「趣味? 趣味は、ん〜……なんだろう?」
これといってパッとしない外見。いや、どちらかといえば……地味め。
「休みの日とか? 何してるかなぁ…?」
第一印象は無愛想で……かなり悪いかも。おしゃべりだって得意じゃなくて…
「二人で居るとき? …そうだなぁ〜。ボーッとしてるかな?」
友人に聞かれた問いに、まともに答えられるものもなく……
「でも。好きなのっ」
そう、締めくくるのが唯一の保守でもあり…
実際…
彼の何処が好きなんだろう、と。考えても……ハッキリとは答えられない。
それでも離れられない自分が不思議であったりもする。
時々…
他の人に目を向けてみるのも悪くはないと思うけど。でもやっぱり…
「那智さんっ」
私の呼びかけに、一瞬向ける目が。何処か愛しくて…
「……約束、してたっけ?」
時々こうして、待ち伏せしたりするのも。なんだか心地よくて…。
「ううん。ちょうど逢えるかな、って。そう思って待ってた」
そんな私に、彼は少し目線を逸らせ…
「約束してないときは……こんな風に待つことないのに。残業で遅くなることだってあるんだし…」
そう言いながらも、嬉しいと言っている気がして…。
「分かってる。遅くなる前にちゃんと帰ってるから、心配いらないって」
私の彼、倉田那智は二十五歳。そして私、浜田繭は…
「明日また学校だよね、宿題とかないの?」
十八歳、バリバリの女子高生。
「あるのっ! ってゆーか、明日っからテスト。ねっ、だから…」
「……」
那智と出逢ったのは、繭が中学三年のとき。
家庭教師のアルバイトとして家にやってきた那智を初めて見たとき、繭はハッキリ言って、好きになるなどとは思いもしなかったのが本音だった。度がめいっぱい入った眼鏡をかけ、センスゼロの私服と、寝起きのままやってきたかのようなボサボサの髪……
それだけでも、既にガッカリだったのに…。
加えて、勉強以外の私語もなく……たまに話せば、難しい単語のオンパレードで。
何度母親に家庭教師などいらないと訴えたことか。そして何度約束の時間をすっぽかしたことか……
けれど…
「教え方に問題があるんだろうね……ごめん」
試験の点数が悪かったとき、那智がそう言って落ち込んだ様子に…
繭は少しだけ反省したのだった。
実際…
アルバイト代さえ貰えれば、それで満足なんだと軽く思ってた繭。責任感を持つようなそんな大学生などいるわけもないと……そう思ってたのが本音で。
「もっとちゃんと繭さんが解り易いように工夫してみるね」
そんな風に教える側が努力するなんて、思いもしなかった……
だから、少しだけ…
意地悪をしてみたくなった。
「工夫するより。このアルバイト、辞めた方がいいんじゃない?」
すぐに砕けたように笑い「冗談よ。からかってみただけっ」って……そう、言う予定だった。
でも……
言えなかった。
何故なら、那智が……
「うん。僕もずっと、そう思ってたんだ」
そう言って…
ニッコリ笑ったから……。
「繭さんが僕を避けているの、分かってたし。きっと……繭さんにとってこの時間は苦痛で。嫌な勉強を更に嫌いにさせているのは…僕のせいだって、ずっと思ってた。けど頑張れば……僕がもっと努力すれば。繭さんは絶対勉強が好きになるって…」
笑みを浮かべたまま那智は繭から目線を逸らせ、そっと眼鏡を外した。
「途中で投げ出すのは卑怯だからって、そう思って。頑張ってみたけど……やっぱり僕はこのバイト、向いてないみたいだね」
繭はなんと言えばいいのか分からなかった。ただ自分が勉強をしたくなかったから……那智のせいにした、と。そう正直に言えばよかったのかもしれない……けど…
「今日で……辞めるよ。繭さんの引継ぎはちゃんと僕が責任持って頼むから。心配しないでいいからね」
もう、そう言われたら。
今更……何も言えなくて。ただ…
「今まで。ごめんね。何の役にも立てなくて…」
ただ…
心が。
チクリと痛んだ……
その二日後…
那智は言った通りアルバイトを辞め、見た目にも素敵で。勉強も判り易くて。ついでに人当たりもいい引継ぎの家庭教師がやってきた。
自分が望んでいた通りの先生で…
なんの憂いもなく、勉強がはかどっていって……。
だけど…
(あの人……本当に辞めちゃったんだ…)
那智の笑顔がチラついて…
仕方がなかった。
それから数ヵ月後、無事受験が終わり…
「良かったよ、繭ちゃんが無事合格してくれて」
「……?」
「いや。教え子がもしも受験に失敗したらね。バイト料上がんないだウチ。そういうとこ、やけにシビアなんだよな。でも、ホッとしたよ……初めはどうなることやら、って思ってたけどさ。倉田が繭ちゃんの引っかかりやすい弱点とか教えてくれて。アイツに相談しながら乗り切れたようなもんだったけどね」
私が…
人生という勉強で、初めて学んだのは……
後悔。
「……。繭…さん?」
久しぶりに見たその顔は……
やはり、何処にでもいるような平凡な顔で…。
だけど…
「案外。冷たいんだね」
そんな言葉に戸惑う顔と…
「おめでとうって……言ってくれても。バチは当らないと思うけど」
その後見せた笑みが……
「おめでとう。……繭さん」
中学生活最後の大切な思い出になった。
繭は高校に入り、那智は社会人となった春…
繭の突然の告白に那智は驚きながらも、二人は付き合うこととなった。
家庭教師をしていた数ヶ月間。そんな気持ちを持ったことは一度もなかった。顔を合わせることすら嫌だったくらいなのに…
そのことは繭自身よく分かっていた。那智もまた分かっていた……
けれど…
人の気持ちは何処でどう転ぶか、分かりはしない。
「那智さん。暗記するコツ教えてよ」
教科書を枕にしながら、那智の顔を見上げる繭。
そんな姿に那智はそっと微笑み…
「数式は暗記しても無駄だよ。理解しないと」
そう言いながら、煎れたてのコーヒーを手渡した。
「だって難しいもん。……理解できない」
駅で待ち伏せ、那智の家まで押しかけた繭。
製薬会社に勤める那智は、新薬を開発する研究員で、毎日が神経を使う仕事をしている。ゆえに、疲れているはずなのに…
「ん…。じゃあ、理論を先に教えようか。そうすれば自然と式が組みあがってくるはずだから」
那智はこうやっていつも嫌な顔一つせず、付き合ってくれる……
それは、繭が告白した時もそうだった。
「那智さんて……好きな人とか、居るの?」
「……え?」
高校の入学祝いをしてくれるという約束をとりつけた繭が、那智にそう言った。
「もし、居ないんだったら……私と。……付き合ってみる?」
「……」
その時の那智の顔は…
驚き。の、一言……それ以外はなかった。
一瞬だけ…
繭は後悔をした。
(そんなに驚かれると……不安になっちゃう…)
けれど…
「ってゆうか。付き合って……ください」
玉砕でもいいと、そう思い発した。
その後暫し…
二人の間に静寂が流れていた。
那智がその間、何を思っていたのか……分かりはしないが…
「僕で……いいの?」
そんなつぶやきが聞こえ…
目を合わせた那智の顔が、一気に繭を陥れた。
(私はこの人が……好き…)
理由なんかなくてもいい。
何処が好きかなんて考えなくてもいいんだ……
ただ…
「好き…」
と、いう気持ちだけで。
それだけで…
充分。
「…繭さん。…繭さん?」
柔らかな那智の声が繭の耳に飛び込んできた……
うたた寝をしていたことに気付いた繭が顔を上げると…
「もう八時になるから。……送っていくよ」
那智の笑みが視界に入った。
「……八時…?」
「うん。疲れてたんだね、途中で眠っちゃって……起こすの可哀想だから、少しだけそのままにしといたんだ」
壁の時計に眠そうな目を向けた繭は、那智に顔を戻し…
「泊まっていっちゃ…ダメ?」
と、問いかけた。
子供ながらに少しは誘惑気味に言ったつもり、…だったのだが……
「いいけど……じゃ、僕は駅前のカプセルホテルに…」
「嘘よ。…まったく。冗談も通じないんだから…」
二人で居るから意味があることを、分かっていてそう言うのか。それとも本当に天然なのか……と、疑いつつも繭は小さくため息をついた。
付き合って三年。
三年……。
(キスもしてない、って。どうよ、コレ?)
「……信じらんない」
そう小さくつぶやいて靴を履いた繭に…
「何が?」
と、返ってくるトンチンカンな問い。
当然振り向いた繭はキョトンとした顔の那智にこう言い捨てた。
「何でもアリマセンっ!」
(ホントは私のこと……好きじゃないのかもしれないな…)
家に戻り、浴槽に浸かりながらため息を吐き出す繭。
何でも繭のわがままに付き合ってくれるし、どんなに疲れてても嫌な顔一つしないし……ケンカだってしたことない。と、いうか…ケンカにならない。優しいし、思いやりもあるし…何気よく気が付くし。
だけど…
(いつも追いかけてるのは私ばっかりのような気がして…)
電話をかけるのも私の方だし、逢う約束をするのも私。何かをしたいと訴えるのも私だし、して欲しいことも……言って欲しい言葉も…。
(………)
湯に潜った繭は、その中で憂いを勢い良く吐き出し……ザバッと顔を上げた。
「ああ、もうっ! 那智さんのっ……バカっ!」
それは当りようのない自分自身への叱咤。
もどかしい気持ちを消し去る為の呪文……
「こんにちは、那智さん」
約束などしてなかったが、急に逢いたくなって家まで押しかけた休日…
「……繭さん…。今日、約束してたっけ…?」
休みの日だというのに、きちんと背広を着込み顔を出した那智。
そんな那智に首を捻りながらも
「ううん。してないけど…来ちゃった」
そう言ってニッコリ笑って見せた。
だが…
(……)
「そっか……でも、ちょっと今日は…」
そう言葉を濁した那智。
繭はそんな那智にそっと微笑んだ……
「あ、いいの。暇だったからちょっと寄っただけ……だから…」
「ごめんね。せっかく来てくれたのに」
「ううん。…じゃ、また」
「あ。送って行くよ…」
「いい。……友達呼び出して遊んでいくから…」
「…そう。じゃあ……気を付けて」
「うん」
何故……だろう。
いつもの私なら…
その訳をしつこいほど聞くはずなのに。
少しでも言い訳に矛盾があれば、とことんまで追求する性格なのに……
それなのに…
何故私は……
(那智さん……一緒に居る人は誰? その…女の人は……)
玄関で繭の目に入った女物のヒール……
繭には絶対に似合わないような…大人の靴。
まさか。
そんなわけないよね…?
きっと…
身内の人とか。あるいは、生命保険のおばちゃん…とか。
でも…
逃げるように。まるでそこから追いたてられるように…
急いている自分が居た。
那智を疑う自分が……
学校の教室で、携帯を見つめながら深いため息を吐き出した繭。
次に逢う約束をしていないこと…
それがため息の元でもある。
那智の電話番号を表示させては、ため息…。その繰り返しだった。
いつもと違う自分の意識。この三年間一度も持ったことのない意識…
(やきもち…なんて。浮気とかそんなんじゃないかもしれないのに……)
それを確かめることすら怖くて出来ない自分に、嫌気がさす……
「繭…。さっきからため息ばっかりじゃん。こっちまで憂鬱になるからやめてくんない?」
友達の春奈がそう言って目の前に来た。
その顔を見上げ、また…ため息を吐き出す繭。
「もうっ、何なのよ。彼氏とケンカでもしたの?」
三年間那智と付き合っていることを知ってる春奈は呆れ笑みを見せながらもそう問いかけた…
「ケンカなんかしたことない、って。言ったでしょ」
「だから。したのかなぁって思った」
「してないよ…」
そしてため息…
「ため息付かないで、ってば。いつものアンタらしくないじゃん。どうしたのよ、一体」
「……」
どうしたの…と、問われても。
どう答えていいのやら分からず…
モヤモヤした気持ちをただ、持て余すだけで……
「ったく。暗いっ! 何があったかは分かんないけど。とにかくっ、行こう!」
春奈に半ば引き摺られるように学校を後にした繭。
那智に電話をして逢う約束を取り付け、逢ったとしても……
この気持ちは晴れない気がした。
あの時部屋にいた女の人のことも、きっと包み隠さず那智は答えてくれるだろう。
だが、それが何の関係もない人だとしても…
このモヤは晴れない。
それは…
どうしてなのか。自分でもいまいち分からない…
春奈と共にファミレスで時間を潰す繭。
その間、春奈のおかげで何とか気を紛らわせることが出来たのかもしれない。
「そういえば、この間。久しぶりに元カレに逢ってさ」
「去年付き合ってた人?」
「うん。アイツが浮気したせいで、ね」
「……」
「その時はさ、ムカついて。絶対許してやんないって思って。結局別れたんだけど……一年ぶりに偶然逢って。その空白の時間があったお蔭で、怒りなんかすっかり忘れてて。…気が付いたらソイツとの会話を楽しんでる自分が居たんだよね」
そう言う春奈の顔を見ながら、繭は那智を思い浮かべていた。
逢いたくて仕方なくて。
でも…
「だけど。やっぱ浮気は許せない。私と逢ってる時に別の女のことを考えてたのかと思ったら腹立ってさ……あのバカ、寄り戻そうぜ。なんて言ってきたけど。それほど私もマヌケじゃないから、当然断ったけどね。まあ、友達としてなら付き合ってもいいけど一度でも浮気をした男は信用ならない。ってゆうか、何かあれば疑っちゃう自分がまた嫌だし…」
春奈の言葉を聞きながら、繭は揺れていた…
実際。何があるか確かめもせずに自分は那智を疑っている。
嫌な女に、なり始めてる……
だからこそ。
逢わなければならないと思った…
(逢って……正直に自分の気持ちを吐き出して…)
「………」
春奈と別れた後、駅で那智を待っていた繭。
(この間のことをきちんと聞いて……それで…)
けれど……
那智の姿を目に映しても。
声をかけることは……なかった。
その代わりに。
見つからないようにそっと顔を背けた繭…
もしも那智に見つかってしまったら……
泣いてしまうだろうと…
思った。
那智は二十五歳で。
私より七つも上で…。
だけど…
歳の割りに奥手で。未だにキスの一つもしてこない…
だからといって私からせまるのもおかしい気がして。
そんな想いのまま…
三年が過ぎ……
私が高校生だから?
犯罪になるから?
それとも…
私が子供過ぎるから…?
「……」
違う。
全部、違う……
本当は二十五歳相応の大人で。
奥手だと思い込んでいたのは、私だけで。
那智が私のわがままに付き合ってくれていたのも…
全ては大人であるがゆえの、余裕。
繭は足を踏み出した……
那智と…
その隣で微笑む綺麗な女の人に
背を向けた。
「繭っ、交代交代っ」
歌い疲れた春奈がなだれ込むように寄りかかってきた…
そして渡されたマイクに
「繭ちゃん。ノリのいいヤツ、ね」
そんな男の声がかかる……
カラオケボックスに春奈と共に行く途中、春奈の元カレから電話が入って合流することになり、元カレの友達を含め四人で盛り上がっているところだ。
イントロが流れ繭が歌う姿勢に入ると、三人はこれでもかと盛り上げてくれる……
そのお蔭もあって、落ち込んでいた気分が晴れゆく繭。
(楽しい。私にはやっぱりこういう方が……楽なのかもしれない…)
那智とは来たことのない場所。那智だけでは埋まらない感覚。
それが素直に楽しいと思えた。
(同年代の子は……これが普通なんだな…)
歳の違い…
性格の違い。刺激の違い……
繭は今更になって何故、那智を好きになったのか……疑問に思った。
三年という年月が無駄だった気にもなる…
(那智さんにこだわる必要なんか…ないのかもしれないな。もっと……たくさん色んな人がいるんだし…)
そう思い始めたら、那智に対しての不満ばかりが浮かんでくるのも仕方がないと言い捨てられる。
(別れ……ようか…な)
そんな思いを薄っすらと持ちながら、逢う約束をせずに過ごした二週間。
付き合い始めてから、こんなに逢わない時間があったのは初めてだった……いつも繭が痺れを切らせて逢いに行くという繰り返しだった。でも、それが不満に思えたことはなかった…
なのに…
今は那智と過ごした何もかもが、不満と憂いで埋まっていた。
そしてほぼ…
那智とは終わりになると思っていた。
「繭さん…」
初めて…
那智が繭を訪ねて家までやってきた。
そして、家庭教師をしていた時以来上がることのなかった繭の部屋で今……
「ごめんね。突然来たりして…」
そんな那智の声がたったの二週間で懐かしいと思える自分が不思議だった。
「具合でも悪いんじゃないかと思って…」
「どうして?」
自分で吐いたその声が、自分でもすごく冷たいと…感じた。
「気にすることないじゃない。具合が悪かろうが……那智さんには関係ないんだし」
「……」
目を…
見たら言えなかった。
目を…
見ずにずっと……
「あの時……家庭教師を辞める時。途中で投げ出すのは卑怯だから、って。那智さんはずっと……私に悪いなって思いながら。そう…たとえれば、ボランティアみたいな気持ちで付き合ってくれてたんだな…って。分かったから」
「っ、繭さ…」
「でもね」
傷付いたりしないよね…
那智さんは大人だから。だから…
「疲れるのは那智さんだけじゃなくて……私も。あの時酷い言葉で突き放しちゃったから。だから……その罪滅ぼしだったんじゃないかなって。そう、気付いたんだ。那智さんと同じ……ボランティア…」
もう…
お互い、その自責の念は…
捨てよう。
私はちゃんと笑って言える。
那智さんもきっと心の中でホッと息を付くはず…
「三年間。付き合ってくれてありがとう……もう、充分…」
この言葉を言えば…
終わりになるのだと、思った。
「……さよなら…」
だからこそ……
顔を上げた繭の目に映った那智の涙がとても…
不思議に思えた。
(何故……泣くの…?)
「僕が……勘違い、してたんだね。そう…だよね。僕みたいな男に……繭さんはもったいない…。君は…まだ若くて、可愛いくて。もっと素敵な男性と。付き合うべきだと……早くに、気付けばよかったのに。気付かないふりを……していたのかもしれない。僕にくれる笑顔をずっと……離したくなくて」
(泣きたいのは……私の方なのに…)
「この二週間……何をしていたのか、あまり覚えてなくて。何度も…電話をかけようって。そう思ったりしたけど……怖かった。ハッキリ別れを告げられるのが怖くて……日が経つにつれ、駅の改札をくぐるのも足がすくんで。そこに繭さんが居て、さよならを切り出されたらどうしようとか……っ…」
「……」
那智さんは七つも年上の…
大人で。
私は…
自分だけが子供だって…そう…
「だから、ごめんね……繭さん。僕のせいで…君の貴重な三年間を。潰してしまって……ごめん…」
どう思えば……いいのだろう…?
お互いがお互いに……お互いを想い。
けれどそれがお互いを縛り付けていたなんて……
(どう…すれば。苦しくなくなるの…?)
「待つのはいつも私だった…」
(それが楽しくもあったけど…)
「誘うのだって…私からで」
(突然のわがままにも嫌な顔一つしないで…)
「電話も一度もかかってきたことないし」
(しょっちゅう掛けてた私…)
「逢いたいって思うのも…」
「毎日でも逢いたかった」
「っ……声だっていつも」
「聞きたくて! 仕方ないほどに……君が…」
「好きだって…」
「押し付けるのが。君にとって重く感じるのかって…」
「でもっ……でも言って欲しかった」
「……」
何故…
二人して泣いているのだろう…?
そして…
付き合ってきた三年間で…
一番心が近付いた気がするのは……何故だろう?
「那智さんは……私が居なくても困らない」
「困る。…縛り付ける気はないけど……僕には繭さんが全てだから」
「困ってなんか……なかったじゃない。私じゃなくても那智さんに似合う大人の人が居て…」
「僕に…似合う人?」
「部屋に…居たし。駅でも…」
「……」
「綺麗な女の人が」
「もしかして……金谷の、ことかな?」
「………?」
(金谷……って、聞いたことあるような…)
繋がっていた互いの視線……
頬の涙も…
乾き始めているのが、ふとおかしく思えた。
「……嘘…でしょ?」
「僕も。初めは驚いたけど……でも、それも彼の人生だから」
「……」
(那智さんの代わりにやってきた金谷先生が……っ、ええっ!?)
確かに整った顔をしていたけれど……と。
そんな風に回想していた繭に…
「繭さん。僕は君がすきだ」
涙を拭った那智の微笑みと。
「でもね……君の自由を奪いたくはない。声が聞きたくて…顔が見たくて。逢いたくて。ずっと側に居て欲しいってそう思うけど。……いいんだ。繭さんの好きにしていい。ここで別れたとしても。僕の気持ちは一生変わらず居るから……君の幸せだけを願ってるから。だから……僕の方こそ、三年間。ありがとう」
そんな言葉が…
「私の好きに……して、いいの?」
少しだけ…
悔しかったのか。嬉しかったのか……
「那智さんの奥さんになりたい」
「何が決めてか、って? ん〜…何だったかなぁ?」
三年間の高校生活が無事終わり、そのまま私は…
「繭さん」
「あ。那智さん、お帰りっ」
平々凡々な主婦の座についた。
お若いわね、なんて…
常にご近所では評判になってて。
もっと遊んだ方がいいよ、って…
友達にも忠告されたり。
結婚なんて人生の墓場じゃん…て。
言う人もいるけど……
「キッチンの電球が切れたの。一緒に買いに行こうよ」
「電話くれれば帰りに買ってきたのに……暗かったでしょ」
「うん。だから、今日外食しよっ?」
「……先週も、確か…」
「だって。お料理……嫌いなんだもん」
だけど。
那智さんとなら…
私はいつまでも子供でいられるような気がして。
「那智さんが作ってくれる、って言うんなら。家で食べてもいいかなぁ…なんて」
いつでも私は甘えてる。
「いいよ。じゃあ、スーパーで何を作るか決めようか」
だって…それでもいいよ、って。言ってくれるんだもん。
「ハンバーグがいいっ」
でもね。
その代わりに私は一生。一生…
「ん、じゃチーズ入りにしようか」
「うん」
那智さんを泣かしたりしないって。
決めたんだ。
だって…
那智さんは言ったんだもの。
「生まれて初めて知ったよ。繭さんが、僕の涙腺だって…」
甘い涙の行方 ― 終 ―
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