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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百十六章 狂乱の魔術師

 俺の耳に届いた『あの音』とはもちろん、


 ――ボーン、ボーン……。


 水中ダンジョンには不釣り合いな、古時計の鐘の音だ。

「これ、どこから…?」

 音源の見えない時計の音に、復活したミツキが耳を揺らす。
 俺はそんなミツキに何かを言おうとして、だがその前に視界が暗転した。

 感じるのは、世界から弾き出されるような、俺がいなくなってしまうような感覚。
 そして……。



「な、なんだよ、これは!」

 サザーンの動揺した声に目を開けると、目の前に見えたのは時計ばかりの空間だった。
 不自然に白だけで構成された広めの部屋の中に、大小様々な時計が数十、あるいは数百ほど宙に浮かんでいる。
 それだけで、ここが尋常な空間ではないと知れた。

「す、水中都市は!? どうしてこんな、時計ばっかりの部屋に……」

 そんな、パニックを起こしかけるサザーンに応えるかのように、


『――汝らの魂は、夢幻を巡る時の円環に囚われた』


 どこからともなく『声』が聞こえた。

「だ、誰だ貴様はっ!」

 さらに恐慌したサザーンが叫ぶが、『声』の主に動揺はない。

 それはそうだ。
 その『声』はこの世界を支配する存在。
 サザーンの叫びくらいで、揺れるはずがない。

『我はこの世界の主。時を司り、しかしさかしまの時を生きる者』
「さかしまの、時…?」

 サザーンが呆然とつぶやいて、思い出したように俺を見る。
 仮面越しのその視線は、すがるような光を宿していた。

 俺は面倒になりそうな予感を覚えながらも、一歩前に進み出て、


『冒険者よ、我を探せ!!
 汝らがこの時の円環より逃れる術は、それ以外……』
「ま、とにかく帰るか」


 とりあえず目の前にある古時計を不知火で斬りつけて、『声』を黙らせた。
 斜めにずれて、上下真っ二つに分かれる時計。

「なっ、あ、ちょっ……! え、えぇえええええ!!」

 そして、サザーンの狼狽し切った声と、

『見事、なり。冒険者、よ……』

 あの『声』の最期の言葉を聞きながら、俺の視界はふたたび暗転する。
 もうおなじみになりつつある、本日三度目の感覚を伴って、

「あー。ようやく帰って来れた……」

 次の瞬間にはもう、俺たちは懐かしの猫耳屋敷の居間に立っていたのだった。



 周りを見ると、ちゃんと出発時と同じメンバーがそろっている。
 なぜかサザーンが口を半開きにしたまま固まっているが、サザーンのことだから大丈夫だろう。

 仲間の無事を確かめてからあらためて後ろを振り返ると、そこには俺が水中都市に出発する直前に鞄から出したイベントアイテム『呪いの古時計』が真っ二つになって地面に転がっていた。
 文字盤を見ると、時刻は二時二分を示して止まっている。

(思ったよりもずいぶん苦戦したけど、結果だけ見れば一応は予定通りか)

 しかし、これから十日以内に魔王を倒そうと思ったら、明日からはさらにハードな日々を過ごさなければならないだろう。
 そのためにも、

「じゃあ、今晩はこれで解散にしようか。
 みんな今日はお疲れ様。
 明日に備えてゆっくりと休んでくれ」

 しっかりと身体と心を休めることも重要だ。
 俺もこれから何をすればいいか一人でじっくり考えたいし、今日の活動はこれで終わりにすることにした。
 だがそうなると、少し問題になるのが宿泊の場所だ。

「えっと、真希は城にもどるとして、サザーンはどうする?
 部屋はたくさんあまってるし、ここに泊まってくれてもいいが……」

 そう思い、俺が気を遣ってサザーンに問いかけた時だった。


「――ちょ、ちょっと待ったぁ!!」


 サザーンが、いきなり部屋中に響くような大きな声を出した。
 それでも興奮が収まらないのか、激しい身振りで俺に向かって矢継ぎ早に言葉を浴びせかけてくる。

「き、貴様は、あれだけの異常事態に遭遇しておいて、何を全部終わったみたいな顔で平然と寝る場所の相談なんて始めてるんだ!
 それよりも前に、僕に説明をしろ、説明を!!
 まず、さっきのあの時計のたくさんある部屋は何なんだ?!
 どうしてあの時計を斬ったらここにもどって来れた!?」
「え? あ、そうか、謎解きの説明がまだだったな」

 サザーンも知識の探求を第一義とする魔術師の端くれ。
 どうやらそういうのは気になる性質らしい。

「俺が斬ったのは鐘の音を聞いた人間を悪夢の世界に誘い込む『呪いの古時計』で、あいつの言ってた『我を探せ』ってのはよくある時計の正解当てクイズだよ。
 もっと詳しく言うと、あいつの言葉にあった『時を司る』ってのは時計ってことで、『さかしまの時を生きる』ってのは時計の針が逆に動いてるってこと。
 中でも仕掛け時計の隠し扉で見つけられるメモ、『悪魔は同じ歩幅でしか歩かない』ってのが最大のヒントになってて、つまり次の部屋に行く度に毎回同じだけ時間がもどってる時計が正解ってことになる。
 ただ、あの部屋のどの時計を見ても、実は時計の針の進み方は不規則。
 でもその中で唯一、俺が斬った『常に12時を指している時計』だけが規則的に時間が巻きもどされてる可能性がある。
 だってほら、毎回十二時間ずつ巻きもどってたら、針は全く動いてないように見えるだろ?」
「なるほど、だからあれが正解……って、違う!
 僕はそういう謎解きが聞きたいんじゃない!!」

 俺が丁寧に解説してやったのに、いきなり頭を抱えて叫び出すサザーン。
 ゲーム時代から思っていたが、やっぱりかなり情緒不安定な奴だ。

「たぶんお前、疲れてるんだよ。
 一晩ぐっすり寝ればきっと元気になるから、いいから今日はゆっくり休んで……」

 そう言って手を伸ばしたのだが、すげなく振り払われた。

「つっ、疲れてるのは貴様のせいだ!
 ……ああ、もういい!
 さっきの時計の部屋の話はもういいから、水中都市の話を聞かせろ!」
「え……と、水中都市?」

 俺が首をかしげると、さらにヒートアップして俺に詰め寄って来た。

「そうだ、水中都市はどうするんだよ!
 僕らはまだポセイダルって奴も倒してないし、宝物庫にも行ってない!
 このまま諦めてしまっていいのか?!」

 その勢いに、俺はようやくサザーンの意図が分かった気がした。

「あー、もしかしてお前、水中都市に行きたいのか?
 あのな、途中で終わりにしちゃって物足りないのは分かるけど、今は魔王を倒すための大事な時期なんだよ。
 特に用事もないダンジョンにもう一回潜るのはやめておこうぜ?」

 出来るだけ紳士的な態度で諭したのに、サザーンは逆に衝撃を受けたみたいな反応を返してくる。

「な、え、えぇ……!?
 何で僕がワガママ言ったみたいになってるんだ!?
 ち、違うだろ、色々おかしいだろ?!」
「いや、そんなことを言われても……」

 おかしいのはお前だろ、としか言えない。

「い、移動中にお前が言ってただろ!
 ポセイダルってボスを倒した先の宝物庫には、『水龍の首飾り』って水中適性アイテムがあるって!!
 それを取りに行かなくていいのか?」

 確かに歩きながら、水中都市のクエストの進め方については説明はしたが……。

「いや、だから、宝物庫には行かないって言ったじゃないか。 
 水中適性がついてるって言っても『水龍の首飾り』ってユニークアイテムだから一人分にしかならないし、性能も今一つだし、取って来てもあんまり意味ないだろ?」
「い、意味ないって、じゃあ、水中適性アイテムは……」

 またおかしなことを言い出すサザーンにため息をついて、俺はサザーンの指を指し示した。

「何だ、気付いてなかったのか?
 水中適性アイテムならほら、もうとっくにお前の指にはまってるじゃないか」
「…………へ?」

 そう間の抜けた声を漏らしたサザーンの指では、水中都市限定装備である『水龍の指輪』がきらりと光っていた。



 ネタバラシをすると、まあ別に大した話じゃない。
 『水龍の指輪』はエリア限定装備として作られたアイテムだが、システム的に水中都市以外で使えない訳ではない。
 ただ、外壁から外に脱出する時に失われてしまうというだけだ。

 逆に言えば、正規の手段以外のやり方で水中都市の外に出られれば、当然指輪は残ったままになる。
 しかし、水中都市の中は転移・脱出系のアイテムや魔法は無効。
 いくら全てがザルな『猫耳猫』とは言っても、普通の手段では外に出ることは出来ない。

 ――そこで俺が使ったのが、バグと仕様の間くらいの裏技、『大きなのっぽの古時計テレポート』だった。


 俺が屋敷を手に入れた直後、数々のクエストをこなしていったのを覚えているだろうか。

 『ミハエルの青い鳥』、『ドキッ! 貴族だらけの連続殺人事件』、『錬金術師の悲願』、『時計屋敷の異変』、『迷子の道標』。

 俺はこれらのクエストのほとんどをクリアして終了させた。
 しかし、この中で一つだけ、トラブルは解決させたものの、まだクエストをクリアしたとは言えない物がある。

 『時計屋敷の異変』クエスト。
 これだけは元凶である『呪いの古時計』を回収しただけに留め、それ以上踏み込もうとはしなかった。
 それはこの『時計屋敷の異変』クエスト内の『呪いの古時計』イベントが、非常に便利な性質を持っていたからなのだ。


 『呪いの古時計』のイベントは、プレイヤーやその仲間がこの時計の鐘を聞くことでフラグが立つ。
 そして鐘の音を聞いたその日の晩、午前二時に、強制的に時計の見せる悪夢に引きずり込まれる、というのがこのイベントの概略だ。

 これは回避不能で、もし呪いの古時計の鐘を聞いてしまったら、その次の午前二時には必ず古時計イベントに巻き込まれてしまう。
 しかしその代わり、この古時計の悪夢を打ち破ればプレイヤーたちは解放され、時計の前にもどってくることが出来る。

 これは翻せば、『事前に古時計の鐘を聞いていれば、午前二時には必ず古時計の前までもどってこられる』という事実を意味している。

 クリア以外で時計の悪夢からもどる手段がないので一度しか使えないが、この性質を利用すれば、結果的には本来帰還不能な場所から移動してくることも可能なのだ。


 ここでようやく話がもどる。

 そもそも、短時間で人数分の水中適性アイテムを手に入れられる当てなんていうのは、水中都市の『水龍の加護』しかなかった。
 それにおそらくは、魔王城の血の池を避けて通ることは出来ない。
 そのためにも単なる水中適性装備ではなく、この水龍の指輪の『濁った水の中でも視界が確保出来る』という効果が必要だった。

 そこで俺は、出発の直前に鞄から呪いの古時計を出してその音をみんなに聞かせ、その上で水中都市に入った。
 本当は二時前に宝物庫の宝も回収出来ている予定だったのだが、特に必要なアイテムもなかったのだから、そこを悔やむ必要はないだろう。

 結果としては俺たちは首尾よく人数分の指輪を手に入れ、古時計テレポートで無事に屋敷までもどってきた訳ではあるが……。

(しまったな。これ、サザーンにどうやって説明したらいいんだ?)

 そこで思わぬ問題点にぶつかってしまった。
 最近、ミツキたちもバグ技を結構自然に受け入れてくれるので感覚が麻痺しかけていたが、傍から見ると俺がやったことは少し不自然に思われてしまうかもしれない。

 実際サザーンは、

「え? あれ? 何で僕は、この指輪をまだしてるんだ?
 これはあの水中都市だけでしか使えない装備で……え?」

 と、すっかりと混乱してしまっている。

 しかしバグ技、特に水龍の指輪が水中都市以外でも使えることなどは説明が難しい。
 まだ俺たちが指輪を所持していられるのはゲームのデータ処理の穴を突いた結果であり、純粋に設定から考えると理屈に合わない。

 今思えば、馬鹿正直に全部を話さずに適当にごまかしておけばよかったのだが、古時計テレポートまでの時間制限と、一刻も早く魔王を倒さなくてはという焦りが俺の視野を狭くしていたのかもしれない。
 仕方ないので、今から適当にごまかすことにした。

「ええっと、サザーン。
 どうやらその指輪が水中都市でしか使えないってのは、俺の勘違いだったみたいだ。
 だから、これで問題ない。
 お前が悩むことなんて何もないんだ」

 幸いサザーンは騒ぎすぎてフラフラになっている。
 だからその心の隙に入り込むように、優しく言い聞かせてみた。

「え、ああ、そうか、そうなのか?
 そうだな、それだったら問題ないな。
 あはは、僕としたことが取り乱してしまったよ……って、騙されるかぁ!!」
「うぉ!?」

 しかし、いくらサザーンとはいえ、これでは騙されなかったようだ。
 ノリツッコミにキャラ崩壊の前兆が見えるが、仮面の奥の眼はギラギラと輝いている。

「というか、お前たちは何も思わないのか!?
 明らかにおかしいだろ、色々と!!」

 サザーンは俺の仲間を振り返って、賛同者を探した。
 しかし、

「…わたしは、ソーマについてくだけ」

 リンゴは細かいことはほとんど何も気にしないし、

「最近、考えたら負けだと思うようになりました」

 ミツキは色々あきらめ始めているし、

「えっと。何か変なことあったっけ?」

 真希はゲームなら何が起こっても不思議じゃないくらいの気持ちでいるし、

 ――ニタァ。

 くまはそもそも自分が一番の謎生物だ。
 誰からも、サザーンが望む返答はもらえなかった。

「な、なんだこれ。
 ぼ、僕がおかしいのか?
 いや、そ、そんなことはない。
 僕はサザーン。
 偉大なる魔術師の末裔、サザーンだ!」

 よろよろと後ろに後ずさったサザーンだが、何とか踏みとどまった。
 そして、仮面越しにはっきりと分かる涙目ながら、叫んだ。

「お、お前ら絶対、頭おかしい!!
 ぼ、僕だけは絶対、騙されないからな!」

 それを捨て台詞に、言うだけ言って逃げ出していく黒いローブの背中を眺めながら、俺は、

(いや、おかしいとかお前にだけは言われたくねえよ)

 と思ったのだった。



 その後。
 サザーンは結局すぐにもどってきて、「こんな頭のおかしな奴らと一緒にいられるか! 僕は一人部屋に帰るぞ!」と言ってちゃっかり屋敷に泊まっていった。

 それでもまあ、街に出てあることないこと言いふらされるよりはいいだろう。
 ただ、これで問題が解決した訳じゃない。
 後で説得しなくてはならないことを考えると頭が痛くなる。

 翌朝、そんなことを考えた俺が憂鬱な気分でベッドから身体を起こすと、

「うわっ!」

 ベッドの脇に、見覚えのあるローブ姿が体育座りで震えていた。
 別の部屋で寝ていたはずのサザーンである。
 震えながらも、しきりに小声で何かをつぶやいているようなので耳を澄ませてみたら、

「たすけてゆるしてごめんなさいもうやめてあやまるからおねがいしますおいかけないで……」

 何だかすっごい怯えていた。
 というか、むしろこっちの方がホラーだ。

 朝からの厄介事に俺がため息をついていると、部屋の扉が少しだけ開いた。
 そこにサザーンが怯えさせた元凶らしき姿を認め、俺は呆れと共に声をかける。

「くま、お前仕事しすぎ」

 そんな俺の言葉に、今回の犯人である小さなぬいぐるみはテレテレッと頭をかいた。


 不思議なことに、それからのサザーンはまるで別人のように異様に素直になって、文句を言うこともほとんどなくなった。
 その代わり黄色い物が視界に入ると「ひっ」と怯えた声を出すようになったが、まあ些細なことだろう。

 ――こうしてサザーン問題は、我が屋敷の黄色い悪魔の活躍で解決したのだった。


これが『猫耳猫』の洗礼ッ!!
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