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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百八章 最後の一撃

「とりあえず、うまくいったか」

 地下迷宮から飛び出してきたイエロースライムを見て、俺は安堵のため息をついた。
 言うまでもないことだと思うが、俺の作戦は『装備アイテムを封印の間に集めて粘菌を増殖。そこに邪神の欠片を誘導して、増やした粘菌に食べさせる』ことだ。

 覚えていると思うが、俺は王都襲撃の時に罠に使うつもりで、『クーラーボックスの中』にイエロースライムを一匹、瓶の中に入れて保管しておいた。
 そのクーラーボックスを装備品が積まれた封印の間でひっくり返し、瓶の中に入っていたイエロースライムを解放したのだ。
 解き放たれたたった一匹の粘菌は、俺の狙い通りに近くにあるアイテムを食べ、加速度的にその数を増やしていった。

 実はそこから、邪神が来るまで封印の間で待機してるのがつらかった。
 もりもりと装備アイテムを食べて増殖していくイエロースライムを横目に、いつ来るかも分からない邪神を待たなくてはいけないのだ。
 増殖した粘菌がいつ俺をエサ認定して襲ってくるか分からないし、かと言って扉から注意を逸らすと、やってきた邪神にキルビームでも撃たれて即死する危険もあるしで、本当に生きた心地がしなかった。

 ただ、その必死のお膳立てのかいあって、うまく邪神とイエロースライムを同じ部屋に閉じ込めることに成功したのだ。


 いくら粘菌とは言っても、所詮レベル120のモンスター。
 弱体化してるとはいえ、邪神の欠片相手じゃすぐやられちゃうんじゃないの、と思うかもしれないが、俺の見立てでは弱体化している邪神の欠片は粘菌、イエロースライムと相性が悪い。

 キルビームと触手は厄介な攻撃であるが、どちらも単体攻撃。
 粘菌のような数で攻めてくる相手には大した有効打にはならない。

 おまけにイエロースライムのHPは1。
 これでは触手の強制スタンやHP吸収能力もあまり役に立たなくなる。
 触手の攻撃が当たったとしてもスタンが入る前に確実に死ぬし、HPを吸収されたとしても1では何の足しにもならないからだ。

 だからこの作戦を思いついた時の一番の懸念はジェノサイドウェーブだった。
 あの範囲攻撃をやられれば、それだけで粘菌たちが全滅する可能性がある。
 どうにかして頭だけでも潰してから逃げようかとも考えていたが、覚醒が不完全だったおかげでそれも必要なくなった。

 実際、迷宮から出てきたのが邪神ではなくイエロースライムだったということは、とりあえず邪神を圧倒することは出来たということだろう。

 それはそれとして、だ。

「……気は進まないけど、行くか」

 イエロースライムを何とかしないと、邪神の欠片以上の被害を出す恐れがある。
 ミツキから話を聞いていたはずの周りの人たちがやけに騒いでいるのが少し不可解だったが、まずはやるべきことを済ませる。

 覚悟を決め、用意しておいた毒薬を飲む。
 身体に毒が回り、ふらっとした。

 考えてみれば、毒状態になるのは人生初だ。
 何とも形容しがたい嫌な気分がするが、仕方ない。
 これからさらに気の進まないことをしなくてはならないのだ。

「…ソーマ?」

 不思議そうな、そして少し不安そうなリンゴの声を背に受けながら、俺は粘菌に接近。
 イエロースライムにわざと腕に食いつかせることで、全消し連鎖を開始させる。

 などと淡々と言ってはみたが、粘菌が俺の腕にからみついて噛みついてきた時のおぞましさは、筆舌に尽くしがたい。
 これで死ぬことはないと分かっていても二度とはやりたくない経験だったが、幸い効果はすぐに現れた。

「う、うわぁあ! なんだ、こりゃあ!!」
「色が、色が変わってく!」
「共食い?! こいつら共食いして増殖してるのか?!」
「待て! こいつら死んでるんじゃ……」

 粘菌たちに毒が回り、色を変えながら消えていくのを見て、集まった人たちがさらに騒ぎ出した。
 しかし、構っている暇はない。

「急ぐぞ!」

 ミツキやリンゴたちに一声かけて、毒と捕食の連鎖によって消えていく粘菌たちを追いかけるように、地下へ向かって駆け出す。
 なぜかほかの冒険者たちのように戸惑っている様子のミツキたちだったが、すぐに併走してきた。

「どこへ?」
「封印の間だ! 邪神がどうなったのか、確かめないとな!」

 答えながら、ミツキの察しの悪さに首をひねる。

 粘菌がここにあふれてきている以上、奴らが邪神にやられなかったことは確かだろうが、それは必ずしもイエロースライムが邪神を倒したということを意味しない。
 むしろ粘菌の増え方が激しいということは、それだけ粘菌のエサ、つまり邪神の欠片が長く生存していたということで、邪神と粘菌はまだ戦闘中だった可能性がある。

 触手のHPが低いことなどもあって、粘菌が邪神の欠片に負けることはないだろうとは思っていたが、なら勝てるかというと話はまた別だ。
 粘菌によるダメージは、対象の表面積に比例する。
 だから、形状的に取りつきやすい触手や腕はともかく、膨大なHPの割に比較的サイズが小さい本体、宝石部分が倒せるかどうかは微妙なところだと言える。

 触手の吸収したHPが本体部分に行く代わりに、本体部分はHP自動回復はしない。
 時間さえかければいつかは粘菌が勝つとは思うが、だからといって地上まで出てきた粘菌を放置する訳にもいかない。
 せめてもの時間稼ぎにと扉を閉めて閉じ込めたのだが、やはり封印が解けたただの扉では、増殖した粘菌を押し留めるには足りなかったようだ。

 粘菌が邪神を倒してくれていたら万々歳なのだが、そう楽観は……。

「――あたっ!?」

 突然、後頭部に衝撃。
 思考が中断される。
 何が起こったのかと反射的に首を後ろに向けると、

「うぷっ!?」

 それを狙い澄ましたように何かが飛んできて、顔面に激突。
 破裂、する。

(痛!! ……く、ない?)

 痛みを覚悟したが、何の痛痒も感じない。
 むしろ、

「あ、毒が……」

 気付くと、急いでいるからと放置していた毒が、綺麗に治療されている。
 おまけに毒で減ったHPも回復させられているようだ。
 どうやら今投げつけられたのは、解毒とHP回復のポーションだったらしい。
 無害な物だったと知って胸を撫で下ろしていると、

「わぶっ?!」

 さらにもう一つ、追加でポーションが飛んでくる。
 ぶつかる。
 痛っ……くはないのだが、やっぱりちょっと心臓に悪い。

 今度のも体力回復のポーションのようだ。
 気持ちはありがたいような気がするが、ぶっちゃけHPは全快だ。
 特に回復の必要はない。

「やめろって、もうHPは……おわっ!」

 と、言うのに続けざまにポーションが投げつけられる。
 しかも、こんな悪戯のような攻撃をかけてきているのは誰かと言うと、意外にも、

「なぁ、リンゴ、もう……ぷぁっ!」

 その犯人は、俺の後ろを走っているリンゴだった。
 いつも手に持っている脇差を肩のくまに預け、自分の冒険者鞄からポーションを取り出してはこちらに投げている。

 鞄とポーションをリンゴに用意したのは俺だが、こんなことに使うために渡した物じゃない。
 俺が抗議しようとすると、

「…ソーマ。またむちゃした」

 リンゴが不機嫌そうな声で、そんな訳の分からないことを言う。
 助けを求めてミツキを見たが、ミツキは澄ました顔で消えていく粘菌の後を追っていて、猫耳ちゃんも「じごーじとくだよっ!」とばかりにそっぽを向いてしまった。

 一応真希の方も見たが、こちらは状況が全く理解出来てない様子で、「的当て? わたしもやるー」とリンゴからポーションを受け取って俺に投げつけている。
 分かってないなら参加するなと言いたい。

「…あんなにいったのに、ぜんぜん、はんせいしてない」

 さらなるリンゴの恨み言に、俺はようやく前回のことを思い出した。
 そういえば前に粘菌の中に突っ込んでいった時も、リンゴやミツキには無茶をするなと散々怒られた気がする。
 あれから成長していないと言えばそれまでだが、だったらイエロースライムが出て来る前に何か言っておいてほしかった。

「いや、リンゴ、悪かったって!」

 それでも一応謝ってみるが、問答無用とばかりにポーションの雨が俺を襲う。
 HP回復ポーションだから痛くないしHPも減らないのだが、なんか精神的に来る物がある。
 いや、これがリンゴの精一杯の抗議行動だとするなら、かわいいものだとは思うが。

 ……うん。
 数年前、ゲームに夢中になって真希との約束をすっぽかした時、激怒した真希に『当時熱中していたゲームのセーブデータを消された』ことを思えば、本当にかわいいものだ。

(あの時は、マジゲンカしたなぁ……)

 あいつ、あの時点で既にゲームに対して異様な敵愾心を燃やしてたし、ゲームに何か恨みでもあるのかもしれない。
 その割には『猫耳猫』を結構楽しそうにプレイしてたけど。

 と、それはともかく、だ。
 リンゴのお怒りにもう少し付き合ってやりたいのも山々なのだが、そればっかりを気にしていられる状況でもない。

「待て! ……見えた」

 その言葉に、ようやくポーションの乱舞が止まる。

 封印の扉は、もう俺たちの目の前にあった。
 おそらく増殖した粘菌の圧力で押されたのだろう。
 壊れている様子はないが、大きく開かれている。

 邪神は健在なのか、それとも既に倒されているのか。
 この時ばかりは俺もリンゴもいさかいを忘れ、封印の間に飛び込んだ。

「あれは!?」

 そこには既に粘菌の姿はなく、その代わり、部屋の中央にある物が転がっていた。

 ――脈動する、巨大な赤い宝石。

 俺の手に収まっていたとは思えないほどの大きさに膨張して、復活前と違って生物的な脈動を見せているが、これが邪神の欠片の本体で間違いないだろう。

 どうやら邪神の欠片は全てのパーツを破壊され、本体部分だけになってしまったらしい。
 めずらしい状態だが、そういうことが起こりえない訳じゃない。

 邪神の欠片のそれぞれのパーツは、破壊されても一定時間で再生する。
 だからある程度パーツを破壊したら中心部を狙い撃つのが定石だが、粘菌は無差別に捕食を行うので、単純にHPの一番多い中心部が残ったのだろう。

 とにかくほかのパーツが破壊された今が最大のチャンスだ。
 どこかが再生する前にトドメを刺してしまおう、と俺が少しだけ気を抜いて、邪神の欠片に近付こうとした瞬間だった。

「――ッ!?」

 邪心の欠片が、禍々しい光を放つ。

(まずい!!)

 あれは、キルビームの予備動作。
 この部屋にはもうデコイになりそうな物は残っていないし、用意する暇はない。
 このままでは、この中の誰かが死ぬ!

(させるかっ!!)

 俺が自滅を覚悟で前に出ようと考えた、その瞬間、

「なっ!?」

 俺を隣から追い越すように銀光が駆け抜けた。
 それは邪神の本体たる赤い宝石に命中、見事に突き刺さる。

「伏せろ!!」

 ほぼ同時に宝石から光線が放たれるが、直前の攻撃によって宝石の狙いは逸れている。
 光線は地面に伏せる俺たちの頭上を虚しく通り過ぎ、壁を撃った。

「助かった、のか…?」

 顔を上げる。
 眼前の邪神の欠片には、もうさきほどまでの光はない。
 どうやらさっきのが、邪神の欠片の最後のあがきとなったようだ。

 粘菌たちによる捕食攻撃とさっきの一撃で既に欠片のHPは0になっていたのだろう。
 邪神の本体たる赤い宝石は、ゆっくりと光の粒へと変わっていき、

 ――カラン。

 最後に、邪神の欠片を貫いていた『何か』が地面に落ち、乾いた音を立てた。

「……脇、差?」

 謎の攻撃の正体は、凄まじい速度で投擲された脇差だった。
 どうやら危機を察知したリンゴが、『金剛徹し』のスキルで欠片を攻撃してくれたらしい。

(危なかった……)

 ほんの一瞬の油断から、危うく犠牲者を出してしまうところだった。
 弱体化した上に虫の息でも、邪神は邪神。
 気を抜くべきではなかった。

 これでは、今回のMVPはリンゴに譲らなくてはならないだろう。

「とにかく助かったよ、リン……」

 俺がねぎらいの言葉をかけようと振り向くと、そこには、


 ――ニタァ。


 脇差を投げた格好のまま、ニヒルな笑みを浮かべるくまがいた。


 かくして、復活した『邪神の欠片』は、黄色い悪魔たち(・・)の活躍によって討伐されたのだった。
妙に収まりがいいので、ここで分割
+注意+
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