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幻想再帰のアリュージョニスト 作者:最近

第3章 特権者のヒロイック・シンドローム、さもなくばアズーリア・ヘレゼクシュの憂鬱

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3-27 影に沈み、振り返らずに去っていく

 名前リスト。

 第四魔将、万殺鬼アインノーラ。牽牛種アステリオス
 第五魔将、銀霊サジェリミーナ。銀霊種クイックシルバー
 第六魔将、石喰いのベフォニス。岩肌種トロル
 第七魔将、楽想のアケルグリュス。有翼人魚種セイレーン
 第八魔将、優美に泳ぐ蝶ハルハハール。闇妖精種デックアールヴ
 第九魔将、賛同のピッチャールー。旧世界の古代兵器。
 第十魔将、三つ首の番犬サイザクタート。虹犬種ヴァルレメス
 第十一魔将、光の幻姿ユネクティア。幻姿霊種スペクター
 第十二魔将、網膜を灼く稲妻ズタークスターク。アリスの仮想使い魔。
 第十三魔将、朱大公クエスドレム。地獄の王族。
 第十四魔将、痩せた黒蜥蜴ダエモデク。黒蜥蜴人リザードマン
 第十五魔将、闇の脚エスフェイル。人狼種ウェアウルフ
 セリアック=ニアは苦戦していた。
 戦いが成立していたのは、ほとんど奇跡にも等しい僥倖である。
 第十五魔将にして人狼ウェアウルフの長、エスフェイル。
 直立二足歩行する狼は、右腕のみを漆黒の黒棘で包み込んで武器としている。
 切り払い、突き、抉り、しならせて引き裂いていく。
 三角耳の少女は力で劣っているわけでも、機敏さで負けているわけでもなかった。細腕からは想像もつかない猫の取り替え子チェンジリング特有の怪力。常人を超える瞬発力。そして高い呪力に加えて高度な教育。
 ドラトリアというマロゾロンドの加護を利用した技術の研究が盛んな国で王族として育ったセリアック=ニアは、当然のように夜の民が使える呪術に関する詳しい知識を有していた。
 本来、葬送式典の協力という名目にここまで来た人材なのだ。
 ゆえに、本来は夜の民と同種である人狼エスフェイルとも相性は良い。
 そのはずだった。

「くははははは! どうしたどうした、ぬるいぞ小娘ぇっ! 片腕一本でこれとは、少々情けないのではないかなぁ?」 

 剛腕が一閃され、セリアック=ニアは吹き飛ばされる。数回転がると、しなやかな動きで態勢を立て直す。四つん這いの姿勢のまま跳躍。
 直後、それまで彼女がいた場所に次々と突き刺さっていく無数の棘。

「ナーグストール!」

 セリアック=ニアは壁面を殴りつけ、砕けた建材を球体に変化させる。彼女の動きに連動するように、球体が連結したような巨大人体模型が壁を粉砕していた。
 抗呪術加工がされた壁面が変化するまでには時間がかかる。それゆえに中空に停止した無数の球が目眩ましになった。
 追撃する棘が球体をずたずたに引き裂いていくが、狙いが定まらない射撃はセリアック=ニアには命中しない。
 弾幕の速度と火力と範囲は厄介極まりない。命中精度がさほどではないのが唯一の救いだった。
 セリアック=ニアは先程手に握っておいた球体を完全に宝石化させた。
 呪石弾。それも、精緻に加工された高位の呪宝石弾である。
 セリアック=ニアの攻撃は三工程に分かれる。
 物体を爪で斬りつけるか殴りつけることで対象の球化を行う第一工程。
 球体を宝石に加工する第二工程。
 そして任意の呪文を封じ込めた呪宝石を一斉に炸裂させる第三工程。
 セリアック=ニアの能力の具現として影の中から出現する幻獣ナーグストールは彼女の肉体と同調して動き、同時に対象を攻撃し、時に防御も行う。
 遠隔操作することも可能だが、距離が離れれば離れるほど力と精密性は弱まる。
 セリアック=ニアはナーグストールの大柄な膂力を利用して、豪快に呪宝石を投擲した。
 それはエスフェイルの手前で強く輝くと同時に衝撃と轟音と熱を撒き散らす。
 夜の民の弱点を知悉しているセリアック=ニアは最適な呪文を瞬時に選択して呪宝石を創り出す。
 轟音で聴覚機能を奪い、呪香水によって嗅覚経由で幻惑呪術をかけ続けることも忘れてはいない。
 あとは接近し、相手の肉体を丸ごと呪宝石化させて熱と閃光の呪術を至近距離で炸裂させれば勝利できる。
 だというのに、何故。

「ふははは! 不思議かね? 攻撃を目で追えていない私が、音で把握できぬ我が、鼻が化かされているこのエスフェイルが、貴様の斬撃を完全に無効化出来ていることが!」

 繰り出した爪の一撃が、エスフェイルにあと少しで触れると言うところで届かない。数本の茶色い体毛が千切れ、丸まっていく。この規模では威力のある呪宝石は作れない。もう一度。
 セリアック=ニアは二度、三度、爪を繰り出し、その度にナーグストールが連動して拳を放っていくが、全て有効打になる前に紙一重で躱されてしまう。
 飛び散るのは相手の肉体ではなく、体毛だけ。
 反撃の右手が振り払われ、セリアック=ニアは腕を交差させて防御しつつ飛び退った。いかに強靱な肉体を有していてもまともに受ければ酷い怪我を負う。
 衝撃。引き裂かれた腕が瞬時に治癒していく。
 離れた場所から【修復】をかけたのは医療修道士イルスだった。
 彼は他の医療修道士たちと共に負傷者を一カ所に集めて迅速に応急処置を行うと共に避難、誘導していた。
 戦場の至る所で生まれている負傷者たちに矢継ぎ早に――というよりもむしろ平行して二つ、三つと複数の治癒術をかけ続けている。

「――邪魔だな」

 エスフェイルの呟きに、セリアック=ニアは敏感に反応した。
 無言のまま、擂り鉢状の会場の端から中央に向かって走る。
 イルスを鋭く睨み、助力は不要と告げる。
 先程まで援護していた彼女の親友――リーナの【空圧】すら余分。
 そう言わんばかりの、孤高な戦いぶり。
 まるで傍らに存在するのはたった一人でいいと、強く信じているかのようだ。
 了承を待たずにエスフェイルに意識を戻す。
 円形に迫り上がった巨大な舞台、その階段を幾度も殴りつけ、大量の破片を撒き散らして球化させる。
 無数の呪宝石が一斉に光線をエスフェイルに照射した。

「ぬるいわ」

 大量の光線が、エスフェイルに届く直前で全て霧散する。
 人狼の目の前に撒き散らされた、大量の体毛によって。

「以前、我が四肢の突撃を見切られた上に投げ返されたことがあってなあ」

 エスフェイルは怨念の籠もった声で呟く。

「理解しがたい技術であったが――あれは確かに鎧の籠手に皮膚を、神経を張り巡らせて我が肉体を『感じ取って』いた。硬質でありながら繊細――なるほど、これは学ばねばなるまい、と思ったものよ」

 エスフェイルの体毛が、不吉な夜風に吹かれて微細に動く。
 よく見れば、その一つ一つが意思を持っているかのようにくねっていた。
 青い鳥ペリュトンは影から感応の触手を伸ばす。その触手は身体のあらゆる場所から分化させることが可能だが、基本的には後ろ肢か枝角からだ。
 人狼にも同じ事が言える。四氏族で最も実体が確かな彼らが触手を伸ばすのは脚と、そして豊かな体毛。
 ふさふさとした茶色の毛並み、その全てがエスフェイルの触手である。

「全身の体毛を硬質化、更に縦に三層構造に変異させる。外部の呪力に反応して尖端部である第三層を分離。それを確認した第二層が瞬時に危機を信号として我が体細胞群に伝達、肉体は反射としてプログラムされた回避行動を選択する。最終的に第一層が肉体の防御と体毛の再生を同時に実行するというわけだ」

 夜の民は例外なく呪文系統に秀でている。
 人狼であるエスフェイルは、呪文と杖に特に秀で、邪視と使い魔の適性まで有する上に近接戦闘もこなせる万能の超高位呪術師だ。
 敗北の経験から学びそれを自らの強化に生かす柔軟性は、時間が経過すればするほど、そして冷静になればなるほど厄介極まりない。

「理解できるだろう? 隔絶した実力差というものが。貴様はこのエスフェイルとほぼ同じ適性を有しているゆえに猶更な。たとえば――そうだな」

 エスフェイルは棘まみれの棍棒となった右腕を自らの影に突き刺した。
 途端、無数の影が棘のように大地を走り、セリアック=ニアの周囲に黒い線を引いていく。
 いつの間にか地面に突き刺さっていた大量の棘。
 エスフェイルの放った流れ弾は計算された場所に配置され、影によって結ばれることによって特定の意味を持つ円形の図像とそれを取り巻く文字列を作り上げる。
 杖に属する触媒を用いて儀式を準備し、呪文に属する図像を用いて複合的な呪術を発動させる高等技法。
 影の呪文円が高位の儀式呪術を発動させた。

「逆さまに天を衝け――【玲瓏ルナティック】」

 セリアック=ニアの真下から、凄まじい呪力と閃光が立ち上った。
 広範囲に仕掛けられた罠から回避することはどうやっても不可能。
 咄嗟に小さくなったリールエルバを背後に庇い、地面に向かって殴りつける。
 下から上へと衝き上がっていく光と衝撃波はセリアック=ニアとナーグストールの心身をずたずたに引き裂いて、空高く吹き飛ばしていった。
 地面に叩きつけられた彼女に追撃。
 転がって躱すと蹴り飛ばされる。気力のみで起き上がった彼女の小さな頭部を左手が鷲掴みにして外壁に叩きつける。

「どうだね。私が使える唯一の閃光を放つ呪術の味は。月明かりだけはこのエスフェイルの味方というわけだ」

 強く壁面に押しつけられたセリアック=ニアが小さく呻く。
 その背後、壁を透過して内部で小さくなったリールエルバは震えるのみ。
 離れた場所で、肉塊球の護衛が模造の月に敗れて転がっていく。
 絶体絶命の窮地。
 その時だった。
 無数の呪術が真横からエスフェイルに襲いかかる。
 咄嗟に人狼はセリアック=ニアを盾にしながら回避――しようとして呪術が正確に自動追尾してくることを理解し、人質を手放して身軽になると速やかに四つ脚形態に移行して駆ける。
 唯一黒い棘に包まれた右前足で壁を掴み、垂直に移動。
 囮として残した体毛に追尾呪術が炸裂。
 エスフェイルは攻撃を全て回避してみせた。
 彼は振り返って目を見開いた。
 ずらりと、多様な集団が並んでる。
 それは、不揃いな装備に身を固めた複数の集団からなる連合であった。
 各々が高らかに名乗りを上げ、自らの呪力を向上させる。
 一般に、個人名よりも集団名の方が掌握や呪殺が困難である。
 彼らの宣名は明らかにエスフェイル対策を意識したものだった。相手の攻め手を封じつつ自己強化を行うという工夫が見られる。

「三千都市連合の天眼の民戦団【フェロトヤイキト】の手勢三十余名、聖姫様の撤退をお手伝いいたします。我らが足止めをしている間にこの場から離脱して下さい。お早く!」

「義によって馳せ参じた。北辺帝国神聖騎士団所属、【死人殺し】のディムズ兄弟とは我らの事よ!」

「我らボーステンタクス四大戦士団が一つ、夜月騎士団! 皆の者、東部諸国連合の至宝、聖姫様をお守りせよ!」

「キャカール十二賢者が第二位、イヴァ=ダスト。貴様の滅びを予言しよう」

 様々な集団や個人が現れ、それぞれがエスフェイルに挑んでいく。
 まず【死人殺し】のディムズ兄弟が息のあった連携で攻め立てる。
 義兄弟の契りを結ぶことにより、家族や同胞といった呪力で自らを強化する彼らは総勢七十名余り。
 狼の影から射出される黒い棘を、彼らは照明符を貼り付けた丸盾で弾いていく。修道騎士の標準装備である盾の装甲すら意味を成さない恐るべき貫通力の黒棘ではあったが、強烈な閃光を浴びせられた事によって威力が減少、盾で受け止められるようになったのだ。
 更にディムズ兄弟たちは会場に大量に放置されていた呪術灯を手にしていた。
 色とりどりの光る棒が空中にばらまかれる。

「万色精霊、一斉解放!」

 北辺帝国に存在する世界槍。地上に露出している石突き部分から地獄の地底都市ザドーナに向かって絶え間なく出撃し続けているという万色精霊たちは、様々な色彩が持つイメージを実体化させることによって死人――すなわち北辺帝国最大の敵である哲学的ゾンビたちを攻撃するという。
 色とりどりの燐光が散らばった呪術灯を次から次へと飛び移り、エスフェイルへと殺到していく。
 それらは頑丈な蔦となって人狼を拘束し、燃え上がる赤い炎となってその全身を焼き、青い稲妻となって感電させた。
 続けて前衛たちが赤い槍を構えて突撃し、後衛たちが緑の杖や青い投石器から次々と呪術を放つ。
 冥王との戦いを切り抜けてきた強者たち。その戦力はエルネトモランの修道騎士たちに決して劣るものではない。

「ぬるいわ、雑魚ども」

 全ての攻撃を耐えきって、エスフェイルの瞳が妖しく輝いた。
 途端、エスフェイルを攻撃していたディムズ兄弟団が一斉に倒れる。
 鎧や長衣の隙間から流血しており、全員が絶命していた。身体に存在する陰影に干渉し、肉体の至る所を傷つけるという古代呪術である。

「これは中々の大呪術でなあ。立体の陰影そのものを操れる者もそうはおるまいよ。これを破りたくば、いにしえに存在していた夜の民、純正二次元人でも連れてくることだな」

 実際には、模造の月を用意しなければならない、真夜中でなければならない、自らもある程度実体を維持していなければならない、激しく消耗するために連発はできない、等の制約が多い。
 その昔、私にこの呪術を教えてくれた長老は言っていた。
 これははっきり言って実用的ではなく、使うのは実力を見せびらかしたいだけの自惚れ屋だけだと。
 極度の精神集中を行わなければならないこの術は、使用の瞬間に必ず無防備になるからある。
 その隙を逃す夜月騎士団の闘士たちではなかった。
 夜の民の触手槍士を中心に構成された、エスフェイルの影による攻撃への耐性を持った戦士たちは、長くくねる闇色の槍を突きだした。
 その穂先だけは自らの肉体を変異させたものではなく、槍神教の司祭によって祝福された光を放つ刃である。
 夜月騎士団の攻撃はエスフェイルに有効打となるが、エスフェイルの攻撃は夜月騎士団には通用しづらい。
 この苦境を、エスフェイルは模造の月を呼び出すことで乗り越えた。
 頭上から舞い降りた巨大な質量の内側から、これまで取り込み同化を繰り返してきた死人の腕だけが無数に伸びる。
 死人の手が穂先を握り込むと光は勢いを減じた。
 その瞬間を狙ってエスフェイルは影から感応の触手を伸ばす。
 当然のように相手集団が攻性防壁による反撃を開始。
 実体世界における杖の戦闘から、非実体世界における呪文の戦闘への移行。
 『火』のイメージを纏った半透明の触手が影の中を進んでいく。
 エスフェイルは『地』の形態を取るエーテル体でそれらを遮断。オーラを展開してアストラル体を分散する。自我から低位我のみを摸倣して抽出すると簡易型の仮想使い魔を形成。霊的侵入クラッキング
 半透明の狼の頭部が次々と夜の民たちの影を食い千切り、びくりと痙攣したあと次々と斃れ伏していく。
 勝利に酔いしれる間もなく、次なる脅威がエスフェイルに迫る。
 赤い頭巾が、静かに揺れる。 

「全ては予定調和――滅ぶが良い、矮小なる者よ」

 賢者イヴァ=ダスト。
 それは大地が丸かった時代のこと。大規模な言震によって大地が引き裂かれるという『滅び』の予言を行った超高位呪術師。
 彼女は模造の月の制御を乗っ取って動きを止め、エスフェイルからの呪文干渉を完全に遮断したばかりか逆に手痛い反撃を加え、【影棘】と【玲瓏】による同時攻撃を杖で大地をついて発動させた初級呪術【報復】のみで無効化し、最後の物理的突進を隆起させた大地によって妨げる。
 ぶかぶかの赤い長衣と同色の頭巾。
 不似合いな長杖を手にした幼い少女にしか見えないが、その身に宿った呪力と叡智は地上有数と言われている。
 イヴァ=ダストは世界を覆う浄界の理そのものに干渉し、天空から巨大な質量を引き寄せる。
 時空を超えて跳躍してきた隕石がエスフェイルの真上に出現。
 舞台どころか第一区そのものを破壊する勢いで直撃する。
 エスフェイルは持ちうるあらゆる呪術を駆使してそれを迎撃。
 時空を超えて遙か彼方から叩き落とされた、高純度の呪隕石。
 その上、隕石は落下しながら賢者による微細な加工が施されつつあった。
 それは流星の呪力を宿した隕鉄の巨大鈍器に等しい。
 伝説級の武器数百個分に匹敵する凄まじい破壊力。
 黒い棘に包まれた右腕でそれを受け止めるエスフェイルだが、人狼としての模造細胞は高熱と圧倒的質量で速やかに死に絶えていく。
 その肉体が完全に滅びる直前、黒い棘が真下に離脱して自らの影の中に逃げ込もうとする。しかし。

「予定調和である」

 童女の冷ややかな声。
 震える両手で必死に支える長い杖の先に呪術が展開され、エスフェイルの影が白く変化していた。
 影への侵入を妨げるという、夜の民の理解を絶する呪術。
 魔将の本体である漆黒の棘が逃げ場を失い慌てふためくが、時既に遅し。
 巨大な隕石が会場に甚大な被害をもたらす直前、発動した【転移門】――空間歪曲の呪術によって隕石とそれがもたらした破壊力が遠い宇宙へと放逐される。
 会場には一切破壊をもたらさぬまま、エスフェイルのみに対して恐るべき破壊をもたらし、その上で空間の断層を生み出しての防御不能の斬撃で本体への止めとする――その全ての攻撃が、地上最大級のものであった。
 その幼い身体に、『死』の呪いが干渉を始める。
 かつて修道騎士カインを、そして高位言語魔術師サイリウスを道連れにした最悪の道連れ呪術。
 賢者は透明な表情のまま言い放った。

「道連れの呪術など下らぬ。容易く解呪可能である」

「で、あろうな。ゆえに解呪を打ち消す【静謐】のプログラムを仕掛けておいた」

 幼い少女の表情が初めて驚愕と苦痛に歪んだ。
 その口から大量の血液が吐き出される。

「な、に――」

 いつの間にか、賢者イヴァ=ダストの幼い肉体は模造の月の中に埋め込まれていた。この使い魔は賢者に縁のある第二衛星を参照している。ゆえに容易く掌握できた。なのに、なぜ。いつの間にこんなことになっていたのか。
 幼い顔に次々と過ぎっていく思考。
 模造の月が彼女と同化していくにつれてそんな表情も消えていった。
 上半身を月から生やした幼女が、にやりと口が裂けるような笑みを浮かべる。

「『黒』の色号は言語を司る――名前さえ掌握できれば、その本質を操る事など容易い。格上、高名であればあるほど我が【大物食い(ジャイアントキリング)】の威力は増すのだよ。巨人を殺し得る存在は何もアルマとか言う狂信者だけではないと理解できたかな、地上の諸君?」

 上半身は赤い頭巾の少女、下半身は浮遊する模造の月となったエスフェイルが、真下の影から無数の棘を射出する。
 セリアック=ニアを救出しようとしていた集団が次々と斃れていく。
 絶対に負けるはずが無いと信じられていた賢者が敗北した事で、集団は総崩れになっていた。賢者はエスフェイルに対して迂闊なはずの宣名を行ったが、これは明白に格上である賢者が名前を掌握されて呪術をかけられることなどあり得ないという常識的判断によるもの。
 圧倒的な強者にとっては、基本的に宣名によって負うリスクよりもリターンの方が大きいのである。
 エスフェイルはそのような現代呪術の常識を覆す。
 完全な報告の不備、色号に対する知識不足による事実誤認であった。
 ――この魔将が対象の名前を容易く掌握できるのは、その力が圧倒的であり、高位の呪術師であるため。よってより上位の実力者であれば名前を知られていても問題が無い――という、明白な誤り。
 愚かな予断を嘲笑しながら、エスフェイルはまさしく異形としか言いようのない姿に変貌していく。
 少女の身体の下には模造の月。
 その前面から狼の頭部が迫り出し、右手側からは黒い触手、左手側からは霊長類めいた闇色の左手が生える。
 後部からは鋭い黒棘が連なったような 長い尾が伸びていた。
 純粋な呪力、身体能力のみを比較すれば、エスフェイルはこの会場に溢れる怪物たちの中では突出した所が無い。
 しかし、敵に回した際の厄介さ、面倒さにおいてこの魔将の右に出る者はそういない。
 少女の姿で手を開いたり閉じたりしながら、エスフェイルはぽつりと呟く。

「私を殺した忌まわしい解体術、その摸倣が私を救うか。皮肉なものよ。しかし――言理の妖精だったか。あれがただの【静謐】とは思えぬ。杖と呪文の【静謐】を合成しただけでは再現できんようだしな――まあ良い」

 エスフェイルは戦闘の間に治療されてかろうじて立ち上がれるようになっていたセリアック=ニアを見た。
 赤い頭巾の少女が杖を振ると、斃れたディムズ兄弟や夜月騎士団の精鋭たちが立ち上がり、次々と襲いかかる。
 ガルズが浄界によって出現させている有象無象の死人とは違う。
 歴戦の戦士たちによる絶え間ない攻撃に、セリアック=ニアは防戦一方となる。

「操る死人が強ければ強いほど我の力もまた増す――ふん、『死霊を視る』技術ではあの小僧が上ではあろうが、『死体を手繰る』技術はこちらが上よ」

 その死人繰りの術も、体毛を利用した鋭敏な感知能力も、賢者を倒した道連れの呪術も、黒の色号も、対抗呪文も、全ては他者の技術の摸倣である。
 しかし――夜の民にとって、摸倣とはその人生をかけて行う魂の営為。
 複製した術技を統合し、戦闘技術として昇華させるエスフェイルの呪術師としての技量は、一つの高みに届こうとしていた。

「ふははは! 無駄な足掻きだぞ! 貴様らの名はこの死人どもから頂戴したわ。もはや抗う術は無し――跪け、聖姫セリアック=ニア・ファナハード=オルトクォーレンにして猫ナーグストールである者よ!」

 黒い輝きが模造の月を取り巻き、セリアック=ニアとナーグストールに曖昧な漆黒の靄がまとわりついた。
 ――しかし、その動きが停止することはない。
 行動を阻害され、苦痛を覚えてはいるようだが、相変わらず機敏に動いて回避を続けている。

「ほう? 無効化しているわけではなく、完全に有効というわけでもない――あのシナモリ・アキラとかいう男と同じように、自己認識を分散させているのか?」

 エスフェイルは少女の頭と狼の頭を同時に傾げながら呟く。
 しばし黙考。やがて、残虐な笑みを二重に浮かべる。

「名前を呼んでも実感が湧かぬか、所詮は偽物の姫よな。猫の取り替え子――生まれたばかりのセリアック=ニアは異世界である【万猫殿】に攫われ、貴様と取り替えられた――猫が憑いた貴様とな。はてさて、貴様は一体何なのだろうな? セリアック=ニアとして育てられたナーグストールか? それともナーグストールを宿した他の何かかね?」

 セリアック=ニアは無言で死人を切り裂き無数の球体に変える。宝石化した死人が呪文を炸裂させて死人たちを薙ぎ払っていく。

「いずれにせよ滑稽なことだな。姉は紛い物で妹は偽物。そもそも貴様ら、姉妹でもなんでもなかろうが。それとも本物では無い同士で傷でも舐め合っておるのか? んん? どうしたどうした、答えてみよ」

 死人となった夜の民からの霊的干渉をマロゾロンド系神働術の知識を駆使して遮断、姉に教わった攻性防壁で相手の脳髄を焼き返す。
 しかし、セリアック=ニアが見せた一瞬の動揺にエスフェイルはつけ込む。

「見えたぞ――貴様にとって確かな拠り所、あやふやな自我の代替。それはそこで丸くなっている紛い物の姉もどきであろう?」

 セリアック=ニアを取り巻く黒い靄が、その量を増大させる。
 ナーグストールの動きが目に見えて精彩を欠いていく。

「自己の立ち位置すら定められず、他者に依存するばかりの脆弱な寄生精神、それが貴様だ。そしてその依存先すら極めて不安定な紛い物ときた。笑わせてくれるなあああ? 貴様の本質である名とは『トリシル=リールエルバの付属品』よ。そして不安定なその足場は既に崩れている」

 セリアック=ニアの動きが、決定的に停止した。

「貴様の拠り所は、存在しない」

 万色精霊たちによる波濤の如き攻撃が直撃し、かろうじて触手槍による攻撃は凌いだものの、盾による殴打を受けきれず、セリアック=ニアは吹き飛ばされた。
 いつものしなやかな受け身すらとれず、転がっていく。
 身につけた装飾品は残らず千切れ、美しいドレスはぼろ切れとなっていた。
 それでも震えながら立ち上がろうとするセリアック=ニアを、エスフェイルは意外そうな目で見た。
 澄んだ声が、小さく、しかし力強く響く。

「下らないわね。この私も、私のニアも、おまえのような下品な者の戯れ言などで心を揺らされたりはしない。私たちの在り方は私たちが定める。誰にも口を出させたりしない。姉様はそう仰っています。セリアもそう思います」

「馬鹿か貴様。それともその耳で幻聴でも聞いているのか? 『姉様』ならばとっくに心折れてそこで震えているだけであろう。そんな事は一言も口にしておらん。貴様が信じているものは、幼稚な妄想の産物に過ぎぬ」

 吐き捨てる漆黒の言葉がセリアック=ニアを打ち据え、遂に少女の肉体は限界を迎えて倒れ伏した。
 ――そして、精神の力のみで立ち上がる。
 ナーグストールの動きに連動して、ぼろぼろのセリアック=ニアの身体が繰り糸で頭上から操られる人形のように持ち上げられたのだ。
 首すら据わっていない少女の宝石の瞳だけが、爛々と輝いてエスフェイルを睨み付けていた。
 知らず、魔将が僅かに後退する。
 猫の取り替え子は最後の力を振り絞った一撃を放つ。
 その目の前に飛び込んできたのは、使い魔の技術によって遠隔操作した肉塊――護衛や使節たちの成れの果てだった。
 狙いは自らの使い魔の宝石化、そして爆破。
 球状の肉塊は、呪術抵抗の低い前衛職を個別に球化させた後、中に後衛や神官、使節などを詰め込み、その周囲を球化した前衛たちで固めて全体を繋げるという手間を掛けて作成した使い魔である。
 どのような高位呪術師であっても、数十人ぶんの呪術抵抗を一気に貫通して呪術を発動させることは至難の技だ。
 しかし、護衛たちをあえて球形にした事には呪術的な意味が存在する。
 肉の球こそ、彼女の切り札だった。
 ナーグストールの打撃はまず物体を球体に変化させ、それから宝石に変化させるという過程を辿る。
 つまり『球体にする呪術』で準備をして、『宝石にする呪術』で対象に干渉し、『宝石に内包された呪文を解放する』という三段構えの複合呪術なのだ。
 ならば、始めから球体状のものを殴ればどうなるのか。
 対象の呪術抵抗を無視して、『球体にする』というプロセスが既に完了していると見なされるのである。
 呪術というのは、その体系の中で一連の流れを正常なものとして認識しようとする。それゆえにバグも発生しやすいのだが、これはそれを利用した小技であった。
 それはつまり、最初の工程を妨害する呪術抵抗を完全に無視して、強制的に宝石化現象を引き起こせるということ。
 セリアック=ニアの、そしてナーグストールの最後の一撃は護衛である肉塊の球体を殴り、それを巨大な宝石に変化させる。
 強烈な輝きを放った宝石が、内部から呪力を解き放ちながらばらばらに砕け散って巨大な熱量を放射する。
 セリアック=ニアごと周囲の死人を、エスフェイルを灼いていく高熱の波と衝撃波、そして無数の破片。
 全身をずたずたに引き裂かれながらセリアック=ニアは倒れ、使役されていた死人たちが戦闘不能になる。
 だが、肝心の魔将本人は無傷だった。
 エスフェイルは自らの戦力が失われた事に些細な不快感を覚えたが、完全な勝利の前にはそのようなことはどうでも良かった。

「ふははははは!! 見たか! 油断さえしなければ! 我はズタークスターク殿を除いてこの中で最強! 手合わせすれば五回に三回は師兄に勝ち! 魔将拝命の直前、クエスドレム殿に打ち勝った我こそは! 至高の呪術師である!」

 哄笑しながら残党に棘を掃射していく。
 三千都市連合から来た天眼の民たちはなんとしても聖姫を救出してドラトリアに対する外交上の取引材料とすべく奮闘する。
 黒い棘を正確に回避しながらセリアック=ニアを担ぎ上げると、迅速に会場の東口から外へ運ぶ。
 希薄化したリールエルバもまたセリアック=ニアが移動するのと共に浮遊しながら追随していった。
 擂り鉢状の会場、その出口に続く通路の照明がふつりと消える。
 闇に包まれた通路で呪力が渦巻いて、それきり何も起こらなかった。
 通路に入った天眼の民、姉妹姫はいつまで経っても闇から出てくることは無い。
 エスフェイルによる独自の改変が施された影による【陥穽エンスネア】。

「さらばだ。高純度の呪波汚染に曝されて姉妹揃って影に沈むがいい」

 最悪の罠によって退路すら断ち切ったエスフェイルが、少女と狼の口で高らかに哄笑した。



 そこは、舞台北口方面にほど近い場所。
 少数の修道騎士たちが、孤軍奮闘する歌姫に加勢するべく動き出していた。
 序列三十三位のディルガッハ=リク=ンマウグは南東海諸島出身の【ウィータスティカの鰓耳の民】である。魚の鰓を思わせる耳をした彼らはエルネトモランでは少数派であり、修道騎士たちの中では更にその数を減ずる。
 アストラル界の形容方法は様々だ。空、夜、あるいは森。
 鰓耳の民はその世界を海であると認識する。
 生まれながらのアストラルダイバーとしてアストラル体をごく自然に投射し、海の中を泳いでいくのはディルガッハ率いる鰓耳の民部隊。
 先頭を泳ぐディルガッハが身に纏っている鎧は他の者たちとは形状が異なる。
 試作型神働装甲四型。
 魚に変形するその甲冑は、アストラル界においても同様に変形してアバター代わりの強力な機体となる。
 空中を泳ぐ彼らは、空中で激突する三つの強大な呪力構造体を発見した。
 実世界では歌い、華麗に舞っているだけに見える歌姫と魔将だが、呪文使いたちがグラマー界を情報的に認識すればそこでは極めて高度な呪文の応酬がなされており、アストラル界で視覚的に認識すればそこでは高速でぶつかり合うアバターが見える。
 斧槍を持った黒ウサギが、巨大な蝶と有翼人魚という実世界そのままの魔将と互角以上に戦闘を繰り広げていた。
 いや、それだけではない。
 黒ウサギの姿がぶれ、その背後に耳の尖った妖精種の女性が出現する。
 二人になったアバターはまるで一つの意思を持っているかのように高度な連携を行い、魔将に攻撃を繰り返す。
 劣勢なのは魔将二人だった。
 非実体の世界において比類無き強さを誇る歌姫。
 直接の戦闘能力においては魔将の中では下位だが、第七魔将アケルグリュスと第八魔将ハルハハールの呪術師としての能力は決して低くはない。
 数多くの修道騎士や探索者の精神を操り、手駒としてきた危険極まりない存在である。
 その二人を同時に相手に回して優勢に立つ歌姫とは一体何者なのか。
 戦慄するディルガッハたちは、その時自分たちに近付いてくる集団に気付いた。

「久しいな、ディルガッハよ」

「叔父貴! まだ逃げてなかったのか!」

 現れたのはディルガッハと同じく鰓耳の民。
 さいぜんまで貴賓席に座っていた三大氏族の一つ、リク族の族長代理と精鋭戦士団である。
 ディルガッハの叔父、ボガールは鼻を鳴らしながら答えた。

「キュラト族の腰抜け共はとっくに逃げたわ。テロト族の単純馬鹿どもは何やら早まった馬鹿の仇を取るとか抜かしてガルズ殿に挑もうとしたのでな。アストラル界の藻屑にしてやったわ」

「は? 叔父貴、今何と?」

「奴ら、まずは麗しき歌姫に仇なす厄介な魔将を片付け、死霊使いを倒す、などとふざけた事をぬかしたのだ。アケルグリュス姫やハルハハール殿に刃向かうなど言語道断。そうは思わぬか?」

 ディルガッハは絶句した。
 リク族たちは、完全に魔将側に寝返っている。
 それもおそらくは、自分自身の意思でだ。

「アケルグリュス姫の一族は元を正せば我らリク族と祖を同じくする、いわば同胞よ。お前も昔語りで美しい声の姫君たちのことを聞いたことくらいあるだろう。憎き槍神教の狂信者どもとの休戦が成って久しい。お前のような若者を人質代わりに送り出す慣例に疑問を覚える者も少なくなってきたが――今、この時こそ好機である。雌伏の時は終わった。決起するぞディルガッハ。偉大なる精霊たちを皆殺しにしたおぞましきデーデェイアを守護天使などと言って崇めさせられる屈辱の時代を、我らが終わらせるのだ!」

 ディルガッハは、背後を振り向いた。
 鰓耳の民部隊の部下たちは、みなそれぞれに思い悩んでいる。
 即断できるものはいなかった。隊長であるディルガッハ同様に。
 地上を裏切ることなどできぬと即座に言える者はここにはいない。
 そも――『裏切る』とは一体なにに対しての言葉なのか。
 逡巡の果てに、ディルガッハは決断した。



 序列四十位のドルメイスは【炎上使い】として知られていた。
 対象の精神を焼く高位呪術【炎上】はもちろん使えるが、アストラルネット上で工作した結果としての【炎上】の方が得意である。
 外見は赤い魔導書を手にした耳長の民。アバターもそれをデフォルメしたもの。
 松明の騎士団にありながら同時に智神の盾にも所属する彼の専門は情報工作だ。
 がらんとした観客席に身を潜めながら、ドルメイスは試作型神働装甲六型の拡張機能を起動。
 兜の両脇に垂れ下がった長い耳のような部品が上昇していき、頭部の頂点で真っ直ぐに立つ。
 二つの鋼鉄耳はアンテナとして一定の呪力を信号として送受信する呪具である。
 情報戦に特化した修道騎士は、舞台上の戦いに参戦するべく赤い魔導書を開き、無数の文字列を空中に吐き出していく。

「加勢致しますぞ。吾輩が来たからにはもう安心ですぞ」

 無数の文字列が赤く発光し、ドルメイスのいる場所から何度も迂回を繰り返し、複数の地点を経由して空中を走っていく。
 文字列は炎となって戦場に突き進み、圧倒的な破壊をもたらした。
 不意を突いた、完璧な支援攻撃。
 斧槍を持った黒ウサギは背後から火炎の直撃を受けて体勢を崩し、周囲を炎の壁で囲まれて身動きがとれなくなる。
 逃げ場である真上と真下を魔将が塞ぐ。

「ハルハハール様、この時を吾輩はお待ちしておりました」

 修道騎士ドルメイスが魔将によって魅了されたのはつい先程――ではなかった。
 生前のハルハハールによって魅了され、しかしその事を気取られぬように松明の騎士団内部で潜伏を続け、密かに情報を漏洩させる。
 時に慎重に、時に大胆に。
 真の主を殺害したキロンに対しては深い憎しみを抱きつつ、主を宿しているがゆえの慕わしさを感じるという矛盾した感情を向けながら表面上は平静を保って接していた。
 全ては、来るべき時の為。
 主無き後も下方勢力の勝利を信じ続けてきた。
 ようやく訪れたこの日に、ドルメイスは深く感謝した。

「さあさあ燃えろ燃えろ、『歌姫Spear、衝撃の不祥事!!』『白昼堂々の三又か?!』『可憐な歌声のどす黒い裏側』『槍神教関係者を卒倒させた乱れた女性関係とは?』『幻惑呪術による整形疑惑、幻術の専門家はこう語る』『そのヴェールの内側に隠された壮絶な過去! 関係者は虐待の爪痕を確かに見た!』っと」

 無数の火種を仕込み、あとは自動的に拡散させる。
 情報ソースの洗浄を半永久的に繰り返す呪文が鎮火しかけた炎を際限なく広げていく。ドルメイスは端末を僅かに操作するだけ。あとは暢気に見物しているだけで自動的に【炎上】によって対象の霊的、呪的権威が傷つけられていく。

「堕ちろ偶像アイドル。ハルハハール様に刃向かった報いを受けるがいい」

 そして、筆致探査によって正確に攻撃位置を特定した斧槍がドルメイスのアストラル体を貫通した。

「へ?」

 一瞬にして侵入される。
 赤い魔導書が物理的に【焚書】され、神働装甲が機能停止してただの鋼鉄の棺桶となる。
 最後にアストラル体経由で脳髄を灼かれて絶命、燃え上がった挙げ句に感染呪術によって他にも潜伏していたハルハハールやアケルグリュスの信奉者、更には親類縁者にまで累が及び、直系傍系尊属卑属を問わず、九親等以内の親族と親しい友人知人恋人同僚が虐殺されていく――はずだった。

「あ、あれ?」

 ドルメイスは死を覚悟したにも関わらず、目や口から血を流して酷い頭痛に苛まれる程度で済んだ事を訝しんだ。
 歌姫の力量は圧倒的だった。
 ドルメイスを遙かに上回る、上級言語魔術師ハイストーリア
 呪文戦闘の達人ならば、先程彼が想像したような凄惨な大量虐殺も容易く行えるはずなのだ。間違い無くあの歌姫にはそれができる。
 だというのに、それをしない。
 殺さない。

「は、はは。何だ何だ、まさかアレはそういう手合いですかなぁぁぁ?」

 不気味に笑いながら神働装甲の機能を復旧しつつ、ドルメイスは再度の攻撃を仕掛ける。今度は潜伏していた仲間たちと同時にだ。

「甘い、甘いですぞ! 殺す覚悟も持たぬ者が戦場に立とうなど、とんだお笑い草ですぞ~。吾輩はハルハハール様の為にとうに殺す覚悟を固めているゆえ、まるで躊躇いはございません。これは楽勝ですな」

 折良く、同じく試作型の神働装甲に身を包んだ彼の同志が駆けつけていた。
 アストラル界を隊列を組んで泳ぐ鰓耳の民たちが、魔将の攻撃でぼろぼろになった歌姫に一斉攻撃を仕掛ける。
 斧槍を持った黒ウサギと妖精。
 その周囲を、夥しい数の敵が埋め尽くしていく。
 生まれた隙を突いて、ドルメイスは標的の情報構造体へのアクセスに成功。
 そして、最大の火種を掠め取った。

「『ファンへの裏切り! 歌姫Spear、眷族種詐称が発覚! 異形の耳はその心の現れなのか』――これは確実に良く燃えますぞ~」




 序列第三十二位の少年ロシンは半妖精アヴロノである。
 彼は第十位【燃える髭】バルの命令で、会場の北口近く、観客席の上に長弓部隊を待機させていた。
 狙撃の準備を整え、魔将の呪術障壁が緩んだ隙を逃さずに撃て。
 あるいは、歌姫が不利になった場合は反撃されてでもひたすら打ち続け、歌姫を援護せよ。さもなくば待つのは部隊の崩壊である。
 ロシンは命令を正確に理解していた。
 それは理不尽に死ねという命令ではない。あの二体の魔将は直接の戦闘能力が低いために軽く見られているが、ある意味では敵の中で最悪の存在なのだ。
 歌姫が魔将を抑えていなければ、確実に松明の騎士団は終わる。
 だというのに。
 ロシンは、戦いの形勢が傾きつつある事を理解しつつも動けずにいた。
 試作型神働装甲第三型を霊長類形態のまま維持し、左手の弓と右手の『ゆがけ』型籠手の小指薬指で持った矢を番えることができない。
 周囲の射手――松明の騎士団随一の弓の使い手キロンに鍛え上げられた稀少な才能の持ち主たちもまた、困惑して行動を躊躇っていた。

『聞こえますか――聞こえますか――今、あなたたちの心に【深層心話】で話しかけています』

 状況が有利に傾いた為に余裕ができた魔将が、【心話】を改変した高位呪術によって彼らに語りかけているのだった。
 本来ならば拒絶しなければならない――しかし、その美しくも妖しい美声を一度聞いてしまったら、もう弓引くことなど誰にも出来はしない。
 ロシンたちは頭をかかえつつうずくまった。

『私たちはあなたたちを傷つけたくありません。あなたたちはほとんどが半妖精で構成される弓使いのようですね。ならばあなたたちは私たちの同胞です』

『僕ことハルハハールは虫態の闇妖精デックアールヴ。そっちのアケルグリュスは有翼人魚セイレーン――実は彼女の種族も君と同じ半妖精アヴロノなんだよ。稀少な鳥態の闇妖精と魚人マーフォークの混血が進み、一つの種族となったのが彼女たちだ』

『闇妖精には少数派の鳥の翼を持つ鳥態と多数派の虫の翅を持つ虫態がいますが、どちらも地上にいる【エルティアス=ティータの白樺の民】――つまり妖精アールヴ光妖精リョースアールヴと同じ種族です。そして、魚人たちもまた本来は【ウィータスティカの鰓耳の民】と祖先を同じくしています。彼らは大神院の分断工作によって争い合わされている被害者なのです』

 そこにいたのは大半がアストラルの視界を有する者たちだった。そうでない霊長類も狙撃用の遠眼鏡スコープによって知覚系の邪視能力を高めている。
 会場のアストラル界上空を泳ぐ鰓耳の民たち。
 彼らは統率のとれた動きで歌姫に攻撃を仕掛けていく。
 彼らと槍神教の長年にわたる争いは有名だ。それが操られたゆえではなく、自発的な意志によるものだと誰もが即座に理解した。
 しかし、ロシンたちはすぐにはその事実を受け入れられない。

『地上の半妖精には光妖精だけでなく闇妖精の血も混ざっているのですよ。いいえ、むしろ生命力に溢れた闇妖精の血の方が多いでしょうね』

 優しい語りかけ。
 淡い燐光がロシンの身体に触れる。
 するとどうだろう、とても安らかな表情になっていく。
 まるで、自宅の寝台の中で毛布にくるまっているかのような安心しきった表情だった。完全に心を預けきっているのはロシンだけではない。
 半妖精のほぼ全てが、無数の燐光に手を伸ばし、恍惚とした表情になる。

『僕と君たちとが深く共振しているのはその証明さ――君たちの多くは闇妖精の血を引いているんだ。僕らは殺された後、確か寄生異獣とかいうものにされてしまうんだろう? 僕と適合した者は間違い無く闇妖精の血を引いているだろうね』

「そんなはずはない!」

 ロシンは愕然として叫ぶ。

「キロン様は北辺帝国の出身で――いや、でも確か、西北系の半妖精アヴロノだと――そんな、まさか。しかし翅などは生えていなかったはず」

『君たち地上の人間は、翅の形質を発現させた半妖精が生まれると臍の緒と一緒に翅も切ってしまうのだと、こちらに逃れてきた闇妖精系のアヴロノたちから聞いたよ。僕のような変身者の運命は――半々らしいね』

「そんな、そんなことが」

「ロシン、お前はまだ知らぬだろうが、半妖精にはそういう暗黙の決まりがあるんだ。忌まわしい慣習である上に、情報規制されている為に検索してもわからないがな。あと数年経てばお前にも教えることになっていた」

 ロシンよりも歳を重ねた青年が真実を明かす。
 愕然として周囲を見回すと、他の半妖精たちは無言でそれを肯定した。
 知らなかったのは少年であるロシン一人。
 世界が崩れていくかのような事実に打ちのめされ、彼は膝を突いた。
 闇妖精の特徴を持って生まれた半妖精たちの道は、鳥の翼か虫の翅を切除して地上で生きていくか、地獄に下るかの二択。
 変身能力を有していればそれを隠して地上で生きることもできようが、それも苦しい道だ。
 やがて彼らは、悩みながらもそれぞれ燐光に手を伸ばしていく。
 それは決意の表明であった。
 半妖精だけではない。
 長距離射撃や正確な曲射を得意とする天眼の民の狙撃手が燐光に手を伸ばし、偵察用の使い魔として地獄の異獣を選んだ三本足の民が足を踏み出す。それは、苦楽を共にした仲間たちへの同情もあったのかもしれない。

「おい、貴様ら正気か?!」

 巨大な弩を担いだ燐血の民が怒鳴り声を上げる。
 直後、低い呻きを上げて前のめりに倒れた。
 その背中には短剣が突き刺さっていた。心臓を正確に貫く一撃。傷口から大量の炎が吹き上がり、短剣を溶解させる。
 余りにも鮮やかに味方を背中から刺した霊長類の青年は、部隊の『裏切り者』を殺害して全体の意思に迎合した。

「俺も『宗旨替え』することにするわ。地上に未練無いし、この流れで逆らって死にたくないしね。つーわけでよろしく」

 なによりもまず自らを信じる鉄願の天使の眷族は、三本足の民とは違って道具を作ることは余り得意ではないが、使うことにかけては眷族種随一だった。
 投石器、長弓、弩、投槍、呪符、巻物、魔導書、杖、短剣、短槍――様々な武器を節操なく持ち替えてその場その場で最適な道を模索する。
 魔将の説得や開示された事実に毛ほども心を動かされなかった彼は、その場を乗り切る為に己の信じる道を行く。
 すなわち、自分が生き残ることができる方に。
 部隊の意思が統一され、隊長であるロシンは決然と立ち上がった。
 神働装甲は持ち主の眷族種としての特性、守護天使に関連した聖獣形態への変形機構を有するのが特性である。
 気紛れのアエルガ=ミクニーの与える加護を強く反映した第三位の神働装甲は、試作機ということもあってか独特の変形機構を有していた。
 無数の可変ブロックを独立した呪具として大量に搭載し、状況に応じていかような形態にも変形できるというものである。
 イメージとしては幼子に与えるような創意工夫する能力を育てる玩具に近い。
 それらで構成された装甲は持ち主の呪力によって瞬時に分解、再構築されてある程度自在な形を組み立てる。
 そして試作機を着込んだロシンにとって、今や強くイメージするのは霊長類に近い存在としての己ではない。

「ああ、キロン様、お許し下さい」

 小さく呟く少年の目の前に淡い光。
 そして、天上に輝く神の如き美貌を見た。
 輝く蝶の翅を広げた、敬愛する師の姿を。

『いいんだよ。君はもうこの地上の窮屈さに身体を小さくする必要は無い。君は自由に羽ばたいていいんだ』

「はい、はい! 今、参ります、キロン様――!」

 神働装甲が変形していく。無数の箱状部品が分解され、再構成される。
 その形状は、巨大な虫そのもの。
 輝くような呪術翅を広げた、イナゴの皇となって、少年は飛翔する。
 狙うは歌姫の命、ただ一つ。

「僕が先陣を切って呪術障壁を破る! 後方支援は頼んだぞ! ロシン=バズイ、出陣するっ!!」




 灰色の太い腕が、巨漢の頭部を鷲掴みにして吊していた。
 魔将ベフォニスが首を左右に傾けると、軽く音が鳴る。
 それから退屈そうに欠伸をして、巨大な口が開かれた。
 プリエステラは、周囲を包む燐光と呻き声を上げるペイルを交互に不安げに見ながらも、舞台に根を張りながら震える手で杖を前に構えた。

『プリエステラ。最後の樹妖精アルラウネ。どうか私たちの話を聞いて頂戴』

『君は僕たちと来るべきだ。可哀想なティリビナ神群の生き残りは、僕たちが最後に確認した時には第八階層で弱小勢力として冷遇されながら地母神や穀物神としての権能を搾取されていた。きっと今もその状況は変わっていないだろう』

『私たちと第八階層の神群たちは長いあいだ緊張状態を維持してきた。貴方はその状況を打破して、誰もが平和に共生できる世界を作る鍵になり得る存在なの』

 代わる代わる語りかけてくる魔将たちの声に、プリエステラは強く反論する。

「何が平和よ! 何が共生よ! あなたたちは、地上の人達を沢山殺しているじゃない! 槍神教だってそうだけど、私にはあなたたちの違いがわからないわ!」

『僕たちは目的を達成した後に和平を持ちかけ、この天蓋世界の人々とも和解できればと願っている』

『けれど、槍神教は私たちの完全な絶滅を願っているわ。違いがあるとすればそこね。彼らが【聖絶】と言ってはばからない、忌まわしい虐殺』

『槍神教をこの世界から消滅させる。残念だけどね、あらゆる人と共生することはできないんだ。共生そのものを否定する邪悪さには、平和を愛する心は決して勝てない。だから、矛盾と知りつつも悪を行うしかないのさ』

『私たちもまた許されぬ非道を行っていることは自覚しているわ。けれど、たとえそうであっても槍神教だけは打ち倒さなければならないのよ』

 【心話】が伝播する強い覚悟と意思。
 プリエステラはうつむき、惑い、ぎゅっと目を瞑った。

「私はみんなが幸せに、平和に暮らせればって――でも、みんなの居場所は地上に無くて――それでもハルやイルスは一緒に居場所を作ろうって言ってくれて――」

「そいつはくだらねえ誤魔化しってもんだろうが。『内側から変える』なんてのはな、一見正しいようだが実際は戦う勇気がねえだけの腰抜けどものその場凌ぎよ。クソくだらねえ決まりを押しつけてくる連中が悪いに決まってるだろうが。ぶっ潰さねえと際限なくクソが積み上がるばっかりだぜ」

 ベフォニスが唾を吐き捨てた。
 片手で持ち上げられたペイルが呻きながら灰色の腕を掴む。

「ナメんなよ、クソが。上から目線で説教垂れやがって。てめえらはそんなにお偉いのかよ、ああ?!」

「偉かねえな。むしろ悪態吐かれて当然ってもんだろ、俺らはよ。だがな、こちとら人の道に外れる覚悟で『魔将』名乗ってんだ。理性と博愛でもって野蛮人共を啓蒙、ついでに上から目線の傲慢な征服、ってか。大いに結構じゃねえか。それでクソったれな神気取りの連中をぶん殴れるなら幾らでも罵声なり唾なり浴びてやるぜ。丸ごと飲み込んでやらあ」

『ふふ、ベフォニス、それは元帥閣下の受け売りよね?』

「うるせえ。俺はレストロオセ様に忠誠を誓ってんだよ。まあ、形式上は部下だからな、話くらいは聞いとくけどよ」

 仲間と気安い会話を交わすベフォニスの背後には、うずたかく積み上がった屍の山。プリエステラは、ひどい現実感の喪失を覚えたのか、頭をおさえて杖に縋り付いた。

『僕たち魔将は大悪をなす外道の集団。平和な世界には必要無い。皆、戦いの半ばで散る覚悟を固めているし、最後には戦争を主導した大罪人として裁かれることになっている』

「そんな、じゃあ貴方たちは、全部の憎しみを背負って、分かたれた世界を一つにするための生贄になるつもりだって言うの?!」

「ま、そーいうこったな。いかにも悲劇の英雄願望丸出しなセレクティのイカレ女――おっと、元帥サマの考えそうなこった。ま、慈悲深きレストロオセ様はまた別のお考えがあるみてーだし、俺はそっち派だけどな」

『レストロオセ様は、どのような必要悪であろうとも、特定の誰かだけが重すぎる責任を背負って潰される事を良しとしない。それでは地上のように生贄の山を積み重ねるだけになってしまう。ゆえにこそ、罪を分かち合い、理想的な再分配を行う手段を模索しておられるんだ』

『私たちが両界の憎まれ役になって消えていくのは最後の手段ね。レストロオセ様は歪んだ手段では大義までもが揺らいでしまうと、この戦争そのものに深く心を痛めていらっしゃるわ。魔軍元帥たるセレクティ閣下は主であるレストロオセ様の心中を慮りながらも、深く世界の行く末を案じるがゆえに自ら魔軍を引き継ぎ、転生を繰り返しながら長きに渡る戦いを続けているの』

「あのガルズって奴の計画もそうとうイカレてるが――実際どうなのかは呪術の専門家じゃねえ俺にはわかんねえ。もしかしたらあいつのやり方も一つの道かもしれねえな。俺は槍神教をぶっ潰して、レストロオセ様の救済を待つのが正しいと思うけどよ」

『最善の道は僕たちにもわからない。けれど、レストロオセ様についていけば必ずそこに辿り着けると僕らは信じている』

『そう。私たちはあの方を信じているの。あの方が示してくれる、光に照らされた道を。その先にある未来を』

「確かな事が一つあるぜ。腐れ槍神が勝利した先には、ロクな未来が待ってねえってことがな。そいつは俺にも信じられる。だから俺はあの方を信じるんだ」

 信仰――という単語が、自然と魔将たちの言動から連想された。
 彼ら魔将は時に地上の民を『狂信者』と呼ぶ。
 それは、狂信的――槍神教に全てを支配されて、理性を失っているという意味の侮蔑の言葉だと思われてきた。
 けれど、もしかするとそれは、信仰の在り方の違いに対しての非難であるのかもしれない。
 魔将たちは、己の理性に従って信仰している『何か』があるのだ。
 それは、視点を変えれば無論『狂信者』と言う事ができるものであろう。
 だが、魔将たちはそれを肯定するだろう。
 ゆえに彼らは自らを魔将と称しているのだ。
 そして――信仰の在り方が『狂っている』として地上の民を非難する。
 それは信仰などではないと。
 途方もない情報の波に翻弄されて、プリエステラは遂に座り込んでしまった。
 杖を取り落として、顔を手で覆いながら首をゆっくりと振る。

「私は、私は――」

「ペイル! プリエステラ! そいつから離れろ!」

 叫び声と共に、遠くから【修復】と【霧の防壁】が遠隔発動する。
 手を前に突きだして呪術を発動させているのは、黒檀の民の医療修道士イルスだった。負傷者を治療しながら前線まで出てきた彼は、群がる死人たちを蹴散らしながら危機的状況の陥っている二人の下へ駆けつけたのだ。
 プリエステラはイルスを見た。その瞳に様々な感情が去来する。

「ち、邪魔だぜ、狂信者が」

「待って! イルスは非戦闘員よ。手を出さないで」

 プリエステラは勢いよく立ち上がってベフォニスの前に立ちはだかった。
 それから、決意と共に言い放った。

「わかった。貴方たちについていく。だから、ペイルを離してあげて。それと、地獄――ううん、ジャッフハリムに行くのならティリビナの民も一緒」

 ベフォニスは素直に頷いて、ペイルをイルスの方に放り投げた。
 イルスは急いで呻く大男に手をかざす。

「最初からそのつもりだぜ。実験動物扱いさせたままにできるかよ」

「それと、お願いだからもう出来るだけ殺さないで――ううん、ごめんなさい。無理を言ったわ。けど、非戦闘員や民間人には手を出さないで」

「っつってもな。クエスドレム様とかイカレエスフェイルは喜び勇んでぶち殺しまくるだろうし、サジェリミーナは何考えてんのかわかんねえし。ガルズって奴もありゃあ一度皆殺しにして全人類を再生者にすれば平和になるとか真顔で言ってる類だぜ。まあ、そういうのはアケルグリュスがなんとか説得してくれや」

『わかりました、この戦いが終われば、必ず。プリエステラ、ベフォニスと一緒に会場の外に出て、ガルズさんと合流してくれる?』

 プリエステラは頷いて、ベフォニスと共にその場を立ち去ろうとする。
 去り際にイルスたちの周囲に種をまき、瞬時に育った大輪の花によって死人避けの結界を作る。

「ちっくしょう――また女に守られてんのか、俺は! クソ、クソ――」

 ペイルは歯を食いしばりながら、何かを堪えるようにしながら震える声で呻いている。プリエステラは咄嗟に、彼の顔を見てはいけない、というふうに視線を上げた。目があった。

「イルス。私、行くね。悪いけど、緑の霊峰を再生するのは私たちティリビナの民になりそう。けど大丈夫。和解のきっかけは他にもあるわ。きっと貴方たちも一緒に平和に暮らせるミューブランが戻ってくるから――だから」

 それ以上は言葉にならず、プリエステラは去っていく。
 残されたイルスは、寡黙にペイルを治療し続ける。
 彼は、ただ癒すだけだった。
 ティリビナの民に裏切り者と言われた黒檀の民は、その心中を明かすことなく、ただ周囲に満ちる暖かな呪力、花の結界が放つ芳しい薫りを少しだけ吸い込んだ。




ディスペータお姉様による『あとでテストに出ますからね』コーナー

「今回紹介するのは第六魔将、石喰いのベフォニスです。
 岩肌種トロル、あるいは石肌種という文字通り肌が岩石のような色と硬さを持った種族ですね。
 彼らは生まれたときはとても柔らかい肌をしているのですが、成長するにつれて『岩石のような色と質感のこの肌は本物の岩石のように硬い』という自他の認識に引きずられて皮膚が強固になっていきます。
 呪術によってその肉体の性質を変化させていくという、摸倣子の存在する呪術世界に適応した種族の一つと言えるでしょう。
 ベフォニスは粗野ですがアインノーラ同様に由緒正しい勇士の家系で、ジャッフハリムの王族に仕える一族の嫡男です。
 『灰』の色号使いとしても優秀で、肉体の時間を加速させることによって再生、高速移動、体内で瞬時に呪宝石を加工、といった事ができます。
 ちなみにエスフェイルとは擦れ違った時に肩がぶつかった事に気付かず通り過ぎたエスフェイルに因縁をつけに行って決闘にまで発展して以来、お互いに嫌いあっています。どうでもいいですね♪」

「続けて第七魔将いっちゃいましょう。楽想のアケルグリュスです。
 彼女は有翼人魚セイレーンの最後の王族であり、また闇妖精デックアールヴ魚人マーフォークという異獣の混成種族です。翼と尾びれの両方を持つ彼女は空と水中を自在に泳げるそうです。羨ましいですねー。
 普通、混血の場合は両方の因子が同時に発現することは滅多にありません。人為的に胎児に呪いをかけない限りは、ですけどね。
 有翼人魚はポーリエという古き神が己の眷族としてそのような在り方を強く望んだために誕生したと言われています。二つの種族に限り、両方の要素が必ず強く発現するという呪い。
 その為、地上では三位と四位の眷族種が結ばれる事は禁忌とされています。森の民と海の民、両者は不倶戴天の間柄であり、互いに憎み合ってもいますが、それは大神院が意図的に創り出した対立なのです。
 ところで、アケルグリュスもまたジャッフハリムにおいては歌姫という異名で知られているそうです。
 呪術の種類も基本的にハルベルトと同じ。歌によって呪文を紡ぐ――その技量においてどちらが勝るのかはともかく、使い方では相手に一日の長がありそうですね。
 そうそう、彼女の服装ですが、昔は貝殻で胸を覆っていたのですが、ベフォニスの視線がいやらしかったので今では肌を全て隠すタイプの水着を着ています。ベフォニス、最低ですね♪」

「最後に第八魔将、優美に泳ぐ蝶ハルハハール。闇妖精です。
 この魔将に関しては、どちからと言えば寄生異獣としての印象が強いかしら――本来は魅了や精神干渉が得意なタイプで、直接的な戦闘は苦手、鱗粉を広範囲に散布させないと効果が発揮できないなどの欠点が多い魔将です。霊長類にも変身(大きさもある程度調節可能)できますが、彼は蝶でいる自分の姿が好きみたいですね。主であるレストロオセにその姿を褒めて貰ったことが彼の誇りのようです。『自己愛野郎』と馬鹿にしてくるベフォニスのことは嫌いみたい。誰からも嫌われてばかりですね、ベフォニス♪
 『彼』がこの魔将に適合したのは、実は必然でした。地上には西北系と呼ばれる白い肌の半妖精が沢山います。光妖精、闇妖精というのは、外見上の差異によって決定される恣意的な区分でしかないのです。
 彼は決して愚かではありません。自らが射殺した蝶の翅や甲虫の頭などを持った『異獣』たちの正体を理解していたはずですが――その上で、ということか、あえて知らぬ振りをしていたのか、それとも既にそんなこともわからなくなってしまっていたのか。
 いかに死の淵から甦った再生者と言えど、魂を砕かれてはもはやそれを確かめる術はありません。自殺者の望みを蔑ろにすることを、死人の森の女王は憎みます」

「今日はここまで。ベフォニスは最低、と覚えておいて下さいね♪」
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