挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

125/239

第百二十一章 ソーマの流儀


 ――やるしか、ない。

 嗜虐的にも見える動作でこちらに歩み寄る巨人を見ながら、俺は心の中でそうひとりごちた。

 ブッチャーの攻撃を何度も受けたが、新しい防具と3倍になった能力のおかげで、何とか生き残っている。
 けれど、今現在、残りHPがどれだけあろうと、そんなのは関係ない。
 このままこいつを倒せなければ、俺は必ず殺される。
 それはもう、決定していることなのだ。


 『憤激の化身』を実戦で使う上での一番の障害は、やはりスキル使用の30秒後にある。
 加速と強化の30秒が終わると、その効果は瞬時に反転する。
 スキルで強化されていた全ての基礎能力値が、今度は一気に100分の1まで減らされるのだ。

 武器防具に影響はしないから攻撃力や防御力がそのまま100分の1になる訳ではないが、そんな物は慰めにもならない。
 HPと耐久が100分の1になれば敵の攻撃をまともに受けられるはずがないし、敏捷が100分の1になれば回避や逃亡さえも望めない。
 その30秒間をモンスターの前に晒すということは、すなわち死を意味すると考えていい。

(だからその前に、こいつを倒す)

 そのための突破口は、やはりスキルキャンセル。
 最低でも横薙ぎとステップの神速キャンセルだけでも出せれば、勝機はあるはずだ。


 ステップは最初の移動スキル、横薙ぎは基本スキルであり、どちらも初心者用と言ってもいいスキルと言える。
 ならそのキャンセルは簡単かと言うと、そうでもない。
 むしろ、この二つのキャンセルはどちらかと言うと難しい部類に入る。

 所詮『猫耳猫』なので絶対の基準にはならないが、キャンセル可能な時間の長さはスキル自体の長さに大体比例する。
 長く続くスキルは大抵キャンセル時間も相応に長く、すぐに終わるスキルはキャンセル時間も一瞬で終わる傾向にあるのだ。

 例えば、俺が知っている中で一番キャンセル受付時間が長いのが乱れ桜だ。
 20秒近いエフェクトの長さを誇る乱れ桜はキャンセル受付時間も長く、この技を習得出来るくらいのプレイヤーになると、乱れ桜のキャンセルはもはや失敗する方が難しいくらいだと言われている。
 一方、移動速度が速く発動時間も短い縮地は、キャンセルポイントが一つしかない上に、その時間が異様に短い。
 ジャンプ系くらいしかキャンセル可能なスキルがないことともあいまって、縮地が上級者用スキルと言われる所以となっている。

 ステップや横薙ぎはその中間、やや縮地よりといったところだが、それを連続で、しかもノーミスでやらなければならないとなると、その難易度は一気に上がる。

 もちろん難しいのは神速キャンセル移動だけじゃない。
 エアハンマーを挟んだ移動系スキルコンボ、朧十字に乱れ桜の発動後キャンセル。
 思えば、俺の得意技は全てスキルキャンセルを前提としていた。
 だが、今の俺にはそのどれもが不可能な技に思える。

(やれるのか、今の俺に)

 思わず、自問する。
 いや、と首を振った。

(やれるか、じゃない。やるんだ!)

 覚悟を決めて、ブッチャーを見据える。
 一瞬だけ、その影に魔王の姿が見えた気がした。

(絶対に、倒す!)

 自分にそう喝を入れると、じりじりと距離を測るように間を詰めてくる巨体に、意識を集中する。


 今までと同じ感覚でスキルを使おうとするからいけないんだ。
 いっそ、普通の3倍タイミングがシビアな新しいスキルを見つけたと思えばいい。
 いや、既存のスキルの3倍の速さで全てが回ってくると分かっているのだから、それよりは条件が有利だ。
 そんな風に自分に言い聞かせる。

 頭の中で、いつもの3倍の速度で進む自分の姿を思い描く。
 そしてそのスキルの切れ目、そこで発動する次のスキルも克明に頭の中に描き出す。
 脳内で似たタイミングのスキルを検索して、そのタイミングを想像する。

 意識が、研ぎ澄まされる。
 全ての雑音が俺の中からなくなって、視界から目標以外の物の姿が消え失せる。
 一瞬が数倍にも希釈され、こちらに向かって腕を振り上げるブッチャーの動きが、まるでスローモーションのように見える。

(やれる!)

 何の根拠もない、ただし力強い確信に衝き動かされ、俺は、


「――ソーマ、ダメ!!」


 俺は突然聞こえた声に集中を乱され、その瞬間を逃した。
 時間が自らの在り方を取りもどす。
 長大な肉切り包丁を構えた巨人の腕が、振り下ろされようとする。

(しまった!)

 しかしその瞬間、収斂した意識の外から飛び込んだ銀色の光によって、それは阻まれた。
 飛び込んだ銀色の何かがブッチャーの腕に当たり、その動きが一瞬だけ止まる。

(あれは脇差?! 『金剛徹し』か!?)

 瞬間的にそう思ったものの、それにしては速度が遅かったし、威力もないようだった。
 実際、脇差がブッチャーの動きを止めたのは本当に少しの間だけ。
 その刃はあっさりとブッチャーの肉の鎧に跳ね返された。

(スキルでも何でもない、ただの投擲? でも、どうして…?)

 あわててその場から飛びのきながら、俺は脇差を投げた人間の姿を探す。
 俺の視界に、腕を大きく振り切ったリンゴの姿が飛び込んできた。

 ただ、その距離はまだ遠い。
 雷撃はその性質上、遠距離からの精密な攻撃には向かない。
 『金剛徹し』のスキルを使わなかった理由はよく分からないが、俺のピンチを見かねたリンゴが、あそこから脇差を投げて助力をしてくれたのだと気付く。

「ソーマ!!」

 唯一の武器である脇差を投げてしまったにもかかわらず、リンゴは俺の許に駆けつけようとしてくれていた。
 投擲の直後でバランスを崩しながらも、必死で俺の方に駆けてこようして、

「あ……」

 コケた。
 それも、頭から。

「……ぷっ!」

 そのコミカルな光景に、俺はこんな時なのに思わず吹き出してしまった。
 俺のために必死にやってくれた結果なので、笑ってはいけないと分かっている。
 それでもそれを見て何だか、力が抜けた。
 そして、


(――全く、何をやってんだか)


 そんな風に、自分・・につぶやいた。

 ストン、とまるで憑き物が落ちたような、まるで悪い夢から覚めたような心地。
 余計な力が抜けると、自分のやっていることの馬鹿らしさがやっと分かってきた。

(焦りすぎてたのか、俺)

 おたけびと共に俺に振り下ろされる肉切り包丁を横に跳んで避けながら、そんなことを思う。

 冷静になれば、いや、あえて目をつぶろうとしなければ、この戦いが馬鹿げた物だってことはすぐに分かる。
 確かに、魔王討伐のタイムリミットまで、あと9日しかない。
 しかし、あと9日はあるのだ。

 『憤激の化身』を使って3倍の速度を試すにせよ、ブッチャーを倒して自己強化を図るにせよ、俺が一人でこんな無謀な条件で戦う意味なんてない。
 ミツキや真希を連れてくるだけでブッチャーに苦戦をすることもなかっただろうし、せめて半径3メートルだとか属性攻撃禁止だとかいう条件をつけなければ、こんな風に手間取ることもなかったかもしれない。

(本当に、何をやってるんだか)

 この不合理な行動に、自分で理屈をつけるなら、たぶんこうだ。

 ――きっと俺は、無意識の内に危険を求めていた。

 早く魔王を倒さなくてはいけないという焦り、イーナをあんな状況に追い込んでしまったという負い目、たくさんの人々に呪いがかけられる原因を作っていながら、誰にも責められずに日々を過ごしている罪悪感が、自分を追い込む方向に向かってしまった。
 魔王対策なんて名目をつけて、無意味な窮地を演出してしまうくらいに。

「……はぁ」

 轟音を上げて振り回される肉切り包丁を屈んでやりすごし、俺は自分にため息をついた。
 ミツキやリンゴが俺を一人で行かせようとしなかったのも無理もない。
 こうまで自分が頭に血を昇らせていたとは、考えもしていなかった。

 そもそも、ピンチの中で新しい力に目覚めるとか、そんなのはどう考えても俺の戦い方じゃない。
 そういうのは、マンガやテレビのヒーローにでも任せておけばいいのだ。
 俺の戦い方というのは、もっと……。

「おっと」

 無粋にも考えごとの途中にブッチャーが繰り出してきたキックを避けて、俺はもう一度その白い巨人を見つめる。
 まあなんというか、当然だが魔王には見えない。
 ちょっとデカくてキモいだけの、普通のモンスターだ。

「さって、と」

 頭は冷えた。
 なら、やることは一つだろう。

「時間もなさそうだし、さくっと倒しちゃうか」

 そうつぶやくと、俺はまず後ろに跳んだ。
 3メートルがどうとか、そんなことはもう気にしない。
 それは最終目標であって、今無理に達成する必要があることじゃない。

 空中で鞄に左手を突っ込む。
 何でもいいから武器をと最初に見つけた物を引っ張り出すと、ヒートナイフだった。

「運がないな」

 想定していた中で一番弱い武器だ。
 でも、問題はない。
 俺は着地と同時に呪文詠唱を始める。

 3倍の速度ですぐに詠唱を完了、ヒートナイフを構えた左手を掲げた。
 そして、

「カタパルトウィンド!」

 大声で魔法を解き放つ。

 これは、ちょっとした変り種の魔法。
 風属性の付与系魔法で、手を突き出しながらこの魔法を使うと、武器が風属性と投擲属性を持って飛んでいく。

 それはもちろん今回も例外ではなく、魔法の発動と共に、左手に持ったヒートナイフが一直線に飛び出していく。
 迫りくるブッチャー……のはるか頭上、何もない空に向かって。

(よし!)

 だが、俺はそれを見届けると、素早くブッチャーの懐に入り込む。
 スキルを使っていないただの3倍移動なら、ブッチャーもかろうじて対応してくる。
 怒りのうめきと共に、ブッチャーは何も持っていない左腕で俺を押し潰そうとしてきた。

「ご苦労さん!」

 だが、俺はその腕をかいくぐりながら、近付いた腕に不知火を振るう。
 相手の勢いも利用した斬撃は、キングブッチャーの腕をこそぐように進み、いともたやすくその腕を切り裂いた(・・・・・)

(ま、物理耐性がなきゃ、こんなもんだよな)

 それを醒めた目で確認しながら、3倍の速度を最大限に活かし、ブッチャーの巨体を次々に斬りつけていく。
 パワーアップをかけた時以上の切れ味でブッチャーを切り刻むその攻撃に、白い巨人は対応出来ない。


 なぜ急に俺の攻撃が効き始めたのか。
 このカラクリは単純だ。

 さっき使った『カタパルトウィンド』という魔法。
 これは、『手に持った武器に風属性と投擲属性を持たせて射出する』という単純な魔法……と解説されている。
 だが、実際の仕様としては『突き出した手に握られていた武器を射出し、その動きが止まるまでの間に発生した武器攻撃に風属性と投擲属性を持たせる』という処理がされている。
 要は両手に別々の武器を持っていた場合、撃ち出されていない方の武器で攻撃しても、なぜかそこに風属性と投擲属性が加えられてしまうのである。

 この魔法は普通に使っただけでは敵に当たってすぐに効果が終了してしまうが、今回は何もない空に武器を射出した上に、カタパルトウィンドの射程距離はカスタムで増やしてある。
 これで十数秒は持続するはずだ。

 『魔法剣カタパルトウィンド』と呼ばれるこのバグ技は、どちらかと言うと地味であまり便利な物でもないが、この状況においては切り札になりえる。
 ダメージが最前とは段違いなせいだろう。
 斬撃の後に連続して発生する『怯み』によって、俺はブッチャーを完全に封殺していた。

 この調子ならこれだけで押し切れるかとも期待したが、

(ま、そんなにうまくは行かないか)

 突然、ブッチャーが攻撃を無視して姿勢を変える。

 この格好には覚えがある。
 突進の予備動作。
 この状態のブッチャーはスーパーアーマー状態でよろめきも怯みもせず、しばらくすると突進攻撃が来る。

 突進を避けることはたやすい。
 しかし、突進中のブッチャーを倒すのは少し面倒だ。
 もしかすると、その間にカタパルトウインドか『憤激の化身』の時間制限が来る可能性もある。
 それは、まずい。

 だから、

「硬直中の敵は、いい足場、ってね!!」

 俺は突進の予備動作で固まっているブッチャーの身体に足をかけ、その巨体をよじ登る。
 通常時であれば相手が動くかよろめくかするだろうが、スーパーアーマー状態で動かない今のブッチャー相手なら問題ない。

 俺はあっという間にブッチャーの肩まで到達すると、

「パワーアップ!」

 呪文を詠唱しながらブッチャーの身体を蹴って空に跳び上がる。
 今の俺に、コンボの時間を計算して発動予約をするなんて器用な真似は出来ない。
 だが、コンボではなく、単発。
 たったの一撃分の予測なら、3倍の速度に慣れていない俺にだって可能だ。

 空に躍り上った俺は、パワーアップの発動に合わせるように、腕を引いて、


「――横薙ぎ!!」


 キングブッチャーの弱点、その醜い顔目がけ、気合一閃。
 満身創痍の肉の巨人に、引導を渡す。


「グ、ギャァアアアア!!」


 技後硬直によって俺の身体は制御を失い、重力に引かれて地面に落ちる。
 その途中、ブッチャーの断末魔が耳に入ると同時に、その身体が光の粒子となって消えていくのが見えた。

 遠回りに遠回りを重ねた戦いを終え、しかし俺の胸に去来したのは、制限時間内に敵を倒せた安堵でも、今回の軽挙への反省でもなく、


(この後、リンゴにすっげぇ怒られそうだなぁ……)


 なんていう、嬉しい不安だった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ