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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百三十九章 最低な選択肢

「――実は俺、この世界の人間じゃないんだ」

 全員が屋敷にもどってきたところで、俺はいきなりそうぶっちゃけた。

「……は?」

 俺の唐突な告白に、流石のミツキの鉄面皮も崩れた。
 猫耳をピーンと立てながら、普段は微塵の動揺も映さない目を大きく見開いている。
 サザーンは「何だコイツ、厨二病か?」みたいな目でこっちを見ているし、

「えっ? …………えっ?」

 少しだけ復活しかけていたイーナは、あまりの衝撃にふたたび虚脱状態にもどってしまったようだ。
 その横ではまだ王女衣装の真希も心底びっくりした表情でこっちを見ていて……って、何でお前まで驚いてるんだ?

 あまりショックを受けていそうにないのは、いつもと変わらない様子のリンゴと、口に手を当ててわざとらしく驚いたリアクションを取っているくまくらいだろうか。
 リンゴに至っては半ば予期していたのか平然としていて、突然逃げ出した俺を心配していた時と比べると、むしろ比較的落ち着いているとさえ言えた。

「……それが、貴方の秘密という訳ですか?」
「ああ」

 まだ動揺から立ち直っていない様子のミツキの質問に、俺は間髪入れずにうなずいた。
 しかし、ミツキですらまだこれだ。
 流石に性急すぎたかと自分でも思うが、仕方ない。

 事態は一刻を争う。
 悠長に夜まで待っている暇はなかった。

「少し長い話になるけど、聞いてくれ。
 この世界は、俺のいた世界のゲームを元に作られた可能性が高いんだ。
 ええと、ここで言うゲームというのは……」



 ――それから俺は、長い時間をかけてリンゴたちに全てを話した。

 俺たちの世界のこと。
 俺がはまったゲーム、『New Communicate Online』のこと。
 それから、ゲームについてのごくごく最低限の知識も。

 テレビやコンピューターについての解説に始まって、コンピューターゲームの発祥について、RPGというジャンルについて、古くはTRPGまでさかのぼれるというファンタジーゲームの歴史と系譜について、ゲーム業界全体を巻き込んだ熾烈なゲームハード競争について、コンピューターとゲームのマシンパワーとインターフェースの進化について、様々なゲームジャンルの誕生とその隆盛について、VRゲームの出現とそれに伴う混乱と規制について、ゲーム音声における肉声派(保守派+三次元声優原理主義者)と合成音声派(機械音声許容派+旧ボーカロイド支持派)の泥沼の抗争について……のくだりに入った辺りで、なぜか真希に無駄話するなと怒られた。
 ……大事な話なのに。

 しょうがないのでその辺りはざっくりと割愛して、真希の倉庫で見つけた不思議な道具と、俺と真希がこの世界にやってきた経緯、……それから、俺がやっていたゲームがこの世界に似ていること、いや、この世界がゲームを基に作られた可能性が高いことまで、すっかり話してしまった。

「……そんな話、とても信じられません」

 まず口火を切ったのは、やはりと言うべきか、ミツキだった。
 普段の冷たい表情をさらに凍てつかせたような顔で、つぶやく。
 頭の上の猫耳も、不快だと言いたげにぱたぱたとひっきりなしに揺れていた。

「この世界がそんな理由で生まれたなんて、悪い冗談です。
 それに、ゲームというのはよく分かりませんが、その話が本当であれば、貴方はこの世界の全てを把握している事になるのでしょう?
 そのような事、とてもではありませんが認められません」
「ミツキ……」

 考えてみれば、ミツキはこの中では意外に常識的なところもある。
 ただでさえ荒唐無稽な話ではあるし、すぐには納得出来ないのも仕方ないだろう。

「……わ、わたしは、信じてもいいと、思います」

 そんな中、控えめに、けれどはっきりと対照的な意見を述べたのはイーナだった。

「あの、ものすごいスケールの話で、ちょっとピンとこないですけど、でもわたしは、ソーマさんが普通じゃ思いつかないようなことをするの、近くで見てきました。
 だからわたし、その話を聞いて、すっきりと謎が解けたような気分なんです」

 そう言って、イーナは俺に、少しだけぎこちない笑顔を向ける。

「ほら、たとえば、わたしの乗った魔封船が、落ちた時。
 結婚なんて絶対しないって言ってたソーマさんが、どうしてあんなことを言ってくれたのか、ずっと不思議に思ってたんです。
 同情だったのかなって思ってたんですけど、あれはきっと、そのゲームの知識でわたしを助けてくれるためにしてくれたことだったんですね」

 イーナは、すごく納得です、とはしゃいだように笑って、それから目立たないようにさりげなく、しかし何度も、目じりをごしごしとこすった。

「イーナ、俺は……」

 罪悪感に、胸を突かれる。
 すぐには言葉が出て来ない。
 ただ、何か言わなくちゃいけないと、俺は口を開きかけて、


「――こ、この、ヘンタイが!!」


 いきなり俺の顔目がけて飛んできた何かに、しんみりとした空気は霧散した。
 飛んできた何かを反射的に受け止めると、それは見覚えのある人形だった。
 投げられた当の本人はなぜかきゃっきゃと両手を振ってご満悦の様子だが、これはよくない。
 俺はその犯人にきつい目を向け、

「おいサザーン! いくらなんでもレイチェルを投げるのは……」
「黙れヘンタイ!」

 問答無用とばかりにさらに人形を投げつけられた。
 それからも、ダニエル、ジェニファー、リリアナ、くま、フランチェスカと、見覚えのある人形たちが次々にこっちに飛んでくる。

「ちょっと待て! あ、クリスティーナはやめろって!
 包丁持ってるから! 当たったら洒落にならないから!」
「うう、うるさい! お前が、貴様が、う、うがー!!」

 サザーンは止まらない。
 ぷるぷると身体を震わせながら、手元にある人形をどんどん投げ続ける。

 いくら待っても人形が尽きないので不思議に思ったが、下を見ると投げられた人形が自主的にサザーンの許にもどってループしていた。
 彼らにとっては投げられることすらアトラクション感覚らしい。
 道理で終わらない訳だ。

「く、くそう! お前は、ずっと知ってたんだな!
 この忌まわしき闇の仮面のことも、そして、我が血塗られし一族の血の宿命も……」
「ちょ、ちょっと落ち着けって!
 血塗られし血の宿命って血がかぶってるし、俺はお前の素顔も家族の事情も全然知らないから!」

 振りかぶったクリスティーナを見て、青くなった俺が大声で弁明すると、

「……なん……だと?」

 ようやくサザーンの動きが止まった。
 その隙に必死で説得する。

「俺はゲームでもソロで冒険してたから、あんまりほかのキャラクターには詳しくないんだよ!
 お前のことなんて特に興味がなかったから、便利な魔法が手に入るイベントの後は全然関わってないし、どういう事情があるのかなんて聞いたこともない!」

 そもそもサザーンの家庭や素顔については、確かゲーム内でも明らかにされていなかったはずだ。

 物好きだなとは思うが、一部のショタ好きや厨二病キャラ好きの間ではサザーンは人気が高い。
 サザーンとの結婚イベントがないのか躍起になって探していたプレイヤーの話は聞いたことがあるし、サザーンの素顔を見るためのあの手この手の工作が行われたことも知っている。
 だが、それが実を結んだという話は一度も聞いたことがなかった。

 ネットの意見によると、おそらくサザーンの背景については設定は存在していると思われるが、開発の時間が足りなかったのか、あるいは続編に向けて温存したのか、このゲームには未実装な状態なのではないかというのが大方の予想だ。

「そ、そうか。……そうか」

 一応俺の言葉を信じたのか、サザーンは安堵したような、でもどこか不満そうな顔をして、黙り込んだ。
 人を変態呼ばわりする秘密とは何か気にならなくもなかったが、正直こいつにはそんなに深入りしたくない。
 ともあれこれで一件落着、と思いきや、

「――それは、本当の話なのですか?」
「うわっ!?」

 今度は思わぬところが食いついてきた。
 知らぬ間にミツキが背後に近付いてきていて、真剣な顔でこちらをのぞき込んでいる。

「ほ、本当って、何がだよ?」
「それぞれの人間の背景については、詳しく知らないという部分です」

 完全に腰が引けている俺に対して、あいかわらず冷たい美貌の上で耳をせわしなくぱたぱたさせながら、ミツキは鋭い眼光で訊く。

「例えば、ええ、これは他意のない単なる一例ですが、ある人物とダンジョンに出かける事がどのような意味を持つかなど、細かい事情については貴方は記憶していないという認識で良いのですね?」
「それ、って……」

 思い出した。
 ミツキに、一緒に『幻石の洞窟』に行こうと誘われていたこと。
 そしてそれが、ゲームでどういう意味を持っていたのかを。

 もう一度あらためてミツキの顔を観察してみる。
 冷徹で凍てつくような表情と表現したその顔は、よく見ると単に不安と緊張に強張っているだけのようにも見える。
 不快さを表明しているように見えた猫耳のぱたぱたも、見ようによってはただ焦っているだけのようにも見える。

「どうなのですか?」

 急かされて、俺はあわてて答えた。

「い、いや、俺はミツキのその……アレ(・・)のことも知らなかったし、ゲームでもミツキと二人でダンジョンに行くイベントなんて、やったことないな」

 アレとはもちろん尻尾のことだが、周りの耳を考えて適当にぼかし、ついでに『幻石の洞窟』についてもギリギリ嘘ではない返答でごまかした。
 騙すのは悪いとは思ったが、ここで認めてしまうとさらにまずいことになりそうな予感がしたのだ。
 俺の言葉を聞いて、ミツキの猫耳からふにゃーっと力が抜ける。

「……そう、ですか。
 いえ、今のは人物全般について尋ねただけなので、別に私の事を引き合いに出す必要はなかったのですが、理解は出来ました」

 猫耳を「ぎりぎりせ~ふだよぉ」という感じに脱力させたまま、顔だけにはふたたびキリッとした表情を復活させてミツキはうなずいた。

「……ならば私も、貴方の話を信じましょう」
「ええっ!?」

 あまりの手のひら返しに驚くが、ミツキは穏やかな口調で告げた。

「この世界の成り立ちや貴方の絶技の出処を考えると複雑な気持ちもありますが、イーナさんの言う通り、それで色々と辻褄が合うのも確かです。
 それに理由がどうあれ、貴方が自分の命を懸けて街を、世界を救った事に変わりはありません。
 貴方は、胸を張っていていいと思います」
「あ、ああ。ありがとう、ミツキ」

 な、なんだろう。
 ここだけ聞いていると凄くいい台詞なのに、さっきの言動を考えると素直に受け取れない。
 本心からの言葉だと思うのに、とってつけた感がものすごい。


 しかし、一番俺の話に反発していた様子のミツキが折れたことで、急速に場の雰囲気はやわらかくなった。
 我ながらとんでもない話をしたのに、この仲間たちはそれを受け入れてくれるようだ。
 俺が密かに胸を撫で下ろした時、

「……ソーマ、は」

 今まで、一言も口を開いていなかった青髪の少女が、前に出た。

「リン、ゴ…?」

 さきほどのミツキよりも、あるいはイーナよりも硬いその表情に、俺は息を飲んだ。
 図らずもその場の全員の視線が集まる中で、リンゴは痛切なほどに張り詰めた表情で、ごく短い問いかけを発した。


「――もとのせかいに、かえる、の?」


 ……と。

 誰も、すぐには何も言えなかった。
 元の世界に帰るのか、帰らないのか。
 それはこの話をする以上、不可避の問いかけだ。

 その、絶対に避けられない問いに、


「――ああ。そのつもりでいる」


 俺は、はっきりとそう答えた。

 その言葉に、ミツキは猫耳をすくませ、サザーンはそっぽを向き、真希は申し訳なさそうに顔を伏せ、イーナは何か言いたげに口を開く。
 そして、リンゴは……。


「………ん。なら、おうえん、する」


 リンゴは、小さく微笑んだ。
 もしかすると初めて見るかもしれないリンゴの笑顔は、今まで見た誰のどんな笑みよりも、なぜだか胸に迫った。
 それに追われるように、俺は焦って補足する。

「も、もちろん帰るつもりでいるってだけでまだ検討中で、準備も何も、まだ全然足りないんだ。
 一応一つだけ思いついてる方法はあるんだが、それは……って、ああっ!!」

 そこでやっと、俺はどうしてみんなにこの話をし始めたのか、思い出した。
 帰還するかどうかの問題は大きなことだが、今はそれよりも火急の用件がある。

「真希!」
「えっ?! あ、うん、なにー?」

 完全に不意打ちだったのか、名前を呼ばれて跳び上がった真希に、質問する。

「帰還のためのアイテム集めだよ!
 前、レイラに騎士をつけてアイテムを手に入れてくれって言っといただろ?
 あれはどうなった?!」

 真希と再会した直後、俺は真希に、騎士団を動かして、レイラのイベントアイテムを手に入れてくれと依頼した。
 もしそれがうまく行っているなら、ことはずっと単純になる。
 俺は期待を込めて真希を見たのだが……。

「あー、それね。うん。ぜんぜんダメだったって」

 真希はあっさりと、俺の希望を打ち砕いた。

「全然、か?」
「うん。ぜんぜん」

 オウム返しにつぶやいた俺に、真希は首肯してみせる。
 真希が言うには、騎士が近付こうとしただけで警戒されて、満足に話をすることも出来なかったらしい。

「……マジ、か」

 目の前が真っ暗になった気がする。
 俺の考えた帰還の手段には、絶対にレイラのイベントで手に入るアイテム、いや、魔法がいる。
 だが、やはりプレイヤー補正もゲーム知識も何もない騎士では、レイラと親しくなるのは難しいようだった。

(ただ逃げ回るだけって訳には、いかないか)

 出来ればこれはやりたくなかったのだが、仕方がない。
 俺は、覚悟を決める。

「そのレイラという人がどうかしたのですか?」
「…さっきの、ひと?」

 不思議そうなミツキが、意外に聡いリンゴが、それぞれ訊いてくる。

「ゲームの通りなら、俺はこのままだと彼女、レイラに殺される可能性が高い」

 口にした途端、ざわっと仲間たちが騒ぎ出す。
 それを制して、

「だからその前に、奴を無力化する。
 今までにない厳しい作戦になると思うが、みんなの力を貸してほしい」

 ありったけの誠意を込めて、俺はみんなに頭を下げた。

「…ん」
「愚問ですね」
「とーぜんでしょ!」
「フッ! 仕方ないな」
「わ、わたしももちろん手伝います!!」

 リンゴが、ミツキが、真希が、サザーンが、イーナが、それぞれ快く答えてくれる。
 そして最後にミツキが、みんなを代表するように質問する。

「協力するのはいいとして、一体どうするつもりなのですか?」

 だから俺はみんなのやる気に応えるように、勢い込んで答えた。

「ああ! 簡単に言えば山奥からイケメンを連れてきて、レイラをそいつに惚れさせつつ、イベントアイテムだけかすめ取る!
 作戦名は、『偽りの白馬の王子様』だ!!」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」


 ――俺史上、最低最悪の作戦が、こうして始まった。
+注意+
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