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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百三十四章 ビタースイート

 しばらくして機嫌を直したイーナは、いきなり料理をすると言い出した。

 俺はリアルでもゲームでも料理なんてほとんどしていなかったし、ミツキは料理センスが壊滅的、リンゴは調理の概念を理解しているかも定かではない。
 今までは、なぜか最初から屋敷の冷蔵庫に備蓄されていた大量の料理を食いつぶしていたのだが、そこにイーナが名乗りを上げた形になる。

「ソーマさんには、色々とお世話になってばかりですから。
 せめてわたしに出来ることで恩返しをしたいんです!」

 と殊勝な台詞だが、今まで様々な厄介事を引き込んできたトレインちゃんの実績を考えると、あまり素直には喜ぶことが出来ない。
 だが、イーナは自信満々だ。
 いつも母親に作っていて、料理の腕は自信があるのだとか。

「いいですか、ソーマさん。料理って、魔法なんです。
 どんな食材も、調理法次第で毒にも薬にも化けるんですよ」
「いや、毒に化けたらまずいだろ」

 こういう台詞が今一つイーナを信頼出来ない理由ではある。
 実際、くまはその台詞から不穏な気配を感じ取ったらしく、俺の頭の上からそっと降りると、どこかに歩き去ってしまった。
 どうせ食べないくせに、薄情な奴である。

「と、とにかく、任せて下さいね!」

 イーナはそう言うと、調理場の端に設置された冷蔵庫に向かった。
 冷蔵庫と言っても要はでっかいクーラーボックスで、中身は腐らない上に見た目以上に大量に入る。
 実際、今も使い道のない大量の食材がその中には収まっているはずだ。
 イーナは冷蔵庫の扉を開けると、

「み、見たこともない食材がいっぱい…!
 これはもしかして、あの高級食材パラライイカ?!
 こっちはまさか、幻のコンフュチキンじゃ!?
 ああ! ここにあるのは伝説のテラートマト?!
 ……この材料なら、出来るかもしれない。
 かつて母に封印された、禁じられしあの料理が!!」

 なんかおかしなことを言い出した。
 というかそれ以前に、イカとチキンとトマトでまともな料理が完成するのだろうか。
 色々大丈夫かと心配になる俺を余所に、ミツキはいつも無表情な顔にわずかに感心の色合いを載せ、

「ふむ、中々の気迫ですね。
 剣と料理、求める道は違いますが、心意気には共感出来ます。
 久しぶりに血が騒ぎました。
 私も少し、外で身体を動かしてきましょう」

 勢いよく立ち上がると、流れるような自然な動きで部屋を出ていった。
 俺はそれをぼうっと見送って……。

(…………って、しまった!!)

 あまりに自然な流れに、逃げられたと悟ったのはミツキが食堂を出て数秒経ってからだった。
 なんて無駄な武人スキルの利用法!
 ずっけぇ!!

 そうして食堂には、俺とリンゴだけが残る。
 だが、リンゴは俺の不安を見透かしたように、

「…だいじょうぶ。ソーマは、わたしがまもる」

 俺の両手を握りしめると、力強く言った。

「リンゴ…!」

 そんな大層な場面ではないと思うが、ちょっと感動した。
 やはりリンゴは俺の天使、最後の砦だ。
 どんな苦難も、リンゴと一緒なら乗り切れる!
 そんな特に根拠のない自信が湧いてきた。

 一方、裏でそんな会話がなされているとは知らず、イーナは上機嫌だ。
 材料を決めたのか、いつのまにか厨房に立ち、きらめく包丁を手にしていた。

「見てて下さいね、ソーマさん!
 わたしの、華麗なみじん切りを!!」

 そして、意外にも様になっている動作で包丁を軽く持ち上げると、

 ――カン!

 軽快で小気味よい音を立てて、包丁が振り下ろされた。
 その姿勢も、なんだか決まっている。

 これは案外、期待出来るかもしれない。
 その瞬間はそう思ったのだが、いつまで経ってもイーナは動き出さない。
 俺が不思議に思った頃、イーナが俺を振り返った。

「あ、あの、ソーマさん」
「ん、何だ?」

 そうして申し訳なさそうに持ち上げたイーナの手には、


「――なんか、切れちゃったんですけど」


 真っ二つになったまな板があって……。

 ――ガタッ!

 それを目の当たりにして言葉を失った俺の隣で、リンゴが毅然とした顔で立ち上がった。
 イーナから俺をかばうように、俺の前に出て、

「…ソーマ。わたしは、ソーマをまもる」
「え? あ、ああ」
「…だから、おなかのおくすりとってくる」

 そのままナチュラルに食堂を出ていった。
 迷いのない、実にしっかりとした足取りだった。

「…………あれ?」

 そうして気付けば、食堂には俺一人。
 まあ、その、なんというか……。

「り、リンゴにも、逃げられた…!!」

 あっさり瓦解する最後の砦。
 愕然とする俺に、イーナが満面の笑みで告げる。

「待っててくださいね。今ソーマさんに、ソーマさんが一度も見たことがないような、凄い物を作ってあげますから!」
「あ、ああ……」

 煮え切らない俺の返事に何かを気にしていると考えたのか、イーナはもう一言付け加えた。

「心配しなくても、料理に変な物は……その、ほ、惚れ薬とか入れたりしませんよ。
 その代わり、あ、愛情は、たっぷり入れますけど」

 そんなことを照れながら言われると、昨夜、至近距離で見たイーナの姿を思い出して、何だかこっちまで恥ずかしくなる。
 いつもの鎧姿にエプロンをつけた今のイーナも、それはそれで可愛いかもな、なんて、頭の沸いた感想まで生まれてくる。

(どっちにしろ、こりゃあもう逃げられないな)

 俺は覚悟を決め、元気いっぱいのイーナに乾いた笑いを返したのだった。



 そして一時間後。

「…ソーマ、だいじょうぶ?」

 俺はまだ、食堂のテーブルにいた。
 背中をさするリンゴの手に、俺はテーブルに突っ伏しながら答える。

「ああ、だいぶ楽になってきた」

 料理が得意と言っていたのは嘘ではなかったらしく、イーナの料理は普通においしかった。
 一応量は調節したようで、並べられたのは俺とイーナの二人前。
 ただ、甲斐甲斐しく給仕してくれるイーナに乗せられて、いつのまにかイーナの分まで俺が全部平らげてしまっていた。
 そうは言っても二人前は量が多すぎたのか、ごらんのありさまなのだが、

「ご、ごめんなさい、ソーマさん」

 それを悔やんだイーナが、しおらしく謝ってくる。
 イーナの潤んだ瞳に、真正面から見つめられる。

 なぜかその瞬間、胸の辺りがカッと熱くなり、心臓がドクンと跳ねた。
 動揺を隠すように、あわてて否定する。

「い、いや、気にすることはないよ」
「……あの、それを私に言われましても」

 だが、謝った相手はミツキだった。
 しまった。
 動揺を見せまいとして、かえって動揺していることを露呈させてしまった。

「…ソーマ?」

 リンゴも隣で不思議そうな顔をしている。
 俺はあわてて否定にかかるが、

「ひ、ひひゃう!!」

 今度は舌がもつれて変なことを言ってしまった。
 さらに強まる疑惑の眼差し。

「ち、違う。俺は全然うろたえてなんかいないぞ!」

 そう強がって、もう一度イーナに視線をもどそうとするが、なぜかその顔が直視出来ない。
 それに、イーナの顔が見えると、なぜかドクドクと心臓が早鐘を打つ。
 脈が乱れ、呼吸が苦しくなる。

(何だよ、これ。これじゃ、まるで、まるで……)


 ――まるで俺が、イーナにびくついているみたいじゃないか!!


 どうしてこんな状況になったのか。
 理由が分からず、混乱する。

「ふん。料理如きに敗れるとは情けない!
 貴様はそれでも僕のライバルか!」

 そんな風に焦る俺の窮状を救ったのは、意外な人物だった。
 食卓に座っていたそいつの声で、みんなの注意が逸れる。
 だが俺は、その憎たらしい声につい反射的に憎まれ口を返していた。

「元からライバルじゃないし、そもそもどうしてお前がここにいるんだよ、サザーン」

 そう、昨日別れたはずのサザーンがやってきて、なぜか俺たちの屋敷に勝手に居座っているのだ。

「昼に叙勲式があるのだろう? 今回は僕も同行してやる。
 それと、お前が話しかけているのはただの花瓶だ」
「……あれ?」

 しかしサザーンは、俺の訴えを花で、いや、鼻であしらった。
 何だかやっぱり調子が出ない。

「あ、あの!!」

 そこで険悪な雰囲気を悟り、間に入ってきたのはイーナだった。

「サザーンさんも、ソーマさんと一緒に魔王を倒してくれたんですよね!
 おかげで助かりました。本当にありがとうございます!」
「え、う、うん。あ、いや……」

 素直な感謝の言葉には慣れていないのか、サザーンは一瞬だけ狼狽したが、すぐにいつもの調子を取りもどす。

「ふふふ……。貴様はなかなか見どころがあるようだな!
 ならば教えよう、我との魔王との、三日三晩に渡るセイクリッドデュエルの全てを!」

 いや、お前、魔王とは遭遇してもいないだろ、というツッコミは面倒なのでしないことにした。
 今はサザーンの相手なんてしたくない。
 イーナには悪いが、サザーンもひとしきり話せば満足するだろう。
 俺はしばらく、イーナにサザーンの相手を任せることにした。

「そ、そうですか? その、えっと……。
 あ! サザーンさんももしよかったら、今度料理をお作りしますね!」

 だが、なぜだろう。
 そのイーナの台詞を聞いた瞬間、胸の中に不快感が生まれた。
 何だかもやもやする。

「…ぐあい、わるい?」

 背中をさするリンゴの手が気持ちいい。
 だと言うのに、楽しげに話すイーナとサザーンを見ていると、胸のむかむかは強まってくる。
 なら見なければいいと思うのに、まるでそれを身体が拒否するかのように、二人から目を離せなかった。

「いいか? 僕は偉大なる魔術師の末裔にして、選ばれし者。
 この世の邪悪を滅するため、敢えて邪の法を極めし、崇高なる一族の正統なる後継者なのだ!」
「す、すごいんです、ね…?」
「ふふ。まあ、それほどでもある。ふ、ふふふ……」

 いつもの他愛ない会話、のはずだ。
 なのにサザーンと話すイーナを見ていると胸が苦しくなり、動悸が速まる。
 甘酸っぱくて、でもほろ苦い、この感覚。
 いてもたってもいられなくなる。

(なんだ、これ……)

 もどかしい。
 ただひたすらに、もどかしい。
 もう喉の辺りまで出かかっているのに、その正体が分からない。

 だが、ふとした瞬間、イーナが俺を見て、

「――ッ!?」

 思わず、立ち上がっていた。
 自分に何が起こっているのか、まだ分からない。
 ただ、胸の奥から灼熱感が込み上げて、反射的に席を立ってしまったのだ。

「ソーマさん?」

 イーナの声に、胸がざわついた。
 ドキン、ドキンと痛いほどに心臓が脈を打つ。
 全身の毛穴が開いて、じっとりと汗がにじむ。
 そのままイーナから逃げるように、二、三歩とフラフラと歩いて……。


 ――ああ、そうか。


 唐突に、悟った。

 この、胸から込み上げる、灼熱感と焦燥感。
 これと同じ感覚を、まだ日本にいた頃、経験したことがある。

 分かってしまえば、単純なことだった。
 どうして気付かなかったのだろう。

 そして、気付いてしまったら、もう我慢出来なかった。
 ここがどこだとか、人の目があるとか、そんなことは気にしていられなくなる。
 最後のブレーキが、壊れる。
 俺の意志とは関係なく、解き放たれる。

「……ソーマ、さん?」

 もう一度、イーナが俺の名前を呼ぶ。
 そして心配そうに、俺に近付いてくる。
 無防備に、俺の胸の内に何が起こっているのか、気付こうともせずに。

「い、イーナ! お、お……」
「お?」

 伝えないと、伝えないとと気ばかり焦るのに、うまく舌が動かない。
 でも、言わないといけない。
 だって……。

 この甘酸っぱくて、少し苦い。
 これは、この感じは、間違いなく――



「オエェエエエエエエエ!!!」



 ――間違いなく胃液、つまり逆流リバースの兆候なのだから。

 しかし、全ては遅すぎた。

「きゃぁあああああ!!」

 誰かの悲鳴。
 今朝食べた食事が、まるで走馬灯のように食道を駆け巡る。
 続いて俺の口から、走馬灯と言うにはちょっとぐちゃぐちゃしすぎた物が滝のように流れ出した。

「そ、ソーマさん!?」
「うわぁあ! 僕の服におぞましき白き混沌の塊がかかったぁ!」
「これはまた、盛大にやりますね」
「ソーマ! ソーマ! しっかりして!」

 そして生まれる、阿鼻叫喚の地獄絵図。
 何とかしなくてはと思うのに、身体が痺れ、上下左右の感覚が乱れていて、満足に立っていることすらままならない。

(駄目、だ……)

 薄れゆく意識。
 倒れゆく身体。
 眼前に迫りくる地面と、そこにぶちまけられたおぞましき白き混沌の海。

 そんな最悪の状況の中で、俺は、


(もう二度と、イーナの料理は食べるもんか……)


 そう固く、心に誓ったのだった。



 ……その後。
 俺は倒れそうになった身体をその場で唯一冷静だったミツキに支えられ、リンゴの持ってきた回復薬を飲まされて、すぐに回復した。
 持つべき者は頼れる仲間だ。

 どうも俺は食べ過ぎに加え、たまに身体が動かなくなる『麻痺』と、人や方向がうまく認識出来なくなる『混乱』、それに恐怖感が倍増される『恐怖』の状態異常にかかっていたらしい。
 これらの状態異常は、ゲーム時代には一定確率でスキルや魔法が不発になったり、発動しても方向を間違ったりするだけだったのだが、現実になったことで本当に精神に悪影響を与えるものになってしまったようだ。
 ゲーム時代、状態異常になった時の対策はいくつか用意していたが、こうなってしまってはその対策もほとんど使えない。

 ただ、どう考えても原因は料理に入っていたパラライイカとコンフュチキンとテラートマトにある。
 そもそも屋敷の冷蔵庫に入っていた時点で怪しいし、名前からして既にアウトである。
 なんとなく場の流れに流されて止めなかった俺も俺だが、慣れない食材を思い付きで使ったりするからこうなるのだ。

 幸いそれからはもう、イーナを見てもおかしな症状に悩まされることはなくなった。
 平謝りに謝るイーナに、俺は無情な宣告を下す。


「――料理、禁止!!」

お食事前の方がいたら申し訳ありません
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