罪と咎(つみととが)(4/12)PDFで表示縦書き表示RDF


罪と咎(つみととが)
作:マオ



贄……SACRIFICE・1


(何故彼女がその姉弟のことを話し出したのか私には分からなかった。
 それよりもその塔の中の、ひどい環境におかれた娘たちのことが気になった。
 私の想像したことを彼女はその通りだと言ったのだ。
 では、その娘たちの行く末は……!
 私の表情がこわばるのと正反対に、彼女はどこか幸せそうに姉弟のことを語り続ける)
 そう……何も知らずにあのお二人にお仕えして……ほんとうにあたしは幸せだった。
 お二人にお仕えすることだけがあたしの幸せなんだから。

               ***

 ――リッカが九歳、アジュが八歳になっても二人の逢瀬は続いた。それは姉弟というには親密すぎ、それ以上と気付くには二人は子供すぎた。サリュとシェリは気付いていたが、邪魔など決してできるものではない。
 当然ではあった。リッカにはアジュだけが希望であったし、アジュの周りにはリッカほどの美しさを持つ少女などいなかったのだから。
 毎夜毎夜の訪れを心待ちにする少女と少年。心の結びつきは強く、何者の介入も許されぬほどだった。
 アジュのいない塔内はゆるりゆるりと時間が過ぎる。苦痛になるほど緩やかな時間の流れにリッカはいつも耐えていた。サリュもシェリも必要以上に接することを禁じられてしまったのだ。リッカに文字や魔法を教えたことでサリュはひどく罰せられた。
 危うく広場で首を落とされるところを、そ知らぬふりでアジュが救い、一生を扉番に費やすことで命を拾った。まだ幼いアジュはそんな発言を許されるほどに有望視されていたのだ。
 あちこちからの期待を一身に背負いながら、アジュは勉学にも闘術にも魔法にも精を出す。
 強くなれば、偉くなればいつか姉をあの塔から出してあげられると信じて。
 そして八歳になりしばらくした頃、アジュは正式にそれを誓った。
「ねえさま、約束しよう」
 月明かりの下、アジュが差し出したのはおもちゃの指輪。幼い彼が手に入れられる精一杯の代物。紅いガラスのはまった金色の指輪。
「ぼくがねえさまをここから出してあげるよ」
「……ほんとう?」
「うん。これが約束のしるし」
 リッカはそっとその指輪を受け取る。あまりにもちゃちな、頼りない指輪。
 けれど、きっとそれが二人の全て。
「アジュ」
 まっすぐに、少女は見つめる。
「まっているわ」
 誓いは受けられた。所詮子供の約束事とは笑えぬほど、おごそかに。

              ***

 十歳になったとき、アジュは王家の姫君と出会った。姫の結婚相手の候補として、数人のほかの貴族の子供と一緒に面通しさせられた。少年たちの中で一番優秀であるアジュが選ばれるだろうと誰もが思っていた。
 両親も期待してアジュを飾って送り出した。王家の一員に名を連ねることはこれ以上ないほどの名誉であったから。
 アジュ本人にその意思はなかった。次期王になんて興味はない。ただ想うのは姉のこと。
 もう四年になる秘密の逢瀬。誰にも話せない、訊けないことがら。
 両親はどうして姉のことをアジュに話さないのだろう。どうして家族の中で姉だけがあの塔にいるのだ?
「誰に尋ねてもいけません」
 以前聞いたとき、サリュはひどく苦しそうにそう言っていた。
「一言漏らせば全て終わります。わしとシェリは首を落とされ、アジュさま、あなたは二度と塔に来ることは許されません」
「どうして。ここは一体なんなの?」
「サリュ、教えて。シェリ、何故なの?」
 リッカ本人もわけを知らずにここにいる。
「わたしはどうして家に帰れないの? みんなも……」
 その頃、周りを見渡すと他の少女たちは、ただ(うつ)ろに中を見上げるだけだった。希望も願いも、祈ることもない。なにもかもあきらめて時間が流れるに身を任せている。
 シェリが身の回りの世話をしてやっても礼一つ口に出さない、出せない。
 それを疑問に思うこともない。
 ただ、リッカ一人だけが、わずかに疑問を抱くだけ。
「ねえ、何故なの?」
「ああ……リッカさま、お訊きにならないでください」
 シェリの瞳が潤む。この美しい少女にどれだけ仕え尽くして、心の底から敬愛していてもそれだけは答えられない。
「どうか……このシェリを哀れとお思いなら……それだけは」
 答えられない……言えるものか!
『どうして』そう言いたいのはサリュもシェリも同じだった。
 何故、何故、何故! 答えは胸の奥底に、灼熱のようにわだかまる。
「どうか……それだけは」
『神よ! お(うら)みいたします! なにゆえにこのようなひどい仕打ちをさせるのか!』
「リッカさま、アジュさま。いずれ分かることです。今はどうか……お訊きにならずに……」
 サリュの苦痛そのものの言葉に、リッカはふっと泣きそうな顔になる。
「……わかったわ。だからサリュ、シェリ、泣かないで」
「……わしは泣いてなどおりません」
 ぼたぼたと熱いものが(あご)を伝い流れ落ちても、サリュはがんとして言い張った。シェリはもはや声もなく。顔を覆うだけ。
 ――問えない。今だ幼い姉弟にも、この二人が何か、とても重く痛いものをうちに抱えているのが理解できる。大人が子供の前で泣くほどのこと。
 無理に問うことができぬまま、いつもと変わらぬ日々がすぎ……今日アジュは姫に会う。







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