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ダークマター 作者:なしか 空
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 ミツコ記   

 その子を()で、
 その子を(いつく)しんで、(はぐく)むがよい。
 そして、
 その血を、捧げものとせよ。

  その一 メメの子ーータツオ。

 村上カメの孫娘メメが彦山川の河川敷でてて無し子を産み落としたのは一九八六の五月のことであった。
 まだ中学生のメメは、気丈にも後始末をちゃんとして、赤子を彦山川の水で清めた。台風が通り過ぎた後で、空は真っ(さお)、景色は目が覚めるようにみずみずしく、清らかであったが、川の水は濁っていた。
 赤子はしかし産声をあげることなく、仮死状態で産まれており、産婆なら尻をバシバシ叩いて泣かせるだろうけど、幼いメメにそんな知識はない。ぶよぶよした赤黒い肉塊を持て余して、タオルの上に横たえた。途方に暮れて香春岳を見上げる。
 近くで草を食む牛がのどかに鳴いた。
 犬猫の子なら可愛いのだけ残し、ほかは目が開かないうちにズタ袋に入れて川に流すのが常だったから、そうしょうかと思った。家に持ち帰れば、バアバにどれだけ叱られるか。
 赤子はもう死んでいると思った。丸めた小さな口に皺んだ目、握り締めた小さな手、足の腹を見せた細い足、力んでいるようにも見えるが、ピクリとも動かない。
 ーーそこへ。
 サッと一陣の風が吹いて、どこからともなく天使が舞い下りて来て、赤子に命を吹き込んだ。
 赤子が弱々しい産声を上げたので、メメが振り返って見ると、一匹の黒い大きなアブが、アブが赤子の尻にとまっていた。

 村上カメは、我が娘がメメをひり出した時のことを思わずにいられなかった。相手は富山のクスリ売りで、毎年宿を貸してやっていたのがアダとなって、三十七歳の箱入り娘がクスリ売りの子を孕み、置きグスリと一緒に子ダネまで置いて行ったヤクザなクスリ売りを追い駆けて、娘は産まれて間もない赤児を置いて家出してしまったのだ。
 何という因果であろうか。
 今度はその手塩にかけて育てた孫娘のメメが、年端もゆかないメメが、母親と同じ過ちを犯して、塩垂れて帰って来たのだ。道端で子猫でも拾ったかのように、タオルでくるんだものを抱えて。
 何んぼ問い質しても、メメは頑として憎き狼藉者の名をいわなかった。が、ともかく、生まれた子に罪はない。産土うぶすなの神の授かり者である。便所にひり落とした者もいれば、ゴミと一緒に棄てる者もいる。よくぞ亡き者にせず連れ帰ったとカメは、叱られるのを覚悟でうなだれている孫娘にいった。
 ――しょうのなか! 早よ、風呂場さ行って、体ば、洗ってこい。
 赤子は小さな手足を動かし、そねくりばって、力強く泣いた。
 九十二歳のカメは、九十度近く曲がった腰をトントン叩いて、()(ばな)を飛ばしてから赤子を抱き取った。
 ――おお、よしよし。どげんした? お尻の痒いとか。オシメば、すけてやらんばね。まだまだ、バアバも死なれんわいね。おほほほ。
 といってあやした。
 仮名文字しか書けないカメは、今度こそ間違わないようにと、ボールペンを舐め舐めしながら用心して、「タツオ」という名前を書いて出生届けを出した。竜太郎親分の竜の一字をもらったけど、竜夫という漢字が書けなかったのだ。孫娘の時は「ナナ」と書いたつもりが「メメ」になっていた〈博多で「メメさん」といえば何の愛称であるか、知る人ぞ知る〉。
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