愛が欲しいのならばまずはあなたの一途な愛をください
【王女side】
白い馬に乗ってやってきた王子様は言いました。
「僕には愛する力がないのです。だから先にあなたの愛をくれませんか」
「は?」
私は第三王女。
話は少し遡りますが、私には婚約者がいます。
婚約者は幼い頃より国同士で決められていました。
隣国の王太子の彼には会ったことがありませんでしたが、絵姿は毎年いただいております。
絵の中の王子は、それはそれは見目麗しかったです。
繊細な造作は神が作りあげたような完璧な配置なのです。
憂いを帯びた表情は、人によっては守ってあげたいと思わせる雰囲気を醸しておりました。
顔を会わせたことのない王子様を、私はずっと心待ちにしてきました。
私、少女小説が大好きで、市井にあふれているたいてい持っております。
時折、侍女が隠し持っている大人向けの恋愛小説もこっそりとベッドでページをめくり、ドキドキと胸をときめかせてきました。
男性に強引に迫られる女性たちに私を重ね、もし自分がそうなってしまったら・・・・・・どうしましょう!
恥ずかしくてジタバタ暴れてしまいます。
白馬の王子様が私だけを愛して、求めてくださるその日が待ち遠しい!
そして十六の成人になった日、二十三歳になった王子が白馬に乗って私の国に来てくださったのです。
しかし、冒頭の台詞に戻ります。
いくら少女小説が好きとはいえ、私は将来、国の施政に関わらなければならない現実的な立場。
実際の男性は顔も見たこともない婚約者に夢をみるなんて芸当はできないと知っております。
とはいえ、普通は「これからお互いによく知っていこうとか」とか「がんばろう」とか「あなたを支えます」とかくらいは言うもんじゃないでしょうか。
せめて、「愛はないけど、パートナーとしてがんばろうとか」くらいは……。
その意味不明な自己申告は一体……。
憂いの王子は、私の前にひざまずき、手にキスをしてくださいました。
「僕は器用ではないのです。あなたが心から私を愛してくれれば、愛することができるかもしれません」
そして下から目線で・・・・・・いや、下から目線のくせに上から見下げられている気がするのは気のせいではありません。
そして、一ヶ月後。
私は、王子の国に正妃として嫁ぐことになったのです。
案の定、かの国には王子の後宮がすでにありました。
しかし、私の想像していたものとは違いました。
妾妃はすでに十人ほどいたでしょうか。
その殆どが、後宮を出て王宮で働いていたのです。
私とすぐに仲良くなってくださった、公爵家出身の苦労性の第二妾妃は言いました。
「王子は自分から後宮に行くことを疑問視されました。『なぜいちいち自分が離れた建物に向かわなければならないんだ。自分を愛しているなら向こうから来るのが礼儀だろう』と。王子は仕事終わりは仕事場で寝てしまうので、私も昨夜はそちらに向かって横で普通に寝ました」
また、お茶会に誘ってくださった、伯爵家出身の妖艶な第五妾妃は言いました。
「王子は愛を求めていらっしゃいます。ただ、『まずはテイクさせてくれないとギブは返せない。だからまずは満足させてくれ』ということで、まずは体作りと騎上位の技術を日々磨いているのでございます」
王子は夜の技術の習得に熱心ではないので、こっそりそちらの家庭教師を招いて練習しているそうです。
また、私にお后指導をしてくださる、だいぶ年上の侯爵家未亡人の第四妾妃は言いました。
「王子は包容力を求めていらっしゃいます。『自分の全てを受け入れてもらえて、初めて人を愛する余裕が生まれる』とおっしゃっています。なので妃はまず心を広く持ち、王子が何をいっても「いいですね」「すてきですね」。もしくは沈黙して見守ってあげるといったことが大切でございますよ」
そして、正妃としての仕事を覚えるために財務室に向かうと、高級官僚出身のパリパリした第七妾妃が説明してくださいました。
「王子は仕事は普通にできますが、仕事はお好きでありません。ですが、本人はすごく出来ると思っておりますので、こっそりと男のプライドを傷つけずに肩代わりしてあげるのが腕の見せ所です。
いいですか? 愛される出来る女は、男のプライドを傷つけずに陰で全てを片づけるのです」
彼女はすでに官僚機構を全て掌握しているようです。
第八、第九妾妃は、元々国外から来た双子の女商人で、現在外交に出てられるそうです。
事業に失敗して困っていたところを王子に援助してもらってから大成功した彼女らは、王子のイメージ戦略に一役買っているとか。
王子が自己アピールが下手だというので、王子の素敵エピソードを作り上げては外国に宣伝されてます。こっそりと外国の宮廷の調略もされているとか。
そう、踊り子出身の第六妾妃は言いました。
彼女自身は、王子に心の自由を差し上げるのがギブなのだそうです。
「王子は愛を育てるには仕事を忘れて空想にふける心の自由が必要なんだって言うんだ。あたしは踊ることしかできいないから、一生懸命芸を披露して、素敵な世界を王子に見せるよ!」
個性あふれる後宮の皆様は、私も新しくやってきたリーダー、もしくは仲間として歓迎してくださいました。
ただ、歓迎してくださらない方もいらっしゃいます。
王子が成人した頃に後宮に入られた、第一妾妃様です。
幼なじみとして幼い頃から一緒にいて、王子に焦がれてきたそうです。
縦ロール金髪と紫の目が似合う、とても高貴で美しい方でした。
その麗しい顔が私を敵意に満ちた表情でにらんでおります。
「私、正妃なんて認めませんわ!」
いえ、国が決めたことなんで私に言われても困ります。
第一妾妃は続けます。
「あの方は寂しい方なのです。人を愛することが分からないのです。私が本当の愛を伝え続けて、愛に目覚めさせて差し上げるのです」
うっとりと胸に手を当てる第一妾妃の噂は、他の妾妃から聞いております。
憂いの王子に小さい頃から惚れていて、好きと愛しているのアピールを本人と周囲にしつこいほど毎日言っていると。
しかも、王子が全く愛を返そうとしないからかえってストーカーと化してどこへ行くにも柱の陰について回っているそうです。
そういえば、彼女が首に掛けているネックレスの糸には王子の髪の毛が編み込まれているとか。
怖っ。
第四妾妃は、第一妾妃を愚策の女であると言います。
ただでさえ求めることしかしない王子に、愛をアピールし続けても、かえって言われ慣れてしまって無駄なのだと。
また、アピールの強い愛は、愛のお返しを求められている気がして、男は不快になることもあるそうです。
だから、第三妾妃は部屋からあまりでないそうです。
可憐で清純で有名だった第三妾妃は、庭で花を育て、手芸に精を出していらっしゃいます。
そして、王子が彼女を見に行ったという話は聞いておりません。
私は広い王宮の中で、呆然としてしまいました。
愛をくれれば、愛せると言われても。
どんな愛を彼にギブすればいいのでしょう。
私は妾妃の皆さんの愛を差し上げる姿に感銘を受けました。
少女小説では一生懸命に生きていれば、男性が愛をくれました。
大人向けの恋愛小説では、何をしていなくても、男性が愛をくれました。
妾妃たちの情熱を見て。
そしてただ愛をくれと言っている実際の男性を目の前にして。
私は王子を愛する気が、全く失せてきていることに気が付いたのです。
そんな日々の中で、最後に第十妾妃に会いました。
【王子side】
僕は王子だ。
将来国王になり、国を背負っていく立場だ。
人は皆、自分の背景にある莫大な権力や財産に惹かれている。
さらに母から引き継いだこの美貌のせいで、余計な虫がやってくる。
能力があるからなおさらだ。
男の嫉妬は怖いもので、政策が順調なものだから、何かにつけて僕や妾妃たちの悪口を言う。
僕が何もやっていないって?
女たちが勝手にやっているんだ。
命じていないのに勝手にやって、提供してくるんだから、受け取ってあげてるだけだ。
自分がその気を出してやれば何十倍も早いのだけど、やりたいと言っているからやらせてやっているんだ。
我慢してあげているのはこっちだ。
人を使うというのは、面倒くさいものだな。
第一妾妃は、昔から嫁にしろ嫁にしろというから娶ってやった。
愛しているアピールがうるさいが、言われるとそれなりに心地よいし、勝手に余計な女を牽制してくれるし、便利だ。
第二妾妃は、昔からパシリ体質で、命じておけば犬のように何でも喜んでやる。従順で言うとおりに動くから楽だ。
第三妾妃は、一緒に歩くだけで他の男たちから羨ましそうな視線が飛んでくるので、優越感をもらえる。
第四妾妃は、甘えるだけ甘えさせてくれるからほっとする。
第五妾妃は、エッチがとにかくうまい。自分から色事を仕掛けるのが面倒なので、寝ていれば気持ちよくフィニッシュできるのは心地よい。
第六妾妃は、仕事や女たちに息が詰まったときに楽しませてくれる。いい気分転換だ。
第七妾妃が輿入れしてきてからは、宰相に突っ返される書類は激減した。自分の仕事能力はますます上がったようだ。
第八・第九妾妃は、たまたま友人が競馬で当てた券を、嫌がらせで奪い取り、近くにいた絶望顔の女の子たちに上げただけなのに、なぜかこうなった。
自分の当たり券は自分のものなので、あげるわけがない。まあ結果的に外交も順調で国庫も潤っている。
第十妾妃は・・・・・・あれ、どうしたっけ? 思い出せないな。
最近、隣国から正妃が輿入れしてきた。
噂では、昔から自分の絵姿を見て焦がれていたらしい。
たいていの女は自分に会うと愛していると言い寄ってきて、何かを自分に与えようとする。
だから、女の愛とは何かを自分にテイクさせてくれることだと思う。
この女は何をくれるのだろうか。
正妃は今までの妾妃とは違って顔も体も地味だ。
だから、横に並んで同性に羨ましがられる優越感、夜に楽しむ快感は提供させてくれそうにない。
芸もないしユーモアも低いから、見ていて楽しくない。
笑顔や賛同、うなずきも少ないから包容力や安心も期待できない。
しかも、隣国の規模は自分の国よりも小さい。
お金の面だったら、財産規模は第一妾妃の実家が上だし、現実儲けさせてくれる額は、第八・第九妾妃が方が上だ。
権力? 権力は自分が持ってるよ。
自分のものは自分のものなのだから、分け与える気なんてないよ。
さて、何をくれるんだろうと待っていたら、彼女はとんでもないものをくれた。
子供と、失墜だ。
今わき腹にはナイフが刺さっている。
第一妾妃だった女の手から伝わる振動が、彼女の動揺を教えてくれる。
「ようやく、ようやく、私たちは一緒になれるんですね」
「…・・・」
「嬉しい・・・・・・!」
彼女は頬を赤らめて、幸せそうに微笑んでいる。
ウエストをキュッとしめた腹にはすでに血が広く滲んでいた。
正妃、いや、今は女王か。
自分が王に即位したころ、正妃は自分の第一子を生んだ。
妾妃には避妊をさせていたので、正しく跡継ぎだ。
正妃は子供が生まれてしばらくすると、有力貴族と官僚と軍を掌握して、自分に反旗を翻した。
王は政治無能力者であると塔に監禁し、女王として君臨したのだ。
一気に周辺国家を併呑し、有数の大国家として名を馳せている。
僕は呆然としていた。
自分だけを愛してくれていた世界なのに、気が付いたら、全てが刃を持って攻撃してくる。
第二妾妃は、実家に戻って女王推薦の有力貴族に輿入れしなおした。
第三妾妃は、隣国の駒として政略結婚していった。ただし、恋文の中で名文の男を選んだらしい。
第四妾妃は、隠遁の道を選んだ。養子をとって育てている。
第五妾妃は、多数の恋人に囲まれて暮らしているそうだ。
第六妾妃は、劇団を立ち上げて世界で評判だそうだ。
第七妾妃は、宰相の後妻に入り、女王の右腕として活躍している。
第八妾妃・第九妾妃は、財閥を作り、独自の勢力を国境を越えて築いている。
第十妾妃は、今、女王の隣にいる。
自分が後宮に入れたはずの第十妾妃は、少年だった。
女が自らくれる愛に飽きていた時に、男だったらどうなんだろうとふと興味が湧いたのだ。
そんな自分の興味に気がついたある貴族から、勝手に見目麗しい妾腹の男子を送られたので、小姓と第一妾妃に嘘をついて、床に上げていたのだ。
嫌がるというシチュエーションや、幼さ、性の違いなどが新鮮で、面白いものを与えてくれたと思ったものだ。
しかし、そもそも自分から動くのは面倒な性質だったので、やがて後宮に放置して忘れていた。
向こうから来てくれないと、いちいち覚えていられないからな。
その彼は、雄々しく成長し、女王の隣で将軍として女王を補佐している。
非公式の愛人という話もある。
どうやら、彼女は私が放置し、だれも世話をしていなかった第十妾妃を拾い上げ育てていたらしい。
彼女のがいつ私に、なんらかの愛を示すのか。
それなりに待っていたのに、彼女の愛は子供に行ってしまったらしい。
僕は子供が嫌いだ。
女たちが豊かに示す自分への愛は、子供を持つとすべて消えてしまう。
過去に私が唯一愛した母は、弟が生まれると私への愛を消し、弟ばかりに構った。
許せなかった。
だから、こっそりとベビーベッドの弟の体をうつ伏せにしたのだ。
母はその後心身の健康を崩し、早く亡くなったから、何を考えていたかは分からない。
その後、私を愛してくれると知っている女たちを、誰もハラませる気はなかった。
しかし、跡継ぎがどうしても必要な私は、正妃に跡継ぎを生ませた。
彼女は私に愛を示していなかったから、さほど抵抗はなかったと思う。
そして生まれた子供には、嫌悪感しか感じなかった。
こいつも、いつか私に向けられるはずの愛を傲慢に奪い取るに違いない。
そして、見たくもないから後宮に放り込んだのだ。
逆に今、私は塔に放り込まれ、第一妾妃に腹を刺されている。
そもそも、第一妾妃は私の失墜を喜んでいたのだ。
これで自分だけを見てくれると。
しかし僕はその時、女なんかに王位を蹴落とされてプライドがずたずただった。
残った女なんてどうでも良かったし、むしろ彼女の甲高い声が神経に障る。
せめて第四妾妃でも残っていれば、放って見守っておいてくれるのに。
彼女は養子の赤ん坊を可愛がっているという!
私に付いていくと主張し実家を勘当された彼女は、みすぼらしかった。
年齢を重ねてすすけた美貌は鑑賞には堪えない。
邪険に扱い、八つ当たりの対象にしかしなかった。
他に八つ当たりできる妾妃が居れば、こいつにばかりぶつからなくって良かったのにと思う。
気が付くと、離宮のベッドの上だった。
腹には白い包帯が巻かれ、横には女王となった、元正妃がいた。
そのななめ後ろに、第十妾妃だった将軍がいる。
「僕を笑いに来たのか」
「いいえ」
女王は首をふる。
「あなたは昔、私に『愛することができれば』とおっしゃいました」
「ああ、言ったな」
「でも私はあなたをどうしても愛することができませんでした。だから、私の愛はこの子とこの国に向かいました」
「・・・・・・」
後ろの将軍は何も動かない。
「それでも妻になると決心して輿入れして来たのです。なので、あなたに差し上げる私なりの愛を考えました」
「それが、この状況か。随分な愛情じゃないか」
皮肉を言うと、女王は悲しげな顔をした。
「いいえ、差し上げたかったのは無垢な信頼です。後宮で子供が親を慕う気持ちに触れてほしかった。そして、あなたの子供を見せたかった」
しかし跡継ぎが生まれると後宮に幽閉し、むしろ邪険にすることで妾妃たちや彼女等の親である有力者たちが動揺した。
特に主張の少ない王だからと今まで安心していたが、少々心がまずいのではないかと。
国の運営を多く担っていた彼女・彼らの不安は、王宮や周辺国に波及した。
「私が女王になったのも、あくまで結果論です。あなたにはもっと他人を信用して欲しかったですけれど」
でも、あなたは誰も信じない。
そしてこのような状況でも、どこまでも一方的な愛を求める。
「だから、せめて一途な第一妾妃だけでもそばに残ってくれれば、愛を実感してくれると思ったの」
今回は予想外にやりすぎてしまったようですけどね。
女王はため息をつき、スカートを翻して歩き出した。
「待て、第一妾妃は生きているのか?」
ぴたりと足が止まる。
女王は信じられないと、振り返る。
「ほんとにあきれた。ようやく第一妾妃の心配ですか。もちろん無事ですよ」
起きあがれるようになったら、会いに行って差し上げて。
あなたが心配されたと知るだけで、きっと彼女は泣いて喜ぶでしょう。
「お腹まで刺されて、ようやく人の心配ができるようになったなんて。嫁入りした時に、さっさと刺してやれば良かったかしら」
「それはやめてください。そしたら俺と後宮で出会えていないかもしれない」
将軍が初めて声を発した。
それもそうね、と女王が笑う。
「人生何が起きるか分からないし、愛なんて目に見えないものを求めなくても、人を思う気持ちがあれば、思わぬところから自然と降ってくるものよ」
じゃあね、昔の旦那様。
おこちゃまのあなたが、素敵な愛を抱けますように。
女王の靴音が聞こえなくなると、自分は呆然とベッドで目を開いていた。
人の心配をしたのが初めて?
働かない頭を動かすと、目の奥に最後に幸せそうな顔をしていた、第一妾妃が思い浮かぶ。
起きあがれるようになったら、彼女に何と言えばいいのか分からなかった。