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前に続く

 中央署から事務所に帰り、少し早めの十六時にエブリイで大在に向かった。
「……どこいっても、お父さんのことが出よりますなあ」つぶやくように井川がいう。
「ほんと。検察庁ならわかるけど、こんな地方警察の警部がどうしてパパのこと知ってんだろ」
「そら、みんな知ってますよう、主だった公安職なら」
「井川先生も知ってたん?」
「あたり前ですがな。城島元東京地検特捜部検事のこと知らない者なんて、法曹界に唯の一人もいてません」
 光子は驚いた。と同時に、悪を取り締まる検事が殺人を犯したからだろうか、それとも、最期があんな風に衝撃的だったからだろうか、と思った。
「じゃあ、井川先生も、パパを軽蔑するの……」
「何ゆうてますのや、誰が軽蔑しますかいな。城島検事はぼくらの英雄ですがな」
「え? ほんとに?」
「今でも法曹界に信奉者はいっぱいいてますよう」
 光子は井川の顔を何度も見た。いつものマツゲだけの目ではなく、ちゃんと見開いている。そういう顔は賢そうで、そして信念がこもったような瞳をしていて、少しだけイケている。
「どうして?」と光子は嬉しそうに訊いた。
 井川はじっと前を向いたまま、それについては何も答えなかった。

 滝田が指定した喫茶店には三十分前に着いた。
 国道197号線を一直線に大在まで行って、大在駅を過ぎ、文理大入り口の交差点も過ぎて、二百メートルくらい行ったとこの左側ということだった。
 いった通り、本屋やビデオ屋などが入っている二階建ての建物があり、二階部分の片隅に『ガロ』という純喫茶の看板があった。
 こじんまりした店で、中に入るとジャズ音楽が静かに流れており、ヤギ髭を生やした店長と思しき男が、カウンターでスポーツ新聞を読んでいた。ふいの来客に店長はあわてて新聞をたたみ、カウンターを潜って中に入った。
 ざっと見、先客は誰もいない。二人は一番奥のブースに陣取って待つことにした。
 すぐに店長はオシボリと水が入ったコップを掲げてやって来た。若いのか中年なのかわからない細い指をした痩せた男だった。
「いらっしゃいませ」
 井川も光子もホットコーヒーを頼んだ。
 訊きもしないのに「女の子に休まれちゃって」といって店長は去った。
 マンガ本や雑誌類がラックや書架にふんだんに置いてある。若い客、特に学生客を当て込んでいるのだろうけど、この様子だと思惑通りにいっていないのかーーマンガ喫茶という規模でもないから、すぐに読み尽くされてしまうだろうーー時間的にこれからなのか、でも、恋人同士が語り合うにはよい雰囲気の店だった。
 やがてコーヒーが来て、大人ぶってそれを飲みながら光子は、先ほどの話に戻した。
「パパが英雄って、どういうこと?」
「誰にもできなかったことをやらはりましたからね」と井川はいった。
 光子はどこかで聞いたような言葉だと思った。
 それはかつて根岸ともみ弁護士が、生前の城島元検事にーーその時は辞任して弁護士になっていたーーいったのと同じ意味の言葉だった。おそらく母親の遼子から聞いたものだろう。
「誰にもできなかったことって?」
「それはーー」といったところで井川の言葉が途切れた。
 井川は店の入り口を見つめて口をつぐんだのである。小柄な若い男が入って来たからだ。
「いらっしゃい!」と店長が威勢のいい声を出した。
 光子も振り返って見る。滝田だと思った。
 向こうもそう思ったのか、一直線に向かって来て、「井川さんですか?」といった。赤いシャツにジーンズ姿の美形だった。
「まあどうぞ」と井川は光子の隣に座るよう手で奨めた。
 滝田はチラリと光子を見て、赤みを帯びた緊張した顔で応じた。
 そこへマスターが「お連れさんですか」といって、オシボリとコップの水を持って来た。
「ぼくもコーヒー」と滝田はいう。
 どうやら滝田も初めての店のようだ。その方が気兼ねなく話せるからそうしたのだろう。
「早かったですね」と井川がいえば、「ええ」と滝田はいって、コップの水を飲んだ。
「大学の寮にお住まいで?」
「いえ。近くのアパートに」
「そうですか……」
 店長がコーヒーを持って来るまではそういったたわいのない会話をして、店長が去ると、井川は名刺を取り出して滝田の前に置いた。光子もそれに倣う。
 そして単刀直入に切り出した。
「あなたが守山孝明氏から借りられた三百万円ですけど、差し支えなかったら、その使用目的を教えてもらえませんか。何しろ三百万といえば大金ですからね、それを又貸しされた依頼人の清水氏としては、是非とも知りたいわけですよ。しかも、そのせいで殺人容疑までかけられておるわけですからね」
 のっけから意表を突く質問をする井川の手法は、相手を動揺させる効果はてき面だった。
「そ、それは……いえません」
「そうですかあ。警察にもいえないことのようですね。それやったら仕方ありません。ではーー」といって一段と声を落として、「女装趣味についてはどうですやろ?」といった。
 滝田は目を泳がせてどぎまぎした。
 追い討ちをかけるように井川はいう。
「守山氏の家から、女装しはったお二人が夜中に出てゆかはるのを、三度も目撃された方がいてはるんですわ」そこで思はずハッタリもかませた。「事件のあった夜も、でっせ」
 赤いシャツが反映して顔が赤みを帯びていたのではなかった。今顔色が蒼白になったからだ。
「……じょ、女装趣味じゃないですよ」と滝田は小さな声でいった。
「ほう。じゃあ、何でっしゃろ?」
「……コ、コスプレ」さらに声を落としていう。
「コスプレ? 何ですのん? それ」知らない言葉ではなかったけど、井川はマツゲだけの目でとぼけた。女装とコスプレとどう違うのかという思いもある。
「アニメのキャラクターに変身するやつじゃん」と光子が真に受けて反応した。
「ああ、あれね。あははは。そやったんですか。でーー守山氏は誰のコスプレを?」
「セーラームーン」
「ええっーー」(気色悪う~)と光子も井川も思った。さすがに「あなたは?」とは訊けなかった。
「ウソだと思ったら、週末に都町ナイトタウンビル地階の『Ⅹ』を覗いて見るといいさア」と滝田はいった。
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