挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
幻想再帰のアリュージョニスト 作者:最近

第3章 特権者のヒロイック・シンドローム、さもなくばアズーリア・ヘレゼクシュの憂鬱

65/179

3-25 オンステージ

 ややこしいので名前リスト。

 第四魔将、万殺鬼アインノーラ。牽牛種アステリオス
 第五魔将、銀霊サジェリミーナ。銀霊種クイックシルバー
 第六魔将、石喰いのベフォニス。岩肌種トロル
 第七魔将、楽想のアケルグリュス。有翼人魚種セイレーン
 第八魔将、優美に泳ぐ蝶ハルハハール。闇妖精種デックアールヴ
 第九魔将、賛同のピッチャールー。旧世界の古代兵器。
 第十魔将、三つ首の番犬サイザクタート。虹犬種ヴァルレメス
 第十一魔将、光の幻姿ユネクティア。幻姿霊種スペクター
 第十二魔将、網膜を灼く稲妻ズタークスターク。アリスの仮想使い魔。
 第十三魔将、朱大公クエスドレム。地獄の王族。
 第十四魔将、痩せた黒蜥蜴ダエモデク。黒蜥蜴人リザードマン
 第十五魔将、闇の脚エスフェイル。人狼種ウェアウルフ

「タークスターク空から落ちた♪ タークズタークかみなり落ちた♪」

 まず光。
 それから悲鳴。
 稲妻が甲冑を溶解させながら内部の人体を灼き尽くし、速やかな死と共に一条の魂魄が天の御殿へ飛んだ。

「誕生日は生まれた日♪ お祝いするのは31,536,000秒のうちたったの86,400秒だけ♪ 大事な大事な命の日♪ あとの31,449,600秒はー?」

 仲間の死に怯むことなく呪術障壁を張りながら次々と呪術を放ち、槍を投擲し、超人的な跳躍力で上空で雷光を放ち続ける標的へと挑んでいく修道騎士たち。
 しかし無意味。

 鮮烈な黄緑の稲光によって形成された少女はばちばちと音を立てながらエプロンドレスを翻し、死の電撃を振りまいていく。

「生ーまれーてない日っ♪」

 ほっそりとした右手が閃いて舞台の上から攻撃を仕掛けていた修道騎士たちが薙ぎ払われていく。三重展開された【霧の防壁】という理論上最高であるはずの防御は容易く貫通されてしまう。

「なーんでーもない日っ♪」

 節回しは滅茶苦茶で、歌詞も同様にナンセンス。
 しかし絶えず奏でられる悲鳴の伴奏は奇妙に音楽的で、まるでそれを狙って絶妙な殺害の瞬間を選んでいるようだった。

 あるいは浮遊する稲妻の少女にとって、次々と雷を落としていく行為は鍵盤に指を振り下ろしていくような行為なのかもしれない。

「私とあなたが生まれなかった日♪ とっても素敵な皆殺し♪ 毎日毎日殺しましょう♪ 祝え、生まれてない日っ♪ ばんざーい♪」

 松明の騎士団は、迷宮攻略の際には六人から構成される分隊が戦術行動の基本的な単位となる。
 防衛の際には五分隊を束ねた小隊三十人、更にそれを五つ束ねて専門的な技術を有する呪術工作や後方支援の要たる兵站を維持する輜重兵といった要員を加えたおよそ二百人規模の中隊、というように規模が膨れあがっていく。

「嘘、でしょう――?」

 私とリーナはその光景を箒の上からただ眺めることしかできなかった。
 不用意に近付けば、わかり切った未来が待っているだろうから。
 中隊規模の警備部隊、それも会場の民間人を守る為に選抜された優れた防御能力を有する百五十人が、一瞬にして全滅していた。

 ガルズの復活によって再形成された浄界は無数の泡が浮かぶ闇夜であった。
 四つの月は全て色の付いた泡となり、無数の星々もまた全てが空に浮かぶ泡。
 半透明な天の御殿が逆さまに屹立し、大地からは死者が這いだしてくる。

 おぞましい世界の中央、舞台の上空に浮遊する積層鏡。
 その前に浮遊するのは可愛らしい少女。
 流れるような豊かな髪、ふわりとした膝丈のエプロンドレス、そして眩い黄緑の稲妻を迸らせる険呑な全身。

 稲妻によって構成された、仮想使い魔の少女。
 術者である【賢天主】アリス本人を精巧に再現しているらしいその姿は、とても当時の守護の九槍の第三位、第六位、第九位を含む上位修道騎士たちを死に追いやり、アルセミア本国から送り込まれた三個師団を壊滅させ、九英雄を四英雄にした最強最悪の大魔将とは思えない。

 だが、たった今起こった圧倒的な殺戮を見せられては、そうなのだと納得する他は無い。
 第十二魔将ズタークスターク。冥王が創り出した沼女型哲学的ゾンビ。
 それが地上に復活しただけでも未曾有の危機と言う他に無いというのに、脅威はそれだけではなかった。

 会場は静まりかえっていた。
 大地から這いだしてきた夥しい数の死者は観客たちに襲いかかったが、即座に発動した呪術防壁によってその動きは妨げられる。

 多くの観客たちは精神を落ち着かせる【安らぎ】のお陰で誘導に従って避難を開始することが出来た。
 だが、一部では混乱した人々が我先に逃げだそうと押し合いへし合い、お互いに重なり合って倒れて人が潰されていくという悲惨な光景が繰り広げられている。

 肉と骨とが軋む狂騒が、ぴたりと停止する。
 会場に拡散した粒子が不可思議なパターンの波を伝播させ、誰もがそれを注視してしまった。

 複合鏡面に映し出された巨大な蝶。
 ただ『美しい』という認識のみを強制的に押しつけ、他者の精神に干渉する恐るべき魅了呪術。

 第八魔将、優美に泳ぐ蝶ハルハハール。完全な変身能力を持つ闇妖精種デックアールヴ変身者シェイプシフターは、かつて幾度となく地上に侵攻し、蝶そのものの姿で立ち向かう者に『圧倒的に美しいハルハハールに傅きたい』という欲望を植え付けてきた。

 護符や呪動装甲に守られた者や呪術適性が高かった者は難を逃れたようだが、私でさえ一瞬だけ心が震えるような感動を覚えてしまった。
 惚けるようにして煌めく魔将に魅入られた人々は完全に逃げ遅れ、その場に釘付けにされてしまう。

「美しい僕は完璧に人心を掌握する――これで無用な混乱は最小限で済む。哀れな地上の民が潰れていくのは見るに堪えないからね――醜すぎて」

「あら、出遅れたわ。ハルハハールったら、甦った直後からもう鱗粉を拡散させていたのね。これだと、私が歌う必要は無いかしら」

「そんなことは無いさ、美しいアケルグリュス。僕の美しさが理解できない低脳どもがまだ残っている。君の歌で魅了してやるといい」

「それもそうね。では失礼して――」

 巨大な蝶のすぐ傍で、すうと息を吸い込んだのは美貌の女性である。
 ただし、その両腕は翼であり、下半身は魚。
 第七魔将、楽想のアケルグリュス。有翼人魚種セイレーン最後の王族であった彼女の歌声は、かつて第二階層に挑んだ者たちをことごとく魅了し、屈伏させ、その上で寝返りを誘発させてきた。

 地獄には赤蜥蜴人、青蜥蜴人、黒蜥蜴人などの大神院によって異獣と定められた天眼の民たちがいる。
 当時は天眼の民の一氏族であった緑蜥蜴人と地獄側蜥蜴人との和睦を実現させ、大神院による異獣認定とは関係無く自主的に緑蜥蜴人を地獄側に引き込んだ立役者こそが彼女である。

 第二階層攻略当時は彼女に魅了された者たちによる地上でのテロルが頻発したと聞いている。
 第一声の呪文によって音響設備をクラッキングして、有翼人魚の歌姫は高らかに声を響かせた。

 美貌による視覚的魅了に加えて、聴覚に訴えかける旋律の魅了。
 魔将に戦いを挑もうとしていた松明の騎士団さえ膝を屈しようとしたその時、音響設備が外部からもう一度乗っ取られ、より強力な歌声がアケルグリュスの歌を押しのける。

 それは歌姫Spearとしての矜持なのだろうか。
 今は休憩中。ステージの最中に乱入されるという不躾な挑戦を、彼女は真っ向から受けて立とうとしていた。

 颯爽と姿を現した彼女の優美な姿に、ハルハハールに心奪われた中でもいくらか呪術抵抗が高めだった者たちが我に帰る。
 二体の魔将による魅了は簡単に解除できるような代物ではない。

 にもかかわらず、歌姫をそれをいとも簡単に為し遂げて見せた。
 それは、少なくとも地上においては魔将よりも歌姫Spearこそが絶対的な存在であると見なされているということに他ならない。

「へえ、僕らの美しさに真っ向から喧嘩を売るなんて。面白いね」

 ハルハハールが巨大な翅から燐光を放ち、アケルグリュスは一層力強く声を響かせていく。
 美貌と歌声。
 二種類の呪力が渦を巻き嵐となって、両者の中間点で激突する。

 魔将二人を同時に相手取ることになった歌姫Spearの額を汗が伝う。
 だが、その瞳から戦意は消えない。
 私は援護に向かいたくてたまらなかったが――動けなかった。

 正確には、雨あられと射出される闇色の棘による弾幕を回避するのに精一杯だったのだ。
 第十五魔将エスフェイルの足下に広がる影から次々と射出される棘は、私が使う感応の触手と同じ性質のものだ。

 私たち青い鳥ペリュトンよりも杖の適性に優れた人狼ウェアウルフは強靱な体毛を有する。
 その中でも高位の呪術師は体毛を束ねたり、未分化の疑似細菌を硬質化させたりして棘状の触手を分離、高速で射出する。

 【影棘シャドウアーチン】と呼ばれるこの呪術は、人狼種がかつて第九位の眷族種であった【ラフディの棘の民】との混血を繰り返した【スキリシア=エフェクの夜の民】であり、影の天使マロゾロンドの加護よりも大地の天使ドルネスタンルフの加護を強く受けていることの証明だ。

 普通は二つの加護を同時に扱えば加護同士が反発しあって術の制御に失敗するのだが、影の天使と大地の天使は珍しく相性が良く、加えてエスフェイルの卓越した呪術の能力が驚異的な威力と連射性を両立していた。
 その上、最悪な材料はまだある。

「まあるい月は、かつての大地の記憶なり! 第二衛星たる幽月(イヴァ・ダスト)の土から創り出した我が使い魔、【擬球神クルグ・ドルネスタンルフ】の力を思い知るがいい!」

 エスフェイルの周囲を浮遊する、巨大な球体。
 それは月だった。
 かつてキールたちを飲み込んで使役した恐るべきエスフェイルの使い魔。

 この使い魔はその形状が『球体の大地』と『夜に浮かぶ月』に類似しているということを利用して、人狼に二種類の加護を同時に与える。
 それがたとえ空中戦であっても日中の戦いであっても、この使い魔さえいれば人狼は弱体化すること無く戦える。

 その上、真夜中であればその力はさらに増大するというのだ。
 模造の月が輝いて、エスフェイルに膨大な呪力を供給する。

「アズーリア、【静謐】は?!」

「対策されてる。一定周期ごとに棘の組成を変化させて、参照抵抗を付けてるみたい。もっと正確に解析しないと無駄撃ちになる可能性が高い」

 リーナは凄まじい速度で回避を続けてくれているが、このままではまずい。流れ弾が周囲に被害を振りまく危険性もあった。

「リーナ、一旦距離を置こう! このまま攻めても私たちだけじゃ勝てない!」

「でも、ガルズが――ううん、わかった」

 悔しそうに、リーナは棘の射程外へと逃れていく。
 それに、と私は左手の金鎖の数を数える。
 死の淵から甦った私は、またしても呪術適性が上昇し、フィリスの浸食率も高くなっていた。

 その結果として、現在私がフィリスを使用できる回数は七から九に増えている。
 普通に考えれば戦力は飛躍的に増していると喜ぶところなのだが――今は状況が悪すぎる。

 遠ざかっていく舞台中央の浮遊積層鏡。
 追撃してくる模造の月から逃れる為に呪文を唱えながら、私はちらりとその上に集結した影を数える。

 十二体。
 ガルズとマリーを加えれば十四だ。とても私一人でどうにかなるような数じゃない。その上現在は守護の九槍の半数が第四階層の防衛を行っているし、第二位たる聖女クナータは万が一の事態に備えて時の尖塔から出る事ができない。

 そもそも、敵の狙いは聖女その人なのである。
 前線に出せる筈も無い。
 模造の月が、地面から這いだした死人を内部に取り込み、ぐるぐると振り回しながら次々とこちらに投げつけてくる。

 リーナが回避し、私が【爆撃】で迎え撃つ。
 援軍が来るまで、この敵をやり過ごさないと。
 私は影の弾幕に紛れて密かに敵陣に送り込んでいた『密偵』に望みを託す。
 危険な役目だが、『彼女』ならそうそう窮地に陥ることはないだろう。

 空中を疾走しながら、私は積層鏡でのやりとりの盗撮映像を目の前に表示した。
 お菓子に彩られた立体映像が魔将たちの声を運んでくる。
 周囲の敵、その第一波を撃退した魔将たちは、今後の方針について話し合っているようだ。

「いかに敵とはいえ、民間人を巻き添えにするわけにはいかぬ。このままアケルグリュスとハルハハールに人心を操作させ、避難させるのがよかろう」

 おそらくは地獄の交戦規定や審判たるヲルヲーラが定めた規則に基づいての発言であろう。
 冷静で重みのある男性の声。

 巨大な亀の甲羅にすっぽりと包まれた巨漢で、丸太のような手足は雄々しく、手に持った丸盾と簡素な鉄の棍棒が小さく見える。
 そしてその頭部は湾曲した角が禍々しい、茶色の肌の牛そのものであった。
 第四魔将、万殺鬼アインノーラ。

 長く第一階層の守護者として君臨していた恐怖の象徴。
 時の尖塔の前に存在していた大迷宮は数多くの修道騎士や探索者を飲み込み、最深部に辿り着くことができた者も、この牛頭の番人によって斬殺される。

 牽牛種アステリオスの名で知られる強壮なる闘士は、あくまでも人道的に振る舞う。

「このまま我らが思うがまま力を振るえば、多くの血が流れよう。しかしそれによってけして消えぬ傷痕と憎しみ、遺恨を残して何になろうか。レストロオセ様はそのような事は望まれぬだろう。ここは一時地上側と話し合いの場を設け、民間人らの引き渡しについて――」

「下らんなアインノーラ。地上の者どもなど首を刎ねてしまえばそれでよい。義叔母上おばうえの事など知らぬわ。打ち首が良いぞ打ち首が。この場にいる全員の首を並べて晒せば良い。さぞ壮観であろう」

 口を挟んだのは朱色の長衣を纏った壮年男性である。
 一見して霊長類にも見えるが、雰囲気が異様だった。目には黒目や白目などの区分が無く、全てが朱色。

 呪鉱石じみた瞳が一瞬だけ輝くと、その場に十人ほどの修道騎士が空間を渡って出現させられる。
 戸惑う彼らの目の前で、ぱちん、と指を鳴らす。

「斬首刑に処す」

 十人の首から下が、霞の如く消滅した。
 ぼとりと落下した兜の下から染み出す赤い血液が、ずるずると男性の影の中に吸い込まれていく。

 男の影は異形の赤色をしていた。
 血を啜る影から無数の肉塊が盛り上がる。影の内部に潜んだ何かがゲタゲタと笑い出した。それは目と鼻と耳と口を備えた内臓である。複数の赤い心臓が集合した怪物が、影と同化しておぞましい笑い声で死を嘲笑した。

「クエスドレム殿! そのような残虐な殺め方はおやめ下さい! 彼らとて心ある者たち! 我らと同じ人類なのですぞ!」

 アインノーラが非難する相手こそ、第十三魔将朱大公クエスドレム。
 ジャッフハリム王族にして『朱』の色号を自在に操る高位呪術師である。

「アインノーラよ。お前は長く地上で戦ってきたというのに、この狂信者どものおぞましさを知らぬようだな。見るがいい、奴らの醜悪さを」

 クエスドレムが朱の瞳を輝かせると、新たに出現したのはでっぷりと太った神官服の男性たち。
 慌てふためく彼らは、前掛けに食べかけの食事を零しながら尻餅をついて命乞いを始める。

 アインノーラは彼らを解放しようと一歩を踏み出すが、牛頭に亀の甲羅という姿に恐れおののいて失禁する神官たちに手を差し伸べ損ね――そして、ある事実に気付いた。

 神官たちは、手に持った皿に乗った食品をナイフで切り分け、フォークで食べながらライブを観賞している最中だったのだ。

「貴様ら、貴様ら一体何を、何を食べて――」

 アインノーラが震えながら問いかける。神官の一人が気がついたように、唯一皿に載ったまま無事だったそれを差し出し、歪んだ引きつり笑いを浮かべながら許しを請う。

 四角いバターが乗った、焦げ目の付いた薄いパンケーキガメを。
 扁平な甲羅を持つ、トントロポロロンズや羊少女のような食用奉仕種族である。
 アインノーラは神官を見た。

 神官は、にこりと笑って「おひとついかがですか?」と口にした。
 直後、鉄の棍が振り下ろされ、潰れた肉塊が一つ出来上がった。
 牛頭の魔将は怒り狂いながら残った神官たちをも叩きつぶし、高らかに吠える。

「なんという冒涜! なんという退廃! 偉大なる亜竜、賢く心優しき亀たちをこのような姿に貶め、あまつさえ己の快楽の為だけに貪るなど! ぬがああああ!」

 アインノーラは繰り返し肉塊に棍棒を振り下ろし、入念に殺害を繰り返した後足場から叩き落とした。
 その時、舞台上に大量の援軍が飛来する。
 天を埋め尽くす大群。

 飛行型の自動鎧リビングアーマーが足裏から呪術炎を噴射しながら接近していた。
 その中央で腕組みをしながら仁王立ちするのは、呪動装甲を着込んだ聖騎士。
 その手で無数の呪術糸を繰り、同時に大量の人形を操作する人形師だ。

「私が来たからには貴様らの好きにはさせんぞ死に損ないどもめ。宣名しよう。我が名はヨミル・バーンステイン! 松明の騎士団序列十三位にして天使ペレケテンヌルの加護を受けた私は同時に一万の自動鎧を操る事が可能! 後方支援部隊を必要としない、疲れを知らぬ一個師団相当の戦力による波状攻撃! 凌げるものなら凌い、で――」

 序列十三位の修道騎士、ヨミルの声が途切れたのは、周囲の自動鎧がいつのまにかひとつ残らず破壊されていたからである。
 アインノーラは大部隊の接近を感知すると、その瞳を爛々と輝かせた。

 その全身が宝石のような輝く結界に包まれたかと思うと、同時に一万の自動鎧たちもそれぞれが輝く多面体に閉じ込められてしまう。
 次の瞬間には宝石のような結界は解除され、ばらばらに破壊された金属の破片が落下していった。

「ば、馬鹿な。我が一万の軍勢が、ぜ、全全滅――」

 愕然とするヨミルもまた、宝石の結界に包み込まれた後、真っ二つに胴を断ち切られて落下していく。

「ふん。知らん顔だな。あれが十三位とは、今の松明の騎士団はよほど人材不足と見える」

 万殺鬼の異名をとる魔将は、巨大な棍棒の両側から炎と稲妻の刃を出現させながら呟く。
 半円の両刃を持つ斧こそ、かつて地上に屍の山を築いた神滅具である。

 【強制決闘権】により強引に一対一の状況を創り出すアインノーラにとって、数の利は意味を成さない。
 度重なる攻撃も、強靱な亀の甲羅が展開する呪術的な防御に阻まれて無力化されるばかり。

 力を合わせて挑むということが決してできない上に単体戦力としても極めて強力なアインノーラは、それを上回る強者が一騎打ちで倒す他に攻略手段が存在しない、こと防衛戦においては比類無き存在である。

 圧勝したアインノーラはしかし悔しさと悲しみに震えながら涙を流していた。
 そのつぶらな瞳が食い散らかされたパンケーキガメの残骸を映す。

「このような侮辱は絶対に許されぬ! 血讐フェーデだ! 血讐しかない! 穢された我らの魂は地上の狂信者どもの血でしか購えぬ!」

 パンケーキガメの欠片を胸に抱きしめながら大泣きするアインノーラの背後に、ふわりと小さな影が近付いた。
 私のような黒衣の人物が優しげで中性的な声で発言する。

「アインノーラ君はまーた原始的な事を。悪鬼じゃないんだからさ。ま、俗情に寄りそうのも個人の価値観だからとやかくは言わないが」

「ユネクティア殿。ですが、これは余りにも!」

「こればかりは私もアインノーラと同意見ですな、師兄。あなたは地上の狂信者どもに甘すぎる」

 エスフェイルが遠く離れつつある私を目で追いながら口を挟んだ。
 ふわりと浮かぶ黒衣が、空洞の内部を晒しながらぼやきを返す。

「そうかなあ。まあそうなんだろうねえ」

 第十一魔将、光の幻姿ユネクティア。幻姿霊スペクターはエスフェイルのような人狼と同じく、かつての夜の民の氏族だった存在である。

「ハハハ! ユネクティア殿は甘い、お菓子のように甘い! されどそれも仕方無き事かな、なにしろそういう種族ですからな! 大地の眷族に近いエスフェイル殿とは意見を違えることもありましょう。それもまた多様で良し!」

 魔将たちの周囲を高速で飛び回る銀色の人影があった。
 速すぎて見えないそれが、発言の瞬間だけ制止して浮遊する。
 声は高いが、口調や抑揚はどこか男性的な色合いを帯びている。

 肌も服も全てが円筒形の帽子から流出し続ける銀色の流体で構成されており、服装は燕尾服であったりドレスであったりする上に体型までもが変化し続ける。
 ユネクティア同様に性別が不詳――というよりも存在しない銀霊クイックシルバー種の第五魔将の名は銀霊サジェリミーナ。

 くねくねと身体を揺らしながら、道化じみた口調で魔将たちの周囲を行き交っていたサジェリミーナは、唐突にある人物の前で制止した。

「さて。広大無辺なこの世界、様々な者がおりましょうが――酔狂にも我々を天頂から甦らせた死霊使い殿、あなたの目的をお聞かせ願いたい。我々はあなたに喚起、維持されている身。逆らおうなどとは思いませぬし、地上に反旗を翻したあなたには敬意を払っております。ですが!」

 ばっと銀色の腕を広げたサジェリミーナが、ガルズに対して魔将の面々を示す。
 異形の集団は戦意を漲らせながらも、自分たちを率いる男がどのような人物か見定めようとしていた。

「我らとて人。言われるがまま請われるがまま破壊と虐殺の限りを尽くせと言われても即座には承諾できぬ者もおりましょう。あなたに、我らを動かすだけの大義がおありですかな?」

 ガルズは穏やかな表情のまま答えた。

「僕が君たちに望むのはたった一つだ。聖女の血を地底に捧げてくれ。そして君たちの悲願である火竜を復活させ、行き詰まったこの世界を完璧に粉砕して欲しい。僕は全人類、いや、全ての生命を死に絶えさせたいんだ」

「世界の更新アップデート! なんと、このわたくしめと志を共にする方でありましたか! このサジェリミーナ、いたく感激しましたぞ! ハハハ!」

 銀色の閃光がガルズの周りを飛び回り、唐突にマリーの目の前で腰を折り挨拶をすると、そのままくるくると回転しながら空高く飛び上がっていってしまう。
 さしものガルズも相手の勢いにたじろいだが、どうにか言葉を続けていく。

「聖女を生贄に捧げ、地獄の最深層ジュデッカに凍結されている火竜を復活させる。この世界は終焉へと加速するが――何、火竜復活によって得られる呪力さえあれば、迫り来る滅びを上回る新たな世界を創造することも可能だ。例えば、あらゆる生命が滅んだ死の世界、そこで動き回る死人たち、なんていうのはどうかな。全生命が死に絶えた後、再生者として死の世界で死に続けるんだよ」

 ガルズの言葉に対して、魔将たちの反応は大まかに二種類に分かれた。
 アインノーラが顎に手を当てて唸る。

「我らレストロオセ派としてはそのような悪逆非道な行いには到底賛成はできんが――まあいい。いずれにせよ聖女の抹殺までは協力しようではないか。それさえ為し遂げれば、その後はジャッフハリム本国の我らが主が必ずより良い救世を為し遂げて下さるのだからな」

 魔将たちの大半はアインノーラと同意見の様子だったが、夜の民たるユネクティアとエスフェイルは周囲とは意見が異なるようだ。

「僕たちセレクティ派としても、一刻も早く炎帝陛下を完全復活させて地上太陽を再生したい所なんだけどね。今のまま聖女を生贄に捧げればコキュートスの封印は恐らく第一円カイーナ第二円アンテノーラあたりでぎりぎり持ち堪えてしまう可能性が高い。聖女をすぐに殺さず、一度捕獲するのはどうかな。その上で我らが総大将に冬の魔女を追い詰めてもらい、氷血呪を使わせて封印を弱める――それを繰り返せば確実な炎帝陛下の復活が見込める」

 ユネクティアの発言に対して、巌の如き大男が鼻を鳴らした。

「だからよぉー、それは何度やりゃあいいんだよ。え? そうやってあの腐れ氷女を消耗させる為に俺らが逐次投入されて、その度に死にまくった挙げ句がこの惨状じゃねえの? もう残ってんの四人とかじゃねえか。冥王さんとこから借りてるズタークまでやられてるとか終わってるだろ。つーか火竜が完全復活したらどいつもこいつも死ぬだろうが、頭イってんのかてめーらセレクティの犬どもはよ」

「ベフォニスきさま、我らが主を侮辱するか!」

 エスフェイルが牙を剥き出しにして威嚇するが、岩のような灰色の肌をした巨漢は鼻を鳴らすのみ。
 出現してからずっと、遠距離から繰り返し呪石弾で狙撃されているのだが、全く堪えた様子がない。それどころか、高速で飛来する弾丸を手で掴んだ上に口に放り込み、ばりぼりと咀嚼している。

 第六魔将、石喰いのベフォニスは、巨漢揃いの岩肌種トロルの基準からしても十分に大柄な肉体を見せつけるようにして小さなエスフェイルを威圧した。

「ああん? っていたのかよエスフェイル! ギャッハハハハ! おいおいエスフェイルちゃーん、なんでオメー死んでんだよ! 小さすぎてたった今気付いたぜ! 死を支配した我は無敵とかなんとかぬかしといてよー! それギャグ? ねえそれギャグなの? どんなふうにして死んだんですかー?」

「ベフォニス貴様、よほど殺されたいと見えるな」

 影を蠢かせて殺意を露わにする狼の前に、さっと黒衣が立ち塞がった。

「落ち着きなよエスフェイル。そうやって挑発に乗りやすい所がきみの悪いところだと、お師様も言っていたじゃあないか」

「師兄――」

「とりあえずここで争うのはよそう。まずは時の尖塔に向かう。その後聖女をどうするかは、時の尖塔の通信設備を奪ってジャッフハリム本国と連絡してからにしないかい? こういうのはまず、レストロオセ様かセレクティ様に指示を仰ぐのが筋というものだと思うんだよ」

「あ? ユネクティア、てめー何勝手に決めてやがる」

「では多数決。僕の意見に賛同してくれる者は挙手を」

 黒衣に包まれた手と闇色の前足だけが持ち上がり、後の全員は無反応だった。
 それは魔将たちの中に存在する境界線を可視化させるような光景だったが――何故か夜の民の二人は孤立無援の状態で平然としている。

「ふむ。賛成多数で、ひとまず僕の意見が通ったということでいいかな?」

「ち、しかたねえ」

「ふむ、公平な多数決の結果には従わねばならんな」

 魔将たちはしぶしぶとユネクティアの言葉に頷いた。
 よく見れば、高々と挙手しているものが夜の民たち以外にも存在した。
 九本の長大な腕を、円筒形の胴体から生やしている奇怪な生物。
 腕の真横に付いた目をぱちぱちと瞬きさせながら、第九魔将である賛同のピッチャールーは全ての手を持ち上げていた。

「というわけで、僕とエスフェイル、そしてピッチャールーのぶんを合わせて十一票、魔将としての意思統一はできた。後は君の差配にかかっているよ、ガルズ殿」

「あ、ああ」

 ガルズは余りにも異常な多数決の結果と、それに何の疑問もなく従う魔将を信じられないものを見るような目で見つめながらもどうにか返事をした。
 それから、

「ね、ねえマリー。僕は本当に彼らに任せていいんだろうか。なんだか不安になってきたんだけど」

「あー、なんかもう、全てがどうにでもなれーって感じですー」

 不安げに小さな相棒に縋るガルズの様子はお世辞にも頼りがいがありそうには思えない。この個性的過ぎる面々を率いなければならないという事実は、一度は一つの探索者集団の長であった彼をして不安にさせてしまうらしい。

 ユネクティアがふわりと黒衣を靡かせながら模造の月を操作し続けるエスフェイルの傍に近付いた。

「けれどまあ、確かに君ほどの使い手がやられてしまったのは意外だね。一体誰にやられたんだい? やっぱり冬の魔女? それともソルダ? あるいはカーズガンあたりかな?」

「――あれです」

 エスフェイルはそこで私たちを示した。現在、リーナが模造の月が投擲してくる飛行死人を振り切りながら私が呪文で反撃を繰り返している所だが、かつてとは異なり模造の月は慎重に距離を置いて呪文を回避してしまう。
 以前のような失敗は繰り返さないということなのだろう。

「へえ。これは驚いた。僕らの同族――あの小さい子、青い鳥ペリュトン、それも僕らと同じ霊媒だね。それにあの左手、もしや――うーん、これは最優先事項だな。ちょっと失礼、レストロオセ派の皆さんは先に時の尖塔に向かっていて欲しい。僕らは野暮用だ」

「ああ? てめーら勝手過ぎんだろいい加減にしろよオラ」

 ユネクティアはベフォニスの言葉を無視した。
 黒衣をばさりと広げると、そのままエスフェイルを包み込む。
 そして【心話】を発動させる。

『神なる意思、そのまことの名は瞋恚なり』

 黒衣の内側、その深淵から這いだした異形が、ユネクティアとエスフェイルの足下に滑り込むと、そのまま翼を広げて飛翔する。
 長い首、鋭い牙、くしゃくしゃに歪んだ顔に凶暴な顎、蝙蝠めいた羽に蜥蜴の尻尾、かぎ爪の付いた短い足。
 異形の怪物はその巨体で夜の民二人を乗せて飛翔したかと思うと、あっという間にこちらへと接近してくる。

「ふーむ。これはもしかして、噂に聞いていた言理の妖精かな?」

「なんと、それはまことですか?!」

 ユネクティアが私たちを追撃しながら分析する。私は【爆撃】を叩き込んだが、相手は回避することも無くそれを無視して、

「いや、君はそれにやられたんじゃないのかい? ちゃんと相手の手の内を確認しなければ駄目だとあれほど我らのお師様に言われたじゃないか」

「め、面目次第もありませぬ、師兄」

「君は実力はあるのに粗忽な所が玉に瑕だなあ。才能は僕より上なのにねえ」

 ユネクティアはいいながら、漆黒の触手を伸ばして追撃を仕掛ける。
 私は障壁を張りつつ同数の触手でそれを迎撃するが、

「うわっやばっ」

 リーナが叫ぶと共に、箒がバランスを崩して失速、くるくると周りながら高度を落としていく。重力、慣性を制御する結界が無ければ間違い無く振り落とされていただろう。

 私はそこでようやく気付いた。箒の頭に、不可視化された感応の触手が絡みついていたのだ。
 即座に振り払う。本人の言葉通り、エスフェイルのものよりもずっと脆弱だ。

 しかし、実体化させた触手に注意を引き付けておいて、弱く不安定な非実体の触手を高速戦闘の最中に本命として織り交ぜる技量は熟練の域にあった。
 相手は格上の夜の民二人、それも今度のエスフェイルには恐らく油断が無い上に精神的な支柱や頭脳役となる相手がいるから安い挑発が通用しない。

 広い舞台に墜落しそうになった私たちはどうにか持ち直して、魔将二人と交戦していた歌姫の傍で制動をかける。
 そこに落下してくる模造の月。
 巨大な質量体の真横から、似たような巨大な球体が直撃して弾き飛ばした。

「ハルベルトのお陰で観客の半数くらいは避難誘導に成功したけど――あとはあれをどうにかしないと駄目みたい。というわけで加勢するわ。と姉様は仰っています。セリアもそう思います」

 浮遊する肉の塊の上に乗った姉妹姫が二人同時に言い放つ。三角耳の妹と背後で浮遊する半透明の姉が、同時に呪力を放って迫り来る魔将たちを睨み据えた。
 第十一魔将ユネクティアは、幻姿霊特有の優れた邪視能力で新たに現れた姉妹姫たちを観察しながら呟いた。

「へえ。猫の取り替え子か。それに、あそこのアストラル体は少し違和感があるけれど吸血鬼ヴァンパイアかな。それも恐らく僕らと同じ霊媒個体――これは珍しい。四氏族の霊媒が揃うことなんて、天地が引き裂かれて以来初めてのことじゃないかな?」

「お願い、ナーグストール!」

 二つの球体が正面からぶつかり合い、飛び上がったセリアック=ニアが同じく跳躍したエスフェイルと爪を重ね合わせる。
 肉体を屈強な二足歩行の人狼型に変異させたエスフェイルを、セリアック=ニアの背後に浮遊する無数の球体を連結させて創った歪な人形のような何か――ナーグストールと呼ばれる幻獣が拳を次々と繰り出して攻め立てていく。

『【小玉鼠】、【きらきら蝙蝠】、【墓の下の穢れ】よ、在れ』

 【心話】で命じながら、半透明の少女が無数の文字列を視覚的な存在に置き換えていく。
 リールエルバが得意とする、鼠や蝙蝠の仮想使い魔、それに幻惑ウィルス。

 黒百合の子供たちの中で誰よりも使い魔の支配に秀でていた彼女の仮想使い魔は、『生物的に見えるふるまい』を繰り返しながらそれぞれが怪生物の上に乗った魔将ユネクティアに攻撃を行う。

 鼠は標的に近付くとあらかじめ設定されたプランに従って自分の身体を爆発させ、肉や内臓を撒き散らして悪臭や不快な感覚などを強制的に周囲に撒き散らす。
 リールエルバらしい、嫌がらせに特化した精神攻撃系呪術。

 蝙蝠は一定のパターンにしたがって光学信号を発しながら連携して複合呪文を発動させ、不可視の幻惑ウイルスが足場である怪生物を取り巻いていく。
 姉妹姫の攻撃は、並の異獣ならば数秒で死に至らしめるほどのものだ。
 しかし。

「舐めるなよ小娘」

「乱雑を両断せよ、【言理の真葉エアル・ア・フィリス】」

 ナーグストールの打撃によって無数の球体と化し、更には宝石になりつつあった肉体を強引に切り離して肉体を再形成、そのまま漆黒の棘そのものとなった両腕でナーグストールを姉妹姫ごと弾き飛ばすエスフェイル。

 左側の袖口から触手を伸ばすと、たちまち暗い緑色に変化させて細長い葉のような刃を形成、一刀のもとに全ての仮想使い魔を両断してみせたユネクティア。
 共に、尋常な異獣ではあり得ない。

「師兄、それは一体」

 怪生物の背中に着地しながらエスフェイルが訊ねる。
 黒衣の幻姿霊は葉のような刃を軽く振りながら私が放った【爆撃】を両断して、

「見よう見まねであの子の左手を摸倣してみたんだ。即席にして万能の対抗呪文といったところかな。あちらに通用するかどうかはわからないが、既存の【静謐】による解体ならこれで切断できる――いやしかし、思いの外消耗が激しいな」

 と事も無げに言ってのけた。

「流石は師兄!」

 エスフェイルは喜色を露わにして褒め称えているが、私は冷や汗ものだった。
 先程の呪術の手応え、完全に『解体』されていた。
 魔将ユネクティアが振るう刃はフィリスの見よう見まねでの模造品だという。

 あくまで見た目上、振る舞いの摸倣なので完全に同じではないだろうが、効果が同一ならそれは同じこと。
 夜の民四氏族の中でも邪視に優れた幻姿霊らしい摸倣の手腕だった。
 調子付いたエスフェイルが【心話】を発動させてこちらに精神攻撃をしかける。

『我が名はエスフェイル。四つ脚の同胞と二つ脚の同胞を束ねる長にして、死と闇を掌握せし王である。愚神を崇める狂信者よ、汝が名はなんぞや?』

 相手の名前を掌握、支配することは容易ではないし相手を宣名によって強化してしまう危険性があるので定石から離れた戦術だ。
 しかし古式ゆかしい呪殺合戦の作法そのままの戦い方ができるエスフェイルは、迂闊さを除けば極めて強力な呪術師である。

 強烈な欲望喚起の呪術が発動。『自己の存在を承認させたい』という意思を引き出そうとする狼の眼が爛々と光る。
 歌姫の呪文がそれを遮断し、私とリーナは守られたが、離れた場所に吹き飛ばされた姉妹姫に精神干渉呪術が直撃する。

 剥き出しのアストラル体を襲う干渉の嵐に、必死に抵抗しながら防壁を展開して妹を守るリールエルバだったが、ユネクティアが腕を一閃すると最後の守りが砕け散ってしまう。

 それでもどうにか妹だけは守ろうとして、リールエルバは一人攻撃を身に受けながら肉声を借りずに【心話】で宣名を行う。 

『く――トリシル=リールエルバ・ヴォーン・アム=オルトクォーレンよ』

 悔しそうに、普段なら絶対に口にしないはずの最初の名前を伝えてしまった。
 セリアック=ニアが口をおさえて息を飲む。
 エスフェイルの哄笑が響き渡った。

「その名、掌握したぞ、トリシル=リールエルバ――おや? 聞き覚えがあると思えば。以前、我ら人狼に死人操りや脳髄洗い、呪動装甲の技術を持ち込んできた魔女めと同一の意味を有する名ではないか。縁者だとすれば感謝せねばなあ。特にあの呪動装甲のお陰で四つ脚族の力は飛躍的に跳ね上がったものよ」

 リールエルバは顔面蒼白になって全身にラグを走らせながら存在を希薄化させていく。元の肉体に戻るどころか、そのままアストラル体を散逸させてしまいそうな程の狼狽ぶりだった。

 しかし彼女は自己の存在そのものを脅かされながら、憎悪を込めてエスフェイルを睨み付ける。

『――その名を口にしないで。二度目は無いわ。これは忠告よ』

「ほう。これはこれは。存在の弱所がこれほど明確な者も珍しい。貴様、出来損ないの紛い物であったか――トリシルよ、貴様、リールエルバの振りをしながら生きるのはどんな気分だね?」

『ち、ちがっ』

「違わぬ。お前は偽物。紛い物。存在してはならぬ出来損ない。肉で出来たがらくたよ。どうして恥ずかしげもなくそのような姿を晒していられるのだ? んん?」

 リールエルバは項垂れたまま半透明の裸身を自ら抱きしめて、存在を希薄化させてしまう。消滅まで後一歩という所で踏みとどまったようだが、精神に大きな傷を負った彼女がすぐに立ち直れるかどうかは不明だ。

「くはははは、弱い弱い、精神が脆すぎるぞ小娘ぇ! 前に会った本物らしき魔女はもっと堂々としておったがなあ! やはり偽物は偽物ということかな?」

「――違う」

 震えながら小さく丸まったリールエルバの前に、ふらつきながらセリアック=ニアが立つ。エスフェイルの棘で切り裂かれた衝撃で煌びやかなドレスは切り裂かれ、胸元からは大量の血が溢れている。
 口から吐血しながら、血まみれの妹姫が爪を伸ばした。

「違う、と姉様ならばそう仰るでしょう。セリアはそう思いますっ!」

 リールエルバは意識すら定かでなく、背後から言葉を囁かれているわけではない――しかし、セリアック=ニアは確信を込めて口にした。

「その名前を二回目に口にした奴は決して許さないと決めているの。不用意に口にして五体満足なのはリーナだけよ。だからお前はこの私が最悪に残酷に苦しめて殺し直してあげる。姉様はそう仰るでしょう。セリアもそう思います」

 まるで、彼女の中には常にリールエルバがいるのだとでも言うように。
 セリアック=ニアは私とフィリスの区別が分からないと言い、自分とナーグストールの区別が付かないと言った。

 同じように、彼女にとって最も身近な存在であるリールエルバは、もはや内心を問う必要が無い――自分の意思と区別をつける意味が無い存在なのかもしれない。
 セリアック=ニアは傷口を宝石化させて塞ぐと、戦意を昂ぶらせてエスフェイルに向かって疾走していく。

 私とリーナもまたセリアック=ニアを援護すべく行動を開始した。立ちはだかったユネクティアの刃が、私とリーナの呪文を切り裂いていく。
 援軍はしばらく期待できない。先程から散発的な攻撃が魔将の集団に対して行われているが、全て無駄に終わっているからだ。

 エスフェイルとユネクティアを追って、浮遊する積層鏡から舞い降りた巨体が存在する。
 第九魔将の形状は異形としか言いようがない。

 円筒形の肉体の周囲に無数の目と無数の腕を備え、さらに胴体下部から生えた楽器のスタンドめいた奇怪な脚。
 一本の柱から放射状に広がった六本の脚、その先から地面に伸びる鳥の足のようなかぎ爪。

 無言のまま、かさかさと、しかし凄まじい速度で移動する魔将ピッチャールーは確実にこちらに向かってきていた。それもおそらくは、無防備な歌姫を狙っているのだろう。

 確か先程盗聴した時にはエスフェイルらに同調していた。
 『セレクティ派』という言葉から察するに、恐らくこの三体は妹の身体を奪った魔元帥セレクティフィレクティ直属の魔将なのだろう。

 相手側が不和で足並みを乱してくれるのはこちらにとって願っても無い事だが――それにしても、三体同時(背後の精神干渉合戦も含めれば五体)はきつい。
 猛烈な勢いで舞台上を疾走する巨体に、鋭い一撃が遠距離から放たれる。

 音速を突破した蔓の鞭の先端が風を破裂させるような音よりも先にピッチャールーに直撃してよろめかせる。
 更には呪石弾が増幅された【爆撃】で群がってくる死人を薙ぎ払っていく。

「メイ、今のうちに!」

 駆けつけてくれたのはプリエステラだった。
 背後では、スリングショットを構えたミルーニャが呪石弾を次々と発射し、黒檀の民の医療修道士イルスが制御の難しい遠距離での【修復】を発動させてセリアック=ニアの負傷を癒している。

 風のように舞台上を駆け抜けていったメイファーラが、短槍を旋回させながらピッチャールーに挑みかかった。
 メイファーラは女性としてそれなりに長身だが、その彼女をして見上げるほどの巨体。おそらく倍以上ある。

 だが彼女が臆する事は無い。
 それはきっと、【チョコレートリリー】の盾として、必死に戦い続ける無防備な歌姫の前で丸盾と短槍を振るうのがその役目だと己に定めているからだろう。
 九本の多関節腕が、互いに絡まり合いながらメイファーラに襲いかかる。

 歌姫が二体の魔将を相手取り、私たちが『セレクティ派』と呼ばれる三体の魔将と交戦し始めた時。
 それと平行して、空中の積層鏡の上で大きな動きがあった。

 私はそれを潜ませていた使い魔経由で知るが、状況のめまぐるしい変動は窮地なのか、それとも好機なのか、まるで判断がつかなかった。
 三体が消えて、積層鏡の上の戦力は残り九体となった魔将たち、そしてガルズとマリーのみ。
 それを好機と見てか、彼らは突撃を敢行した。

 地上に残された守護の九槍たちである。
 第三位、第四位、第六位、第七位の四名は第四階層で地獄の侵攻を食い止めており、第九位はおそらくはもう第五階層でその命を散らしているだろう。

 胸が痛むけれど、ともあれこれで地上の戦力は身動きが出来ない第二位を除いた三名のみ。
 第一位ソルダ・アーニスタが巨大な背骨のような槍を多節鞭に変形させる。
 それは蛇の如く宙を走ると、多面鏡に勢いよく突き立った。

 ハルハハールの魅了呪術を増幅していた呪具は強力な自己再生呪術を発動させて鏡面を修復していくが、地上から架けられた骨の橋、傾斜のきつい足場の上を疾走する者がいた。

 機動力重視の軽鎧に、兜のない頭は平凡な霊長類の中年男性。くたびれた雰囲気で、少し伸びたまま放置されている無精髭がややみすぼらしい。

「ネドラド、頼む!」

「いや簡単に言うけどさあ、難しいよこれ」

 ソルダが鋭く叫ぶが、反応は芳しくない。
 気怠げな表情だが、その両の拳は目で追うことが困難な速度で動き続けていた。
 魔将たちから放たれる死の呪術を全て正確に叩き落としながら守護の九槍第八位、【二本足】ネドラドは小さくぼやいた。

「あー、これは死んだかな」

 己の拳のみを頼みとする霊長類、わけても天使セルラテリスへの強い憧憬と、天使から与えられる加護の徹底した拒絶によって強靱な実体を獲得した鉄願の民。

 強力な『呪術を否定する呪術』――それも実体の確かな呪具や機械すら問答無用で破壊してしまうという『杖をも殺す静謐使い』であるネドラドは全ての攻撃を無効化して、そのまま骨の足場を駆け上がって多面鏡に腕を突っ込む。

 途端、呪具としてのあらゆる機能を失ってばらばらに分解されていく多面鏡。浮遊する呪力までも喪失し、巨大な構造体が落下していく。

「皆殺しっ皆殺しっ」

 反対側で修道騎士を薙ぎ払っていたズタークスタークが瞬時に到着し、ネドラドに稲妻を浴びせかける。

 超人的な反射速度で稲妻を殴りつけるが、圧倒的な呪力と極めて緻密な呪文が瞬時にネドラドの性質を解析。『呪術を否定する呪術』を解体する【静謐】を瞬時に十通りも構築し、ダミーの即死級雷撃と織り交ぜて連射。

 もはや奇跡のごとき神経反射で防御を行うが、大魔将の前では全てが無意味だった。ネドラドの左腕が蒸発し、右拳の表面が焼け焦げ、右足を焼き切ってトドメの一撃が壮年男性の眼前に迫る。

 死を覚悟した彼の全身に、金鎖が巻き付く。
 避雷針として切り離された金鎖が囮となって空中に雷撃を逃がし、引き寄せられたネドラドは満身創痍のまま地上のフラベウファに回収される。

「いやあ、死ぬかと思った。ありがとうフラベウファちゃん」

「触らないで下さい。私が死にます」

 大きく距離をとりながら仰け反る三角耳の侍女が、金鎖を大量に掌から射出していく。狙うは大魔将ただ一人。
 足場を崩されても魔将たちは余裕を失わなかった。落下するに任せて静かに佇んでいるものもあればいち早く降下してソルダと交戦し始める者もいる。

 ズタークスタークの雷撃でソルダは即死。
 クイックセーブしたその場所で即座に蘇生した彼は骨の槍を構えるが、一撃で蒸発してまた蘇生。

 光の粒子が集まってソルダの肉体を形作った瞬間にまた雷撃。
 甦ってから体勢を立て直す間もなく殺され続けるソルダにかまけて大魔将が動けないその瞬間が最大の隙だった。

 ズタークスタークの背後の魔将たちをまとめて射程に収め、巨大な儀式呪術を発動させたのは松明の騎士団が誇る聖火楽団と聖歌隊。
 その先頭で二叉に分かれた槍――というより巨大な音叉を持った妙齢の女性が、巨大な耳当てヘッドフォンを抑えながら集団で呪文を発動させる。

 単純極まりない【空圧】。
 増幅された音波は衝撃波となって魔将たちを吹き飛ばす。巨大に複雑に、ただ行動を制限するという目的に特化した大音響が響き渡って呪力そのものを弾き飛ばしていくのだ。

 一時的に動きが停止したその場所に、複数の修道騎士たちが一斉攻撃を仕掛ける。中には十位を含む高位序列者も含まれていた。
 そうした攻撃は足止めにしかならなかったが、本命は最後の二人だった。

「あああああああっ」

 血走った目、正気を失った絶叫、異形の影を蠢かせながら氷の刃を両手に持って疾走するのは誰であろう、【小鬼殺し】サリアだった。
 狂犬そのものとなって、荒れ狂う【空圧】の中を自由自在に疾走していく。魔将たちに次々と斬撃を繰り出していくその様は、もはや人の姿をした嵐である。

 そして、舞台の床を砕きながら突き進む影はもう一つ。
 巨大な鉄の棍棒で第十魔将サイザクタートを吹き飛ばし、第十四魔将ダエモデクを円形の盾で殴りつけて宙を舞わせると、指を鳴らそうとしていた第十三魔将クエスドレムに向かって口を開いて大音声を発する。

 物理的な衝撃波となった声はクエスドレムの鼓膜を破壊して朱色の眼球を破砕、高い鼻を押し潰すとそのまま吹き飛ばしていく。
 背後から襲いかかろうとしていたベフォニスに回し蹴りを叩き込むと、恐るべき速度で頭上から飛来したサジェリミーナを鷲掴みにして掌から毒が浸透するのも構わず呪力を込めて真下に叩きつける。

 振り下ろされた斧の神滅具の一撃を、同じように両側に形成した炎と雷の刃で迎え撃ち、自分に勝る巨体から繰り出された振り下ろしの一撃と拮抗する。
 それは、全く同一の武装だった。

 アインノーラが繰り出した両腕での振り下ろしを右腕のみで防御しつつ、【巨人殺し】アルマがぞっとするような眼光で牛頭を睨み付ける。

「アルマ・リト=アーニスタ! 貴様はまたしても我らの前に立ち塞がるか!」

「今は輝血かがちのアルマって名乗ってるんだ。あとさ、お前じゃもう相手にならないからさっさと消えてくれる? 私を正面から倒したければイェレイドかヌウォンでも連れてこい」

 斧が弾き飛ばされ、目にも留まらぬ速度で放たれた拳がアインノーラの腹部を打ち据える。空高く舞い上がった巨体が頭から舞台に叩き落とされる。
 アルマはそのまま巨大な斧を浮遊するガルズに向けて投擲したが、瞬時に稲妻の少女が反応した。

 自らの存在を維持し続ける死霊使いを守る事を最優先にしているのか、ズタークスタークが稲妻の速度で回り込んで斧を弾き返したのだ。
 反撃の稲妻が地上にいるアルマとサリアを襲う。

 全て回避してのけたサリアと対照的に、真正面から攻撃を受け止めたアルマは全身から煙を上げながらも無事だった。
 回転しながら戻って来た斧を受け止める。

 異常と言うしかない耐久力。
 稲妻が肌を灼き、構築された無数の呪文が肉体を切り裂いて鮮血が溢れていく。
 が、身体から溢れた血液は外気に触れた途端自然発火して炎に変化する。

 淡く輝く炎の血――それは時に稲妻となって放電を繰り返し、呪術的な防御障壁を形成してその肉体を防御するのである。
 炎の天使ピュクティエトの加護を受けた眷族種、第八位【エルネトモランの燐血の民】の特徴である赤毛が黄金色に輝いて、燃えさかり、稲光を放ちながら長く伸びていく。

「大魔将か。主神級――いやそれ以上かな、これは。冥王本人ってのはどれだけ強いんだか」

 何故か嬉しそうに呟きながら、長く波打つ炎雷の長髪を振った。
 雷撃を放ちつつ、巨大な斧を振り上げて鋭く叫ぶ。

「テッシは圧縮浄界を大魔将に放て!」

「ええ、キツ――」

「泣き言禁止! 他の魔将は取り込まなくていいから絶対に外すなっ! ズタークスタークを隔離して私たちで足止めする! バルは一番隊、グラ爺は二番隊を率いてその間にどうにか死霊使いを倒せっ!」

「姐さん、そりゃちょっと無理な相談じゃないですかね」

 第十位の壮年修道騎士が頭痛を堪えるようにしながら苦言を呈する。その後ろでは第十二位の老修道騎士が必死になって【避雷針】の呪術を維持して大魔将の攻撃を凌いでいた。

「私とあれが全力でぶつかり合ったら多分この会場どころか第一区が消滅するよ。いいからつべこべ言わないでやる。あとバル、四英雄はどうしたの。いやウチのお姫様の所在は知ってるから言わなくていい」

「ええと、四英雄はグレンデルヒ、コルセスカ、ゼドの探索馬鹿がそれぞれ第五階層の【死人の森】、【暗黒街】、【風の吹く丘】に向かったきり音信不通ですぜ。ええと、あとは――タ、タマ――あれ、なんだったかな。兎に角、動けるのはソル坊が雇ったユガーシャのみですな。現在会場の外で押し潰されちまった重傷の観客たちを救護しつつ護衛してるみたいですが――」

「だから言わなくていいって。まあいいや、ユガーシャだけでも呼び戻して使え。魔将を全員倒そうなんて思わなくていい。死霊使いだけ倒せばそれで終わる。こっちの時間稼ぎも今の私じゃどれだけ保つかわからない。できるだけ急いで」

 それだけ言うと、巨大な斧を構えてサリアと共にズタークスタークに向かって突撃していく。

「一応、僕の部下なんだけど――」

「お前は突っ込んで囮として死ね死にまくれ」

 駆け寄ったソルダの顔面を掴むと、稲光を放つ大魔将に向かって投擲するアルマ。更には抗議しようと駆け寄ったフラベウファの腹部を刃を消滅させた棍棒状態の神滅具で全力で殴りつけて弾き飛ばす。

「テッシ、浄界で隔離! あとそこの馬鹿は蘇生位置を浄界内部に設定するのを忘れるなっ」

 アルマが叫ぶのと同時、聖火楽団と聖歌隊を率いる第五位が展開した浄界が現実を浸食していく。
 広がった異空間がまずズタークスタークを飲み込み、そこにソルダとフラベウファ、アルマとサリア、そして浄界を維持している松明の騎士団の楽団がまとめて取り込まれていく。

 発生した異空間はそのまま縮小していく。外界を隔てる結界はあらゆる光を隔て、内部と外部を隔絶する。豆粒よりも小さくなった球状空間はそのまま極限まで圧縮され、そして消失した。

 厳密には消失ではなく外部から認識できなくなっただけなのだが、いずれにせよその瞬間から大魔将という絶対的な存在の脅威はその場所から失われたのだった。
 それは、アルマの言うとおりこの絶望的な状況を打開するための有効な方法ではあるのだろう。それほどまでに大魔将ズタークスタークはどうしようもない絶望だ。たとえ守護の九槍が全員揃っていても敗北を覚悟しなければならない。

 しかし、だからといって状況が容易なものになったかと言えばそうでもないのであった。

「いやいやいや、実際こりゃあ無理難題ってもんだぜ、おい」

 その場を任された第十位は、冷や汗をかきながら長槍を構える。
 アルマの攻撃から立ち直った魔将たちが、ゆっくりと起き上がってこちらを一斉に見る。

 浮遊するガルズと彼の腕に抱かれたマリーが手を振ると、魔将たちは一斉に修道騎士たちに向かって襲いかかってくる。
 戦いは激化し、屍は大量に積み上げられ続ける。
 しかも、戦いはまだ始まったばかりなのだ。

 メイファーラが奈落に飲まれ。
 リーナとミルーニャが闇に喰われ。
 リールエルバとセリアック=ニアが影に沈み。
 プリエステラがその杖の先端を私たちに向け。

 今まで絶大な能力で私を勝利に導いてきたフィリスの解体が真っ向から両断され、絶えず鳴り響いていた歌声は途切れてしまう。
 浸食し、拡大し続ける浄界によって会場の外に這いだした死人たちは第一区を、そしてエルネトモランを覆い尽くしていく。

 大量の死人が蠢きながら人々を襲い、それに噛み付かれた者たちは汚染された呪力を注ぎ込まれて『感染者』となってしまう。
 感染者たちは死人と同じように街を徘徊しながら人を襲い、更なる感染者を増やしていく。

 エルネトモランを襲う絶望の宴は、まだ始まったばかりなのだ。
 そして、私は。



ディスペータお姉様による『あとでテストに出ますからね』コーナー

「今回紹介するのは第四魔将、万殺鬼アインノーラです。
 牛頭の種族、牽牛種アステリオスきっての勇士と言われており、第一階層の番人として長く地上と戦い続けてきた人物でもあります。多くの強者を返り討ちにし、また沢山の同胞たちの死を見送ってきた彼の瞳は何を映しているのでしょうか。
 万殺鬼、という異名は誇張とかではなくそのままの意味で、同時に一万人まで相手にできる、という意味ですね。
 自分と相手だけが一対一で決闘できる無数の浄界を創り出して、そこで同時に一対一で戦う――ちょっと想像しにくいかもしれませんが、閉じた世界に同時に存在しているアインノーラは全て同一人物であり、一度でも決闘に敗北すれば彼は死にます。他の空間で相手に勝利していた場合でも、その結果は無かったことになってしまうのです。
 一騎当千、いや当万の武人として、決闘では絶対に負けられない――そんな世界観が表現されているようですわ。
 つまり強い人が一人で挑むか、一万人より大勢でかかればいいのですが、自分の弱点がわかっているアインノーラはずっと第一階層の迷宮の狭くて奥まった所で防衛戦に専念してました。
 地上のゲームで牛頭の怪物がボスモンスターの定番なのは彼に由来しているそうです。コルセスカが教えてくれました。
 ちなみに攻撃を受けると甲羅の中に引きこもっちゃうそうです。可愛いですね♪ 
 地獄の魔将の中ではレストロオセ派という派閥の筆頭で、優れた武人として名高い人物だというお話ですが――ちょっと潔癖すぎて疎まれている所もあるようです。敵地の最前線に放り込まれたのも、信頼が置けるからというだけではないのかもしれません
 ちなみに覇王メクセトの正統な子孫で、家には家系図もあるとか。メートリアンやリーナの遠い親戚ということになるのかしら?
 保有する神滅具は【破壊と再生の斧】と【神亀の甲羅】の二つ。神滅具は使用者を破滅させてしまう恐ろしい武器ですが、二つの神滅具を組み合わせて上手く呪いを回避しているみたいです。そのせいか、自分を守ってくれる亀さんに深い敬意を払っているとか。
 その気持ち、私もわかります。亀さんってとっても可愛いですから♪」

「今回はここまで。彼の前でパンケーキガメのお話はしないようにしましょうねー」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ