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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百三十二章 たずねるものたち

「あー。大丈夫か、イーナ」

 何で扉を開けただけでこんなに驚いているのかは知らないが、廊下にしりもちをついている女の子を放置しておくのはさすがにしのびない。
 事情の詮索はとりあえず棚上げし、俺はイーナに手を差し伸べた。

「あ、あの、えっと……す、すみません」

 妙におどおどした態度で、イーナは俺の手を取った。
 どう考えても控えめすぎる握り方をするイーナの手をこっちからしっかりつかんで、上に引っ張る。

「……あっ」

 一応加減はしたはずだが、思ったよりも強い力で引っ張ってしまったのか、勢い余ってイーナとぶつかりそうになる。
 寸前で止まったが、その時イーナの髪から石鹸の香りが流れ、俺の鼻をくすぐった。

「ご、ごめんなさい…!」

 しかし、それは一瞬だった。
 すぐにイーナは弾かれたように俺から距離を取ると、頭を下げる。

「いや、こっちこそ……」

 そう答えながらも俺は、会話の内容よりもいつもと雰囲気の違うイーナの様子に気を取られていた。

 『猫耳猫』では家の中で防具を外すようにAIが設定がされていなかったせいか、この世界の冒険者は家でも完全装備で過ごすのが普通だ。
 イーナもさっき夕食の席で会った時にはミスリル装備一式をつけていたはずだ。

 しかし今のイーナは、部屋着、なのだろうか、薄手のワンピースのような服を着ている。
 どこか見覚えのあるその服を着て、花柄のクッションに半ばまで顔をうずもれせているイーナは、いつもより女の子らしく見えた。
 それに……。

「あ、あの……」

 もじもじとイーナが動くと、ほんのりと漂ってくる石鹸のにおい。
 視線を上に移すと、彼女の性格を象徴するような明るい栗色をした猫っ毛が、いつになくしっとりと濡れていた。

「ああ。もしかして、お風呂に行ってきたのか?」
「え、ひゃ、ひゃい!」

 俺が問いかけた途端、イーナの肩がびくんと跳ねる。
 ついで、イーナに抱えられたクッションが、ぎゅうぅぅ、と強く抱きしめられて形を変えたのが見えた。
 予想外に大きなリアクションだ。

(ああ、そうか。しまったな……)

 女の子にお風呂の話題を振るのはちょっと無神経だったか、とは思ったが、うちの場合だけはちょっと事情が異なる。
 この屋敷の風呂は、警戒なしに入れば水中継続ダメージで溺れ死んでしまう危険性がある。
 気まずいからと言って注意しない訳にはいかないのだ。
 ちなみにだが、水龍の指輪をつけて入れば水中適性効果で溺れる心配はなくなるが、水の影響がキャンセルされるので風呂に入る意味もなくなる。

「あ、いや、急にこんなこと訊いて悪い。
 だけど、この家の風呂は危ないんだ。
 一人で入っていると溺れ死ぬ可能性があって、その……」

 自分で言っていて、あまりの嘘くささに心が折れそうになる。
 しかし、イーナはぶんぶんと首を振った。

「あ、あの、分かってます。
 ヒサメさんが教えてくれて、見張りまでしてくれました」
「え? あ、そうなのか……」

 既に風呂の話はミツキがしてくれていたらしい。
 戦闘狂と見せかけて、ミツキも結構細かなところで気が回る。

(ミツキには、感謝しないとな)

 今日の俺には色々と考えることがあったし、ゲーム設定を引っ張っているこの世界では、あまり身体や服が汚れるということがない。
 入浴の習慣から遠ざかってしまいがちだが、女の子であるイーナはそうもいかないのだろう。
 すると、俺の考えを裏付けるように、イーナが小さくうなずいた。

「は、はい。その、どうしても今日は、お風呂、入りたかったですから……」

 そういえばイーナ視点で考えると、今日は王都に行こうと魔封船に乗ったら墜落して、高レベルエリアを逃げ回って、気付けば変なお屋敷にいて、その屋敷に住むことになって、とイベント盛りだくさんだったはずだ。
 そりゃあお風呂で一息もつきたくもなるだろう。

「でも悪いな。それじゃああんまり時間取れなかっただろ」

 イーナの性格上、ミツキに見張りをさせたままお風呂でくつろぐなんて無理そうだ。
 そう思って訊いたのだが……。

「い、いえ! その、ちゃ、ちゃんと、身体のすみずみまで、あ、あらってきました」

 イーナは口早にそう言って、またクッションに半分顔をうずめてしまった。

 のんびり出来たか尋ねたつもりだったのに、ちゃんと身体を洗ったのか邪推したと思われたらしい。
 もしかすると、この世界の人間にとってはお風呂はあくまで汚れを落とす場所で、そこでくつろぐという文化がないのかもしれない。

 そんなことを考えながらイーナを見ていると、彼女の足が小さく震えているのに気付いた。
 風呂上がりでこんな薄着をしていたらそれは寒いだろう。

「ここで立ち話もなんだから、とにかく部屋の中に入ろうか」
「え、あ、あの……」

 イーナは戸惑っているようだが、廊下に立たせて風邪でも引かれても困る。

「ほら、入るぞ」

 俺が少し強引に腕を引いて誘導すると、イーナは小さく深呼吸をして、

「……は、い」

 少し震える声で返事をしてから、部屋の中に足を踏み入れた。



「ここが、ソーマさんの部屋……」

 イーナはそう言って部屋を見回すが、部屋の中にはそう大した物がある訳でもない。
 この部屋はもともと騙し絵の部屋だった。
 屋敷の人形たちに手伝ってもらって壁の絵はほとんど塗り替えたが、家具の大半が騙し絵だったせいでずいぶん殺風景な部屋になってしまっている。

「申し訳ないけど、椅子とかないからさ。
 適当にそこのベッドにでも座ってくれ」
「べ、ベッドに…?」

 俺がそう告げると、部屋を見回していたイーナの動きが止まった。
 やけにカクカクとした動きで、ベッドに向かい、

「し、失礼、します」

 職員室に入るビビりな生徒みたいな声を出して、そこに腰をかける。
 ただ、座って落ち着いたかというとそうではなく、それが最後の拠り所であるみたいにクッションをぎゅぅっと抱きしめていて、しかも、座り方がびっくりするほど浅い。
 ベッドの端の端に、ちょこんと座っている感じ。
 その様は危険な場所で物音に怯える小動物のようで、冒険者の心得としてはある意味立派かもしれないが、到底部屋でくつろぐ人間の姿ではない。

 見かねた俺が、何かを言おうと口を開いた、その時、


 ――コン、コン。


 俺の部屋のドアが、三度みたびノックされた。
 今日は千客万来だ。

「ひゃぅ!!」

 その音に驚いたのか、イーナが本当に物音に怯える小動物のように飛び跳ねる。
 俺はそれを横目に、ドアに歩み寄った。

「夜遅くに申し訳ありません。少し、伺いたい事があるのですが……」

 ドアの向こうから聞こえてきたのは、丁寧なミツキの言葉だった。
 俺はなんとなくホッとして、

「ミツキか。よかった。ちょうど――」

 ちょうどイーナも来てるところだったんだ、と言いかけたが、視界の端にぶんぶんとちぎれるほどに首を横に振りたくっているイーナが見えて、口をつぐんだ。

「ちょうど、何ですか?」
「いや……。ちょうど、寝るところだったんだ。
 用事だったら、また明日にしてくれるか?」

 俺がそう言いかえると、後ろでイーナが安心したように息をついた。
 これで正解だったらしい。

「そう、ですか。なら、仕方ありません」
「ああ。悪いな。……ちなみに、どんな用事だったんだ?」
「大した話ではありません。
 ただ、ちょっと姿が見えない者(・・・・・・・)がいるので、心当たりにやってきただけの話です」

 ミツキの言葉に、イーナがまた派手にびくついて、ベッドから滑り落ちた。

(あー。こりゃ、完全にバレてるなぁ……)

 まるで姿の見えない誰かを探しているかのような口ぶりで話しているが、ミツキは探索者の指輪を持っていて、気配探知の能力にも優れている。
 イーナがここにいることに気付いていないはずはないのだ。
 何の意図があるかは分からないが、俺かイーナにプレッシャーをかけにきた、と考えるのが妥当かもしれない。

「それでは、おやすみなさい」
「ああ、また明日」

 ただ、その割にはあまり粘る様子もなく、あっさりとミツキは去っていった。

「……あ、あの、ヒサメさん、行きましたか?」
「え? あ、ああ」

 俺は小さくなっていくミツキの足音に耳を澄ませていたが、イーナの言葉に我に返った。
 振り向くと、イーナが床に女の子座りでへたり込んでいた。

「うぅ。心臓が、口から飛び出すかと思いました……」

 情けないイーナの姿がなぜだか懐かしく思え、つい笑ってしまった。

「やっぱりまだ、ミツキが苦手なのか?」
「苦手、とかそういう話じゃないです。
 ただ、こんなところ、人には見られてしまうのは……う、う、うぁー!」

 イーナは耐えきれないとばかりに足をばたつかせた。
 それは、俺と一緒にいるところなんて見られたら恥ずかしくて死ぬ、みたいな意味じゃないよな。
 イーナに限って、それはないと信じたい。

「ま、まあもう行ったから大丈夫だろ。
 それよりイーナの用事を……」


 ――コン、コン。


「ひゃっ!!」

 俺が言いかけたところでふたたびドアがノックされ、またイーナが跳ねた。

「今度は何だよ……」

 俺はため息をつきつつ扉を開ける。
 扉の奥にいたのは、一体の人形だった。

「何だ、クリスティーナじゃないか。どうかしたのか?」

 クリスティーナはこの屋敷の人形の内の一体で、進んで家事の手伝いをしてくれる、気立てのいい子だ。
 常に目が虚ろでどこを見ているのか分からないことと、興奮するとどこからか赤黒い染みのついた包丁を持ち出してくることを除けば、非常に付き合いやすい相手だと言える。

 今は興奮しているようで、どこを見ているのかよく分からない目で赤黒い染みのついた包丁を振り回して何か訴えかけてきたが、何を言いたいのかは分からなかった。
 俺に話が通じないと分かると、クリスティーナは目を虚ろにさせて帰っていった。

 これが、何か大きな事件の予兆ではないといいのだが、と思いながら、俺はイーナに向き直った。
 イーナはあいかわらず地面に座り込んで、今はもう閉まっているドアの方を指さして、口をぱくぱくさせている。

「に、人形が、人形が包丁を……」
「ああ、あれはクリスティーナだよ。
 ほら、今日の夕食の時、食器を運んでくれてただろ」

 まあ、クリスティーナという名前はこっちが適当につけたものなので、くまと同じで本名は分からないのだが。

「そ、そんなの分かりませんよぉ」

 と情けない声を出すイーナに、それぞれの人形の見分け方についてレクチャーしようと俺が口を開くと……。


 ――コン、コン。


 また、扉がノックされた。
 イーナは律儀に跳び上がり、ドアに向かって怯えた視線を送っていたが、こちらとしてはそろそろ飽きてきたところだ。

 今日に限って来客が多いのは、もしかすると魔王を倒したことと関係があるのだろうか。
 そんな益体もない考え事をしながら、俺はぞんざいに扉を開いた。
 廊下の奥に立っていたのは、やはり屋敷の住人だった。

「何だ、怜子さんじゃないか。どうかしたのか?」

 怜子さんはこの屋敷の元からの住人の中で、唯一の人間型。
 いつも前髪で顔を隠していて、何かあるとすぐにテレビの中に逃げ込んでしまうシャイガールだ。
 デフォルトの姿勢が四つん這いなので話す時に高さが合わないことと、話している間も絶対に目を合わせてくれないことが欠点と言えば欠点だが、文字通りその辺に目をつぶればなかなかに気さくに付き合える相手だと言える。

 その怜子さんが何か伝えたいことがあるようで、必死に髪を振り乱してくるが、残念ながら何を言っているのだか全く理解が出来ない。

「あ、そうだ」

 言葉は話せなくても、もしかすると文字なら書けるかもしれない。
 そこに思い至った俺は、ポーチからメモ帳とペンを取り出すと、怜子さんに手渡した。

 単なる思い付きだったのだが、怜子さんは戸惑うことなくペンとメモ帳を受け取ると、早速メモ帳に何事かを書きつけ始めた。
 これは期待出来るかもしれない。

 そんな期待と共に十数秒待つ。
 すると、ペンを置いた怜子さんが、四つん這いのまま俺にメモ帳を差し出してきた。

「どれどれ……」

 俺はメモ帳を受け取って、そこに書かれた文字を見て、


『  怨呪 
 怨怨死怨怨
  呪怨  
 死怨怨怨怨
  呪怨  
 怨怨死怨 
 怨怨怨呪怨』


「期待して損したよ!!」

 見た瞬間、メモ帳を地面に叩き付けた。
 ページのほとんどが呪いの文字で埋め尽くされていた。
 しかも微妙に余白があるところがなんか腹立たしい。

 だが、それでも怜子さん的には自信があったらしい。
 怜子さんは俺の反応を見ると、肩を落として四つん這いで帰っていった。

 だが、これでようやくイーナと話が出来る。
 俺がもう一度、イーナの方に向き直ると、

「は、箱から、女の人が、あ、壁に手形、ジリリリ、ジリリリって……」

 何かのトラウマでも刺激されたのか、クッションをかぶったイーナが震えていた。



 どうにかイーナを立ち直らせるのに、また数分かかった。
 それに、せっかく落ち着いたと思っても、何か物音が聞こえる度に「ひゃっ!」だの、「ひっ!」だの叫んで怖がるので、俺はその度にフォローを入れた。

「いや、たぶん風で窓に何か飛んできたんだよ。たまにあるんだ、そういうこと」
「そ、そうなんですか。ごめんなさい」

 実を言うと、この部屋の窓は騙し絵なので窓に物が当たるはずもないのだが、そういうことにしておこう。
 と、オチついたと、いや、落ち着いたと思ったところで、今度は廊下からガチャガチャという物音。
 またまた震えるイーナを、笑顔でなだめる。

「いや、たぶん百鬼夜行か何かだよ。たまにあるんだ、そういうこと」
「そ、そうなんですか。……って、普通に怖いじゃないですか、それ!!」

 と、そんな感じだ。
 さすがにこんな状況では会話もままならない。
 それからもイーナはしきりに扉を気にしているようなので、俺は一計を案じることにした。

「サイレンス!」

 扉に、沈黙の魔法をかける。
 ゲームでは出来なかったことなので心配だったが、試しに扉を叩いてみても、何の音もしない。
 成功だ。

「ソーマ、さん?」
「これで、もう外の音は聞こえてこないはずだ。
 それに、たぶんこれで中の音も、外には聞こえなくなる」

 ただ、これではすぐに魔法が切れてしまう。
 かといって、同じ効果の魔法は効果が切れるまで重ねがけや上書きは出来ない。
 だから俺は何度もサイレンスの魔法を唱えると、効果時間が切れる頃に次の魔法が発動するように、発動予約をした。
 俺の計算が間違っていなければ、これで一時間程度は機能してくれるはずだ。

 しかし、イーナの顔はまだ不安げだった。
 ノックの効果がないと分かった誰かが、いきなり扉を開けたら、なんて思っているのだろう。
 だから俺は次に、机の上に置いてあった部屋の鍵を取って、扉の前まで向かった。
 躊躇わずに鍵を閉めると、

「マジカルポケット」

 今度は風魔法、マジカルポケットを発動。
 魔法で生まれた次元の裂け目(ポケット)に鍵を放り込む。

「あっ!」

 数秒後、効果の切れた次元の裂け目は何事もなかったかのように空気中に溶けて消えていった。
 当然、鍵ももどってこない。

「そ、ソーマさん!?」

 イーナが驚きの声を上げるが、俺は冷静に応じた。

「今のはマジカルポケットって魔法だ。
 簡単に言えば、無限に入るアイテムボックスを呼び出す魔法、ってところだな。
 これで、俺以外にはもう鍵を取り出せない。
 だから扉も、誰にも開けられない」

 本当のところを言うとこれは大嘘で、マジカルポケットのセキュリティは最悪だったりするのだが、今はイーナを安心させるのが先決だろう。
 用事が済んだらさっさと鍵を取り出そうと考えながらも、それをおくびにも出さずにイーナに笑いかける。

「音、が聞こえなくて、それで、誰にも、出られないって、そ、それって……」

 顔を赤くしながらつぶやいたイーナの声が、魔法で外界から隔絶されたその密室の中で、やけに大きく響いた。

 ――二人だけの夜が、始まった。
+注意+
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