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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百三十章 彼女の秘密

(しっかしこれ、どうしたもんかなぁ……)

 あいかわらず水没王子コールを続ける街の人たちに引きつった笑みを返しながら、俺は内心途方に暮れていた。

 歓迎してくれるのは嬉しいのだが、人が多すぎて屋敷にもどれない。
 しかも、時間を追うごとにだんだんと俺たちと街の人たちの距離が近付いている気がする。
 この人数が押し寄せてきたらと思うと、あまり笑ってばかりもいられない。

 と、その時、人垣が割れ、奥から騎士の姿が見えた。
 王様の命令で城にでも呼びにきてくれたのか、助かった、と思ったのだが、

「探しましたよ、姫様!」
「……うぁ」

 彼らの目標は、真希のようだった。
 その当人である真希は、まずった、とあからさまに顔で語っていた。

「ミツキ様から報告を頂きました。
 勝手に城を抜け出して魔王討伐なんて何を考えているのですか!
 王も大変ご立腹です。さ、今すぐ帰りますよ!!」
「え、えぇ? そ、そーまー!」

 情けない顔をして助けを求めてくるが、完全に自業自得だった。
 いくら大らかで適当な『猫耳猫』の世界でも、王女が無断外出して魔王討伐とか前代未聞だろう。

「しっかり怒られてこいよー!」
「そ、そーまのうらぎりものー!!」

 引きずられていく真希を、笑顔で手を振って見送る。
 するとその背後から、さらなる魔の手が……。

「よぅ、『水没王子』様!」
「ライデン! 元にもどったんだな!」

 声をかけてきたのは、アレックズパーティに入ったという、ライデンだった。
 『魔王の祝福』を受けていたはずだが、どうやら無事に解除されたらしい。

「ああ。おかげ様でな。
 オレも戻ったばっかで実感ねえが、どうやら世話になったみたいだ。
 そいつ(・・・)共々、ね」

 ライデンが頭をかきながら言った先には、サザーンの姿があった。

「ぼ、僕はこいつに世話をかけてなんていないぞ!
 むしろ偉大なる僕の魔法で敵をばったばったと薙ぎ倒し……」
「いや、サザーンには本当に役に立ってもらったよ。
 魔王を倒せたのも、サザーンの魔法があってこそだ」

 あまりサザーンを調子に乗らせるのも癪だが、役に立ってもらったことは確かだ。

「お、お前……」

 俺の言葉に、サザーンは仮面の奥の目を大きくして、こっちを見た。
 その視線に照れくさくなり、

「ま、まあ、いっぱい迷惑もかけられたけどな」

 俺はあわててそう言葉を付け足した。
 ライデンはそんな俺たちの様子に目を細めると、

「そうか。……本当に、色々世話になったみたいだな」

 にやりと笑って、サザーンの首根っこをつかんで引っ張った。

「こいつ、とりあえず回収していくけど構わねえな?」
「ああ。……あー、でも、まだそいつにやってもらいたいことがあるから、また後で」
「分かった。俺たちは普段は『金の馬鹿亭うましかてい』ってとこにいる。
 しばらくはこの街にいると思うから、訪ねてきてくれ」
「ぼ、僕のことを無視して決めるなぁ!」

 などと騒ぎながら、サザーンと一緒に群衆に紛れて消えた。
 そうするといつのまにやら、傍に残っているのはリンゴとミツキ、それにイーナだけになってしまった。
 野次馬もどんどん数が増えて、普通に道を歩くことすら出来そうにない。

 人々の相手をするのも英雄の役目、と言う人もいるかもしれないが、もともとぼっち気質の俺としては少々厳しいものがある。
 この人数にもみくちゃにされるなんて嫌だし、そんなことになったらイーナ辺りは「都会怖い……」なんて言い出してトラウマを作りかねない。
 俺は街の人たちに笑顔をつくろいながらも、小声でミツキに尋ねる。

「なぁ。なんでこんなに俺たちのことが知れ渡ってるんだ?
 正直、俺にはこんなたくさんの人の相手なんて出来ないぞ」

 ミツキは、猫耳だけをこちらに向け、少し思案してから答えた。

「私の報告の後、王が大々的に魔王討伐の事実を公布したのです。
 話題が話題だったので、瞬く間に街中に広がったのでしょうね」

 それにしたって噂の広がりが速い気がする。
 扇動者の存在を疑いたくもなるが、

「あれー? すいぼつおにいちゃーん、どうしたのー?」

 ……なんでもかんでもポイズンたんのせいにするのはよくないだろう。
 俺は頭の中の妄想と正面から発せられた声を必死で無視していると、ミツキが近付いてきて耳打ちをしてきた。

「どうしますか? どうやら貴方と私は顔まで覚えられてしまっているようですが」

 ミツキは元々有名人だし、俺は以前、騎士団に指名手配された時に名前と顔が知れ渡っている。
 逆にバグキャラで今まで人目に晒されていなかったリンゴや、そもそも魔王を倒したメンバーではないイーナなら、単独で歩いていても大丈夫だろうが……。

「…ん?」
「な、何ですか?」
「……いや、無理か」

 何も考えていない顔でこちらを見るリンゴや、すでに何だかびくびくしているイーナを見て、俺は首を振った。
 第一リンゴはともかく、イーナ一人で屋敷にたどり着けるか不安だし、下手に一人にしてまた変な物を引っ張っ(トレインし)てこられても困る。
 俺はミツキに向き直った。

「仕方ない。俺たちでひとりずつ担当しよう。
 ミツキ、イーナを……」

 連れていってくれ、と言いかけて、さっきの一件を思い出した。
 ここでミツキにイーナを任せると、結局イーナのトラウマが増えそうな気がした。
 言い直す。

「俺がイーナを連れていくから、リンゴを任せられるか?」
「私を誰だと思っているのですか?」

 尋ねると、ミツキは猫耳を誇らしげにそびやかした。

「そりゃ、愚問だったな」

 ミツキがこの程度の群衆を振り切れないはずがない。
 そしてリンゴなら、ミツキに多少手荒に扱われたくらいでは動じたりしないだろう。

 長く一緒に過ごした二人だ。
 その程度の信頼はあった。
 俺一人で納得すると、イーナに近付いて背中を向けた。

「時間がない。乗ってくれ」
「の、乗るって……」

 イーナは戸惑っていたが、俺はさらに急かす。

「ほら、早く」
「は、はい!」

 イーナの重みを背中に感じる。
 女の子を背中に乗せるということで少し緊張しなくもなかったのだが、イーナはやっぱり安心安全の普通列車トレインちゃんだった。
 平坦なミスリル装備の感触を背中に感じ、一人でうなずく。

「お、重くないですか?」
「ああ、大丈夫。サザーンと比べたら……あ、やっぱりちょっとだけサザーンの方が軽かったような」
「そ、装備品の差です!」

 そんな馬鹿なことを言い合いながら、俺の頭は既に逃げる算段を考えている。
 サザーンの時の経験からすると、人を背負っていても若干重量ペナルティで敏捷が下がる。
 調整出来ないほどの速度低下ではないが、せっかくものになりつつある3倍速でのスキルキャンセルの感覚を忘れないためには、こんな状態でスキルキャンセルを使いたくはない。
 そうなると機動力がずいぶんと落ちることにはなるが……。

(まあ、行けるか)

 俺はすぐに結論を出すと、動き出す。
 群衆とは反対方向に走り、その間に素早く詠唱を終えると、

「ハイジャンプ!」
「ひ、きゃっ!」

 ハイジャンプで宙に躍り出る。
 屋根よりも高く飛び上がったところで、

「ぐっ!」
「きゃぁああああ!!」

 予約していたエアハンマーが発動。
 背中のイーナごと、俺の身体を前に運ぶ。

「っと」

 硬質な音を立てて、俺の両足は屋根の上に着地した。
 少しだけエアハンマーを入れるタイミングを誤って上に跳びすぎたが、何とかなったようだ。

 街の人たちは、突然屋根の上に移動した俺たちを呆気に取られて見上げている。
 その中でも一人だけ、余裕の笑みを崩さない幼女がいたりもしたが、そこから意識して視線を外し、残った二人に声をかける。

「じゃあミツキ! リンゴを頼んだ!」
「ええ、任せて下さい」
「…ソーマも、きをつけて」

 二人の言葉にうなずくと、俺は今度は背中のイーナに告げる。

「じゃ、行くけど舌噛むなよ」
「へ? や、ゃぁあああああ!!」

 首に回されたイーナの手に力がこもるのを感じながら、俺は屋根の上で全力疾走を始めた。



「ハイステップ!」

 俺は屋根の上を駆け抜け、屋根と屋根の隙間を時にステップで、時にハイステップで飛び越して、足りなかったらついでにエアハンマーを追加して宙を渡る。

 王都の建物の配置は頭の中に入っている。
 俺は一切の停滞なく屋根を駆け抜け、屋根から屋根に渡って、街を縦断する。

 イーナも初めの方こそは「落ちる落ちる落ちる!」とか、「速いです速いです速……ひぃ!!」とか、「死ぬ! 死んじゃいます! 下ろしてくださいぃぃいいい!!」とか色々と騒いでいたが、街の中心部辺りまで来た今となっては、もうすっかり適応済み。
 緊張のせいか強く俺にしがみついていた身体からは余分な力が抜け、俺の肩にもたれるようになった顔からは「はふ、はふぅ」という吐息が漏れるだけ。
 さらには目まで閉じているし、ずいぶんとリラックスしているようだ。

 ただ、リラックスしているのはいいが、そのせいで素晴らしい景色を逃すのももったいない。

「イーナ、あれ、見えるか?」

 俺が足を止めて後ろに声をかけると、イーナはゆっくり目を開けた。

「な、なんですか? もうわたし魔封船なんて怖く……。
 あ、これ、もしかして……」
「ああ。あれが王都の中心だよ」

 そこには、背中合わせに並び立つ、二つの巨大な建物があった。
 一つはご存知の王城。
 もう一つのこの国の宗教の中心、大聖堂だ。

 大体同じくらいの大きさの建物が並んで建てられていて、南の王城、北の聖堂と呼ばれているそうだ。
 地図を見て確かめてみると、正確には大聖堂の方が街の中心部にあるのだが、そんな野暮なことは言いっこなしだろう。
 とにかく、あの二つの建造物が、この街を象徴する建物だというのは間違いない。
 こんな光景を見ていると、あらためて自分がファンタジー世界に放り込まれたことを実感する。

「あ、わたし、あれ、ガイドブックで見ました!
 すごいなぁ、ほんと、おっきいなぁ…!」

 イーナも興奮して叫んだ。
 おのぼりさん丸出しな台詞だが、屋根の上で騒ぐ分には問題ない。
 しばらく歩みを止め、イーナの気が済むまで見守ってやることにすることにする。

 俺たちは無言で夕焼けに染まっていく空と、その下の建物を眺めていたが、

「あの城も、大聖堂も、たしかに、すごいですけど……。
 でも、すごいのはソーマさんもです。
 いつのまにか、あのヒサメさんとか王女様とかを仲間にして、魔王まで倒しちゃって、それで、あんなにたくさんの人に認められて……」

 顔を伏せて語るイーナに、俺は問いかける。

「イーナ。やっぱりイーナは王都に残るつもりなのか?」
「はい。お母さんの病気も治りましたし、わたし自身、ここでもやっていけるだけの力をつけたつもりです。
 ソーマさんは、ラムリックに帰れって言うかもしれませんけど……」

 その言葉に、俺は考える。
 以前、危険だからという理由で俺はイーナをラムリックに置いて逃げ出した。
 その選択を、俺は後悔していない。
 あの時点での判断として、あれは妥当だった。

 だがもう、この世界に魔王はいない。
 この世界の一番の危機は乗り切ったと言っていい。
 魔王が倒れた今、俺が、プレイヤーが解決しなくちゃいけないような、放置したらまずい事件なんてたったの一、二、三、四……ま、まあ、数えるほどしかない。
 だったら……。

「いや、歓迎、するよ。イーナが嫌じゃないんだったら、あの屋敷に住んでくれて構わない」
「ほ、ほんと、ですか?」
「もちろん、イーナの実力を見て、危ない所に行く時には留守番してもらうって条件つきだけどね」
「は、はいっ! ありがとうございます!!」

 あんまりイーナが大げさに喜ぶものだから、こっちの調子も狂う。
 つい言わなくてもいいことを言ってしまった。

「い、いや、いくら何でも、結婚までした相手を放りだしたりしないって……」

 口に出してから、しまったと思った。
 明日の夜に説明するまでこの話題は出さないと決めたばかりなのに、早速自分で破ってしまった。

 まだ、どうしてイーナに結婚を申し込んだのか、はっきりと説明もしていないのに。
 自分の迂闊さに舌打ちしたくなった。

「あ、ぅ……」

 恥ずかしかったのか、イーナは顔を真っ赤にして、黙り込んでしまった。
 せっかく順調に話が進んでいたのに、失敗した。

 なぜ見えている地雷をわざわざ掘り起こしてしまったのか。
 俺が一人で煩悶していると、やがて、蚊の鳴くような声でイーナが言った。

「な、なら、ソーマさんの家に、お世話になっても、いいですか?」
「あ、ああ。任せてくれ!」

 俺は色々なものを振り切るように、わざと大きな声で請け負う。
 すると、イーナの真っ赤な顔にパッと明るい色が差した。

 どうせ屋敷の部屋は余っているのだ。
 その程度のことでこんなに喜ぶなんて、イーナはやっぱりいい子だなと俺はうなずいて……。


「じゃ、じゃあ……ふ、ふつつかものですが、末永く、よろしくお願いします!!」


 ……あれ?

 続いた言葉に、俺の動きが止まった。
 単に下宿の約束をしただけのはずなのに、何だか違う契約を交わしてしまったような……。

「わたし、ソーマさんと一緒に暮らせるなんて夢みたいです!
 あ、そうだ! ソーマさんに渡したい物が……」

 この話をこれ以上続けるのはよくない。
 本能的にそう感じた俺は、ごまかすように動き出す。

「よ、よーし! それじゃ、このまま一気に家まで行くか」
「え、ええっ!? や、やっぱりこのまま行くんですか?!」

 同時に今までの微妙な雰囲気は霧散して、イーナが怯えた声を出した。
 我ながら卑怯だなと思いながらも、俺はそれに乗っかった。

「無理だって。俺の顔、完全に覚えられてるから、降りたらまた囲まれるよ」
「そ、それは、でも、魔法やアイテムで変装するとか……」
「あー。そういうアイテムもない訳じゃないけどなぁ。
 でもアレはさわった相手にしか変装出来ないし……」

 このゲームには、『変身メガネ』というアイテムがあり、使うとその時触れていた相手に変身出来るという効果を持っていた。
 アイテム屋に在庫があったので、アイテム屋を店買いした時の物が鞄の中に入っているだろう。

 ただ、あれもどちらかと言えば欠陥品だ。
 見た目が変わるだけで体格は変わらないので体型の違う人間に変身するとおかしなことになるし、少なくともゲーム中では変身メガネを使ってもイベントに大した変化はなかった。
 ぶっちゃけ変身メガネに対応したイベントやAIがなかったので、みんな変身前と同じ反応しか返してくれなかったのだ。

 NPCが普通の人間になった以上、効果がないとは言い切れないが、失敗して囲まれたら洒落にならない。
 第一、今怪しまれずに変身させてもらえそうなのは隣のイーナくらい。
 流石に同じ人が並んで歩いていたらおかしいし、魔法でとはいえ女装するのは精神衛生上よろしくない。

「うん、やっぱり無理だな。という訳で、さっさと行こうか」
「え、ええと、だったら、だったら……や、屋根!
 こんなに乱暴に移動してたら、屋根壊れちゃいますよ!
 だからもっと……」

 往生際悪く抵抗するイーナを背負い直し、屋根の端に向かって軽く助走をつけて、

「残念だったな。王都の屋根は大抵魔法金属製だから、踏んだくらいじゃ壊れないんだよ!」
「うわぁぁああん!! 都会のバカーーー!!!」

 俺たちは王都の空を駆けたのだった。



「い、いてて……」

 俺は頬を押さえながら、屋敷の庭に降り立った。

「だ、大丈夫ですか? す、すみません、わたしが暴れたから……」

 俺の背中から降りたイーナがすぐに前に回り込んで、泣きそうな顔をする。

「いや、俺もちょっと調子に乗ってたし、これは事故だよ」

 イーナが途中で慣れたように思ったのは、どうやら錯覚だったらしい。
 俺が移動を再開するとイーナはまた泣き叫び、俺が照れ隠しも兼ねてちょっと乱暴に縮地で屋根を渡った時、とうとう臨界を突破したイーナが暴れ出した。
 そのせいでスキルが中断され、俺たちは屋根から落下した。

 幸い俺が下になって落ちたからイーナに怪我はなかったのだが、途中でどこか引っかけたのか、俺は頬に小さい怪我を負ってしまった。
 レベルも200に近いのにこんなことで、とは思うが、落下ダメージに防御力は関係しない。
 たぶん、その辺りが影響したのだろう。

「……本当に、ごめんなさい」

 イーナが再度深く頭を下げる。

「あー。だから、大丈夫だって。
 こんなの、ポーション使えば一発だし」

 そう言って、鞄から回復薬を出そうとする俺を、

「待って、ください」

 なぜかイーナが止めた。

「イー、ナ?」

 その目を見て、驚く。
 イーナが今まで見たことがないほどに、強い覚悟を秘めた瞳で俺を見ていたのだ。

「……ソーマ、さん。ソーマさんは、わたしがこの世界の常識を覆すような、どう考えても荒唐無稽としか思えないことを言っても、わたしを信じて、くれますか?」

 イーナの告げた言葉に、俺はしばらく何も言えなかった。
 だが、答えは決まっている。

「当然……だろ」

 俺は深く、一度だけうなずいた。
 悲壮な決意で泣きそうにも見えたイーナの強張りが、少しだけ緩む。

「ソーマさんと別れてから、わたしは、ティエルさんという人とコンビを組んで色々なダンジョンやフィールドを探索してきました。
 それが順調に行ったのは、わたしのレベルの高さと、ソーマさんが渡してくれたあの松明のおかげです。
 だけど、それだけじゃないんです」

 その言葉に、俺は唾を飲んだ。
 一体イーナは、何を言おうとしているのか。

「わたしとティエルさんは、公開すれば、この世界の冒険者たちの、いえ、もしかすると世界を変えるほどの秘密。
 そんなものを、見つけてしまったんです」

 この世界は、ゲームと現実が混ざった不安定な世界だ。
 ゲーム開始時、俺がこの世界に飛ばされてきた直後は、ゲームとのズレは最小限に抑えられていた。
 だが、ゲームとの差異が、現実との違和が、そのズレを次第に大きくしていく。
 それがどんな不可思議な結果を生み出したとしても、俺は驚かない。

「だけど、いいのか? 俺にそんな大事なこと……」

 俺が尋ねると、イーナはゆっくりと、大きく首を振った。

「ソーマさんだから、話したいんです。
 これに気付けたのも、やっぱりソーマさんのおかげですから。
 ティエルさんとも相談して、この秘密をどうするかはソーマさんに決めてもらおうって、そう結論を出したんです」

 言いながら、イーナは鞄からそれ(・・)を取り出した。
 イーナの愛用の武器、脇差。
 そして取り出した脇差を、俺に向かって構える。

「武器というのは何かを傷付けるための物で、スキルは相手を傷付ける技術。
 それがこの世界の常識です。でも、そこに例外があったとしたら…?」
「ま、さか……」

 その可能性に思い至った俺は思わず言葉を漏らすが、イーナは止まらなかった。
 脇差を振りかぶり、


「――信じて、ください」


 それを、一気に振り抜いた。

「あ、ああ…!!」

 脇差から伸びた赤い斬撃が俺を襲う。
 だが、それは俺を傷付けない。
 むしろ、それが通り抜けた瞬間、俺の頬の痛みが霧散していて……。

「当たったのに、痛くないですよね。
 これは、このスキルは、数ある武器スキルの中でおそらく唯一、当てた者の体力を回復させるんです」
「え、いや、その……」

 どう答えていいかためらう俺に、イーナは必死に食い下がる。

「分かっています。こんな話を聞いても、すぐには信じられないって。
 でも、でも、わたしは嘘を言ってるワケじゃないんです!!
 わたしは……」

 今にも泣きそうな目をして問いかけるイーナに、俺はこう返すしかなかった。


「あの、ごめん。……それ、知ってた」
「へっ?」


 『活人剣アサシンレイジ』。
 それは、『猫耳猫』プレイヤーが誰もが知る、ごくごく初歩のバグ技の一つである。
+注意+
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