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幻想再帰のアリュージョニスト 作者:最近

第4章 傷つけるのはハートだけ、口づけるのは頬にだけ

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4-28 ラフディボール(後半)



 【サイバーカラテ道場】によって共有された視界が現実と重なり合う。
 フィールドを多角的に把握。
 【弾道予報Ver2.1】によるボールの軌道予測及び想定しうる数秒後の選手たちの動きを表示。流動的な戦局に合わせて最適な集団戦術を導き出してオートで実行。
 『広い視野』と『的確な判断力』を両立させた、『自律的に判断する仮想司令塔』こそが【サイバーカラテ道場】である。

 だが、未来を示す道場にアラート音が響き渡る。大量のエラーによって作戦は修正を迫られ、動きの精度は見る間に下がっていった。
 敵の呪術師による妨害だ。
 ラフディ側の九番後衛ディフェンダー。ゴール前に立ち塞がっている見上げるように大柄な女性。彼女の側頭部にインプラントされている緑の団子虫と紫水晶が無数の呪文を展開して【サイバーカラテ道場】への攻撃を行っているのだった。

 ラフディーボールでは呪術の使用が認められている。その上、グレンデルヒを倒す為の演劇呪術によってサイバーカラテはラフディで独自の発展を遂げていた。
 相手もまた呪的な通信網によって連携を図り、更にこちらの連携を妨害することまでしてくる。つまり初期条件は五分なのだが、それゆえに地力の差がはっきりと表れてしまっていた。

 縦長の場内が加熱する中、二つのチームが入り乱れる。
 ボールを巡り、激しいぶつかり合いが続いていた。
 ラフディーボールの基本の一つは、パスでボールを左右に振って防御側の人員配置を偏らせ、薄くなった防御を突破していくことだ。
 ゆえに両翼の選手は突破力が求められる。

 右からの攻めの軸となるのは一番で前衛(フォワード)のカーインと、六番で中衛ミッドフィールダーのグレンデルヒ。左からは三番で前衛のゼドと四番で中衛のアルマ。五番で中衛である俺はフィールド中を行ったり来たりしてパスを繋ぎ、目まぐるしく切り替わっていく攻守両方をこなす役目だ。

 常に走り続けるこのポジションはとにかく忙しい。
 だがラフディーボールにおいては、このポジションにはもう一つ厄介な仕事が加わることになる。ボールの中継点である中衛は、その性質上ボールに触れる時間、つまり受け取って運んだりパスをしたりする時間が長くなりがちだ。

 ゆえに、最も苛烈な妨害(ブロック)に晒される。
 とりわけ俺はフィールドの中央付近を移動する為、『増援(ヘルプ)』が到着しやすい。
 チーム競技では、数の力は個人技を容易く圧殺可能だ。
 中衛というポジションには、一対多の状況でもボールを守りきるだけの能力が要求される。幸いにも、俺はそうした経験が豊富だった。
 センターライン手前でボールを受け取った俺の目の前にルバーブが立ちはだかる。更に左右から相手チームのフォワードが接近してきていた。

 一対一が基本となるマンツーマンディフェンスであっても、中衛や後衛ディフェンダーのマークを振り切ってくるラフディ側の機敏性と技術は卓越したものがある。アルマは抜けられた直後に凄まじい反射速度を発揮して瞬時に追いついたが、グレンデルヒがマークに付いていたもう一人は異様な動きでグレンデルヒを翻弄してマークから抜け出していた。

 口にスティックを咥え、地に両手を突いた四足走行で疾走してくるラフディの三番は小柄ながら独特の存在感があった。草原の肉食獣もかくやという勢いで跳躍し、こちらに飛びかかる。空中でスティックを持ち替え、右斜め上方からの刺突を繰り出した。同様に、前からはルバーブの突き。

 跳躍からの刺突は弾けない。落下の速度を利用した攻撃を受け、衝撃でよろめいた隙をルバーブが見逃してくれる筈も無いからだ。
 膝を曲げて腰と上体、頭を低くして刺突を回避。水面を潜る水鳥のような動きでそのまま前へ。スティックを前に出し、ルバーブの刺突をぎりぎりで弾く。

 すれ違いざまにルバーブに一撃を繰り出そうとするが、ルバーブはあんこ型力士のような体型であるにもかかわらず風のように軽やかにそれを回避してみせた。
 追撃を仕掛けようとしてくる相手の気配を察知して、前を走るカーインにパスを繋ぐ。ボールを手放してした相手に刺突を繰り出すのはルール違反だ。ルバーブたちは素早く目標を切り替えて自陣に戻っていく。

 一瞬の攻防。緊張の糸は張り詰めたままだ。
 カーインは苛烈な突きを受けても危なげなくボールを守りきっているが、相手の後衛は粘り強く彼の前に立ちはだかり続ける。『相手を倒す』ことや『攻撃を防ぐ』ことならばカーインの得意分野だが、『防御をかいくぐってボールをゴールに入れる』という動きに苦戦しているようだ。

 攻めあぐねている所に、逆サイドでゼドがマークを外して走り込んだ。どうしてもヘルメットを被ろうとしないテンガロンハットの男はパスを華麗に受け取り、そのまま守りを振り切って弾丸のようなシュートを決める。ゼドはアルマと並ぶこちらの得点源だった。実に五割がゼドの得点で、とにかくシュートを外さない。

 こちらの得点に九点が追加された直後、角笛が鳴り響き前半の終了が告げられる。前半終了時点でこちらが既に百点を超えているのに対して、ラフディ側は未だに八点という状況である。
 ゼドは困難な九点シュートを一度も外さずに決め続け、アルマは三点分の棘をゴールに叩き込みつつラフディの後衛を消耗させていくという正攻法で着実にアドバンテージを稼いでくれていた。卓越した守備技術と優れた戦術眼で攻撃に繋げるまでの流れを作り出していたグレンデルヒの働きも大きい。

 にもかかわらず。
 圧倒的大差をつけてリードしているというのに、まるで優勢という気がしない。
 荒い息を吐きながら次々と膝を突いていくガロアンディアンチームの面々。カーインは腕を押さえ、グレンデルヒは露出した体内の機械部品から煙を吹き、後衛の三人が一斉に倒れ伏す。ゼドの穴だらけになった帽子が地面に落ちて、青痣のできた顔が露わになる。俺も同様に、身体の各所を軋ませていた。

 これからしばらくハーフタイムとなる。その間に、どうにか態勢を立て直さなければならない。トリシューラ率いる救護班が到着し、医療用ドローンが負傷者をベンチに運搬しつつその場で治療を行う。

 前半のラフディは激しい攻撃で俺たちを苦しめた。彼らはゴールではなく選手を狙って得点を稼いでいたと言って良い。ラフディーボールでは、得点のアドバンテージよりも選手の消耗度が重要視されるからだ。とりわけ前半戦は。

 ラフディは自陣で故意に自殺点オウンゴールを行う事により、攻め込んで来ていたフォワードに攻撃するという戦術を多用してきた。
 古式のラフディーボールにはこういう奇襲じみた攻撃が存在するらしい。

 相手の方は手慣れたもので、たった一点の失点でこちらの選手に大打撃を与えてきた。カーインは左の腕と肩に創傷を、グレンデルヒに至っては左腕の肘から先が使い物にならなくなっている。その上、ラフディの九番が吐き出した硫酸が顔面から上半身にかかり、トリシューラ製の機体が激しく損壊してしまっていた。

 他も酷い。特に後衛の被害が甚大で、蠍尾(マラコーダ)レスラー(カニャッツォ)牙猪(チリアット)の三人は全身貫通創だらけである。ゴールを守る九番の牙猪(チリアット)などは仲間を庇うために爆発寸前のボールに覆い被さった為、胸や腹で無事な箇所が存在しないほどだった。再生者と言えど、肉体が激しく損傷すれば動きに支障が出てきてしまう。更にラフディーボールによる負傷は球神の加護が働いている為に傷の治りが遅くなってしまう。恐るべきはラフディチームの攻撃の苛烈さだった。

 そんな中、比較的平気そうなのがアルマと銃士(カルカブリーナ)である。
 コルセスカの仲間として前線を支えているアルマの防御技術が卓越しているのはわかるとして、ゴールに攻め込んでいく前衛の銃士(カルカブリーナ)がほぼ無傷なのは意外と言えば意外だった。体格も俺よりやや下で、こちらのチームでは一番身長が低い。メートル法だと170センチメートルほどだろうか。

「え? ああ、だいぶ前にあのボールには散々苦しめられたんで、避けやすい位置取りが得意になってたんでしょう。あとはほら、俺って【弾道予報】の調整が銃士用でかなり高精度ですし」

 こちらの疑問に答える銃士(カルカブリーナ)だが、前に苦しめられたというのはどういうことだろうか。話を聞いてみると、地上で修道騎士をしていた頃、大地の民居留地で暴動の鎮圧を行った経験があるらしかった。
 手榴弾代わりに用いられる殺傷力の高められたラフディーボールは修道騎士が使用する鎧を貫通してくる為、大量の死傷者が出たのだという。

 負傷者の手当も慣れたもので、重傷の牙猪(チリアット)に蛇や蛙などの血を用いての呪術治療を行っていて手が離せないトリシューラの代わりに救急箱から治癒符や軟膏を取りだして仲間たちの応急処置をしてくれていた。トリシューラの治療までの繋ぎだが、【安らぎ】の鎮痛呪術はチームの苦痛を確実に軽減している。

「そういえば、元修道騎士だったな」

 どことなく飄々としてつかみ所の無い男を見ながらぽつりと呟く。
 その言葉に、近くにいたアルマが反応した。

「ああ、どっかで見たと思ったら、バルのとこの。確か名前、ライガだっけ?」

「いや、本名は知らないが」

 銃士(カルカブリーナ)の【マレブランケ】に入る前の本名らしきものがアルマから出てきて少し驚く。

「面識が?」

「ほとんど無いよ。ちょっと見かけたことがあるくらいかな。父親の方とはそれなりに縁があったんだけど」

 銃士(カルカブリーナ)の父親というのは、しばらく前に関わった修道騎士のバル・ア・ムントのことだろう。そう言えば今、彼はどこで何をしているのだろう。ちびシューラに訊ねると、部隊の半数をリールエルバの救出に向かわせ、本人は現在もガロアンディアンの防衛や警備を行ってくれているとのこと。

 今日の球技大会も会場警備などを任せているらしい。
 それはいいとして、何故アルマが修道騎士とかかわりがあるのだろうか。
 不思議に思っていると、視界隅でちびシューラが「うーんと、えーと」と何か言いづらそうにしていた。

「んー、まあ色々あって」

 アルマもまた曖昧な笑みで言葉を濁す。
 不審に思ったが、何となく追求することが躊躇われて会話はそこで途切れた。



 ラフディボールのハーフタイムは長い。
 元々治療時間として長めにとられているのもあるが、慣例として様々な呪術的儀式を行うことが認められているからだ。今回はそれに加えてガロアンディアンの技術力やラフディのヘアスタイリング・服飾技術アピールの為ということで両勢力が様々な余興を用意していた。

 前衛的な電子音楽に合わせて踊る機械人形たちと、幻影のスクリーンに表示されていく美しいカットモデルたち。鏡を使った念写の自分撮りによって美化されたモデルたちの映像は煌びやかだったが、それらを全て霞ませているのがマラードによるヘアアレンジの実演だった。頭髪は彼の領土であり、彼はその王だ。肩に流れる髪束の広がりを支配し、乱れる毛先を屈伏させ、怠惰な前髪を動きのある働き者に生まれ変わらせる。鮮やかな手並みと不敵な笑み。観客席から黄色い声が上がる。

 アピールの華やかさではあちらが上であることは認めざるを得ない。
 単純にマラードの見栄えが尋常ではないのである。
 人の価値の中で見た目がどのくらいの割合を占めるのかは条件によって異なるだろうが、少なくともマラードに限っては外と内とを分けて考える事はできない。
 美しいことが自我の基礎となっている彼にとって、それらは不可分のものだ。

「アキラくん。あのカットモデルだけど」

 治療を一通り終えたトリシューラが話しかけてくる。
 俺は小さく頷いた。

「ああ。人形だな」

 眼球が機械的な音を立てて視界映像を拡大する。
 マラードと共に即席のステージに上がっている少女は、紅紫の妖しくも美しい髪をしていた。トリシューラやコルセスカたちよりも大人びて見えるが、それはどこか無気力な諦観を表情から漂わせているからだろう。独特の倦怠感アンニュイさは不思議とその人形のような美貌を際立たせていた。明るい美男子であるマラードと並んでも暗い美女である彼女は見劣りしない。

「誰かに似てるな、あの人形」

 服を着ていても首や手といった箇所を見れば彼女が球体関節人形であることは明らかだった。彼女こそがラクルラール派のもう一人の刺客、アレッテ・イヴニルに違いない。ミヒトネッセのように正面から襲撃を仕掛けてくるわけでもないのが不気味だった。

「マラードの子孫、って自称してるみたいだね」

 本当かどうかわからないけど、とトリシューラは呟く。
 だが、俺が言いたいのはそう言うことではない。
 気怠げな空気を身に纏ってはいるが、アレッテの佇まいは六王たちにも似た『貴人』のそれに見えた。あたかも侍女姿のミヒトネッセと対になるかのように。

 マラードのような圧倒的な存在と同じ場所に立っているが気後れした様子はまるでない。それが当然、というような意識を当たり前に持っているとでもいえばいいのだろうか。自負や誇りではなく、ただそれを生来の常識として身につけているような感じ。君臨する女王というよりも籠の中で大切に育てられた姫君のような。

 何となく、彼女は六王たちと共通する空気を持っているような気がした。
 不思議と、『王子』と呼ばれるヴァージルや直接関係があるらしいマラードよりも、強く想起させられたのはアルトだった。

 理由は恐らく、視線だ。
 どぶのような瞳が、ぬめりつくような邪視となって世界を撫でていく。
 機械の肌が粟立つかと思うほどに強烈な世界観。
 コルセスカのクリアな邪視とは全く違い、重苦しく巨大な質量を世界に押しつけるような呪わしい視線。
 邪視に宿る強大な力。それが、単眼のみで亜竜の爪を具現化するアルトを連想させたのだろう。そう言えば名前の響きも何となく似ている。

「それはそうだよ。男性形と女性形なだけで同じ名前だもの」

 トリシューラが意外な事を言う。
 それはつまり、ジョンがジョアンナになったりジェーンになったりするような話なのだろうか。イワンとイヴァンナでもいいが。

「そんな感じ。アルトって良くある名前だから。ていうかラフディチームの四番がアレト=アーキフって名前でしょう?」

 確認すると本当にそうだった。カタカナ表記の下に併記されたアルファベットを意識でフォーカスすると地上の大陸共通語で文字が表記される。アルトとややスペルが違うようだが、国や時代によって微妙に変化しているということなのだろう。

「本当は、アルトの正確な発音はアレ=トーって感じなんだけどね。神の息吹(プシュケー)とか、最も尊いもの、高貴なものを意味する『all-』は昔の王さまが真名を覆い隠す為の防御呪文としてよく用いられていたんだ」

 アルトの場合は神の息子とかそんな感じの意味合いだとか。確か演劇ではアルトは神の血を引く半神とされていたので、納得の行く名前ではある。
 アレ=トー。
 神に造られたもの、すなわち人間や子供、更にそこから派生して人形。
 人形姫アレッテというのはそういう意味だったのだと納得する。

 即席の舞台から降りて特設の貴賓席へと移動していくマラードとアレッテ。
 アレッテがマラードに顔を寄せて何かを囁くと、何か冗談でも言ったのかマラードが笑顔を見せる。随分と仲が良いようだ。唐突に現れたにもかかわらず怪しまれるわけでもなく信頼を勝ち得たアレッテの手腕は見事と言わざるを得ない。

 ふと、同じようにじっと二人を見ている者の存在に気付いた。
 ルバーブだ。
 並んで歩く美しい男女に静謐な視線を送るルバーブの姿が、どうしてか普段より小さく見えて仕方が無かった。



 続いて、応援競技が行われる。
 男女混合のチアリーディングだ。
 最初にラフディ側、続いてガロアンディアン側のチアリーディングチームが応援を行うが、どちらも中心となっていたのは樹木に似たティリビナの民たちだった。

 ティリビナの民はこうした協力して何かを表現するダンスや体操などが得意なのだという。木に登ったり森を駆け巡ったりと優れた身体能力を誇る彼らは、高く飛び跳ねたり意外なほど柔軟に手足を動かしたりして派手な動きで観客の目を楽しませていた。

 ラフディにティリビナの民が数多く流入していることが気になったものの、今はどうすることもできない。あちらの演技が終わって、こちらの順番となる。
 と、フィールドに進み出るティリビナの民たちの中に見慣れた姿を見つけた。
 特徴的な白い猫耳を見間違えるはずもない。思わずカーインに話しかける。

「あれ、どういうことだ?」

「知らなかったとは意外だな。レオ様はしばらく前から交流の一環として彼らとチアリーディングを練習していた。最初は私も何事かと思ったよ」

 まさか実際に練習の成果を披露することになるとは誰も思っても見なかったことだろう。レオは大柄なティリビナの民たちの中に埋もれてしまいそうなほど小さな身体で、少しだけ緊張を滲ませた表情で足を前に進めていく。

 だが演技が開始されると彼は目を見張るほどに快活な笑顔と弾けるような動きを見せてくれた。ティリビナの民たちと連携した動きは一糸乱れぬ見事なものだ。
 体操競技さながらの倒立回転や宙返り、アクロバットなジャンプにターン、更には複数人で足場を作ってレオを空高く打ち上げるという豪快な技を次々と繰り広げていく様は圧巻の一言だ。

 膂力に優れ安定感のあるティリビナの民が土台となり、体重が軽く猫のようなしなやかさを併せ持つレオが上で躍動するというのは適材適所なのかもしれない。
 レオが着ている黒と白のユニフォームが激しい動きと共に揺れ動く。ショートパンツの裾のすぐ下で、小さな膝がばねとなってたわんでいた。力が解放され、空中で身体を捻りながら回転してティリビナの民たちに受け止めてもらうレオ。

 練度の高い動き。周囲との確かな信頼関係が形になって表現されていた。
 ラフディ側の演技が行われた時よりも大きな歓声が響く。少なくともレオたちのチアリーディングはこちらに良い流れを引き寄せてくれたように思えた。
 隣で、静かに息を吐き出す音が聞こえた。

「失態を晒し続けるわけにも行かない、か。シナモリアキラ、後半からは私にボールを回してくれ。必ず決めてみせる」

「いい位置にいたらな」

 短く返して、自分でも気合いを入れ直す。
 レオのあの姿を見て、奮起しないわけにはいかなかった。
 その後もイベントが続く。もはや球技がメインなのか余興がメインなのかわからない。しかも今度の儀式は極めつけに奇妙だった。

 ラフディはフィールドに巨大な団子虫や猛り狂う大型ハリネズミを放して狩りをはじめたのだ。ルバーブたちがラフディーボールを手榴弾として投げつけて獲物を鮮やかに仕留めていく。飛び散った棘は散弾のように獲物に突き刺さる。こうしてあの棘球を見ると、命中率に優れており使い勝手も良いという、狩りに適した道具であるということがよくわかる。

 元々は獲物を追い立てる行為も含めてラフディーボール(の原形となった儀式)であり、その名残としてハーフタイムにこうした狩りを行うのだという。
 呪術的な力を高めるため、獲物はその場で解体して食べるらしい。
 虫の硬質な外殻を剥がし、獣の皮を剥ぎ、内蔵を綺麗に取り分けて食べられる部分を取りだしていく。強烈な匂いは香草を焚くことによって和らげられていた。

 そんな光景を眺めていると、ルバーブを中心とした相手チームが獲物を手にしながらこちらにやってきて血の滴る肉をこちらに差し出してきた。食べろということらしい。当然のように加熱調理をしていないのだが、正気か。

「この薬草と一緒に食べれば問題は無い。これは血を補給するためでもあり、球神への感謝を捧げて血と罪悪に塗れた闘争に許しを請う為に必要な行為でもあるのだ。少量で構わないので口にして欲しい」

 巨大な団子虫は球神が遣わした聖なる虫であり、神への感謝を捧げながら敬虔な気持ちで食すのだとか何とか。あちらも食べているし、断るのも角が立つ。勢いのまま口にする。塩を振っただけのシンプルな味がした。

 皆、微妙な顔になりながらもなんとか完食できた様子だ。
 アルマは何故か薬草を取り分けて肉だけを食べていたが、偏食だろうか。
 そんな一幕を終えて、後半戦が始まる。
 傷だらけのチームを【サイバーカラテ道場】で纏め上げ、精神修練呪術(プログラム)を実行して強引に士気を高めていく。器質的にハイになったサイバーカラテユーザーたちは苦境でも挫けない強いメンタルを得て戦えるのだ。

 国対国との戦いであるにも関わらず、楽しい余興によって観客席の雰囲気は和やかだった。あくまでもスポーツをエンターテインメントとして消費する空気が生まれているのだ。実質的に戦争の代替行為であっても、これは楽しいイベントであるという認識は人間の世界観を書き換えることができる。

 血の流れる戦いすら娯楽に変えてしまえるのが人というもの。
 恐るべきラフディーボールもまた、愉快な遊びに過ぎない。
 そして開幕直後、俺はルバーブのタックルで吹っ飛ばされていた。
 冗談のように宙を舞う身体。ぐるぐると回る視界。地面に追突すると同時に、ルバーブが後衛たちを躱して九点シュートを決めた光景が目に入る。

 動きの質が前半とは全く違っていた。
 こちらの体力を削ることを主眼としたプレイングではない。
 後半からのラフディは、全員がボールをゴールに叩き込むことを意識して動いていた。身体へのブロックが手緩くなったというわけではない。むしろ更に激しく、吹き飛ばすような強烈な動きが増えていた。

 手を抜いていたわけではなく、防御側に消耗を強いることで後半からの攻勢を通しやすくしていたというわけだ。全く消耗していない万全の状態ならば耐えられるタックルでも、今の状態では踏みとどまることができない。
 更に、前半大きく稼いでくれていたゼドは徹底的にマークされて動けない。
 こちらの動きを予測して、必ずゼドに二人が付くようになってしまっていたのだ。それ故にその分他が手薄になるのだが、そこをカバーするのが風の速度でフィールドを駆け巡るルバーブの働きだった。

 明らかに一人で二人、それどころか三人分の役割をこなしていた。単純に運動量が凄まじいのもあるが、周囲を把握して的確な位置に移動する守備範囲が恐ろしく広いのだ。ラフディチームはルバーブをリーダーとして纏まっており、彼がいる限りその堅牢な守りは決して打ち崩せないように思えた。

 試合前にトリシューラに聞いた話を思い出す。
 ラフディの言い伝えに曰く。
 ボールを占有している者には球神の遣わした天使が憑依するという。
 そう信じられているということは、実際にそうであるということだ。

 球神憑依ボールポゼッション
 ボールを持つチームは球神の加護を得て試合の主導権を握り、相手側の得点機会を奪いつつじわじわと攻めることを許される。
 シュート機会を与えないようにするというのは守備的な考え方であるように思えるが、ショートパスで攻めていく前衛の突破力が優れていれば何の問題もない。

 丸々としていながらも雄々しい闘士として完成された肉体を持つルバーブは、さながら荒ぶる球神が遣わした戦いの天使。重さと速さを両立させた脅威の疾走がフィールドを蹂躙し、立ちはだかる全てを圧倒する。大地の民たちはその姿を見て彼こそは英雄であると歓喜し熱狂するのだった。

 ルバーブを基点として前衛に放たれていくパス。
 繋がれたボールが疾風となってゴールに叩き込まれ、時に地面で炸裂してこちらにダメージを与えていく。後半に入ってからのラフディの追い上げは尋常では無かった。あっという間に十点差まで押し込まれてしまう。

 このままではまずい。
 焦りがミスを生み、あろうことかカーインに出したパスが大きく逸れてしまう。
 どうにかスティックを伸ばしたカーインだが、ボールは網を嫌って枠に弾かれていく。相手のゴール近くで場外へと飛んでいくボール。折角のシュート機会を無駄にしてしまった俺の呼吸が止まる。
 その時、逆サイドにいたアルマが叫んだ。

「追って!」

 フィールド全体を揺るがすかのような大音声。近くにいたラフディの選手が鼓膜を破壊されて耳を押さえる。カーインは弾かれたかのようにしてもう追いつけないはずのボールに向かって走り出した。同様に、近くにいたラフディの七番が疾走する。果たして、ボールを目指した激しい競争を制したのはカーインだった。

 ボールを場外に出したのは最後に触ったカーインではあるが、ラフディーボールでは最もボールの近くにいた選手のチームがボールをフィールド内に投げ入れる権利を獲得できる。カーインが繋いだボールを無駄には出来ない。

 前に出てきていたグレンデルヒはマークを振り切ると、カーインからボールを受け取って即座に中央へと切り込んでいく。シュートを狙うと見せかけてアルマやゼドへのパスを匂わせる――が、それもフェイクだ。今まで目立った動きの無かった銃士(カルカブリーナ)がグレンデルヒからのノールックパスを受け取り、そのままゴールを狙う。位置はほとんどゴールと平行な角度。シュートを狙うのには無謀に思えるが、ラフディーボールは棘を炸裂させて得点する競技である。

 つまり、こういうこともできる。
 【弾道予報】が『俺たち』の視界に弾道予測線を表示していく。ゴール直前の地面に繋がるラインと、そこから放射状に広がっていく幾つもの棘の軌道。
 俺はその付近へと走り込んでいく。銃士(カルカブリーナ)と視線を交錯させ、【サイバーカラテ道場】を介して動きを同期させた。

 シミュレーション通り、放たれたシュートが地面で炸裂していく。
 プロテクターを容易く貫通する恐るべき棘をラフディの後衛が慣れた動きで回避していく。そして彼らは、ゴールに入らないと分かっている棘を意識から外す。

 そこがこちらの付け入る隙になる。
 俺は【弾道予報】が描き出す棘の軌道にスティックを割り込ませ、豪快にスイングした。一度に三つの棘が軌道を変えてゴールに叩き込まれていく。
 棘の軌道を強引に変化させてシュートに変えることは、ルールでは禁止されていない。ボールに比べて小さく、弾速もボールスピードを遙かに超えている。それをスティックで弾いてゴールに入れるというのは馬鹿馬鹿しい上にリスクに対するリターンが小さすぎる。危険を冒して手に入るのは数点ほどだ。
 だが、小さくても得点は得点だ。
 それに、この成功がもたらす影響は攻撃だけに留まらない。

「前半のデータと過去の試合映像の数々から解析はほぼ完了した。あとは『勘』で微調整すれば――」

 【サイバーカラテ道場】はその真価を発揮できる。
 失敗と苦境はより効率的な成果を生み出すための材料でしかない。
 多くのフィードバックが、前進のためのエネルギーとなる。
 ラフディ側のシュートが地面で炸裂し、後衛に襲いかかる。
 しかし、もう棘が彼らを貫くことは無い。
 【弾道予報】は既にラフディーボールを見切っている。

 ボールの軌道、弾け飛ぶ棘の軌道、そして更に棘を弾いた際に飛んでいく軌道。
 それらの情報を元にして【サイバーカラテ道場】がユーザーたちの動きを制御。
 正確にダメージを防ぎ、ゴールへのルートを塞いでいく。

 劣勢が覆ったわけではない。
 それでも一方的な状況が改善され、ラフディ側の勢いが衰えていく。
 そして遂に、あちらの前衛が放った九点シュートがぼろぼろの牙猪(チリアット)によって綺麗に受け止められてしまう。反攻に転じる為のロングパスがフィールドを縦に切り裂いていった。

 受け取ったアルマがそのままシュートを放ち、三点を決める。そこに駆けつけていた銃士(カルカブリーナ)と俺が何も無い方向に飛んだ棘を弾いて二点を追加。
 直接ゴールにボールを投げ入れる九点シュートは本来至難であり、ゼドやルバーブのような芸当はそうはできない。

 だが研鑚を積めばアルマのように安定して三点を入れることは可能だし、堅実に積み上げた三点に追加で一点二点と重ねていけばその差は馬鹿に出来なくなる。
 棘を弾くという【弾道予報】の力は攻防に強い影響力を及ぼしていた。
 早い話、これは多少狙いが甘くても修正が効くと言う事だ。

 カーインが無理な体勢から放ったシュートがゴール前で炸裂するが、棘はいずれもゴールに向かう軌道をとってはいない。そこに俺が駆け込んで棘の一つを強引にゴールへと叩き込む。

 本来なら失敗に終わっていた筈のシュートを僅かな得点に変える。
 これが積み重なればどうなるか。
 埋まりかけていた両チームの得点差が、再び開き始めていた。
 逃げ切ろうとするガロアンディアンと、猛烈に追い上げるラフディ。

 消耗度ではこちらが圧倒的に不利。
 だが同時に【弾道予報】という要素はあちらには無いこちらだけのアドバンテージだ。サイバーカラテとは半ば独立した『弾道学』という『杖』呪術分野。
 銃士でもあるトリシューラが再現した異界の技術、その生まれ変わり。
 過去から亡霊として甦ったのは、六王たち再生者だけではないのだ。

 猛烈に追い上げてくるルバーブたち。
 そうはさせまいと踏み留まる俺たち。
 残り百秒を切った時点で差はたったの二点。十分に覆りうる点差だ。
 ボールを保持した俺は逃げ切るべくフィールドを駆けていくが、そこにルバーブが襲いかかる。もう何度目になるかもわからない激突。

 この瞬間だけ、ラフディーボールは長物による試合に変化する。
 相手を打ち倒す為の槍術、棒術として力と技を競い合う武芸の世界がフィールドを染め上げていく。腰を落とし、相手の力の流れを読んで弾き、受け流し、反撃に繋げるべく前に踏み出す。

 だが、それは間違いだ。
 こうした激しいブロックが行えるのはボールを持っている相手にだけ。
 結局このラフディーボールの主役はボールに他ならない。
 突きや払いで攻めるか、弾きや回避で受けるか、足を踏み出してどの位置に移動するか、敵のヘルプは迫っていないか、味方の動きはどうか。

 流動的な戦場の状況を把握しての駆け引きは戦場さながら。
 だが、俺はルバーブが持ち得ない選択肢を持っている。
 ボールを投げることができるのだ。
 ブロックするルバーブはこの時選択を強いられる。

 俺の動きがフェイクで、実際はそのまま突破することを狙っているのか。
 それとも本当にパスなのか。
 逆もまた然りだ。
 『そのまま棒を打ち合わせて戦おうとする』というフェイクが有効になる。

 ――【七色表情筋トレーニング】起動。

 ルバーブの目を睨み付け、戦意を剥き出しにした顔で俺は挑むように笑った。ルバーブが試合前に見せたような獰猛な表情。お互いの武を比べ合おうという意思の表明。ルバーブの瞳の中でかっと炎が燃え上がり、鋭い突きが繰り出される。

 そして、反則ファウルを告げる角笛が鳴らされた。
 それと分からないように頭の後ろに網を隠して背後のグレンデルヒにボールをパスしていた俺の身体にルバーブが突きを直撃させたからだ。
 凄まじい一撃に俺は吹き飛ばされ、同時にルバーブが一発退場を申し渡される。

 愕然とした表情のルバーブに対して湧き上がった強い罪悪感と後悔を凍結させ、俺は晴れやかな気分で作戦の成功を喜んだ。
 チームの柱を失ったラフディはそのまま総崩れとなり、カーインが見事に九点シュートを決めてみせると同時に試合が終了となった。

 最終的な点差は十一点。
 ガロアンディアン対ラフディの試合は、ガロアンディアン側の勝利に終わった。
 異様なほど波乱の無いまま。
 弱いはずのチームが勝つという不自然な結果だけが、不気味なほど静まりかえった試合会場に浸透していく。

 そして。
 会場のどこかで、誰かが『十一点差であること』を喜んだ。
 同じように、この特に意味が無いように思える点差に対して歓喜の声と、悔しがるような声が上がる。『勝った』とか『負けた』という叫びは試合内容に関してというよりも、もっと別のことを意味しているように思えた。

「これってさ」「賭博でしょ?」「日本語でなんていったっけ」「八百長じゃねえの?」「買収ってこと?」「やらせかよ」「元々そういう取り決めだったとか?」「神聖な試合でなんという」「そうだそうだ、卑劣ながらくたトリシューラを許すなー!」「あんなのよりずっと綺麗で素敵なレッテがいるラフディが正しいに決まってるよ!」「ふざけんな!」「偉大なる球神への奉納儀礼を何と心得る!」「金返せ!」「最後のガロアンディアンのプレイ男らしくなかったよねー」「勝負から逃げるとかあいつ最悪」「まあるいドルネスタンルフの裁きあれ!」

 広がるざわめきは次第にブーイングに変わっていく。
 空気が、世界ごと変質していく。
 敵意は選手をはじめとしたチームに、更には所属する勢力そのものに対する敵意へと変化していく。

 楽しい試合観戦というイベントによって一体となっていた雰囲気が、真っ二つに引き裂かれていく。対立する勢力が閉鎖空間に押し込まれ、爆発寸前の緊張が空気を加熱していく。膨れあがる疑惑、猜疑、敵意、そして――

 ラフディーボールという血塗れになることが当たり前の競技によって感覚が暴力に順応していた観客たちの一人が、対立する勢力に向かって個人的な罵声を浴びせる。最初は言葉の暴力。そこから手が出るまでそう長い時間は必要無い。
 どちらが先だったか、など論ずるのは馬鹿馬鹿しい。
 いずれにせよ、それは起きてしまった。

 トリシューラは試合に勝った場合と負けた場合の両方を想定して『ガロアンディアンが最終的に勝利するシナリオ』を組み立てていた。
 だが、この展開は全くの予想外だった。
 あまりにも急激で、それでいて極端すぎる。
 観客たちはまるで何者かによって操られるかのように暴徒と化した。

 予定調和の結末。
 平和的な解決など到底望めるはずもなく、愉快なエンターテインメントとしての球技大会は完全に破綻した。
 そして、暴力と騒乱に満ちた新たな娯楽が幕を上げる。





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