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幻想再帰のアリュージョニスト 作者:最近

第2章 もしサイバーパンク世界の住人がオカルトパンク世界に転生したら

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幕間 『もし狂犬が戦国乱世に転生したら』

 

 

 【保険屋】と【殺し屋】。その二つの職種は、異世界転生が当たり前になった現代日本において、不倶戴天の商売敵といえる関係にあった。
 【殺し屋】は他殺や事故死に偽装して、依頼主の事実上の自殺を幇助する職業である。保険会社としてはそうやって顧客に好き勝手に転生されてはとても採算がとれないし、無秩序な転生による社会的混乱を防ぐための法令にも違反するわけにもいかないので、【殺し屋】の仕事を妨害しようと躍起になる。相手は違法なアウトローたちであるが、その勢力は決して無視できない。多くの保険会社は民間警備会社と契約するか、社内に警備部門を設立し、【殺し屋】から顧客の命を守ろうとする。
 そんな民間警備会社からの出向で、とある転生保険会社に配属となった自分が、どうして【殺し屋】から顧客を護衛する業務ではなく社内での通常業務をやらされているのか。どんな風に頭を捻ってもさっぱり答えが出てこない。これでは一年にも及ぶ対【殺し屋】戦闘の特別研修に何の意味があったのかわからない。
 その女性は、二メートル近い長身の上に乗った、体格に比して小さな頭部を不思議そうに傾けた。こきりと音が鳴る。そろそろ二十代後半に差し掛かる彼女だが、日々の鍛錬は欠かしていない。しかし日々のデスクワークで少々肩が凝り気味だ。気を抜くと姿勢が悪くなってしまうのも問題だった。背骨が曲がってしまう。
 密かに網膜内に電子書籍の文字列を投影させて、仕事をする振りをしつつ思い切りサボる。完全な社内ニートと化しているが、与えられた業務は終わっているし、本業の方が回ってこないのだから仕方が無い。自分から積極的に仕事を増やしに行くような勤労意欲などあるはずもなく、彼女はぼんやりとした時間を過ごしている。

(何々、藤原祐の『レジンキャストミルク』? 随分とまた古い小説を。というか君は相変わらずその年代の娯楽小説が好きだよね)

 頭の中に響く男性の声はいつも通りに完全無視。何かと便利な存在ではあるが、人が読んでいる本にまで口を突っ込むのは止めて欲しい。何を読もうがこちらの自由だ。相手はプライベートという概念への認識そのものがこちらとは違う人種なので仕方がないのだけれど。

(まあ確かに、その時代の異世界に対する多彩な想像力というのは中々興味深いものがある。尤も、過去の人々が夢想していたほど、現実の異世界というのは良いものではないけれど――おや? その話の異世界も結構ロクでもないのかな?)

 これ以上この小うるさい覗き魔の妄言を聞いていると容赦のないネタバレをされそうだったので、強制的に音声を切断する。が、次は強引に文字情報が視界に割り込んでくる。しつこい。

(ごめんごめん、本題があるんだ。あっちで呼び出しがかかってるよ。君の上司から)

 それを早く言え。
 内心で役立たずと毒づきながら、電子書籍閲覧アプリを閉じて、立ち上がる。
 狭苦しいオフィスを通っていくと、数人の社員がおお、と気圧されたように道を空けてくれる。こうやって周囲に気を遣われるのもそろそろ慣れたが、身長くらいでいちいちびびらないで欲しい、と切に思う。この時代、身長くらい手術で自在に操作できるのだから、誰もが二メートルくらいあっても良いはずなのだ。
 そんな、不満のようなとりとめのつかない思考を抱えたまま、彼女は目的の場所に辿り着く。上司はコーヒーを口にしながら、デスク上のディスプレイを睨み付けていた。別にそんなことをしても表示されたデータが変化したりはしないだろう、と思うのだが。

「例の平行プレーン、ゼオーティアの誤転生案件ですが、調査結果出ました」

「ふむ、で、どうだったかね」

「調査の結果、間違いなく該当する契約者は希望した異世界――下位プレーンの小規模世界ですね――に転生し、そこでおよそ一年ほど過ごした後に死亡しています。本人が希望していた『乱世で戦い抜いて壮絶に散る』という転生モデルに最適化された世界で、それなりに劇的な転生後生活を過ごしていた模様です。最後は当該世界における最大勢力の武将と相打ちになる形でその人生に幕を閉じた、と歴史書にもその名が残っており、事後調査が楽でした。これ、我々にとってはありがたいですけど、本人が確認できないのだから意味が無いような気がしますね」

「まあその辺のディティールは自己満足じゃないのかね。そのおかげで我々は助かっているし、デザイナー様々だよ。しかし、これではっきりしたなあ。間違いなく重複転生案件だぞ、こりゃあ」

 上司は薄くなった頭をぼりぼりと掻いた。白いものがぱらぱらとこぼれ落ちてコーヒーの上に落ちる。構わずにカップを手に取る上司を見て、飲むのか、と思ったらそのまま飲んだ。マジか。

「転生アドレスのミスのみならず二重転生。信用問題ですね」

「だよなあ。はぁ。こりゃ他にも重複転生してないか調査が必要だなあ。一から記録洗い直すかあー」

 再び、大分薄くなった頭をごりごりと掻く。そんなことやってるから禿げるんじゃないのかと思った女性だが、もちろん口には出さない。

「通信も途絶、停止信号も無視、おまけに強制凍結も出来ないとなると、かなり面倒だなあ。違法転生なら素直に警察に届ければいいんだろうけど、ウチで再転生してるんだよね?」

「はい、間違いなく正規のプロセスで転生が行われた記録があります。ただ――」

「ただ?」

「当時の担当者が、転生処理の実行直後に退社しておりまして」

「それマジ?」

「まじです。付け加えると、その担当者は退社後消息を絶っています。名前は、例によって青嶺瑠璃」

 重苦しい沈黙が、辺りに横たわった。
 男は深く、体内の何もかもを吐き出そうとするように嘆息する。
 天を仰ぐように深く椅子にもたれ、両手で目を揉みほぐす。

「『また』か」

「『また』です」

 やや、間があった。
 特定の文脈を知らなければ意味が通らないやりとり。両者にとってはそれだけで事態の重大さが伝わるのだとでも言うように、沈黙はその重さを増していく。

「オーケーわかった。『青』案件じゃしょうがない。追跡調査はこっちでやっとく。君には他にもやってもらうことがあるからね」

 姿勢を正し、顔から手を下ろした男の目には剣呑な色が宿っていた。
 弛んだ肉体、薄い頭髪からは想像も出来ないほどの深い闇をその瞳に湛えて、低く唸るように続ける。

「今回の事案、法務部に嗅ぎつけられるとまずい。ただでさえ本国が環上位世界通商協約に加盟するかどうかでごたついてるこの時期に、こういう信用に関わるトラブルは困るんだよ。どうにか『無かったこと』として収めないと私も君も色々危ないことになる。というわけで――『本業』の方、頼もうか。今回も用意できるのは無人機だけ。応援は無しでやってくれ」

「いえ、それだけあれば充分です。それに、バックアップならば、私には最高の頭脳がついていますから」

「ああ、そういえば君には例のインド支社の相棒がいるんだっけ――ええと、今はあっちにいるの? それとも日本?」

「あちらにいるとも言えますし、この場にいるとも言えます」

「ああそう。ややこしいね。まあいいや、彼にもよろしく頼むよ」

「はい――それで、最終的な処置はどうしましょう」

「いつも通りだよ、もちろん。問題の最終的な解決は君に全て任せている」

「最終的な解決は。はい、わかりました。では、私の判断で処理します」

 女性はそう言ってその場を離れていく。背後で、小さな呟きが漏れたのをその鋭敏な聴覚は聞き逃さなかった。

「全く、正気の沙汰じゃないね。転生なんざする奴も、異世界に転移する奴も、気が知れん。自分が消えて異世界に再構成されたって、そいつは同じってだけで意識は連続してない別人だろうに」

 

 
「あー、だるぅ――眠い。うーん、部長の無茶振りしんどー」

 上司の前でなくなった途端、一転してだらけた本性をさらけ出す。造井玲ぞういあきらはとろんとした目でビル街を眺めていた。

「私からすると、寝て、起きるくらいの感覚なんだけどなー」

(それには僕も同意するけど、未だに旧態依然とした信仰を捨てきれない人々も大勢いるんだよ、アキラ。全ての人が僕のように肉体を捨て去ってしまえばきっと面白いことになるのにね!)

「ごめん私はケイトの感覚は理解できない」

(手酷い裏切りだ! 君はそれでも僕のパートナーかい?!)

 女の網膜に映し出された、彼女の内側にだけ存在する情報生命体が悲痛な声を上げた。縮尺は小さいものの、ウェーブがかかった黒髪に濃茶色の肌、そして穏やかそうな瞳を持った若い男性がそこにいた。

「ていうか、インドは先鋭的過ぎて誰もついて行けてないから。国によってはケイト、人間扱いされてないし」

(失敬だな! たとえ肉体が存在しなくとも、自律的に判断し主体的に行動する僕は紛れもない人間だよ。ああ、でも少し不安だな。これから赴く異世界に、その事を理解してくれる人はいるのだろうか?)

「無理じゃね? なんかオカルトとか魔法とかそれ系でしょ? あー、でも文明レベルそんなに低くないって調査報告も――あれ? 結構高い?」

(そのようだね。僕も今資料に目を通したが、中々面白い発展を遂げている世界のようだ。局所的には、この世界の水準を超える可能性も――)

 二人は仮想の資料を投影し、移動先の世界についての事前調査の結果を頭に入れていく。いつもの事ながら、異世界に行く直前というのは色々と煩雑な手続きやら準備やらで忙しく、最も必要な転移先についての予習が疎かになりがちだった。

(仕事に慣れ始めておざなりになっているきらいはあるよね)

「ケイトうっさい」

(前から言っているが、ケートゥというのがより正式な名前で――いや和名はそれでいいんだけどね?)

「はいはい耳タコ。それにしても重複転生発覚から半年近く経過――やっぱ馴染んでるんだろうな。気が重い。時間調節して転生直後に転移できれば良いんだけど」

(無理じゃないかな。そりゃ誤差で一週間から数日程度の時間のずれは発生しうるけど、そこまでの時間遡航は大規模な転移装置が無いと)

「わかってる。言ってみただけ。ケイト、転移先の座標調整終わった?」

(今終わった。いつでもいいよ)

「おっけ――じゃ、いこっか」

 小さな、そしてつるりとした禿頭を撫でる。その表面で、ナノマシンによって刻まれた微細構造が複雑なパターンの光を放ち、最先端の脳侵襲機器が詰め込まれた彼女の頭蓋がその真価を発揮するために加熱していく。常人ならば脳が沸騰して死んでいるほどの膨大な熱量が荒れ狂う。
 そして、彼女はそのまま世界から消失した。
 情報的に離散し、物理的に崩壊する。
 次の瞬間に彼女が降り立ったのは槍が世界を貫く、先程までとは異なる世界。
 世界から世界へ、瞬く間に転移してのけた世界間転移能力者――通称【沼女】は、気怠げに頭を振ると、自らの職務を遂行すべく行動を開始した。

「契約確認証番号×××-××××××、記録残るとヤバイから破棄っと。本名もやばいよねー。じゃあ呼称は暫定でー、シナモリ・アキラさん? ええっと、とりあえず『最終的解決』っと」

 ふわふわとした口調で独りごつ。
 しかしその内容はひどく陰惨で、そして嫌になるほど手慣れていた。

「抹消決定。お仕事なんで、恨まないでねー」

(因果な商売だ、嫌になるほど)

「アンタが言うとそれっぽいね」

(僕、仏教徒じゃないけど)

「台無しだわ」

 軽口を叩きながら、沼女と情報生命の男という二人組はその世界での行動を開始した。

 
 
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