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前につづく

前回の最終部分の銃に関する記述に誤りがあったので正しました。
 五島喜久男は銃が暴発しないように用心して体育座りから立ち上がろうとする。血溜まりに靴が滑って思うようにいかない。左脚も被弾しているようだ。起き上がりこぼしのように反動をつけて何度も繰り返す。一度銃を取り落とした。冷やりとするが大事なかった。
 激痛に歯を食いしばって何度も繰り返しているうち、どうにか立ち上がることができた。五島喜久男は口をすぼめて、ほーっと息を吐く。そして、左足を引き擦りながら榊原光子のほうへ向かった。ズボンの左腿辺りが黒くべとついている。
 菅沼はソファーから半身起してあたりを見まわしている。まだ状況がよく飲み込めていないようだ。ボーとした目で、両手を後ろにまわした五島喜久男がビッコを引きながら、榊原光子と管理人ウラベが格闘しているほうに近付ているのが見える。後ろ手から拳銃が見えた。(榊原光子が危ない!)と菅沼は思う。思うけど口をパクパクさせるだけで、声が出ない。絞められた後遺症で、喉の筋肉が強張っているのだ。
 でも菅沼の思いが通じたのか、榊原光子が菅沼のほうを見た。卒然(そつぜん)として外が騒がしくなったからだ。虫の音ではない。大勢の人間の声がした。同時に何かで壁を叩く音が始まった。玄関のほうでは、ドン! ドン! という何かをドアに打ち付けるような低く鈍い音がしている。
(ーー榊原光子のいったことはウソではなかったのか)
 騒然とした外の様子に、五島喜久男は急遽(きゅうきょ)標的を変えた。ぼんやりした顔で上半身を起している菅沼のほうに向きを変えた。こうなったら一刻も早く、初期の目的を果たさなければならない。
 当然、菅沼に近付く五島喜久男の姿も光子の目に入った。弾込めをすませただろう拳銃を後ろ手に持って。
 だが逆上しているウラベには邪魔者を倒すしか念頭になかった。邪魔者を三角コーナーに追い詰めてもいたのだ。サイコのノーマンのように、刺身包丁を逆手に振りかざしたりはしていない、包丁は腰だめに構えているから、突進するだけでいい。向こうから来ても同じことだ。
 じりじり追い詰められて光子は壁を背にして逃げ場を失った。仕方なくショルダーホルスターから拳銃を引き抜き、両腕を伸ばして構えた。「これ以上近づくと撃つわよ」と警告した。弾は二発しか残っていない勘定だった。
 ウラベは聞く耳を持たなかった。突進して来た。
 光子は連射した。
 だが包丁は光子の脇腹をえぐって板壁に深々と突き刺さった。狙いが狂ったわけではない。今日はよく当たる。射撃練習では的をよく外したのに。拳銃なんて投げつけたほうが手っ取り早いと思うくらいに。実践に強いのだ。
 向こうで五島喜久男がドサッと崩れ落ちた。

 光子は携帯に電源を入れ、救急車を要請した。
 ーー怪我人は二人、そのうち一人は重傷、緊急輸血の必要あり。
 その中に自分は入れていない。脇腹を押さえているが、脇腹の出血と痛みはかなりのもの。
 満身(まんしん)創痍(そうい)の光子は、五島喜久男とウラベを残してーー二人は手錠で繋いで部屋に閉じ込めた。鍵は玄関の取っ手にかけておいた。 こんなところでPCや救急車を待つ気はない。所轄との間で面倒なことになる。事前に何の挨拶もしていないのだ。光子は菅沼卓司に支えられてログハウスを後にした。
 ログハウスの屋根の合わせ目の下に開いた開口部をーー人ひとりがようやく通れるほどのーー振り向いて見た。
 よくもあんなところまでよじ登れたものだ。日頃から鍛えている筋力のおかげだ。懸垂百回に腹筋百回の賜物(たまもの)である。常人のできる技ではない。女子で腹筋が縦割れしているのはマラソン選手のキュウちゃんと光子ぐらいのものだ。おかげで男には縁がないけど。
 両側のススキ野のあっちこちに、カカシのような人影が立っていた。人影は月明かりの中で(こぶし)を振り、口々にーー。 

 ーーひめひめひめひめ……。

 と低くつぶやいている。
 それは滑り止めのついた急坂を下りるに従って高まり、平地に下りて、五島喜久男が乗って来た日産ディアズに乗り込む頃には、最高潮に達した。その辺りの木陰や草むらにも結構な数の人々が影をなしていたのである。
 上の台のススキ野にいた人々も集まって来ていて、台地の端にずらりと並んで立っている、月光を背に。

 ーー一体これは何なのだ。

 ひめひめひめひめーー読経(どきょう)のような低い唸り声は次第に高まり、ひっそりとした宵闇の山々に響き渡った。フクロウも虫たちも沈黙した。月の輝きは尋常ではなかった。中秋の名月のようだ。まだ少し早いけど。
 菅沼が気味悪がって小声で訊いた。「この連中も根岸一味かね?」
 光子は返答しなかった。草むらの端に片膝ついている人影に、深々と頭を下げてから、車に乗り込んだ。
 やれやれと菅沼が運転席に乗り込み、シートベルとをして、ゆっくり発進させた。令状はないけど、証拠を保全するために車を押収したのだ〈後で検事に叱られるだろうけど〉。
 一時して光子はいった。
「どう? まだ懲りない?」
「二度ーーいや三度か、君に命を助けられたのは。これで懲りなきゃバカだね」
「キスもしてあげたんだけど」光子は小首を傾げて菅沼を見ていう。
「えっ? ホントに?」
「ほとんど息してなかった。ひとりでに息吹き返したとでも。口紅が付いてるじゃん」
「マジかい」菅沼はルームミラーで見ようとした。
「冗談。口紅なんか塗ってないし。でもマウストゥマウスで人工呼吸したのは本当だよ。それもたっぷり十分は」
「わ~お~!」菅沼はハンドルを叩いて喜んだ。
「ちょっと、道が狭いんだから気をつけてよ」
「俺、もう何でも喋っちゃう。今度こそ本当だよ。信じてくれ。本日只今から俺は、君の子分になる! いい歳した親父で悪いけど」

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