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前に続く

「ほう……」といって野島教授は光子を見つめた。
「何だか変な具合でしょう? どうなってんだろと思って」
「そうだなあ……確かに」
「先生のお知恵を拝借したくてまたやって来ました」と井川。
「まあ、掛けたまえ」
 教授は今日は普通のスーツ姿で、研究生に接するような態度でデスクの回転肘掛け椅子に座っていた。
 井川と光子はそこらにあったパイプ椅子を広げて座る。
「そんなのよく見つけたもんだね。しかしまずいな。曲がりなりにも規制線が張られてあるんだからね。いや、そうでなくても、無断で他人の屋敷に足を踏み入れたら、これは立派な住居侵入罪になる。弁護士先生を前にしていうことでもないけど」
「はい、はい、そうなんですう。ぼくもそういって止めましたんやけど」
「聞く耳もたずか。まあ、そうだろうね、父君がそうだったから。本部長は誰だったっけ?」
「捜査本部長は……」
「いやそうではなく、県警の親玉は?」
「あ? あー? すみません、ぼくまだこっちに帰って来たばかりですさかいに」
「塚本本部長じゃん」
「塚本? 塚本か。ああ、何かそんな名前だったな……」
「あたしまだ未成年だし、初犯だし、大した罪にはならないんじゃないの?」
「それに窃盗罪が加わるけどーーまあいいか。それくらいは何とかなる。でも、そうだなあ……連中の顔も立ててやらねば……その鍵は、もとの所に戻しておきなさい」
「え~っ」と光子は口を尖らせた。
「捜査員の誰かに知恵を授けて、そこを捜索させればいいさ」
「なるほど」と井川が手を打った。
「さて、それはよしとして、そうなるとこれはどういうことになるんだね?」
「そうなんですう」
 三人は首を傾げて考え込んだ。
 そこへ、女子学生がコーヒーを捧げて現われた。

 コーヒータイムが終わると、教授はいった。
「これはやはり自殺かも知れないな」
「ええ~、自殺う~?」
「ーーですやろか?」
「うん。こう考えたらどうだろう。元々彼にはそういう趣味があった。ああゆう仕掛けをして、危ない遊戯をしていた。ポスターカラーを顔に塗ったりしてね。それは彼独特のものだろうけど、そいうのは結構いると思うなあ」
 そうらまた始まったと、井川と光子は顔を見合わせる。
「いつからか、そうだなあ、昔は木の枝に縄を掛けて下がるのが主流で、田舎に行けばそんな首吊りの話はどこでも一つやふたつはあった。ぼくの田舎は鹿児島の指宿(いぶすき)だ。いわゆるカゴッマだけどね。子供の頃、そういう場所を通るのが恐くてさあ。(つつみ)などへの入水自殺も結構あったなあ……。
 それが今日日は、部屋の中で、ドアノブなんかに紐を掛けたりして、簡単に死ねるようになった。困ったことにーーだから、昔の謀殺人なんかは、人目を気にしながら、何人もで、嫌がるのを抱え上げて吊るしていたものなんだけど、今や、ホテルの部屋とか、自宅なんかで、誰にも見られず、簡単に締めて殺せるようになった。そうして自殺を偽装する。家人の留守の時などにね。自分の家で死んでるんだから、警察も検察も国民もマスコミもみんな納得しちまう。
 こんなことを元警察官のぼくがいうことじゃないけどね。疑獄事件の関係者の死は日常茶飯事だけど、どれが謀殺で、どれが本物の自殺なのか、見分けつきゃしないのさ。きっと、事件の鍵を握るキーパーソンが死んで、申し合わせたように事件追及はそこでストップ、幕が引かれるってわけさ。異論はどこからも出ない。
 その先に突き進んで行ったのが、君の父上、城島特捜部検事だった。ああいう不幸なことになってしまったがね。それを恐れるから、どこからも異論は出ないんだ。みんな我が身が可愛いし、我が身以上に愛する家族を、危険な目に遭わせたくないからね。
 ーー神代の昔からの、この因循(いんじゅん)はなかなか断ち切れるものではない……」
 野島教授の顔つきが変っていた。最早、(とぼ)けたような顔ではない。警察庁・刑事局の警視監の顔つきだった。
 光子も井川も教授の顔を見つめたまま固まってしまっている。
 光子の目から大粒の涙が流れて落ちた。
 そうして父は、そして叔母二人も、(むご)たらしく、葬り去られたのだ。
 その恨みの(ほむら)は胸中に赫々(かっかく)と燃えている。シリスベルトを巻けば、、いつでも父の受難の痛みを感じる。無念につまされる。
 その燃えるような瞳を、腫れぼったく押し潰された目蓋の間から、野島元警視監はじっと見つめた。
 そこに余人の入り込む余地はなかった。井川はそっと立って窓を開けに行った。窓を開けると、心地よい風が吹き込んで来た。


 彼らが導き出した推論はこうであった。

 ーー守山孝明は生死の狭間を漂う遊戯から、一線を越えて死出の旅に出た。自殺の動機は充分。「最早未来を持たない者に、現実は嘔吐をもよおす」である〈シーボルト語録〉。
 だが、ただでは死にたくなかった。せめて一矢報いたかった。それが、かつて清水紀夫のパソコンに打ち込んでコピーしていた「ロシアより愛を込めて」のメッセージだった。
 それだとしかし、疑いが友達の清水紀夫にかかってしまう。彼のコピー用紙だから彼の指紋もあるだろう〈現実にそうなった〉。
 だから、鍵を掛けずにーーでもマスターキーが部屋にあると自殺を疑われることにもなるからーー出掛ける時に入れておくこともあるタヌキの徳利に入れた。
 やがて、滝田学が来ることを見越してであろう。滝田ならそのメッセージから意味をみ取るだろう。クラブ『Ⅹ』では『モスクワの夜は更けて』の曲がよく演奏される。きっと仇を討ってくれるに違いない。
 パシリの滝田は金を要求しにやって来た。そこで今井の自殺を発見。メッセージから今井の悔しい思いを知る。かといって警察に駆け込めば、彼の不名誉が明るみに出て、なおかつ自分は組織の報復を受けることになる。
 そこで思いついたのが、玄関の鍵を閉めておくこと〈この場合、鍵の置き場所を滝田が知っていたということが前提〉。 そうしておけば、おっつけ誰かが訪ねて来て、電気が点いているのに応答がない、新聞や郵便物も溜まっていることに不審を抱き、警察の知れるところとなり、自殺か殺人かということなって、その捜査の過程で、金谷孝光・大野貢らの恐喝が明るみに出る。そして自分は彼らの呪縛から解放される。
 とまあ手前勝手な憶測ではあるが、何とか辻褄は合う。認知症の老婆の証言なんか何の役にも立たないけど、所々符合する。
 後は警察の捜査がどうなるか、権藤警部に会って、鍵の在りかを示唆し、状況によっては、自分らの推理を披露してみょうと思うのだった。

「教授ってけっこう凄みのある方なんですなあ」
「エッチな講釈を除けばね」
「光子ちゃん」
「何?」
「アメちゃん食べますかあ」
 井川と光子はとりあえず中判田経由で見晴らし台に向かった。
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