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前に続く

 容疑者・清水紀夫は容疑事実なしーーで、釈放となった。
 根岸ともみ弁護士と光子、そして母親の清水志津子とで、中央署に迎えに行く。
 天気のよい、ゴールデンウイーク開けの、爽やかな風が吹く日だった。
 待合室に、権藤警部と若い刑事に伴なわれて、清水紀夫は右腕をさすりながら「まいったよ」といって現れた。
「滅多にない体験をさせてもらったわね」と志津子。
「休業補償はあるんだろうけど」
 権藤警部は少しも悪びれた様子はない。日本国民である以上は、いつ何時、思わぬ嫌疑を掛けられて、吟味の俎上(そじょう)に乗せられることになるかわからない、(そんなものあるか!)といわんばかりだ。
「金谷と大野はどうなるの?」と光子が警部に訊く。
「あいつらにはたんまり罪科を背負わせち、長~い監獄暮らしにしちゃるわい。池辺沙織にもケツにお灸をすえちゃらな、ならん」
「滝田学は?」
「滝田か、あいつがもっとシャキッとしとりゃ、こんな手間隙かけることにはならんかった。あいつにもーー」
「野島教授のいうこと聞いてれば、もっと早かったんと違うん」
「なにや!」
 根岸弁護士があわてて光子の腕を取って、「じゃあ、わたしたちはこれで」といって一行を促して部屋を出た。
 イタ高のゴンタクレで鳴らした権藤警部は、出て行く光子の後姿をじっと見ていた。

 その日の夕方、事務所でちょっとした慰労会をやった。
 といっても、トシ子が、近くのコンビニで、缶ビールにダイエットコーク、ウーロン茶のペットボトル、それに裂きイカなどのツマミ類を買って来てーー検察官や裁判官などが仕事が一段落した時に冷酒を立ち飲みして締めるようにーー休憩室の大きなテーブルを囲んで、飲み食いしただけである。
「結局、野島教授のいう通りになったじゃん」と光子がダイエットコークを飲みながらいう。「死亡推定時刻が大幅にヅレたのは、お楽しみ時間が長かっただけ、なんて変なこといわなきゃ尊敬しちゃうんだけど」
「監察医の見立てが狂うと、アリバイなんも違ってくるさかい、気の毒な面もあったね」
 井川は権藤警部に同情した。
「野島教授といえば、ここにも来たんだよう」と、トシ子がツマミ類を銀紙の皿に移しながらいった。「根岸先生に用があったんだって」
「わたしに?」
 アルコール類を飲まない根岸ともみ弁護士は、ウーロン茶を遼子と分け合って飲んでいる。光子とトシ子はダイエットコーク。井川だけが缶ビールである。
「先生は教授のこと知ってんだよね?」と光子。「そんでもって、教授も先生のことを知っている。でも面識はない。どういうんだろ?」
「光子! 変なこといわないの」
 遼子がたしなめた。
 根岸ともみは浮かない顔をした。考えをめぐらせるように瞳を宙に泳がせた。
「でも、ぼく、いまだに解せないですよう。独りで、丸椅子の上で、あんな曲芸師みたいなマネできるもんやろか」
 井川がずっと(こだわ)っていたことだ。
「それは、井川先生がメタボで、お腹が出ていて、体が硬いからじゃない」とトシ子。
「そうですやろか。じゃあ、トシ子さん、体柔らかそうだから、いっぺん、試してみますかあ」
「し~っ!」
 光子が口に人差し指を当てた。指で天井を指す。

 家に帰ったらもう九時を過ぎていた。
 夕食後、久々に母娘が居間のテーブルに向かい合う。
「井川先生って、本当に願ってもない人だわね。よい先生が来てくれてよかった……」
 お茶を啜りながらしみじみ遼子がいう。
「どうだか」
 光子はOBSの歌番組を観ながら気のない素振りでいう。
「トシちゃんとお似合いだと思わない?」
「でも井川先生、そんな気ないみたい……」
「ホントに?」
「きっと、理想が高すぎるんだよ。東浜検事なんて、イノシシが孔雀に恋するみたいじゃん」
「えっ? そうなの? 井川先生、東浜検事さんに気があるの?」
「わかんないけど、なんだかね……」
「そう……そうなの……」
 いつの間にか光子がじっと母親の顔を見ていた。
 
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