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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百二十八章 その名を呼んで

「――もしかして魔王さん、さっき溺れて死んじゃったんじゃないかな?」

 あまりに突拍子もない真希の言葉に、束の間息が止まった。
 一瞬脳裏に『ポセイダルの悲劇』という文字列が浮かび、だがすぐに俺は首を横に振った。
 いや、いくら何でも魔王がそんなギャグ漫画みたいな死に方をするはずがない。

「まさか、流石にそんなことはないって。
 第一、もし魔王が死んじゃったなら今頃呪いだって解けて……」

 そう、俺が言いかけた時だった。
 突然耳の奥に直接響くように、聞き慣れた声が飛び込んでくる。

『最後にソーマさんと結婚できて、わたし――って、ど、どこですかここ!!』
「え?! イーナ!?」

 猫耳屋敷で固まっていたはずのイーナの声に、俺は思わず叫んでいた。
 そんな俺に、イーナは切羽詰まった声で話し出して、

『そ、ソーマさんですか!? へ、変なんです!!
 わたし、さっきまで木の上にいたはずなのに、いきなりお屋敷みたいな部屋にいて……。
 それにこの、ジリリリリって音……ひゃっ!
 壁! 壁に赤い手形が! どんどん、どんどん近付いて……。
 きゃ、きゃああああ!! 箱の中から女の人が!!
 あ、ああぁ……。今度は外から、外からたくさんの、に、人形が!!
 な、何ですか!? 何なんですか、これ!!
 たす、助けて! 助けてください、ソーマさ――』

 そこで、イーナからの通信は途絶えた。

(……しまった。屋敷の奴らにイーナをおどかさないように注意しとくの忘れてた)

 どっと冷や汗が噴き出す。
 今頃恐怖体験をしているイーナのこともそうだが、何より俺に向けられる仲間たちの視線が痛い。

「え、えっと……」

 通信リングの声はほかの人には届かない。
 イーナの声を聞いたのは俺だけのはずだが、途中で俺がイーナの名前を呼んだせいで、通信の相手が彼女だというのはもう仲間にはばれてしまっただろう。

 全員が、説明を求めるように俺を見てくる。
 その圧力に耐え切れず、俺は仕方なく拳を突き上げて、言った。


「……よし、作戦成功だ!!」


 火山に、冷たい視線のブリザードが吹き荒れた。




 ――『ポセイダルの悲劇』。

 後になってそんな風に呼ばれることになった、事件とも言えない事件がかつて『猫耳猫』にはあった。
 舞台は俺たちが水龍の指輪を取りに訪れた海底都市。
 この海底都市について、「宝物庫を守るボスモンスターがいる」という情報が確かにあったのに、プレイヤーが実際に訪れてみると宝物庫の前は無人だったという報告が、『猫耳猫』関連のネット掲示板に何件も寄せられた。
 それどころか、このボスについて情報を募ったところ、その時点で海底都市のボスに出会ったというプレイヤーは一人もいなかったのだ。

 ……明らかなバグ。
 だがそれだけなら、ボスモンスターを設定し忘れた、あるいは海底都市に関する情報を間違って載せただけ、とも考えられる。
 ただ、これが大きく話題になったのは、その宝物庫の前、ちょうどボス戦が行えそうな大きな広間には、初回に限り必ずマジックシードが落ちていることが原因だった。

 一度しか出てこないユニークボスは、そのボスの種類に応じ、必ずパワー・マジック・ディフェンス・マインドシードのどれかを落とす。
 逆に言えば、これらのシード系アイテムがそれ以外の方法で手に入ることは滅多にない。
 このことから、『猫耳猫』プレイヤーたちは海底都市にはボスモンスターがいるが、何らかの原因でプレイヤーが辿り着く前に死んでしまっている、と推論を立てた。

 もちろん無駄に探究心旺盛な『猫耳猫』プレイヤーたちのことだ。
 彼らは当然のようにこの謎に興味を示し、その理由を解明せんと動き出した。
 ただ、どんなに早く海底都市を見つけ、どんなに早く宝物庫に向かっても、そこでボスモンスターに遭遇することは出来なかった。
 確認出来ない以上、噂は噂でしかない。
 海底都市のボスモンスターの話は時と共に風化していったのだが、その後、新しいパッチが当てられたことによって真実は明らかになった。

 ver1.03のパッチを当てて以降、海底都市にポセイダルというボスモンスターが出現するようになり、そのボスがマジックシードを落とすことが判明したのだ。
 ある意味では『猫耳猫』スタッフより粘着質でしつこい『猫耳猫』プレイヤーたちはその原因の特定に動き、そしてパッチにあった更新情報からその一文を見つけた。


・一部のボスに水棲属性が正しく適用されていなかった不具合を修正


 水棲属性とはつまり水中適性のことで、正しく適用されていなかったとか言っているが、要は「ボスに水中適性をつけるの忘れてた」という告白だと『猫耳猫』プレイヤーは判断した。

 水中適性がないキャラクターやモンスターは水中で速度が低下し、一定時間ごとに最大HPに比例した割合ダメージを受ける。
 この「最大HPに比例した割合ダメージ」というのがミソで、このペナルティの前には最大HPが多かろうが少なかろうが関係ない。
 膨大なHPを誇るはずのボスモンスター、ポセイダルも、水棲属性の設定忘れのためにこの継続ダメージで死んでしまっていたらしいということが判明したのだ。

 そして、これが俺の違和感の原因。
 俺が作戦を立てる上で見逃してしまった要素であり、今回の魔王の死因でもある。


 魔王は完全耐性を持っているから、水に沈めてもダメージを受けるはずがない、と考えていたが、それは早合点だった。
 よく誤解されるのだが、水棲属性という奴は各種の属性耐性、状態異常耐性とは全く別の物だ。
 実際、水棲属性がなくて死んでしまったポセイダルは、水属性に対する耐性は完全だった。
 俺もなんとなく、「完全耐性って言うくらいだから水棲属性くらい持ってるだろ」と思って思考停止してしまっていたが、全くそんなことはなかったようだ。

 そもそも「魔王城を水に沈める」という戦法自体がこの世界が現実になったから出来たことで、当然ながらゲームの中では魔王が水の中に沈んでしまう事態などありえない。
 普通に考えて、水中に行くはずもないモンスターに水中での適性をつけるというのもおかしな話だ。
 これをバグと言って責めるのは、流石に酷というものだろう。


 と、ここまで理屈をつけても魔王が溺死なんてやっぱり信じがたいのだが、残念ながらそう考えるとさっき起こった様々な異変に説明がつけられてしまう。
 まず、俺が魔王城に乗り込もうとした時に感じた悪寒。
 あれは、魔王のHPが一割を切ったことによって発動した、魔王の『本気モード』のせいだったのではないかと想像出来る。

 流石にあの大きな火山に水を溜めるには、随分な時間がかかった。
 魔王城が完全に沈み込む前から魔王の間には水が入り込んでいたはずで、おそらく魔王城が沈んだ時点で、魔王のHPはかなり減っていたのだろう。
 そして、魔王はHPが一割以下になると『本気モード』になって攻撃パターンが変わる。
 ゲームでもその瞬間には強烈な嫌な予感を覚えたものだが、あれは俺の勘が何かを察知したとかではなく、ゲームシステム側によるイベント演出だったのだろう。

 あの不吉な予感が魔王が『本気モード』になった証だとすると、その時点で既に魔王は虫の息。
 いくら攻撃力や防御力が上がろうが水による割合ダメージには全く関係ないので、そのすぐ後に魔王は死んでしまったのだと想像出来る。
 そうすると、悪寒からほんの少し時間を置いて光の柱が立ち上った理由も分かる。

 ゲームで魔王が死んだ時、死亡エフェクトとして強烈な光を発していた。
 その時はあまりに近距離だったため、まぶしすぎて直視出来なかったが、たぶんあれが、俺たちが今日目撃した光の柱だ。
 通常、魔王を倒した時は魔王城の中にいるから見えないが、魔王の死亡エフェクトの光は魔王城を突き抜けて天に昇り、魔王の力の象徴である雲を消し去ってしまう、という演出がされていたのだろう。
 ……見えないところにまでこだわっていると言えば聞こえはいいが、そういう無駄なところに凝る暇があったらバグを一個でもなくしてくれればいいのに、とも思う。
 まあその辺りが『猫耳猫』クオリティなんて言われる所以なのだろう。


 結局スタッフロールは流れなかったし、倒し方が倒し方だけになんとなく腑に落ちない部分もあるが、なんにせよ俺たちの活躍で魔王を倒したことには間違いがない。
 魔王や魔王城のアイテムの回収などやらなくてはいけないことはあったが、それは次の機会に回すことにして、俺たちは街に帰ることにした。
 転移石を持ったミツキが王への報告のために一足先にもどり、俺は残りのメンバーと一緒にのんびりと来た道をもどっていく。

 帰り道を辿る途中、何だか妙な感慨が込み上げてきて、

「終わってみると、何だかあっという間だったなぁ……」

 誰に言うともなく、そうつぶやく。

「そうだね。魔王さんを倒すぞーって言って屋敷を出たのが、まるで昨日のことのように思えるよー」

 しみじみと真希が答えると、

「……僕はツッコまないからな」

 なぜか疲れた様子のサザーンがそう言って顔を背け、

「…あ、えだげ」

 リンゴがくまの背中を見ながら全く関係ないことを言って、くまがあわててバタバタと逃げ出した。

 さっきまで魔王と命懸けの戦いをすると息巻いていたとは思えない、いつも通りの俺たちのゆるいやり取り。
 こんな風に過ごしていられることを、心の底から嬉しく思う。

(でも……)

 もう少しだけ、欲を言うならば。
 ここにミツキと、それからもう一人――

「…ソーマ」

 物思いにふけりそうになった俺を、リンゴがそっと呼び起こした。
 顔を上げると、もう視界の奥に王都の北門が見えている。

 ……いや、それだけじゃない。
 その大きな門の前に二つ(・・)、人影がある。

 一人は、俺のよく知っている、猫耳の少女。
 そしてもう一人は……。

「……イーナ」

 ずっと、再会を待ち望んでいた相手がそこに立っていた。

 しかし、それを見た途端、唐突に俺の足は止まってしまう。
 一番会いたかったはずの相手なのに、感情があふれ出しそうになって、どうすればいいか分からない。

 だが、そんな俺の背中を押す者がいた。

「…いって、あげて」

 リンゴの小さな手が、俺の背中を一生懸命に押していた。
 振り向いても、うつむいたリンゴの表情は見えない。

「…はやく」

 それでもその言葉に急かされるように、俺はふたたび足を踏み出す。
 同時に視界の奥で、小柄な少女が猫耳の少女に背中を押され、おずおずとこちらに向かって歩き出すのが見えた。

 だんだんと、イーナの姿が、その顔が、はっきりと見えてくる。
 少しずつ、もどかしいくらいに少しずつ、二人の距離が縮まっていく。
 その瞬間が待ちきれなくて、歩いていたはずの足はいつの間にか早足に、そしてすぐに駆け足へと変わっていた。

「ソーマさん!」

 飛び込んでくるイーナの身体を受け止める。
 胸の中で泣きじゃくるイーナを強く抱きしめて、俺はずっと言いたかった言葉を口にした。


「――おかえり、イーナ」








 こうして、俺と魔王の物語は幕を閉じた。
 ただ一応、この話には少しだけ後日談がある。

 ――魔王、溺死!!

 この古今類を見ない衝撃的なニュースは、一晩にして街を、いや、世界を駆け抜けた。
 次の日、王様に呼び出された俺たちを出迎えたのは、王都中の人々の割れんばかりの拍手と歓声、そしてひきつった半笑いだった。

 魔王を討った救世主である俺たちを人々は讃え、特にかつて魔物の襲撃から街を救い、王家から勲章を授与され、王女と懇意であることでも有名な俺は、今回見事な水計で魔王を討ったとして本当の英雄となった。
 そんな俺を、人々は深い感謝と畏敬を込めて、こう呼んだ。


 ――救国の英雄、『水没王子ソーマ』と。




第二部完!!

想定していたより綺麗に終わりすぎてびっくりしましたが、一応もう少し続ける予定でいます
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました
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