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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百四十三章 紋章の謎

「スパークホークさん!」

 ミツキの指輪があれば、広い城の中でも探し人を見つけることなど造作もない。
 俺はあらためて探索アイテムの恐ろしさを感じながらも、目的の人物、騎士団長スパークホークを見つけると、話しかけた。
 遠目からも目立つ長髪を翻らせ、いかにも優雅な仕種でスパークホークが振り返る。

「おぉ? 誰かと思ったら、魔王討伐の英雄殿ではな――」
「すみません! ちょっとお尋ねしたいんですが、いいですか?」

 初対面で申し訳ないと思いつつも、いきなり本題に入った。

「あ、ああ。別に構わないよ。ただ、あまり込み入ったことなら……」
「いえ、『はい』か『いいえ』で答えられる、簡単な質問なので」
「なら安心だ。何だい?」

 突然の提案に驚いていたようだが、そこはさすがの天下の騎士団長様。
 さわやかな答えで了承してくれた。

 レイラの近くにあまり長居したくないし、この人にあまり時間を取らせるのも申し訳ない。
 俺は鞄から『封剣聖猫勲章』と羽ペンを取り出して目の前にかざすと、一息に言った。

「スパークホークさんはこの勲章と同じような形の紋章を見たことがあってしかも最近その紋章の持ち主から助力を求める手紙を受け取っていたものの自分は忙しくて向かえないので自分が信頼出来る騎士にだけ教えている『のばら』という合言葉を知っている相手になら受け取った手紙に一筆添えた物を渡してその主人の許に送り出してもいいのだけれどもいつも使っている最高級羽ペンをこの前折ってしまったのでアイテムショップで新しいのを買ってきて欲しい、と思っていませんか?」

 ――スパークホークさんの答えは、もちろん「はい」だった。



 スパークホークさんは、これが魔王すら降した英雄殿か、などと言って冷や汗を流しながらも、ちゃんと手紙に一筆書いて渡してくれた。

「全く貴方は、どうして『普通』という事が出来ないのですか」

 それを見て後ろでミツキが呆れていたが、このくらいは勘弁してもらいたい。
 俺だって多少強引なショートカットをしていると自覚している。
 ただ、女性を四人も連れている今の状況は、レイラにとっては発見、即刺殺のコース。
 いつレイラが俺に気付くかと考えると、気が気ではないのだ。

 俺たちは手紙を受け取るとお礼もそこそこに、すぐに城を後にした。
 そのまま街の外に向かって歩きながら、仲間たちに今回のことを説明する。

「今からやろうとしているクエストは、邪神の欠片が封印されたダンジョン、『封魔の迷宮』に行くのに必要なアイテムを手に入れるためのものなんだ」



 全てのゲームは、ラスボスを倒せば終わり……という訳でもない。

 むしろ今のRPGの大半は、ストーリーを終わらせた後のオマケ、ラストダンジョンを超える難易度の、いわゆるやり込み用の隠しダンジョンを用意していることが多い。
 その最近のRPGの一つである『猫耳猫』にも、当然のようにそれはあった。

 ――隠しダンジョン、『封魔の迷宮』。

 ラムリックの近く、『封魔の台地』の地下にあるそのダンジョンが、『猫耳猫』のクリア後オマケダンジョンだ。
 だが、『猫耳猫』はここでもまた伝説を作った。
 なんと、最速攻略組がゲームをクリアしてから一ヶ月以上、この裏ダンジョンに入れた人間が一人もいなかったのである。

 最初の障害は『封魔の迷宮』の情報の少なさだった。
 ネットに攻略報告が現われ始めてから三日ほど、『封魔の迷宮』は発見すらされることはなかった。

 そして、NPCの数少ない証言を元に、ようやくクリア後に『封魔の台地』の邪神のレリーフに触れることで道が開けると分かったのだが、それだけでは『封魔の迷宮』にはたどり着けない。
 地下には十個のくぼみがある大きな扉(ちなみにその扉の両脇のたいまつが、たいまつシショー)があって、そこにアイテムをはめ込まないと扉が開かなかったのだ。
 ワープ扉であるため夢幻蜃気楼による移動も通用せず、この扉ばかりは正攻法で開けるしかなかった。

 幸い、そこに必要なアイテムの内、一個はすぐに分かった。
 中心にある丸いくぼみには、魔王のドロップアイテム、『陽光の輝石』がぴったりとはまり込んだのだ。
 だが、周りの九つの穴が問題だった。

 くぼみの大きさから、そこにはクリア後の叙勲式イベントでもらえる『封剣聖猫勲章』をはじめとした、紋章系のアイテムを使えばいいと分かったのだが、その時点で紋章を九つそろえているプレイヤーは存在しなかった。
 『猫耳猫』のアイテムは膨大な数で、中には全く役に立たない物も多いため、用途の分からないアイテムの優先順位は自然と下がる。

 いざ集め始めてみても、当時のバージョンではフィールドに放置すれば貴重品でも何でも簡単に消失してしまう状態で、紋章と別のアイテムが二者択一で手に入るイベントなどもあったことから、ゲームクリアの時点ですでに紋章を全て集めるのが不可能な場合も多かった。
 しかし、『猫耳猫』に付き合ってきた彼らがこの程度でへこたれるはずもない。
 最速プレイヤーは、迷宮の入り口が発見されてから四日で、九つの紋章を集めた。

 ――だが、それらを全てはめても、扉は開かなかった。


 最初はガセだと思われたのだが、同じように紋章を集めたプレイヤーが、扉にアイテムをはめた映像をネットにアップして、その疑惑は晴れた。
 そして、ネットの誰かが言った。


『――もしかして、紋章をはめる位置が間違ってんじゃない?』


 それは、衝撃的な発言だった。
 その発言が間違っているから、ではない。
 それが正しそうに思えたから、みんな戦慄したのだ。

 たった九つの紋章を正しい場所にはめるだけだろ、簡単じゃないか、と思うかもしれない。
 だが、紋章の形は全て同じで、その数は九つある。

 その組み合わせの数は、実に九の階乗通り。
 つまり、362880通りにのぼる。
 あてずっぽうでやって正解するような数を超えている。

 それを知った『猫耳猫』プレイヤーたちは、必死になってヒントを探した。
 紋章を手に入れた場所で、邪神と関係のありそうな場所で、物知りな人間、関係ありそうな書物、全ての心当たりを当たった。
 ……だが、紋章の並びに関する情報は、見つからなかった。

 最後の手段だと、制作会社に問い合わせをした者もいた。
 だが、当時は押し寄せるバグ報告と恨みの声に窓口がパンクしかけていた状況。
 バグとも言い切れない、たかが隠しダンジョンに入れないなんていう些細な(・・・)ことに、制作会社が対応するはずもなかった。

 そして、何の進展もないまま、一週間が過ぎ……。
 とうとう彼らは、絶望的な戦いに身を投じる決意を固める。


 ――紋章の並び替えによる、総当たり。


 組み合わせ数三十六万に対して、当時の最速攻略組十数人。
 万を優に超える、気が遠くなる戦力差を前に、彼らは怯まなかった。

 まず紋章に独自の番号を振り、紋章の組み合わせを9ケタの数字で表現出来るようにした。
 それからネット掲示板にこのためだけに情報交換用の専用スレッドを立て、徹底的な分担作業を行う。
 さらにその掲示板の情報を元に、有志がwiki内の専用ページに進捗状況を記し、作業が重複しないように管理。
 ゲーム攻略を余所に、ひたすらに紋章を並び替え続ける彼らは畏敬と感謝を込めて『鍵開け師』と呼ばれ、多くの『猫耳猫』プレイヤーの尊敬を集めた。

 鍵開け師たちの最前線たるネット掲示板では、「341256789―341598762まで外れ。引き継ぎ頼む」「引き継ぎ了解、3416派生は任せろ」とか、「wiki見たら791系列、7913から7915派生まで穴なんだけど誰かやってくれない?」「791386542まで予約」「仕方ねえな、7914と7915は俺がやっとく」とか、「563派生、全制覇!!」「な、なにぃ! 三ケタナンバーを単独制覇だとぉ!!」「生き神様だ!! 崇めろ!! 讃えろ!!」「ありがてぇ! これで俺たちは、あと一年は戦え……いや、一年もこんなことやってたくねえなぁ」といった、熱い、でも参加したことのない人には全く意味の分からないやりとりで常ににぎわっていた。

 ちなみに俺も最速組でこそなかったが、途中で追いついて、鍵開け師の仲間入りをした。
 8491~8496までを二週間ほどかけて一人で潰したのは、ちょっとした自慢だ。

 そして、作業開始から四週間ほど経ったある日。
 掲示板に、こんな書き込みがなされた。


「やった! 開いた! 開いた! 開いた!
 796285341! 796285341だ!」


 鍵開け師たちの執念が、『猫耳猫』の理不尽を打ち破った、それは歴史的な瞬間だった。

 鍵開けに参加した全てのプレイヤーが歓喜に沸き、そこから波及するように、『猫耳猫』をプレイしている全ての人間が笑顔を浮かべた。
 たとえ世界から人種差別がなくなっても彼らだけは決して分かり合うことはないだろう、とまで言われたあのヒロイン論争中のシェルミア派とミツキ派さえも、この時ばかりは嬉しいニュースに諍いを忘れ、祝賀ムード一色になったという。

 ……そう!
 偉大な発見が、世界中の『猫耳猫』プレイヤーの心を一つにしたのである!!



「――だからさ。そうして勇んで入り込んだ隠しダンジョンで、ノライムと全く姿かたちの変わらないモンスター、『ウライム』に瞬殺されたことも、今となってはいい思い出だと俺は…………あれ? 俺、何の話をしてたんだっけ?」

 首を傾げた俺に、仲間たちの冷たい視線が突き刺さる。

「そ、そういえば、アレだよな! ええっと、あ、これから受けるクエストの話だったよな!
 うん、覚えてた覚えてた! 大丈夫!」

 あわてて取り繕う俺に、

「……ソーマさん」

 イーナが呆れを通り越して、もはや悲しげな声を出して、俺をさらに焦らせた。
 昔からそういう傾向はあったのだが、『偽りの白馬の王子様』作戦以降、仲間の、主にミツキ辺りの俺への視線が痛くなってきた気がする。

 言うなれば、心底からどうしようもない奴を見る目というか、この上ない変人を見るような目というか。
 『猫耳猫』プレイヤーの中では屈指の常識人、という俺の自己評価を仲間にも定着させるためにも、ここらでまともなところを見せないとまずい気がしてきた。

「と、とにかく、今からやるクエストは、その九つの紋章の内の一つが手に入るクエストなんだ」

 隠しダンジョンに入れるのは当然、『陽光の輝石』と聖猫勲章が手に入るクリア後になるが、残りの紋章は中盤以降のクエストで入手出来る物が多い。
 この『アーケン家の指輪』で手に入る紋章もその内の一つで、スパークホークに九つの紋章のどれかを見せることでクエスト開始状態になるため、最速の場合、王都に来た直後からクエストを始めることも不可能ではない。

「だから、このクエストは低レベルのキャラクターでもクリア出来るようになっていて、そもそも戦闘は発生しない。
 ただ、向こうの屋敷についたらすぐにイベント……つまり事件が始まると見ていいと思う。
 そのせいで、しばらくアーケン邸から出られなくなることだけは覚悟してほしい」

 確認の意味を込めて全員を眺めたが、誰も帰りたいと言い出す人間はいなかった。
 ありがたいことだと思う。
 そんな感慨にふける俺に、真希が尋ねた。

「そういえば、推理小説がどうとか、そーま前に言ってたねー。
 あ、じゃあ頭よさそうに言うと、『くろーずどさーくる』ってやつかな!?」

 頭よさそうかはともかく、真希の言葉を受け、

「……まあ、そうかな」
「ふむ。『閉じられし(クローズド)円環サークル』……か」

 俺と、なぜかサザーンが反応してうなずく。
 そこから何を想像したのか、真希がめずらしく早口で話し始めた。

「じゃ、じゃあアレだね!!
 ツタに覆われた怪しげな洋館。
 明らかに怪しい事故によって崩落した橋。
 妖艶に笑う蝶々メガネの怪しげな女夫人。
 髪型以外では見分けがつかない怪しげな双子。
 口調が丁寧すぎて逆に日本語が怪しい執事。
 美人すぎて何だか館の主人との関係が怪しいメイド。
 そして、怪しげな仮面をつけた、館の主人!!」

 真希の度を越した妄想に、

「怪しい奴多すぎだろ!」
「ば、バカ! 仮面枠はもう僕がいるだろ!!」

 もう一度俺とサザーンがダブルでツッコんだ。

「そっか。ごめんね、サザーンちゃん」
「僕にちゃん付けするな!」

 なぜかサザーンにだけ謝る真希と、一層猛るサザーンは置いておいて、説明を続ける。

「確かに閉じられた環境にはなるんだけど、それは吹雪とか橋が落ちたとかじゃなくて、魔法効果だ」
「そういえばアーケン家ですか。結界魔法、ですね?」

 各地の事情に詳しいミツキの言葉に、俺は首を縦に振った。

「ああ。アーケン家の人たちは、代々結界魔法が得意という設定……じゃなくて、得意なんだそうだ。
 館から出入り出来なくするのもそうなんだが、あそこには結界魔法に守られた指輪がある。
 その盗難予告が来たから守ってくれっていうのが、今回のクエストの内容だ」

 俺が言った途端、真希が身を乗り出した。

「わたし、実はけっこう推理小説とか読むんだー!
 つまりわたしたちが探偵役ってことだよね!
 うー! 腕が鳴るよー!」

 興奮した真希に触発されるように、ミツキも猫耳をひょこひょこさせて、闘志を見せる。

「犯人捜し、というのなら私の探索の指輪の出番でしょう。
 これで全員の位置関係を把握すれば、私に気付かれずに盗難を行うのは不可能です。
 個人的にはむしろ、犯人に同情したい所ですね」

 それに呼応して、イーナとサザーン、

「わ、わたしだって、お母さんが隠したお菓子を見つけるのは得意でした!」
「フッ。我が魔眼、イービルオーラアイから逃れることあたわず!」

 さらには仲間外れが嫌だったのか、鞄の中からくままでが手だけを出していて、全員やる気は十分だ。

 ……うん。
 本当は犯人を事前に捕まえてもうまみが少ないから、わざと盗みを成功させてからアイテムを取り返し、館の主人に恩を売るついでにイベントアイテムをせしめるつもりだったのだが、空気を読んでそれは黙っておく。

 真相を知っている俺はともかく、ほかのみんなはガチで挑んだ方が、余計な疑いをかけられることもないだろうし。

「…ソーマ、だいじょうぶ?」

 一人で冷や汗をかいている俺を心配してリンゴが背中をさすってくれたりするが、その優しさが今はちょっと痛い。


 そして、それからもハイテンションで行軍を進めること、二十分。
 俺たちは無事にアーケン家の邸宅に着き、無事にその中に閉じ込められたのだった。
もしここまで書籍化されたら、この話は7割くらいカットされる予感
+注意+
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