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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百四十七章 アーケン家の風景

別にヒロインでも何でもないはずです
念のため
 集まった俺たちは、まずお互いに自己紹介をした。

 俺たちのパーティが俺、リンゴ、ミツキ、真希、サザーン、イーナで6人。
 そして、屋敷の元々の住人が、主人のシズン、執事のエルム、メイドのリルム、長男のファイ、長女のミズー、次男のアス、次女のフウの7人。
 両方を覚えている俺はまだしも、さすがに13名もの人間が集まると、名前を把握するだけでも一苦労だ。
 真希はこの時ばかりは勤勉に、手元のメモ帳にせっせと情報を書き込んでいた。

 自己紹介が終われば、早速事件の対策、となりそうなものだが、

「予告状の通りなら、犯人が動くのは夜になってからでしょう。
 ずっと気を張っていても仕方ありません。
 午後六時までは自由行動とするのはどうでしょう」

 なんてことをシズンさんが言い出した。

 何を甘いことをと思うかもしれないが、これはこのクエストの既定路線だ。
 夜にならないと犯人が動かないことも分かっているし、俺としては反対する理由がない。
 異を唱えるならミツキ辺りかと思ったが、当の本人は猫耳をぴくっとさせただけで黙っていた。

「……探索者の指輪を使えば、誰がどこにいようと同じ事です」

 物問いたげな視線を感じたのか、ミツキが小声で答えてくれた。
 つくづく敵にまわしたくない相手である。
 流れに身を任せる、という基本方針のためか、こちらの仲間からは異論が出ることはなく、シズンさんの提案は受け入れられた。


 六時に結界の部屋に集まる、という約束をして、それまでは各自が自由に行動することになった。
 ぶっちゃけた話、これはシステム的にはアーケン邸に早くついた場合の時間調整なのだが、プレイヤー側としては本格的な事件の前、事前調査に当てられる時間だと言える。

 探偵気取りの真希などは早速調査を開始したがっていたが、まずは屋敷の中を把握するのが先だろう。
 ということで、とりあえずアーケン家を案内してもらうことになった。

 ただ、主人のシズンさんは忙しく、執事のエルムさんは結界の部屋を見張る仕事にもどってしまった。
 必然的に俺たちの案内役に回ってきたのは、

「そ、それでは不肖、このリルルが、み、みなさまのご案内という大役をつとめましゅ!」

 さっきの部屋で花瓶に紅茶を注いでいた、あざといほどの駄メイドさんだった。
 早速噛み噛みなメイドに、ミツキが眉を上げる。

「リルル、さんですか? 確か、先程の自己紹介ではリルムという名前だと伺ったはずですが」
「あ、ご、ごめんなさい! き、緊張して、名前をまちがえちゃいました!」

 衝撃的な言葉に、みんなドン引きする気配を感じた。
 ヒサメ道場の時も思ったが、そもそもドジッ子メイドなんてのは創作物の中だから許されるのであって、現実にいたら引く。
 まずもって、どうしてこんな奴雇っちゃったのかと説教をしたくなる。
 その辺りは百歩譲ったとして、自分の名前を間違えちゃうのはドジなどではなく、もはや健忘症の領域だろう。

 だが、紛れもなく創作由来の人物であるところの駄メイドは、駄メイドゆえに空気を読むことなく、自己紹介を続けた。

「あ、あの! わたし、メイドのリムルって言います!
 あ、あらためてよろしくお願いします」

 そして突如現われた第三の名前に、仲間たちにふたたび戦慄が走る。
 イーナどころかサザーンさえ一歩引いて、表面上は平然としているミツキも、頭の上では未知の存在を威嚇するように猫耳が「シャー!」と毛を逆立てていた。

「……そーま。男の人って、ああいうのが好きなの?」

 真希が、そこはかとなく非難するような眼差しをこちらに向ける。

「い、いや、別にそんなことは……」

 言いかけたところで、俺たちの話を聞きつけたメイドがこっちに寄ってきて、

「あ、あのあの、何か質問で……きゃああ!!」
「うわっ!」

 絨毯につまずいて、俺に倒れかかるように転んだ。
 その身体を受け止めた腕に感じるのは、その小柄な身体に見合わない、むにょんとした二つの弾力。

「ご、ご、ごめんなさい!」
「い、いや……」

 あわてて離れていくメイドに返事をしながら、様式美というのもありかなと一瞬だけ考えてしまって、

「そーま、やっぱり……」
「…ソーマ! もどってきて」

 真希の冷ややかな目と、ぎゅっと腕を引くリンゴの声に、我に返った。
 ……まったく、テンプレ駄メイドおそるべし、である。



 分かっていたことではあるが、駄メイドの案内はまるで駄目だった。

「ええと、右手に見えますこちらが、ええと、その……絵です!!」
「はい。見れば分かります」
「あうぅ…!!」

 屋敷の要所要所に凄い来歴のありそうな美術品があったりするのだが、その知識がまるでないのだ。

「あ、そしてこっちにあるこれは……階段です」
「……それで、二階には何があるのですか?」
「二階、ですか? えと、えとえと……あ、わたしのお部屋があります!」
「……そうですか」

 たまにミツキも助け船を出すのだが、それをことごとく無駄にするのが駄メイドの力だった。
 一応自分でも力不足は感じているのか、一階を回って二階にたどり着く頃には、メイドの口数はすっかり少なくなってしまった。
 それをフォローするように、今度は真希が口を開く。

「で、でも、ここの美術品はすごいよねー。
 ほら、この壺なんて、ものすごい大胆な色遣いで、壺と一緒に柱にまで同じ色を塗っているのが芸術って感じで……」
「あ、ご、ごめんなさい! そこ、わたしが赤ペンキをぶちまけちゃったところで……」
「…………」

 顔を赤ペンキみたいな色にして黙り込んでしまった真希の代わりに、近くにあった鎧を見て、サザーンが語り出す。

「ふん。芸術は僕には分からないが、この鎧を見るとアーケン家が武人の家系だと分かるな。
 鎧に刻まれたこの無数の傷と、数々のへこみ。これはまさに歴戦の……」
「あ、ご、ごめんなさい! それ、わたしが何度もぶつかったり倒したりしたから……」
「…………」

 ならば、と、むっつりと黙り込んだサザーンに代わるように、ミツキが前に出る。

「見ると言えば、この壺の細工は見事ですね。
 よくよく目を凝らさなければ判らない程の微細な模様が縦横に……」
「あ、ご、ごめんなさい! その壺、わたしが前に割っちゃって瞬間接着剤でくっつけたから、その溝が残ってて……」
「……だ、だとしたら匠の業ですね。感服しました」

 ほかの二人と違ってかろうじて言葉を返したものの、猫耳が「あ、穴があったら入りたいよう!」とすっかり折れ曲がって閉じこもってしまった。
 ミツキも撃沈。
 そこで、次はわたしが行くしかないと、イーナが果敢に飛び出していく。

「げ、芸術と言えば、この石像ですけど……」
「イーナさん。それは木像です」
「あうぅ…!!」

 だが、駄メイドが口を開く前に、ミツキに間違いを指摘されて終わった。
 肩を落とすイーナに、いつもとは正反対に、駄メイドが目をキラキラさせながら近寄っていく。

「わたし、イーナさんとはお友達になれそうな気がしますぅ!!」
「ま、待ってください! うれしいですけど、どうしてそう思いました!?」

 と、イーナが一人だけ、類稀なる向こう側(ドジッ子)の資質を見せつけたところで、三階に上がった。



「あ、あの、ここには結界の部屋がありますし、エルムさんが見張ってるので、静かにお願いします。
 ……だってエルムさん、怒るとものすごーく怖いですからね!」

 三階に上がった途端に駄メイドがあんまり静かじゃなくそう言うと、結界の部屋の扉を守っている執事のエルムさんがこちらを見て、

「ひぅ!!」

 おそろしく迫力のある笑顔を駄メイドに向けた。

「ご、ごめんなさい! ごめんなさいぃ!」
「あ、おいちょっと……」

 恐怖のあまり、俺の背中に隠れる駄メイド。

「もう一日三枚までしかお皿割りません!
 こぼすのもあんまり熱くない飲み物だけにします!
 だから、だから許してくださいぃぃ!!」

 譲歩しているようで大して譲っていない条件を叫びながら、駄メイドは俺にしがみつき、ついでに何かやわらかい物まで俺の背中にぐいぐい押しつけてくる。
 あまりの事態に俺の頭の中に謎の公式が浮かび上がってきた辺りで、駄メイドが真希とイーナに引きはがされた。
 同時に見事な連携で、リンゴが俺の腕を引いて、さらに駄メイドから引き離す。

「貴方は少し、落ち着いて下さい」
「は、はいぃ」

 たしなめるミツキも、流石に少し呆れ顔だ。
 一方、ようやく駄メイドの胸威きょういから逃れて冷静になった俺は、三階を見渡す。

「同じような部屋ばっかりだな」

 ゲームの時や、さっきシズンさんと一緒に来た時にも思っていたが、三階は二階や一階と比べて置物や装飾品の数が少ない。
 そのくせ廊下は長く、いくつかある部屋の扉も全く同じなため、慣れていないとどこにどの部屋があるのか、すぐに分からなくなりそうだ。
 目印になりそうな物と言えば、

「あ、この鎧。下にあった奴と同じだねー」

 真希が見つけた、西洋風の全身鎧の置物くらいだろうか。
 下の階にあった物と完全に同じデザインで、ついでにところどころへこんだり傷がついているのも同じだ。

「これって、中に入って動いたりできるの?」
「な、中に入って、ですか? む、難しいと思います。
 もともと着るために作ってないので重いですし、サイズの問題がありますから」
「そっかぁ……」

 確かに小柄なアスやフウではサイズが合わなそうだし、逆に小太りなシズンさんや一部育ちすぎな駄メイドならつっかえてしまいそうだ。
 真希に質問されたのが嬉しいのか、駄メイドはさらに補足する。

「この鎧は本当に重くて、これを一人で運べるのは、この屋敷ではわたしとエルムさん、それにファイさんだけだと思います。
 えっへへ。こう見えて力持ちなんですよ、わたし!」

 そこで駄メイドはえへんと胸を張って力持ちアピールをしたが、明らかに別の何かが強調されていた。

「そ、それで、結界の部屋の隣は誰の部屋だったっけ?」

 駄メイドを見ていると、横からリンゴとイーナの視線が突き刺さってきたのであわてて話題を変える。
 本当は屋敷の間取りくらい覚えているが、これで話は逸らせるだろう。

「え? ええと、それは……」
「こちらの左隣の部屋がミズー様のお部屋。そして右隣の部屋は現在空き部屋となっています」

 考え込んだ駄メイドの代わりに執事のエルムさんが答えてくれた。

「わ、わたしの仕事がっ!?」

 とショックを受けている駄メイドを置いて、真希が前に出た。

「空き部屋の方だけ、見せてもらっても構いませんか?」
「どうぞ。鍵はかかっていないはずです」

 許可を得た真希はためらいなく結界の部屋の右隣の扉を開けると、中をのぞき込んだ。

「結界のある部屋と、部屋の形は同じ、かぁ。
 ミズーさんの部屋も、もしかして……」
「はい。お見せすることは出来ませんが、この階の部屋は全て同じ間取りとなっています」

 真希はそれを聞いてうなずくと、メモ帳に新しく何かを書きつけていく。
 結界の部屋には入れないそうなので、俺たちはエルムさんにお礼を言うと、三階を後にした。


 屋敷は三階建てなので、これで一応ほとんどの場所を見て回ったことになる。
 一階にもどる途中、隣に来たイーナが話しかけてきた。

「あのメイドさん、ものすごくドジですけど、少なくとも犯人って感じじゃないですね」
「さぁ。俺の口からは何ともな」
「あ、回答拒否はずるいです!」

 どうやら、犯人を知っているはずの俺から、事件の情報を得ようと探りを入れてきたらしい。
 イーナのくせに生意気な。

 俺は軽く反撃をしてやることにした。

「だけどイーナだけは、そういうのとは無関係にあの子を警戒した方がいいんじゃないか?」
「え? どうしてですか?」
「いや、だって……キャラ、かぶってるじゃないか」

 俺が言った途端、イーナは顔を真っ赤にさせて叫んだ。

「わ、わたしはあそこまでドジじゃありません!!」

 そして、わずかな時間差で響く、カシャン、という音。

「……あ」

 音のした方を見ると、興奮したイーナの手が引っかかったのか、さっきミツキが褒めた壺が、地面に落ちてバラバラになっていた。

 真っ青になるイーナ。
 そこで、異変に気付いた駄メイドが近寄ってくる。
 彼女は状況を一瞬で見て取ると、

「――はい、どうぞ」

 場にそぐわない満面の笑みで、イーナに何かを差し出した。
 イーナに手渡された、中世ファンタジーにそぐわないチューブ型の容器。
 そこには『瞬間接着剤』と書かれていた。



 恐怖の立体パズルに挑むイーナをその場に残し、俺たちは居間にもどった。
 居間には屋敷の人間はもう誰もおらず、残った俺たちもその場で解散することになった。

「わたし、この家の人たちに聞き込みしてくる!」

 と言ってまず真希が抜け、

「なら私も、軽くこの辺りを見廻ってきます。
 外部犯の可能性は、潰しておきたいですから」

 ミツキもそう言い残して部屋を出ていき、

「ふっ。ダークサイド冒険者アドベンチャラーさがが、僕を果てなき探求の旅へと誘う」

 新しい場所についてテンションの上がったサザーンが屋敷の探索を続行するべく飛び出していった。

「じゃ、じゃあ、わたしもお仕事にもどりますね!
 えへへ。実はわたし、風の魔法を使ってお掃除を楽に済ませる方法を思いついたんです!」

 食器を割る未来(死亡フラグ)しか見えない不吉な言葉を残して駄メイドまでもいなくなると、部屋には俺と、

「…………」

 なぜか無言で柱の陰から俺をうかがう、リンゴだけが残った。

 何かの遊びだろうか。
 リンゴが楽しんでいるのなら放っておこうかとも思ったが、

「…………」

 ただ黙って見つめられているというのも、非常に落ち着かない。

「ええと……リンゴ?」
「っ!?」

 俺が声をかけると、リンゴは目に見えてびくっとして、柱の陰に顔を隠した。

「いや、見えてるから。というか、最初から気付いてるから」

 と言うと、ちょこんと顔だけを出してきた。

「そんなところにいないで、こっちに来いって。
 このソファー、座り心地いいぞ?」

 俺が勧めても、リンゴはふるふると首を振った。

「…か、かんしちゅうだから」

 なかなかに頑固だった。
 ただ、

「監視なら隣からでも出来るだろ。
 そこにいられると、俺が落ち着かないから、ほら」

 俺が言いながらソファの隣をたたくと、観念したように出てきた。
 ためらいがちに、俺の隣に座る。

「どうしてそんな、俺を疑ってるんだ?」

 尋ねると、リンゴはこちらと目を合わせないまま答えた。

「…だってソーマ。さっき、わるいかおしてた」
「ええっ?」

 そんな顔していただろうか。
 ちょっと記憶にない。

 ただ、だとしたらリンゴの誤解は解かなければならない。
 俺はリンゴの正面に回るようにして、目と目を合わせ、はっきりと宣言した。

「そんなに心配しなくても、今回はレイラの対策をしたいなと思っただけだよ。
 それ以外のことなんて考えてないし、この屋敷の人に迷惑をかけようなんて全く思ってない」

 最後に、「もちろん、ついでに紋章が手に入るならもらいたいとは思ってるけどな」と付け加えると、ようやくリンゴの表情が緩んだ。

「…ん。しんじる」

 小さく漏らされた言葉に、ようやく息をつく。
 一気に弛緩した雰囲気に、リンゴがふわぁ、と小さくあくびをした。
 それを見て、俺は少し心配になった。

「そういえば、あれから体調は大丈夫か?
 また、どこかが苦しくなったりしてないか?」

 俺が尋ねると、リンゴは少しだけためらってから、

「…いまは、だいじょうぶ」

 と答えた。
 今は、ということは、大丈夫じゃない時があるということだろうか。
 俺がじっと見つめると、リンゴは、んっ、とくすぐったそうに身をよじると、小さな声で答えた。

「…すこし、ねむれない、だけ」
「寝不足? それってやっぱり体の調子が……」

 俺が言いかけるのを、リンゴは小さく首を振って否定する。
 そして、さっきよりも長い時間ためらってから、


「…ソーマが、いなくなるゆめをみるから」


 小さな小さな声で、そう答えた。

「俺、が…?」

 その言葉には、流石にショックを受けた。
 思い当たる理由は、一つしかない。
 俺が、現実世界にもどると言ったことだろう。

 あの時リンゴは、俺たちが元の世界にもどるのを応援すると言ってくれた。
 だがもしかすると、リンゴは本心では俺に帰って欲しくないと考えていたのかもしれない。

「…ソーマからめをはなすと、いなくなっちゃう、きがして」
「だから、今日も俺を監視、してたのか?」

 俺の言葉に、小さくうなずいて、

「…ごめん、なさい」

 うつむいたリンゴは、そんな言葉まで口にした。

「いや、リンゴが謝ることなんて……」

 リンゴが謝ることなんて、何もない。
 謝るべきなのは、俺の方だ。

 だが真希のことを考えると、ここで元の世界にもどらないとも口に出来なかった。
 ならばせめてと、俺はリンゴの手を握った。

「…ソー、マ?」

 驚いて顔を上げたリンゴに、俺は精一杯の言葉を伝える。

「リンゴのこと、気付けなくて、悪かった。
 だけど俺は、今は、どこにもいかないから。
 だからその……ここで心置きなく、眠っても、いいぞ」

 俺が口ごもりながら言うと、リンゴの表情にゆっくりと理解の色が広がっていき、

「…ん」

 おっかなびっくりといった様子で、おずおずと俺の肩に頭をもたせかけてくる。
 視線で「いいの?」と訊いてくるリンゴに、無言のうなずきを返すと、リンゴは心の底から安心したように、俺に寄りかかる。

 右肩に温もりを感じたかと思うと、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
 よっぽど疲れていたのだろう。

「……ほんと、ごめんな、リンゴ」

 言いながら、俺がそっとリンゴの顔にかかった髪をかきあげると、リンゴが身じろぎをした。
 眠ったままの口から、つぶやきが漏れる。

「ソー、マ。いか、ないで……」

 その言葉に、胸の詰まる思いを感じながらも、

「行かないよ、俺は」

 出来るだけ優しくそう返して、俺はリンゴの手を強く握り直したのだった。



「――おっ?」

 知らない内に、俺までうとうととしてしまっていたらしい。
 目を覚ました拍子に、膝の上から何かが落ちて、ゴトッと大きな音を立てた。

「…ソーマ?」

 その音に驚いて、リンゴが目を開ける。

「悪い。起こしちゃったか?」
「…ん。いい」

 くっついたままで小さく首を振るリンゴにもう一度謝ってから、身体を起こす。
 膝の上に何か置いた覚えなどないのだが、と不思議に思いながらも、落とした物を拾おうと身を乗り出して、

「これ、は……」

 地面に落ちた物を見て、寝ぼけていた頭が覚醒する。
 高級そうな絨毯の上に落ちているのは、禍々しい光を放つ、唯一無二の宝石。

「――天の眼、か」

 サザーンがどこかに捨ててきたはずのそれは、次元が違うはずのここまで、跳んできたのだ。
 俺はそっと天の眼を持ち上げると、冒険者鞄にしまった。

 そして、これが出てきたということはもうあれから六時間が経ったということで、そろそろ……。

「おお! ここにおられましたか!」

 そんな俺の言葉を裏付けるように、階上からシズンさんの声が俺を呼ぶ。

「もうすぐ六時になります。結界の部屋に行きましょう」

 その言葉に俺たちは顔を見合わせたままうなずいて、手をつないだまま立ち上がった。


 これで、舞台は整った。
 策謀渦巻くアーケン家の事件が、いよいよ始まる!
謎の公式効果で読者の目を事件から逸らせる作戦、成功!
+注意+
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