3 心の行方
お兄ちゃんがあたしの本当の『お兄ちゃん』じゃないって知ったのは二年前、十四歳のときだった。
本当に偶然だった。たまたまお父さんの献血手帳を見たとき――あたしは目を疑った。
献血手帳に記されていたお父さんの血液型は、A型だった。
あたしとお母さんはO型。お兄ちゃんは、B型。
A型とO型の夫婦からは、A型かO型の子どもしか生まれない。現にあたしはO型だ。だけど、お兄ちゃんはB型だった。
あたしはそれまで、お父さんはお兄ちゃんと同じB型だと思っていた。他ならぬお父さん自身がそう言っていたのだ。
これは、いったいどういうこと?
あたしはお父さんとお母さんを問い詰めた。はぐらかそうとするふたりと口論にまでなったけれど、結局向こうが折れて真実を教えてくれた。
お兄ちゃんは養子だった。あたしが生まれるよりもずっと前、なかなか子どもに恵まれなかったお父さんとお母さんが、どうしても子どもが欲しくて、身寄りのなかった孤児の少年を引き取った。
だからあたしとお兄ちゃんの間に、血のつながりは一切ない。
――死ぬかと思った。
呼吸の仕方を忘れて、このまま窒息死するんじゃないかと思った。もしくは、心臓が止まってしまうんじゃないかって。
だって、兄妹じゃない――なんて。
足元から地面が崩れて、深い闇の底に落ちていくような気分だった。十四年間疑いもせず信じていたものが、積み木の城を崩すように、呆気なく壊れていった。
子どもだったあたしから見ても、お兄ちゃんと、お父さんとお母さんの関係は、どこかぎこちなかった。不仲というわけじゃないんだけれど、普通の家族間にある無条件の安心感のようなものが欠けていたように感じられた。
その原因は、たぶんお兄ちゃんが養子ということにあったんだろう。
だけど問題はそこじゃなかった。もしかしたら……それをもたらしたのは、あたしなんじゃないんだろうか。
お兄ちゃんは、子どもが欲しくてもできないから養子に迎えられた。でも、あたしが生まれてしまった。血のつながらない養子と待望の実子。お父さんとお母さんの愛情は、どちらにも傾くことなく平等に注がれたんだろうか?
あたしはお兄ちゃんが大好きだった。お父さんよりもお母さんよりも――だれよりもそばにいて、あたしのことを見てくれていたお兄ちゃんが、大好きだった。
でも、お兄ちゃんは?
お兄ちゃんはあたしのことをどう思っていたんだろう? いつも見せてくれていたあの笑顔の下で、何を考えていたんだろう?
――怖かった。
背筋がぞっとして、体中から血の気が引いた。今すぐこの世から消し去られてしまうような恐怖に心臓が縮んだ。
だから……手紙を書いた。絵はがきが送られてくるたびに、たくさんたくさん手紙を書いた。恐怖に呑みこまれたくなくて。疑惑を確信に変えてしまいたくなくて。あたしだけに送られてくる絵はがきをよすがに、お兄ちゃんの心を信じたくて、必死に。
それは傍から見ていて、さぞ滑稽だったろう。
お兄ちゃん。
あたしの心は届いていた? 伝わっていた?
お兄ちゃんの心を信じてもいい?
……お兄ちゃん。
会いたいよ、無性に。