神がもたらす笑み
大学からの道を、なにを気にするでもなく通る。
MP3プレイヤーで曲を聴きながら、那々絵は歌詞を頭のなかに巡らせていた。
ふいに立て看板に目がいく。
永年、陽にさらされてきたせいか赤いインクだけが抜け落ちている。
『ここは です』
かろうじて、かつて赤文字だっただろう箇所に
"駐車禁止"という薄い枠が見えている。
(ここは……です)
なにげなく心中で呟く。
(ここは…… death )
駄ジャレのつもりもなく、ありきたりな文字変換が思考の上で行われる。
(ここは……デス?)
なにか閃きそうな予感があるのに、なにかが阻んでいる。
(ここは、デス……ここはデス……)
眉根を寄せて看板に近づく那々絵だったが、急になにかが弾けた。
「ここハデス!!」
弾ける反動のままに声を上げる。
ちょうど彼女の後ろを過ぎようとしていたサラリーマンがぎょっと驚く。
スキップ気味に跳ねながら、ここハデス、ここハデス、と小声で口遊みながら遠ざかっていく。
サラリーマンは看板に目を向け、納得したように笑った。
那々絵の姿を視線で追うが、もうすでにどこかへと去っていた。
ギリシャ神話のいかついオヤジが自分を飲み込んで、
その腹のなか、スーツ姿で看板を読んでいるような妄想を覚える。
そして自分に浅い笑いを向け、男性は襟元をつかむ。
ひとつ咳き込み服を正すと、何事もなかったかのように再び歩き出した。
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