わり、という訳にもいかない。

「真希。悪いけどこれからちょっと王様のところに行って、事情を説明してきてくれないか?
 出来れば、城の兵士を使って魔術師ギルドのギルド長をつかまえてもらえると助かる」
「んー、分かった!」

 倒れていた人がうまく回復したとして、事情が分からなかったら不安にもなるだろう。
 そんな時、王から説明でもあれば、混乱も最小限で収まるはずだ。

「セーリエさん。たぶん図書館の人たちも少しずつ目を覚ましていくと思うので、対応をお願いします。
 一応、何個かMPポーションを渡しておきます」
「分かりました」

 ただ、もちろん気を失っている人はこの図書館にいる人たちだけではない。
 その人たちにどう対処するかは……。

「街の人への説明と治療なら、わたしがお引き受けしましょうか?」

 俺が考え込んでいると、スッとミュ……さんが前に進み出た。

「いいんですか?」
「はい。さすがに全員は無理だと思いますが、お力になれると思います」
「いや、でも……」

 真希が王に説明はしてくれると思うが、混乱を治めるには出来るだけ手は多い方がいいだろう。
 しかし正直に言って、今までの言動を見ていると、彼女にそんな力があるとは思えない。
 そんな不安を感じ取ったのか、彼女は俺にさとすように語りかけた。

「ソーマ様。確かに、わたしは一人ではただの無力なシスターです。
 ですが、人は生きている限り、一人ではない。
 誰かを頼り、誰かに協力をあおぐことは、決して恥ずべき行為ではないと、わたしは思います。
 そして、わたしの周りにはグラティア神父や、その頼もしい仲間たちがいます」
「ミュ……さん」

 肝心の相手の名前が言えなかったのでいまいちしまらなかったが、彼女の言葉は俺の胸にしみた。
 俺も自分が、問題が起きると全部一人で解決しようと考えてしまっているのは自覚している。
 特に今の俺には耳に痛い話だった。

 しかし、そう口にする彼女の表情に俺を非難する色も、大げさとも言えるような自分の言葉を恥じる様子もない。
 さっきまではおちゃらけているように見えた彼女が、本当は敬虔で真摯な信仰者だと、素直に信じられた。

「すみません。俺は……」

 そんな彼女を、今まで色物扱いしていたことを思い出し、俺は恥ずかしくなる。
 けれど、彼女はいいんですよ、と言わんばかりに微笑んで、決然と言い切った。


「――ですからわたしは、この件はグラティア神父に丸投げします!
 だってあの人はわたしと違ってやり手なので、絶対うまいことやってくれるはずですから!!」
「……あ、はい。もうなんか、それでいいです」


 あ、この人完全に駄目な人だ、と悟った俺は、そこで会話を打ち切った。
 まあ実際に神父に話を通してくれるなら、きっと神父は色々な伝手を使って街の混乱を収めるのに尽力してくれるだろう。

「ん、んん……? ここ、は?」

 そんな話をしている間に、図書館で倒れていた人の一人が目を覚ました。
 俺は仲間たちと顔を見合わせ、目配せを交わす。

 MP回復速度の違いで個人差は出るだろうが、これから全ての人が目を覚ますだろう。
 魔術師ギルドのMPドレインは無事に止まったのだ。

 俺たちは、図書館に残るセーリエさん、城に向かう真希、それから教会に帰るミュなんとかさんと別れ、家路についた。



 少しずつ人が起き出し、街は元の喧騒を取りもどしていた。
 流石は猫耳猫の住人。
 おかしなことには慣れっこになっているのか、自分が気を失っていたことに気付いても、動揺している人はほとんどいないようだ。

「そういえば、おなか空きましたねー」

 イーナがのんきにつぶやく。
 街には生活音に交じって、食べ物のにおいなども漂っている。
 図書館で随分と時間を使ってしまった。
 もう世間では夕食の時間だろう。

「そ、そうだ! 帰ったら、わたしがとっておきの料理を作ってあげましょうか!
 キリンググローブフィッシュのお刺身とバードヘルムのサラダとか……」
「却下です。貴女は私達を殺すつもりですか」

 前の方からは、仲間たちの牧歌的な会話が聞こえてくる。 
 そして、道を半ばほどまで進んだところで、

「あー、しまった!」

 突然声をあげて立ち止まった俺に、みんなの視線が集中する。

「悪い。ちょっと図書館に忘れ物をしたみたいだ。
 取りに行ってくるから、みんなは先に帰っててくれ」
「あ、じゃあ私も!」

 すかさず食いついてくるレイラに、首を振る。

「いや、俺一人の方が早いし、もう夕飯の時間だろ。
 レイラは先に帰って、俺たちの夕食を作ってくれないか?」
「ソーマのご飯を? ……うん! 頑張るね!!」

 妙に気合の入ったコメントを不思議に思いながらも胸をなでおろしていると、今度はサザーンがやたらと楽しそうに寄ってきた。

「図書館か。ふふ。ならばこの世のあまねく全てを識る全知なる魔術師、このサザーンがついていってやろう。
 もちろん、貴様の用事で行くのだから、僕の入館料も貴様持ち……」
「それよりお前はグローブ返せよ、ほら」
「ぎゃっ! わっ、だ、ダメだ! 汗くさいから! ダメだってば!
 ……わ、分かった。館でちゃんと洗っておくから、引っ張るのをやめろ!」

 図書館目当てにすり寄ってきたサザーンを撃退すると、これ以上何か言われる前にと方向転換。
 来た道をもどるように走り出す。

「ま、待ってください! ソーマさん、やっぱりみんなで――」
「じゃあ、ちょっと行ってくるから先に帰っててくれよ!
 ステップ、ハイステップ、縮地!」

 背中にかかったイーナの声は聞こえなかったことにして、俺はスキルで一気に加速。
 最後の縮地で角を曲がる。
 そして、みんなの姿が見えなくなったのを確認してから、

「……よし、行くか」

 図書館に向かう道に背を向け、全く別の方向に向かって歩き出した。
 目的地はもちろん、今回の事件の元凶、魔術師ギルド。

 ――当面の危機は脱した。
 ――が、今回ばかりはそれだけで終わり、という訳にもいかない。

 真希がうまくやってくれれば、リヒト王は魔術師ギルド長をつかまえるべく兵を動かすだろう。
 しかし、それでギルド長がつかまえられるかというと、それは期待薄。
 特に、執務室の魔法陣を使って塔の内部に逃げられた場合、城の戦力での捕縛は絶望的だ。

 それに、気になることがある。
 魔術師ギルドの連中が使った仕掛けは、間違いなくゲーム中で提示されていたものだ。
 あいつらの目的と手段は、確かにゲームの設定に則ってはいる。
 だが、「街中の人間がMPドレインされる」なんて事件は、ゲームでは起こらなかった。

(ゲームとこの世界との乖離が、大きくなっている)

 NPCが自由意思を持つ人間になって、その行動の幅は大きく広がった。
 その差は、時間が経つほどに大きくなって、一年、二年と時間が経つ内、少しずつ俺のゲーム知識が役に立たなくなっていくだろう。
 そういう意味でも、もう潮時だということだ。

「……これが、俺のこの世界での最後の仕事になるかもしれないな」

 今まで差し迫った危険が多すぎて、元の世界にもどることに力を注げなかった。
 だが、この事件を解決したら、流石にそろそろ世界を巻き込むほどの危機は打ち止めになるだろう。

 それは、この世界での俺の『プレイヤー』としての義務も終わりということだ。
 あとはサザーンにちょっと協力してもらうだけで、俺は当初考えていた『帰還の手段』を手に入れてしまうだろう。

 俺のことで心を痛めているリンゴや、半ば成り行きとはいえ結婚までしてしまったイーナ。
 ずっと俺を助けてくれているミツキや、いつも俺をなごませてくれる猫耳ちゃん。
 もちろんくまやレイラだって、俺の大事な仲間だ。
 彼らと別れることに、迷いがない訳ではない。

 しかし、いざ帰るという決断をした時、せめて心残りが少なくなるように、この世界に残るみんなが平和に暮らせるように、出来る限りの禍根を断ちたいと思う。

 確かに、俺の持つゲーム知識は少しずつ役に立たなくなっていくだろう。
 それでも、いや、だからこそ、この魔術師ギルドの問題を、ゲームの知識で、ゲームの枠にはめて解決する。

 ――きっとそれが俺の、この世界の『主人公プレイヤー』としての最後の役目だ。

 だから俺は、ためらいなく魔術師ギルドに足を向けて、


「――やはり、そういう事でしたか」


 後ろから聞こえた声に、ギクリとその動きを止めた。
 振り向くと、そこにはここにいるはずのない二人がいた。

「ミツキ! それに、リンゴも! どうして……?」

 俺の言葉に、ミツキは愚問ですね、とばかりにフッと口元を緩め、ぐもんだよねー、とばかりに猫耳を揺らし、口を開く。

「世界で一番愚かしい質問です。私を誰だと思っているのですか?」

 高慢な言葉を、まるで子守唄のように優しげに語るミツキに、俺も思わず口元を緩めた。

「なるほど。ミツキなら、あの程度の芝居を見破るのも造作もない、って訳か」
「はい。……だって私は、出会ってから今まで、貴方の事をずっと、ずっと見ていましたから」

 なぜだかそのミツキの言葉に今までの思い出がよみがえって、胸が詰まりそうになる。
 俺はあわてて感傷を振り払うと、リンゴに視線を逃がした。
 お前もミツキと同じなのか、と目線で問うと、リンゴは迷わずにうなずいた。

「…ん。とりあえず、ついてきた」

 ……うん。
 まあ、特に理由がないって最強だよね。
 思いがけない言葉に、俺が苦笑いで流そうとすると、

「…ソーマといっしょに、いたかったから」

 リンゴまで、何だか俺を驚かせるようなことを言ってくる。
 それから隣のミツキに促され、リンゴはおずおずと前に出ると、俺に両手を見せた。

「それ……!」

 リンゴの指には、左手に二個、右手に二個、計四個の指輪がはまっていた。
 この世界の人間であるリンゴには、二個までしか指輪がはめられないはずなのに……。

「もしかして、図書館で様子が変だったのは……」

 ここ最近、リンゴが調子が悪そうに見えたのは、指輪をたくさんつける訓練をしていたからだったのだと、ようやく思い至る。
 もちろん、指輪をたくさんつけられれば、それだけ出来ることは増えるだろう。
 だが、こういう精神的な制約を破るのは、激しい苦痛が伴うはずだ。

 差し出された両手を前に、俺が何も言えないでいると、

「…がんばる、から」
「え?」
「…ソーマをたすけられるように、なんでも、がんばるから」

 リンゴは差し出した両の手を強く握りしめ、すがるように俺を見上げる。


「――だから、おいて、いかないで」


 それは、それは魔術師ギルドに行くのに、置いていかないでほしいという意味なのか。
 それとも……。

「リン、ゴ……」

 だが、どちらにしても、俺はリンゴに何も言葉を返すことが出来なかった。
 息を吐いただけで何かが壊れてしまいそうな、ガラスのように張りつめた空気が俺たちの間に流れる。

「では、行きましょうか」

 その空気を無造作に切り裂いたのは、風を切って動く猫耳だった。
 ミツキは軽い調子で俺たちの間に入り込むと、ひょいっとばかりに俺の手とリンゴの手を取って、引きずるようにして歩き出した。

「み、ミツキ!?」
「ミツキ……?」

 俺とリンゴの声が重なる。
 だが、ミツキは二重の非難の声を受けても、全く動揺したそぶりを見せなかった。

「ここで話をしていても時間の無駄です。
 立ち止まって考えるより、今はやれる事をやってしまいましょう」
「あ、いや、でも……」

 俺だって、なにも考えもなしに一人になった訳ではない。
 魔術師ギルドをたたくには単独で動く方がいいと判断したからみんなと別れた訳で……。

「では貴方は、ここまでの勇気を見せたリンゴさんを、ここに放り出していくのですか?」

 しかし、そんな風に言われてしまえば、言葉もなかった。

「行きますよ」

 ミツキは何のためらいもなく、俺たちの手をつかんだまま前に進む。
 俺は、そのぶれない態度を、動じない心を、少しうらやましく思う。

 ……だが、その時。
 前を歩くミツキから、小さなつぶやきが漏れた。

「もし、これが最後になるのなら……」

 最後になるのなら、なんなのか。
 ミツキは結局、その続きを語ることはなかった。
 ただ、俺の手を引くミツキの指は、何だか少しだけ、震えているような気がした。

「……そう、だな」

 俺は、覚悟を決めた。

 ミツキとリンゴは、俺がこの世界に来てから、なんだかんだで一番長く一緒にいた二人だ。
 だからもし、もしこれが、俺のこの世界での最後の事件になるのなら。


 ――せめて最後は、この三人で。


 言葉にならない声が聞こえた気がして、俺は震えるミツキの手を、強く握り返した。
 驚いたように振り向くミツキに、はっきりと答える。

「……行こう。三人で」

 ミツキは一瞬だけ、息をのむように言葉を詰まらせ、すぐに澄ました表情でうなずいた。


「――当然です」


 そうしてすぐに前を向くと、俺とリンゴを引っ張るようにして、颯爽と前に進んでいく。

 ミツキだって、俺が元の世界に帰るということを、何も思っていないはずはないのだ。
 だが、その気持ちに今はふたをして、自分に出来ることをやろうとしている。
 それは俺にも、リンゴにもない強さだと思う。

 MPドレインのなくなった街には、人の活気がもどり始めている。
 中には俺たちを知っている人もいて、手をつないで歩く俺たちを、どこか奇異の目で見ている者もいる。

 だが、ミツキは動じない。
 周りの雑音にも興味はないと一瞥すらせず、自信に満ち溢れた無表情で、傲然と顔を上げ、胸を張り、ただ、前へ。
 ただ前だけを見て、進んでいく。

「……ミツ、キ」

 声が、喉に引っかかる。
 かすれた声は街のざわめきに呑まれ、ミツキには届かない。
 俺は何度もためらって、しかし結局は口に出した。

「……ミツキ。その、悪い」

 俺の声に、ようやくミツキが振り向く。
 そこに張りつくあいかわらずの澄まし顔にはしかし、最初に見た時のような刺々しさを感じなかった。

「どうかしましたか? まさか、今更になって怖気づいた、なんて言いませんよね?」

 その挑発的な、だが笑いを含んだようなやわらかい言葉に、俺もまた笑顔を浮かべ、首を振る。
 ただ後ろを指さして、言った。


「――さっきの角、左折」


 瞬間、ミツキの頬は薔薇色に染まり、猫耳がごめんにゃさい、と垂れた。

一方その頃、イーナは屋敷で夕飯をつまみ食いしてレイラに怒られていたという




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その分web版の更新は前よりも間隔が空いてしまうと思いますが、ご了承ください

あと、次の更新は明後日です
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