第59話 背番号0
走っているのはただ俺がお人好しなだけじゃないだろう。
俺がサッカーをやっていた理由は母さんが活躍する俺を見て喜んでいたからだ。
俺は母さんの笑顔が見たかったからという単純な理由でサッカーをしていたつもりだった。だから練習もいっぱいして新しい技ができたらすぐに母さんに見せて笑顔になって…。
でも俺が中2の頃に母さんと父さんはいなくなった…。新しい技ができてもそこに母さんの笑顔は無くなっていた。もう望むものは消え去っていた。
だからサッカーを辞めたんだ…。これから先ずっと続けてもそこに母さんはいないから……。
でも今まで気づかなかった。本当はサッカーが好きで好きでたまらない自分に。母さんがいなくてもなぜか疼く身体の訳を今知った。
俺はサッカーが大好きだ。
そして同じサッカーを愛する者だから俺はそいつのために走っているのだと思う…。
走る道の先に見える学校、そしてその校門を通り抜けてグラウンドに出た。
まだ体育館には部活をしているらしく声が聞こえてきた。
だが屋外の部活は当然部活などしていない。
強豪高校なら夜の8時9時までしたり大雨でも警報が出ない限り練習はしているがウチの学校は言っちゃ悪いがそこまで強くはない。
だからグラウンドになんて一人もいないはずなんだ。
こんなコンディションの悪いグラウンドになんか……。
なのに……
なんで一人だけいるんだよ……
「馬鹿かお前は……!」
「………そんなこと…今更聞くなよ…。僕が金持ちの大馬鹿者くらい学年の奴等全員が知ってるぜ? それに桃原だって馬鹿じゃねえか…。こんな雨が一段と激しい中で傘も持たずにずぶ濡れになって」
「お前ふざけてるのか!? 早く帰れよ!キャプテンマークをつける奴が風邪引いちまったら本物の馬鹿じゃねえか!」
冷たい雨が二人に向かって落ちてくる。
だがさっき走ったせいか、それとも今梨原に怒鳴っているせいか、体はかなり熱く感じる。
「………少しだけ昔話をしてもいいか?」
「…昔話?」
突然何を言い出すのかと思い聞き返す。
「ある街に金持ちの子供が生まれたんだ。好きな食べ物はいつでも食べれて、欲しいゲームがあったら友達よりすぐに手に入った。毎日が自分の思い通りになって不自由なんか感じた事がなかったんだ……」
「……言いたいのは自慢話か?」
「ふっ、まあ庶民にはそう聞こえるかもしれないな…。でも一つだけ思い通りにならなかった事があるんだ」
「……サッカーか?」
「…ああ、サッカーだけは金ではどうにもならないからね…。テレビがきっかけでサッカーを始めたんだが、僕は夢中になったんだ。 こんなに動くことが楽しいって思ったことはないくらいな……。
そしてそれは世界にまで共通しているって聞いて鳥肌がたったよ。 言葉が通じ合わないのにボール一つで通じ合っていることに。 世界には天才がたくさんいるってことに。
その時、なりたい自分を初めて見つけたんだ。 僕は初めて夢を持ったんだ……。
でも中学1年の11月2日……僕は試合中……ファールを受けて靭帯がブッ切れちまった…」
靭帯が切れた、そんな経験したなのにこいつはまだサッカーを続けるのかよ……
「手術は何度もしたが結局は靭帯はブッ切れたままなんだよ…。だからサッカーは諦めようとも考えた。いくら大好きでもそんなの惨めなだけだからな……」
「じゃあなんでお前はここにいる……」
「………あるサッカーの試合を見に行ったんだ。その試合には僕たちを圧勝で勝ったってことで先輩達も注目してたからな…。
最初は虚しいだけと思った。できないサッカーを目の前でされるんだからな。
でも………
僕は勇気をもらっちまった……」
「どういう……ことだ?」
「そこには…背番号0をつけたお前がいた。 一年生ながらもトップ下でゲームメーカーをするお前がいたんだよ…」
「……俺?」
「前に試合したときはわからなかったが、桃原の……背番号0を背負ったお前の凄さを見て感動したんだよ……。 勇気をもらったんだ……、 僕も……サッカーをしてお前みたいに上手くなりたかったんだ…。お前は僕の“憧れ”なんだよ…」
「………」
「だからリハビリをしてブランクがあったその倍は練習に練習を重ねてサッカーができるまで鍛えた。 痛いぐらいじゃ済まされなかったケガを我慢してな……。
だが、中三になってまたお前のチームと試合が決まったけど、お前はどこにもいなかった。」
中三…その時は俺はサッカーを辞めている時期だ。
「ショックだったよ。 今まで僕は何のためにやってきたのかわからなくなった。目指すもんが無くなった気がしてよ…。やる気が失せちまった」
……ああ、そうか。
こいつは俺に少し似ているのかもしれない。
俺は母さんの笑顔が見たいから。
こいつは俺のようになりたいからサッカーを頑張ってきた。リハビリも死ぬほどしてきたんだ。
でも互いのトモシビは消えてしまって……。
「……でもな気付いたんだ。お前がいなくなってもサッカーをしたいって心が騒ぐ。やっぱり僕はサッカーが好きなんだって改めて思ったよ。だから僕は高校でもサッカーを続けるんだ。無理とわかっていてやっても後悔はしないはずだ。サッカーがホントに好きだから…」
俺はあのとき夢を諦めた。
でもこいつは……今もずっと夢を見ている。
『どうせ叶わない』
『やるだけ無駄』
『もっと確実な道に行け』
恐らくこいつはこういう事を何十何百と聞かされただろう。
それでも夢を追う。金なんか関係なく趣味のために。
……こういう奴を本物の馬鹿と言うんだろうか、それとも覚悟ある奴と言うんだろうか……。
俺にはよくわからなかった……。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。