挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ダークマター 作者:なしか 空
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

230/250

前に続く



    (四)

 それ以来、ウネメが妙になついてしまって、座敷牢と道場との往復のほかに、古武道の鍛錬の場でも相方を務めるようになった。お風呂で背中を流すのも勿論、食事を運んで来るのもそうだから、睡眠を除けば、四六時中一緒にいるようなもの。
 四六時中監視しているともいえるのだが、ウネメの、世界を遮断していた視線が、ふとした拍子に合うようになった。濃く長いまつ毛越しとはいえ――。
 剣術の稽古では〈面の隙間から〉嫌でも目線が合う――。
 柔術の乱取りでも――。
 それに伴って少しづつ心を開いて来ている。短い言葉をつぶやくようになった。喋ろうと思えば喋れるのだ。心の中では喋りたいことが渦巻いているに違いない。
 ほかの異母姉たち――ウネメが一番下で、上は三十代くらいまで十六人いる――には心を閉ざしているというのに。
 そのウネメが日が経つにつれて様子がおかしくなった。
 そして九日目の深夜、座敷牢に忍んで来て、濃く長いまつ毛の奥から瞳を光らせていう。
 ――逃げて。
 ウネメの案内で、監視カメラの死角を辿って、屋敷から脱出――。
 ところが、裏木戸を出た所で、張り番の男たちに取り囲まれてしまった。
 猟銃を持った者や、手斧を手にした者もいて、詮無く座敷牢に逆戻りとなった。

 そして十日目の夜――。
 ムチのような竹の根ぶちを持った女房殿が見守る中、ウネメと連れの女とで、いつになく入念に体を洗われた。
 例によって、軽く一服盛られていると見えて、心身が心なしか心もとない。
 それでも肩や背中にポタポタ落ちる(しずく)が何んであるかぐらいはわかる。それがウネメの涙であることも――。
 ――ビシッ!
 と、竹のムチがウネメの肩を打った。
 後でウネメがどのような折檻を受けるか知れないと思うと、心が痛んだ。
 髪は自然に下ろし、寝化粧を施され、白い絹の薄物を羽織らされて、三人の女たちによって、日本庭園と濡れ縁のある和室に連れて行かれた。
 障子を開けると、床の間を背にして、やはり、浴衣姿の国宗八州が、着物姿の艶やかな女を横に侍らせて、盃を手に、脇息にもたれかかっていた。
 月の光が畳の上に落ちている。
 そしてなぜかその六畳間には、薄型の大型テレビが壁付きに備えられてあった。
「ふ~む」とため息をついて、国宗老人は自分を見上げた。ウネメと交互に見比べた。
「なんと、そなたも麗しい女子(おなご)であったか。わしがなした子供の中で、一番美しいウネメと並べても、引けを取らぬではないか。
 これの心を開いたそうじゃの。これは年端も行かぬころ、目の前で母親が惨殺されのを目撃してから、天の岩戸に閉じこもってしもうた。
 刺客からわしを庇ってのことじゃが、わしを恨んでおる。一番見どころのある子なのじゃが――。
 お前を姫と仰ぐ命知らずの双子の片割れといい――。まことお前は、不思議な子じゃの。
 そのように麗しいそなたが、猛々しく肩を怒らせているのは不憫なことじゃ。女の悦びもまだ知らぬのであろう――。
 ささ、そこへ座れ、これからよいものを見せてやろう」

 ――これは事実上の指揮権発動だ!

 女房殿がリモコン操作すると、いきなり大型画面に、ぼさぼさの髪をした猫背の男が、拳を振って喚き散らす様子が映し出された。
 背景には裁判所の建物があり、建物から出て来たところを大勢のメディア関係者に取り囲まれて、インタビューを受けている比留間弁護士である。
 日中のようだからリアルタイムではなく、ニュース映像を録画したものと思われる。

 ――こんなことが許されるのか!

 画面は一転、テレビ局のスタジオに変わり、元裁判官という弁護士のコメンテーターが、ⅯCの質問に答えていう。

 ――ええ、勿論、この時期の裁判官の総入れ替えというのは異例のことです。
 裁判官の公平・中立を担保するために、裁判官の、除斥・忌避・回避という制度がありますが――これは憲法37条の一項に、「公平な裁判を受ける権利がある」と明記されておりますからね。
 でも今回の裁判で、「不公平な裁判をなすおそれがある」という忌避の理由が見当たらない。不可解な交代といわざるを得ません。
 除斥は、裁判官が事件の被害者である場合、回避は、裁判官自ら忌避原因があると認めた場合に、自己を監督している裁判所の許可を得て、職務執行を避けることです。

 ――ええ、それは勿論、自由心証主義ですから――刑事訴訟法318条に、「証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる」と、謳われておりますからね。主犯は誰なのか、実行犯の根岸ともみ被告人との、共同謀議はあったのか、なかったのか―ーそれをどう判断するかは裁判官の心証次第です。
 確かに木村重信裁判長には、榊原被告人に好意的な発言が見受けられました。だからといって――。
 いずれにしましても、榊原被告人の命運は今度の裁判官にかかっていると申し上げて差し支えないでしょう。

 ――いえ、こういうことが過去に全くなかったわけではありません。札幌地裁で同じような不可解な交代劇がありました。それが疑獄事件にどういう影響を及ぼしたかはご想像にお任せします。
 勿論、戦後間もなくの大型疑獄事件で、名前が挙がっていた有能な政治家たちが、法務大臣による指揮権発動によって、真偽を(ただ)されることなく、後に、続々と総理総裁となって、戦後日本政治の舵取り役を演じたことは、時代の要請でもあった。
 でも今そんなことをしたら――法的根拠があるとはいえ――内閣総辞職ぐらいではすみません。政権が、軽く吹っ飛びます。
 ですから軽々にはいえませんが、今回の不可解な裁判官の交代劇が、榊原被告人にとって――そして彼の父親の獄死の真相が明らかにされようとしていた矢先だっただけに――一事不再理効によって、そのことは二度と審議されることはありませんが――まことに予断の許さないこととなったのは確かであります。

 そこでブチッとテレビは切られた。
 ヒグラシが待っていたかのように悲しく鳴いた。
「わしはもう先は短い。これからはお前たちの時代じゃ。ウネメとお前、そして、お前の兄貴もなかなか見どころのあるやつだ。失くすには惜しい人材。
 だが、その後がない。その後を――」
「どこまで能天気なの。全能感を抱いた子供のままね。それとも、老いぼれて子供に戻ってしまったの。あたしたちが、命乞いをするとでも? 兄をここに連れて来て首をはねてごらん! あたしも舌を噛んで死んでやるから――」
 実際に唇を噛み切った。舌を噛む気は毛頭ないが、血が滴り落ちたので、驚いたウネメがハンカチを口に押し入れた。女房殿ともう一人の女に両腕を取られた。
「まだわかっとらんようだな。わしの力がどういうものか。仕方がない。わしは死体を抱く気はないし、人形を抱く気もない。お前のほうから体を開くまで待とう。また来る――」
 盃を投げつけて国宗老人は去った――。
 額からも血が滴り落ちた――。

 それからは、また地下の拷問部屋に戻された――そう、そこは拷問部屋でもあったのだ。
 それも唯の拷問ではなかった。情報機関や秘密警察が行ったのと同じ拷問――いや、それ以上かも知れない――カナダの精神科医、ヨーアン・キャメロン博士が精神病の治療用に開発した、ECTと呼ばれる電気けいれん療法を応用したもの――脳に電流を流して、テンカン発作を引き起こし、一時的に脳をリセットするやつだ
 カペラ博士が篠原耕太議員に行ったのと同じだが、通常のコンセントからの、百ボルト電流そのままだから、その恐怖と、頭の中が火事になったような痛みと、不快感は半端ではない。
 パイプベットに、いくつものゴムバンドで、足首から二の腕まで縛り付けられているというのに、ショックで、体が浮いてしまうほどだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ