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幻想再帰のアリュージョニスト 作者:最近

第4章 傷つけるのはハートだけ、口づけるのは頬にだけ

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4-53 燃え上がる夢の終わりに




 サイバーカラテ道場は夢を見る。
 ナビに従って突き出される拳はどこかふわふわしていて、雲のように広がってどこまでも伸びていった。
 腰を低く落として摺り足で前に進む。すると裸足の足にはいつの間にかスケート靴、つるつると氷の道場を滑ってそのまま何故か空の上。

 支離滅裂な世界の中で、滅茶苦茶に配列された記憶の群れがシャボン玉のようにはじけては消えていく。膨大な情報を高速で処理しつつ、『サイバーカラテ』は夢に適応していった。ランダムなパターンの中から法則性を見出して『次の支離滅裂な展開』を予想する。夢が脳の活動によって生み出されている以上、その内容を予測することは不可能ではない。

「不可能じゃないってことは、夢の中なら可能ってことだ」

 技術的に可能かどうかは関係が無い。『道場』の予測に従って空に浮かぶドーナツを足場に跳躍、空を泳ぐイルカたちに飛び乗った。
 さて、どうにか落ち着いて移動できるようになった。これからどうしようか。巨大なペンギンに追いかけられつつ、石橋を壊して渡る。途中、いくつか見たような顔とすれ違った。カーインがレオの行く先々で橋を直しており、それを蝶の羽が生えたイルカが鼻血出しながら眺めてるんだけどなんだあれ。

「アストラルネットとは違うんだよな」

(似て非なるものだね。シューラも入れるのが面白いところ!)

 見た通り、これは夢だ。
 それも技術的に構築された夢のネットワーク。
 『朱』の天主が集合無意識の底に築き上げたSNSであり、メッセージ伝達サービスであり、居住空間であり、あらゆる創作・競技・遊戯・思索が許される世界。
 俺はいま、ゲストアカウントでこの夢に参加している。
 目的は二つ。ひとつは日中に夢見人から頼まれた問題を解決するため。
 もうひとつは『サイバーカラテ道場』と競合する可能性がある『朱色の夢』の内情を探り、先人から良い部分を盗――いや学びとるためだ。

(世界的にはこっちのが主流だしね。シューラ的には、『サイバーカラテ道場』が業界で十位規模のシェアを獲得できれば対トライデント戦の準備完了って感じ)

 夢見人たちが築き上げている独自の夢世界ネットワークは、少し『サイバーカラテ道場』に似ている。
 冷凍睡眠者をはじめとする朱色の信奉者は、天主に夢を預けて恩恵を得ている。彼らは互いに夢世界で自己表現をし、コミュニケーションをとり、自在な創造行為を行うのだった。
 朱色の夢はプラットフォームだ。それ単独では意味の無い場所のサービス。
 参加者たちが意味を自ら創出するネットワークの世界。
 ――あるいは、創らされている、と言うべきか。
 哀れな獲物たちは自らが持つ創造性を少しずつ搾取されている。
 そんな意地の悪い見方もできなくはない。誰によってかと言えば、悪い魔女とか、異界の悪魔とか、夢の支配者とか、その辺なのだが。

 しかしそれに対する拒否反応は大きくない。
 せいぜい眠っている間にちょっとした夢、つまり記憶のゴミを預けるだけ。
 あるいは戦っている時に戦闘記録やバイタルデータを預けるだけ。
 それらは自分でも整理されたものを参照できるし、ネットワーク上でコメントなどを付け合うことでコミュニケーションすら可能。それが新たな戦術などの価値を創出することだってあるのだ。むしろ情報を公開することで利益を得ているのではないだろうか。たとえそういった思考へと誘導されているのだとしても、彼らはそれを選び、利便性に満足している。

「我ながら悪役の思考だなあ」

(アキラくんにも『サイバーカラテ道場』の化身としての自覚が出てきたみたいでシューラは安心だよ。もっと悪い奴になろうね!)

 夢の世界を移動していると色々と新鮮な発見がある。
 長い歴史を持つ世界だけあって、新興の『サイバーカラテ道場』では及ばないような巨大なプロジェクトが現在進行形で展開されていたりするし、ここは後発の強みとして参考にさせて貰うとしよう。
 が――その一方で夢の世界だけにあらゆることが適当という欠点もありそうだ。
 作りかけで放棄されたものがそこら中に散らばっており、諸々の権利関係なんかもかなり適当な扱いのようだ。署名くらいはできるようにしないのだろうか。

 と、世界に強めの風が吹き付けた。
 途端、あらゆる光景がかき消えて一瞬にして別世界が広がっていく。
 茶の海の上にクッキーの島が幾つも浮いているという甘ったるい世界は、一体誰の夢なのだろう。空に浮かぶカラスの太陽がウサギの月と喧嘩をしている。その真横で顔のついた雲と小さな猫が仲良く昼寝をしているのが印象的だった。
 雲はかなり分厚く、徐々に太陽を覆い隠していった。どうも雲行きが怪しい。
 誰が創ったのかもわからない曖昧な夢の世界では、確かなものを創造して維持するのは難しいようだ。

(もともと人工知能が得意とするビッグデータの分析は環境要因の変動に弱い。その『想定外』も含めて推論の中に組み込むのが『サイバーカラテ』の強みだけど――『揺れ幅』の耐久テストをするためにはこの『夢』っていう世界は絶好の試験場なんだ。『想定外の事態から即座にリカバリー』が、『常に想定外の中で自分の身体を制御する』になるわけだからね)

 サイバーカラテの欠点には他に『予断』と『実現不可能』と『選択肢の衝突』などがあり、いずれもちびシューラによって回避してはいるものの、『道場』の設定次第ではそうした難題に突き当たってしまっているユーザーも存在している。『サイバーカラテ道場』そのもののアップグレードは常に必要とされていた。

 『サイバーカラテ道場』がデータの蓄積と分析による『杖』のプラットフォームなら、『夢の世界』は記憶と感覚が複合した『邪視』のプラットフォームだ。
 意識の深い部分に刻まれた、魂の記憶。入力された感覚を感じたままに出力し、剥き出しの感性が世界を創り出していく。
 漂うように夢を泳ぐ俺の真横に、奇妙な姿の人物が並んだ。
 一見すると目隠しをした少年だが、瞬きをすれば物憂げな表情の青年に変わり、かと思えば見る間に髭が伸びて骨と皮ばかりの朽ちた老人になってしまう。
 だが老人は老いていながらも同時に幼く、また別の角度から見れば若くも映る。
 夢という時間が曖昧な世界ではオルヴァという存在もまた曖昧になるのだろう。俺と共に夢の世界に潜ったこの男はいつも通りに不安定だった。

「しかしオルヴァ、意外とまともなアイデアを出してきたな。ここは『眠り棺』の得意なフィールドだ。メンバーを滅茶苦茶な世界に巻き込んで強引に説得するっていうやり方なら勝算はありそうだ。生々しい問題だから、生身ではない世界に移動するってのもいい」

「機械的であるから、無機質であるからと拒絶されるならば、機械を介さぬ夢の世界でならありのままで向き合うことができよう――お前たちには不快な理屈かもしれないが、このような場が必要な時もあるということだ」

 まあ、火傷死体ベーシストとやらの言動に思うところはあるが、そういう考え方の奴だって多い事は理解しているつもりだ。
 『Frozen/Torch』のメンバーは冷凍睡眠ドラマーといつでも連絡がとれるように全員この夢世界のアカウントを取得しているらしい。
 ドラマーの呼びかけで、この辺りに集合しているらしいのだが。
 しばらく辺りを探すと、それらしい人の集まりが見つかった。

 昼に話し合ったあと「早速今晩にでも試してみる」と言って別れた夢見人は、少しばかり不安そうに見えた。いくら自分のホームとは言ってもことが他人の人間関係ともなれば完璧な自信を持つなど不可能ということなのだろう。
 案の定、四人の雰囲気はあまりよくなさそうだ。
 俺とオルヴァ、それから何故か姿を現しているちびシューラはそこら中に漂っている薄い水色がかった雲の影に隠れた。

「ちびシューラ、音拾えるか?」

(んー、そういうの制限されてるね。唇の動きも死体じゃよくわからないなー)

 困っていると、オルヴァがなにやら宙に手を彷徨わせはじめた。

「確か、意識固有の感情パターンを共振させて繋がりを構築していたはずだ。こちらのチャンネルと波長を合わせられないかどうか試してみる」

「それだと向こうにも気付かれないか?」

「夢見人とだけ同調すれば良い。状況はわかるし、気付かれてもかまわない」

 なるほど。というか、最初からそう打ち合わせておけばよかった。
 賢者と言われるだけあってオルヴァの仕事は素早かった。『朱』と『紫』では通ずる所もあるのだろうか。そんなことを考えていると、徐々に言い争っているような会話が届いてきた。冷凍睡眠ドラマーの聞いている音だ。

「なんか、揉め方が想像以上に激しくないか?」

「それはそうだろう。現実より感情的になっているはずだ」

 オルヴァは何を今更、というふうに言った。
 それはそうだが、俺からすると夢だから感情的というのはいまひとつよく分からない。俺でも夢は見るし、俺に感情が無いわけでもないからだ。
 共感はできる。目の前の感情に揺さぶられることもある。
 そんな俺の感性から言っても、彼ら四人の過熱ぶりはやや常軌を逸していると感じられた。感情的というレベルではなく、むしろ『誇張』されているような。
 というか、焼死体の再生者が燃え上がっている。

「キャンプファイヤーかよ」

「炎上する口論を囲んで踊る、か。言い得て妙だな」

 違うそういう駄洒落じゃない。
 どうやら彼らは表向きの『バンドの方向性についての議論』という建前をかなぐり捨てて『最初に白骨死体妊婦と親しかったのは誰か』とか『彼は悪くないの私がいけない子だったの』みたいなことで揉めているようだ。『眠り棺』改め犬耳ドラマーは頭を抱えている。

「駄目じゃねえかこれ」

「既にこの未来は見えていた。わかりきった結末だ」

 オルヴァお前、と言いそうになって堪える。
 もしかしたら何か深遠な考えがあってのことかもしれない。
 見ると、十字の瞳を持つ賢者は思慮深い顔つきで事の成り行きを見守っている。
 まだなにか見届けるべき結末があるという表情だ。

 昼に聞いたところ、例の白骨妊婦は最後に入ったメンバーだったという。
 元々『Frozen/Torch』の追っかけで、半分押しかけマネージャーのような形でバンドメンバーに近付きはじめたらしい。そして、ある時を境にリーダーの吸血鬼ギタリストから強い推薦があって加入したとか。その時には身籠もっていたわけだ。

(なーんか、言動からして地雷感あるよねー)

「偏見発言はやめろ。まあただ、ふるまいとバンドメンバーとの距離感がちょいひっかかるな――ちびシューラ、うちのユーザーのパーソナルスペースデータとあの四人とを比較できるか? カップルの平均的な親密圏を図りたい」

(いいよー、はいどうぞ)

 ちょっとした思いつきだったが、思った通りの結果が出てしまった。
 リーダーとの距離感が近いのは当然として、あの白骨妊婦――うーん、これは。
 どうしたものか、厄介な案件に首を突っ込んでしまったなあと後悔していると、状況の動きがあった。白骨妊婦の腹部が発光し、中から勢い良く何かが飛び出した。それは勢い良く泣き始めて周囲の夢を改変し始める――それも凄い勢いで。

 お菓子だらけの夢がたちまち羊水へと変化し、光という光が全て暗黒へと変換されていく。流れる大河は血に染まり、陸地の全てがピンク色の肉塊へと変貌。
 見るもおぞましい世界の中心で、柔らかそうな再生者の赤子が号泣している。
 口論していた四人も困り果てている様子で、赤子をもてあましていた。

「そうか、あの夢の世界だと胎児にも意識の萌芽みたいなものが――待て、いったい妊娠何ヶ月なんだ?」

(アキラくん、再生者だから多分冥府から魂が送られてきた瞬間には『存在』として確定するんだよ。妊娠一秒の時点で霊的存在としては意識があるんだ)

 ちびシューラの言うとおり、脳すら無い子供なのだから意識の芽生えが有機体と同じであるはずもない。親の気持ち次第で出産が可能だと思ってもいいわけだ。
 四人はあたふたしながら赤子をあやそうとするが、一向に上手く行かない。
 バンドメンバーの気持ちが伝わっているのだろう。
 彼らの気持ちがバラバラである以上、不安と不信は子供の敏感な心を揺さぶってしまう。あの泣き声は彼らの結束が流す涙でもある。

 いよいよ手詰まりかなと思っていた俺だが、突然リーダーのギタリストが奇妙な事を言い始めた。「この子のグロウル、もしかして俺に似てるんじゃないか」とかなんとか。いやそれデスヴォイスじゃなくて声が掠れてきているだけで意識的にシャウトしているわけではないんじゃあ、と思ったがそこは親バカゆえか吸血鬼ギタリストは盛り上がりっぱなしだった。
 更には「きっとこの子には俺たちの魂が届いているんだ」とか、「俺たちはまだやり直せる、なあみんなそう思うだろ」とか言い始めて周りもそれに乗っかり始めていた。マジかよ。そんなノリだけで解決するのか。

 流れのままにその場でライブを始める事にした四人。
 俺には理解不能な流れが場を支配し、泣き喚く赤子を妊婦の腹の中に収めてそれぞれが楽器を『創造』、公共チャンネルでライブの告知をすると次々と興味を持った観客がやってくる。こういうイベントは夢ではひっきりなしに行われていた。
 夢見人としては有名人である犬耳ドラマーがメンバーにいるためか、たちまち観客が一帯を埋め尽くした。

 そして始まる馬鹿げたライブ。
 犬耳ドラマーは夢の中であってもあえて『眠り棺』を『創造』して纏い、『機械が行う正確無比な生演奏』を演じてみせる。聴衆が求める通りの冷たい演奏。
 焼死体ベーシストの表情にはかすかな不満がある。だが、そこに今日はひとつの変化が加わっていた。俺のアドバイスに従った結果としてのあるオプションが。

 棺の外部にこれ見よがしに取り付けられた大型の熱学センサ。
 いまあの冷凍睡眠者はライブの熱気を感知している。
 『熱い演奏をしている』という分かりやすいパフォーマンス。
 更には、『パイロマスター』に倣っての大掛かりな花火演出。
 本当にそんなちゃちな仕掛けでいいのか、どうせ夢オチにできるからって投げやりになってないか、という諸々の疑問がどうでもよくなるくらいの力業。
 いつもに増して激烈になっていくドラムスが走り気味になり、それに吊られてバンド全体のサウンドがより熱く、より雑になっていく。いや駄目だろそれ。

 とにかく騒げればそれでいいという観客たちが熱狂し、赤ん坊もいつしか泣き止んできゃっきゃと笑って騒ぎまくる。
 曲が盛り上がり、熱狂は頂点へ。
 我慢できないとばかりに妊婦の腹の中から飛び出す赤子。
 胎児は夢特有のいい加減さで骨の翼を生やして羽ばたき、雲の合間を抜けて空を華麗に舞い踊った。その姿はさながら死の天使だ。

 夢の中で『Frozen/Torch』の曲を楽しむ子供の姿を見て、メンバーの演奏に力が篭もっていく。バラバラだった意思と揺らいでいた方向性が一つに収斂していく。
 彼らは不安だったのだ。現在のままでいいのか。今のままでは上に行けないのではないのか。ランキングという指標、勝敗、それが彼らを停滞させていた。
 だが、そんな彼らを激励する声があった。
 それはこれまでの『Frozen/Torch』を肯定するファンの応援。
 届いていた胎教に歓喜する赤子の産声。

 雲間から差し込む光を背景に死の天使が空を踊り、その下で神に唾吐く音楽を奏でる四人の涜神者たち。天を否定する音が、最初から生きていない赤子みらいによって肯定されている――その超現実の光景に四人は盛り上がっていく。

 ――俺たちの音楽が、この夢に広がってるんだ。
 あまり思考して無さそうな感性だけの言葉で互いに理解し合い、夢の中で連帯を深める四人、いや一人足して五人か。彼らの音楽は夢を塗り替え、死と生誕の混ざり合ったかのような奇怪な世界を現出させていく。
 墓場は揺りかごと一体化し、うねる血管が人と人のあいだを繋ぎ、燃えさかる炎が血液のかわりに空間を埋め尽くす。音はそのまま言語だった。原初的な混沌の中で誰もが不自由にもがき、足掻く。死の赤子だけが自由自在に生と死の狭間を飛翔していった。あの未分化の命はいまだその境界を知らないのだ。

(子供をダシにして未来の話をすれば良い話ふうにまとまる――この流れは古代からずっと変わっていないわけだ。オルヴァのアイデアが通用するわけだよね)

 どこか醒めた目で状況を眺めるちびシューラだった。
 四人の関係は改善したようだが、その過程が彼女には気に入らない様子。
 子供と出産に対する肯定的な幻想――確かに、彼女の計画を考えればそこに不満を持つのは仕方無いのだが、どう言ってなだめたものかな。

「まだ、終わっていない」

「え?」

 オルヴァがぼそりと呟く。
 彼の十字の瞳は爛々と輝き、これから訪れる未来を幻視し続けていた。
 結末は未だ訪れていない。ならば、これからが本番なのだ。
 ぞくり、と背筋が震えた。
 覚えがある。これは、破滅の気配だ。

 熱狂の中、空を舞って雲を引き裂く赤子。
 その骨の翼が加熱する空気にあてられたか、ごおごおと炎上する。
 そればかりではない。
 剥き出しの小さな頭蓋骨の半分が炎に包まれ焦げていくではないか。
 燃えて、焦げて、焼けていく――あるいは、妬けていく。
 その姿は焼死体ベーシストそっくりで――いや、燃えている箇所はまさしく彼の火傷痕と完璧に一致している。そっくりと言っていい。

 吸血鬼ギタリストは『父親似』だと言っていた。そう思いたいがゆえに?
 『サイバーカラテ道場』が導き出した親密圏の測定は、白骨妊婦の距離感がギタリストとベーシストの双方と極めて近い事実を示していた。
 そして最も致命的な事実。ここには、オルヴァがいる。
 『寝取られ王』の呼び声高い、破滅の体現者が。

 ライブどころではなくなり騒然となる夢空間。
 ベーシストは俯き、妊婦は顔面が真っ白になり(元々白骨だが)、ギタリストは現実を受け入れられないかのように震え、二人に必死に問いかけを続ける。
 それは、イメージが反映されやすい夢であるからこそ明らかになってしまった残酷な真実だった。あの胎児はベーシストとの間の子供だったのだ。

「おお、なんということだ! 愛情はうつろい、情熱は揺らぎ、絆はたやすくほつれていく! あらゆる睦言は次の睦言を燃え上がらせるための薪でしかない、恋のなんと軽薄なことであろう、愛のなんと儚いことであろう、まさに一夜の夢に過ぎぬ、終わりを定められた泡の交わり、まさしくこれこそがブレイスヴァの訪れに他ならぬ、おお、おお、ブレイスヴァを恐れよ! 熱情を貪り給えブレイスヴァ!」

 絶好調のカシュラム王が少年期青年期老年期全ての姿を使って嘆きを演出する。まさかこれがやりたかっただけかこいつ、と思わざるを得ないほどの悲しみぶりだった。こいつは目の前の修羅場に本気で感情移入して本気で心を痛めている。

 妊婦が「違うの彼は悪くないの」とか火に油を注ぐような事を言い出して状況は更に泥沼化、炎上するバンドは一気にガタガタになり崩壊の危機に瀕してしまう。白けた観客は方々に散らばっていき、冷凍睡眠ドラマーはうんざりしたと叫んで離脱を宣言。最後にやけくそのように夢世界に存在するSNSを表示し、あるアカウントを三人の前に突きつける。
 それは有名なバンドのメンバーと寝たことを仲間内で自慢し合い、付き合いのある男の価値でマウントし合うキラキラした感じのアカウント。特に隠すでもぼかすでもなく、堂々と焼死体ベーシストと吸血鬼ギタリストの両方と『仲良く』しているという事実が赤裸々に語られていた。ついでにそれ以前の似たような前科が明かされていき、修羅場は取り返しのつかない罵倒合戦へと変貌していく。

「ああ、古代人だからネットリテラシー甘いのか」

(当時はアストラルネットも呪術師以外には普及していなかったみたいだね)

 劇的なバンドの再生から一瞬にして崩壊していく光景を前にして、死の天使はまたしても泣き喚く。悲惨な外界の現実を受け入れたくないと、全力で拒絶する。
 純粋な死の申し子はひたすら泣き続け、破滅的な音を響かせ続け、ついにその呼び声が届くべき相手に届いた。進退窮まった母親は、赤子に向けて叫ぶ。
 黙れ、うるさい、おおよそそんな意味の拒絶の意思。
 夢が罅割れ、一瞬にして漆黒の闇に染まっていく。
 赤子を包んでいた炎がかき消えると、冷たい氷がその全身を覆う。
 母親に言われたとおりに沈黙した赤子は小さく丸まると、そのまま勢い良く母親の胎内へと帰還する。生から死へと回帰していく。

 子供の回帰は子宮へ戻るだけでは終わらなかった。
 母親の絶叫。その白骨の内側に、黒々とした円形の孔が開いている。
 どろりとした粘性の空間に、赤子は這うようにして戻っていく。
 妊婦は――妊婦だった再生者は子供を取り戻そうとして、全てが手遅れなことに気が付いた。するりと手指から逃れた子供は厭気のさした現世から逃れて子宮から冥府へと逆流していったのだ。生まれる事を拒絶するかのように。

「既にこの未来は見えていた。わかりきった結末だ」

 淡々と言い放つオルヴァは、片手でごっそりと空間を抉り取った。
 すると次の瞬間、彼の目の前に『引き寄せアポート』される冷凍睡眠者。
 瞬きする犬耳ドラマーに向かって賢者は傲然と言い放つ。

「お前の懸念はひとつ取り除かれた。これが再生者にとっての必然だ。苦痛に満ちた生を厭い、新たな生誕を拒絶する。選択権を与えられた再生者の赤子たちは必ずその答えに辿り着く――彼らは、彼らを宿した命の母よりも冥府というより大いなる母を選ぶのだ。そう、必ず。絶対にだ。例外は無い」

 だとすると、ひとつ疑問が残る。
 なぜクレイは生まれてきたのか。
 あるいは、クレイだけが純粋な再生者として存在できる理由があるのか。
 いずれにせよ、冷凍睡眠者の抱えていた問題はひとつが取り除かれて、もうひとつは完全に潰えた。あとはどうやって最下層に辿り着いて『死人の森』にクライオニクス再生者を受け入れて貰うかだが――。

「まあ、そのあたりは俺たちが一位になったあとにでも交渉の席を作ってもいい。それより、今俺たちはバックバンドのメンバーを募集中なんだが」

 どうしようもない結末に終わってしまったこの一件。
 個人的にはライバル消えて良かったくらいの感想だが、やはり後味の悪さみたいなものは残る。バラバラになった彼らがそれぞれ別々の道を歩めるように祈るくらいはしてもいいだろう。例えば弱ったところに『サイバーカラテ』をちらつかせてユーザーを獲得するとか、そういう方向性で。

(わーい、アキラくんが悪い奴だー♪ シューラは嬉しいよ!)

 牙やコウモリの羽を生やした小悪魔シューラが三叉槍を掲げて喜んでいた。
 オルヴァもブレイスヴァって存分に叫べたし、これにて今回は一件落着かな、全くもってひどいオフだった、とこのまま夢からログアウトしようとしたその時。
 オルヴァが俺の目の前に立ち、片手を前にかざした。

「ここまで――含めての破滅だ」

「あらそう。やはりあなたを出し抜くのは難しいわね、賢王」

 何者かの声が響くと同時、空から無数の光線が降り注ぐ。
 破壊的な熱量を持った敵意の群れが夢を燃やしながら世界を朱色に染め上げていく。それは血の色であり死の色だ。歪んでいく景色、崩壊していく文脈。
 敵対者の描くビジョンが夢を侵食していく。
 オルヴァがその全てを湾曲させ、背後へと受け流していくが、俺たちの周囲は見る間に改変されて全く別の世界に変貌していった。

(邪視による改変攻撃を受けてる。これ、第六階梯規模の――!)

「ごきげんよう。可愛い姿ね、第九ドール」

 どこかで一度聞いた覚えのある声が響く。
 朱色の雲とオレンジ色の空から舞い降りてくるのは、フリルだらけのドレスを纏った可憐な人形。色付いた雲を夢のように様々な形に加工して、即席の劇場に多種多様な人形たちを配していく。人形劇団を率いて演じるのは歌と踊りとを織り交ぜた見事な歌劇。人形たちが纏うからこそ栄える煌びやかな衣装がふわりと舞台を華やがせていく。それはまさに夢のような光景だった。

 この地に集ったアイドルたちに必要とされる四要素を全て兼ね備え、それぞれに個別の個性を与えて競わせる巨大なグループ。
 完璧なプロデュースでアイドルドールズたちを煌めかせる絶対的な人形師。
 そして本人もまた舞台に立つ完璧なアイドルでもあるという、難攻不落の布陣。
 彼女は俺たちの前に立ちはだかると可憐に膝を折って挨拶をする。

「私はアマランサス。ええ、トリシルシリーズ第七ドール、不滅のアマランサスとは私のことよ。左右に分かれたアレッテ・イヴニルのもうひとつの瞳。それが私」

「ぼくはガルラだよ!」

 少女人形の名乗りと共に、脇から飛び出すローブ姿の更に小さな人形。
 唐突な登場、そして襲撃。
 だが厳密には彼女たちの登場はまだ終わっていなかった。

「そして改めて紹介しましょう。主君にして半身アルト・イヴニルより預かった我神十二限界(マレブランケ)が一席、【扉の向こうのエントラグイシュ】」

 空が裂ける。
 ぼたぼたと、雨が降るように大地に落ちてくる無数の赤子たち。
 落下の衝撃で肉塊となり、それでもなお肉体を再生させて這い上がる異形の幼子の軍勢は、いつかみた悪夢の再演に他ならなかった。

「九百九十九の魂魄、大地と闇の王子たち――本物の純粋な再生者」

 そうだ――アルトが使役していたこの赤子の亡霊たち。
 この子供たちの正体も俺たちは知らないままだ。
 ぞっとするような世界を引き連れて、もうひとりのアレッテ・イヴニル――あるいはアマランサスは奇妙な提案を行う。

「さて、自己紹介も終わったところで本題よ。シナモリアキラ。あなた、『アマランサス・サナトロジー』に入らない?」

 そしてその一言は、俺と『アマランサス・サナトロジー』の戦いの火蓋が切って落とされた合図でもあった。





 敗北し、毒づき、壁に拳を叩きつける。
 この世界ではありふれた光景だ。だれも気に止めるものはいない。
 それでもクレイは――夜すら凍てつかせる美しき冥府の王子は、己の打ちひしがれている惨めな姿を記録する誰かがいることに気付いていた。
 彼に与えられた『生存』の断章――アルト・イヴニルに奪われそうになった黒い書物は守るべき主から引き剥がされてこの場所に放り出されてからというもの、ぴったりと寄り添うように彼に付き従っている。
 彼はなぜここに放置されたのか。
 その理由がクレイに何かをさせたいからだとしても、敵の掌の上で踊り続けることしか選べないのが彼という愚直な刃の性質だ。

 この世の全てにもう一度毒づいて、直前のライブを振り返る。
 アイドルランク一位という絶対者の超越性に打ちのめされた自分の弱さを、徹底的に検証し直して鍛え直すのだ。
 記憶の中で、一位のアイドルは嵐のように振る舞っていた。
 自分の声をサンプリングして歌声として合成する仮想使い魔。
 通常では不可能な速度の『非人間的歌唱』を操るキャラクタ-。
 『神絵師』と呼ばれるイラストレーターたちが様々なデザインで彼女を着せ替えていき、その衣装を完璧に再現して『三次元化』していくレイヤーたち。
 それは一つの宇宙だった。
 コミュニティの中で更に熾烈なランキング争いがあり、若者たちを中心に盛り上がりを見せるユニークな感性の世界。

 クレイはその圧倒的な厚みに押し返され、ランキング最上位の『†囚焉舞イ血ル妬環ノ華シュウエンマイチルトワノハナ†』に挑むことすらできずにいた。
 途轍もなく高い『ミリオン』の壁を前に、折れかけているのだ。

「俺に、何が足りない――?」

 ふらつくように壁際を歩いていく。
 苦痛に喘ぐ表情すら一枚の絵画、あるいは神懸かった彫刻のように作りものめいている。だがそれだけは見せまいと暗がりへと逃れようとするのがクレイという男の在り方だった。舞台に立ち、自らの芸だけで観客を魅了する。それがヒュールサスという王国の舞い手として選ばれた彼の矜持。
 ただ顔の造作だけで騒がれる、それがクレイには耐えられない。

 地下に響く音楽のルールすら彼の耳にはもう入らず、ペナルティとしてランカーの生命線とも言える評価ポイントが減少していくことすら意識の外だ。
 気付けば見知らぬ空間に入り込んでいた。
 BGMが切り替わり、穏やかな曲調に民族音楽風の楽器が混じってくる。
 何を求めていたというわけでもないだろう。
 だが彼はそこに行き着いた。運命のように。

 俯いていた彼の端整な鼻先をくすぐる感触。
 刃のような視線が捉えたのは四角い目をしたヤギだった。
 怪訝な顔をしていると、彼の周囲に次々と動物たちが集まってくる。
 さえずる小鳥たち、うねる角の羊にのんびりとした牛、丸々した豚に機敏そうな犬、それから――目を閉じた金髪の少女。

 クレイは気付く。ここは木々の間から日の光が差し込む森の中だ。
 森林フロアなどというものがあったのかという驚きと、どうしてか動物たちがいるという戸惑いに、反応に窮するクレイ。
 そんな彼の目の前で、現れた少女は困ったように言った。

「もう、みんなだめよ。お客様を困らせてはいけないわ」

 柔らかな叱責にも関わらず、動物たちはクレイに寄り添ったまま。
 居心地良さそうに目を細めて警戒心無く懐いている。
 困り果てた様子の金髪の少女は、腰に手を当てて溜息を吐いた。
 その簡素な構造ながらも透かしや刺繍などを取り入れた衣装を見て、クレイは奇妙な既視感に目が離せなくなった。男のまじまじとした視線に恥じらうように一歩下がった少女は、不思議そうに動物たちとクレイとを見比べる。
 もっとも、盲目らしき少女のその『認識』を見比べるという形容することが適切かどうかは定かでは無い。

「この子たち、みんなあなたが好きみたい」

「冗談を言え。俺からは死の臭いしかしないはずだ。生き物が寄りつくものか」

「でも、命の香りもするわ」

 迷い無く言葉を返した少女に、クレイは困惑した。
 それから改めて少女の姿を眺める。
 何かが彼の記憶にひっかかった。どこかで、この少女を見たことがあるような。
 金髪の少女は目を閉じたままクレイと向かい合った。
 そして、半信半疑の面持ちでこう呟いた。

「不思議なにおい――もしかして、あなたは王子様?」

 少女の名は『動物想ファウナ』。
 ファウナ・ボナ・デア。死者達が集う地下に華を添える一輪のアイドルにして、再生者たちに絶大な人気を誇る『ヒュールサスのファッションブランド』こと『コルヌー・コピアイ』のデザイナー。
 この出会いが折れかけた刃を鍛え直し、再び立ち上がらせることになろうとは、今の時点では槍神すら知り得ぬ未来であった――。

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