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その五 事件現場

 そんなことがあってから光子は三度事件現場を訪れた。
 一度目は週末の金曜日に、ボス弁と、社用車のエブリイを免許取得して間がない光子が運転して出掛けた。コースは一九七号線を通って坂ノ市有料道路から臼杵に入るコース。
 さすが運動神経抜群の光子、少々スピード出し過ぎであったが、危なげない運転であった。
「たったの五百円、しかも代金を取り立てただけじゃん。懲役七年はちょっとひどくない?」光子が訊いた。
「たとえ百円でも、脅しつけ、自由を奪って、意に反して強取すれば強盗罪になるのよ。恐喝との境目は難しいけど。つい先だって同じような事例の判決があってね、食い逃げの客を、居合わせた客が取り押さえて、殴って代金を払わせただけなのに、やはり強盗・傷害罪に問われて、懲役六年の実刑にね」
「へー。法律って変なとこに厳しいんだね」
「法は変らないわ。それを適用するかどうか、構成要件をどう判断するかによるのよ」
 強盗罪は「暴行又は脅迫を用いて、他人の財物を強取したり、財産上不法の利益を自分で得たり他人に得させたりすると成立する(ウイキペディアより)」ということなので、状況は極めて不利である。現実に暴行を加えて全治十日間のケガを負わせているのだし〈これについては病院代はもとより、慰謝料百五十万円を支払っている〉。
 これに対して根岸弁護人はーー。
 一、自由を奪ったかどうかについて、「袋小路といっても屋敷と屋敷の間に九十二センチのブロック塀があって、逃げようと思えばそれを乗り越えて隣の敷地に逃げることは可能だった。相手は一人、自由を奪われたことにはならない。
 二、脅迫について、「被告人がヤクザであるかどうかも、イレズミを見せて脅したわけではなく、被告人はイレズミをしていない、見た目普通の人と変らない、むしろ、気が弱く善良そうに見える、もしヤクザだという認識を抱いていたのなら、少年らが、『おっちゃん、イカのタコ焼き、ないんかいな、イカのタコ焼きちょうだい』などと茶化したり、長らく長椅子を占拠して、寄って来る小・中学生を睨み付けるなどして営業妨害的な振る舞いをしたり、代金を支払わないで逃げたりしない筈である。
 三、強取について、「被告人は代金を手にしていない。代金は地面にばら撒かれていた。これでは財物を占有したとはいい難く、既遂していない。
 四、暴行について、「それらの行為の後に暴行が行われたのであり、これは少年の供述から、そして目撃証言からも明らかである、暴行によって、少年を畏怖させ、自由を奪い、その意に反して財物を強取したものではない」
 と主張。
 これに対して検察は、「弱そうなヤクザだからからかってやろうと思った」という被害者の少年達の供述を取り付けており、最高裁判例の「社会通念による」という判示を持ち出して、必ずしも、自由を奪われたかどうか、脅されて畏怖したかどうかの証明は必要としない、ヤクザというだけで畏怖し、反抗の気力と、逃げる自由を奪われる、しかも暴行まで受けているのだから、強盗罪の要件は充分満たす、という主張。
「で、どうなの? 勝ち目はあるの?」あらましを聞いて、光子が訊ねた。
「今のとこ劣勢だわ。少年達の証言を翻させるか、ほかの証言者を見つけ出すかーーそれでもやはり、小刀が出て来ないことには難しいでしょうね」
「だって、指定暴力団にも指定してもらえない、仲間内でハバを利かせるためにだけ突っ張ってるような、たった十五人しかいない弱小組織だよ。今時の不良の方がよっぽどヤクザだよ」
「テキヤというだけでそう思うのが社会的通念なのよ」
「目撃証言は何とかならないの?」
「そうなのよ。崩すとしたら、そこからだわ。小刀の方は警察の人海戦術で見つからなかったんだから、たった二人で探し出すのは……ね。もう一年以上も前のことだし」
 車は臼坂(きゅうはん)トンネルに入った。しばらく二人は前を向いて黙った。
 長いトンネルを抜け、明るくなった所で光子がいった。
「大勢だから見えなくて、一人ふたりだから見えるってこともあるんじゃない」
 どこまでも自分の都合のよいように考える、能天気なアスリートの光子の向こうに、根岸ともみはある人物を思い描いた。
「だって、世間はテキヤはヤクザだと見るけど、あたしなんかタツをそういう目で見たこと一度もないもん。少年達だって、きっとそうだよ。だからいたずらしたんだ」
「だといいけどね」根岸ともみの心はよそへ行っていた。
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