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ダークマター 作者:なしか 空
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242/250

前に続く

 激しい痛みも消え最後に残った生体感覚は舌を巻きつけて力強く吸う赤ん坊の生命力と乳首の痛みであったーー。
 父や母や兄への思いの後にその小さな赤ん坊への未練が残ったーー。
 ……火炙りになったジャンヌダルクはどう? 家庭の中で、おとなしくぬくぬくしていればよかったと思う? ママの懐の中で……。
 そこへ、源五郎丸を先頭に、満足に歩けない太一とトメを支えて、雉子牟田兄弟が敗残兵のような痛々しい姿で現れた。源五郎丸とて歩き方は変である。
「すまん。すまん。拳銃ば向けられていたばってん」と太一が本庄英志に詫びる。「源五郎丸のオジキがなんとかしてくれたばってん、あっちのほうはもう心配なか」
「おかげでケツの穴が一つ増えちまった」とニッカ―ポッカの尻を押さえて源五郎丸は、亀助らに槍を向けている老人を見た。「やれやれ、もうひと仕事残っているようじゃのう」という。
「姫はどうした?」と太一が聞く。
 すぐ傍の右手に津守冴子が立っていて、その向こうの襖に寄りかかって仁王立ちしている光子にようやく気付いた。「どしたんじゃ五の姫、赤子ば差し上げて」
「――ひ、姫?」トメも気づく。「――そ、そのシャツの染みは何じゃ?」
 源五郎丸も振り返って驚く。
「――おおっ!」
「なーー?」と雉子牟田次男も、「……何ということじゃ!」三次も。
 彼らは光子の足元の畳に広がる血溜まりを見て、悲痛な叫び声を上げた。――姫え~!
「――おのれ!」
 怒り狂った源五郎丸は、幾分ビッコを引きながら用心棒に向かって行く。
 途方もない大男の出現に、小柄な居合の達人は度肝を拭かれた様子を見せた。それもそのはず、頭に青苔を生やした推定年齢――本人も覚えていないーー八十~九十歳の源五郎丸は、博多にプロレス興行に来たジャイアント馬場と肩を並べるほどだったのだ〈肩幅と胸の厚みでは負けていなかった〉。
 古武道の師範は新たな敵に身構えた。化け物のような相手でも、棍棒を持っただけの、ど素人。かえって的が大きくてよいとした。

 このスキに亀助とトンビとシマコは津守冴子を押しのけて光子に駆け寄った。
 背が高いトンビが光子の手から赤子を取り上げて、シマコに渡し、光子を立っままの状態で診察した。
 胸に耳を押し当てたり、首筋や鼻に手を当てたり、見開いた目の瞳孔を見たり、血塗れたシャツを開いて完膚(かんぶ)を診た。もう呼吸も脈拍も出血も止まっていた。心肺停止の状態だった。
 雉子牟田兄弟に手伝わせて光子を仰向けに横たわらせる。赤子は亀助の手に(ゆだ)ね、シマコにマウスツーマウスで肺に息を吹き込ませる。自分は心臓マッサージを始めた。押さえる度に上腹部から出血するけど致し方ない。
 本所英志が片足を引きずりながらやって来たので、「救急車の手配を!」という。
「先生、ここではまずいんです。いったん外に連れ出してからでないと」
「どうして?」
「何しろ押し入って赤子を奪おうとしておるのですからーーもうお気づきかも知れませんが」といって声をひそめ、「赤子は国宗の子です。それが世間にバレてしまったらーー」
「まあ! なんてこと!」シマコが悲鳴のような声を上げた。
「かえってそのほうが国宗の罪を糾弾できて都合いいんじゃないのかい」
「それはそうなんですが、姫と御子の将来を思えばーーそれに、裁判中の若を救えるかも知れない切り札、国宗の力あっての切り札、光子姫の思いはーー」
「わかった。じゃあ直ぐに運び出す用意をーー」
 本庄は亀助に本来の使命を全うするように命じた。
「でも、若頭、表には助っ人のヤクザがーー」
「それならみんなが守ってくれるから心配ない」とトンビ。
「おんぶ紐は?」と太一が聞く。
「バイクの座席の下にベビー服と一緒に。前に抱いてジャンパーで隠せばーー」
「よし、それじゃあ、わしは車を取りに行くか」と太一。
「運転できるのか? 歩くのもままならねえのに」とトメ。
「しかたあるめえ、他に運転できる奴はいねえんだ。何とか歩けるわい。お前らこそしっかり姫をお守りしろよ」

 これを見て慌てたのは用心棒の老人。立ちはだかる巨漢に鋭く槍を繰り出すが、槍傷を受けても一向に動じない相手に、こいつら一体何なんだと恐慌を来たす。しまいには棍棒でハエでも叩くように(はた)かれて、槍は真っ二つに折れてしまった。
「応援はどうした! 応援を呼んで来い!」と津守冴子に向かって叫ぶ。
 放心していた津守冴子は我に返って出て行こうとするーーが、廊下から大勢の足音が近づいて来る。
「来たか」と用心棒の老人は大きく息をついた。
 だが現れたのは根岸一味だった。
「トンビ、表は制圧した。門も開けた。姫は?」
 先頭の五十がらみの男がいう。
 彼らは横たわっている光子を見て、――姫!
 といって駆け寄った。
「みんなで抱えて表に運んでくれ」とトンビはいう。「大丈夫だ、心配ないーー」

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