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幻想再帰のアリュージョニスト 作者:最近

第4章 傷つけるのはハートだけ、口づけるのは頬にだけ

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4-24 二人で



 ガロアンディアンは砂の城が波にさらわれるかのように崩れ落ちていった。
 所詮は砂上の楼閣でしかなかったのだと思い知らされる。
 それでも、あの時あと少しだけでも戦力が手元にあれば、コルセスカを攫われることは無かったのではないか。考えても仕方の無い事だが、そう思わずにはいられなかった。

 六王たちの争いによって崩壊していく市庁舎を中心とした一画で、俺たちは何一つできなかった。ヴァージルの放つ雷撃から逃れ、マラードが揺るがす大地に足を取られて転倒し、オルヴァが出現させた途方もなく巨大な口のようなものに襲われ、ただその場から撤退することで精一杯だった。

 アルトとカーティスの助力が無ければトリシューラの配下のうち一人か二人は失っていただろう。カーインとレオはセージが敵に回った上、『公社』そのものがイアテムの手に落ちたことで居場所を失っている。

 決定的な敗北。
 だが、今の俺たちには落ち込む余裕すら残されていなかった。
 北西区画の『港』に退避し、修理中の巡槍艦を一時的な拠点に定めようとした俺たちは、突如として正体不明の人形たちに襲撃された。

 状況から考えてラクルラール派の仕業だろう。
 幸いなことに性能そのものは大した事が無く、トリシューラが制御する戦闘用ドローンや巡槍艦の防衛システムによって蹴散らすことができたが、問題はそれが延々と湧き出してくること。明らかにこちらの消耗だけを狙っていた。

 襲撃は一晩中続き、その翌日も人形たちはどこからともなく現れ続けた。
 本体は姿を見せず、探知呪術の網にも引っかからない。
 カーティスは個人にして群体であるという性質を生かして人形を操っている術者を捜しに出ているが、一向に成果は上がらない。恐らく達人級の隠蔽技術を持っているのだと思われた。

 一方でアルトは旧『公社』ビル――今では奇怪な塔となったイアテムの居城に向かっていた。ラクルラールがコルセスカを連れてその内部に消えた瞬間を、監視ドローンの一機が確認していたのだ。だが、偵察だけという話のはずが未だに帰ってきていない上に報告すら無い。

「ごめんね、アキラくん」

 出し抜けに、トリシューラがそんなことを言い出した。
 巡槍艦底部から突きだした第三艦橋の中央に立つ俺の主は思い詰めたような表情でモニタをじっと見つめている。映し出されているのは戦場の光景。艦の外殻から迫り出した機銃が人形の群を砕いていく。無機質に、淡々と。それをまなざす緑色の瞳もまた心ここにあらずといった様子だった。

「私、セスカのこと助けられなかった。ガロアンディアンの女王として、この事態を防がなきゃ駄目だったのに。第五階層、いっぱいとられちゃったよ」

 視界隅のちびシューラもしゅんとなって塞ぎ込んでいる。
 メンテナンスをしたばかりだというのに、意識総体レベルが低下しているようにも見える。ガロアンディアンに起きた変化が影響しているのかもしれない。

中傷者(ファルファレロ)の暴走だって止められなかったし、女王として失格だよね。ごめん、こんな駄目な主人で」

「ファルのことは仕方無い。それよりどう救出するかを考えた方がいい」

「うん。ごめんね、頼りにならなくて」

 弱り切った声。これは思ったより重傷だ。
 六王たちの国号宣名によって、第五階層にはガロアンディアン以外の『王国』が出現している。これによって相対的に弱まったガロアンディアンの領土は縮小し、六王たちは空いた領域を奪っていった。

 更にあの後イアテムが自らの居城を第五階層のど真ん中に構築したらしく、ガロアンディアンの存在強度はますます低下している。
 問題はそれだけではない。アルトとカーティスの二人は「他の王たちに対抗する為に国号を宣名しただけでこちらと敵対するつもりはない」と言っていたが、正直油断ならないと思っている。

 コルセスカが攫われてしまった今、当然彼女の安否も気に掛かるが――本当の意味でトリシューラの味方になってやれる者はそう多くない。
 『公社』はレオとカーインを除けば軒並み離反したようだし、各地に散らばった配下や参加組織もトリシューラに従うことが利益に繋がると考えたからそうしていただけだ。状況が変われば生き残る為に他勢力に身を寄せるだろう。

 なら、実質的に戦力として数えられるのはトリシューラの手足とも言えるドローンなどを除けば、俺と【マレブランケ】のみ。レオとカーインは――セージのこともあるし、まだよくわからない。

 その上、ヴァージルによって第五階層を分割支配させていたちびシューラたちが掌握されたため、治安維持や防衛の為に配備していた強力な多脚歩行戦車や機械竜が使用不可能になっている。外部へ救援を請うにしても、ドラトリアはリールエルバの誘拐事件のせいでそれどころではないだろうし、この状況で下手に介入されても余計にガロアンディアンの立場が悪くなるだけだ。

 これはあくまでも内乱であり、トリシューラが独力で鎮圧できなければ『その程度の器』と見なされてしまうだけだ。ガロアンディアンの存在は『軽く』なり、トリシューラの呪力と共に零落していくことだろう。

「やっぱり、駄目だったのかな。私が一番見込みが無い末妹候補で、だから」

「そんなことは無い」

 トリシューラが望むままに否定を口にした。
 そのやりとりはひどく空虚ではあったが、たとえ形式でも今は『それらしさ』に縋ることしかできない。『女王』、『王国』、その全てが幼稚なままごとでしかないと誰かが嘲笑しても、俺たちは遊びを放棄するわけにはいかないのだ。

「ままごとだろうが演劇だろうが、遊びだろうが競争だろうが、それに価値が無いと醒めてしまえばそこで終わりだ。トリシューラはがらくたなんかじゃない。誰かに付けられた低い値札は剥がして捨てろ。価値を決めるのはお前だろう」

「ん――そだね」

 小さく頷くトリシューラ。
 唇を噛む。駄目だ、これでは弱い。所詮は前に使った『呪文』の使い回し。使い過ぎれば価値が低下してしまう。以前これが通用したのは、コルセスカとぶつかり合えたことが大きい。やはり、俺だけでは届かない。

 コルセスカの不在が酷く寒々しく感じられた。
 彼女のいない空間は、いつもより暖かいくらいだったというのに。



 時計の秒針を見詰めすぎてうんざりしてきた。
 完全に手詰まりだ。表示された幻影の窓の中、機銃掃射が押し寄せる人形の波を押し返していく。もうずっとそんな状況が続いていた。

 じっとこちらが疲れるのを待つやり口は陰険だが効果的だ。
 手応えのない圧勝をし続ければ徒労感が蓄積していく。こうした空気は危険だ。巡槍艦の内部に満ちるうんざりとした気配。

 そして、明確な隙を見逃してくれるほど敵は甘くなかった。
 脆弱な人形の群による波が引いていくと、本命の大波が押し寄せてくる。
 それは巨大な火球の形をしていた。

 迎撃用の呪術障壁を次々と破壊しながら飛び込んできた炎は、稲妻を撒き散らしながら巡槍艦底部の艦橋に直撃し、分厚い外殻を突き破って俺たちの目の前に現れた。荒れ狂う雷火が艦橋を内側から崩壊させていく。

「ここで戦うのはダメ! 艦内には避難してきた人たちがいるんだ! 一旦外に出るよアキラくん!」

 トリシューラはそう言って近くに立てかけておいた槍のように長大な銃を担いだ。砕けた外壁から二人で飛び出し、第五階層の硬い地面に着地。即座に【マレブランケ】が駆けつけてくるが、しつこく現れる人形の群に阻まれて近付けない。トリシューラと二人、壊れた艦橋から追撃してくる火球を見上げた。

「半ば予想はしてたけど、やっぱりそう来たか」

 トリシューラのうんざりしたような呟き。
 俺もまた、目の前の苦々しい現実に唾を吐きたい気分だった。
 迎撃の準備をした俺たちの前で、炎が停止する。
 地面を融解させながら火球から一人の女性が現れた。

 その戦士は炎と雷を纏った巨大な斧を肩に担ぐように持ち上げ、虚ろな瞳でこちらを見ている。身長はカーインと同じくらいで、女性としてはかなりの長身。俺やトリシューラよりも高い位置から見下ろしてくるので威圧感があった。胸や手足を覆うのは簡素な鎧で、典型的な探索者といった風貌。しかしその実力が地上において比類無きものであると俺たちはよく知っていた。

 運動選手のようなしなやかな長身と快活な表情――それが見る影もない。
 真上から吊り下げられているかのようなカクカクとした動き、生気のない土気色の顔。身体の至る所から伸びている青い糸が全てを物語っていた。
 女戦士の名はアルマ。コルセスカの仲間の一人。
 そして、融血呪によって支配された敵の操り人形。

「合流できなかったのは、ラクルラールに襲撃されたからか」

「確かにあの場面でアルマが出てきたらパワーバランスが引っ繰り返るもんね。それをさせない為に、『本体』の一角が出てきたってわけ」

 俺たちが『それ』に意識を向けた途端、曖昧だった像が急速に線を結んでいく。アルマという巨大な存在感の陰に隠れていた矮小な『それ』は、気色の悪いざらついた声で下品に嗤った。

「キヒヒヒヒ、いかにもいかにも。王どもが殺し合い、勝者のみが王冠を手にする――それでこそ王国の権威は高まるというもの。これは可愛い弟子に試練を与えてやろうという親心というわけよ」

 繊毛が生えた節足ががさがさと虚空を掻いた。
 その奇怪な人物を一言で形容するなら、蜘蛛の被り物をした青いドレスの女、といったところか。しかしその蜘蛛は被り物というにはひどく生々しく、首との境界が定かでない。本当に蜘蛛の頭部をしているのかもしれなかった。

「どうれ、初めましての挨拶といこうか。トライデントの【髪】――の第五位【襟足(ネープ)】のラクルラールとは妾のことぢゃよ。これからお前たちの主になるが、まさか異論はあるまいな?」

 宣名したにも関わらず、呪的な圧力は一切発せられなかった。
 音が、気配が無いのだ。
 そこに存在しているようには全く感じられない。
 にも関わらず、巨大な蜘蛛の被り物をした女を俺もトリシューラも認識できていた。奇妙極まりない敵。敵であるならば対処しなければならない。

「異論しかねえよ死ね」

 【弾道予報】を起動して腰のベルトに引っかけていたナイフを投擲。柄に巻き付けていた呪符が【炸撃】を発動、光と熱が撒き散らされる。
 防御手段を探ろうとしただけだが、予想外の結果が起きた。
 回避でも防御でもなく、攻撃がラクルラールをすり抜けていったのだ。

「キヒッ、無駄、無駄よ。妾はお前たちのような卑しき俗人とは立っている場所が違うのぢゃ。『使い魔』の呪術師たるもの、自分だけは絶対的安全地帯で高みの見物――基本中の基本ぢゃろ? 何者も妾に干渉することはできぬ」

(アキラくん、ラクルラールお姉様の対処は私に任せて。アキラくんはアルマをお願い。足止めでいいから)

 ちびシューラの無音の要請に思考だけで了解の意を返す。もとより、コルセスカの仲間を傷つけるのは本意では無い。
 トリシューラは槍と銃とが一体になったかのような武器を構えてラクルラールに穂先と銃口を向けた。俺もまたカプセルを口に放り込んで意識を戦闘モードに切り替える。鋭敏になった感覚がアルマの些細な仕草まで詳細に教えてくれる。斧を握る手に力が込められるのがはっきりとわかった。

 直後、アルマの足下が爆発する。轟音と共に巨大な質量が真横を通り過ぎていった。上段から振り下ろされた巨大な斧が地面を粉砕し、刃の左右で岩盤が隆起していく。

 攻撃直後の隙だらけの姿勢。側面から掌打を喰らわせようとするが、視界と聴覚を埋め尽くすアラート反応に退避を余儀なくされる。意思と慣性に逆らってオートパイロットで動く俺の身体が背後に跳躍。地面を爆発させながら跳ね上がった斧が目の前を通り過ぎていった。

「く、凍れ!」

 右腕を突きだして凄まじい熱波を防ぐ。
 コルセスカとの繋がりが希薄化し、感情制御すら不安定になっているこの状況で右腕を多用したくはないが、アルマ相手に出し渋っていては焼死体になってしまう。なにしろ彼女は【エルネトモランの燐血の民】とかいう炎を操る種族だ。

 足下を爆発させて加速したり、斧の先端を爆発させて威力を高める、連続攻撃によって隙を無くすなど、戦闘スタイルがとにかく派手だ。
 虚ろな目のアルマにまともな判断力があるかどうかは不明だが、脅威であることは間違いが無い。一撃でもくらえば致命傷だ。

「とはいえ、悪いが速くて重いパターンはゾーイで慣れてるんでな」

 俺の目はアルマの高速の連撃を正確に見切っている。厳密には【サイバーカラテ道場】に蓄積された戦闘データとちびシューラによる解析が俺を限りなく『最適』に漸進させているのだ。

 巌の重さと獣の俊敏性、稲妻の速度と烈火の破壊力、全てを兼ね備えたアルマは、投、極、転移を除けばゾーイと戦いのスタイルが似ていた。巨大な斧をぎりぎりで回避し、右腕から放つ冷気で熱波を打ち消す。

「悪いが、脳に失礼する!」

 右腕から【氷】で脳に干渉し、アルマを遠隔支配(リモートコントロール)している呪術を解除する。彼女の事は大して知らないが、コルセスカが信頼して選んだ仲間だ。ならば可能な限り助け出す努力はしなければならない。コルセスカを助け出した後、仲間を助けられませんでしたなんてことが言える筈も無い。

 しかし、凄まじい反発力が発生して俺の右腕が弾き飛ばされる。
 視界隅でちびシューラが目を回し、俺もまた目の中で弾ける火花と眩暈でふらつき倒れそうになる。明滅する視界の中、アルマが無表情に斧を振り上げた。

 衝撃。真横を通り過ぎていく斧。
 代わりに粉砕されたのは骨で構成された狼だった。
 俺を突き飛ばした代わりに犠牲となった骨狼は粉々に砕け散った上に炎に包まれてしまう。背中の芯にぞっとするような冷たさを感じて震え上がる。

「トバルカイン!」

(やばい、死者は火葬に弱いんだ! 特にアルマのは『聖なる炎』だから再生者にとっては天敵だよ。早く穢れた呪物とか血とかで治療しないと!)

 ちびシューラの慌てた声。
 しかし、未だに全身を襲う倦怠感と眩暈のせいで動くことが出来ない。
 【氷】による解呪は失敗した。ラクルラールの支配とはこれほどまでに強固なのだ。では、アルマは殺すしか無いのか?

「本体を倒せば全部終わる! 任せてアキラくん!」

 先程から槍銃に端末から伸ばした端子を接続して何かを入力していたトリシューラが、ラクルラールに穂先を向ける。抱えるような持ち方は完全に槍ではなく重火器を扱う手付きだ。
 トリシューラの意思に呼応するかのように、槍の石突き部分にある漆黒の弾倉が光り輝き始める。いや、あれは弾倉というか――本?

「第八断章【知識(リコグニション)】――起動!」

 機械部品の中に保持された【断章】が開き、ページが露わになる。
 日本語とこの世界の文字が混濁した奇怪な文章が絶えず流動しながら紙面を踊り、可視化された呪力が黒い稲妻となって弾けている。
 福祉用の自動(ページ)捲り機に似た機構が駆動して黒い本が次々と新たな呪文を紡いでいく。両端の機械腕が書籍を保持し、上から下へ伸びている二つの軸がくるくると回転して項を掬い上げ、左右に動いて捲っていく。紙を摘むための二つの軸にはローラーがついているため容易く破れることもない。

(魔導書の呪力を三叉槍の先端に収束させて撃つ呪文砲撃! 紀元槍の端末であり、【死人の森】という『王国』の権威を宿したこの一撃なら、ラクルラールお姉様の権威を破壊できるはず!)

 引き金に触れていたトリシューラの指に力が込められる。
 魔導書が一際強く発光して無数の文字を吐き出していく。螺旋を描いて三叉槍の穂先へと収束していく文字が巨大な呪詛の塊と化した。
 凝縮された呪力は膨れあがり、標的に向かって解放される。

「あれ?」

 そして、そのまま解けるようにして霧散していった。
 ぽかん、とした表情のトリシューラ。
 それを見て、ケタケタと笑い出すラクルラール。アルマも操られているのか口を強引に上下に動かして歯を鳴らした。ガチガチと不気味に動く顎がひどく人形じみていて、怒りが込み上げる。完全に舐められている。

「馬鹿め、崩壊した亡国の権威ごときが妾に効くはずもなかろう」

「なら、ガロアンディアンの権威でっ」

「もっと無駄ぢゃ」

 トリシューラが再び【断章】を輝かせて呪力を集め始めるが、またしても失敗する。今度はトリシューラ自らが女王として王国の権威を示しているというのに、それは形にすらならなかった。

「お前には女王としての器が無いのぢゃよ。さんざん言われたぢゃろう? 末妹候補として見込みが無いと。女神候補生として落第ぢゃと。お前には邪視の才能が欠片も無い。己の視座が無い。あるのは全て紛い物。無価値なお前には何もできず、がらくたとして終わる――だから妾が使ってやろう。そら、跪け」

 俺はその言葉を止められなかったことを悔い、トリシューラの顔を見た。
 瞬間、意識が沸騰する。

「黙れ、クソ外道がっ」

 眩暈は続いていたが、強引に立ち上がった。
 左腕を換装、同時に右腕から冷気を全力で放ち、アルマの守りを突破してラクルラールの顔を殴ってやらないと気が済まない。怒りを制御出来ていないことに気がついてぞっとするが、まだ右腕は機能していた。もしかすると右腕にリソースを割いている分だけ感情制御が疎かになっているのか。

「くそったれっ」

 苛立ちと共に右手で突きを放つ。アルマの斧を周囲の空間ごと強引に停止させながら押しのけ、懐に飛び込んだ。額の奥に激痛。これがコルセスカとの繋がりが希薄なまま右腕を使用した代償なのか。視界が赤く染まり、目蓋から熱いものが溢れていく。構わずに左腕で攻撃しようとした瞬間。

 閃光が迸り、左の義肢を完全に破壊する。
 一瞬にして放たれた反撃呪術。
 畳みかけるようにして燃える槍が襲いかかり、右腕で防いだものの長い脚から繰り出される蹴りが腹部に突き刺さり、そのまま吹き飛ばされる。

「がっ、はっ」

 インパクトの瞬間、アルマの足先は爆発していた。
 ある程度の呪術抵抗を持った衣服と外皮と生体部品が丸ごと焦げて、内蔵された人工器官が揺さぶられる。喉から吐瀉物が込み上げてきて、仰向けのまま嘔吐した。窒息の危機感を覚えたちびシューラが身体を動かしてくれたお陰で転がって立ち上がることができたが、今のはかなり効いた。

「くそ、全身が爆弾とか面倒過ぎるだろ」

 ぼやくと、ラクルラールが耳障りな嘲笑を響かせる。

「いやいや、その女、実に容易かったぞ? 子供を人質に取っただけであっさりと武器を捨ておった。いくら強くともこう甘っちょろくては無能の謗りを免れないであろ。ああ、ちなみにその子供らはもう殺したが」

 得心がいった。アルマはコルセスカの仲間だ、そう容易く負ける筈が無い。
 腐った手段に訴えて勝ち誇るラクルラールはいっそ無様に見えた。そんな風にしてアルマが操られたのなら、俺は価値を正確に判断できる。
 やるべき事は簡単だ。善良なアルマには価値がある。腐れ外道のラクルラールには俺と同程度しか価値が無い。よって虫のように潰して殺す。

「死ねよ外道」

 罵倒しつつ治癒符を腹部に接触させる。鎮痛呪術の【安らぎ】がじわじわと効いてきて、いくらか精神状態が落ち着いた。コルセスカの感情制御に比べると格段に非効率だが、激痛で戦闘不能になるよりマシだ。
 ラクルラールは蜘蛛の節足を摺り合わせてふざけた声を出した。

「妾はお前たちと直接対峙しているわけではなーい。よって糾弾は無効! 無効なのぢゃ!」

「自分だけ安全地帯で高みの見物か。屑の極みだな」

「責めるならこの無能にせい。肝心な時に間に合わず、こうしていいように操られ仲間に害を為しておる。人質がどうのこうのなど言い訳にもならん。この女は自らの主と見ず知らずの命とを天秤にかけた大馬鹿者よ。使い魔としては失格! よって妾が正しく躾けてやったまで。むしろ感謝されてもいいくらいぢゃ」

 両腕を広げ、蜘蛛の足をかさかさと動かすラクルラール。
 それに従うようにしてアルマがカクカクと動き、斧を振り下ろし、跳ね上げ、薙ぎ払い、爆炎を撒き散らしていく。
 頭痛と不快感を堪えながら右腕で熱気を防ぎつつ攻めるが、次第にアルマが放つ炎の勢いが強くなっていく。

 ちびシューラによれば、【猛火】という呪術を使用しているらしい。
 更に右腕に炎の縄が絡みついて動きを封じ、凄まじい熱風が押し寄せてこちらのあらゆる行動を制限していく。【空圧】の行動阻害に熱が加わって思考すら曖昧になっていった。

 炸裂する火線の一撃、爆撃のように弾ける猛火、大地から溢れ出す溶岩がトリシューラの拳銃による援護射撃を飲み込んでいく。踏み込んで掌打を放った俺の前に赤い壁が出現すると即座に爆発。転がりながら受け身を取って立ち上がると、アルマも同様に吹き飛ばされて立ち上がっていた。

(何か変。【火炎縛】に【灼熱波】、それに【溶岩流】――アルマって妨害系統呪術なんか使えたっけ? それに【灼熱障壁】なんて相手を自分ごと吹き飛ばす自爆呪術なのに)

 ちびシューラはアルマの戦い方に違和感を覚えているようだ。
 確かに、虚ろな目で次々と呪術を繰り出す様はあまり戦士っぽくはない。
 アルマの周囲に大量の火球が生成され、次々に射出されていく。

(おかしい――アルマはゼドと同じで戦士タイプだから、生まれつき使える神働術はともかく、呪術は一時的に脳の作業記憶領域ワーキングメモリに待機させておく使い切り方式のはず。こんなに沢山の呪術が使えるはずないのに)

 つまり、何らかの無理をしている――させられているのだ。
 呪術を行使する度、アルマの身体が激しく痙攣し、眼球が激しく上下に動く。
 血涙が流れるが、外気に触れた瞬間に炎となって燃え上がっていく。燐血の民が持つ種族特性の為に気づけなかったが、アルマは今までも絶えず身体の至る所から血を流していた。血は全て破壊のための炎に転化されていたのだ。

(あのままじゃ廃人になっちゃうよ)

 心配そうに言うちびシューラ。銃撃を続ける本体のトリシューラも気持ちは同じなのか、険しい表情をしている。
 ラクルラールは嗤い続けていた。あらゆる攻撃を透過させながら、使い魔が自らの身体を自壊させていくのを楽しそうに眺めている。

「妾はただの支配者にあらず。役立たずに高度な知識を叩き込み、より有能な即戦力に仕立て上げる教育者なのぢゃ」

 ラクルラールの教育とは、使い魔を消耗品として扱うことなのか。
 これが、こんなものがトリシューラが乗り越えるべき壁?
 怒りが込み上げる。
 これは、ただの害虫だ。

「ふざけるな」

 静かな怒りが、世界を凍り付かせた。
 だがやったのは俺ではない。
 厳かに激怒し、凍てつくように静謐な視線でアルマの呪術を全て打ち消したのは、いつの間にか現れていたアルトだった。
 隻眼が爛々と輝き、白い軍服の背中が弾けて氷の翼が広がる。

「大義無き支配、意思無き臣従は正しき道にあらず。外道は正道に敵わぬとその身に刻んでくれよう――出でよ、我が騎士たち」

 アルトが掌から何かを落とした。
 鋭利な牙が五つ。それらが地面に落ちると大地が鳴動し、地の底から夥しい数再生者が出現する。多種多様な種族が入り交じった軍勢がアルトの指示の下、整然と隊列を組んで動き出した。

 竜王国が誇る五大騎士団。
 アルトの側近である五人の騎士団長が率いる数と質と多様性の暴力が、ラクルラールの人形たちを虫のように踏みつぶしていく。
 【マレブランケ】が足止めされていたのが子供のお遊びのようにすら感じられる。それは圧倒的な『軍事力』と呼べるものだった。

 アルトが静かに近付いてくる。
 真横に持ち上げた右腕に呪力を纏わせながら、古風な呪文を日本語で詠唱していく。周囲の全てを威圧するようで、俺たちに対しては明確に味方であると態度で示していた。

「幼きビテロの樹、古き聖花都の死、天空、大地、稲妻、弑すること三首、メリアスの血槍を重ねること三叉、竜と乙女に穂先を突き立て、王の名に於いて流転と君臨の理を此処に示せ――」

「詠唱が長いわ馬鹿め!」

 ラクルラールがアルマを操り、詠唱中の亜竜王に襲いかからせる。
 しかし女戦士の足が何かに引っ張られたかのように止まる。
 黒々とした影が足に絡みつき、束縛しているのだった。

「【覇竜王滅呪(オルガンローデ)】」

 アルトの右腕から帯状のエネルギーが放出される。
 蛇行しながら進み、尖端部を鰐の大顎のように開いた呪文の奔流がアルマに直撃。爆風が荒れ狂い、辺り一帯を吹き飛ばしていった。
 吹き飛ばされたアルマはクレーターの中心で倒れているが、かろうじて息はあるようだ。どうやらアルトは加減してくれたらしい。

 軍勢と大呪文によってアルマが倒され、人形の集団が全滅する。
 五大騎士団が整然と王の前に居並ぶ。
 復活した再生者たちがアルトの顔を見るのはこの時代では初めてなのだろう。
 皆、感慨深そうな表情をしている。

 誰が始めたというわけでもなく、それは自然に発生した。
 それぞれ違った作法で跪き、臣下の礼を行う騎士たち。
 ちびシューラがぽつりと呟く。

(竜王国の臣従儀礼オマージュ、これがオリジナルの――)

 ガロアンディアンの臣従儀礼もそれぞれの土地の作法でバラバラに行うものだと聞いている。俺はちゃんとした作法を知らないのでやっていないが、【マレブランケ】の連中は竜王国の作法を真似(オマージュ)して色々と踊ったり歌ったり跪いたりしていた筈だ。略式だが道化(アルレッキーノ)にも強制した。

 威厳を示す王と、臣従する騎士たち。
 これが『王国』というものなのだと思った。
 俺の主が目指した形が、今ここに甦っている。
 そんな光景を目に焼き付けながら、俺は意を決して口を開いた。

「トリシューラ」

 ラクルラール相手に何も出来ず、無力を責められ、罵倒され、価値を否定された俺の主。今だって助けられてどうにか場を乗り切っただけだ。
 コルセスカを助けられず、六王にもラクルラールにも勝てず――俺たちは多分、同じ無力感を共有している。

 価値を創出しなければ、そう焦っても圧倒的な力の差は埋められない。
 俺には力が足りない。
 トリシューラには力が足りない。

「なら、トリシューラの視座は俺が紡ぐ」

 そう宣言した途端、【断章】を弾倉代わりにした書槍銃が唸りを上げる。
 俺はトリシューラが支え持つ長い『杖』に手を添えた。

「使い魔である俺が、トリシューラの覇道を記憶し、語り継げばいい。語り部が主役である必要性なんて無いだろう」

「アキラ、くん?」

 器、視座、価値――そんなものがあるかどうかなど知らない。
 ラクルラールの言うとおり、トリシューラには女王の資格が無いのかもしれない。女神として不適格で、末妹候補として見込みが無いのかも知れない。

 だが、だから勝者になれないなんて誰が決めた。
 たとえそう決まっていたとしても、足りなければそれを埋めて可能にするのが『杖』で『サイバーカラテ』だ。
 ならば、俺がやるべきことは最初から決まっている。 

「ずっと傍にいて、『トリシューラの世界』を伝える為の媒体になる。それが使い魔としての俺の役目だ」

 それは『王国』の呪力を束ねて語る四大の結実。
 二人で一つの断章呪撃。
 俺の一人称視座が紡いでいくのは魔女の物語だ。
 我が侭で、危なっかしくて、こわれ物のような、目が離せない女神候補。

「アキラくん――」

 トリシューラが何かを言おうとする。
 ラクルラールが何かを喚いている。
 言葉はもう不要だと思った。『杖』を握り、トリシューラの手を支え、穂先とその先の標的を睨み付ける。

「そうだね。二人でなら――ううん、三人で進む為に」

 下劣に嗤うラクルラールの背後に、下品に聳え立つ異形の塔が見えた。
 俺たちはあの場所に囚われた三人目を救い出す。
 こんな三下にやられっぱなしでいるわけにはいかないのだ。
 声を揃えて、二人同時に叫んだ。

「発勁用意!」

 アルトたちの攻撃すら透過させて全てを嘲笑うラクルラール。
 手駒が尽きたから何処かで補充してこようなどと呟いて、戦場にいるという認識すら足りていない三流以下の支配者。
 そんなものが障害であってたまるものか。踏みつぶして、乗り越える。

「NOKOTTA!!」

 三つに分かれたその砲撃は、意気揚々と撤収しようとしていたラクルラールの頭部、胸、腰を貫いて彼方へと伸びていった。
 閃光が天に吸い込まれていく。

「ケヒヒヒ、ケヒッ?」

 幻像のような身体が歪み、ひび割れていく。
 直後、耳障りな絶叫が辺りに響き渡った。
 上位次元まで届く一撃が、ラクルラールの像を跡形も無く消し飛ばしていく。本体を砕いたという確信を得て、触れた手を強く握る。硬く冷たいが、同時に力強さも感じる。トリシューラと顔を見合わせて、勝利を確かめ合った。




「キヒヒヒ、アルマを失ったのは痛いが、まあいいぢゃろ。また適当な人形を調達して、ゴミクズどもで楽しく遊ぶとしよ――ん?」

 油断しきった蜘蛛女の背後で構えを取る。
 肩に乗ったちびシューラの力を俺の左腕が伝達し、突き出す勢いと共に女の体内に叩きつけた。

「発勁用意――NOKOTTA!!」

 同時に、下界でもこの女の存在が砕かれたのを認識する。
 いや逆か。実体世界での勝利があったから、より抽象的なこの世界でも勝利することができた――というか、下界の勝利が今のように表現されたというか。

「あば、あばばばば、たたた、助け――」

 粉砕されたがらくたの山から、小さな蜘蛛ががさがさと這い出してきた。

「その無様な命乞いと死に様をサイバーカラテ道場全体で共有してやる――零落して忘れ去られろ」

「ぐぎゃっ」

 踏みつぶす。蜘蛛は平らに潰れ、そのまま消えていった。
 運が悪ければこのまま復活できずに忘れ去られて『死ぬ』だろう。
 紀人にも死はあるのだ。忘却という名の死が。

「お疲れ様、ありがとねアキラくん」

 ちびシューラがお礼を言う。それは今の俺に対するものなのか、下界の俺に対するものなのか。どちらにせよ、ちびシューラはとても嬉しそうだった。俺の肩から左腕へ駆けていき、掌の上に辿り着くと全身で喜びを表現するかのようにぴょんぴょんと飛び跳ねている。

「とりあえず一勝できたな。あんまり喜べないが。どうせあれ最弱だろ」

「でも一勝は一勝だよ!」

 本当に他者の支配に特化しているらしく、本体は凄まじく脆弱だった。ラクルラールは間違い無く恐るべき敵だが、『恐れ方』を間違ってはいけないような気がする。強いが、無敵ではない。ストレートに『使い魔』を極めているが故に、『使い魔』系統に対する為の定石がそのまま通じる。

 つまり、弱い本体を狙うのが唯一無二の最適解ということだ。
 当然相手も警戒はしているだろうが、対策の種類を見極めて攻めていけば活路は見つけられる筈――いや、見つけなければならない。

 幸い今のラクルラールは大した紀人ではなかった。が、次も同じとは思わない方がいい。より慎重に動かなければ――というか、『俺』がそうしてくれることを祈るしかない。ここで念じてれば、ぼちぼち反映されるだろう。

「まあ六人中の第五位だし、ラクルラールの中でも最弱より一個上だからね。もし全員が第五階層に集結しているなら、六王同様に厄介だよ」

 ちびシューラは難しそうな顔をしている。
 かつての師と敵対することにやはり不安を覚えているのだろうか。

「まあ、いざとなったら直接戦うのは俺だから、ちびシューラはどんと構えてればいい。ちなみに、他も全員紀人なのか?」

「第六位のレッテは普通の魔女だよ。さっきの第五位は大昔に【紀元槍】に触れた蜘蛛だって聞いたかな。第一位と第四位は私は知らないけど、第二位はアキラくんも知ってる例の人形で、球神ドルネスタンルフの被造物こども

「神の子供? それはつまり」

「球神の力を完全に引き出せる高位の霊媒ってこと。こないだのデーデェイア降臨の時はセージがあんまり優秀な霊媒じゃなかったから三割くらいだったけど、あのラクルラールが本気出したら紀神の力が完全制御されて襲ってくる」

「マジかよ。あー、じゃあそれへの対処は後で考えよう。三位は? それは知ってるんだろ?」

「アキラくんも一度見てると思うよ、あの人は、私の教育担当だったから」

 トリシューラの内面世界に潜った時のことを思い出す。
 眼鏡をかけた女教師――あれがラクルラールの第三位か。

「それに、今回はラクルラールよりむしろ――」

「アルトか」

 恐らく六王で最も厄介なのは、アルトだ。
 それは俺たちの味方であるが故に。
 そして、ガロアンディアンの直接の参照先であるがゆえに。
 このままでは、早晩ガロアンディアンは飲み込まれる。

 ラクルラールは、王としての器ということを言っていたが、アルトを見ていると確かにそれを感じずにはいられない。
 仮にアルトの助力を得てこの事態を解決したとして、トリシューラはどう思われるだろうか。実質的な王、実質的な支配者、真に力を持っているのが誰なのか。飾りの王、ただ庇護されているだけの王では駄目だ。

 トリシューラがアルトよりもガロアンディアンの王として相応しいということを示せなければ、勝利できたとしても、彼女の王位に権威は無い。
 だが、アルトと五大騎士団という圧倒的戦力無しでこの戦いを勝ち抜くことが難しいのも事実。

「アキラくん、シューラ、負けないよ」

 拳を握り、ちびシューラは確かな意思を示した。
 頼らなければ負ける。頼るだけでは勝つ意味が無い。
 俺たちはこれから、ガロアンディアンとその女王が六王に勝るという証明をしていかなければならないのだ。

 それが王となるための試練。
 それが神に至るための道。
 【未知なる末妹】という称号は、トリシューラが己の価値を証明することでしか手に入らない。その二つは全く同じ事だ。

 だから俺はその価値の全てを余さず見届けよう。
 それを守り、記憶することが、俺にできる唯一のことだ。

「そうだね。サイバーカラテ道場(アキラくん)は覚えていて。その代わりシューラが選んで、決めて、道を作るよ」

 サイバーカラテ道場(俺たち)は二人で一つのシステムだ。
 だから下界の『俺たち』が俺たち二人を使いこなしてくれる限り、敗北することは決して無い。敗北と挫折すらフィードバックして最適最善の答えに近付けていける。俺たちは、そう信じて存在し続けているのだから。

 発勁用意――その祈りが届く限り。
 俺たちは全てのサイバーカラテユーザーの助けになろう。


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