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幻想再帰のアリュージョニスト 作者:最近

第4章 傷つけるのはハートだけ、口づけるのは頬にだけ

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4-14 一時の平穏

 


 シナモリアキラが誰かを助けるのは徹頭徹尾自分の為だ。
 ならば、その『自分』という枠組みを拡張すれば。
 戦う理由は、常にそこに在り続ける。
 俺は、俺の心の安寧の為だけに戦う。
 英雄物語という娯楽、人助けという享楽、正義の戦いという遊戯。
 存分に、ツールとしての本懐を果たすのみ。

 ――俺は、ただの殺人鬼でいい。

「――キリッ! という感じのカッコイイ(笑)新生サイバーカラテ道場ことアキラくんのPVですが、皆さん、感想はどうでしょー」

 トリシューラが会議室の卓上に立体投射された映像を示しながら半笑いでそんなことを言っている。ふざけんな真面目にやれ。
 現在の俺はトリシューラが作り上げた『アキラくん人形』を全身義体として活動している『テセウスの船型サイボーグ』だが、宙に映し出されているのは『俺たち』――つまり多種多様な姿のシナモリアキラである。謎のかっこよさげなポーズをとったり演武をしたりと忙しなく動いているが、はっきり言って変だ。

「アキラ様、素敵です!」

「はあ?」

 目を輝かせながら言ったのはルウテトだ。
 蜂蜜色の豊かな髪を後ろで纏めている耳の長い女性。目の眩むような美貌の光妖精という種族で、今は『省エネモード』らしく右半身が白骨化していない。胸の上で両手を合わせて蕩けるような視線を送ってくる。

「こんな恥ずかしい映像が世界中に広がったら、一生ものの汚点になること確定です! これがアキラ様をずっと苦しめてくれると思っただけで、もう――」

 潤んだ瞳でとんでもないことを言っている。ふざけんな真面目にやれ。
 その場にいるのは俺とトリシューラ、それからコルセスカの身体を借りたルウテト。彼女が表に出てきている間は、外見も変化するようだ。

 半壊した巡槍艦ノアズアークだったが、幸い居住区画は無事なままだった。
 俺たちは自動ちびシューラやドローンたちに戦闘後の雑務を任せて、ひとまず艦内に集まっていた。今後のガロアンディアンについて話し合う予定だったが、その前にルウテトが爆弾発言をしたせいで色々と混乱が起きている。

 死人の森の女王ルウテトはコルセスカの無数にある参照先の一つであり、主要な前世の一つだ。
 そのルウテトが、実は未来から過去に転生してきた未来転生者であり、未来における前世はコルセスカであったと語っている。

 つまり、コルセスカとルウテトは転生を環のように繰り返していることになる。その事実に関してトリシューラは半ば予想していたのか納得している様子だったが、こちらは寝耳に水だ。確かに、雰囲気が似ていると感じたことはあったし、思い返してみればなるほどとは思うのだが。

 ルウテトの存在が示唆するのは、俺たちの未来に待ち受ける決定的な敗北だ。
 取り返しのつかない失敗。それゆえにルウテトは転生を行った。
 受け入れられない事を受け入れない為の過去への干渉――俺たちが過去の再演を行ったように、コルセスカ=ルウテトも同じ事をしたのだ。それについては納得できる。

 だが、今の俺たちは未来の失敗を受け入れることはできない。どのような未来が待ち受けていようとそれを知り、対処する必要がある。『失敗』の詳細をルウテトに訊ねるために落ち着けるところに移動したのだが、何故かトリシューラがよく分からない宣伝プロモーションビデオを上映し始めたのである。

「いや、空気重いかなーって」

 何を言っているんだろう、トリシューラは。
 どうも様子がおかしい。
 未来を知りたくないとでも言うのだろうか。また俺にはよくわからない理屈で悩んでいるのかもしれないが――。

「コルセスカの事でもあるわけだし、どうせ避けては通れないだろ。情報は早めに手に入れておくべきだと思う」

 トリシューラは目を伏せて小さく頷いた。もちろん彼女ならその位は理解しているだろう。恐らく、俺には窺い知れない何かがあるのだ。

「そうなんだけどね。ただ、本当にその世界を信用して良いのかっていう疑問があるし、迂闊に確定させていいのかっていう懸念もあるんだよ。あと、現時点でもうババァ――ルウテトの通過した過去と齟齬が発生しているんじゃない?」

「何を言いかけたんです? 怒らないですから正直に言ってごらんなさい?」

「忌まわしき者どもの母、ババロンって言おうとしたの。わーつよそう」

「偽証と名誉毀損です! どうしてそんなに口の悪いコに育ってしまったんですか! というか酷くないですか、前世とはいえ姉ですよ私!」

 心ない言葉に傷付いたのか、若干涙目になりながらルウテトが抗議する。トリシューラはそっぽを向いて知らんぷりをしていた。ひどい。

「もう。ですが、彼女の言う通りです。残念ながら私の知識は当てにならないでしょう。それに、転生の際に欠落した記憶もかなりありますから。なにしろ間にもう一度未来転生を挟んでいるので――」

「待て待て待て、なんだそれは」

 間にもう一つ転生を挟んだ?
 つまり、コルセスカが未来から過去に転生して、その人生から更に巻き戻って過去に転生した? わけがわからん。

 トリシューラは「つまりこうだね」と言って空中に日本語の文字を表示する。
 そこにはこう記されていた。

 未来のコルセスカ(負け犬)→ディスペータお姉様(噛ませ犬)→冥道のロリ姫(オルクスに大人気)→死人の森のババア(劣化)→今のセスカ(かわいい)

 転生を表す矢印があるのがわかりやすい。
 最後の矢印は参照している程度の意味だろう。前世のルウテトがまだ生存(?)しているのが奇妙な感じだが、実際に前世と現世が同時に存在してしまっているものは仕方が無い。それにしても。

「ひどい! ひどい! 本当にひどい! なんでそんな風に人が傷付くことばっかり言うんですか! ちょっとお話があります!」

「つーん」

 何故トリシューラはこんなにもルウテトを嫌っているのか。
 コルセスカの事は好きらしいのに。
 喧嘩しそうになる二人の間に割って入って仲裁する。
 強力な呪術師であり人を超えて神に至ろうとしている紀人でもある二人だが、今の俺もまた同じ高次存在。下手に間に入れば怪我をする状況でも問題は無い。

 コルセスカと違い邪視力で肉体構築はできないので、トリシューラが用意した『アキラくん人形』を寄り代に受肉しているのが少々情けなくはあるが。
 といっても義体の性能はかなり良い。俺が転生したばかりの頃に比べても、格段に動きが滑らかになっている。トリシューラの杖使いとしての階梯が上がったためらしい。

 各部に内蔵された『幻肢アプリ搭載演算素子』があれば機械的に全身の幻肢、更には幻脳を生み出せる。これは要するに即席で作り出したアストラル体なので物質干渉力は低めとかなんとか。

(言うならば疑似的な空の民化なんだよアキラくん。パーンと戦った時のことを思い出して? 身体が軽くなった分、打撃も軽くなったでしょう? セスカ風に言えば、物理攻撃力が低下して敏捷性と呪力が上昇したって感じ)

 視界の端っこに現れたのはちびシューラだ。教鞭を持って、なにやら女教師っぽい格好をしている。セルフレームの眼鏡が中々似合っていた。

(あと、幻影モードだと呪力消費が激しくて継続戦闘力が低いね。逆にそれを利用して『義体モード=物理寄りのパラメータ』『幻影モード=呪術寄りのパラメータ』という調整も可能だよ)

 眷属種第一位と第九位、二つの特性をスイッチできるんだよ! と誇らしげに語っているが、地上の眷属種がどうとか覚えられないのでよくわからん。
 要するに、戦い方の幅が広がったということだろう。
 俺は呪術とかそういうのは今ひとつなので、そう言う方面を補えるのなら喜ぶべき技術の進歩だ。メリットばかりというわけでもなさそうだが。

 早速試してみる。幻肢アプリを起動して一瞬だけ幽体離脱。火花を散らし合っている二人の間に幻の手刀を落として、架空の視線を切断した。
 形の無い呪力の線を千切った手応え。視界に表示されたマニュアルに従って腕を引き戻すと、鋼鉄の左手が焦げたように熱を持っていた。

「なるほど、幻肢へのダメージは物理的な義体にもフィードバックされると」

 二人の仲が悪いのは仕方無いとして、建設的な話も進めて行かなくてはならない。コルセスカの前世(というか未来)は気になるが、そこは後回しにしよう。その他にも話し合うことはある。

「話を戻そう。死人の森とガロアンディアンの今後について――」

「がるるる」

「ふふふふ」

 ダメだこいつら。
 ええと、他に話題は何か無いか。

(えっとねー、盗賊王ゼドが姿を眩ませているよ。そして呪具保管庫から高額の呪符がごっそり消えてるけどこれは因果関係あるよねー?)

 ちびシューラの知らせと同時に、視界隅にメールの通知が。ゼドからだ。

「『先ほどの戦闘でグレンデルヒ撃退に協力した件だが、素早い謝礼の支払いに感謝する。今後もこうした連携を――』っておい」

(あいつ何なわけ)

 ちびシューラはお冠だった。というかあいつ火事場泥棒にも程があるだろ。盗賊王って名乗ってるからって許されると思うなよ。そしてどうやらゼドは非戦闘員の救助や避難誘導などを行ってくれていたらしいので、あまり強く出れない。持ち出された呪符も決して少なくはないが、ゼドとの関係を考えれば躍起になって取り返しにいくほどではないという絶妙な額だ。慣れた仕事だった。

 もうこんなんばっかだ。
 頭痛い。ちょっとこのめんどくささをコルセスカに吸ってほしい。生憎と今の彼女はルウテトの内面に引っ込んでいて、多分ゲームとか楽しみながらごろごろしてるが――何だっけ、別の話題だったか。

「――ええと、より緊急性の高い案件があったよな。具体的には、なんか再演の途中でちょっかいかけてきたラクルラールとかいう人形みたいな奴だ」

 そう。ルウテトと休戦協定を結び、グレンデルヒを退けた今、俺たちにとって最大の敵はラクルラールという星見の塔の魔女だ。目的がよく分からないが、どうも俺たち全員をいいように操ろうとしているのは間違い無い。

 できれば現時点では敵に回したくない、あまりにも強大な相手。下手をすると星見の塔の最大派閥と、トライデントを一度に敵に回すかもしれない危険性がある。更には、トリシューラの身体を作り出した一人でもあるという。

「ラクルラールについて、どういう方針で対処していくつもりだ?」

「うーんとね、とりあえずちびシューラたちとドローンにそれらしい人形がいないか捜索させてる」

 昔の私たちがもっと動ければ効率良かったんだけどねー、と残念そうに言うトリシューラ。復活させた過去の身体は、損耗が激しかったので休眠状態にして修理中らしい。疑似タイムスリップはここまでというわけだ。

「ていうか、人形とかドローンとかアンドロイドとか、違いが良くわからなくて混乱するんだが。それを作ったり操ったりするのが人形師なんだよな? 最強の人形師だか人形遣いとか言うけど、ラクルラールの強さはどんなものなんだ? 敵の事がよく分からないままで、どう戦ったらいいのかイメージがわかない」

 どうにも、あの奇妙な人形に対しては上手く倒せるという未来が思い浮かべられない。得体が知れないというか、明確な実像が捉えがたいというか。
 トリシューラはもっともだと頷いて、俺に説明をしてくれた。
 いつものやつである。わからなかったら適当に頷いておこう。

「まず、沢山いるちびシューラはほとんど全てノイマン型のコンピュータだと思っていいよ。私の人工知能が基本的には非ノイマン型のニューロコンピュータであるのとは対照的だね」

「確か、本体である上位シューラからは認識を阻害されているっていう九層の複合人工知能のことだったっけか」

 会話している横で、ルウテトが「のいまん?」と首を傾げている。妙だな。前世がコルセスカなら知っていそうなものだが。転生したせいで知識が欠落したとかだろうか。それでも日本語の基本的知識はこの世界に定着しているはずだ。
 というか、何故俺の中にはこんな知識があるのだろう。前世では一般教養とかだったのだろうか。よくキロンに破壊されずに残っていたものだ。

「要するに普通の計算機がいわゆるノイマン型と。それと色々な人工知能の複合なんだっけか。量子コンピュータ型とかもありそうだな?」

「多分ね。メートリアンはDNAコンピュータとかあり得るんじゃないかって言ってたけど、どうかなあ。わかんないや」

 ルウテトが「でぃーえぬえー?」と小さく首を傾げている。これもわからないのか。どういうことだろう。そして話に加われなくてなんだか悲しそうな顔をしている。小さな罪悪感。

「ええと。で、人形ってのはどういう仕組みなんだ。マラードの時にも色々出てきたよな」

「呪力で操る遠隔操作呪具だよ。呪文の素養がある人形遣いなら、簡単な命令を下して半自律行動をとらせることもできるけどね。普通の人形師が使うものには意思が無くて、地上で使用されてる自動鎧とかも、そんなに複雑な命令は覚えられない。都市部に配備されてる治安維持用のものとかは遠隔操作が多いかな」

 地上に行ったことは無いが、映像メディアなどに映し出された迷宮都市エルネトモランではそうした人形が治安維持を担っているとのこと。といっても、高位呪術師に対抗できるレベルではないようだが。

「つまりガロアンディアンの警備ドローンはとっても優秀ってことだよアキラくん。どう、すごい?」

「はいはいすごいすごい」

「適当に褒めないでよ-。まあいいや。それでね、人形師は大まかにはラフディの技術を基にした流派と、旧世界の技術を基にした流派があるんだ。ラクルラールお姉様は前者。ディルトーワ流とかって言うのがそれだね。後者で有名なのはバーンステイン流とかかなー」

 なるほど。つまり、ラクルラールという人形師はラフディから伝えられてきた技術を受け継いでいるというわけか。
 だとすると、物語の中に出てきた『ラクルラールという名の人形』の位置づけがよく分からないままだ。ヴィヴィ=イヴロスの言葉を思い出す。

『ああ、ついでに言えば、ラクルラールはただの史実だ。アレはそういう来歴を持っているというだけの話。今は零落した球神ドルネスタンルフが人に授けたという叡智にして神造の遺物、それがアレの起源であると言われているよ』

 古き神が作り出した人形。
 そう言われてしまうと、『そういうものか』としか思えないが、今ひとつ腑に落ちない。そもそも、ラクルラールの狙いとは何なのか? 散々こちらをひっかきまわして何がしたかったのだろう。

「バーンステイン流は心の存在を否定するんだけど、ラフディ系統のディルトーワ流は心や意思を人形に込めることを重視するの。アストラル体を兼ね備えた人形っていうのが基本コンセプト」

「呪いの人形みたいだな」

「まさにそれだよアキラくん。ちなみに私はそれとは別コンセプトで、どっちの流派とも違うかな。ベースとなる素体はラクルラール派だけど、内蔵機械はアーザノエルお姉様やクレアノーズお姉様がもの凄く手を加えたせいで別物なんだって。魔改造っていうか、原形留めてないとかなんとか」

 普通、作品に手を加えられたら怒るのではないだろうか。
 もしかしてラクルラールがトリシューラに厳しいのはそれが理由とか――いや、明確に悪意をもって接触してきていたようなので、たとえそうであっても許し難いのだが。

「中でもラクルラールお姉様の一番弟子であるアレッテ・イヴニルはディルトーワ派において不世出の天才と言われてる」

「確か、リールエルバがそいつに気をつけろって言ってた気がする。そんなに凄い奴なのか」

「うん。方式にもよるけど、並の人形師は最大で一体を滑らかに動かせれば上等、優れていても三体から五体程度、十体操れれば一流と言われている。数十とか百とか行けばどこの軍隊でも警察でも警備会社でも即座に幹部待遇」

 トリシューラによれば、バーンステイン派最高の天才ヨミル・バーンステインが松明の騎士団に鳴り物入りで入った時、他をすっ飛ばしていきなり九槍と最古参の隊長格に次ぐ十三位に任命されるという事があったらしい。ヨミルの同時操作可能数は最大で一万。人呼んで一人師団――聞いただけで化け物と分かる。

 キロンは別格としても、その下の十位だったというバル・ア・ムントの技量は優れてはいたがあくまで凄腕レベル。本気のキロンのように人外レベルという程ではなかった。その下の十三位が一個師団に相当する戦力を動かせるというのは、実質的には九槍に匹敵する実力者だったのではないだろうか。

「そして、そのヨミル・バーンステインと同じく最大で一万の軍勢を同時に使役できるのがアレッテ・イヴニル。こちらは心ある人形――それぞれが異なる呪的性質を有する癖のある呪術師たちを束ね上げている」

「意思と知性を持って呪術を行使する兵隊たちが一万もか。厄介だな」

「魔戦人形師団。端的に言えば、地上有数の怪物集団。小さな国くらいなら余裕で攻め落とせる戦力だよ」

 小国というのがどの国を指すのか、言うまでもない。
 思わず、黙り込んでしまった。
 そんな相手が攻めてきたら、個人の力ではとても対抗できないだろう。
 それこそ組織としての――王国としての『軍事力』が必要になる。 

「軍事力なら【死人の森の軍勢】に任せて下さいアキラ様! 私が率いる再生者オルクスの軍団は、全力で展開すればヒュールサス正規軍だけで十万は軽く超えます。六王たちの軍勢も合わせれば更に膨れあがりますね」

 流石死人の森の女王は格が違った。というか洒落にならない規模だなそれ。
 えっへんと胸を張るルウテトに若干の幼さを感じるのは気のせいだろうか。

「ラクルラールとは、私も因縁があります。ですから、どこかのぽんこつさんなんかより私を頼ってくれていいんですよ」

 話に参加できて嬉しそうだ。大人びているようで、むしろコルセスカより子供っぽい部分が目立つような。

「な、なんですかその視線は。私は母性あふれる女王ですよー」

 両手を広げて謎の母性アピールをするルウテト。
 やたらとわざとらしい口調だなとは思っていたが。

(多分、シューラがババア発言したのを気にしてるんだよ。無知キャラ演じて若さというか幼さを演出したいんじゃないのかな。そして頼りになるし包容力のある所も見せたいといういい加減な方針。焦点の絞れてない浅はかな演技だよね)

 ちびシューラの呆れを含んだ発言。まさかのキャラ作りだった。
 白けた目でルウテトを見ながら、トリシューラが言葉を続けていく。

「ラクルラールお姉様の目的は正直私にも分からない事が多い。けど、今回の一件でわかったことがある。多分あの人はトライデントの細胞だよ。星見の塔における支援者なのに実際に手足となって働く使い魔でもあるって何かズルいような気もするけど、いずれにせよ乗り越えなくちゃいけない相手ってこと」

「そういや青いのを使ってたな。とにかく星見の塔のラクルラール派閥はイコールでトライデントの仲間ってことでいいんだな? そいつらを殴ればいいと」

「アキラくんってこういうとき短絡的で乱暴だよね。いつもか。まあそれでいいよ。ラクルラールお姉様とアレッテ・イヴニルについてはそんなとこ。分かっている能力の詳細は道場に上げておくから、目を通しておいて? あとはそうだな――アレかぁ」

 途端に渋面を作るトリシューラ。どうしたのだろう。

「ラクルラール派は一杯姉妹や弟子を抱えているけど、多分末妹選定で関わってくるのはレッテとあいつだよなーヤだなー会いたくないなー」

「そんなに厄介な相手がいるのか?」

「うーん。厄介なんだけど、それ以上になんというか、こう」

 説明しづらそうなトリシューラ。
 今日の彼女はいちいち歯切れが悪い。
 何故か、こちらを気にするようにちらちらと視線を送っている。
 まるで、何かやましいことでもあるかのように。

「い、言っても怒らない?」

「その前振りは多分怒るような気がするが、勝手に脳をいじったり取り替えたり改造したり左腕食いちぎって隠してたりするより怒りそうな事実があるのか?」

「うー。やっぱり言わない。言いたくない」

 両手で口を押さえて沈黙を決め込むトリシューラ。子供か。重要な情報を感情的な理由で出し渋るんじゃない。脳内でちびシューラに指摘したら、反省のポーズをしながらサイバーカラテ道場に敵の資料をアップロードしてきた。意地でも口で言いたくないらしい。とりあえず、サイバーカラテユーザーは各自で目を通しておけばいいか。納得して資料のファイルを開く。ラクルラール、アレッテ・イヴニルに続く名前は――

「ミヒトネッセ、か。このTSX-8って何だ? 型番?」

「あーあー聞こえない聞きたくないー! はい終わり終わりー! 次の話題!」

 よっぽどこの人物についての話題が嫌らしい。
 とりあえずご主人様の意思を尊重することにした。

「今後の方針だが、共通の敵であるラクルラールを倒すまでは共闘するのはどうだ。敵は強大だ。第五階層をどうするかは、目の前の脅威をどうにかしてからでいいだろう。グレンデルヒの時と一緒だ」

「アキラ様がそう仰るのなら♪」

「アキラくーん、そういうのはもうちょっと色々いやがらせ、もとい要求を突きつけて交渉ごっこしてからにしよーよー」

 うるさい結論なんざどうせ最初から決まってるんだからさっさとそこに辿り着いてしまえばいいんだよ。
 そんなわけで、ガロアンディアンと死人の森は一時的な同盟を結ぶことになった。対グレンデルヒ同盟(仮)の期間延長といった所だが、今度の相手であるラクルラールはトライデントの勢力に属している。つまり、勝敗が末妹選定に直結する。負けられない。そんな決意の下、一致団結する俺たちだった。

「おばあちゃんのくせに他人のペットに色目使うとか恥ずかしくないの?」

「年齢しか勝ち誇れるものが無いのですか? それに、私たちは定められた命の種族とは異なる時間の流れを生きているのですから、年齢差なんて問題になりませんよ。古き神々ともなれば、万や億など誤差の範囲内なんですから」

 一致団結したつもりになっていたのは俺だけだった。



「うーん、なんか違うよねアキラくん」

「それに関しては、ある程度同意できるかもしれません」

 壮絶な口喧嘩からしばらく経過して。
 トリシューラとルウテトは、俺の方を見て揃って眉根を寄せていた。
 あまりの仲の悪さを見かねて、何か共通の話題とか無いのか、と口にした結果がこれだった。どういうことだ。

「セスカの趣味なんだろうけどさ。もっとこう、マラード系のキラキラ美形じゃなくて、アルト系の無骨軍人タイプとか、格闘家っぽい雰囲気が欲しいかも」

「そうですね。私も昔はこういう美形さんも好ましいと感じていましたし、今も嫌いではないですけど、何かアキラ様とは違うような。髪型も、今は前髪長めですが、短めにしておくほうがいいような気がします」

「あーそうだ、顔立ちより髪型だよ。最初のアキラくん、こんなにキメキメな髪型してなかったもん。違和感すっごいよ、今の謎イケメン前髪。エム字バングアキラくんとか字面だけで笑えるよー。ドエムしか合ってないよ」

「どえむ? よく分かりませんが、目つきがまっすぐで姿勢もいいわけですし、質実剛健みたいな雰囲気を出していきたいですよね。今のはちょっと軽薄で浮ついた感じがしてしまいます」

 会話聞いてるだけで死にたくなる。誰がマゾヒストだ。というか、自分の外見をちゃんと鏡で確認していなかったが、そんなことになっていたのか。
 義体にはコルセスカのテクスチャ呪術によって現実同然の質感が張り付けられている。それは実際に血肉を持った肉体として世界に固定されるわけだが、どんな外見にするかはルウテトの裏に引っ込んでいるコルセスカに決定権があるらしい。トリシューラと話し合ってそういう取り決めにしたとか。

「ふ、ならば俺に任せるがいい」

 出し抜けに涼しげな男の声がした。
 ルウテトの髪の中から小さな半透明の影が現れる。煌めく長い髪、野性的な稚気を残した瞳、あるがままの高貴さを孕んだ圧倒的な美貌。簡素にデフォルメされてはいるが、それは紛れもなく。

「あら、マラード。勝手に出てきてはダメですよ」

「失礼した、我が麗しの姫君よ。だが今こそ我らがラフディの助力が必要な時かと思ってな。貴方の役に立てると思えば、いてもたってもいられなくなってしまった。姫を思い慕う狂おしい情熱はとどまるところを知らぬ。その罪深い美しさがどれだけ」

「はいはい、いい子。おべっかはいいですから本題に入ってね」

「う、うむ。では我が従僕ルバーブよ、道具の準備を!」

 現れるや否や主を口説き始めた六王の一人は、すげなくあしらわれていた。小さくなって威厳も可愛さに置き換わっているし、扱いもだいぶひどい。こいつらまさか今後はルウテトのペット扱いとかなんだろうか。

「畏まりました、我が主」

 マラードの言葉に応えてルウテトの頭髪から現れたのは、ふっくらとした体型の中年男性だ。ごわごわした質感の髪が長く伸びているのがやや不潔な感じがするし、顔も整っているとは言い難いが――というか正直に形容するのが難しい――デフォルメされてそこそこ愛嬌のある外見になっていた。

 六王の配下たちもまた、ルウテトの軍勢に組み入れられているようだ。あらためて、ルウテトの勢力の強大さを思い知らされる。
 ルバーブはどこからともなく道具一式を取り出して、半透明であったそれらに呪力を込めると実体化させてしまった。一連の動きは風のように迅速。マラードにとって有能な配下であることが窺える。

「ラフディの民が髪を扱わせたら世界一だということを教えて差し上げよう」

 マラードの美貌が笑みを形作る。きらりと白い歯が光った。
 ルバーブが用意立てた散髪用の鋏をくるくると回しながら、マラードが俺の背後に移動する。俺はといえばその辺にあった椅子に座らされ、首の回りに髪が落ちてもいいように白い布をかけられていた。トリシューラとルウテトは興味深そうに見物する構えだ。なんかいきなり散髪が始まってしまった。

 若干の不安を感じたが、マラードの手付きは危なげがなかった。自分よりも大きな頭部の周囲を器用に飛び回り、縦横無尽に、そして正確無比に鋏を動かして髪を整えていく。散髪しながら会話したところによると、ラフディ人は皆これくらい当たり前にこなせるらしい。

「本来は、長く豊かな髪をどう彩るか、というのが我らの技量が最も問われる点なのだが、たまにはこういう簡素な仕事も悪くない」

 作業が終わって、自分の頭を確かめると確かにすっきりしていて気持ちがよい。短すぎるわけでもなく、見栄えよく整えられていて周囲にも好評だった。

「ふ、また華麗すぎる俺を見せてしまった。ああ、姫よ。皆まで言わずともわかっている。我らの想いは一つ。だが、苛烈な宿命の糸は人形劇の幸福な結末を許してはくれないのだ。それでもなお、障害ゆえに燃え上がる情熱がここに!」

「はい、よくできましたねー。えらいえらい」

 マラードはルウテトの指先で頭を優しく撫でられて嬉しそうに表情を緩めている。噛み合っているのだか噛み合っていないのだかよくわからん。
 ふと、ルバーブがそんな奇妙な主従関係をじっと見ているのが目に入った。

「マラード王――意外な得意分野でしたね。再演ではああした一面は見られなかったので、新鮮です」

 話しかけると、ルバーブは目をわずかに見開いた。
 それから少しくぐもった声でこう答える。

「陛下は素晴らしいお方だ。愛情深く、美しいものを尊ぶその気質はラフディの華やかな文化をより一層精錬させた。カシュラムとの戦いにかまけていたそれまでの無骨な王たちには無かった、得難い資質である」

 その口調には、主への確かな信頼と敬意が感じられた。
 ちびシューラの検索情報によると、マラードは決して評価の高い王ではない。
 むしろ暗君の代表格として取り上げられることが多い君主だ。
 それでも、それだけが全てというわけではなかったのだ。忠臣ルバーブを見ていると、そう思わされる。

 トリシューラは、果たしてどのように評価されることになるのだろうか。
 たとえ未来の彼女がどうなろうと、俺は主に付き従うのだろう。そう思うと、奇妙な共感めいた気持ちが湧き上がってくるような気がした。
 ルバーブと視線が噛み合う。

「いつぞやは、世話になった」

「こちらこそ。今のところは一時的な共闘ですが、よろしくお願いします」

 卑屈にならない程度に礼を尽くして、一定の信頼関係を築いておく。
 王を守護するもの同士で話していると、マラードの活躍を察知したのかぞろぞろと小さな王たちが現れ始める。とたんに室内が賑やかになった。

「ラフディの自己陶酔男が、また何かを勘違いして騒いでいるな。おお、鏡を持たぬ者はブレイスヴァの鼻先でも脳天気とはまさにこのこと!」

 ルウテトの口の中から飛び出したのは、十字の瞳を持った男。ゆったりとしたローブを身にまとっており、マラードを挑発している。ちびシューラが、歴史的経緯により二人は仲が悪いのだと教えてくれた。そういや劇でも戦争してたな。時代は違うから直接戦場でぶつかったことはないのだろうが。

「また貴様か老害オルヴァめ。私の代ではそれなりに友好的な関係を築いてやっていたというのに、生意気な奴め。ふん、なにがブレイスヴァだバカバカしい」

「言ったなこのマシュラム人め! おっと、マシュラム人でも美しき姫だけは例外です。むしろ姫の美貌こそがブレイスヴァなのでは? もちろんブレイスヴァは全てでもある!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ出すマラードとオルヴァ。更に、ルウテトの長い耳から飛び出してきたのは縮小されてなお小柄な姿。
 垂れ耳ウサギのような少年の名は、ヴァージルといった。

「あーっ、みんな抜け駆けしてずるいですよっ。僕だって姫にいいところ見せて誉めてもらいたいのに!」

 愛らしい美少年は、長くてふさふさの白い耳を持ち上げて叫ぶ。頬を膨らませるというあざとい表情が許される少年はこの三千世界にレオだけだと思っていたが、驚くべきことにヴァージルは完璧な愛らしさで俺の認識を塗り替えた。負けるか。うちのレオの方が絶対かわいいに決まっている。

(アキラくんバカじゃないの)

 ちびシューラの視線が冷たい。
 その後もアルトが特になにも言わずにルウテトの歯の中から現れたり、パーンがつむじの上に浮遊して意味もなく部屋全体を見下ろしたり、影から出てきたカーティスが室内にあった杖の最新機器に驚いて「これは何だい?」とトリシューラを質問責めにしたりと騒がしいことこの上無かった。

 更に、残存していた敵戦力の掃討が終了したことを報告しにきたマラコーダたちがやってきて、室内はもう収集がつかない騒ぎになってしまう。
 ついでにレオとカーイン、セージという公社組まで追加で到来。もうわけがわからない。人が増えすぎである。

「おお、アルト王よ。拝謁の栄に授かり恐悦至極にございます」「良い、面を上げよ。貴公からは懐かしい気配を感じる。牙猪の戦士よ、もしや貴公は」「はっ、お察しの通り、この身には我が盟友ダエモデクの魂が宿っております」「へー、これが現代の言語魔術師かあ。ねえねえ、このゲンリノヨウセイって何?」「ひぃっ、やめて殺さないで助けてお師様!」「えー、何で怖がるんですかー? 同じくらいの年だし、仲良くしようと思っただけなのに。変だね、サイザクタート?」「うおお、すげえ。伝説の勇士初代サイザクタートが幻獣になってら。おいグラッフィアカーネ、見てみろよ。あれ? どこいった?」

 人が多くて頭痛い。因縁がある同士で友好を深め合ったりもしてるし、もう帰って良いかな。というか一気に増えすぎて処理能力の限界を超えかけている。どうすればいいんだ。教えてサイバーカラテ道場。

(こういう時は、とりあえず話の合いそうな人の所に行くのが無難だよ)

 そんな相手はいない。
 内心で断言すると、ちびシューラは特に何も言わずにしゅんとなって項垂れてしまった。そのまま視界隅に『無縁仏』と刻まれた墓石を設置。かなしい。
 こういう人一杯で和気藹々みたいな環境は、どうにも場違いな所に連れてこられた気分になる。とりあえず目立たない場所に移動。と、レオとカーインがパーンと向き合っているのが見えた。

「貴様がカーインの裔だな? 喜べ、俺に仕えることを許す」「何を勝手な」「ごめんなさい、これは僕の護衛なので、折角の申し出ですがお受けできません」「何だ貴様は。わかっていないようだが、これは既に俺の所有物だと決定している」「違いますよ?」「何?」「子供みたいに我が儘を言っても、誰かの心を変えることなんてできません。そんなふうに乱暴に命令するだけじゃなくて、気持ちをきちんと伝えないと」「俺に説教をするつもりか、ガキ」「僕は確かに子供かもしれませんけど、赤ちゃんのお世話や躾はちゃんとできるんですよ。ティリビナの小さな子たちと遊んであげたり」「この俺に笑顔のままそこまで言ったのは貴様が初めてだ。このパーン・ガレニス・クロウサーが問うてやろう。名乗れ」「レオ・ウィーナーです。あと、カーインを足蹴にするのやめてください。誇り高い武人である彼に屈辱を味わわせる事は僕が許しません」

 何だこれ。よくわからん修羅場が発生している。
 あといつの間にかレオに姓が出来てた。

(あ、住民登録とか不便だから法務シューラ直轄のお役所シューラが命名しといたよ。姓とはいえ、名付け親の権力も行使できて一石二鳥だし)

 ちびシューラがさらりとどうしようもない事を言いやがった。そしてざわついた空気は一向に収まらない。というか人口密度高すぎてしんどいので部屋に帰りたい。会話聞いてるだけとかなら耐えられなくも無いが、人間が大量にいて意思をぶつけあってるとか怖い。コルセスカに感情を吸ってもらわないと。
 その時、混沌とした室内の喧噪を切り裂くように、よく通るトリシューラの声が響き渡った。

「ちゅうもーく! これから戦勝祝賀会と星見の塔トーナメント表彰式とガロアンディアンと死人の森同盟の親睦会を開催しまーす! というわけで、お料理をみんなで作って、食文化から相手を知ろう!」

 何がというわけでなのかよくわからない。
 そんなことをしている場合なのか疑問だが、トリシューラの強引な決定によりとりあえずそういうことになった。がやがやと騒ぎながら移動していく集団。
 ふと、俺と同じように壁際で寡黙に佇んでいる姿が目に留まった。後頭部で束ねた長い黒髪、刃のような眼光。すらりとした長身は俺よりやや上で、カーインより下といったあたり。黒いコートが少々くたびれているのが見て取れた。

 ルウテトの部下、手刀使いのクレイ。
 彼は俺と似たような佇まいだが、馴染めないのではなく馴染もうとしていない――というより、積極的に場の空気に対して壁を作っているように見えた。
 まるで、周囲と自分との境界を切断しようとしているかのように。

 そういえば、彼の立ち位置が今ひとつ不明なままだ。
 グレンデルヒとの戦いで共闘した、死人の森に属する再生者。
 六王ではなく、しかし六王と同じくルウテトに特別視されているらしい従僕。
 クレイとは、一体どのような人物なのだろう。

 そして何より気になることがもうひとつ。
 彼のあまりにも鋭い視線。
 気のせいでなければ、あれは殺意や敵意に類するものだ。
 そして、それは六王たちに向けられてはいなかったか。
 波乱の予感じみたものを感じつつ、俺は周囲に流されるように移動する。
 ちりつくような殺気を背にしながら。



 巡槍艦から移動して、やってきたのは第五階層中央区画。市民会館としてトリシューラが設置していたイベントホールに、トーナメントに参加していた人々が集っていた。参加者らの国民端末に一斉連絡したらしいが、かなり激しい戦いに巻き込まれたにも関わらずよく来てくれたな、と思っていたら。

「補填しろオラァ!」「慰謝料よこせ! 慰謝料よこせ!」「治療すりゃいいってもんじゃねえぞクソ主催者!」「別に怪我してねーけど精神的苦痛を受けたのでなんかくれ」「晩メシタダと聞いて」「ていうかトーナメントグダグダだったじゃねえか」「やりなおしを要求する!」「でも俺、今日で十もランク上がった」「【変異の三手】を正当防衛でボコれたのはめちゃウマだった」「ざまあ」

 ひどいクレームの嵐だった。
 二段ほど高い位置にある壇上に上がったトリシューラは、にこやかに微笑んでこう返してみせる。

「星見の塔トーナメント参加者のみんなに、【頑張ったで賞】をあげます。また来月のトーナメントもよろしくねー」

 なんか毎月やることにしたらしい。サイバーカラテ道場の発展に繋がるだろうから望むところだが、大変そうだ。
 トリシューラの背後から円盤ドローンが飛び立ち、大きな籠を人々の頭上に持っていく。中身を引っ繰り返すと、色とりどりの雨が降った。全て呪石――呪術的な力を宿した高価な品である。

「ひゃっはー!」「よこせ! 俺のだ!」「死ねやクソども!」「金じゃあ、現物じゃあ!」「はーい次は上位入賞者に賞品と賞状授与しまーす。名前呼ぶので邪魔する雑魚どもを薙ぎ払いつつ順番に来てねー」「上位入賞者をぶちのめせば賞品独占できると聞いて」「結局優勝って誰なの?」「あれだろ、グレンデルヒとかゾーイとか倒した本当のサイバーカラテ(キリッ)さんだろ」「よっしゃ、アキリッ狩りだ」「お前やれよ」「やだよ」

 なんて面倒な連中だ。そしてトリシューラのせいで俺の扱いがひどいことに。どうしてくれるんだこれ。
 俺は馬鹿騒ぎの中心から離れて、施設の奥に移動する。ちびシューラ制御の自動機械が忙しく動き回って準備を進めていた。機械の群に紛れるようにして、壁に身体を預けた。

 端末を片手にリーナ・ゾラ・クロウサーにメールを打つ。送信した直後に端末が震えて驚いたが、相手は店員ラズリさんだった。

『このたびはお役に立てなくてすみませんでした。トリシューラさんに合わせる顔が無いのでしばらく旅に出ます。探さないで下さい』

 この人は何を言っているんだろう天然なのかなかわいい。
 冗談はさておき、あの人の立場もよく分からない。
 一応、地獄の魔軍を率いる転生者で、実は双子だったセレクティフィレクティのフィレクティの方って事は見当がついている。過去再演で雰囲気そっくりのフィレクティが出てきてたし。トリシューラも当然この事実は把握しているわけで、その上で地獄と休戦している、ということなのだろうが。

(うん。実は、下方勢力とシューラのパイプ役がブルーだったりするんだ)

 ちびシューラによる肯定。店員さんのことをブルーと呼んでいるが、なんでもアストラルネット上の知り合いでハンドルネーム的なものだとか。
 ついでにトリシューラのハンドルがノーレイだということを教えて貰った。何かしらの意味が読み取れそうな名前だが、それはともかく。

 問題は、セレクティがそうであったように、店員さんも多分トライデントの細胞だろうということ。ラクルラール派との対決がなし崩し的に始まってしまった今、店員さんとの関係はどうなるのだろう?
 この辺、末妹選定という裏の対立軸と、上下の勢力にガロアンディアンを加えた表の対立軸が並存していて非常にややこしい。

(残念ながら、今のガロアンディアンに地獄と事を構える力は無い。ブルーには引き続きセレクティ派を抑えてくれるようにお願いしてあるよ。あっちの貴種っぽいレオもいるし、強硬策はとってこない筈。上に攻め込む場合も、素通りして第四階層に行けばいいわけだしね)

 素通りさせたらさせたで、それを口実に反対側の国から攻め込まれることは普通にありそうだが――そこは探索産業によって生じている経済力で牽制していく腹なのだろう。ドラトリアやクロウサー家との繋がりもある。
 しかしちびシューラは浮かない顔のままこう続けた。

(問題は、ジャッフハリム本国で強い勢力を持つレストロオセ派の動向だけど――これはちょっと未知数だから警戒中。あと、トライデント勢力であるラクルラールお姉様と戦うのにセレクティフィレクティと休戦したままでいられるのかってことだけど、これは大丈夫だよ)

 何故かそれに関しては強く断定するちびシューラ。
 理由を尋ねると、いたって単純な答えが返ってきた。

(それこそがトライデントの強さにして同時に弱さだから。数が多く、多様性があり、複数の意思を内包しているが故に、一枚岩じゃないという、ね)

 言われてみれば、それはあまりにも分かり易すぎるトライデント勢力の欠点。
 人が集まればそこには利害関係が生まれ、自然と派閥が生じて対立が起こる。
 トライデントもまたその宿命からは逃れられない。
 少なくともラクルラールとラズリ=フィレクティは、同じトライデントの細胞でありながら協力関係には無いのだ。

「じゃあ何か、連中はトライデント同士、方針の違いとかで揉める事もあるってことか?」

 思わず声に出してしまった。意外な事に、答えは同じく肉声だった。
 それも、トリシューラのものではない。

「そういうこと。ついでに言えば、抜けたり入ったりもできるわね」

 女性的で艶のある――しかし良く聴けば男性の声。
 見ると、モデル体型をユニセックスな服で包んだマラコーダが立っていた。
 ていうかトリシューラが立ち上げたブランド、ドーラーヴィーラのモデルだし体型は当たり前だ。すらりとした長身が羨ましい。

「かつてトライデント第十三の細胞、【尻尾】であった私がトリシューラ陛下にお仕えしてるのはその証明ってわけ。もっとも、陛下に忠誠を誓った時に禁呪をお猫に返上しちゃったからもう細胞じゃないんだけどね」

「おい、それ初耳なんだが」

「言うの初めてだもの」

 どうもトリシューラとは色々な過去があったようだが、プライベートな事情なのかそれ以上は踏み込めなかった。トリシューラが必要無いと判断したのならそれでいいし、マラコーダの忠誠心は間違い無く【マレブランケ】随一なので信用はしている。なにしろこいつ、トリシューラの意識総体レベルが落ちて存在が消滅したら自分も死ぬという条件の呪毒を自分に撃ち込んでるからな。

「絶対に安心できるような事は言えないけど、強力な上位細胞はまだ本格的に動かない筈よ。少なくとも、最上位細胞の【心臓】が生誕するまでは」

「【心臓】か。そいつが出て来るまでに、こっちの陣営を強化しないとならないってことか」

「そういうことね。だから現時点で注意すべきは下位細胞、とりわけ今回動き始めた第十八の細胞、【髪】のラクルラールってこと」

 要するに、やるべき事はあまり変わらない。色々と新情報が出てきたが、相変わらず俺の知らない所で誰も彼もが好き勝手にやっているという当たり前の事実が再確認できただけだ。世界全体を把握するなんて俺にはできないし、そういう膨大な情報の分析は誰か他の人に任せるに限る。サイバーカラテユーザーの皆さんとか、トリシューラとかそのへんに丸投げでいい。

(まあ、小さな諍いとか牽制くらいならともかく、明確にトライデントの細胞であるラクルラールお姉様を排除してしまったら、今のままトライデント勢力と休戦、ってわけにはいかないだろうけどね。何かしらの反動はあると思う)

 それでも、先に攻撃を仕掛けて来たのはあちらだ。
 これで終わりとは思えないし、対決は回避できないだろう。
 来るべき戦いに備えて、マラコーダ達とも今まで以上に緊密な連携をとっていく必要があるだろう。

「いざとなったら、手でも足でも身体でも、それこそ頭でも貸してあげる。躊躇なんていらないから、使えるものは全て使って陛下を守ってね」

「言われるまでも無い。それこそが俺たちが共有する理念だ。サイバーカラテ道場は、トリシューラ無しじゃ回らないんだしな」

 マラコーダと戦意を確かめ合う。
 そうしていると、ホールの方から騒がしい気配が伝わってきた。戦勝祝いだか表彰式だか親睦会だかが始まったらしい。マラコーダに掴まって逃げるわけにも行かなくなったし、とりあえず行くとしよう。

 歩き出したその時、端末が再び振動する。
 メールだ。ここしばらく音沙汰が無かったコルセスカの使い魔、アルマから。
 確か、ずっと迷宮の裏面に潜っていたはず。コルセスカが大変な時に何をしていたんだ、という思いが無いわけでは無いが、仲間の別行動を受け入れているのが当のコルセスカなので、俺が口を出すことでは無い。コルセスカなら自分の身は自分で守るし、できなければ俺が力不足だということだ。

 それはともかく、アルマからの連絡はひどくシンプルだった。
 すぐにこの動画を見ろ、というもの。
 どうやらつい先程、大手の念動画投稿サイトに投稿されたばかりの動画らしい。凄まじい勢いで再生数が伸びているが、一体何なのだろう。

 俺はどうしたのかと訊ねてきたマラコーダと共に動画を見た。
 視界隅で、ちびシューラが厳しい表情をしている。
 再び、アルマから連絡。

『それ見て、サリアちゃんがスキリシアに飛び込んで行っちゃった。かなり暴走気味で、正直やばいかも。ごめん、止められなかった。あと、コアちゃんと連絡とれないんだけどそっちで何かあった?』

 返信のメールを打つという動作が、しばらくとれなかった。
 ちびシューラに確認すると、ルウテトと六王――というかその中の一人であるカーティスはホールにいるという。
 重く、深く、溜息を吐いた。

 一難が去ったと思ったら、即座にまた別の難事が降って湧いてくる。
 何者かの悪意を感じずにはいられなかった。
 それでも、時間は待ってなどくれない。
 個別に対処していくしかないのだろう。

 もたらされた情報は、極めて厄介な代物だ。
 ドラトリアの王女にしてガロアンディアンの支援者、リールエルバの誘拐。
 更にその妹であるセリアック=ニアの無惨な姿。
 そして、六王が一人カーティスと人質との交換要求。
 聖マローズ教団という新たな勢力が現れた事で、穏やかだった空気が一変していくのだった。



 余談

「じゃーん、どうでもいいお話たーいむ!」

 トリシューラはどうでも良さそうなことを喋り倒していた。
 いつもの脱線蘊蓄だ。

「人形師といえばバーンステイン! 松明の騎士団前十三位、ヨミル・バーンステインは下手すると守護の九槍に匹敵しかねない怪物で、一個師団クラスの戦力! そしてペレケテンヌルの祝福者な変態さんだよ!」

 変態さんって何だ。

「だったんだけど、例の事件で殉職しちゃったみたい。そうでなくても高位序列者が結構死んじゃってて、そのせいで修道騎士たちが混乱中っていうのもガロアンディアンが攻められてない一因だね。ブルーとの契約もあるし、当分上下の勢力に攻め込まれる心配は無いよ。だから今はラクルラールお姉様対策に集中できるかなっ」

 適当に聞き流していたが、守護の九槍っていう難敵もいるんだった。
 特に一位。コルセスカにとっての運命の恋人。
 いずれ戦わなくてはならないような気がするが、その辺も含めてルウテトに訊いておきたいんだよな――ああもう気になる事が多い。
 というか、未来のことを追求しようとしたら露骨にはぐらかされたのはまさか一位関係で何かあったからじゃないのか?
 不安が膨らんでいく。

「第八位、第九位、第十位って具合に高位序列者が穴抜けになって、今あいつらガッタガタらしいよ。ざまあないよね。中央の大神院から色々叱られたりしてるんじゃないの?」

 トリシューラはご機嫌だが、その代わり、中央の影響力が増すということも考えられるんじゃないだろうか?
 なんか足下を掬われそうな気配もありそうだ。トリシューラだからなあ。

「むう。ひどいやアキラくん」

 俺たちの先行きに暗雲が立ちこめている気がした。不穏だ。

「地上を支配していた槍神教という権威が弱まってるんだよ。こないだのガルズによるテロは失敗こそしたけど、槍神教が抱える騎士修道会に打撃を与えたという点ではインパクトが大きかったの。各地で抑え付けられていた反槍神教勢力が動き出してもおかしくないかなーって」

「なるほど。それじゃあ下方勢力の動きも活発に?」

「直接的間接的なもの問わず、色々やるだろうねー。巻き込まれたくなーい」

 無理っぽい。

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