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幻想再帰のアリュージョニスト 作者:最近

第4章 傷つけるのはハートだけ、口づけるのは頬にだけ

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4-27 ラフディボール(前半)



 マラードの佇まいは単純に美しかった。彫像の容貌、細く長い指、白亜の肌。目と口元は妖しく、足を踏み出すだけで艶のようなものが醸し出される。喉が震えれば背筋を撫でるような低音が歌うように響く。

 纏う衣服は古めかしいが、それがかえって一風変わった魅力を彼に与えていた。
 先が広がった袖は肩口で切り離されて紐で綴り合わせるつくりで、薄い生地と肩の隙間から無防備な肌が覗いていた。円形を基調とした華やかな刺繍は呪的な紋様としての力を発揮して王の全身を災いから守っている。滑らかな肌を誇示するかのように胸元は大きく開き、艶めく長い髪には藍色の飾り紐が巻き付いていた。

「どうかな、我がラフディの国立競技場は」

 美貌の王の背後に楕円体の建物が見える。
 両手を大きく広げたマラードはまるで横長の擂り鉢を抱えているかのようだった。遠近感を考慮しなければ、という但し書き付きだが。

 第五階層の創造能力を駆使したとはいえ、ここまでのものを短期間で仕上げるというのは仕事としては異常に早い。着工から竣工まで一瞬というのが第五階層の常識だが、リソースとして必要な物質創造能力を複数の住民から集めたり、正確な図面を引いたり、土地を用意してならしたりといった様々な準備にはどうしても時間がかかる。トリシューラでさえ巡槍艦を最初に完成させるまで半年は必要としたのだ。大地の民が優れた建築ノウハウを有していることがうかがえた。

(それだけじゃないよ、アキラくん。この競技場、擂り鉢状の下半分は大地を操る土木建築系の呪術で造られたもので、上半分の開閉式天井なんかは第五階層の創造能力で造られたものなんだ。両方の機能と設計がきちんと噛み合ってて、且つ呪力コスト削減にもなってる)

 ちびシューラが感嘆する。
 第五階層では箱型の建造物が主流である。
 流線形のものを構築しようとすると、どうしても無数のブロックを寄せ集めたような粗さが出てしまうからだ。巡槍艦のような形にするためには繊細さや器用さといった技術が必要になる。球形ならば尚のこと難易度が高い。

 こうしたノウハウはトリシューラがある程度公開しているのだが、それを実践するためにはある種の専門知識が必要になるらしく、『美しい建物』が爆発的に増えることはなかった。かわりにその方面のスキルを有する者は重用されるようになっており、第五階層独特の『建築家』は仕事として成立するようになっていた。

 それを踏まえて眼前の競技場を評価すると『見事だが異質』となる。
 第五階層で常識とされているデジタル建築でも、古典的で物理的なアナログ建築でもない。その両方を高いレベルで融合させたのがラフディのやり方だった。
 マラードは心持ち顎を持ち上げて、自慢げにこちらを見た。

「配下に命じて裏面から資材を調達させたりもしたのだよ。どうせなら、すぐに消える儚い『つくりもの』より、いつまでも形として残る『確かなもの』を築いてみようと思ってね。華やかで記念すべき催し事が行われるのであれば、なおさらこうしたことにはこだわるべきだ」

 確かに、こちらが用意した仮設の競技場はどれもいつでも建てたり壊したりできる幻のようなものだ。世界槍という柔らかい小宇宙は、子供たちが遊ぶ砂場にも似ている。マラードはそれを儚いと言う。そしてより硬い石や木材、金属や樹脂などを駆使して壊れにくい『砂の城』を作り上げて見せた。

「我々は土の中を掘るだけが能というわけではない。時には森林に分け入り、木々を伐採して建材とすることも必要だったからな。かつてラフディの貧民たちは日銭を稼ぐ為に木こりとなり、職人たちにこき使われてきたものだが、俺の代でそれは改められた――正確には再生者となってからだがな」

 聞けば、死人の森では木こりは聖なる職業であり、社会的地位が高いらしい。
 かの森に多く見られる糸杉は、【女王】の加護を宿す神聖にして穢れた樹木だとされているのだという。ラフディでは木こりたちは大工たちに見下され、扱き使われてきた。そうした悪習は【死人の森】に組み込まれてからは無くなったのだ。

「我が国は滅んだ――だがラフディの絶頂期はむしろ死後に到来したのだと、俺は信じている。愛しきセレス姫に導かれて【死人の森】に包まれたあの時代こそが黄金時代。そしてこれから、長き時を超えて絶頂期の続きが始まるだろう」

 マラードは、対峙する俺とトリシューラを真正面から見据えて言った。
 瞳に闘志を燃やし、美貌に浮かんだ笑みは荒々しくもどこか優雅で美しい。
 そしてそれが、真の意味での宣戦布告となった。

「そう――国の威信を懸けたこの伝統の一戦で、雌雄を決するのだ」

 再生者との殺し合いは不毛だ。
 同様に、彼らもきっと物言わぬ機械との戦いに精神的な圧迫感を感じているであろうことは想像に難くない。サイバーカラテ道場による感情制御の方法はあちらにも伝わっているはずだが、飽きや厭気などを孕んだ『雰囲気』が蔓延することは避けられない。そうでなくても、他の勢力と対峙しなくてはならないことを考えれば目の前の敵にいつまでもかかずらっている暇はない。

(問題はアルトが他勢力の殲滅じゃなくて制圧後の同化吸収を目論んでること。だからシューラたちも、今はガロアンディアンの理念である『共生』を目指す方針をとらざるをえない。シューラとしても戦力は欲しいし、こういう『ぬるい』戦いで決着をつけるのもアリかなって。ラフディはまだ話が通じる勢力だしね)

 第五階層という盤面にひしめく複数の勢力は、元々は【死人の森】という巨大な王国の傘下にあった。なら、最終的にコルセスカとブウテトを取り戻せば制圧して捕虜にした六王たちを自軍に加えることができるかもしれない。
 戦いが長引けば長引くほど食糧や燃料、弾薬といった物資が枯渇していく。そうなれば俺たちの敗北は確定してしまう。

 このようなイベントで戦いを強引に決着させるというのはそこそこ理に適った選択ではあるのだ。誤算は相手が簡単に乗ってきてくれたこと。餌や誘いなどを準備していたのだが。

(あっちにも何か思惑があるのかな。ちょっと心配だけど、とりあえずアキラくんは目の前の試合に集中してね)

 心の中で響く声に無言で応じて、俺は競技場の中へと足を踏み入れた。
 控え室で着替えた後、トリシューラが出場選手を集めてミーティングを行う。
 相手チームはラフディが揃えた精鋭たち。本来なら即席の素人チームが太刀打ちできるはずもない。サイバーカラテ道場が無ければの話だが。

 控え室から出て競技場へと向かう。
 競技場に向かう通路は冬の空気で満たされている。
 にもかかわらず、俺の肌は熱を感じていた。
 呪物である鋼鉄と氷の肌が雰囲気を温度として知覚しているのだろうか。

 通路を抜けた。光と音が荒れ狂うノイズとなって押し寄せる。
 途切れることのない凄まじい音の雨を全身に浴びながら、俺たちはトリシューラに先導されて人工芝が敷き詰められたフィールドに向かって歩いていく。反対側に見えるのはマラードに率いられたラフディ側の選手たちだ。白線で区切られた細長い楕円形の中央、円形の模様に両側から近付いていく。

 客席に詰め込まれた大量の人、その下の幻影掲示板に表示される様々なスポンサーの広告、実況や解説、応援や罵声、その他無数の情報が渾然一体となって巨大な熱を生み出しているのだった。

 ラフディーボールの規定人数である九人の選手が整然と並ぶ。
 試合には参加しないが、監督として采配を振るう両勢力の代表が向かい合った。
 マラードが右手で窪みを作って何かを掬うように前に差し出すと、トリシューラは逆に右手を覆い被せるようにして乗せた。二人の手が架空の球体を作り出す。

 ラフディ式の握手、つまりは友好の証だろう。
 敵対関係であっても、いまこの時は礼節を持って向かい合う必要がある。
 マラードは柔らかく微笑すると、観客に向けて挨拶を行う。トリシューラが言葉を引き継ぎ、両勢力の友好の為にこの親善試合を行うことを説明した。

 観客向けのアピールであり、実態は疑似的な戦争でしかないのだが。
 マラードの笑顔からは邪気や裏といったものが感じられない。
 彼はきっと、正々堂々と戦って勝利するつもりなのだろう。そうした無邪気さがこの王の美質だ。美貌の王は心根まで美しい。彼が邪悪を為すとすれば、それは無邪気さや無知さゆえに違いないと思えた。時に、無垢な子供が残酷であるように。

 開会の式辞、試合開始の宣言、そうした手順が段取り通りに滞りなく行われたが、一つ予定に無い出来事が起きた。
 マラードが試合の前に国歌を歌うべきだと言い出したのだ。
 唐突な提案だった。ガロアンディアン側は何の準備もしていない。というか、そもそも国歌というものが存在しない。

(国歌斉唱――使い魔間で呪力を高め合わせる呪文だね。歌詞によって王の権威を高めたり、集団の結束を強固にしたり、国土の領域を定義したりと色々できるけど――ラフディの国家は球神を讃えて加護を強化するタイプみたい)

 ちびシューラは解説しながら首を傾げた。
 こうした『国歌』の使い方は近世に入ってからのもので、古代の王が使うのは少々奇妙な感じがするということだった。

(誰かの入れ知恵かな)

 予定された進行とは違う展開。
 不穏さが漂う中、こちらの困惑などお構いなしに相手チームの九人、それから客席の過半数を占める大地の民たちが一斉に歌い始めた。
 独特な抑揚の歌声が高く低く響き、一定の間隔で同じフレーズを繰り返す。
 周期的なエキゾチックさに驚いていると、それに合わせるようにして選手たちが回転しはじめる。歌いながら舞い踊る彼らは王の周囲で円弧を描いた。

 チームのリーダーらしきルバーブが跪き、何かをマラードから受け取っている。
 パイプだ。王から預かった筒状の喫煙具は濛々と煙を立ち上らせており、試合に臨む選手たちは一人ずつ順番にパイプを『回し飲み』していく。
 そして、最後に男たちは王であるマラードに向かって一斉に煙を吐き出した。
 パイプから立ち上る煙がマラードにまとわりつき、彼の姿を覆い隠す。

 煙草の煙を目上の相手に吹きかけるなど、俺の感覚では非礼極まりない。だが、恐らく彼らの文化では違うのだろう。試合前に歌い、踊り、煙草を吸うことこそがラフディにおける最上級の儀礼的な行為であり、呪術的な儀式なのだ。

 しばし、そうした光景に圧倒されていた。スポーツというものは、古代においては呪術儀式の一つだったのだ。少なくとも、ラフディ人にとってラフディーボールという競技は『聖なるもの』に他ならない。

 厳粛な雰囲気での儀式が済むと、ラフディの視線がこちらに向いた。
 それらしい国歌や儀式など何も無いが、何かを求められている雰囲気だ。こうなったらサイバーカラテ道場を駆使して演武でも何でもやってやれと思ったその時、ちびシューラが鋭くその行動を諫めた。

(アキラくん、止めよう。こっちはそういうの無し。この流れ、相手の土俵に乗せられてる気がする。シューラね、なんとなく『青い糸』が見える気がするよ)

 女王の決定により、こちらの国歌斉唱などは無しとなった。
 相手チームはあからさまに拍子抜けした様子で、客席からもブーイングが飛んでいる。非対称な空気を感じながら、二つのチームは互いに整列して向かい合った。
 九対九。互いに手を差し出し、それぞれに球形を作る独特な握手を行う。
 眼前の選手と目があった。胴や肩、関節部を覆う皮鎧プロテクターを身につけたルバーブが、「よろしくお願いする」と言って目礼した。

「よろしくお願いします」

 面白みの無い返し。だが、俺の本心はその言葉の中にあったと思う。
 正面からこの男と競い合える機会を、何処かで待ち望んでいた。
 マラードは武人ではない。己を鍛え、他者と拳を交わして勝利を目指す競技者ではない――ラフディにおけるその役割はルバーブが担っている。一見して小柄で丸いあんこ型の男は、他の六王に比肩するほどの達人だ。

 こちらも合成皮革のプロテクターを確認し、頭部を顔の前面ごと覆うヘルメットを着用する。外から見ると視界が狭そうだが、外側の光景を内部に映し出している為にほぼ何も被っていないかのような感覚でいられる。

 九人はそれぞれ先端に丸い網籠の付いたスティックを持って試合に臨む。
 ラフディーボールは、このスティックで九つの棘が付いた樹脂製のボールを奪い合い、敵陣のゴールに叩き込むという単純なルールである。

(現代のラフディーボールはスポーツとしてのルールが整備されているんだけど、古代では球神との繋がりを深める儀式だったり、戦士や神官たちが争いを解決する為の手段だったりしたものだったんだ。だからルールも結構雑というか荒っぽいんだよね。今回は古代ラフディのやり方に合わせるから、くれぐれも死なないでね)

 ちびシューラの忠告は、古代のラフディーボールが死者が出かねないスポーツであることを意味していた。あちらとしては死んでも『神の御意思』であり『再生者にしてやる』だけなので、より『事故死させること』への敷居は低いだろう。多少どころではなく荒っぽいプレイングをされることを覚悟しなくてはならない。

 チームは九人編制。ポジションは腕の長さほどの短いスティックを持って攻撃を担当する前衛、中盤でのゲームメイクや攻守両方を担当する中衛、前衛の倍は長いスティックで守備を担当する後衛のそれぞれ三人ずつ。中衛は作戦や状況によって長短のスティックを使い分ける。ゴールキーパーという概念は無いが、後衛三人のうち誰かを円形のゴール前に配置するのが普通だ。

 フィールドの広さはだいたい縦が百メートル、横が五十メートルといったところだ。この世界で一般的な身体尺フィーテ換算でどの位かは忘れた。多分大した差は無いだろう。

 その他、フィールドを二分する線を前衛と後衛は超えてはならないとか、交代は自由だとか、反則ファウルは三つ累積すると退場となりそのチームは人数が少ない状態でプレイしなければならないとか、どこかで聞いたよう感じのルールなので直感的にはわかりやすい。

 その中で驚かされたルールは三つだった。
 一つ目は場外に出たボールはその時ボールに最も近かったプレイヤーのいるチームに渡されるというもの。このため、どのような状況でも両チームが激しくボールを追いかけ続けるということだ。

 二つ目はボールの性質だ。九つの棘は一種の呪的な手榴弾であり、地面に強く叩きつけると地脈と反応して炸裂し、周囲に棘を撒き散らす。球技として形になる以前は狩猟や戦争に用いられていた呪具であり、これには殺傷力がある。

 重要なのは、ゴールに入った時に得点をもたらすのはこの棘だということ。
 ボールをゴールに入れれば九点が入るが、ゴールの外側で地面に叩きつけて炸裂させても数点が入る可能性があるということだ。

 放射状に飛び散る為に得点はせいぜい一点から三点程度が精々ということらしいが、決して無視できる点数ではない。また棘が身体に刺されば当然だが手傷を負う。一応、故意に相手にぶつけようとするのは『あまり望ましくない』程度には敬遠されているようだが、逆に言えばシュートの意思があれば守備側が巻き添えで負傷しても構わないということだ。正気ではない。 

 三つ目。二つ目も大概おかしいが、こちらはもっとどうかしている。
 ボールを保持しているプレイヤーとこぼれ球の近くにいるプレイヤーに対しては、スティックでの強い妨害やタックルなどが許可されている。
 こう言うと、二つ目に比べればまだ普通のスポーツという感じがする。
 だが『強い妨害』の具体的な内容を実際のラフディーボールの映像を見て知った俺はこの競技を球技であると考えることを止めた。

 俺が想像していた『強い当たり』というのはスティックで相手のプロテクターを抑え付けたり、スティックやグローブを叩いたり、肩からタックルして相手の動きを妨げたりといったものだった。
 違った。あれは何というか――

「珍しく、肩に力が入っているようだが?」

 上手い形容が思いつけないでいると、背後から声がかかった。
 振り返ると余裕に満ちた態度のカーインがいた。長身に軽鎧のようなプロテクターがよく嵌っている。苛つくんだか頼もしいんだかわからない。
 こういう態度で周囲に与える印象を操作するのはこの男の得意技だった。

「仕方無いだろう。素人が熟練した選手に挑んで勝とうっていうんだから」

「それなら安心したまえ。我々の中でラフディーボールの経験がないのは君くらいのものだ。技術的な巧拙はあるだろうが、動き方がわからず何も出来ない、ということは無いはずだ」

 そうなのだった。
 どうやらラフディーボールというスポーツ、この世界では結構なメジャースポーツらしい。はっきり言って気が狂っているとしか思えないが、流石に標準的な国際ルールでは危険が無いように様々なルールが定められているとのこと。今回は古代の伝統を優先したに過ぎない。

「ちなみに『下』のジャッフハリムやディスカレイリーグでは文化保護の為に古代ラフディーボールが荒々しい形のまま保全されている。私も『お山』で修行の一環としてやらされたことがあってな。それなりに修羅場は潜ってきている」

「へえ。そういやお前の所の流派は杖や棍なんかの器械も扱うんだったか」

「ああ。このスティック程度の長さの短槍を使う者もいる。これでも同世代では二番手くらいの位置にはいたものだ」

 そう言って、カーインは腕の長さほどの網付き棒を示してみせた。
 武術の流派や文化圏によって『短槍』の長さはまちまちだが、カーインが言っているのは一メートルと少しの穂付きの棍と言って良いようなサイズの槍のことだ。
 閉所での取り回しの良さ以上に、盾と併用したり、二つ持って運用したりといった使い方ができるのが長槍に対する利点のようだ。

 俺も別にカーインの動きに不安を抱いているわけではない。安心して背番号一番の前衛を任せられるというものだ。ヘマをしたらベンチで応援しているレオの笑顔が曇るだろうし、失敗などできないだろう。

 その他、ラフディーボール経験があるらしい『マレブランケ』の四人にも問題は無い。俺と『サイバーカラテ道場』によって連携した動きをする以上、彼らの存在は必須といえる。

 それよりも、俺の精神をかき乱しているのは、試合がもう始まろうとしているというのに何故か険悪な空気を発生させて味方同士でいがみ合っている三人の存在である。はっきり言って不安しかない。

「ここは戦士が競い合う栄光の殿堂だ、薄汚いこそ泥風情の居場所は無いぞ。そら、お帰りはあちらだ」

「誰かと思えば、みすぼらしい人形に入り込んだものだな。負け犬にはお似合いだがな。戦士がどうこう以前に」

「ていうかどっちもうざいから死んでいいよ♪」

 グレンデルヒ、ゼド、そしてアルマ。
 助っ人としてトリシューラが呼んだこの三人、途轍もなく仲が悪い。
 四英雄とその仲間ということで、身体能力に関しては不安は無いし頼りになるはずなのだが、どうしてこうなった。

 グレンデルヒがいるのはトリシューラが憑依用の機械の身体を用意したからで、ゼドは報酬を用意して雇ったため、アルマは怪我が治ったからとそれぞれ事情が異なるが、一応同じチームなのだから協調する素振りくらい見せて欲しい。
 うんざりしていると、視線を感じたのかこちらを向く三人。

「――報酬の半分、確かにミアスカの口座に振り込まれていることを確認した。約束通り、傭兵として協力させてもらおう」

 金で雇われた助っ人は、そう言ってテンガロンハットを被り直した。いや、試合用のヘルメット被れよと言いたくなる。
 盗賊王ゼド。学生時代はダーツ部とラフディーボール部を掛け持ちしていたとかいう話だが、陰気そうな顔を見ていても頼りになる感じはあまりしない。まあ四英雄だし、投擲能力は四英雄随一という話だし、前衛として三番の背番号を任せておくとしよう。

「狙った的は外さん。シューターとしての仕事は報酬の分だけする。どこかの苛つく道化に命中させてしまったとしたらそれはわざとだ。安心してくれ」

「安心できねえよ」

 どうやら道化グレンデルヒとの仲は極めて悪いようだ。
 まあ無理も無い。ゼドを馬鹿にしきった目で見下している蓬髪の壮年男性の態度も相当なものである。

「設定上はラフディーボールのトルクルトア代表であるこの私が力を貸してやるというのだ。精々貴様ら雑兵は邪魔にならないようにぶっ」

 グレンデルヒの顔面にグローブの裏拳が命中し、不遜な言葉が強制的に中断させられた。笑顔のアルマはそのまま網棒でグレンデルヒの首を地面に押しつけ、ゼドの頭部を鷲掴みにして凄まじい力を加えている。嫌な音が聞こえているのだが、まさか潰れたりはしないよな?

「この間は迷惑かけちゃってごめんね。コアちゃんを助ける為にも、借りはここで返すよ! ラフディーボールなら任せておいて、現代式も古式も両方いけるから」

 アルマはこの中では最も頼りになる助っ人だ。かつてはアマチュアリーグで名を馳せた名選手で、プロ入りのオファーを蹴って探索者になったのだとか。カーインと並ぶほどの長身が心強く見えた。ちなみにラフディーボールでは男女を分けない。チーム全体の体重で階級が分けられるのが普通で、これは種族差が激しいこの世界ならではの措置らしいが、今回は無差別級とのこと。ラフディ側のチームにも女性がいるが、何かえらく巨大だし酸性の液体を吐いてるし男女がどうこうとか考えていたら間違い無く痛い目を見る。

「サリアちゃんもいればもっと心強かったんだけどね。攻撃的中衛として全国レベルの動きができるから」

「そういやサリアって人は今なにしてるんだ?」

「んー、よくあるんだよね、黙ってどっか行っちゃうこと。多分、余計な情報を周りに知らせると未来がぶれちゃうからだと思うけど。それか、私に相談して失敗した回があったのかな」

(ああ、周回ループ中ってことかな? スキリシアに行ったってことは、あそこを起点にして何かやばいことが起きるのかな――まあセスカの【氷弓】があるなら任せても大丈夫だろうけど)

 ちびシューラが納得しているが、俺には何が何やらよくわからない。
 そんなやり取りをしている間に試合開始時間が迫っていた。



 各々配置について試合開始を待つ。両チーム、中衛一人が中央のサークルに入っていくことを許されている。
 ガロアンディアン側は背中に五番を背負う俺が、ラフディ側は同じ番号のルバーブがその役目を担う。試合開始直後の展開を決めるのは俺たち二人だ。

 ヘルメット越しに、視線が絡み合った。
 無言のまま時間が経過していく。
 試合時間は前半と後半に分かれており、共に1,800秒(三十分)。
 つまり合計で3,600秒(一時間)だ。
 しかし、俺にはルバーブと睨み合う時間がそれよりも長く感じられた。気付けば頬を冷たい汗が滴り落ちている。まだ何も始まっていないというのにだ。

 俺たちは網棒を前に出し、その間に審判が棘球を挟む。
 両チームに挟まれたボールは緊張状態の中でいまにも破裂しそうに見えた。
 しばしの静寂。
 角笛の音が響くと同時、拮抗していた力が一瞬で解放される。
 挟まれたボールが弾き飛ばされた。

 完全にパワー負けしていた。ルバーブが俺のスティックを押しのけてボールを狙い通りに弾く。既に軌道上に滑り込んでいた相手側の二番フォワードはボールを受け取ると、網の中に収まったボールを揺らしながら保持して疾走する。

 スティックを上下に動かして遠心力を生み、ボールを安定させているのだ。
 頭部より後ろで行われている為、ディフェンスに入った七番こと蠍尾(マラコーダ)も簡単にボールを奪うことができない。そのままもう一人のフォワードにショートパスすると、中衛ミッドフィールダーと連携しながら一気に切り込んでいく。電撃的な疾走をしながらゴール前へ。

 地面に突き立った棒の上に取り付けられた円形のゴールは大人が両手を広げたほどもある。しかし前に立って守っているのはこれまた横幅の大きい九番、牙猪(チリアット)である。そう易々とシュートは決められないはずだ。

 その予想は次の瞬間容易く裏切られる。
 ラフディの三番フォワードは即座にシュートを放った。
 ただし、狙うのはゴールではない。ゴールと牙猪(チリアット)の少し手前にあるフィールドの地面に向かってシュートしたのだ。

 動画で何度も見たが、これがラフディーボール特有のシュートだ。
 正面からゴールを狙う直接シュートではなく、棘を炸裂させての間接シュート。
 まずは入るかどうかわからない九点よりも防ぎにくい一点から三点を狙いに行くという堅実な立ち上げだった。

 流れが相手に傾く、そう誰もが思ったその時、一人の男が走り込んできた。
 いつの間にか後退してマークを振り切っていた中衛の六番、グレンデルヒだ。
 男の膝が曲がり、腰が沈んでいく。低い重心を保ったままスティックを地面と平行に滑らせるようにして前へ。地面に激突して弾け飛ぶ寸前のボールをふわりと掬い上げると、そのままの勢いで投擲した。

 空高く、放物線を描いて跳んでいくロングパス。
 敵陣の左サイドを駆け抜けていくのは四番ミッドフィールダーであるアルマ。頭上からのボールを受け取ろうとするが、相手チームの中衛に激しくプレッシャーをかけられている。その上、相手は二メートル近い巨漢だった。上から押さえつけられたアルマは前を相手チームに許してしまう。

 と、今まで激しくプレッシャーをかけていたラフディ側四番ががくりとふらつく。いつの間にか、力が行き場を失っていた。
 急激に反転して相手の力をいなし、チェックから抜け出たアルマは高々と跳躍。ロングパスを受け取って走り出す。そこから一瞬で逆サイドから中央へと走り込んでいた三番フォワードに向かってパスを放つ。

 テンガロンハットを被った三番ことゼドはボールを軽やかに受け止め、耳の後ろで保持――しなかった。
 腕の振りすら霞んで見えなくなるほどのスピード。
 ラフディの後衛ディフェンスの顔の真横を抜けてゴールの円に突き刺さったボールが、そのまま地面に突き刺さって大量の棘を撒き散らす。

 角笛が鳴らされて、ガロアンディアンが九点を先取したことが告げられる。
 盛大に沸く会場。
 四英雄二人の名を叫んで熱狂する『上』の住人たち。そしてそれに匹敵するほど激しく連呼されるアルマの名。こちらは何故か女性の声が中心だった。

 完璧な防御からの一瞬の反撃。
 試合前は不安だったが、何だかんだ言っても彼らは地上有数のフィジカルの持ち主だ。球技であろうとそのパフォーマンスは十全に発揮される。
 シュートを決めたゼドがアシストしたアルマに向かって陰気な顔でふっと笑い、片手を上げる。アルマは無視して自分の守備位置に小走りに駆けていった。肩を落とすゼド。本当にこいつら仲悪いな。

 新しいボールが用意され、今度はラフディ側のボールで試合再開となる。
 当然と言うべきか、アルマたち三人へのマークはかなり激しいものとなった。
 ボールを保持していない相手への攻撃は禁止されているが、それでもスティックでプレッシャーをかけたりユニフォームやプロテクターを掴んで引っ張る程度のことでいちいちファウルなど取られない。

 相手の後衛から中衛へとボールが渡り、ルバーブが中央から右サイドに向かって攻めていく。ルバーブは俺のマークをあっさりと抜いて風のように駆け抜けていった。警戒されて徹底的にマークされているグレンデルヒの横を突破されれば一気にゴールまで攻め込まれてしまう。そうはさせじとハーフラインの手前まで出てきていた七番ディフェンス蠍尾(マラコーダ)が立ち塞がるが、ルバーブは素早くラフディの二番フォワードにパスを出すと蠍尾(マラコーダ)を躱して走る。チェックされた二番がルバーブにパスを返す。

 パスの軌道とルバーブの疾走が三角形の軌道をフィールドに描いていくのを、俺の視界は明瞭に予想していた。
 アプリケーションは正常に起動中。架空の予測線がボールと選手の進行方向を示し、最も蓋然性の高い未来を提示。それに対して最適な結果が選択肢として提示される。優先度の高い『監督シューラのオススメ選択肢』に従って全身が動き、俺はパスの軌道上にスティックの網を『置いた』。

 そうなるのが自然であるかのように、相手の前衛は俺に対してパスを出していた。未来を予測して動けば、このような横取り(インターセプト)も可能になる。
 相手チームのデータはまだ不充分だが、今の試合の流れは定石にある基本的なプレイであった為に対応できた。今後ラフディ側のデータを集めれば集めるほど予測精度は上昇するだろう。

 スティックを振りながらボールを保持して反撃に移ろうとする。
 と、その時だった。視界をアラート表示が赤く染め上げる。
 凄まじい重圧が前から押し寄せ、俺は咄嗟に飛び退った。
 直後、暴風を伴って目の前を抜けていくスティックの柄。

 明らかに頭部を狙った打撃。しかし角笛が鳴ることは無い。
 俺がボールを保持しているからだ。
 ルバーブがスティックを槍、あるいは棍のように持って激しく突きかかる。狙いは肩、脇、首などいずれもプロテクターで防御されていない箇所である。
 当然だろう、防御の厚い部分に攻撃を加えても仕方が無い。
 戦場では、装甲の薄い部分を狙うのが鉄則である。

 こちらの首を貫通させる勢いで突き出された刺突を回避。ルバーブの真横を抜けて右側へ走る。刺突は放った直後に最大の隙が生じる。
 そこに、こちらの後衛を振り切った相手側の前衛が攻め込んで来た。
 俺は横にルバーブ、正面に前衛という敵を抱え込んでしまう。

 正面の前衛はスティックを引いて突きかかる構えだ。
 棒や杖、棍や槍などの長物が怖いのは薙ぎ払いの制圧力だ。
 空間を一瞬で支配する横の一撃は戦場において圧倒的なアドバンテージを生み出す。ルバーブの初撃も躱せなければ危険だった。

 だが複数人で一人を攻める時に得物を横に振る奴はいない。
 同士討ちの危険性があるからだ。
 ゆえに、戦場では集団で槍を使う時には突くのが基本となる。
 真上から打ち下ろすのも有効そうに思えるが、実際には軌道の関係上やや斜めになったりして味方の武器とぶつかったりするので突いた方がいい。振り下ろした後の立て直しや得物が長物であることを考えればなおさら突きが理想的だ。

 セオリー通り、相手は突いてきた。軌道はやや斜め、俺の右側を狙っている。
 スティックで弾いて前に出ようとした時、誘導されたことに気付いた。
 右側への突きは俺の動きを制限する為の檻だ。
 俺は横を抜けたはずのルバーブのいる方に閉じ込められていた。

 続くルバーブの激しいチェックに対して、俺は抵抗できなかった。
 わかっていても対処の出来ない力強い動きでボールを一気に奪われ、そのままルバーブはゴール前でシュートモーションに入る。手前の地面に向けて放たれたシュートが、無数の棘を炸裂させていった。

 弾けた棘のうちゴールに入ったのはたったの一本。
 にもかかわらず、こちらの被害は甚大だった。
 放射状に飛び散った鋭い棘が後衛の蠍尾(マラコーダ)牙猪(チリアット)の手足に突き刺さっていたのだ。

 偶然では無い。
 ゴールと相手への攻撃を同時に狙ったラフディーボール特有の高等プレイだ。
 このラフディーボールというスポーツは、ゴールにボールを叩き込んで得点を競い合う要素と同じくらい、ボール保持者への攻撃やシュートの余波によるダメージを相手チームに与えることが重視されている。

 鮮血が滴り落ち、フィールドに吸い込まれていく。
 ヘルメットの下のルバーブの顔が獰猛な笑みを作った。 

「どうした。まだまだ球神への供物には足りんぞ。もっと血を流せ。もっと血を流させろ。贄たる我らが闘争によって魂を捧げてこそ球神はお喜びになる」

 これは呪術だ。
 血の臭いがする異邦の儀式。古代の神に捧げられる闘争。
 現代的価値観から遙かに逆行していく。
 流血こそ誉れと叫ぶ荒々しい戦士と呪術師の宴。
 それこそがラフディーボール。

 実際の所、これは杖術や槍術、集団での戦闘を模した競技武術に近い。
 最初にちょっとラクロスっぽいのかな、と思った俺は恐らくラクロスに対して非礼を働いてしまったと思う。格闘技と称されるほど当たりの激しいスポーツと言えばラクロスと水球だが、そんなレベルですらなかった。

 この世界は槍が尊ばれる異世界だ。
 陸上競技においては槍投げが花形とされ、武術の基本は槍術とされる文化圏。
 ならばスティックを使った球技に槍術や棒術が取り入れられていても何もおかしな事はない。元の形が戦争やまじない、狩りにあるのならばなおさらだ。

 負傷は手痛い消耗だが、こちらにはろくに交代要員がいない。
 応急処置として治癒符を貼り付けて試合を強引に続行する。
 あちらの苛烈な攻撃に気圧されかけたが、まだ試合は始まったばかりだ。

 【弾道予報Ver2.1】起動。
 視界いっぱいに『Ballistics Predict』の文字が表示された。【サイバーカラテ道場】を通じて【マレブランケ】の四人もこの視界を共有している。ユーザー間で思考や動きを同期させて最速の連携を行う機能。これを使わない理由は無い。

 ラフディーボールが球技であり格闘技であり武術であるというのなら、それはサイバーカラテが包括しうる分野だ。
 ならばここからは【サイバーカラテ道場(シナモリアキラ)】が相手になろう。

「発勁用意!」

 自らを鼓舞するように叫んで、俺たちは駆け出した。


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