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22/250

前に続く

 その日のうちに田川から急遽例の二人組を呼び寄せた。
 大勢のギャラリーが見守る中、ブロック塀が取り壊されて、遂に「錆びたナイフ」が発見された。
 勿論、肥後守である。刃元に大きな刃こぼれのある、待望の新証拠が発見されたのだ。
 吉岡夫妻や目撃者の熊谷ケイ、近所の住人達や子供ら、そして、得意然としている田中ミサなどの祝福を受けて、光子は青空のようなすがすがしい気持ちになった。
 そして何気に振り返った所に、根岸ともみが立っていた。
 雪のように白いハイネックのセーターに、暖色系のタータンチェックのスカート、その上からブラウンのジャケットを羽織って、そして何と、スカートの裾から伸びたシームレスの足には、ハイヒールの靴がーー。
 ――オハラモードだ! 
 光子は駆け寄って、ハンカチに包んだナイフを突き出した。そして湧き上がって来る感情のうねりを、鼻の奥から口腔内に滲み出て来る液体と一緒に飲み込んだ。
 根岸ともみはそれを受け取り、広げて見て、「……やったわね」と低く小さくいっただけで、ギャラリーのみんなに会釈して、そっちへ向かった。
 光子は取り残された。肩透かしを食ったような気分で。こんなに苦労して、やっと見つけたというのに。それが「やったわね」の一言だけとは! 
(そんな……のある?)
 子供時分のように、頭を撫でたり、抱き締めて褒めてくれとはいわない、気分はそうでも、もうそんな歳でもないから。でも、肩の一つも叩いて、「凄い! よくやった!」と、感激してくれてもよさそうなものだ。裁判に勝てるかも知れない重大な証拠物を発見したというのに。
 それに、顔や口の青タン見て、何もいわないなんてーー。
 ――だいたい自分は何なのよ! どこで何してたのよ! 男と会ってたなんていったら、承知しないから!
 光子は心の中で何度も毒づいた。
 正月が過ぎてからもう二ヶ月近くなるけど、光子は正月餅のように膨れ上がった。
 根岸が戻って来て、「あんた、屋根の補修や、ブロック塀を無償でやりかえてあげるそうだけど、博多の了解は取ってあるの?」といっても、プイとよそを向いた。
「知~らない」

 家に帰ってからも光子の機嫌は悪かった。
 遼子のスカートにまでイチャモンつけて、「ちょっと派手なんじゃないの。離れにはエロジジイもいるんだし。それにあたしのセーター着るのやめてよね」と珍しく夕食後に居残っていう。
「もう着ないっていったでしょう」
「だからといってママが着ることないじゃん。もう歳なんだから」
「歳、歳っていわないでよ。それでなくても、老け込んでしまいそうなんだから。少しは若作りしたらって、よくいわれるんだから」
「誰に?」
「お友達なんかによ。みんな若々しい格好して、カラオケだ、飲み会だと、……この頃つくづく思うのよ。ママの人生は何なのかって。このまま年取ってしまうかと思うとやりきれない……」
 何だか辛気臭いことになって来た。それをいわれるとツライ。光子は逃げ出そうとした。
「根岸先生のことだけど……」それを察知した遼子が引き止めるようにいった。「先生が時々居なくなるけど、それは大目に見てあげてね」
 自分の心を見透かしているのかと光子は思った。それがイライラの原因だということを。
「先生はいうにいわれない問題を抱えてるのよ」
「どうせ、男に会いに行くんでしょ」
「バカね。そうじゃないわよ」
「だって、すっごく香りのいい、くらくらするような香水の匂いがしたもん」
 根岸ともみの秘密を知る者は養父母を除けば、この世に二人しかいない。根岸の夫宛の手紙を検閲した刑務官と、夫の遺品の中にあったその手紙を読んだ遼子の二人だけである。
 検閲官は守秘義務を守っていると見えて、その事実が世間に漏れることはなかった。遼子もその手紙を焼き捨てた。なので獄死した夫を含めたら三人だけになる。
「じゃあ、どこで何してるのよ?」
「さあ、それは知らない。けどね、人には人の事情があるから、そっとしておいてあげようね」
「そうはいかないよ。タツのことは放っぱらかして、あたしが新証拠を見つけ出さなかったら、タツは五年も六年も刑務所暮らしだったんだよ。それが正義の味方の弁護士といえる」
「いえるわよ。あんたを信頼して任せたんだから。根岸先生が一生懸命やっても発見できたかどうか。先生が信頼したあんただからこそ出来た。だから先生がやったのと同じ。人間にはみんな向き不向き、得て不得手があるの。経験や実績に関係なく、その人にしかできないこともあるのよ」
 理屈では適わない。感情のわだかまりは解消しないけど、もういい返す言葉がなかった。
「だから、お風呂に入ろうね、ママが洗ったげるから。怪我して洗いにくいだろうから」
「お断りします。体くらい自分で洗えますう。でも入らない。最終弁論が終わるまで、入らないって、今日決めたの!」
「ーーちょとやめてよ!」
 
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