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ダークマター 作者:なしか 空
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前に続く

 ゆるしてくれ、ゆるしてくれ、ゆるしてくれ……。
 ウラベはまた呪文を唱えながら暖炉の傍に立てかけてあったブナの枯れ枝でーー火掻き棒が見当たらないのでその代用にしていたーー光子を執拗に打っ叩いた。
 せっかく死に掛けているのを生き返らせたあんたが悪い、その男が生きていては困るのだ。困るのだ。絶対に困るのだ。
 さいわい枯れ枝は直径二センチ足らずのものであったので、脳震盪(のうしんとう)を起すまでには至らなかった。光子は両腕で後頭部を防御し、鍛え上げた肩や背筋で打撃を受けて(こら)えた。(甘い! どうしてこう自分は甘いんだ!)と歯噛みしながら。
 この間に五島喜久男は横に倒れたままズボンのポケットから弾丸を取り出そうとしていたーー裸のまま五発ティッシュに包んで左ポケットに入れていたーーが、後ろ手錠なので、手が届かない。膝を曲げたり伸ばしたり、尻を持ち上げたり転げたりして、何とかこぼれ出ないものかと懸命だった。
 とうとうブナの枯れ枝は半分から折れてしまった。ウラベはそれを投げ捨て、厨房に向かって走った。
 光子がよろよろ立ち上がった時にはーー後頭部に手をやると手に赤い血がついたーー刃渡り三十センチはあろうかという刺身包丁と、左手にはなぜか黒いフライパンを持って現れた。どうしてそんなものまで持って来たのか自分でもわからず、それは投げて、「頼むから見逃してくれ、その男が生きていては困るんだ。あんたに危害を加えるつもりはない」と包丁を両手に構えた。
「バカなことはやめて。あなたが持つべきはフライパンのほうよ」
「わたしにも可愛い娘がいる、あんたを傷付けたくはないんだ。(つぐな)いはする。そこをどいてくれ」
「どんな事情があるか知らないけど、そんなことはわたしが許さない」
「じゃあ、仕方がない」ウラベは光子に向かって切りつけた。
 光子は素手で応戦した。
 ここに至ってもまだ光子は甘かった。死を恐れない、家族を守る執念の男を相手に、しかも身長は痩せているけど光子より高い、そんな男を相手に、柔道と逮捕術と合気道の格闘技で戦った。銃を使う気はさらさらなかった、銃で向かって来る者以外は。十人斬りの伝説を残した祖父は決して敵を殺そうとはしなかった。祖父に片腕を切り落とされた松つあんは切り落とされた腕を(かつ)いで逃げたのだ。そして祖父の子分になった。祖父は民子姉の自慢の父親だった、そして勿論光子の自慢の祖父でもある。
 光子が紙一重で(やいば)をかわし、ウラベの包丁を取り上げようと奮戦している時、五島喜久男は執念でポケットから銃弾を一発振り出していた。それを口にくわえて、今度は放り投げたままの暖炉の前にある拳銃のほうへ這って向かった。
 投げ飛ばされようとどうしようとウラベは包丁を手放さなかった。執拗に向かって来て、光子に切り傷・突き傷を負わせた。彼も光子から警棒に代わる拳や(ひじ)で、膝蹴りで、相当な打撲を受けているはずなのだが、そして自傷もして血を流しているのだが、ゾンビのように起き上がって来る。光子は命懸けの人間の恐ろしさに、身の危険を感じ始めていた。
 そんな時、菅沼はソファーの上に仰向けになって両手で首を掴み、咳き込みながら、全身にまんべんなく酸素が行渡るのを待っていた。まだ頭はボーとしているようだった。
 五島喜久男は後ろ手で拳銃を掴んで、シリンダーを振り出し、口に咥えた弾丸を床の上に落とした。体育座りでひとまわりして、左手に銃を持ち、右手指で床の銃弾を探し当て掴もうとするのだが、ツルツル滑って掴めない。指は血で濡れているのだ。しかも血は際限なく痛みの発生源から脈打つように流れ出て来る。右腕の二の腕辺りから。
 光子は椅子を手にしてウラベが繰り出す包丁から身を守りつつ、菅沼に近付くのを(はば)んだ。もはや掴まえて包丁を取り上げるのはあきらめざるを得ない、ウラベはハリネズミのように全身の毛を逆立てて凶暴化している。尋常な目の色ではなかった。このままでは自分が負傷して菅沼の命が危うくなるーー光子の頭に拳銃の使用も已む無しの考えがちらついた。
 五島喜久男は悪戦苦闘の末、シリンダーに弾を()めるのに成功していた。ハンマーを起し、シリンダーをまわして手探りでちょうどよいところに持って来た。つもりだ。コッキング完了。ダブルアクションでもあるので、間違っていても空撃ちを繰り返せばそのうちーー。改造銃だけど、殺傷能力は充分にある。
 後はよく狙って、一発で仕留めるのだ。バッタの親父は思いのほか善戦している。
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