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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百五十七章 デスブリンガー

「レイ、ラ……」

 驚きすぎて、声が喉に引っかかった。
 たった三文字の名前が、うまく発音出来ない。

 『天の眼』を失ったレイラが、どうしてこの家を見つけられたのか。
 いや、家の場所は何とかなったにしても、騎士団すら退けたこの場所にどうやって入り込んだのか。
 そして何より、レイラはなぜ、この状況でも笑顔でいられるのか。

 狂気すら感じる笑みに、俺は地面に縫いつけられたように動けなくなった。
 そんな俺に駆け寄りながら、レイラは輝くばかりの笑顔を浮かべたまま、口を開く。

「ロイク! 私ね、ロイクが帰ってきた時にびっくりさせようって思って、お屋敷の中を掃除したの!
 ど、どうかな? 綺麗になった、でしょ?」
「掃除、って……」

 ひきつった声が出たのが、奇蹟だった。
 確かに辺りを見渡せば、以前と比べて掃除が行き届いているようには見える。
 しかし、勝手に家に入り込まれて、勝手に家を掃除されても恐ろしいだけだ。

「そ、それにね! お料理も作ったんだよ!
 あなたが何を好きか分からなかったから、ちょっと作りすぎちゃったかもしれないけど!」
「そ、そう、か……」

 必死にも見えるその勢いに、俺は一歩下がる。
 だが、それがいけなかった。

「に、逃げないで!」

 その動作に過敏に反応したレイラが俺の腕をつかんだのだ。

「――ッ!?」
「ま、待った、ミツキ!」

 視界の端でミツキが刀に手をかけたのを、最後に残った理性で制する。
 ……ま、まだ大丈夫。
 レイラはまだ左手にナイフを握っていない。
 大丈夫、なはずだ。

 視線をもどすと、レイラは仲間たちなど眼中にない様子で、俺に必死にしがみついていた。
 その握力は尋常ではなく、レイラよりレベルが上の俺の腕が悲鳴を上げるほどだ。

「ロイク、まだ怒ってるよね? ご、ごめんね。
 勝手に『天の眼』なんて変なアイテム渡しちゃって、怒ってないはずないよね」
「え、いや、あれは……」

 もう壊しちゃった、とはさすがに言いにくい。
 俺が言いよどむと、それを見たレイラの表情がさらに必死さを増す。

「ご、ごめんなさい! 本当に、ごめんなさい!
 でも、お願いです、ゆるしてください。
 私を、わたしを、みすて、ないで……」

 そう言って、俺の腕にとりすがったまま、泣き崩れるレイラ。

(な、なんだよ、これ……)

 俺が扉を開けて、レイラの満面の笑みを見てから、まだ一分も経っていないのに。
 最初楽しげだったはずのレイラは、今は身も世もなく泣き声をあげている。
 もう訳が分からなかった。

 ただ、たったこれだけのやり取りで、確信出来たこともある。
 レイラのこの情緒不安定さと、感情の浮き沈みの激しさ。
 間違いない。

 ――彼女は確実に、病んでいる!!



 しかし、こんなレイラの姿はゲームでは見たことがない。
 俺の知る限り、ネットでも情報はあがっていなかったはずなので、これはゲームにはなかった展開だと思っていいだろう。

 何が起こったのかは分からないが、とりあえずすぐに襲いかかってくることはなさそうだ。
 ひとまず安心した俺は、レイラが落ち着くのを待って事情を訊くことにする。
 幸い、『天の眼』はもう壊してしまったことと俺が怒っていないことを伝えると、レイラは話が出来る程度に復活した。

「それで、レイラがどうしてここに……?」

 さりげなく仲間の女性たちと離れるような位置に移動しながら、用心深く尋ねる。

「う、うん。やっぱり本人がいないのに、お部屋を掃除するのはダメかなと思ったから、廊下を回って、今ちょうどここに……」

 掃除の話じゃねーよ、と叫びそうになったが、何とか堪える。

「そ、そうじゃなくて、どうしてこの屋敷に来たんだ?」

 俺が訊くと、レイラはなぜか傷ついたような顔をした。
 意味が分からない。

「だって、あなたが、ついてきてもいいって言ってたから……」
「俺、が……?」

 その言葉に、俺は否応なしにかつてのレイラが俺に投げかけた質問を思い出していた。


『じゃ、じゃあ……私がこれからもあなたについていきたいと言ったら、め、迷惑?』


 遺跡の最深部で、レイラは確かにそう尋ねた。
 そしてその時の俺はロイクに変装していたから、適当に答えればいいやと思ってこんなことを言ってしまったはずだ。


『――俺の言うことには絶対服従、どんな時も俺を最優先にして、絶対に俺を傷付けないって言うなら、別にいいぜ』


 思い出したら、ちょっと恥ずかしくなってきた。
 あの時は、うん。
 ロイクの姿に見合ったイケメンキャラを演じようとして、ほんの少し暴走してしまっていたのだ。

「いや、でも待てよ。ここに俺が住んでるっていうのは、どうして……」
「あ、それは、これを……」

 そこで、レイラは何かの絵を俺に突き出す。

「俺の、似顔絵?」

 顔のアップで手配書を想起させるような絵だが、写実的なタッチで凄くうまい。
 ただ、本物より当社比150%くらい美化されていて、ほとんど別人化している。
 あと、顔の横にそこだけ漫画っぽい感じで、「レイラは俺が守る!!」と吹き出しが入っているのはどういうことなのか。
 下手をすれば、この絵を見た人が新しい二つ名を作りそうな厨二っぽさだった。

「これを見せて探したら、何人かの人が『水没王子ソーマ様』じゃないかって言って、この家を教えてくれて……。
 名前が違うからどうかなと思ったけど、実際に来てみたらロイクの匂いがしたから……」
「いや、匂いって……。っと、待て待て! その前にどうやって中に入ったんだよ!」

 俺が詰問すると、レイラはきょとんとした顔をした。

「え? いつも遺跡に入る時(・・・・・・)みたいに、普通に正面から入ったけど……」
「それ、全然普通じゃないからな!」

 今度こそ耐え切れずに叫んで、俺は頭を抱えた。
 そういえば、こいつは考古学者と書いてトレジャーハンターとルビを振るような職種の人だった。
 経歴を考えると同じく考古学者トレジャーハンターだったらしい父親以外とまともな交流があったとも思えないし、歪んだ常識を持っていてもおかしくない。

「や、やっぱり迷惑、だった……?」

 俺の反応を見て、レイラが不安そうな声を出す。
 本音を言えば凄く迷惑なのだが、経緯が経緯だけにあまり邪険にしづらい。
 俺が答えをためらっていると、

「…ソーマ」

 後ろから抑え気味の声が聞こえ、俺はハッとした。

 ……そうだ。
 レイラがここにいる理由なんて、所詮は枝葉末節に過ぎない。
 それよりも俺は、こうしてレイラと和やかに話せているこの状況にこそ、違和感を抱かなければならなかった。

 あらためて全神経を目の前の彼女に注ぎながら、俺は不安げに俺を見上げるレイラに問いかける。

「……レイラ、お前、大丈夫なのか?」
「ロイクがいれば、私はいつでも大丈夫だよ」

 真顔でそんな言葉が返ってくるが、そういうことではなく。
 ええい、と俺は覚悟を決め、虎の尾を、いや、竜の尾を踏むような覚悟で言った。

「そうじゃなくて、俺がレイラ以外の女といても、何とも思わないのか?」

 もしかするとだが、レイラが今まで『うわきものに死を!!』を使ってこなかったのは、夢中すぎて俺の周りの女性陣に気付かなかっただけという可能性もある。
 俺はレイラがいつ行動に移っても対応出来るよう、彼女を注視しながら言ったのだが、レイラは俺の言葉にわずかに顔を曇らせただけだった。

「う、うん。それは、ロイクが女の子ばっかり五人も連れてきたのはショックだったけど……。
 で、でも、私に文句が言えることじゃないから……」

 レイラが常識的なことを言っている!
 それと、さりげに女扱いされているサザーンの方にちらっと目を向けたが、

「……ん?」

 こいつ、全く気付いていない。
 まあここで下手に騒がれるよりはいいだろうと、視線をレイラにもどす。

「ろ、ロイク、どうしたの……?」

 不安に揺れるレイラの声を無視して、俺はレイラの腰につけられた、メイド服に不釣り合いなナイフを見つめる。
 それがレイラの固定武器。
 『うわきものに死を!!』を放つユニーク武器『デスブリンガー』だ。

 『猫耳猫』では外せない武器や装備不可能箇所を持っているキャラクターがいるが、レイラもその一人。
 右手武器は自由だが、左手にはデスブリンガー以外を装備出来ない。
 そして、嫉妬ゲージがマックスになると、必ず左手のデスブリンガーを抜いて襲いかかってくるのだ。

 デスブリンガーは単純な性能だけ見ても高レベル即死効果付き武器で、NPCの固定武器としては優秀な方なのだが、これで殺される方はたまったものではない。
 『うわきものに死を!!』が使えないようにと事前にデスブリンガーを壊す人間もいたが、これは無駄だった。
 発動の直前にデスブリンガーが破損していた場合でも、鞘から抜く時に新品のように再生してしまうため、結局攻撃を受けてしまうらしいのだ。

 そんな話を思い出すと、とてもではないがはいそうですかと納得は出来ない。

(やっぱり、口で言われたくらいじゃ、安心出来ないよな)

 そう考えた俺は、わざとレイラの前で一芝居打ってみることにした。

「リンゴ、ちょっとこっちへ」
「…ん」

 特に何も考えてない顔でこっちに向かってくるリンゴを捕獲して、その肩に出来るだけいやらしく見えるように腕を回す。

「…そ、ソーマ?」

 動揺し、もじもじと落ち着かない様子を見せるリンゴに心の中ですまんと謝りながら、俺は視線だけはレイラから外さなかった。
 こんなこと日常茶飯事ですと言わんばかりに、毅然とした声でレイラに訊く。

「こ、こんな風に俺が誰かと、い、イチャイチャしてても、俺を殺してやろうとか思わないのか?」

 その言葉に、レイラの左手はびくっと一瞬だけ震え、だが、それだけだった。
 むしろ逆に、

「わ、私がロイクを殺すなんて、そんなこと、するはずないよ。
 ロイクのこと、絶対に傷付けたりしないって約束したし、それに、好きな人、なのに……」

 傷付いたようにうつむかれてしまった。
 レイラの目から雫があふれて、ぽたぽたと地面に跡をつくる。

「あ、いや、その……」

 これには俺の方があわててしまった。
 これじゃ、完全に俺の方が悪者だ。
 ミツキや真希たちも、話が違うんじゃないか、みたいな目でこっちを見ている。

「え、ええっと……」

 困り果てた俺は、レイラの肩に手を置いて、言った。

「――とりあえず、ご飯食べようか」



 それから俺たちは食卓について、遅い朝食を頂くことになった。
 テーブルに並べられたのは、レイラが作って冷蔵庫に保管していた料理。
 冷蔵庫という言葉の意味的にどうかと思うが、冷蔵庫に入れた物は鮮度も温度も変わらない。
 俺たちはまるで作りたてのような熱々の料理にありつくことが出来た。

「むぅ。これは……!」

 意外にもレイラは料理上手なようで、食通な猫耳ちゃんが耳をぴこぴこ震わせて驚きを表明する。
 俺から見ても、その料理はアーケン家の食事にも劣らないほどの豪華さだった。
 材料を訊いた時、

「う、うん。ここの冷蔵庫にあったのを勝手に使っちゃったから。
 ええと、使ったのは、パラライイカとコンフュチキンとテラートマトと……」

 なんて言い出した時は吐き出そうかと思ったが、料理は本当においしく、状態異常にかかることもなかった。
 レイラいわく、長年の遺跡探索の結果、こういう危ない食材の調理が得意になってしまったらしい。
 そのせいで敗北感に打ちのめされたイーナが抜け殻のようになってしまったが、割といつものことだから大丈夫だろう。

 俺は食事の席で自分のロイクという名前が偽名だったことを告げて謝ったが、レイラは逆上する様子もなく、

「ソーマ。……ソーマ。いい名前だと思う!」

 と笑顔を返しただけだった。
 あっさりとした反応に拍子抜けする。

 こうして食事は終始和やかに進み、何事もなく終わった。
 俺は食事の間にいつレイラに襲いかかられてもいいように身構えていたのだが、そんな気配は微塵もなかった。

(これは、本当に安全だと考えてもいいのか?)

 明らかに、今のレイラはゲームでのレイラと違っている。
 その理由については、想像するしかないが……。

(やっぱり、人の性格についてはゲームの強制力が弱い、って考えるべきかな?)

 この世界はゲームに準拠した世界だが、その縛りの強さはモノによって変わる。
 例えば一番強制力が強いのは「攻撃スキルが当たるとダメージを受ける」「HPがゼロになったら死ぬ」などのゲームの基本的ルール。
 これには基本的に、この世界の誰もが抗うことは出来ない。

 次に縛りが厳しいと思われるのは、イベント関連の出来事だ。
 結婚イベントやトレインモードなどを見る限り、特定の状況やキーワードなど、一定の条件を満たした場合に起きるイベントについては、多少現実離れしていても再現される傾向がある。
 本来のイベントにない行動などで結果を歪めることは出来るが、強制力は強いと見るべきだろう。

 その次は、一部の装備や行動にまつわる制限だろうか。
 「指輪は二つまでしか装備できない」「イーナは仲間を作れない」「ミツキは魔王城に近付けない」などの精神に制限がかかるタイプの強制力がこの世界にはある。
 ただ、これについてはプレイヤー扱いされている俺には効かなかったり、意志力である程度覆せなくもないようだ。

 そして、最後のもっとも緩い強制力は、キャラクターの普段の行動や性格に関するもの。
 出会った頃のイーナがゲームにはなかったぼっち属性を持っていたり、ミツキがだんだんと気遣いの出来る人間になってきたり、この辺りについてはゲームとの乖離が激しい。
 もしかするとそれは、このレイラにも言えるのかもしれない。

 レイラとの関わり方はゲームとは微妙に違ったし、レイラ自身もゲーム時代のAIのように決まった事柄にだけしか反応出来ない人形ではなく、俺たちの言葉を全て聞いて、理解が出来るちゃんとした人間だ。
 あるいは俺との約束が功を奏したのか、そうではないのか。
 詳しいことは分からないが、結果として「嫉妬に駆られても俺を殺さないレイラ」が誕生したという可能性は否定出来ない。

 俺が一人で考え込んでいると、


「――彼女に、この家で働いてもらうというのはどうでしょうか」


 突然立ち上がったミツキが、また妙なことを言い出した。

「いきなり何言ってるんだ、ミツキ!」

 俺が驚いて抗議すると、ミツキは冷静な顔と声で、返した。

「貴方の懸念は分かります。しかし、私も監視しますし、気になるのなら手元に置いて見極めた方が良いでしょう。
 見た所、掃除の手腕も見事ですし、それに、まあ、食事の支度をしてくれるというならやぶさかではありません」

 その話をし終えるまでの間、ミツキは最後までポーカーフェイスを崩さなかったが、食事、と口にした時、猫耳がぴこんと跳ねたのを俺は見逃さなかった。

(こいつ、飯に釣られやがったな!)

 とは思ったが、非難の言葉は飲み込んだ。
 確かに料理はおいしかったし、屋敷の冷蔵庫の食材をさばける人間がいるというのは助かる。

 泣いているレイラを見たせいか、ほかのみんなからも、特に反対意見は出ないようだ。
 俺も、確かにこのまま放り出すのは何だか気持ち悪い。
 期間限定でいいなら、ちょっと様子を見てみるのもいいかもしれない。
 俺は渋々うなずいた。

「じゃあ、もしレイラさえよかったら――」
「うん! こっちからもお願いするね!
 ありがとう、ミツキ、ロイ……じゃなかった、ソーマ!!」

 俺から離れたくないらしいレイラがそれを了承しないはずもなく、我が家はメイドを雇うことになったのである。



「では、私が屋敷を案内しましょう」
「…ん。わたし、も」
「あ、よ、よろしく……」

 そう言って、ミツキとリンゴがレイラを連れて部屋を出ると、

「まったく。人騒がせな事件だったが、どうやらこれで一件落着のようだな。
 僕は一度、アレックズたちに帰還の報告をしてくる。
 ……ふっ。そんなに心配しなくても、ちゃんとここにもどってきてやるよ」
「うぅ。忘れてたけど、わたしも一度、城に帰らなきゃ。
 無断で出て来ちゃったから、そろそろ捜索隊が編成されちゃうよ」

 何だか色々と聞き捨てならない台詞を吐きながら、サザーンと真希が席を立ち、あわただしく外に出ていく。
 あとには、魂の抜け殻と化したイーナと俺だけが残った。
 こうも鮮やかに取り残されると、もしかしてこの状態のイーナの相手をするのが面倒で俺に押しつけたのではないか、という疑いすら湧いてくる。

「え、ええと……」

 弱り切ったイーナになんて声をかけようか迷っていると、イーナは弱々しい笑みを浮かべた。

「い、いいんです。しょ、所詮わたしの料理なんて自己流ですから。
 やっぱりちゃんと習ってたプロには勝てないって、わ、分かってましたし」
「そ、そうだな……」

 プロどころか、向こうもぼっちだけど、という言葉は喉の奥に飲み込んだ。

「それより、よかったじゃないですか。
 レイラさん、いい人そうで……」
「そう、だな……」

 こういう台詞を言っても嫌味にならないところがイーナの凄いところだ。
 俺はようやく生命の危機が遠ざかったことを実感して、深く息を吐く。

「実際、よかったよ。一応最後の手段はあったんだけど、出来れば使いたくなかったからな」
「最後の手段、ですか?」

 食いついてきたイーナに笑いかけて、俺は冒険者鞄の中に手を伸ばした。

「ああ。レイラに限らず、ゲーム時代から面倒な相手に使う定番の手でさ。
 どうしようもなくなったら、この……あれ?」
「どうしました?」

 俺の表情の変化に気付いたのか、イーナが心配そうな顔で尋ねてくる。
 だが、俺には彼女を安心させてやるだけの余裕がなかった。

「……ない」

 鞄の中には、絶対にあるはずの物がなかったのだ。
 俺は必死で探すが、やはりその姿は見つからない。

「ないって、何がですか?」

 イーナの問いに、俺は呆然と答える。

「……『不死の誓い』」
「えっ?」
「アーケン家からもらってきた、『不死の誓い』がないんだ!」

 叫ぶ。
 その間も半ばパニックになりながら探すが、絶対にここに入れたはずのあの真っ黒なリングはどうしても見つからない。

「そ、それ、大変じゃないですか!」

 イーナの言葉にうなずく間も惜しみ、俺は鞄のアイテムを根こそぎにする勢いで必死に『不死の誓い』を探し求める。
 その結果、不思議なことが分かった。

「『不死の誓い』のほかにも、食料アイテムがいくつかなくなってる」
「そんなことって……」

 そうだ、ありえない。
 鞄の中に入っている物が、ひとりでに外に出るなんてありえないはずだ。
 だが、実際にアイテムはなくなっている。

(いや、待て……。アイテムが、外に出た(・・・・)とは限らない)

 そこに思い至れば、あとは簡単だった。

「まさか!!」

 鞄の中にあるはずのとあるモノ(・・・・・)の姿を思い描き、鞄から手を引き抜く。
 俺が右手を引き抜いた瞬間、イーナの口から驚きの声があがった。


「――く、くまさん!?」


 ……そう。
 俺の右手には、お腹をぽっこりとふくらませ、その指に窮屈そうに黒いリングを押し込んだ、くまのぬいぐるみが握られていたのだ。

「やっぱり、お前だったか」

 鞄の中身が勝手に出てくるはずはない。
 だとしたら、消えたアイテムは鞄の中でなくなったと考えられる。
 そして、そんなことが出来るのは、鞄で自由に行動出来る、くま以外にありえない。

「お前な。いくらなんでも、人の鞄の中でくつろぎすぎ……あれ?」

 いつもなら俺の一言一言にかわいらしくも憎たらしいリアクションを返すはずのくまが、プルプルと小刻みに痙攣するだけでまったく動こうとしない。
 これは、ちょっとおかしい。
 その様子に異変を感じたのか、イーナも騒ぎ出す。

「ソーマさん! くまさん、大丈夫なんですか!?」
「これは……麻痺か!?」

 麻痺はその名の通り、一定時間身動きが出来なくなる状態異常だ。
 厄介ではあるが、その分早く回復するため危険度は少ないはずなのだが、くまの様子は明らかにおかしかった。
 いつまで経っても、麻痺が治る様子が見えない。

「た、たいへん! す、すぐ、治療院に……!!」
「いや、まずは……教会だ!!」

 ミツキたちが帰るのを待たず、痙攣するくまを抱え、俺たちはいそいで屋敷を飛び出した。



「……びっくりしましたね」
「ああ、まったくだよ」

 そう言って、俺は元気になったくまをつついた。
 さすがに反省しているのか、くまは自分の頭を叩くようにして、テヘペロッ、とやった。
 ……やっぱり反省してないのかもしれない。

 くまに起こった異変は、やはり麻痺の状態異常だった。
 それがこんなに長引いたのは明らかに『不死の誓い』が原因で、教会で指輪を外してもらった後は、治療院に行くまでもなく、すぐに回復した。

 くまはしゃべれないので理由は想像するしかないが、たぶん、鞄の中で寝ぼけていたくまが『不死の誓い』を装備して、そのまま中にあった食べ物を拾い食い(?)したのだろう。
 まあまず、お前飯食えたんだな、というところに疑問があがるが、くまは『不死の誓い』をつけた状態で麻痺効果のある食べ物を食べて、麻痺を喰らったらしい。
 そうなると指輪をつけている限り麻痺は治らないので、助けを求めようにも、外に出られなかったことになる。

「お前、本当に命の危機だったんだぞ? 分かってるのか?」

 俺の右肩にコアラのようにつかまるくまを、もう一度ツンツンとつつく。
 例えばだが、身動きが取れなくなる状態異常の中だと、石化や停止は毒と同時にはかからないが、麻痺は違う。
 麻痺で動けない上に、毒でHPを削られる状況なんて、ゲームで腐るほど経験した。
 毒と麻痺のコンボはただでさえ強烈なのに、治らない麻痺と毒では生存は絶望的だ。
 あの中に毒になる食料がふくまれていたら、くまは死んでしまっていたかもしれないのだ。

「ソーマさん。あんまりくまさんを責めないであげてください。
 くまさんはきっと、ソーマさんが構ってくれなくて、寂しかったんですよ」

 イーナに言われて、ハッとした。
 確かくまは、アーケン家に行く時にちょっとだけ顔を出して以来、ずっと鞄の中に入っていた。
 くまのことだし、どうせ楽しんでいるんだろうと思ったが、そうでもなかったのかもしれない。

 いや、最初はそうだったにしても、俺はくまが鞄の中から丸一日以上出てきていないことを知っていても、ずっと放置していた。
 何度も鞄からアイテムを取り出して、くまのことを考えるチャンスなんていくらでもあったのに、ほとんど気にもしなかった。
 まさか、だからくまは指輪をはめたり食べ物を勝手に食べたりという悪戯をして、俺に存在をアピールしたのだろうか。


「――もしかしてお前、すねてたのか?」


 俺が訊くと、くまは俺の肩につかまりながら、器用にぷいっとそっぽを向いた。
 くまにしてはめずらしく分かりやすい反応に、俺は苦笑した。

「そっか。悪かったな」

 こんななりはしているが、くまも俺たちのかけがえのない仲間だ。
 俺が素直に頭を下げると、くまはその丸っこい手で俺の頭をぽんぽんと叩き、

 ――ニタァ。

 とニヒルに笑った。
 いつのまにか見慣れていたその笑顔に、俺の顔にまで笑みが浮かぶ。
 ……と。

「そ、ソーマさん!」

 妙にテンパった声が左から聞こえて、俺の左腕が何かに絡め取られた。
 振り返ると、イーナが俺の腕に手をまわして抱きついていた。

「く、くまさんのマネです。わ、わたしだって、こんな大胆なこともできるんですよ!」

 顔を真っ赤にしながら、そんなことを言う。
 さらに、どうしても間が持たないのか、

「え、えと、それで……どう、ですか?」

 返答に困る質問を繰り出してきた。
 こういう場合、どう返すのが最善なのか。
 俺は迷った末に、こう答えた。

「あ、ああ。さわった瞬間、むにゅう、って感触がして、ちょっとびっくりしたよ」
「ほ、ほんとですか!? え、えへへへ。
 わたしもなんだか最近、す、少し育ってるような気がしてたんです!」

 イーナは照れながらもなかなかにご満悦のようだ。

 ……うん、俺、嘘は言ってないぞ。
 本当に、「むにゅう」って感触はしてるから。

 そんな風に騒ぎながら屋敷の前までもどってくると、

「ソーマ!」

 屋敷から、レイラが飛び出してくるのが見えた。
 そういえば、緊急事態だったため、誰にも何も言わずに外に出てきてしまったのを思い出した。
 どうやら、心配をかけてしまったようだ。

「よかった! 急にいなくなったから、また……」

 俺の前で立ち止まったレイラは、そこで俺たちの姿を目の当たりにして、その動きを止める。

「レイ、ラ…?」

 その瞬間、突然の悪寒に襲われて、俺は身体を倒した。
 直後……。

「なっ!?」

 ほんの、薄皮一枚。
 避けられたのが奇跡のような身体すれすれの場所を、銀閃が走る。

「きゃあぁ!!」

 一拍遅れて俺の身体が地面に倒れ、傍らのイーナが悲鳴をあげる。
 それを意識の端に捉えながらも、俺は前方、ナイフが飛んできた方向から目を離せなかった。

 倒れた俺が、呆然と見上げたその先。
 そこには死を呼ぶ短剣、デスブリンガーがあって――


「わ、私……。なん、で……」


 ――それをしっかりと握るレイラは、俺以上に呆然とした表情を浮かべていたのだった。
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