少女Aの邂逅
今は亡き兄へ。
私には会いたい人がいます。
大きな花束を抱えた制服の少女が歩いていた。
両手で抱えている花束からは、甘い香りが漂ってくる。風が吹くたびに、めくれそうになる制服のスカートを気にしながら、少女は花が散ってしまわないか心配していた。
少女は目の前に現れた百段は優に越えているであろう階段を、軽い足取りで上っていった。タンッタンッとローファーが地面を叩く硬い音だけが周囲に響く。
階段を上りきった少女の目に、一定の間隔で並べられた四角い石たちが映った。
そこは、霊園だった。
お盆までまだ遠い今の時期、どうやらここにいるのは少女だけらしい。
周囲を軽く一瞥した後、そのまま特に迷うことなく墓と墓との間を進んでいく。
霊園の隅にある墓の前に来た時、少女は足を止めた。
西日に照らされて光輝いている墓石は、ここにいくつもの魂が眠っていることを教えようとしているようだ。
少女はそっとその前に座り、抱えていた花束を供えた。
「また、会いに来てしまいました」
無言の墓石に話しかける。
「私はなんて弱い人間なのでしょうか。辛いことがあるといつもここに来て、あなたに助けを求めてしまう」
震える声で話しかけても誰も返事をしない。なぜならここは声無きものの集まる場所だから。
少女の前にある墓には、少女の曾祖父や曾祖母、そして兄が眠っていた。
「ねぇ、兄さん?あなたがいなくなってもうすぐ15年経ちます。私はもう、あなたの姿も声も何もかもを忘れてしまいました。」
顔をくしゃくしゃに歪め、今にも泣きそうになりながらも少女は言った。
「記憶が、日に日に薄れていくのです。母さんは辛くなるからってわざとあなたの事を忘れてしまった・・・。でも私は、あなたがくれたもの全部覚えていたい。忘れたくない」
母だけではない。15年前にこの世界から消えた少年を、今ではどれだけの人が覚えているのだろうか。
記憶は風化していく。たとえ忘れないと思っていても、その意志とは反対にどんどん薄く朧気になっていく。
「ここに来ればあなたに会えるような気がして、つい足を運んでしまう」
そんなことがあるはずない事くらい少女は知っている。
けれど、少女はそれでも求めた。記憶の中の朧気な兄の姿をたった一つの救いとして。
「会いたいよ・・・、兄さん。会って話がしたい。抱きしめて『大丈夫』って言って欲しい」
膝を抱えてうずくまる少女を慰める者はいない。
ただ、夜を含んだ冷たく優しい風が少女を包んだ。
「・・・・・・っ」
肌に触れた風の感触に、遠い日の記憶が重なる。
「兄さん?」
あぁ、これは兄さんの手だ。昔一度だけ握ったことのある、冷たくて柔らかい兄さんの手だ。
「慰めてくれてるのかな」
少女には兄の姿は見えない。けれど、優しく吹く風はどこかで兄が見守ってくれているようなそんな気持ちにさせてくれた。
「・・・ありがとう」
頬を伝っていた涙を拭い、少女は笑みを見せた。
「頼ってばかりじゃだめだよね」
スカートの端についた土を払い、帰路を見遣った。
「また会いに来ます。今度は笑って。だから私を待っていてください」
じゃあ、と物言わぬ墓石に一礼し、少女は歩きだした。
冷たい風は、そっと少女の背を押していた。
私には会いたい人が居ます。
私がその人に会うことは、もう一生ないでしょう。
それでも私は、あなたを求めて歩き続けるのだと思います。
いつも心の支えとなってくれる兄に感謝の気持ちを伝えたいなぁ、と思い書きました。
少しでも多くの人にこの気持ちが伝わってくれたら良いと思います。
読んでくださってありがとうございました。