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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百四十九章 思わぬ敵対者

今さらですが、書籍版の改稿時に見つかったミスをいくつか修正したのでご報告
・ソーマと別れた時のイーナのレベル「72」→「74」
・結婚イベントの回想で「ラムリックの宿」→「王都の宿」
・武器の説明で「キャラクター能力に補正」→「キャラクター能力で補正」
・リンゴの髪に緩くウェーブがかかっているという描写を削除

この辺から感想欄が地雷原の予想
「――だからね。結界がなくなってたらもう容疑者なんて確定だと思うんだ。
 鍵を持ってる人は分かってるわけだし、どの属性を使ったかも分かっちゃうから……って、そーま聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。ちゃんと聞いてるって」

 もちろん聞いていなかったのだが、そう答えておく。

「むー。ほんとかなぁ……」
「ほんとほんと」
「ならいいけど。それで、それでだよ……」

 調子を合わせてやると真希はすぐに機嫌を直し、あっさりと話を再開した。
 内容は愚痴っぽいのだが、それはゲームの不満点を話すゲーマーみたいなもので、実際には非常に楽しんでいるのが見ていて分かる。

「今度は盗った指輪をどうするかって問題があるんだよね」
「あんな小さい指輪なんだから、ポケットに入れるとかでいいじゃないか」
「そーまのバカ! そんなの身体検査されたらすぐ見つかっちゃうでしょ!」

 なんで俺が怒られなくてはならないのか。
 俺は世の理不尽さを噛み締めながら、投げやりに答えた。

「じゃーファンタジーっぽく、魔法のポケットに入れるとか」
「もー、真面目に考えてよ! この屋敷の人たちは冒険者鞄もクーラーボックスも何も持ってないんだよ!
 そーまはぜんぜん、リサーチが足りないよ!」
「そんなこと言われても……」

 ぶっちゃけ俺は答えを知ってるので今さらリサーチの必要もないのだが、興奮した真希にそんな常識は通用しないようだ。

 そもそも俺がどうしてこんな状況になっているかというと、食事を終えたところで真希に拉致られたのだ。
 いや、拉致られたと言っても単に腕を引っ張ってソファに連れてこられただけなのだが、今も俺の右腕は真希の胸元にがっちりと抱え込まれていて、逃げ出すことも出来ない。

「たぶん、どこかに見落としか抜け道があると思うんだよねー。
 でも、それがなんなのかは、実際に事件が起こってみないと……」
「なぁ。どうでもいいけど、そろそろ腕、放してくれないか?」

 俺は当然の要求をしたつもりだったのだが、真希はあからさまにむっとした様子で、さらに強く俺の腕を抱え込んだ。

「どうして? リンゴちゃんとはずーっと仲良く手を握ってたくせに!」
「み、見てたのか?」
「あんなところで寝てたら、見るに決まってるよ!
 それに、イーナちゃんとも手をつないで歩いてきてたし、さっきなんて、サザーンちゃんとまでいちゃいちゃ……」
「いや最後のは誤解だろ!」

 ほかのどんな誹謗中傷は受け入れられても、その誤解だけは看過出来ない。
 あれはタイダルウェイブを防ぐためにやっただけで、俺がサザーンと仲が良いなどとは絶対に認めたくない事実だ。

「……じゃあ、やっぱりほかのは誤解じゃないんだ」

 じとっとした目で見られる。
 腕を拘束する力もさらに増す。

「そ、そういうことじゃなくてな」

 少し口ごもってしまったが、それでも俺の心には何の動揺も広がらず、ひたすら冷静だった。
 ただ静かにこの事件について考察し、真希から得られた最新の情報を基に、脳内データベースを「真希>リンゴ」と書き換えることを検討するくらいに冷静だ。

 しばらく真希は口をとがらせて俺を見ていたが、やがてあきらめたのか、腕の拘束を少し緩めた。
 懐かしそうに目を細める。

「……こうやってると、昔やった宝探しを思い出すよね。
 ほら、そーまが宝の地図を書いて、わたしが宝を探すやつ」
「ああ、あれな」

 そういえば、そんな遊びをしていた記憶もなくはない。

「その時はもう、そーまは人を騙すのが異様にうまくてさ。
 そーまがゲームしてる横で、わたしはあーでもないこーでもないっていって、宝の地図を一生懸命解読して。
 たぶんあれのせいだよー。わたしが、ミステリーとか好きになったの」
「……そう、だったのか」

 懐かしそうに話す真希に、実はあれ、真希にゲームを邪魔されない時間を作るために考案した遊びなんだ、とは流石に言えなかった。
 あと、俺は別に人を騙したりしたことはない。

「そう思うと、なんだかわたしたち、あの頃から変わってないかなーって思っちゃうよ。
 そーまが適当な返事をして、わたしが怒って、あの時のまんまだよねー」
「いや、真希は成長したと思う」

 俺がきっぱりと断言すると、

「そう、かな……」

 真希はびっくりしたように目を見張った。
 俺は真希の成長を肌で感じながら、どこが成長したと思うのかと訊かれる前に、いそいで立ち上がる。

「わわ。そ、そーま?」

 驚く真希を横目に、俺は駄メイドを呼ぶことにした。
 少しくらいなら、真希にサービスしてもいいだろう。

「リルム! ちょっと真希と事件の検討をしたい。
 悪いけど部屋を貸してくれないか?」
「え、わたしの部屋ですか? でも……」

 渋る駄メイドにもう一押しする。

「それに、リルムにも話を聞きたいんだ。
 ……駄目か?」

 俺の言葉を聞いた駄メイドの表情を見た瞬間、答えを聞く前に答えが分かった。

「わ、わたしでよかったら、ぜひ!!」




「す、すごい部屋だねー」
「そうですか? 実はわたし、部屋の内装にはすっごく凝ってるんです。
 えへへへへー」

 駄メイドの勘違いはともかく、入った瞬間の真希をドン引きさせるくらい、駄メイドの部屋はひどいありさまだった。

「タイトルをつけるなら、戦場跡、って感じだな」

 まず、日常的に駄メイドが転んだり物を落としたりしているせいだろう。
 部屋中に凹みや歪みが目立つ。
 むしろ、こんなに壁をベコベコにするのは狙ってやっても苦労するだろうというほどだ。

 次に、整理整頓がまるで出来ていない。
 食料の類が転がっていないのが救いだが、典型的な片付けられない女の部屋で、色々な物が雑然と配置されている。
 本棚とクローゼット、子供が書いたらしい絵などは分かるが、なぜ部屋に壊れた壺や首のない小便小僧、高枝切りバサミなんて物を飾るのか。
 その神経が分からない。

 そして、明らかにここにしかないだろう特徴として、何個も転がる瞬間接着剤のチューブがシュールさを演出している。
 中にはまだ中身が入っているものや、中身が流れ出して固まった物まであり、駄メイドのずぼらさを物語っている。
 なのに、部屋の趣味は完全に女の子女の子しているので、その辺りのミスマッチがかなりのカオスを生み出していると言えた。

「あ、座っててください。今、わたしがお茶を淹れますから」

 言われて、俺は背もたれが半壊した椅子に腰かけ、部屋の真ん中に置かれたでっかい正方形のくぼみ(おそらくこれも何かを落とした痕)のあるテーブルについた。
 真希も、俺が座った椅子の横の、手すりが片方取れた椅子に座った。

「待っててくださいね。わたし、紅茶を淹れるのだけはうまいんです」

 雑然とした部屋の中で、そこだけはしっかりしている紅茶のセットを手際よく操作して、真剣な顔をする駄メイド。

 そして、駄メイドの言葉は確かに真実だった。
 駄メイドがうまいのは紅茶を「淹れる」ことだけで、紅茶を俺たちのところに運ぶ間に当たり前のようにこぼした、という意味で。

 その後、駄メイドは常に十組は用意しているという予備のティーセットを出してきて、俺たちがようやくお茶にありついたところで、まず俺が口火を切った。

「それで、まずはこの家の人たちの話をしてほしいんだけど、どうだ?
 やっぱり、あの四人は次期当主になるために全員頑張ってたりするのか?」
「え、ええっと……」

 駄メイドはしばらく迷っていたようだが、意を決したように話し始めた。

「じ、実は、結界の部屋で誰が練習をしてるのか、わたしにはよく分かるんです。
 あの、この部屋は結界のある部屋の真下にあるので、足音が響いて……」
「そうなの!? それはすごい情報だよ!?」

 思わぬ駄メイドの言葉に、真希が食いついた。
 うん、まあ俺はとっくに知っていたというか、だからこそ、俺はこういう場を設けたわけだが。

「は、はい。その、みなさん、結構ひんぱんに結界の部屋に入るようです。
 特に夜に入ってくるアス様は、よくわたしの安眠を妨害します。
 あ、でもそういう時はこの高枝切りバサミで天井を突いてあげるとびっくりして……うふふふふ」

 天井を突く仕種をしながらめずらしく邪悪な笑いをもらす駄メイドだが、探偵モードに入った真希は全くひるまなかった。

「ぜひ教えて! 誰が、どんな時にやってくるのか!」

 真希はメモを取り出して聞き取りの体勢に入る。
 その熱意に動かされたのか、駄メイドも邪悪な世界から帰還してきた。

「あの、わたしが足音で聞き分けて勝手に思ってるだけですから、確実じゃないですけど」

 そう前置きして、思い出しながら話し始める。

「まず、ファイ様は夕方の五時から九時くらい、夕食の前後にやってくることが多いです。
 昔は毎日すごい長い時間こもっていたんですが、最近はあんまり来てないみたいです」
「なるほど、なるほど」

「ミズー様は、それよりちょっと前、午後の三時くらいから五時くらいまでの場合が多いかな。
 そういえばファイ様ほどではありませんが、ミズー様も最近はあんまり来ていないような……」
「うんうん」

「アス様は夜中、午後の十一時から一時くらいの間によくやってきます。
 しかも、最近はほとんど毎日来るようになって、うるさいです」
「ほほーう」

「フウちゃ……フウ様は、一人ではほとんどやってこないです。
 大抵アス様がやっている時に合流するか、一度だけミズー様に連れられてきていたような……。
 とにかく、フウ様はわたしの心のオアシスです!」
「……単独では、こない、と」

 真希はしきりに感心してメモを取っているが、俺にとってはすでに既存の情報だ。
 適当に流しながら聞く。

 一方で、納得したのか、もう一度メモを眺めてうなずいた真希は、さらに突っ込んだ質問を開始する。

「それじゃあ次に、誰と誰が仲がいいとかってある?」
「は、はい。ファイ様とフウ様は、意外と相性がいいみたいです。
 ミズー様はアス様と気が合って、でもミズー様とファイ様、アス様とフウ様は気が合わないみたいで」
「じゃあ、ファイさんとアスさん、ミズーさんとフウさんは?」
「そこは……うーん。仲はよくもないし、悪くもない、って感じでしょうか」
「……そっかぁ。じゃあ共犯は、難しいかなぁ」

 真希のつぶやきに、どういうことですか、と食いついてきた駄メイドに、真希はメモを見せた。



疑問
1 どうやって結界の部屋に入るか
2 どうやって結界を解除するか
3 どうやって結界をもどすか
4 どうやって奪った指輪を所持するか

必要な物
1 結界の部屋の鍵(スペアキーなし)
2 火、水、地、風のうち、二つの属性の結界魔法
3 2に使った物と反対の属性の結界魔法
4 安全な隠し場所?


見張りの順番
エルム→リルム→ミズー→アス→ファイ→フウ



「あのね。結界を解除するだけなら、簡単なんだ。
 たとえばこの見張りの順番だと、ミズーさんとアスさんが交代の時に扉を開けることになるから、二人が協力すれば、水と地の属性、二つの属性の結界魔法が使える。
 これなら、結界解けるよね」
「つ、つまり、犯人はミズー様とアス様!?」

 早合点する駄メイドに、真希が苦笑して首を振る。

「でも、水と地の属性を使った結界を直すには、火と風の属性の魔法がいるんだよー。
 だからそうすると、結局四つの属性の魔法が必要になっちゃう」
「じゃあ、直さずに出ていけば……」
「そうしたら次の交代の人が見つけちゃうから、すぐに犯人が誰か分かっちゃうよ」
「ああ……」

 真希の言葉に、駄メイドが似合わない難しそうな顔をしてうーんとうなる。

「だから、この結界をなんとかするには、反対属性同士の組み合わせ、火と水、地と風のどちらかの組み合わせが必要なんだよ。
 つまり、ファイさんとミズーさん。もしくはアスさんとフウさんが協力しないとどうしようもないってこと。
 なのにこの見張りの順番だと、その二人が一緒に扉を開ける機会はないんだよね」
「は、はぁぁ。その見張りの順番、てきとーに決めてたかと思ってたんですけど、シズン様も意外と考えてるんですねぇ……」

 何気に失礼なことを言いながら、駄メイドもうなずく。

「きっと、どこかにうまい方法があると思うんだけどなぁ。
 誰かが二属性使えるってことも考えたんだけど……。
 それだったら、こんなめんどうなことせずに普通に指輪を手に入れればいいし、うーん」

 真希は一度うめいた後、ガバッと起き上がって駄メイドに詰め寄った。

「そういえば、リルムさんも魔法使ってたよね?
 結界魔法を使えたりは……」
「む、ムリですよ! わたしはちょっとだけ風魔法を使えますけど、結界魔法は使えません」
「本当に?」
「本当です! 接着剤に誓って!!」

 接着剤への誓いがどの程度の価値があるのか分からなかったが、真希は納得したようだ。
 勢いをなくして座り込んだ。

「……だって、結界魔法はこの家の人にしか使えないんです。
 わたしは、わたしは王都のスラムにいた時、シズン様にぶつかって、そこで拾ってもらったんです。
 そんな魔法、使えるはずありません」
「リルムさん……」

 しんみりした真希の声に、駄メイドはあわてて手を振った。

「そ、そんな顔しないでください!
 わたしはシズン様に拾ってもらって、みなさんによくしてもらって、本当に幸せなんです。
 スラムにいるわたしの知り合いは、まだみんな、つらい生活を送ってるのに……。
 あ、じゃ、じゃなくて、わたしはすごーくラッキーだったってことです!」

 だが、そこでふたたび、駄メイドは表情を暗くした。

「わたしはすごく、ラッキーで、この家の人はみんな、大好きですけど……。
 でもわたし、あの指輪は、なくなっちゃえばいいのにって、ちょっとだけ思うんです。
 だって、あんな指輪があるから、みんなケンカして……。
 ファイ様も、ミズー様も、アス様も、もちろん、フウ様も、みんないい人たちなのに……」
「そんな、こと……」

 真希は言葉に詰まった。
 もしかすると、自分がこの事件を解決しない方が全てがうまくいくのではないか。
 そんな風に思ったのかもしれない。
 だから俺は、その肩を優しく叩いた。

「全部、解決してやろうぜ」
「そーま?」

 心細そうに振り返った真希に、俺は力強く言ってやる。

「探偵が解決するのは、事件だけじゃないだろ。
 指輪を見つけて、それでもってこの家のみんなが抱える問題だって、全部解き明かして、解決してやればいいんだよ」
「そー、ま。うん! そうだね! そうだよね!」

 ぐっとこぶしを握り締めて、真希が立ち上がる。

「リルムさん! もっとこの家のこと、詳しく聞かせて!!
 わたしが絶対、この事件をハッピーエンドに導いてあげるから!」
「はい! マキさん!!」

 真希と駄メイドが手を握り合う。
 とても微笑ましい光景。
 だが……。

「でも、あと五分で午後七時になるけど、いいのか?」

 俺が言うと、駄メイドが跳び上がった。

「あ、あわわわわ! 交代の時間!
 遅れたら、またエルムさんに凄い目でにらまれちゃいます!」
「だ、大丈夫だよ。まだ五分あるんだから!
 落ち着いて、まずはシズンさんのところに行って、鍵をもらってこなきゃ」
「は、はい!」

 真希の言葉にがくがくとうなずいた後、駄メイドは部屋を飛び出していく。

「わ、わたしたちも早く行かなきゃ……って、そーま、どうしてそんなにのんびりしてるの?」

 焦る真希に大丈夫大丈夫、と手を振って答えた。

「ぶっちゃけゲームではこの時間に犯行が起こったりとかしなかったから、問題ないよ」
「そーま、ネタバレ禁止!!」

 そうして、激怒しながらも駆け去っていった真希を見送って、俺も立ち上がる。

「さってと。それじゃ、俺もそろそろ動くとするかな」

 俺は周りに誰もいないことをもう一度確認すると、冒険者鞄からとある宝石を取り出した。



「あ、あれ? ソーマさん?」

 結界の部屋の前。
 俺の姿を見かけた駄メイドが首をかしげ、その奥にいるエルムさんが無言で一礼した。
 駄メイドの手には鍵があり、それを今まさに結界の部屋のドアに差し込もうとしているところだった。

「よかった。まだ入ってないみたいだな」

 流石に部屋で時間を使いすぎたらしい。
 間に合ってよかった。

「ソーマさんが、どうしてここに?
 みんなのところにもどってなかったんですか?」

 駄メイドの言葉に、俺は笑顔で首を横に振った。

「ちょっと、この部屋がどうなってるか気になってさ。
 これから部屋の中を確かめるんだろ?
 俺も入ってみてもいいかな?」

 俺の言葉に、駄メイドの顔がパッと明るくなった。

「もちろんです! 一緒に調べましょう!」

 快く受け入れられ、俺と駄メイド、そしてエルムさんの三人で部屋を開いた。

「結界もありますし、別に、異常はなさそうですねぇ……」

 部屋の外から扉の奥をのぞいて、駄メイドがのんきにそう漏らす。
 しかし、それで済ませてもらうのは俺があまり嬉しくない。

「いや、中を見たら何か異常があるかもしれない。
 入って調べてみようぜ」
「は、はい!」

 そう言って踏み出そうとした俺の手を、

「――少し、お待ちを」

 執事のエルムさんがつかんだ。
 ドキッと心臓が跳ねる。

「な、何か?」
「すみません。失礼ですが、その手、開いて見せてくれませんか?」
「ど、どうしてですか?」
「……理由が、必要ですか?」

 執事さんが、うっすらと開いた眼でこちらを見てくる。
 すげえプレッシャー。

「い、いいですよ。はい」

 俺は、そっと左手を開く。
 その手には、もちろん何もない。

「逆の手も」

 エルムさんに促され、俺はゆっくりと右手を開いた。
 その手には……何も握られてはいない。

「……失礼しました。私は心配性なもので」
「あ、あはは。大丈夫。大丈夫ですよ。
 用心は、必要ですからね」

 俺は乾いた笑いを漏らして、そそくさと部屋の中に入った。
 きょとんとした顔をして、先に中に入った駄メイドが首を傾げている。
 心配ないよと笑顔を返しながらも、内心は動揺の嵐に揺れていた。

(こ、こえぇぇぇ!)

 こんなイベント、ゲームではなかった。
 ゲームが現実になった弊害が、こんなところに出てくるとは。

 あらためて気を引き締めなければと自分に言い聞かせる。
 別にそんなに悪いことをしているつもりはないが、油断していたらさっきの時点でゲームオーバーもありえた。

「そ、それじゃ、色々見て回ろうか」
「はい! お供します!」

 聞きようによってはデートの時の台詞にも聞こえなくもない言葉を言いながら部屋を回る。
 まず真っ先に、部屋の隅に行って刻んだ「未」の文字を見に行った。
 これが確認出来なければ、話にならない。
 まだしっかりと「未」の文字が残っているのを見て、とりあえずホッと息をつく。

 だが、それ以上の下手な行動は出来なかった。
 どこに行っても何をしても、エルムさんの視線がついて回るのだ。

 何か変わった行動をすると疑われるような気がして、何も出来ない。
 一度、俺がさりげなく柱の裏に回ると、エルムさんもさりげなく場所を移動して、俺の姿が見えなくならないように調整していた。

(完全に、ロックオンされている…!!)

 結局俺は、「未」の文字を確認する以外に有益な成果を挙げることなく、部屋を出たのだった。


 そして、居間にもどる途中、エルムさんがダンディな声でこちらに話しかけてきた。

「ソーマ様。何か用事があって部屋を離れる時は、私に声をおかけください。
 何も不足がないように、お手洗いの中にまでお供しますので」
「あ、あははは。ありがとう、ございます」

 表向きは、親切にも聞こえる申し出。
 だがそれは事実上の、徹底監視宣言だった。

(まずいぞ、これは……)

 俺にだって、こっそりやりたいことはある。
 なのにそれをずっと執事に監視されているとなると……。

 思わず俺がエルムさんをにらみつけると、エルムさんは穏やかな、しかし凄みのある笑みを返した。


 ――こうして、事件と直接は関係のない、ただし俺にとってはより切実な、有能執事との暗闘が始まったのだった。
+注意+
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