挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
幻想再帰のアリュージョニスト 作者:最近

第2章 もしサイバーパンク世界の住人がオカルトパンク世界に転生したら

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

14/181

2-10 春の魔女

 

 

 

 状況が把握できずとも、何か自分の与り知らぬ所で大きな動きがあると言うことは感じ取れるようで、レオはしきりに周囲を気にしていた。

「あの、アキラさん。さっきの場所で、何を話してたのか、訊いてもいいですか?」

 おずおずと、レオがこちらの服の袖を引いてくる。
 不安そうな表情は当然の結果だ。彼は言葉が理解できず、俺にただ連れ回されて困惑しているに違いなかった。

「なんだかさっき、アキラさんもあのお爺さんも、すごく険悪な感じで怖かったです」

 レオの言葉に首を捻る。傍目から見て、あの邂逅はそんな風に見えたのか?
 表面上は丁寧なやりとりに終始していたと思うのだが。

「言ってることは分からなかったんですけど、二人ともにこやかなのに全然声が柔らかく無かったです。もの凄く寒くて、冷たい感じの響きがしました」

 感覚的な表現を述べながら、レオは頭頂部の猫耳をぴくぴくと動かした。
 彼には一体何が見えていたのだろう。いや、聞こえていた、というべきなのか?

 言葉の意味がわからないぶんだけ、それ以外の表面化しにくい情報が処理しやすかったのかもしれない。

「特にあのお爺さん、見た目はすごく優しそうなのに、喉の奥で唸り声を隠しているみたいな感じがして、本当に怖かったです。アキラさん、あの人と喧嘩するんですか?」

「大丈夫だよ、レオ。あの人は、俺に仕事を紹介しようとしただけだ。住む場所のない人に、住む場所を紹介する仕事だな」

 不安がらせないように気を遣いながら、端的な事実を伝える。感覚の鋭敏なレオに対しては嘘は避けた方が良いような気がした為だ。
 俺はレオを連れて、市街の中心区域から外れた道へ逸れていく。

 辿り着いたのは浮浪者などの貧困層が集う区画だった。『公社』に許可された物乞いや街娼たちの声が響き渡り、第五階層の多様な種族の中でも『弱い』とされる者達が大勢たむろしていた。

 治安が良くないため危険ではあるが、俺が注意しておけば問題ないだろう。
 美術品のように愛らしい少年の容姿も、ここでは容易く商品に堕する。早速声をかけられて怯えているレオを引き寄せて、離れることの無いように言い含める。

「ここには迷宮探索に失敗してしまった探索者が集まっている。国外からの出稼ぎ組や全てを捨てた連中、質の悪い組織から金を借りた奴らなんかが帰るに帰れず燻っているわけだ」

 それだけではない。他の区画に比べると、上の人種だと肌の色が赤褐色だったり黄褐色だったりする比率が高く、下の種族だと昆虫系や植物系、矮小複眼人などの戦闘能力が低めとされる者らが多い傾向にある。

 彼らはたとえ迷宮探索者として優秀でも、他の多数派と混じって住む事を拒絶されることが多い。加えて、排除される少数派の者達も協力して生きていこうとするために集まっていく傾向が見られる。二つの事象の相乗効果によって、ここにはゲットー的な隔離区画が形成されているのだ。

「弱っているから奪われやすい。奪われ続ければもう搾取される立場から逃げ出せなくなる。そうやって、骨まで組織にしゃぶられ続けるんだ」

「なんとかならないんですか?」

「どうだろうな。弱みにつけ込もうとする連中が居なくなれば再起できる奴もいるだろうし、故郷に帰れる奴もいるかもしれない」

 そして、迷宮に挑んで死んでいく者も。
 ここにいる者達は負傷したとは言え生還はできたのだ。もっとも、死んだ方がマシだったかもしれないが。

 治癒符などの呪術的な治療は急速に傷を塞ぐが、身体部位の欠損などといった状況はどうしようもない。手足を食い千切られる、溶かされる、燃やされる、凍結によって壊死するなどの負傷は探索者にとっては戦闘能力の大幅な低下、あるいは喪失を意味する。

 俺の左腕も似たようなものだ。この半年間生き残ってこれたのは運が良かったとしか言いようがない。
 義肢の技術があまり発達していないらしいこの世界では、手足の欠損は致命的な事態で、社会からの落伍に直結してしまうのだろう。

 そうした人々をすくい上げるセーフティネットが無いわけではない。
 しかし、そもそも松明の騎士団や探索者協会といった組織に入れない者、保険に加入するだけの資金を持たないため、再挑戦の機会が得られない者など、最初から機会を持てない者が圧倒的に多い。

 保険に加入できるかできないかの違い。自分との余りの差に、ぞっとする。
 探索者の組合に入れない者の多くは国外から一山当てに来た者や、失業した移民らである。傷病、あるいは精神的な後遺症により探索の続行が困難になった者もいる。

 迷宮においてそれらは『行き止まり』に等しいのだ。
 手足を失うという不便さは説明するまでもなくレオにも想像できたのだろう。道ばたに寝転んだり座り込んだりしている人々が皆そうであることに気付くと、顔を青ざめさせた。

 しかし、続く反応は意外なものだった。
 俺の左の義肢を見て、更に右の義肢をじっと見て、レオは俺に問いかける。

「アキラさんが付けてるみたいな腕は、みなさんに差し上げられないんですか?」

 一瞬、返答に窮した。
 卑劣な行為を弾劾されているような気分になって、気息の流れが停止する。

 俺の右腕は、この世界には本来あってはならないものだ。
 有り得べからざる異物。不正によって持ち込まれた技術。多世界間の規範を乱す犯罪行為。

 俺だけが恵まれていて、ここにいる多くの弱者たちは何も与えられず、奪われるだけ。俺は半年間、彼らをいないもののように無視し続け、間接的に奪う側に荷担さえしてきた。

 レオが純粋な優しさからその言葉を発したのはわかっている。それでも俺には、その言葉が右腕を引き千切って差し出せという要求に聞こえた。

 一人だけ恵まれているのは卑怯だ。右腕を失え、感情を制御して戦闘を補助する脳内の機器も「ずる」だから置いていけ、脳髄を引き摺り出し脊髄を抜き取って細胞内のマイクロマシン群を全て摘出して全身の血液を撒き散らしながら今すぐ死ね。

 苦しんでいる人々と同じだけ苦しめ。それがこの世界で生きるということだ。

(そんなわけないじゃん、馬鹿じゃないの)

 時間が止まった。
 行き交う人々、目の前で純粋な瞳をこちらに向けるレオ、ノイズとして入ってくる音、それら一切が停止して、視界の中で動くのは二頭身のデフォルメ体だけ。

 舌に甘みが広がって、棒付きのキャンディーが突き出されていることに気付く。ちびシューラが呆れと怒りを半分ずつ表現しながら、此方を睨み付けていた。

(平等の為に不幸な人に合わせてたら、最終的な結論は全人類皆殺しだよ。まあそれはそれで邪悪な魔女っぽいけどさ、どうせならもっと明るくいこうよ)

 俺の閉塞した視界が急速に広がっていく。世界の彩度が上がっているようだった。
 ちびシューラはキャンディーを教鞭のように振りながら、軽やかに言葉を紡ぐ。

(アキラくんが義肢を捨てるんじゃなくて、みんなが義肢を手に入れられるようになればいいと思わない?)

 だが、この世界に電子制御義肢は無いとコルセスカは言っていた。

(うん、だからシューラが用意できるのは、呪術制御義肢。疑似科学の粋を集めた、擬似的に神経接続を行う呪われた腕だよ)

 そうだ。俺が協力する見返りとして、左腕を与えると彼女は言っていた。
 ならばその左腕の技術は俺以外にも適用可能な筈だ。

(幻肢ってあるよね。失ったはずの腕を、脳がまだあるように錯覚してしまう、幻の腕。シューラが用意する義肢は、幻肢と接続するの。アキラくんの場合、右の義肢があるおかげで脳が騙されることに慣れてるから、きっと成功するよ)

 例えば、脳内のニューロンネットワークを読み取って動かす、というのならまだ理解の範疇だ。あるいはより単純な表面筋電位を感知し、その出力が閾値を超えるかどうかでスイッチのオンオフを制御して動かすタイプの義手でもこの世界の技術レベルなら再現できるように思う。しかし幻肢と接続するという彼女の言い回しは、そういうことではないような気がする。

(うん、アキラくんの右腕みたいな仕組みは、残念ながら完全には再現できない。ある程度までならシューラの持っている技術で真似事程度はできるけど、それでも補助的な機能にするくらい。メインとなるシステムは、あくまでも幻影っていう呪術的な存在を捉えて物質と繋げるっていう理屈だから)

 荒唐無稽な話だった。しかし、この世界ではその荒唐無稽が常識である。
 しかし、そうは言っても幻肢とは脳のはたらき――誤作動の一種だ。それを精確に読み取って義肢の動きと連動させることが本当に可能なのだろうか。できるとしても、コストの問題などはどうなるのだろう。

(正直に言えば、解析には結構手間がかかったかな。アキラくんの性格やものごとの捉え方といったデータ、つまりは世界観を理解しないと、その霊体がどういう構造をしているのかもわからないから。それに人間の認識とか神経組織ってシューラの仕組みとはだいぶ違うし、義肢技術の蓄積がこの世界にはあまり無いし。無いものは外から持ってくるしかないよね? だからシューラは第六階層でアキラくんを試して、それから身体の中を弄くり回して隅々まで見させてもらったの)

 ちびシューラが表示させたカーソルが、俺の右腕にフォーカスする。それでようやく理解できた。彼女は俺の頭部を開き、中にこのちびシューラを埋め込んで、ずっと俺のデータを採取していたのだ。俺というサンプルから得られたデータを元にすれば、トリシューラは義肢を作成可能になる。

(コストに関しては、実はあんまり悩む必要がないんだよね。インフラとして既に溢れているものだから)

 言い回しに既視感を覚える。ちびシューラが言わんとするのは、つまりこういうことか。第五階層限定の物体創造能力は義肢の素材にできる、という。

(正解。みんな大雑把な操作しかできないせいで建物ばっかり作ってるけど、より精密に扱えば義肢や装具だって再現可能なんだよ)

 正直その発想は無かった。誰もが建造物を創造してばかりいるので、てっきりそれにしか使えないのだと思い込んでいたのだ。

(シューラがアキラくんに用意できる義肢は、いわばサイバネティクスとオカルティズムのハイブリッド。遅延や違和感がゼロに限りなく等しい一点物。シューラと正式な契約を交わせば、特別に提供してあげるよ)

 なんか途中から話が俺への勧誘にすり換わってないか。
 舌を出すちびシューラを見ながら、しばし新たに得た情報を咀嚼する。トリシューラと契約することで、俺は新しい左腕を手に入れることが出来る。

 だが結局の所、創造能力を奪われた人々はそうした恩恵に与れない。
 事実をありのままに話せば、レオを落胆させてしまうだろう。

(それも対策は考えてある。ちょっと説明がめんどいから、帰ってきてくれる? 案内したい場所があるんだ)

 世界が色を取り戻し、音や臭いと共に時間が再び動きだした。
 そうして、俺はレオが欲している言葉を用意することができず、彼を落胆させてしまうことになった。

 何も言えない俺に、レオはただ静かに目を伏せて、そっと掴んだ袖口を離す。
 その時、レオの視線がある一点に吸い寄せられた。げ、と俺とちびシューラの呻きが上がる。

 彼が見ていたのは、数名の慈善活動を行っている者達だった。
 それはいいのだが、そいつらの所属が良くない。
 そこで人々に施しをしているのは、【松明の騎士団】と呼ばれる地上の大勢力だった。

 甲冑姿の者が三人、白く清潔な服装をした者が六人。集団で配給や傷病者の治療などを行っているらしい。

(松明の騎士団には病院修道会としての側面もあるからね。幾つもの宗教組織が集合して出来上がった連合体だから、探索を専門とする部門だけじゃなくて、慈善活動やセーフティネットとしての役割を果たそうとする部門もあるんだよ)

 ちびシューラの解説はありがたかったが、しかしこの状況はまずい。俺は彼らと敵対する身だ。組織全体に俺の情報が知れ渡っているかどうかは不明だが、見つかったらどうなるかわからない。

 ここはさっさと立ち去るのが最良の選択だろう。そう判断してレオの手を引こうとするが、少年はその場から離れようとしなかった。

「レオ?」

 澄んだ瞳で、じっと修道騎士たちの行動を見つめる。
 救われない人々に手を差し伸べる聖なる修道士たちに、彼は何を見いだしているのだろう。

 出会って間もないが、彼が純粋な心根の持ち主だということは明らかだ。もしかすると、俺といるよりも松明の騎士団に身を寄せた方が彼の為なのかもしれない。

 そもそも彼は、アズーリアと何らかの関係があるのではなかったか。
 俺は選択を誤ったのかもしれない。
 今からでも、レオを彼らに預けた方がいいのではないだろうか。

「あの人たち」

 不意に、レオが口を開いた。
 視線は未だに松明の騎士団の慈善活動に向けられたまま――いや、そうではない。

 彼の視線は、そこから少しだけ逸れた場所に注がれていた。

「あの人達は、上の人たちだけしか助けないんですね。下の人たちには何もしない」

「本来は敵同士だからな。ここが名目上は中立地帯だから表立っては戦わないというだけで、一歩階層の外に出れば即座に殺し合う関係だ。施しなんてするはずもない」

 松明の騎士団は宗教組織であり、神の名の下に人々に慈悲を与え、救おうとする。ただし救いを与える対象は選別される。救われる資格。選ばれる価値。その高低によって排除と包摂の境界線が引かれる。

 たとえ上の人間でも、信仰の違い故に施しを拒絶する者も少なくないようだった。

「だが、下は下で互助組織とかが炊き出しとかをやっているみたいだぞ、ほら」

 下の人々は上からは異獣と呼ばれて蔑まれているが、知性を持ったこの世界の人類である。利他行為や篤志家は普通にいる。
 だが、レオは静かに首を振った。

「でも、その人達からも相手にされてない人がいます」

 確かに、レオの言うとおりだった。多様な種族がいるからこそかえってその間での差別が強まるのだろうか。
 とりわけ、植物系種族の扱いの酷さが目に余った。

 ただその場所にいるというだけで理不尽な暴力を受ける、舌打ちをされ、唾を吐かれるという光景が散見された。犬系の獣人が樹木のような種族に小便を引っかけようとするケースもあった。いやこれは習性のせいかもしれないがそれにしても酷い。

 獣人は何事かを呟いてその場から立ち去っていく。
 ちびシューラに言葉の意味を尋ねると、「枯れ木族が」と言ったらしい。

 彼らのような種族を、ティリビナ人というらしい。言葉の通り表皮が枯れ木のようにも見える種族で、頭部からは枝葉や花が生えており、全体的に樹木を想起させる。ちびシューラによると、彼らに対して枯れ木族という呼称を使うことは差別にあたるらしい。

(ここ数日間で第五階層に急増していて、独自のコミュニティを形成し始めているみたい。昔は上に住んでたっていう歴史もあって、上と下の両方から迫害されている種族だね。下での迫害に耐えかねて、この場所が中立地帯であるっていう噂を聞いて移住してきたんじゃないかな)

 昔は上に住んでいた?
 この世界の歴史を知らない俺だが、それは意外な事実だった。あそこまで見た目の違う種族が、かつては同じ大地に住んでいたのか。

(今いる異獣たちの大半は古い時代に上から追放された移住者とその末裔だよ。大神院――松明の騎士団がその教圏を広げる前までは、地上には沢山の種族が暮らしていたの)

 なるほど、いかにもありそうな話だ。
 というか、異獣という訳語の意味が理解できてしまった。【心話】とかの呪術が俺に適した造語を作り上げたのだろうが、多義的な日本語って一歩間違うと駄洒落に聞こえてしまってまずいな。

 上から追われ、行き着いた下でも余所者として扱われ、最後に行き着いたこの場所でも迫害され、彼らティリビナ人にはどこにも居場所が無い。
 端末で情報を検索すると、検索結果が日本語に翻訳された形で表示される。

 それによれば、彼らの表皮や外見などは過酷な環境に適応した結果として獲得した形質なのだという。家を造る習慣が無く、野宿でも生活可能な強靱な体構造を持った種族であるらしい。

 彼らにとって建造物を創造する能力などは無用の長物に見えたことだろう。その価値観に従って、この階層に来てすぐに売り払ってしまうものが続出したらしい。

 しかしそれは同時に、この社会から疎外されることをも意味した。住居や創造能力を持たない彼らは下層階級とみなされ、この区画に押し込められるように住んでいるようだ。

 彼らはどうしようもなく行き詰まっていた。
 レオは、そんな彼らをじっと見つめていた。何をするでもなく、ただ見て、聴いていた。

 かける言葉を持たず、するべき行動を知らぬが故に。
 それはきっと、俺も同じだ。
 何をするべきなのかが定まらないまま、俺達はしばしその場所に佇んでいた。

 

 
「トリシューラはなんか、ポストヒューマンっていうよりプレヒューマンって感じだよな」

「喧嘩売ってるの? 買うよ?」

 巡槍艦の内部を歩きながら、俺とトリシューラは下らないやりとりを交わす。
 あれからレオと共に階層の外れまで戻り、巡槍艦の内部に帰還した後、俺はトリシューラに呼ばれてとある区画に向かおうとしていた。

 背後からはレオも着いてきている。先程の光景に感じるところがあったのか、言葉少なに何事かを考え続けているようだった。

「――でね、さっきまでやってたのは国際送金ルート潰し。出稼ぎ探索者たちの国際送金は基本的に全て【公社】が取り仕切ってる非正規のルートを使ってるの。非正規のルートで送金すると獲得額のロスが少ないから皆そっちを使いたがる。第五階層には公的な送金システムが無いからね。規制のための法律が無いから非正規のルートが成立しやすいわけ。現在の最前線である第五階層に人が集まるのは送金の効率がいいからっていう理由もあるんだよ。効率よく稼ぎ、効率よく送金ができるからこれだけ出稼ぎ探索者が集まるの。で、その送金を取り仕切っているのは【公社】だから、そこを潰せば――ってねえ、アキラくん聞いてる?」

「え? ああ聞いてる聞いてる。てかそんなことしたらその出稼ぎ探索者が困るんじゃないか?」

「うん、だから私がもっと簡単で効率のいいシステムを構築するわけ。非正規の送金ルートは犯罪組織の資金洗浄にも使われてるから、【公社】の資産の動きを堰き止める役にも立つしね」

 トリシューラは淀みなく【公社】を潰す段取りを口にしていく。口で言うほど簡単な作業では無いと思うのだが、この女は明らかに並の人間から逸脱したスペックを有しているのだった。

 彼女は今やるべき事を正確に見定めている。
 未だ足場の不確かな俺や、何か迷いのありそうなレオとは対照的だ。
 そういえば、と思い出す。

 迷宮を踏破し、竜を倒すと言っていたコルセスカは今頃何をしているのだろう。
 こちらの思考が読まれたのだろうか、先導するトリシューラが振り向いて口を開く。

「ちょっと寄り道するけどいい?」

「寄り道?」

「セスカの部屋。これからやることを説明しようと思って」

 競争相手なのに自ら手の内を見せるのは少々意外――でもないか。絶対的な敵対関係ではないのだから、条件によっては共闘が持ちかけられる。コルセスカはわりと話が分かりそうな雰囲気があるし、そうおかしな行動でもない。

 コルセスカに割り当てられた部屋の前に辿り着くと、ひとりでに扉がスライドして開く。

 まだ日も落ちていないというのに、部屋は薄暗かった。窓には遮光幕がかけられ、照明も点いていない。即座に暗い環境に眼が順応する。トリシューラの後ろから室内の様子を窺うと、ちょっとひどい有様だった。

 まず目に点いたのは部屋の中央でもそっと膨らんでいる毛布の塊である。寝台からマットレスだけが引き抜かれ、部屋の中心に鎮座しており、それを布団にして寝ているらしい。床の冷たさが気にならないのだろうか。空の寝台は縦にして部屋の隅に追いやられていた。そこまではまあいいとして、問題は床の汚さだった。寝床を中心にして放射状に散らばる物、物、物。床に積み上げられているのは大量の本、そして菓子類やジャンクフードの包装の数々。そういや数日前に買い物した時に、ああいう日持ちのする食品類を買い込んでいたなあと思い出す。

 しかし、昨日移ったばかりの部屋をどうやったらここまで散らかせるのか。
 そしてプライベートでもしっかりしてそうなイメージが完全に崩壊した。
 部屋の中央で、蓑虫のような毛布の塊がもぞもぞと蠢いた。気持ち悪い。

 端の部分からぬっと白銀の頭が這い出て、下から仄かな燐光がそのアシンメトリーの貌を照らし上げる。何の光かと思ったらどうやら携帯端末のディスプレイから放たれる照明のようだった。正直怖い。

「あーあ。こんなに散らかして。ちょっとは整理整頓しなよ」

「勝手に触らないで下さい。それは散らかっているのではなくて、手に取りやすいように配置が最適化されているのです」

「そうなの? 私には無秩序に放り出されてるようにしか見えないけど。それより話があるから来てくれる?」

「なんですか。私は火竜を倒すための武器を集める作業で忙しいんです」

「療養中に何しようとセスカの勝手だけどさ、暗いところでゲームしてると目を悪くするよ」

「私の義眼はこの程度で機能が低下したりはしませんよ。そんなこと、共同開発者である貴方が一番良く知っているでしょうに」

「いや、左目は生身でしょ。いいから照明点けなよ。あとゲームばっかしていると駄目人間になるよ」

「下らない偏見を。いいですか、迷宮探索系のハックアンドスラッシュというのはですね、いわば競技なんですよ。極めてストイックな性質のスポーツなんです。一回性の死、シビアなリソース管理、突発的なアクシデントへの対応力。先を見越した最適なプレイングを行い、より高いスコアを目指す。試行を繰り返し、死に覚える事が上達への近道という点ではシューティングやアクションにも近いジャンルと言えますね。知識や経験が蓄積されることでプレイヤーが熟練していく。このようにしてゲームを通して高められていくプレイヤーのどこが駄目人間だと言うのですか」

「うーん、そういう事を真顔で言っちゃうとこかな」

 言いづらそうに、慎重に言葉を選択するトリシューラ。若干弱っているようでもあった。
 俺は困惑していた。え、これコルセスカなの? この残念な生き物が?
 ていうか手に持っているその携帯端末、普段使ってる物と違うと思ったらまさか携帯ゲーム機か。

 普段の凛とした面影は皆無だった。温度の低い声はただ怠そうな声にしか聞こえないし、涼やかな視線というよりはぼんやりとした視線でディスプレイを眺めるその様子はなんかもう。

「引きこもりか」

 思わず心の声が口から出てしまっていた。

「ええそうですよー私は世界の負け組で家族の脛を囓って享楽を貪る放蕩娘ですよ――ん?」

「都合のいい時だけ家族面するのやめてよ本当にもう。明かり点けるよ?」

 トリシューラが言い終わるより前に部屋が明るくなる。唐突に変化した光量の落差に、布団から頭を出していた生き物がうぎゃあ、と呻いた。うぎゃあて。

「くっ、やめなさいトリシューラ。私は敗者。闇の中に身を潜めているのがお似合いなんです。世界の輝きは私には眩しすぎる」

「馬鹿なこと言ってないでさっさと起きてくれる? アキラくんとレオと一緒に話しとく事があるから」

「アキラと、誰ですって? おや、そういえば先程、ここにいるはずのないアキラの声が聞こえたような。それとトリシューラ、さっきから何故わざわざ日本語で?」

「いや、俺ならいるけど。ここに」

「えっ」

 俺が存在をアピールすると、ぴたりと固まってこちらを凝視するコルセスカ。大丈夫かこいつ。
 トリシューラは部屋の中央まで進んでいくと、無造作にコルセスカの身体を包む毛布を掴み、引き剥がそうとする。

「ちょ、何するんですか止めて下さい! それは私が世界の残酷さから身を守るための最後の殻なんです!」

「はいはいもう起きるんだから寝言は止めようねー。はぁ、私はセスカのママじゃないんだけどなー」

 それ口癖か何かなの? それともフレーズが気に入っちゃったの? 何か不快な響きなんですけど?

 脳内でちびシューラに問いかけるが、無視された。
 それどころか、肩をすくめて『やれやれ』みたいなポーズをとられた。てめえ。

「なんで分かってくれないんですか! 嫌なことがあるともう明日が来て欲しくないじゃないですか! 布団にくるまったまま外界の時間を忘れて自分だけの世界であらゆる事をやり過ごしたいんですー!」

「うわめんどくさ。分かりたくないよそんなん」

 俺はちょっと分かるような気がする。
 でもそれ、後になって夕方とか夜に起きると、何でこんなに時間を無駄にしてしまったんだろうって空しくなるコース直行だからな。

「ああ、どうして世界は私に過酷な現実を直視させようとするのでしょう。ちょっと休んだだけであっというまにいろんな事が私を置き去りにしていく。私以外の時間が止まってしまえば、こんなに苦しまなくて済むのに」

「この駄目人間! こんなのが私より優秀とか、本当にどうなってるんだか」

「私の呪的性質が優秀なのは私がこういう人間だからですー! 文句があるなら私のような性格になることですね!」

「それは断固拒否で」

 聞くに堪えないやりとりを重ねる二人だが、何か今コルセスカの能力の核心っぽいこと言っていなかったか? 気のせい? ひょっとして物体を凍らせたり超高速移動したりといった超呪術はそんなしょうもない動機で生み出されてたの? いや切実なのはわかるんだけど――。

「ぐぎぎ、お布団にくるまって寝ることは言うなれば私にとって呪術の鍛錬だというのに――」

「鍛錬ばっかして、いつになったら実践に移る気なのさ!」

 しばらく毛布の押し引きを繰り返してた二人だが、機械と生身とでは馬力が違うのか、軍配はトリシューラに上がった。がばりと毛布が取り払われる。

「やめてほんとやめて、今下がアレなのでちょっと、ぎゃああああ!!」

 キャラを崩壊させながら絶叫するコルセスカの姿態が白日の下に晒される。裾の短いスリップ一枚で、白い肩や胸元、細い脚などが見えてしまっている。加えて、身体を横たえている為にウェストから腰にかけての柔らかく、そして引き締まった曲線がはっきりと浮かび上がってしまっていた。不摂生な生活をしている割に細く、女性的なラインを維持しているようだ。

 さっとコルセスカの白い頬に朱が差して、素早く枕に手が伸びる。常にその両腕を長い手袋で覆い隠している彼女だが、流石に寝る時には外しているようだった。

 違和感に目を瞬かせる。異様な光景だった。それは暗い紫の包帯であった。枕を掴んだ手から腕、肘にかけて、肌が見えなくなる程にびっしりと暗色の帯が巻き付けられていたのである。包帯には蚯蚓がのたくったような不可思議な紋様、あるいは文字のようなものが血液を思わせる赤い塗料で記されていた。

 どうしたわけか、コルセスカの両腕に異様な鬼気を感じる。センサーの類が何らかの脅威を察知しているというわけでもないのに、まるでアレがこれまで目にした中で最大の脅威であるかのような感覚。この世界に来て半年、俺にも霊感じみたものが備わってきているのだろうか。

 一瞬だけ感じた脅威と戦慄は、直後に伸びてきた弾道予測線によって遮られる。

 羞恥に頬を染めたコルセスカの一投が、俺の視界を遮るべく精確な狙いをつけているのだ。回避は容易だったが、俺はアラートを無視して枕をその顔で受けた。柔らかい衝撃。いい枕を使っているようだ。そのまま部屋の中が見えない場所に移動する。

 うん、今のは女性の部屋を勝手に見てしまった俺が悪い。

「ト、トリシューラの馬鹿ぁぁぁっ!」

「ちょっ、部屋で呪術使うの止め、ぎゃああああ!!」

 部屋から響く絶叫と漏れ出す閃光。しばらく後に、なにか争う物音がやかましく聞こえてくる。おい、今銃声がしなかったか。

 これは暫くかかるかな、と枕を手に廊下でぼんやりしていると、所在なさそうに立ち尽くすレオの姿。

「あの、止めなくていいんですか?」

「放っておけ、あれは多分」

 一瞬言い淀んだが、ややあってそのまま口にすることにした。
 躊躇うことは無い。本人達がどう主張したところで、あれは言い訳の余地が無く見たままだ。

「よくある姉妹喧嘩だ」

 

 
「忘れて下さい。いいですね?」

「そもそも何のことかわからない。なあレオ、さっき何かあったのか?」

「え? ええと、僕は難しいことはちょっと分からないです」

 白々しくとぼける俺と気まずそうに目を逸らすレオをなおも疑わしげに見ながら、コルセスカは念を押したそうにしていたが、これ以上は自分の傷口を広げるだけだと悟ったのかおとなしく引き下がった。

 半眼のまま、今度はトリシューラに視線を向ける。

「で? 一体何の用件ですか。これで下らない事だったら呪いますよ」

 呪術師が言うと洒落にならない台詞で恫喝するコルセスカは、既に着替えて俺の前に立っても問題が無い装いになっている。白いブラウスに格子模様が特徴的なクリーム色のカーディガンを合わせて、足首までを覆い隠すロングスカートにはいつものように目玉の模様。身体のラインが分かりづらい服装なのは先程の一件を気にしてのことだろうか。いや、これは男目線の余計な勘繰りか。

「大丈夫、ゲームよりは下らなくない事だから」

「下らないとは何ですか。私にとって、迷宮探索と竜の討伐よりも大事な事などありません」

 その台詞だけ抜き出せば理想的な探索者だが、今となっては駄目な引きこもりの寝言にしか聞こえないのがアレだな。
 トリシューラはコルセスカを無視して、説明を始める。

 場所は移り変わって、巡槍艦下部の大きな部屋。フロアの大部分を占めるのは巨大な台座のような機械だった。

 広々とした台は淡い光を発しながら、その上の精緻な造型群を照らし上げている。箱形の建造物が無秩序に建ち並び、ある時不意に増えたり消えたりを絶え間なく繰り返す。通路を行き交うデフォルメされた二頭身は、多様な種族で構成された無数の群衆。実体を持つ物質が出現したり消失したり、果ては動いたりするのは何らかの呪術が働いているのだろう。

 そのギミックを初めて目にした俺達三人が、揃って息を呑む。
 スケールこそ縮小されているが、一度見ればこの特徴的な街並みはすぐに気付く。これはつまり。

「第五階層のミニチュア? しかも、リアルタイムで現在の状況を反映しているのか?」

 それはちょっとした驚きだった。
 第五階層を縮小して再現している技術そのものに対してもそうだが、それだけの情報を即時に収集して、それをフィードバックするという情報収集力と処理能力に対しての驚きが大きい。

「考えてもみて? 第五階層限定の物質創造能力は、この階層に一定期間、厳密には259,200秒滞在することで付与される。こうして分割貸与された掌握者権限は外には持ち出せず、同じ期間この階層を離れていると消失してしまう」

 半年前の変化以来、第五階層では最前線近くに居を構えることが可能になった。これにより長期滞在する探索者たちと彼ら相手の商売人たちが増え、更に上から下、下から上に物が流通していくために人口は増加の一途を辿っている。

 レオの方は初めて知る事実なのかふむふむと頷いているが、そういえば彼はまだ能力が使えないのだったか?
 とはいえ、俺とコルセスカにとっては既知の事実である。

「それが何だっていうんだ?」

「第五階層はそれを自動的に行っているんだよ、アキラくん。この階層には、入出の記録、滞在時間の計測、さらに創造能力を貸与する対象の位置情報の捕捉、その他諸々の機能がデフォルトで備わっているわけ」

「つまり、常時全ての住人の行動をモニターしているということですか?」

 コルセスカが問い返す。瞳からは眠気が完全に飛んでいた。
 俺の方も頭を回している所だった。階層の掌握者権限というのがどういう仕組みなのか、呪術についてまるで知識の無い俺ではさっぱりだが、あれは本人の意思や行為によって発動する。

 試しに、右手を軽く振って念じると、空中に二メートル四方の正方形が出現した。色やディティールをイメージしなかった為、灰色で作りも粗い。が、空中に固定させるのはだいぶ慣れてきた。低い位置まで移動させて、レオの後ろに滑らせていく。

 もう三枚の板を生成し、他の二人と俺自身の所に宙を滑らせるようにして移動させる。
 何だコイツ、みたいな周囲の視線を無視して、俺は即席の椅子に腰掛けた。

 ――よし、落ちないな。
 他の面々も恐る恐ると言った感じで浮遊する椅子に座っていく。別に深い意味は無い。か弱いレオを立ちっぱなしにさせておくのもどうかと思っただけだ。他はついでだ。

「なんか、いつの間にか変な芸を身につけたね、アキラくん。まあいいや。今見てもらったように、意思やイメージ力、そして具体的な行為なんかが引き金になって創造能力は発動する。つまりそれは、能力発動の度に第五階層がその意思をくみ取って階層自体の形を変えているということでもある。この世界は住人をずっと見続けていて、その願いに可能な限り応えるようになっているんだよ」

「階層そのものが住人の思考と動作という膨大な情報を常時取得し続けている?」

 口にしてみて、それがどれだけとんでもない事なのかを理解してぞっとする。
 一体どれだけ莫大なデータ量が物質創造の度に行き交っていたのだろうか。
 そして、目の前の第五階層のミニチュアがどういう仕組みで動いているのかも想像がついた。

「ならこれは、その第五階層が記録しているデータベースサーバー的な所から引っ張ってきたってことか? トリシューラはあれか、クラッカーな人か」

「あー、ご期待に添えなくて申し訳無いんだけど、そういうことじゃないんだ。データベースはここなの」

 ここ? と首をかしげると、トリシューラは目の前のミニチュアを指差した。

「最初にそういうルールに設定したの。第五階層の全ての情報は、この巡槍艦に集まる。掌握者権限の管理はここで行われているんだ」

 唖然。いや、お前それは。

「何が第五階層の掌握者は誰でもない、だよ。実質的にトリシューラじゃねーか!」

「形式って大事だと思うの。あと私は自分が有利になるようにここにシステムを集中させただけ。私を殺したって現状が変化したりはしないからね、念のため」

「言われなくてもそこまで物騒な事はしない」

「どうでしょう? この常識欠落娘には一度死ぬまで氷をぶつけてみるのがいいような気がするのですが」

 知らないところで無茶苦茶をやっていたトリシューラに、コルセスカはだいぶ怒り心頭のご様子であった。
 平然と微笑み続けるトリシューラの精神は鋼鉄で出来ているに違いない。実際アンドロイドだしな。

「まあ私のしたたかな知略の冴えは置いといて」

「狡賢さの間違いでは?」

「安全地帯から街を俯瞰して支配者気取りってすごい悪役ポジションじゃねえの?」

「――置いといて、これを利用して色々したいと思っています。まずは、四肢を失った人々への補綴っていう話だけど」

 レオがぴくりと猫耳を立てた。コルセスカは何の話か分からず、何とはなしに俺の方へ視線を向ける。――が、すぐに気まずそうに目を伏せた。

 おや?
 今のはどういう反応だろう?
 そうした動きには構わず、トリシューラの説明は続く。

「見て。このミニチュアの街にいる人々は、みんな手足が健在なのに気付かない?」

 トリシューラの言うとおり、模型化された夥しい数の住人たちは五体満足である。実際の第五階層の住人たちの多くは四肢の欠損や種族特有の身体的特徴を備えており、そうしたディティールが反映されていないのは大量生産の規格品だからだと思っていたが、何か特別な意味でもあるのだろうか。

「それはね、この模型たちが彼らの魂の鋳型を元に製作したものだから。たとえ肉体を失っても、精神、つまり脳は無い筈の肉体を覚えているの。精神が認識している本来の肉体形―――幻肢とも呼ばれるそれが、ここでは元々あるものとして再現されている。ていうか、私が原型を作って再現してるんだけどね」

「そういえば、貴方の趣味は模型作りでしたね」

 思い出したように呟くコルセスカ。その趣味については俺も数日前に知り得ていたが、まさかこんな所で生かされているとは思わなかった。流石に人も建造物もかなりデフォルメされていて大量生産品のようだったが、どれだけのコストと手間をかけているのかを考えると大した物だと思える。

「手足を失った人たちも、人形の世界では手足を兼ね備えている。この事を利用して、類感呪術で義肢を代用するシステムを運用しようと思ってるの」

「ごめん、何言ってるのかわからん」

 類感呪術って何?
 首をかしげる俺に、今度はコルセスカが解説する。

「つまりこういうことですね? 四肢を失った方の個人情報を登録し、幻肢によってここにある人形を遠隔操作させる。動いた人形はこの場所でミニチュアの第五階層に影響を及ぼし、それが現実の第五階層にも反映される。模型と現実が連動することを利用して、呪的念動力によって義肢の代替にすると」

「その通り。それだけだと物が勝手に動いてるようにも見えて見た目がいまいちだから、立体映像テクスチャでも貼り付けて、仮想の四肢を付けてもらおうと思ってる」

「あー、つまりアレか。髪の毛を藁人形に埋め込んで五寸釘を打ち込むと、髪の毛の持ち主に災いが降りかかるヤツを大規模にしたってことか」

「その理解で合ってるよ。この場合、髪の毛は個人情報で藁人形は私の作った模型ってことになるかな。五寸釘を打ち込むのは本人なんだけどね」

 この場合だと、第五階層という一つの都市そのものを再現した藁人形ということになる。しかもその藁人形同士が相互に影響し合い、現実世界と同期して実際に影響力を行使するということらしい。
 呪術のこんな形での活用は、完全に想像の外にあった。思わず呟いてしまう。

「壮大だな」

「実際は必要に迫られて仕方なく、っていう側面が大きいんだけどね。実体を持った義肢を行き渡らせるとコストがかかりすぎるし、掌握者権限を奪われた人はどうしようもなくなる。そもそも、この世界の人ってアキラくんやセスカとかと違って侵襲型の機器には抵抗感が強いんだよね。寄生異獣だってかなり反発があったし」

 トリシューラの言葉にいくつかの違和感を覚える。俺だけでなくコルセスカも肉体を侵襲する機器を使用しているということなのか? それに松明の騎士たちが利用する技術、寄生異獣について、まるで当事者であるかのような物言いをしていることも気になる。

 浮かんだ疑問は、しかしその場にそぐわないもので、後で訊ねる事にして続きに耳を傾ける。

「この世界の人にとっては、どちらかといえば形のない力を利用する方がしっくり来るんだよね。だから大規模な儀式呪術によって一括して念動義肢を用意しようと思ったの。これは、感覚器などの情報面もカバーできるんだよ。まあ、視界はだいぶデフォルメされた光景になっちゃうけど」

 イメージとしては仮想現実、もしくは拡張現実の概念に近い。
 特徴的なのは、摸倣された現実で起きた出来事が、本来の現実にも影響を及ぼすこと。

「ただしこれが機能するのは第五階層内だけ。探索者としては戦えなくなるけど、それ以外の仕事の口もある今の第五階層でなら、とりあえず再起の望みは生まれるよね。資金が貯まれば私の所で実体のある義肢やそれに替わる力を用意することもできるし。あ、アキラくんに用意してる義肢はワンオフものだから無理だけど」

 やー、これ準備するのに半年もかかっちゃったよーと朗らかに言うトリシューラだが、俺はむしろたった半年でそこまで大規模なシステムを構築したのかと驚いた。

 コルセスカも同様に感心している様子で、俺には理解できないであろう呪術的な高度さについてなにやら思いを巡らせているようだった。
 レオは目を輝かせ、感極まって言葉も出ないという様子だった。トリシューラを見つめる目には尊敬の色。

 そういえばレオは最初からトリシューラのことを先生と敬称で呼んでいた。医者であることがその理由だったのだろうが、この一件で尊敬の念はますます高まったに違いない。

「ふふん。どうかな、私けっこう頑張ったと思わない?」

「あー、まあそうだな。実際に運用してみて、どのくらい上手く行くのかとかテストしてみないことには」

「そこは素直に褒めようよ!」

 得意げな表情に応えてやるべきだと理性は言っているのだが、何故かそれを拒もうとする感情が生まれてしまう。いいことをしている筈なのに、このウザさはなんだろう。

「褒めて欲しい、というのを前に押し出してくるから貴方は鬱陶しいんですよ、トリシューラ」

「えー! 正当な評価を求めてるだけなのに?! ひどくない? 褒めてよーねえ褒めて褒めて」

「ああ、もう、鬱陶しいですねこの承認欲求お化けは」

 人を呼び集めて何をするのかと思えば技術自慢だ。彼女の承認欲求が人一倍なのは間違い無い。

 いや、この状況では自慢も重要な行動だ。何故なら、彼女は俺に対して己の有用性を証明することが目的の一つだからである。それをコルセスカの目の前で行うのは、己の優位をはっきりと示すためだろう。

 一見して平和なやり取りも、その裏には熾烈な鬩ぎ合いと心理戦が――

「ねーえーほーめーてーよー」

「暑苦しいから離れなさい、ええい離れろと言っているのに」

「セスカは体温低いなー。冷却冷却ー」

「私をクーラー扱いするなといつも言っているでしょうっ」

 熾烈な――熾烈なじゃれ合い?
 この二人の関係は本当によく分からない。こういうものか、とも思うし、これでいいのか、とも思う。

 その日はそうしてトリシューラの実行力を見せつけられる形で幕を閉じた。
 三日間の最初の一日。トリシューラは遺憾なくその実力を見せつけてくれた。今更褒めるまでもなく、彼女は極めて傑出した能力を有している。

 そのスケールの広がりを、俺はもっと見ていたいと感じていた。

 

 トリシューラの快進撃は翌日も続く。
 クラッキングによって公社が独占している物質創造能力を利用したインフラ関係のソースコードが開示され、支配的組織であった公社の権威は見る間に失墜。

 トリシューラが巡槍艦内部に保有する工房には巨大サーバーが設置されていて、オンラインマーケットの管理運営やホスティングサービス(レンタルサーバー)が主な資金源となる予定だ。

 トリシューラが実装した多数の端末間で対等な通信を行うことによって生まれるピアツーピア型の決済網と呪術的に暗号化処理された仮想通貨は、基軸通貨であった治癒符の暴落による隙間に見事に滑り込んで一定の地位を獲得した。そのシステムが海外送金に適していた事から出稼ぎ探索者たちに好まれたのである。暗号鍵そのものが呪文として意味を為している点、管理者であるトリシューラが有資格の言語魔術師であることもまた価値を保証していた。

「現在の第五階層みたいに完全に自由な競争社会というのは、実際には格差を生み階層を固定化しやすいの。すると上昇志向の減少に伴って生産性が低下していく。必要なのは適度な介入と管理だと私は考えてる」

 オフィス(と俺が勝手に呼んでいる、先日トリシューラと話した事務室か執務室のような部屋)のデスクに腰掛けて、打鍵のペースを維持しながらトリシューラは作業を続けている。口をついて出る為政者めいた言葉は溢れんばかりの自負と自尊に裏打ちされている。発言に見合った成果が出るかどうかはこれから次第だろう。

 タータンチェック(この世界ではタータンチェックとは言わないと思うが)の暖色スカートに身体にフィットした黒いタートルネックのニットという装いで、普段よりも若干気怠げに見えた。

 暖房の効いた室内の空気はどこか重く、ぬるい。
 肌にまとわりつくような温度は寒さから逃れた直後は心地よいが、慣れてくると鬱陶しくも感じるものだ。

 生成した板材を組み合わせて作った椅子に腰掛けながら、俺はトリシューラの作業をぼんやりと眺めていた。他にやることがないのである。

 負傷はもう完全に治癒しているので、これ以上この場所で世話になる必要は無い。だが、これからトリシューラに協力していく場合にはここに留まるという選択肢も用意されている。事実トリシューラは俺の為に巡槍艦の一室を空けてくれているのだ。

 至れり尽くせり。しかし、心の何処かで未だ踏ん切りが付いていない部分がある。
 住居も雇用先もおまけに腕まで用意してくれて、これ以上無い待遇ではないか。なんの不満がある?

 言語の問題はコルセスカのお陰で解決している。このままトリシューラに協力すれば『公社』のやくざな仕事からも足を洗えて今後の生活も順風満帆ということで何を心配することもなくやっていける。

 それなのに、どうしてか気が重い――いや、軽いのか。
 まるで今この肌を覆うぬるい空気のように。
 足場がふわふわとして定まらない、自分が何処にいるのかもわからないような感覚。

「マリッジブルーだねそれは」

「別に結婚するわけじゃないだろう」

 したり顔で解説してみせるこのアンドロイドを、俺はたまに馬鹿なんじゃないかと思う。

「失礼だね。それにそう的外れな喩えでもないよ。魔女と使い魔の正式な契約には幾通りもの形式があるけれど、私は春の魔女として、ヒエロス・ガモスという儀式を行う」

「儀式?」

「似たような概念がそっちにもあるから名称はギリシャ語からそのまま引っ張ってきたの。他にはヒエロガミーとかセイクリッド・マリッジとかいう呼び方もあるけど、聖婚、つまり聖なる結婚という意味だね」

 こいつは何故こんなに俺の元いた世界の事について詳しいのだろう。
 ていうか聖なる結婚? なんだそれは。

「ものの喩えだよ。冬が死の象徴なら春は生命の象徴。季節が移り変わる事を死と再生のサイクルに見立てて、豊穣を願う普遍的で原始的な儀式形態のこと。王や祭司、巫女といった人々が超越的存在に代わって象徴的に結婚の儀式を執り行うことで、仮想的に神々を結びつけるの。そうして神々をリモートコントロールすることによって、下界に豊穣をもたらそうっていう狙いがあるわけ」

「ふうん。なんか似たような話を聞いたことがあるような」

 言ってからすぐに思い出す。ミニチュアの第五階層。仮想の義肢を普及させるという昨日の話によく似ている。

呪術アナロギアはほとんど同じ仕組みってことだよ。『似ているものは連動する』という規則に従ってあらゆる呪的なエネルギーは働くの。――話を戻すけど、私達の場合は召喚者である私が悪魔であるアキラくんと契約するという形に当て嵌めると理解しやすい」

 なんか悪魔呼ばわりされた。酷い言いがかりだと思ったが、よく考えたら俺は異世界からやってきた存在であり、そのような見方をされるのも無理は無いのだった。召喚されたわけじゃなくて事故で転生しただけだが、この世界の住人からすれば似たようなものだろう。

「超越的な存在との象徴的婚姻によって、呪的に交信し、お互いがお互いの属性を帯びる。こうして深い繋がりを獲得することによって、いずれ結実するであろう新たなる生命の誕生を祈念するの」

「そういわれても、まだよくわからないな。なに、子供作るの?」

「は? キモッ、何を期待してるの馬鹿じゃないの死ぬの? 象徴的だって言ってるでしょそもそも私にそんな機能ありませんこの変態。機械に欲情するとか頭おかしいよアキラくん」

「そこまで言うか普通。ってかトリシューラの説明がわかりにくいんだよ、なんだよ新たなる生命の誕生ってそんな言い回しされたら誰だって誤解するわ」

「それも喩えだってば。呪的なエネルギーとかそういうのだよ。この場合はアキラくんの新しい左腕用のね」

「なら最初からそう言え――俺の左腕?」

「うん。最高の物を用意するって言ったでしょう? だから、壮大な儀式呪術を執り行って、可能な限り呪力を注ぎ込んだ呪具アーティファクトにするの。アキラくんが、もっと強くなれるように」

 言葉を見失って、しばしトリシューラをぼうっと見つめる。普段と変わらない緑の瞳にはっきりと見返されて息が止まる。彼女には何の迷いも逡巡も無いのだ。ただ、目の前のするべき事をするだけ。

 トリシューラはただ最善を尽くす。
 彼女から見て悪魔めいた存在である俺に対しても、自分ができる限りの事をする。
 機械らしいと言えば機械らしい。いや、トリシューラらしい、というべきか。

 相手が正常なパフォーマンスを発揮するのなら、俺はそれに応えるのが筋というものなのだと思った。

「――結婚ね。まあ、必要なら指輪交換でもケーキ入刀でも三三九度の盃でもやるよ」

「うん、まあ大した事はしないよ。あくまで儀式だから」

 それで俺に足りないもの――欠乏した腕と足場が確保できるのなら、むしろ安いものだ。それからトリシューラは作業の手を止めて、もう一つ、言葉と続けた。

「あのねアキラくん。誰でも環境が変化する時には心が浮き足立つのは仕方が無いと思う。でも安心して。私との契約は、なにも魂を捧げるような大それたものじゃない。アキラくんが不満だと思えばいつでも破棄できるものなんだよ。アキラくんは、いつでも私を拒絶できる。その事を忘れずにいれば、私に何もかもを縛られるという不安を抱える必要は無くなると思うよ」

 言葉は、どこか俺を安心させるような柔らかい響きを伴っていた。
 悪魔との契約にしては随分と都合のいい言葉。雇用関係と考えるならば当然の権利。

 気がつくと、肌にまとわりつくぬるさが気にならなくなっていた。
 肩から力が抜ける。どうやら、魔女の甘言に誑かされて安心してしまったらしい。

 我ながら単純な性格をしていると、呆れと共に息を吐き出した。
 トリシューラは確実に『俺が契約をしない理由』を潰していく。その態度は極めてフラットで、淀みが無く、傍目からは完璧な計算に裏打ちされた行動に見えた。俺の目を奪い、魅入らせるほどの自信に満ちあふれた姿。

 ――その時は、そう思っていたのだ。

 

 
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ