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ダークマター 作者:なしか 空
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前に続く

 コトッコトと、まな板を叩く不規則な音で竜平は目覚めた。
 窓は明るんでいて、昔懐かしい味噌汁のにおいがしていた。
 すぐ傍の流しに、Tシャツの背を丸め、腰に前掛けの結び目を見せた小雪の後ろ姿があった。
 ぎこちない包丁使いで、野菜か何かを切っている。三畳の部屋いっぱいに並び敷いてあった布団は、片方だけ畳まれてあった。
 昨夜(ゆうべ)よからぬ妄想を抱いて体を熱くしたところまでは覚えていた。だけどそれから後のことを何も覚えてないところをみると、何事もなく眠ってしまったのだろう。
 小雪は、昨日きのう古着屋で仕入れたばかりの色褪せたTシャツに、同じ卵色に変色したパンツ姿である。その後ろ姿には、今まで見たことのない初々しさがあった。
 白木洋子にしても、お水のおねえちゃんたちにしても、いっぱしの社会人という完成された女性だけど、中学を卒業してから城島家の住み込み手伝い兼テキヤ見習いをして来たという小雪は、社会人としても、女としても、まだ未完成の初々しさであった。
 それは化粧の仕方も知らない田舎娘と同義語だけど〈髪型も女子中学生のようなナチュラルなままである〉。
「いやだ、若さま起きてなったと。そんなに見られたら、小雪、恥ずかしか」
 小雪が振り向いていた。
「あ、いや、ごめんごめん。何も君のお尻を眺めていたわけではない。女の子が料理する後姿っていいもんだなあと思って。今何時?」
「まだ八時前です。まだ寝ててよかですよ」
「そうか。いや、そうもしてられない。本庄のことが気になる。君が来てからでも三日経つなら、伯母ちゃんに連絡がいったのは一週間は前だろう。いや、もっと前かも知れない。応援を頼むとかいっていた。ぼくにはもうかれこれ二週間近く連絡がない。どうして連絡をよこさないのかなあ……。携帯の電源は切ってあったにしても、こっちから何度もしているし、履歴が残る筈だから……」
「若頭に何かあったとでしょうか?」
「そんなことは考えたくないけど、連絡ができないわけがあるのは確かだ。だから今日から探す」
 竜平は起き上がると、あわただしく布団を畳んで、顔を洗った。

       ㈡

 小雪の味噌汁の味はなかなかのものだった。
 それを褒めると「大姐さまに教わったとですよ」といった。
 料理など、女のたしなみは竜子伯母によるものらしい。
 というのも、小雪は早くに母親と死別して父親に育てられたという。六人兄弟の中の紅一点の野育ち。村上カメの一族というから、村上タツオの縁者になる。
 朝食がすむと、二人は連れ立って部屋を出た。泊まりの労働者たちはもうすでに寄場に出払っていて、「おや、ごゆっくりだねえ」と帳場から婆さんが声をかけて来た。
 仕事にありつけるかどうかはだいたい八時頃までに決まる。九時まで飛び入りを待ってあぶれた連中が、三々五々重い足取りで帰って来るのだ。
 宿がある者はまだしも、路上生活者は空きっ腹を抱えてうろつくか、ダンボールハウスにもぐりこんで、エネルギーの消費を最小限に留めるべく、ひたすら横になっている。
 寄場で立ちんぼうする気力体力のない者が、無気力に横たわっている脇を通って、二人は山谷地区を出た。
「探す当てはあるとですか?」
「ない」実際何もなかった。
 なのに勢い込んで出たのは、こうなったらもう、(じか)に総会屋に乗り込むしかないと決意したからである。
 火中に飛び込むようなものだけど、ほかに手立てはないのだった。

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