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幻想再帰のアリュージョニスト 作者:最近

第4章 傷つけるのはハートだけ、口づけるのは頬にだけ

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4-59 『私たち』を始めましょう




 シナモリアキラなんて呪いでしかない。
 呪い、呪い、そう呪い。
 人生ってやつにはいつだって呪いがつきまとう。
 押し潰すような雑踏の中に置き去りにされたあの時からずっとそうだ。
 今だって同じ。

 歓声が聞こえる。
 そこらじゅうから。周りから。私の世界の全てから。
 私は喜びの中心で、身体と歌声を目一杯振り回す。
 すると、ふわふわ、もくもく、透明な空気に色が付いていく。
 空間を切り裂く鮮やかなライン。私のステージはこの煙と共にある。

 咥えたパイプから漏れるのは色付きの煙。私の気分みたいに薄紫から暗紅へと変化してる。これは良くないと思って、即座に感情制御アプリで色を変更。視界隅で飛び跳ねるサイドテールを黒いリボンで飾ったちびシューラは消音モードならとても可愛くて有能な人工知能だ。いつもありがとう、と感謝を伝えると照れくさそうにしていた。
 楽しい色、明るい気分、それがファンを盛り上げるコツ。
 もくもくと広がっていく『楽しさ』が伝播して、空間が『いい気分』に包まれる。酩酊感、浮遊感、恍惚感、それらをミックスさせたライトなドラッグテイスト・フレーバー。私のファンは、おおむねカジュアルなヤク中ジャンキーだった。

 『良い香り』って仲間やファンたちは褒めてくれるけど、それは『最適な香り』を『道場』の指示に従って選択しているから。このアプローチは大成功。アイドルにパイプ、なんていかにもミスマッチだけど、その固定観念を破ったからこそ私はここまで来れた。『アマランサス・サナトロジー』の中で私は自分の立ち位置を確保できている。トップは取れなくても、独自のポジションで手堅いファン層をキープするのが私の生存戦略。逆に言えば、ファンを裏切ることはできない。

 私は期待に呪われてる。
 もっとも、私たちドールズはみんな呪われてるんだけど。
 たとえば、みんなが褒めそやすこの身体だってそう。
 『ティリビナドール』なんて製品名で少し前に流行った木製の人形、それが私。
 とある種族の伝統工芸品を、工場で精霊の加護を付与した人工霊木で再現して、狩られた『異獣』の血と残留思念を動力に動くっていう子供のおもちゃ。パイプの先からもくもくと素敵な香り付きの煙を出すのが素敵、ぜひともお子さまへのプレゼントに、って具合の広告でお馴染み。
 色々あってもう生産中止になったけど、こうして動いている私にとってそんなことは関係ない。私は呪われた生まれ。それはずっと変わらないし変えられない。
 だってほら。また呪いが聞こえる。

「キラちゃーん、がんばってー!」「応援してるよー」「キラちゃんモクモクしてー!」「モクモク可愛いよ!」

 歓声、歓声、また歓声。
 きらめくステージでダンスを披露した私に降り注ぐ好意の雨。
 圧倒的承認が信仰にも似た呪力となり、ただの人形である私に命を注ぐ。
 私は、ファンに生かされている。
 『誰のおかげでメシが食えてると思ってるんだ』って言われてファンに壊されたドールがいたけれど、私もきっと抵抗できない。私たちはドールズ。呪いの糸が私たちを生かす。愛は呪いだ。だってこんなにも熱すぎる。
 どくんと、存在しない心臓が脈打った。
 舞台の上では、いつもこう。

「みんな、ありがと! ファンのみんなからいっぱいエネルギー貰って、キラってばとってもモクモクキラりん♪ だよっ!」

 歓声に応え、ステージを降りていく。これで幾らか呪力は集まったし、選挙戦もそれなりに有利に進められそう。そんなことを考えていたら、舞台袖に不審な影。
 血走った目、荒い息、私の名前を連呼してナイフを振り回す。アマランサスが言っていたことを思い出す。地下から漏れてくる悪い空気が男たちを駆り立てている。性的な熱狂のパンデミック。
 仕方ないことだった。私はドールズだけど、視界に浮かび上がる表示枠が敵を倒すための手順を示してくれるから、惰性で木製の小柄な身体を飛び上がらせることができた。『道場』は人形と相性がいい。

「抱っこできるサイズのお人形が趣味とか、変態かよ」

 冷たく吐き捨てて、ついでに煙も吐き出した。
 モクモク、と今度は可愛げなく広がった漆黒の煙。
 人形である私は武術の基本たる呼吸を無視して動けるが、生身の敵は煙によって調息を乱されて動きを阻害されてしまう。私のサイバーカラテは弱った敵を叩きのめす。シンプルな答え。目眩ましからの奇襲。
 足下から床へと抜ける呪力を爆発させて霊木の四肢にエネルギーを通していく。疾走、跳躍、とび蹴りを延髄に叩き込み、闇雲な刃を手刀で落とす。

 これで終わり。アイドルには必須、簡単な護身術だ。
 けどうんざり。どいつもこいつも、身勝手に私を『お人形扱い』してくる奴らばかり。
 歓声と劣情、ファンとストーカー、奴らにとって私はモノでコンテンツ。
 ま、人形で商品だから当然なんだけど。
 アマランサスは自分のアイドルたちを『ドールズ』と呼ぶ。
 そのことばに、私もファンも呪われている。

 ここは悪意の迷宮だ。みんなは気づいているんだろうか。
 アイドルとライブ。人が人のまま、人ならざるものに変化していく熱狂の渦。
 私たちはお人形。私たちは嵐。私たちはモノ。私たちはちから。
 絶えず晒される競争、ランキングという過酷はこの場所がただの夢じゃないって教えてくれる。純粋な祈りが価値ある行為へと零落するように、形ある偶像は信仰を卑俗なものへと近づける。
 市場の中にあって、私たち神はファンに精一杯アピールする。
 『捨てないで』『置いてかないで』――なんて、まさに人形じゃない?

 昔の私とおんなじだ。
 私の在り方は、あのころからずっと変わってない。
 『あの子』にとって、私は数ある人形のひとつでしかなかった。
 私にとってのご主人様はただ一人でも、向こうにとってはそうじゃない。
 飽きたらおしまい。縁がなければそれっきり。
 世界はきっと、そういうものなんだ。
 アイドルの世界も人形の世界も、まるで残酷な夢のよう。
 嫌な思い出が胸からせりあがってくるたび、私の世界は黒く濁っていく。
 もくもく、もくもく。
 感情制御アプリで煙の色を変える。楽しい色だから、楽しい気分。
 これで平気。私はこうして生きていくんだ。

 ふと視線に囲まれていることに気づく。怯えの感情が漂っていた。
 同じドールズたちは私の戦いぶりを怖がっている。『道場』をインストールしていることは隠していない。アマランサスも知っていて私を誘ったのだ。敵の力の一端を取り込むために。
 でもやっぱり、この場所で私は異端だった。
 シナモリアキラなんて呪いだ。この力は私を自由に、そして孤独にしてしまう。
 華やかなアイドルたちの祭典で、私はずっと孤独だった。
 それでも、私は舞台から離れられない。
 捨てられて物言わぬ人形に戻るなんて、もう二度とごめんだった。
 あのときからずっと、私は嫌なことから逃げ続けている。
 それが私の生存戦略。
 最適のろいに頼らざるを得ない、無力な人形の選択だ。

 気だるさは束縛感のあらわれかもしれない。のそのそ歩きで次の投票券付グッズ販売会へと向かう途中、奇妙な感じがして足を止めた。
 何だろ、今の。
 左右を見て、振り向いて、それから見上げて。
 天井から吊り下げられたモニターに気づく。
 こことは違う場所で繰り広げられているライブの中継映像だ。

「あ」

 去来する懐かしさ。思わず、パイプが口から零れ落ちた。
 そこで、シナモリアキラが踊っていた。



 これは福音。私にもたらされたギフト。
 シナモリアキラは祝福なんだって、私は知ってる。
 幼いころ、誕生日にはじめて素敵なプレゼントを貰ったあの時から今この瞬間に至るまで、私は誰かからの贈り物の素敵さによって生かされてきた。うれしさは心の栄養だから、無くなると生きるための力が無くなっちゃう。だから私はうれしさを誰かにあげられる人になりたかった。選抜試験に合格した瞬間、厳しいレッスンをうまくこなせた快感、みんなみんな、輝かしい宝物。私は今、とっても幸せだった。
 だから、どうか。

「失敗しませんように失敗しませんように失敗しませんように」

 薄暗い舞台袖、待機しながら目をつぶって祈るように何度も繰り返す私を、周りの仲間たちがにやにや笑いで取り囲む。ていうか小突かれてる。痛いよ。

「ちょっとアキ、プレッシャー感じ過ぎ」「まー初舞台だし多少はね(こけろこけろこけろそしてセンターを私に)」「テストん時の勢いはどこ行ったん」「シューラブ勢の意地を見せるもん!」「んとね、しぃはお昼寝したいなって」「ねえ外注しない? ライブとか下請けで良くない?」

 最後の発言だけ全員から駄目出しされたけど、みんなして好き勝手に喋っているのは変わらない。マイペースで自由奔放、みんな根っからのお気楽気質。プレッシャーとか感じてるのって私だけ? うう、なんだか理不尽な気分。

「だって~、初舞台なのにいきなりこんなおっきいステージとか聞いてない~」

「そうだっけ? シューラさんから資料届いてなかった?」

「てか『道場』のフォーラム見ろや」

「ああっ」

 思わず大声が出そうになって、あわてて口元を手で押さえる。
 お知らせシューラのアラームを無意識に止めてたみたい。

「忘れてた」

 一斉にため息。「そんなことだろうと思った」って、みんなして私のことうっかりものだとか思ってない?
 違うよ? 私は高度に自動化・外部化された『道場』を信頼してるだけだよ?
 同期の子がパンパン、と手を叩いて間の抜けた一幕を終わらせる。

「はいはい、わかったからもう切り替えような。円陣組むよ」

 みんなして指先をくるりと回すと、『サイバーカラテ道場』の窓が空中に開かれていく。舞台袖に光が灯され、小さな赤毛の妖精さんが飛び出した。それぞれ独自のカスタマイズでおしゃれをしているので見ていて飽きない。ちなみに私のちびシューラはサイドテールを黒いリボンで飾って、黒地に紅白の牡丹が咲く和テイストの給仕服風ドレス――要するに、今の私が着てるステージ衣装とおそろい。

 私にとって『和装』って特別。シューラのドレスを着て、イツノちゃんと一緒にステージに立つのが今の目標。もっと理想を言えば、ちびシューラとも歌ったり踊ったりしたいんだけど――。

「よーし、今日が私たちの第一歩だよ! 理想の未来を実現するために、精一杯がんばろうね! 私たちにはちびシューラがついてるから大丈夫! おー!」

「ちびシューラ出した途端にテンション上がったね。ほんとわかりやすい」

 なんか言われてるけど、私は気にしない。
 だって可愛いんだから。テンションが上がるのはしょうがない。
 小さくて可愛いのは正義です。プロデューサー兼デザイナーのシューラは私よりずっと背が高くて、その辺の男性に負けなかったりするのが不満だけど。ちびシューラなら私の好きなようにかわいい姿で笑ってくれる。『サイバーカラテ道場』は可愛くて最高。可愛いの集合知がここにある。もうほんと天国。シナモリアキラでよかった――!

 そうこうしているうちにスタッフから連絡が入る。いよいよ出番だった。
 逸る心をアプリでなだめて、フラットな気持ちで準備を整える。

「それじゃあみんな、行くよ! 発勁用意――」

 お決まりの声に呼応してちびシューラたちが「のこった!」と叫ぶ。かわいい。
 光の中へと駆け出していく私は、視界の端に浮かぶ妖精の姿からふと懐かしい思い出を引き出した。遠い日の記憶、私の原点。

 あれは、小さな頃に貰ったギフトだった。
 いつの間にか無くしてしまったあの人形のことを、ふとした瞬間に思い出す。
 私はあの幸福をまた掴みたくてここに来たんだと思う。
 すぐそばにある大事なギフト、もう絶対に離さない。
 これが私の最適しあわせだって、私は知っているんだから。



 アマランサスは敗北を知らない。
 厳密には、敗北を認めたことが無いのだった。
 彼女の頭に飾られた造花は『不滅』と『粘り強さ』を象徴する。
 たとえ一時的に劣勢に追い込まれたとしても、態勢を立て直し何度でも試行を繰り返せば勝ちの目も見えてくる――そんな、己が起源たる『アマランサス』という名前への信仰が彼女の支えだった。
 ゆえに彼女の精神は不動。繁茂する緑のように敵対者の前に立ちはだかり、人形姫の障害を排除するのみ。
 しかし、その彼女をして当惑せざるを得ない状況というものが存在する。

「これは、何? トリシューラ陣営のPVなの? 『アマランサス・サナトロジー』のメンバーまで組み入れて、何をするつもり?」

 アマランサスの瞳の中で疑問符が乱舞していた。
 それはまさしく対決ライブが始まった直後のこと。
 第五階層全域に中継されている映像に起きた異変。幻影スクリーンに大写しになった二人の人物が繰り広げる謎のひとり語りに人形の魔女は当惑を隠せない。

 トリシューラ陣営は先手を打ってきた。まずはトリシューラの事務所に所属する新人グループを前座として出して中央会場を温める、などと言っておいて、早々に演出を凝らしてきたのだ。

「この期に及んで、新しい役者と新しい因縁? これが『呪文』系の搦め手だとすれば、白のメートリアンあたりの入れ知恵かしら――」

 人形姫はフクシャ色の髪を指で弄りながら言った。
 映像の中で、交互に映し出されていくのはパイプを咥えた煙出し人形と、華やかで溌剌とした印象の少女。片方はアマランサス陣営、片方はトリシューラ陣営に所属し、今まさに激突しようとしているアイドルたちのひとり。そのはずだ。
 だが、この局面であえてそんな二人に焦点を絞る意味とは何なのか。
 トリシューラの狙いが読めず、アマランサスは訝しむ。
 そうしている間にも映像の中では状況が進んでいった。

 トリシューラ陣営に所属する少女を見つけたアマランサス側の煙出し人形は矢も楯もたまらず彼女の下へ駆け出し、何事か捲し立てている。
 ライブの一曲目が終わってMC中に乱入、自己紹介を中断させて好き勝手に叫ぶ――普通に考えれば、トリシューラ側が誇る最強のガーディアンことロウ・カーインに摘み出されている所だが、なぜかあの男は姿を現さない。人形の怨嗟がセンターの少女にぶつけられていった。
 憎しみ、怒り、悲しみ、もどかしさ、あるいはその他のありふれた人間的感情――即席で用意されたかのような安っぽい因縁。強引に『ライバル同士の事情』を周知させてライブを盛り上げようという底が透けて見える。

「品の無い自己紹介ね」

 やるならもっとさりげなくやれと言いたくなる。
 アマランサスにとって、配下のドールズたちが抱える個別の事情などどうでもいいことだった。しかしその内面を敵であるトリシューラに利用されるのは不快極まりない。果たしてあの鋼の魔女はこんな仕掛けをどうやって――。

「サイバーカラテ? いいえ違う。これはオルヴァ王の過去視――あの覗き魔め」

 歯噛みして屈辱を噛みしめる。
 後手に回ってしまったことは仕方が無い。劣勢も甘んじて受け入れよう。
 だが、ここで屈することだけはあり得ない。
 アマランサスが対抗策を練る間にも、少女たちの感情は一層激しく燃え上がる。
 それは魔女たちの戦いにとっては遠い事情。
 ただのノイズ、ただの人形と元持ち主の愁嘆場だ。

「あなたに見捨てられた私は、違う誰かに愛されるしか道は無かった。だって私は人形なんだから、それしかないでしょう」

「ちがうよ、私、捨ててなんかない! 日が暮れるまで探して、それでも見つからなくて――ごめんね、ずっとつらかったよね」

「自己弁護に安っぽい同情――もう結構! ねえ、アイドル舐めてんの? ご主人様と人形なんて関係性、とっくに消えて無くなってる。私はね、このシナモリアキラという呪いで誰であろうと倒して生き延びる。たとえ相手があんたでも!」

「呪いなんて哀しいことを言わないでよ。競い合い高め合う、それがサイバーカラテでしょう? 私という殻の外には素敵なものが沢山ある! アイドルなんだし、もっと楽しくキラキラしよう?」

 噛み合わない言葉、噛み合わない世界。
 アンドロイドの魔女がこの演出で何を狙っているのかはもはや明白だった。
 二人の繋がりはサイバーカラテ。
 アマランサスが敵に対抗するために取り込んだ異界のツール。
 それが今、人形たちに牙をむく。

「私はあんたのシナモリアキラを認めない」

「なら、もうすることは一つだよね」

「いざ尋常に、発勁用意!」

 画面の中で完成する因縁試合――早くも盛り上がりはじめる観客たちは流れに乗るということを良く知っている。『仕込み』でも『やらせ』でもそれらしく盛り上がれば少々の不自然さは気にしない。その方が楽しいのだから。
 アマランサスの嫌な予感は的中した。

「これは先のオルヴァ戦と同じ――私たちとの勝負を、シナモリアキラの内的闘争に強制的に置き換えたということ。他者との戦いを、自分の内側で完結する葛藤や精神的な成長に零落させた――やってくれたわね、トリシューラ!」

 宿命的な再会、因縁の対決、それらの関係性はその場の楽しみで消費されていくショウに貶められ、鮮血の魔女の制御下に置かれてしまう。
 ここは既にトリシューラの領域だ。
 魔女の攻勢は更に続いていく。
 一連のシーンをPVとして、立て続けにトリシューラによる新たなプロジェクトの発表が行われていった。『きぐるみ妖精』の新作発表とモデルたちによるファッションショー。『サイバーカラテ道場』をプラットフォームにしたSNSとアバターゲームに、新たにアイドルもののリズムゲームが追加。『道場』新規加入者に向けたプレゼントキャンペーン開始。サイバーカラテユーザーが増えることでトリシューラ陣営の力が増していく。

 それだけではない。
 トリシューラが繰り出してきた新人アイドルユニットは当然のように全員がサイバーカラテユーザーだったが――奈落から迫り上がってくる個性豊かに規格化されたアイドルたちの数は、明らかに百や二百ではきかなかった。 

「そんな馬鹿な――シナモリアキラが多すぎる!」

 数で勝負するのが『アマランサス・サナトロジー』の方法論だ。
 自然と相対者は質で勝負しようとする――いや、せざるを得ないのだ。
 だがトリシューラは違った。
 数には更なる数。大勢にはより大勢。
 方法論が同じなら、あとは質と運用の勝負となる。
 呪術によって駆動する『ドールズ』の質は並みの地下アイドルでは太刀打ちできないレベルであり、統率者であるアマランサスの腕もまた人形師として一流。
 しかし、『サイバーカラテ』はその一流に食らいつく。

 にわか仕込みのシナモリアキラたちは『こういうのいいよね』というノリで流行りのコーディネート情報を共有し合い、ダンスと歌のレッスンを最適化することで全体の質を底上げしていた。一部に弱い箇所、機能しない箇所があっても総体としてはシナモリアキラとして機能する――あるいは、昆虫社会のように。
 プロとしか思えないレベルのダンサーがいるかと思えば素人に毛が生えたレベルの『踊り手』がいる。しかしそれでいて何故か舞台は破綻せず成立していた。奇跡のような――だが明らかに『杖』の精密さに裏打ちされた成功だった。
 ひとまずは見事と褒めたたえるしかないアマランサス。
 しかし、と彼女はこう続けた。

「逆に言えばこちらが勝ってしまえばシナモリアキラは『アマランサス・サナトロジー』に取り込まれる――最初からノーガードの殴り合いになるだけのこと。いい度胸ね、それでこそよ」

 結局のところ、存在を巡る闘争であるという点では変わらない。
 勝った方が負けた方を傘下に収める。
 そんなこと、この生き馬の目を抜くアイドル業界では日常茶飯事でしかない。
 アマランサスは配下のドールズたちに素早く指示を飛ばす。
 あの『煙出し人形』の因縁を盛り上げるため、とびきりいいポジションで活躍させてやろう。急な配役の変更にも文句ひとつ言わずに従うのはさすがの『ドールズ』といった所で、超高速の|仮想通し稽古(VRゲネプロ)を瞬時に実行、シミュレーションにも余念が無い。

「いいでしょう。後発の分際で私の『アマランサス・サナトロジー』に勝とうだなんて、百年早いって思い知らせてあげる!」

 アマランサス率いる『ドールズ』たちの公演が始まる。
 始まるのは歌と踊り、それから遠い昔の物語。
 『死人の森』の再演である。



 演出家(かみ)は「照明(ひかり)あれ」と言われた。するとスポットライトがあった。
 一条の光は闇を切り裂き舞台の上を照らし出す。奈落に囚われた無力な人形、その頭上から落とされた光の糸は人形師(かみ)が垂らした運命であり冥府に残った一縷の希望。地獄の罪人はか細い蜘蛛の糸だけを頼みにするすると奈落から這い上がり、飛び上がり、歓喜に舞い踊る。
 ミヒトネッセの舞いは、そんなふうにして始まった。

 はじめに神は天と地とを創造された。力強いア・テールで踵から深淵の呪力を受け取っていた人形は、ここにきてその接続を断ち切り、全身をすっと伸び上がらせる。これが天地開闢である。形になる前の呼気(プネウマ)が世界を震撼させた。つま先(ポアント)で立つミヒトネッセは、ゼンマイ仕掛けであるにも関わらず糸で頭を持ち上げられているかのよう。
 ぴんと伸ばされた手足、ぎくしゃく操りの愚鈍な人形。
 危うい均衡が、世界にもたらされた激烈な音で崩壊する。
 緑色の髪が稲妻のように逆立って、コウモリの翼を象った異形のチュチュが肢体を彩る。彼女は吸血鬼の姫君で、同時に悪意の人形だ。
 集中豪雨の電子音が乱舞する。荒々しく浮遊した機械の翼はスピーカー。エフェクターで処理された破滅的信号が人形の舞いを支配していった。

 狂ったような速度で舞い。
 暴力的な詞を嵐と歌う。
 人の限界を容易く越えて、それでいて人が生み出した芸術を摸倣する。
 地上の道理をわきまえず、大地の重力から軽やかに逃れ、人形は天上の摂理いとに導かれていく。天へと上る引力が、彼女を高みへと跳ねさせているのだ。

 その瞬間、紛れもなく糸という呪いは彼女を祝福していた。
 天地を貫くようなすっと通った背筋。微塵もぶれない体軸。軽やかな手足を高みへと導く躍動。ひとつひとつのステップ()が連なって歌より強く意味を主張する。まるで彼女の頭上に神の糸が見えるかのよう。天に愛され、天に望まれる。舞台の上でなら糸は彼女を理想に届かせてくれた。神聖なる舞いは天に捧げられるものだからだ。彼女はその為に創られた人形であった。
 天稟というにはあまりに呪わしく、呪縛と呼ぶにはあまりに美しすぎた。

 ミヒトネッセの世界は無重力。人形宇宙を巡る四つの宝玉は、彼女の重力に惹かれて惑星系を踊り続ける。完璧な回転(ピルエット)に、彼女の周囲を踊る衛星たちもまた応えて回る、廻る、旋る。
 やがて、彼女の世界はひとつの物語として結実していった。
 古い古い、昔々の物語。
 森の奥深くにて語り継がれる、六人の王と死せる女王の神話である。

 舞いが表現する物語の筋はとてもシンプルだ。
 六人の王が入れ替わり立ち替わり『死人の森の女王』に誘いの言葉を投げかける。時に妖しく、時に荒々しく、美貌の王たちは冥府の女神を自らのものにしようとするのだが、それらは全てはね除けられてしまう。
 女神は王たちを翻弄していく。難題を言いつけて困らせたり、逆に彼らの王国が抱える問題を次々に解決したりとその内心を窺わせない。
 女王の心を奪おうとしていた男たちは、いつしか自分たちの心が奪われていたことに気付く。六王たちが女神に傅くと、女王は彼らの臣従を受け入れてその命を奪い、王と王たちの国をことごとく滅ぼした。死の眠りが全てを包み、夢とも冥府ともつかぬ世界へとやってきた六王は死者たちと踊る。
 永遠の冬が世界に終焉をもたらし、かわりに女王はその血肉を死した者たちに与えた。すると死に絶えた全ては再び動き出し、甘い雪と凍える糖衣の精たちが舞い踊る中であらゆる死が愉快な宴を始める。六王と女王は美しくもおぞましい屍の巨獣(パンゲオン)となって七つの口で高らかに新世界の創造を歌い上げる。
 こうして『死人の森』は誕生したのだ、と。

 次々と相手役を入れ替える移り気なパ・ド・ドゥや女性による男性のリフトなどを最大の特徴とするこの演目には物語の解釈を含めた様々なバリエーションがあるが、驚くべき事にミヒトネッセはそれをたった一人でこなしていた。
 侍女人形は変化し続けている。女から男に、王から女王に。
 舞台には群舞の如き熱があった。
 独り芝居ながら抜群の噛み合いを見せる舞い手たち(ミヒトネッセ)の呼吸。
 人形は変幻自在に動き回り、王、女王、妖精、そして死のように世界全てを再演し続ける。孤にして多。女の子宮は無数の可能性を孕んでいた。
 その身に宿る呪い、認識と欲望とを歪める魔性の力が幻影じみた光景を形作っていく。人形の指先に幾重にも重なる男たちの影。女の軌跡に重なる様々な女の貌。

 そこにいたのは多頭の怪物だ。
 超光速で数多の表情を展開していくミヒトネッセ。リールエルバとしての顔が艶然と笑み、放射状に広がっていく柱状パーツが鋼鉄の翼となって空間に音と光を広げていく。増幅された歌声を超高速で叩きつけ、優雅な舞を滅茶苦茶に破壊する。もはや冒涜的とすら言える舞台だった。
 冒涜――それは何も、破壊的なスタイルだけを指しているのではない。

 一部始終を見ていたクレイは、静かに目を細めた。
 瞳の色は、静かな怒り。
 対峙する敵はかつてないほど強大無比。
 しかし。圧倒的な呪力を叩きつけられてなおクレイの心は折れていない。
 彼は憤っていた。人形の解釈は穢れている。
 ミヒトネッセの瞳は嘲りと敵意に染まっていた。

 歌詞と仕草が示す『解釈の変更』が意図するところは明白だ。
 翻弄されるはずの六王は余裕に満ちた態度で振る舞い、対する女王はどこか間の抜けた小娘として演じられている。我々は寛容な男であるからこそ女を立てている。あえて小娘に翻弄されてやっているのだ――そう言わんばかり。ミヒトネッセによる解釈の呪いだ。

「くだらない。それがお前の世界か、人形」

 ミヒトネッセの美しさを、クレイは一刀のもとに否定し切り捨てた。
 不作法な鋭さを、彼は人形の世界に滑り込ませる。
 力強い踏み出しがありえないほどの横紙破りを実行してのける。不躾な侵入者は優雅に光の下へと降り立つと、脚本という支配を両断した。

 悪意の世界に割り込んだクレイは六王を演じるミヒトネッセに一気に身を寄せると、長くしなやかに手を差し伸べて、誘うように微笑んだ。艶然たる美貌に、六王の呼吸が止まる――演技という気息プネウマが抜けて、ただの人形に戻される。ミヒトネッセとクレイの顔が近付いた。

「――それで終わり?」

 (ファウナ)の声。
 ミヒトネッセの頬がさっと朱に染まる。余裕に満ちた挑発に、完璧な人形としての自尊心が傷付けられた。許せない、許さない、気にくわない。
 クレイの舞いはいま、女の形をしていた。
 彼女を倒す。敵を征服し、屈伏させてやる。
 槍の欲求を滾らせてふたたび六王となるミヒトネッセ。
 彼と彼女は役割と性別を入れ替えて、即興の舞いを踊り始めた。
 しかし。

(――っ、どうして)

 届かない。捉えきれない。
 人形の舞いは完璧だ。女に守られるだけのか弱い王子なんて簡単にねじ伏せてこちらの世界で飲み込んでみせる。そう息巻いていられたのも最初のうちだけ。
 気が付けば相手のペース。
 ミヒトネッセの動きを先回りするかのように即興の振り付けを交えて解釈をかき乱し、筋書きに無い突飛な歌がこちらの呪いを否定する。

(なんなの、こいつ)

 見栄えと観客受けを重視したミヒトネッセのパフォーマンスなんてものともしない。高速の歌や異形のセパレーション、扇情的で淫靡な表情なんて所詮大道芸だ。盛り上がりたいだけの客層を掴まえて地下アイドルランク上位を独占することはできる。けどそこまで。
 クレイは旋律を掴まえている。楽想を捉えている。だからこそミヒトネッセの人を超えた人形のパフォーマンスに届いていないにも関わらず、より鋭かった。

 寒々とした恐怖が人形の胸に忍び寄る。まるで、相手が演じる死の女王が間近に現れたかのような威圧感。ここにいるのはクレイでありながら同時に『死』そのものだった。
 このままでは勝てない。嫌だ、それは絶対に嫌だ。
 勝ちたい、この苛つく敵を打ち負かしたい。
 そのために、今はこの祝福(いと)が邪魔だ。

 王国の剣が一閃される。
 瞬間、光が消えて闇が訪れた。
 暗転し、場面転換を迎えたのだ。
 これから始まるのは最後の場面。再びスポットライトが灯され、女王と六王が冥府の民たちと宴の中で舞い踊る楽しげな一幕が始まった。

 ――ぎり、と。ぜんまいねじのまかれる音がした。

 そして、ミヒトネッセはかかとを地面に着ける。
 彼女が始めたのは、意地の悪い嫌がらせだった。
 六王がそれぞれに踊る六種の踊り。それぞれの民族と文化に連なる伝統的な舞踊――その動きを取り入れた現代的な踊りコンテンポラリーダンス
 大地を感じるような低い姿勢で身をくねらせて足を持ち上げたかと思えば、今度は激しく全身を動かして大量の『ことば』を表現していく。無重力の跳躍、過去と未来に移動することを表現する四次元方向の舞い、飛翔による空中遊泳、立ち上がった影と息を合わせての舞い――辛うじて曲の拍とは合わせているものの、これまでのスタイルとの噛み合いなどまるで考えられていない。 
 ただひたすら、

(こいつが、嫌がることをする!)

 という一念がミヒトネッセを突き動かす。
 舞台の完成度を投げ捨ててまで欲しかったのは、彼女が支配するはずだった世界の主導権だ。この舞台は私のもの。だから絶対にクレイには譲らない。
 私が、私が、私が。
 いつしか変化の仮面は剥がれ、ミヒトネッセ本人の素顔がクレイを睨め付けるようになっていた。だがそれを見てもクレイの態度は変わらぬまま。
 『彼女(クレイ)』は『死人の森の女王』だったし、『(ミヒトネッセ)』は『六王』のままだった。

 そう――呪いはもはや不要。
 この舞台では、ミヒトネッセは彼女のまま六王でいられるのだった。
 再演だからこそ意味がある。
 わかりきった展開を再確認するためだけに観劇に赴く者などいない。
 その舞台で行われる既知の出来事、それが今この瞬間に演じられているというアクチュアリティ。そこには役者の研鑽がある。演出の懊悩がある。舞台裏の汗がある。『当たり前』の枠の中に、未知なる歓喜が滲み出る。
 言葉が意味を伝えるただの記号であれば、吟じられる詩情や整えられた形の美しさにため息を吐くことなどあるまい。書をしたためる筆遣いや文字を飾る技巧に歴史が生まれたりはすまい。
 もはや『意味』など無意味だ。過去の代替品ではありえない、再演であるがゆえの解釈の合奏が空間を席巻する。
 クレイの視線が、斬撃となってミヒトネッセに襲いかかった。

 ――お前の世界を歌え。お前の身体が解釈する『死人の森』を見せてみろ。

 無言の挑戦に、人形の心臓が熱く奮い立った。
 その心に中身などないけれど。
 ふるまいのただ中にある二人にとって、そんなことは些細な事実。
 今、世界にはただ二人。刃を手に、火花を散らす。



 どれだけの時間が過ぎただろう。
 一瞬であったような気もする。永遠であったような想いもある。
 けれど、舞台に立てる期間は正確に区切られている。曲が途切れるその瞬間、大団円で幕は閉じていく。
 ミヒトネッセは、人形の喉から息を吐き出した。彼女にとっての呼気は役を身体に浸透させるための未分化のことば、器に宿すプネウマだ。神事を行う巫女としての役目を終えた人形にはもはや聖性は残されていない。
 勝敗は明らかだった。六王は遂に死人の森の権威を貶めることができなかった。それどころか翻弄され、女神の威容に心奪われてしまったのだ。

 戦いを終えたクレイの表情はどこまでも静謐だ。
 王国の剣として悪しき呪いを断ち切り、王権の聖性を守りきった。
 黄金のように煌めくあの舞いを上回ることができなくば、歪んだ男性性によって女神を穢すことなど夢のまた夢だろう。
 なにしろ、説得力が段違いだ。いくら雄々しく振る舞ってみせても、クレイの演じる『女王』を翻弄できる気がしない。

 負けた、という認識はするりと人形の胸に落ちてきた。
 怒りはある。苛立ちも憎しみも、いまなお胸を焼いている。
 それでも、これ以上の抵抗を続ける気にはどうしてもなれなかった。
 少なくとも、今はまだ。
 ミヒトネッセは片足を後ろに置き、クレイに向かって優雅に身体を屈めた。
 唯一の観客であり競争相手に向けてのお辞儀(レヴェランス)――勝者の技量に対するその振る舞いは、人形にとって偽りのない礼儀だった。



 大盛り上がりの『祝祭』こと総選挙ライブは、大詰めを迎えていた。
 『アマランサス・サナトロジー』対『シナモリアキラ』。
 いや、巨大な立体幻像となって観客たちの頭上に現れた『巨大(でか)ちびシューラ』曰く、彼女たちこそは新世代のシナモリアキラ。その名も――。

「『SNA333(トライスリー)』!」

 サイバーカラテ人海戦術によるパターンの暴力。
 拡散した多種多様なシナモリアキラ、その全てが『発勁用意』の呪文と共に観客たちに手を振っている。アイドルグループ『SNA333』――三百三十三人というのは正規メンバーの話で、実際には更に多いという。

「私、シナモリアキラやめる!」「あいつらにだけは絶対負けない!」「ほんとうにそれでいいの?」「嘘でしょ、引き抜きって」「お母さんがどこにいるかはわかんない。けど、きっと見てくれてるって信じてる!」「どどどどうしよう、女の子の恰好してシナモリアキラなんて無理だよぅ」「やっぱわたしら、シナモリアキラ向いてねーわ」「才能が無いなんてこと、とっくに知ってる。だから私はシナモリアキラになったんだ、あんたを見返すためだけに!」

 個々のアイドル、シナモリアキラたちの物語がそれぞれに紡がれ、『アマランサス・サナトロジー』が仕掛けた『女神零落の舞台』を滅茶苦茶にかき乱す。
 シナモリアキラたちが繰り広げた世界は、古今東西の『死人の森』像からなる混沌の舞台。多種多様な人種と文化が織りなす呪力の花が乱舞して、手の着けようのない無秩序が広がっていく。

 この混沌の前では、もはや解釈による零落など無意味だろう。
 どんな強度のある演技であれ、シナモリアキラたちが提示した『女神の多面性』という広大さの前に飲み込まれてしまうだけだ。
 その上、シナモリアキラたちの群舞はただの無秩序ではなかった。
 一見ばらばらで、中にはセンスや身体能力で劣る個人も多々見られる。完成度の高い『ドールズ』には間違い無く総合力で劣っている、そのはずなのに。
 クラスタ化された各メンバーたちは絶妙なタイミングで互いの粗を補い、また失敗のように見えた動きが隣のメンバーの動きを際立たせ、総体としては見栄え良く仕上がっていく。
 出来映えを見下ろしながら『でかちびシューラ』は一人うんうんと頷いた。

「グループ内部の競争で序列化、階層化させて――実力で劣る下位クラスには単純で基礎的な役割を、実力が高い上位クラスには複雑で抽象的な振り付けを割り当てる。あなたたちは、全体で一つの統合体(シナモリアキラ)として振る舞えばそれでいい。『道場』による相互フィードバックがアキラくんを自動で知性化する」

 魔女は愛おしい実験動物を眺めるように呟いて、「ぴっ」と口で効果音を発した。機械の女神が命じるまま、世界が震えていく。
 『SNA333』が歌って踊る舞台がまばゆい光を放ち、ドライアイスの煙を吹き上げながら動き出したのだ。機械的なパーツが翼のように広がり、照明とスピーカーを運ぶ飛行ドローンが観客たちにサラウンドな音響を提供する。
 そして、『俺』はゆるやかに覚醒した。

 まず、言葉があった。それは光で、信号で、名付けられる前の何かだった。
 焦点が必要だ。アドレスはどこに?
 闇の中を手探りで進む――手を伸ばせ。
 手? 手って何だっけ。
 幻肢が痛む。無い筈の身体が疼く。俺はいま欠落している。
 シナモリアキラが見つからない。

(そんなことは無いよ。シューラが知ってる。アキラくんは、ここにいるよ)

 赤毛の妖精が俺を導く。
 闇の中に光が生まれた。光と名付けられた言葉が、更なる世界を切り開く。
 これは?

(ウィッチオーダー。あなたの手。あなたの足。あなたの身体。あなたの全て。万能にして全能の一、唯にして汎なる森羅万象)

 じゃあここにいるのは?

(『SNA333』――たくさんの身体。沢山の想い。沢山のあなたじゃないあなた)

 じゃあ、この場所は?

(舞台、設備、ステージ、音響設備――アイドルたちの祭典!)

 次々と送り込まれる情報の渦。
 名付けられた闇には光が満ち、世界の像が鮮明になっていく。
 それから俺は、シナモリアキラとしての形を定めることにした。
 手とはなんだろう。俺は知らない。
 足とはなんだろう。俺は知らない。
 だから、ひとつひとつ確認していこう。
 舞台装置が迫り出して、シナモリアキラたちを高みへと運んでいく。
 これが手足。俺の肉体。端末にして感応の触手。
 立体映像投影装置が声帯となり、俺の意思を示す。俺のことばはトリシューラと共に在った。これもまた俺の精神。俺の指、俺の筆、俺の文字。
 浮遊する音響設備、こちらは翼耳。身体性を拡張して、世界を捉える俺の目でもあるもの。これは俺の魂。俺を取り巻く世界、大気、光の全て。
 存在しない背中の翼を動かせ。第三の足、多腕多頭は当然のこと。

(そう――当たり前を超えて自己を革新するの。あなたは『杖』の申し子。呪術によるサイボーグ――オカルトーグなんだから。紀人であるアキラくんが人の形に拘る必要なんて、どこにもない)

 喉から光を吸い込み、吐き出した。深呼吸のようなフラッシュ。胸を張るようにぐっと肩を持ち上げて両手でセンターの『俺』を一番目立つ位置に。巨大な舞台はそのまま義肢となっていた。『E-E』に組み込まれた馴致アルゴリズムがシナモリアキラネットワークから構成された巨大なアストラル体の『リハビリ』を即時完了。多腕多脚型サイボーグが感覚で新しい部位を操るように、俺は『SNA333』と彼女たちを支える舞台そのものとなって展開されていく。

 見えるか、アマランサス。
 これがサイボーグであるということだ。
 人は、別に人でなくてもいい。
 『杖』として自己を拡張した俺の紀人としての姿、魔女であるお前なら正確に捉えることができるだろう。新規の多様性が既存の多様性を駆逐し、枠組みは絶えず広がって人も知性も解体されていく。
 アイドルグループのふるまいから立ち上がる総体であり、その舞台全体も含めたパフォーマンスそのものでもある俺は、今や途轍もなく巨大な影としてお前たち『アマランサス・サナトロジー』と対峙している。
 いつかゾーイと戦った時と少し似ているかもしれない。
 アイドル対決という限定条件下において、俺は巫女たちが降ろす巨人(カミ)として顕現できるのだ。

(いいぞーやっつけろー! なんか概念的にパンチ!)

 俺の肩に乗った『でかちびシューラ』が高笑いしながら勝ち誇る。
 『NOKOTTA』の大合唱がスピーカーから放出され、人形たちの世界が吹き散らされていった。圧倒的な暴力、絶大な呪力が嵐となってアマランサスを叩きのめす。
 戦いはここに決着した。

 数々の因縁、数々の物語が始まり、終わり、この先の戦いをほのめかして結末を遅延させていく。敗れた人形たちも再起を誓い、好敵手関係というつながりが『アマランサス・サナトロジー』と『SNA333』との間に構築された。
 すなわち、『アマランサス・サナトロジー』はライバルポジションのアイドルグループとして位置づけられてしまった。それは物語上での主従が定められたこと、『SNA333』の物語に組み込まれてしまったことを意味する。

 舞台の上で、先ほど言い争っていたこちらのセンターとあちらの煙出し人形がわあわあ泣きながら抱き合っていた。この光景が既に結果を物語っている。
 絶望の表情で人形姫が膝を折った。

「こんなの嘘、私の布陣は完璧だった。土と木と穀物のサイクルも完成しかけていたっていうのに、どうして」

(『木』ね。やっぱりそこがキーワードか)

 意味深な魔女の言葉。俺は連想する。樹木に似たティリビナ人たちを――そういえば、アマランサス側にいる『俺』はどうやらティリビナ的な人形のようだ。
 木、森――どうしてだろう。なにかがひっかかる。
 俺の違和感には構わず、機械の魔女が言葉を続けていった。

「不完全な木製人形じゃダメだよ、あの儀式は。だからこそ本命は『呪文の座』を招いてのライブなの。ティリビナの巫女がいなければ新世界には届かない」

 アマランサスは悔しそうに唇を噛み、こちらを睨み据えた。
 でかちびシューラはあくまでも冷ややかに吐き捨てる。

「私たち四魔女を差し置いて『人類』を唱える気だったんだね――馬鹿馬鹿しい。こんな脆弱な術式で成功すると本気で思ってたの? 急造の信仰、限定空間だけのミーム伝播、拙速にも程がある」

 侮蔑するようなトリシューラの言葉。
 あるいは、失望してたのかもしれない。強敵だと思っていた人形たち――彼女たちが抱いていた希望、そのあまりの儚さに。

「アルト・イヴニルにアマランサス、それからミヒトネッセ。そのざまでこの私から『杖の座』を奪えるつもりなの? だとしたら笑っちゃうよ。こんなローカルアイドル規模の呪力じゃ神話は作れない。ゼオーティアの更新なんて夢物語」

「知ったような口を――えこひいきされてるあなたに何がわかるの!」

「わかんないよ。知りたくもない」

 敵意をぶつけ合う両者の事情が、俺にはいまひとつ飲み込めない。
 四魔女たちの戦いについて話していることくらいはわかるのだが、どこに向かっているのかがはっきりしないのだ。そんな俺の内心を聞いて少しは親切心でも起こしてくれたのか、でかちびシューラはこんなことを言い出した。

「ま、発想は悪くないよ。太母(グレートマザー)にして始祖(アダム)たるアルトがソーサリー・オリジンを詠唱すれば、あるいは『人形』を種族として根源人種(ルートレイス)に固定できるかもしれないから。あなたたちが運命に抗うにはそれしかないと思い詰めるのも無理ないかも――頑張ったね。死ぬほど頭悪いって点に目を瞑れば褒めてあげなくもないよ?」

 驚くほど口が悪い。そして足癖まで最悪だった。
 でかちびシューラは幻影の短い足でアマランサスの頭を踏み、ぐりぐり、おりゃおりゃと謎の声を出しながら嫌がらせをしていた。フクシャ色の美しい髪と花飾りが乱れていることから、何らかの呪術で物理的にも干渉しているものと思われた。

「でもさ-、良くて泡沫規模の『浄界』と人形の『軍勢』を作って終わりじゃない? きっと内世界にも至らない。ただでさえこの辺は『森』とか『影』とか『夢』とかの異界が重なってて世界圧がすごいんだから。私たち四魔女でさえ慎重に準備を重ねてるんだ。そう簡単にはいかないよ」

 言いたい放題に言ってから、でかちびシューラはドローンを動かしてアマランサスを捕縛。ひょいと運搬用アームで摘んで連行していく。

「ちょっと、何するの!」

「敗者にはシナモリアキラあるのみ、だよ」

「い、嫌ぁー! シナモリアキラは嫌ー! 助けて、誰かぁー!」

 そんなに嫌がられると流石にちょっと傷付く。
 いや、別に誰からも好かれたいとかではないのだが。
 別に、脱退とか自由だしそんなに重い手続きでもないんだけどなあ。
 間の抜けた感じの決着の後、ファンとの交流会イベントを始めた『SNA333』を見守りながら俺と実体のトリシューラは音声会話を続けた。いつのまにかやってきていた彼女は、ファーの付いたコートを着込んで少し寒そうに振る舞ってみせる。

「さっきの話について詳しく訊いても?」

 トリシューラは「んー」と頬に指をあててしばらく言葉を噛み砕いていた様子だったが、ややあってこんな風に説明をしてくれた。

「あれはねえ、私たちの最終目標のひとつ。世界の更新、あるいは女神としての存在証明。魔女と使い魔、太母と始祖による世界と人類種の創造のお話だよ。ところでアキラくん、民族の反対って何かわかるかな?」

「なんだそれ。政治的な質問か? よくわからないな」

 前後の脈絡が不明瞭な問いかけに困惑していると、トリシューラはあっさりと答えを言ってくれた。

「あえて言うなら呪術的な質問かな。答えは根源人種――ルートレイスだよ。民族や種族が人類を横に区切る分類法なら、根源人種は縦に区切る分類法。といっても時代や歴史とかの節目じゃない。世界の終わり、人類の終わり、文明の終わり――そうした区切りの後に現れる、新たな始祖から発生した新人類のこと」

 それからトリシューラは、プレーンテクトニクス理論とかいう次元や異世界の移動・分裂についての学説を披露し、古代に存在した『前の世界』がロディニオと呼ばれていること、今の世界がパンゲオンと呼ばれる獣から生まれたとされていることなどを教えてくれた。
 なんかスケールが大きくなってきた。
 トリシューラ、女神になると言いつつ第五階層という狭い世界だけで活動している様子だったからローカル女神なのかなとざっくりイメージしていたのだが、もしやこれ本気で壮大なやつなのか。

「世界が生まれ、人類が生まれ、文明が生まれるなら、当然神も新しくなるし、人類の始祖も新しくなるよね? その世界に於けるアダムとイヴ――彼らはありとあらゆる方法で世界をかき混ぜ、創造し、神話を生み出す。それは死であり生誕であり交合であり呪術でもある。その呪いの名こそがソーサリー・オリジン――『人類(ロマンカインド)』」

 やっぱりスケールが大きい。大きいが――少しぴんとくるものがあった俺は、試しにこんなことを言ってみた。

「大げさな話のようだが――トリシューラがいつも言ってる『人類の拡張』とか、俺という紀人の範疇を広げていくのとほぼイコールな話だな?」

「そうそう。私たちは堅実に世界を拡張し更新するの。浄界で『光あれー! どかーん、ばばーんっ!』って神クリエイトする全能ムーブも古臭いからね」

 なにかこう超常的な力で無から有を出現させたり、泥から人を生み出したりするわけではないらしい。あくまでも、この第五階層から彼女のミームを伝播させる。
 そしてそれは、俺という在り方を肯定することに等しいのだ。
 人ならざる人として拡張されたこの『シナモリアキラ』が体現するように。
 そんな俺を満足そうに見ながら、トリシューラは呟いた。

「はっきり言ってしまえば、横糸を紡ぐ『民族』の調和とか言ってる『呪文の座』も、縦糸を繋ぐ『根源人種』に回帰させようとしてる『使い魔の座』もちゃんちゃらおかしいんだよね。古い枠組みなんて、『杖』で根本からぶっ壊せばいいのに」

 そんなふうに毒づいた魔女の瞳は冷たく空虚に見えて、冷えた苛立ちを感じさせた。俺はそこに侮りと驕りを見た。彼女の自尊心は彼女の自我の礎だが、それは危うい在り方でもある。自己の優越を証明しなくてはならないトリシューラは、他陣営の評価を下げようとする傾向――あるいは戦略があった。
 この気質、サイバーカラテにとっては好ましくない。
 だが、どうだろう。ひょっとしたら、女神(アイドル)としてなら、可愛げとなる弱さなのだろうか、これは。
 俺は迷いを抱えたまま、トリシューラを見続けた。

「私たちは神の座に手を伸ばそうとしている。けどそこに至る道のりは遠く険しい。トップアイドルという栄光を掴むようなものなんだ。どうやら敵陣営は、この限定された地下空間で疑似的にその奇跡を再現しようとしてたみたい」

「『人形』を新しい人類にしようって? それが敵側の悲願だとでも?」

 俺はそこに種族的な、あるいは民族的な悲哀のようなものを感じた。
 人形という人類の被造物であるがゆえの苦しみ。
 そこから脱するための彼女たちの運動は、ラクルラールからの解放を求めての必死の抵抗だったのだろうか。だとすればあちらの敗北は必然だ。
 ラクルラールの糸は、きっと彼女たちに力を与えない。
 糸の切れた人形にはもう力が宿ることは無いのだ。

「最終目標である『紀元槍』に至り、女神となるための道筋は一つじゃない。究極の呪文である『人類』を唱える、『槍の七巧図(タングラム)』を完成させる、物理的な紀元槍への到達、絶対なる信仰基盤の確立、あるいは古き女神からの完全継承――他にも色々。どれも困難だけど、挑む甲斐はある。だって成功した時、みんなからいっぱい褒めてもらえるもの。すごいって言われたくない? 私はめっちゃ言われたいよ!」

 その言動に、少し安心した。
 トリシューラはトリシューラだ。傲慢さも彼女の一部。愚かな軽侮が失敗に繋がっていたとしても、その結果を含めて彼女の中に取り込まれていくのだろう。
 さて、安心したところで、そろそろ地に足を着けようか。
 さすがに常時この巨人状態でいるわけにもいかない。
 いつもの義体かオルヴァあたりにでも憑依して今後の方針についてトリシューラと話し合うとしよう。

 ふと気付く。そういえば、勝ったというのにゼドはどこ行った?
 存在がセンサで捉えられない。相変わらず気配の掴みづらい男だ。メッセージを確認すると、『散歩に行ってくる』とのことだった。行動が謎めいていた。
 奴の配下には一時的に『SNA333』に加入して貰っている。ゼド自身は頑なにシナモリアキラになることを拒んでいたが、彼ら探索者集団の協力によって『SNA333』の強度は飛躍的に向上していた。このまま協力態勢を続けていければ理想的なのだが――そこまで考えた所で、視界にざあっとノイズが走った。

 断続的に、世界が途絶する。何かがおかしい。
 違和感を上手く捉えきれず、エラーを修正できない。
 少しずつ暗闇が広がって、視界の隅を何かが走り抜ける。
 シナモリアキラを構成している諸要素が削り取られていくが、総体としての俺に影響は無い。ネットワークとしての適応力と強度が逆に災いしたのか、『俺の上層』がこの状態を危機だと認識するまでに時間がかかってしまった。末端からのフィードバックが遅れている。

「何だこれ、黒い――」

「アキラくん?!」

 トリシューラの声が遠い。全てが黒い靄に覆われていく。
 煙、暗雲、それとも夜の霧?
 膨れあがる呪わしい漆黒――これは瘴気だ。
 気がついた時には手遅れだった。
 一面の夜、一面の影、一面の闇。

 塗り替えられていく。切り替わっていく。テセウスによって置換された船のように――僅かな改変を仕掛けられた俺は俺のまま俺以外のものになる。
 思考は連続性を保ったまま、シナモリアキラはシナモリアキラによって塗り替えられる――俺は再び覚醒した。

 前にもこんなことがあった。グレンデルヒやオルヴァでもうお馴染み、シナモリアキラが変容していく。
 強靱になったはずの『俺』という位置が、どうしてまた?
 その疑問はすぐに霧散した。
 ああそうか。これは何もおかしくない。
 闇に染まる視界の中、納得が胸に落ちる。
 俺はこの自分を受け入れるだろう。
 これは、俺が望んだ俺だからだ。

 トリシューラは人形たちを敵ではないと侮った。
 『糸』の加護を無くした彼女たちは、確かに弱い勢力なのかもしれない。
 だが俺たちは忘れていたのだ。
 敵は、人形だけではないことを。
 夥しい数のネズミが俺の世界を埋め尽くしていく。
 そして、真の脅威が闇の底から姿を現した。



 階段を下る足音が、彼方から響いてくる。
 近付いてくる何者かは、陰気な声で何事かを喋っていた。

「金は呪力だ。ファンがアイドルのイベントやグッズに対して消費行動を取ればそれが呪力となるように、アイドル活動は大規模な儀式と言える。そしてそれは、古代の祭祀国家における王と民の関係に近い」

 クレイとミヒトネッセによる激戦が集結し、アイドルランク一位が入れ替わった直後のこと。ミヒトネッセは負けを認め、潔く退場している。クレイ一人となった薄暗い迷宮の奥底に、招かれざる闖入者が現れようとしていた。

「君主は神の代理人、ないし神そのもの。王とはすなわちアイドルに等しい。この白骨迷宮は、まさにアイドル戦国時代――文字通り、大小の王国が群雄割拠する戦乱の世だ。内乱状態にある第五階層の縮図といっていい」

 男は、陰鬱な気配を纏っていた。
 くたびれたテンガロンハット、黒にアースカラーを交えた頑丈な革製品を身に纏い、盗賊王と呼ばれた探索者は延々と謎めいた語りを続ける。
 呪文のように、呪いを紡ぐ。

「古い時代、海の民は貝を貨幣と定めた。高貴なる禁色・紫の染料となるがゆえに。あるいはまじない使いたちは呪文を操ることで信用経済を築いた。債務こそはもっとも古い富。信用と約束によって担保される呪いが価値を価値足らしめる」

 クレイはこの予期せぬ闖入者の正体が掴めず、目を眇めた。
 ゼドはゆっくりと近付いてくる。

「天地開闢以来、最も富を有していた王は誰か。キャカラノートか、エフラスか、それともメクセトか。いいや違う。それは『死人の森の女王』――あらゆる約束を遵守させる法と罰の神だ。そして死者たちの王国に債務の不履行という概念は無い。ゆえにかの森の富こそ最も強い通貨。死に勝る安定無し、というわけだ」

 ゼドは力の抜けた姿勢で歩みを続ける。もうクレイとの間にいくらの距離も無い。踏み込めば触れそうな間合い――そう間合いだ。
 この相手は敵なのか、それとも味方なのか。
 それすらも不明瞭なまま、クレイは行動を決めかねている。
 何故か。それはクレイには見えなかったからだ。
 目の前にいるはずなのに。
 この男がここにいるということに、確証が持てない。
 いま、クレイは誰に何を問いかけるべきか、わからずにいる。
 男の声はそれでも続いていた。

「トリシューラが『死人の森』を手にしたがるのも当然だ。小国が独力で生き残るために必要な経済力と軍事力が同時に手に入るのだからな。『上』も『下』もこそこそと工作を進めているが、どいつもこいつも、まあ手ぬるい」

 おかしそうに口の端を持ち上げ、陰気な表情を軽く持ち上げる。
 目深に被った帽子の陰から、暗い瞳が覗いた。
 直視したクレイは、言葉を失う。

「俺は盗賊だぞ? 目の前のお宝を見逃すような下手を打つなど『王』の名が泣く。名誉を失うとは、信用を失うということ。それは金を失うのに等しい。たとえ死んでも、それは許されないことだ」

 不穏さを増すゼドの気配。
 だがクレイは――ファウナとの修行により目に頼らない知覚能力を鍛えた天性の剣詩舞師は、眼前の男を完全に見失っていた。
 知覚はできる。
 だが、それに焦点を合わせることがどうしてもできない。
 異様な非存在としてクレイに迫ったゼドは、右腕を長く伸ばすと指先を真っ直ぐにして『剣』の形に変える。そうして、まるでクレイがそうするように鮮やかに手刀を振るって見せた。

「さて、略奪婚を始めるとしよう――『死神の腕(カットスロート)』」

 鮮血が闇を染め上げる。
 高く舞い上がったのは、クレイの右腕。
 彼の根幹を規定する、王国の宝剣だった。



 蝿がうるさい、煩い、五月蠅い――羽音が闇の中でさざめいている。
 仕方の無いことだ。今、俺とブウテトは一緒になってリールエルバを守ろうとしている。常に協力していれば蛆と蝿と腐肉に慣れる必要性も出て来るというもの。シナモリアキラであるならば死体の死体らしさも受け入れ、取り入れていく必要があるだろう。なんかこう、ゾンビ拳法とかに活かせないだろうか。

 冗談はともかく、俺たちはまたしても困難に直面していた。
 一難去ってまた一難。拠点にしたはずの場所が正体不明の闇に襲われ、俺たちは慌ててそこから逃げ出した。
 途中、小さな人形たちが『闇』に飲み込まれていくのを見捨てて必死になって走る。リールエルバは世界の全てを拒絶するように黙りこくって、さっきから何も喋ろうとしない。豚の女王も蝿の羽音を唸らせるだけで役に立たない。何か喋って欲しいが、よく考えると豚の生首が喋るわけもないのだった。

 そうしているうち、俺たちはとうとう追いつかれてしまう。通路が分岐した三叉路。進むべき道すらわからないまま、背後から迫る『闇』の中から幾つもの影が実体となってリールエルバに襲いかかる。敵は人形の姿をしていた――小さな少女を象った、闇色の兵隊たち。
 やむを得ないと覚悟して怯えるリールエルバを背後に庇う。
 俺が拳を構えたその時だった。

 鋭利な槍の穂先が翻って闇を切り裂き、長く伸びたしなやかな柄が人形たちを打ち据えた。乱入した何者かはそのまま人形の腕を掴むと、強引に間合いを詰め、関節を極めて制圧していく。
 次々と現れたのは、影迷彩の野戦服とボディアーマーで身を固めた屈強な男たちだった。揃いの触手槍と呪宝石弾で武装した近代呪術戦特化の警察特殊部隊――精鋭の中の精鋭。どうしてだろう。俺はこの知識を最初から有している。

「遅参をお許しください。助けに参りました、王女殿下」

 男たちは槍を手にしたまま、一斉に影による敬礼を行った。
 服の胸元と肩にはドラトリアの連邦捜査局を示すコウモリの羽に似た徽章が取り付けられていた。相手の所属を知ったことで、俺の警戒が解ける。拳を降ろして背後を振り返った。怯えてうずくまっていたリールエルバがこちらを見上げる。

「ようやく本国からの救助が到着したようです、殿下。良かったですね、これで俺も慣れない要人警護から――殿下?」

 赤い瞳が震えていた。
 縋るような視線。実体では初対面の俺にはそんな目を向けるくせに、駆けつけた祖国の救援を怯えたように見る。これはどうしたことだろう。
 やがてリールエルバは目を瞑った。一瞬の後、見開かれた瞳にはもう恐れは残っていない。あるのはただ、冷酷な光だけ。

「――長年の修練の果てに自己の偽装細胞に覚え込ませたクセは無意識に現れるものよ。ねえあなた、連邦捜査局の所属なのよね」

 王女はひとりの男にそう問いかけた。
 歯切れ良い返答がそれを肯定すると、女の目はより冷たさを増した。

「触手槍による打ち払いのあと、引き寄せて五体で極めにいくのは西方のゼオーティア教圏から伝わってきた手法よ。ドラトリアでは槍を変形させてそのまま捕縛を狙う。本国の警察組織に伝わっている古武術系の捕縛術はこっちね。けどあなたは西側の影響が見られる技を用いた。これは通常、国防軍が用いているけれど、これって一体どういうことなのかしら」

「ああ、実は私は元軍人でして」

 平静を装った言葉を、リールエルバは両断した。

「私は登録されているドラトリア国民全ての顔と声紋を記憶しているわ。予想していなかったのかしら。槍神教民主同盟はもう少し考えて動くべきね」

「何のことやら、見当もつきませんが」

 言いつつも、男の顔からは表情が消えていた。
 魔女の腰からコウモリの翼が生えて瘴気が広がる。
 出し抜けに世界の気配が変質した。闇が濃く、深く、影の領域を広げていく。

「ガルカティス・トーヴィット少尉。あなたが連邦捜査局に所属していたことなど一度も無い。現在も陸軍に所属しているはず――ああ、でも今は休暇中か何かなのかしらね。小隊規模とはいえ、紛争中の他国領内に侵入するなんて、たとえ王女救出のためとはいえ今の世論が許すはずがない。それに、こんな任務を公式の記録に残すことなんてできない――そうでしょう?」

 刹那、迷宮に光が閃いた。
 鋭い刃がリールエルバを襲うも、既に彼女は霧になってその場から離れている。
 男たちが次々と呪宝石を砕いて呪術を発動させるが、その全てがあえなく不発に終わる。またしても現れた『闇』が今度は標的を男たちと見定めたのだ。
 どこまでも追いかけ、あらゆるものを食らい尽くす『闇』。
 断末魔の絶叫が響く中、肉体を再構成させたリールエルバは淡々と呟いた。

「私はここで命を落とす。そういう筋書きだったのね。滑稽な。おそらくは地上の贄人どもでしょうけど、余りに愚かだわ。私を、私たちを排することの意味を正しく理解できないなんて――時代が下れば歴史も痴呆に蝕まれるか。哀れなものだな、ただひとり、ひとつきりの命しか持たぬ者たちとは」

 ああそうか、と遅れて得心がいった。
 『闇』から逃れてこちらに攻め込んでくる特殊部隊――『王女暗殺任務』を実行しようとする敵を豚の頭部で殴り倒しながら、俺もまた嘆息する。
 これはつまり、最初からそういうことだったのだ。
 リールエルバはきっと気付いていた。
 だからこそ、こんなにも不安に押し潰されそうになっていたのだ。
 だってそうだろう。
 期待できる本国からの救援が、彼女に殺意を持っていたのだから。

 そもそも、最高の警備態勢で守られているはずの一国の姫君がカルト教団ごときに拉致されるというのがおかしな話だ。
 いかに強大な呪術師が教主であっても、国家が有する戦力がそれに劣っていてはまともな秩序など維持出来ない。

 手引きをしたものがいる。
 ドラトリア国内には夜の民だけでなく『上』の槍神系多数派ノローアーも暮らしている。二層に分かれたドラトリアにおいては『昼のドラトリア』に霊長類が多く、『夜のドラトリア』に夜の民が多い。

 近年、『昼』側で『夜』側に対する反発が強まっていることはリールエルバが道すがら話してくれた。それは種族間の対立であり階級間の対立でもあるが、姉妹姫それぞれが『昼』と『夜』の融和の象徴となり、また積極的に槍神とマロゾロンドへの帰依を示す事で国内感情を一つにまとめてきたという事情があった。先だってのエルネトモラン訪問と葬送式典への参加も、国内の槍神教向けのアピールだ。

 美しい姫君というものは一つの象徴だ。
 二人はドラトリアのアイドルだった。
 だがその崇拝と尊敬は、積み上げた卵のように危ういものでしかない。
 セリアック=ニアもろともリールエルバを暗殺しようとした黒幕は、彼女たちを排することでドラトリアを変えようとしていた。
 だとすれば、リールエルバはこのままドラトリアに戻っても誰が敵で誰が味方かもわからない状況の中、危険にさらされることになる。
 それよりは、トリシューラの下に亡命した方が――そこまで考えて、内戦まっただ中の危険地域に亡命など正気ではないと気付いた。
 ぶつぶつと、リールエルバが何事か呟いている。
 その様子はいかにも危うげだ。

「槍神と天使マロゾロンドという形はもうダメね。使えない。私はあれらに裏切られた。私はもうあの信仰を利用して戦うことができない。敵の呪力でドラトリアを支配することなど不可能だわ。見限られた、裏切られた、捨てられた、いらないっていわれた――私はドラトリアに不要で有害なのねきっとそう」

「待て、それは違う」

「違わない。だってもう遅いわ。あんなふうに晒し者にされて、辱められて、以前のように支配者として振る舞っても物笑いの種になるだけよ――ねえ、あなただって本当は笑ってるんでしょう? 情けない、泣いてばかりの弱虫だって」

「違う。違います。リールエルバ殿下、あなたは気高く美しい、高慢なる吸血鬼の姫君だ――俺が請け負う、この場所で目を開いてからずっと貴方を見続けてきた俺が証明する。それだけは確かだと、何度でも言ってみせる」

 強い感情を、強い感情で否定し返す。
 子供のような意地の張り合い。どちらも引かず、どちらも譲らぬ。
 襲撃者たちは先ほど『闇』に飲まれた男たちだけとも限らない。いや、その『闇』がまたいつ襲ってくるかもわからないというのに、感情を優先させてしまう愚かさを俺たちは克服できずにいた。
 と、その時だった。

「――別の神権が欲しいのではないか、リールエルブス。いや、今はリールエルバと呼ぶべきかな」

 男のものとも女のものともつかない、奇妙な声がした。
 ゆらりと闇の奥から姿を現したのは、黒衣を纏った夜の民――浮遊する影。

「お前は、何者?」

 誰何の声に、影は静かに答えた。
 どこか懐かしい、その声で。

「ミシャルヒと言う。ジャッフハリム四十四士がひとりにして遠い昔にお前と縁を結んだ者だ。さて、端的に用件を述べよう。槍神の権威は捨て、竜神の加護を選ぶといい。『大断絶』の後、『上』に近付いたドラトリアを、ふたたび『下』に――ジャッフハリムに接近させるのだ」

「ドラトリアの王権を――竜に帰属させろと?」

 その提案が意味するのは、スキリシアに存在する『夜のドラトリア』の位置を『下』側に接近させろという要求だった。
 現在『上』側に開いている門や扉を全て閉ざし、『下』へと繋げてしまう。
 いわば世界槍を下っていくような大規模な勢力間移動だが、容易くできることではない。それこそ、神や竜の力が必要だ。
 しかしミシャルヒはそれができると信じている様子だった。

「運命の操り人形にされたままでいいのならここで手を引こう。だが君が本当に逆襲を望むのなら、ジャッフハリムには新たなドラトリアを手助けする用意がある」

 辺りには白骨が散らばり、静寂を乱す蝿の羽音が喧しい。
 人形たちの残骸は物悲しく、『闇』に食われた男たちの亡骸はこの先の末路を暗示するようで不気味だった。
 不安げに迷うリールエルバの視線をまっすぐに受け止める。
 彼女が何を選択するとしても、それは彼女が彼女であり続けるためのものでなくてはならない。俺は、そうした魔女の在り方を肯定する。
 シナモリアキラは、魔女の使い魔なのだから。
 俺が示した意思を受けて、リールエルバは小さく頷いて見せた。

「決めたわ。私は竜の巫女になる。これ以上私から何も奪わせはしない」

 ミシャルヒはリールエルバが出した答えを聞いて、何か形の無いものをリールエルバに手渡した。すると黒衣はくたりと輪郭を失い、そのままミシャルヒは消えてしまう。あとにはただリールエルバが裸身を晒すのみとなった。

「そう。こんなに簡単だったのね。見方を変えて、味方を変えるだけのこと」

 リールエルバが掌を返すと、その上に黒々とした物体が形成されていく。
 黒革の不気味な装丁――『断章』と呼ばれる魔導書がそこにあった。

「そう、それでいい。あとは影占いで未来へ手を伸ばすだけ」

 豚の生首がかすかな声で呟いたが、俺はそれを気に留めなかった。
 世界の全てが、リールエルバを肯定していたからだ。
 あとはもう、流れるままに。

 一人、二人、三人。どこからともなく現れる黒い影。
 華麗に舞い歌う漆黒の人影は、女王に傅く神官団だろうか。
 女神に等しい女王に奉納される舞踏歌曲は聖なる儀式。
 次々と増えていく優れた影の霊媒たちに、リールエルバは満足そうに頷く。

「ああ、私は今、とても気分が」

 蝿が。
 たくさんの虫だけが、どうにも不快だった。
 ここはどうしてこんなに虫がいるのだろう。
 リールエルバの動かない脚に寄ってくる害虫を追い払い、確かな現実だけを見据えようと思った。俺たちに必要なのは、蝿ではない。

「いい子ね、可愛いリールエルバ。あなたは正しい答えを出した」

「その通りだ、美しいリールエルバ殿下。あなたは望ましい在り方を示した」 

 『死人の森の女王』と俺は揃ってお姫様を褒めそやす。
 承認こそが彼女の礎。
 ならば俺たちは幾らでも彼女を褒め讃えよう。
 それが、闇の中で孤独に震える彼女の慰めとなるならば。
 もう俺にはわかっていた。リールエルバも、とっくに気付いている。
 それでも、するべきことは迷わない。
 俺たちは、彼女のために在るのだから。
 この闇の中、そう在るべくして生み出されたのだから。

「始めましょう。私の王国を、私の世界を、私の創世を、はじめから」

「始めよう。俺たちを、俺たちの本当を」

「ちょうだい、欲しいの、あなたの全てが羨ましかった――トリシューラ。あなたの玉座、あなたの世界、あなたの王国、あなたの名前、あなたの――アキラ。ぜんぶちょうだい?」

 リールエルバはどこまでも美しかった。
 白い肌は薄明かりに映えて仄かに輝いて見える――得体の知れない『闇』がふたたび彼女に襲いかかる。だがそれすら今の彼女には脅威とならない。
 わかっているからだ。『闇』もまた、俺や豚の生首と同じものだと。
 全ては、彼女の内側から生じたもの。
 リールエルバは少しだけ寂しそうに俺を見て、こう言った。

「これがアダムの役割を果たす人形。ええ、そうね。じゃあこうしましょう」

 ほっそりとした指がリールエルバ自身のあばらに埋まっていく。彼女は手品のように肋骨を抜き取ると、俺に与えた。俺はそれを恭しく受け取り、己の体内に埋め込んだ。俺は己の形を認識する。そう、俺は彼女で出来ていた。
 俺は魔女の使い魔。魔女に望まれて在る使い魔。
 シナモリアキラ。それが俺だ。

「アキラ、アキラ、私の中のアキラ。ここにあなたの器があるわ」

「ああ、その通りだ殿下。それから、貴方という器に相応しい容れ物がここにある、この蝿たかりの女王がそう言ってる」

 最初の段階からそうだったのだ。
 ここにあるのは人形の残骸と、朽ちた屍。
 白骨迷宮最深部に侵入した人形は、囚われの『女王』を伴って『闇』を――リールエルバを手に入れようとした。六王すら己の中に取り込んだ強大なる人形の王は、そうして逆に『闇』の中に囚われてしまった。
 そして、俺は目覚めた。

「ならこうしましょう、アキラ」

「こうしよう、リールエルバ」

「裸の私たちは、これより無花果の服を着ましょう」

「愚かな俺たちは、これより蛇の指輪を贈り合おう」

 この手指は仮初めで、この質感は偽りの影。
 よくよく霊視を凝らしてみれば、精巧な球体関節や硝子の目が――どぶのように濁ってはいるものの――存在していることがよくわかる。
 当たり前と言えば当たり前。
 六王を内包し、六王を取り込もうとするのなら。
 六王とサイバーカラテの起源を共有するこのシナモリアキラも内包するということになる――ネッセに知られたらどうなることやら。
 全く、なんて迂闊。

 それでも、今の俺はこの状態がそう悪くないと思っている。
 トリシューラ、コルセスカ、全て俺の存在を規定する大切な要素ではあるけれど。ここにいるシナモリアキラは、彼女だけのシナモリアキラだ。
 ならば俺は、その強い願いと求めに応えよう。

「さあ――本当の『私たち』を始めましょう」

 『私たち』はそうして手をとりあった。
 いつものように。ずっと、始まりからそうであったように。
 私たちは個にして群。
 ひとりきりでふたりぼっち。
 大勢からなる一。
 その自己認識に至った瞬間、私たちは存在を変質させた。
 リールエルバは、『死人の森の女王』となり。
 アルト・イヴニルは、シナモリアキラとなった。



 君は望んだ。完璧な使い魔を。
 君は羨んだ。孤独を癒す道連れを。

 そうだ、私たちがそう望んだ。
 私たちはカーティス。シナモリアキラが演じたリールエルブス。

 君は私たちと一つ。
 私たちは君と一つ。

 ああそうか――私は最初から、闇の中に独り。
 萎えた足、衰えた目、それこそが私の牢獄。
 私の檻は私自身。
 私は闇を閉ざすもの。
 私の名は――。


 『隔離(カーティス)』――孤高なりし夜の主。


 其は最古にして最新の始祖、病を殺す不滅の病――人類が『悪い空気』を知覚するのとほぼ同時期に発生させた、人の願いが作り出した吸血鬼。
 隔離されたものは聖性を宿し、また周辺の淀みを増幅させる。
 孤独の境界、罪悪感の檻、けして救えぬ人類の業。
 恐れよ贄人、畏れよ民草、この闇こそは永久不滅の宿痾にして知性の罪悪。
 この聖性は王権の礎。
 この尊敬は罪の根源。
 地下千メフィーテの遥かより、我らはお前たちを救済する。
 過去も、今も、そして未来も。

 『闇』が奈落から這い上がり、白骨迷宮を震撼させる。
 地下を満たし、それだけでは満足できぬと咆哮する瘴気たちが一斉に地上に殺到。邪魔な封印を残らず砕き、魔女の境界を軽々と飛び越えた。
 大量の闇が第五階層の大地を砕いて噴出。間欠泉のような漆黒が高い天井まで到達し、それらはやがてはっきりとした形となっていった。

 山のごとき威容が峻厳と聳え立つ。
 それは神秘。それは呪い。それは魔。
 かつて魔竜と呼ばれた闇色の脅威。
 七頭十角の獣。
 それは『ちえ』の尾と天を覆うコウモリの翼を持ち、数えきれぬほどの眷族たちを伴って、世界を埋めつくさんばかりの勢いで侵略を開始した。
 おぞましい姿の巨獣に騎乗した女王が手を掲げ、その意思を示す。
 彼女の勝利を予言するかのように、竜は高らかに咆哮した。

「ちゅぅぅぅぅうううーーー!」

 星の無い夜天さながらに巨大な、七つ頭のはつかねずみ。
 名を魔竜レーレンターク。
 九大紀竜、その第七である。


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