消える日常。甦るは見えない脅威。縦書き表示RDF


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消える日常。甦るは見えない脅威。
作:サイレンス


時代には見えない影が存在する。人々はそれに気付くこともなく、日々を送ってゆく。だが、もちろん例外もある。裏のセカイを広げようとするもの、それを防ごうとしているもの……そして、それを知ってしまったもの。自分の意思があるか無いかは別として。

神無月 あまつは考える。世の中は自分が思っているより平凡だと。毎日が同じように過ぎ、我ら学生に至ってはただ同じ通学路を歩き、同じ教室でくだらない授業を受け、同じ通学路をまた歩く。よく、刺激の無い生活に皆、耐えられるのか自分には分からない。
「いっそ…俺が革命を起こすか」
それもいい。今、歩いているこの通学路で日々の革命を起こす力を俺は持っている。他人には無い力を持っている。それを今、発揮させればいい。そうすれば皆は驚き、恐怖と好奇心を剥き出しにして行動を始めるだろう。
「…なんてな」
天は一人、微笑しながら誰もいない通学路を歩いてゆく。日も既に沈み、当たりは闇に沈んでいる。
「誰もいない道で何を考えているのだか、俺は」
消えかかっている古い街灯が、天の虚ろな瞳と長く伸ばした白髪をぼんやりと照らす。月も雲で掻き消され、天を照らすものは街灯のみだ。同じ間隔に設置された街灯に頼って帰るしかない。だが、今日は何故だろうか。いつもと違う…ような感じがする。
「…人影、か?」
数メートル先の街灯にぼんやりと人影が見える。こんなところを歩いている者などそうそう会わないのだが、会ってもおかしくはない。
「……達が現れた」
段々と近づいてゆく天に気が付かないのか、人影は独り事だろうか、ぼそぼそと何かを口走っている。
「何故、今頃になって…」
天は人影を無視し、歩いてゆく。何故か心臓の鼓動が大きくなる。本能が疼く。これ以上は立ち入ってはいけないような空気が感じられる。
(なんだ?なんなんだ…今日は。なんなんだこの空気は…俺は一体どうしたんだ。落ち着け、こんなに急な展開があっていいものだろうか。そうだ、人生は平凡だ。平凡な人生に常識外れのことが起こりえる訳がないじゃないか。変革を起こすのは俺だ。俺はまだ変革を起こしちゃいない)
体中から冷や汗がどっ、と噴き出してくる。足が竦む。
「…あら、こんばんわ」
「………」
人影、その女性の艶やかな黒髪、が鈍い光を反射させる。その反射する鈍い光は人を惑わせる。
「あら、恐い顔。人生損してる顔だわ。そう、例えて言うなら…毎日がつまらないとか?」
天は立ち止まる。立ち止まるつもりなどなかったのだが、立ち止まってしまった。自分でも何故顔が引き攣っているのか分からない。
「あら?図星だったかしら」
「……俺に構わないでくれ」
「まだ私は関わってないわ。これから関わるか関わらないかはあなた次第よ。まあ、実際の所、もう既にあなたは私たちの『輪』の中に入り込んでしまっているのかもしれないけど」
そう言うと、女性は空を見上げる。
「…なんなんだよ、アンタは」
天の不愉快な声。いや、声が震えているので恐怖から絞り出した声なのかもしれない。女性はただ、空を見上げる。
「私はあなたと同類よ」
「同類?」
そう、と空を眺めていた顔を天に向ける。凛とした表情。今までの人生、天が見たこと
の無いほどの透き通った表情。
「君は私に似ているのよ。あなたは私に似ているのと同じように。そして世界にはあなたに、私にそっくりチカラをもった人たちがたくさんいる」
「俺の…力と?」
天は思わず聞き返す。体の芯が震えるようだ。共振とでも言えばいいのだろうか。
「そう。あなたはすでに巻き込まれているのよ。そのチカラに目覚めた時から」
頭が混乱して来た、と天は思う。これは嫌な夢なのかもしれないとも思った。
「ここ最近、ここで起こっている連続殺人事件、知っているでしょ?」
「…聞いたことは」
天は頷く。ここまでの会話でどのくらい時間が経ったのだろうか。すでに時間の感覚など消えてしまっている。まるでここだけの空間だけ別の次元のように。
「その犯行内容まで知っている?」
「外傷が無い死体、くらいは」
「今月に入って5人。被害者は月を追う毎に犠牲者が増えている」
「それが俺に何の関係があるんだ?それを言う為に呼び止めたのか?」
まさか、と女性は笑う。
「本番はここから。問題はその犯人よ。大体外傷がない人間の殺害なんてそうそう簡単にできはしないわ。毒殺だったまだしも、死因だって警察は説明していない」
「…それがどうしたんだ?」
「これが人の仕業じゃなかったら?」
天と女性の間に冷たい風が吹く。女性の目が少しだけ悪戯っぽく歪む。
「馬鹿馬鹿しい。そんなはずがある訳ないだろ。まさかあんたはこの犯人がお化けだとでもいうのか?」
「そうだとしたら?」
「…俺は信じない」
「信じる信じないは別。問題は起こっている事実よ。犯人は人間なんかじゃない。幽霊の類でもない。それは45年前に私の一族が封印したもの」
女性の周りを覆うように風が吹き荒れる。それに答えるように天の鼓動は大きくなってくる。
「現代では忘れられし存在、過去の人たちはそれを『妖魔』と呼んだわ。彼らは私たちの世界、いわゆる『表のセカイ』には干渉しなかった。だけど、最近また勢力がこちらのセカイまでに侵食してきたのよ」
「ち、ちょっと待ってくれ。意味が分からない。妖魔?仮にそんな類が存在したとしても俺にはそれはまったく関係が無いじゃないか。俺を巻き込むな」
「さっき言ったでしょ?既に巻き込まれてるかもしれないって。話は最後まで聞いたほうがいいんじゃないかしら?」
「既に巻き込まれてるだって?冗談じゃない!何故、こんな自分の生活すら変えられない俺が巻き込まれないといけないんだ!仮に強制的に巻き込まれても、俺はどうすればいい?俺は無力だ!死にもの狂いでその妖魔やらに銀の杭でも打ち込めばいいわけか!?」
「無力?あなたは一般人と比べてれば無力なんかじゃないじゃない。あなたには抵抗できる力がある。同じ私にはわかるのよ。あなただってそうでしょ?何かを感じてるはずよ」
女性は天の胸の辺りを指差す。全て見透かしたように。
「話を戻しましょう。簡潔に言えば私はその妖魔を表のセカイにこれ以上干渉しないように止めないといけない。それをあなたに手伝ってほしいのよ。」
「手伝う?その妖魔が何者だかは知らないが俺には無理だ。止める理由も無い。逆にこの日常が変化していいじゃないか」
天はせせら笑う。もはやこの鼓動は慣れた。
「これはあなたの運命なのよ。あなたが生まれたときに課せられた。ただ私は強制はしないわ。嫌ならこの運命を変えればいいわ。だけど、あなたはこの運命に立ち向かわなければこの生活が一生続くわよ。あなたはただ、生活を変えるチャンスを逃しながらそれを探す生活を続けることになる。それでもいいの?」
「…急にこんな話を聞かされて急に信じろって?無理な話さ」
「それじゃあ、あなたに一日時間をあげる。私は椿。武蔵 椿よ。また明日会いましょう、神無月 天クン」
と、椿が笑い掛けた瞬間だった。急に耳を(つんざ)くような、音が天を襲う。
「ッィ!?お、音!?」
「まさか!?もうばれた!」
椿は、片手で耳を押さえ、もう一方の片手を伸ばし、苦しむ天を引き寄せる。
「SPIRIT・WALL(精神の壁)!!」
椿が叫ぶと、天を苦しめていた音は瞬時に消え、椿と天を取り囲んだ空間には水に波紋が出来たような紋が所々に浮かび上がる。
「ごめんなさい、天クン。あなたに一日の猶予、あげられなくなっちゃったわ」
「な、なにが起きているんだ…俺は、俺の日常は」
「残念だけど、今から180度変わっちゃうわね!」
突如、周りを取り囲む波紋の一部が狂ったように震える。
「チッ!?障壁とは人間としては小賢しい!」
瞬時に天の目に映ったのは、白銀の美しい鎧姿の物体。それは一瞬で姿を消す。
「なんなんだよ、アイツは!?」
「あれ?あれが噂の妖魔って奴よ!」
と、脅えた表情を見せる天に、椿は頑張りなさいよ、と背中を気合代わりに叩く。
「…夢じゃないんだな?」
「私が保証する、これは夢なんかじゃない。天クンには悪いけど、やっぱりあなたは既に巻き込まれちゃったらしいわね」
「なんなんだよ、一体今日は!」
と、天は唇を噛む。やっぱり巻き込まれた?冗談じゃない。
「とりあえず…あれは確実に俺達を狙っている訳だろ?アイツは一体何なんだよ」
「さっきも言ったけど妖魔。しかも運が悪いことに、あの妖魔は類の中でも上級妖魔。残念だけど私の能力じゃ勝ち目は薄いわ。多分、あなたの能力でもね。とりあえず今はこの空間にいれば少しは持つけど時間の問題よ」
「それじゃあどうするんだ?このまま黙って死ねとでも言うのか?」
まさか、と椿は笑う。こんな状態でにこやかに笑える椿に天は少々戸惑う。
「私の弟がいるわ。マサキ君が来てくれれば万事解決よ…勝てるかは私たち次第だけど」
「弟?そいつは今、ここにいるのか?」
「まさか。今頃、家から自転車で必死にここまでこいで来ているわよ。あと十分って所かしら?」
「十分!?それまでこの空間は持つのか?」
「残念ながらそれは無理。あと一、二分持つかどうかよ」
と、椿は表情は笑っているが、額には薄っすらと汗を滲ませている。どうやらこの空間を作るのには予想以上に体力を使うらしい。
「後…八分持たせればいいんだな?」
「そう。いい手はある?」
「俺の能力を使えば、三分くらいは持つんじゃないか?」
再び波紋が大きくなる。徐々に波紋が大きくなっていくのを、見るとこの空間も限界が近いらしい。外の妖魔はそれを知ってか、攻撃の手を緩めない。
「俺のチカラは知っているんだろ?」
「大体の予想の程度ね。確かにそれを使えば少しは時間を稼げるかもれないわ。この障壁もあと一分持つかどうか…」
と、椿は取り囲む空間を眺める。波紋が大きく、障壁が薄くなっている感じが分かる。
「この空間を消すタイミングはお前が決めてくれ。それに合わせて俺はこのチカラを使う。そしたら左右に別れよう。固まっているよりはいい」
「分かったわ。じゃあここから離れた先の所に大きな看板があるからそこで落ち合いましょう。任せるわよ、天クン。三、二、一のタイミングで行きましょう」
頷く天。このチカラをあからさまに他人に見せるのは始めてかも知れない。すでに障壁は限界。行くわよ、と椿は天にタイミングを計る。
「三…二…一!良いわよ、天クン!」
「上手く行けよ…INVISIBLE MAN!(透明人間)」
天は障壁が消える瞬間そう叫ぶと瞬時にして天、そして傍らにいた椿の肉体が瞬時に視界から消える。視界からその姿を消し、闇に紛れた二人に白銀の妖魔は、チッ!と舌を打つ。
「一瞬にして消えた…椿にはそんな能力は持ち合わせていない。となると、あの小僧か。たかだ人間がこのセアトをコケにするとは、許せん」
(セアト?確かに今、あの白銀の妖魔はセアトと自ら言った…それが本当ならかなり厄介だわ)
白銀の騎士の背後を眺めながら、どこか物陰を探す椿は耳を疑った。それが本当なら、マサキだけでは勝てないかもしれない。
(一旦逃げるのも手かしら?)
自分たちで駄目なら、助っ人を頼めばいい。祖父や祖母は無理だとしても祖父の姉の息子、椿の叔父さんに当たる人ならこの麗しい怪物を滅ぼせるかもしれない。
(そんな時間があったら良いけど)
椿の視界には写らないが、天も逃げているだろう。この能力がいつまで続くかは知らないがその天と会うのも一苦労だ。とりあえず、今はマサキが来るのを待とう。話はそれからでも十分間に合うと思う。ただ…、と椿の脳裏には不安要素が浮かび上がる。
(この天クンのインビジブル・マンがどこまで優秀かがキーポイントね。今の時点でセアトは完全に私と天クンを見失っている。と言うことは、視感、体温、そして、体内の『氣』は本当に消すことが出来るみたいね。あとは私と天クンがへまをしなければいいんだわ)
不機嫌そうな顔をしながら辺りを見回すセアトから離れる椿。あとはセアトの視界から離れられる場所、離れた看板まで行けばいい。そこでマサキに連絡でもなんでもすればいい。
「ええぃ!『氣』まで消すとは…いや、待てよ。フフッ、そういうことか」
不意に不敵な笑みを浮かべたセアトは一気に空中に飛び上がると、地面に向かい両腕を突き下げる。
「いくら姿が見えないところで実物が消えたわけではない!スクリームッ!!」
と、白銀の妖魔が叫ぶと、その両腕から再びあの嫌なノイズが響き渡る。
(ッィ!!耳が…)
と、椿yとは反対方向に逃げていた天は、耳を押さえる。空間に響き渡るノイズは脳天を嫌というほど振動させる。
「フフッ、コウモリがどうやって獲物を見つけるか知っているかね?超音波だよ。コウモリは自らが放った超音波で獲物までの位置を見つけるのだ。そして私も!」
と、セアトは弱り果てた獲物を見つけた鷹のように誰もいないように思える空間に突っ込んでゆく。
「見つけたぞ!この能力の張本人!」
天の首元目掛け、急降下する白銀の騎士は薄い銀色に輝く長剣を突き立てる。本能が疼く。
「天クンッ!」
遠く離れたここからでは椿の『スピリット・ウォール』も間に合わない。目の前に飛び込んで来る剣に天は息を呑んだ。
(し、死ぬのか?俺は…こんなところで、何者かも分からないこんな奴に…)
目の前の妖しい美しさを持つ顔が狂喜の表情に変わってゆくのが分かる。セアトは殺しを楽しんでいる。今から天を殺せる事を喜んでいる。
だが、
それも瞬時の事だった。今、天の目の前にあったと思われた剣は何かしらの衝撃によって一瞬にして消え去る。セアトと天の間に凄まじき風が吹き渡る。
「ヤレヤレ…四十年ぶりに帰ってきたと思ったらこの有り様か。間に合ってよかった」
その何かしらの衝撃を生み出したと思われる人物はその黒に包まれた格好からか、闇に紛れながらゆっくりと天と空中停止したセアトの方へと足を運ぶ。椿の感覚が疼く。
(よ、妖魔、また新しい妖魔だわ…最悪だわ、これは)
「セアトッ!見ない間に堕ちる所まで落ちたな!昔のお前はまだ性格が良かったんじゃないのか?」
「その忌々しい声…アルシオン!アルシオン・ヴァジュイール!」
先ほどまでの狂喜の表情は見る影も無く、今のセアトには恐怖とも取れるべきまでに歪んでいる。
(アルシオン・ヴァジュイール?そんな妖魔の名前聞いたことがないわね…しかもセアトは恐怖している。仲間の筈なのに…なぜかしら)
謎を残しながら、その黒に包まれた妖魔は、セアトの目の前のに立つ。
「さて、セアト君。君には二つ選択肢を与えよう。まず一つ!このまま退き、これ以上このセカイに干渉しない事。二つ目は俺と戦う事だ。さて、どうするかね?」
アルシオンはセアトに微笑を浮かべながら問う。未だ恐怖を浮かべているセアトは急に笑いを溢しはじめる。
「フフッ…ハハッ…ハハハハハハハハハハハッ!!!過去の俺と思うなよ!殺してやる!この俺がお前をこの手で殺すんだ!こんな愉快な事はない!アッハハハハ!!!」
突如、狂ったように笑い出すセアトにアルシオンはヤレヤレと苦笑を浮かべる。
「ヤレヤレ、腐っていたのは性格だけではなくて脳もだったか。そこの君、ここは俺に任せて早くあそこの少女と共に逃げたまえ。私もあの少女に用があるからまたその時に会おうではないか」
「…助かったんだな?俺は…」
と、ようやく天は立ち上がると、椿との待ち合わせている看板まで、走り出す。もうそれは本能の行動なのだろう、一心不乱に歩み、走り出す。
(あの少女というのは私の事…よね?ここは訳が分からないけど私も行きましょう。何故かあの妖魔は懐かしい感じがする…気のせいかしら?)
と、すでに天の『インビジブル・マン』も消え去っていた椿は走りながら、ちらりと対峙する妖魔達を見たが、すぐさま向き直り、そのまま走り去っていった。

残されたのは、古びた灯に照らされた妖しい妖魔が二人、対峙する。
「さて…幾年ぶりかな?こうやって対峙するのは」
「あの時の恨み、その身を持って味わうがいい!アルシオン!」
残酷な笑みを浮かべながら、瞬時にその距離を縮める白銀の騎士。手には先ほど折られた銀の長剣が形を織り成し、アルシオンに向けられる。
「ヤレヤレ、血の気が多くて困ったものだ」
と、アルシオンは一閃を身を(ひるがえ)し、ため息を吐く。
「残念だが、お前と構っている暇は無いんでね。早々帰るがいいさ!」
振り切られた長剣を真上へ一蹴し、空を舞った長剣は鈍い光を浴びながらコンクリートの地面へと金属音と共に突き落ちる。ッ、と舌打ちを漏らしながら距離を取るセアト。
「いくぞ!ブラッテイ・サーティン!ナンバー6!ローズ・クロス!」
と、魔力を凝結させ、土の無い大地から、血のように真っ赤な薔薇の花を生み出す。ツタはアルシオンの周りにゆっくりと円を描くように集まってくる。
「ナンバー6!クッ!スクリーム!」
と、セアトは空中へと舞い、見上げるアルシオン目指し、その両腕を向ける。
「オレのスクリームは、全てを破壊する音の振動波!」
空気が揺れ、大気の動きが変わる。実体の見えない音の集合体は広がりながらアルシオンを追いつめてゆく。
「スクリーム…音の衝撃か」
真っ赤な薔薇の花びらが微振動に響いてゆく。コンクリートの微々たる破片がカタカタと震える。
「…ナンバー2、神々の衣」
途端、アルシオンの真っ黒な衣装が伸び、包み込む。音の衝撃は、アルシオンを巻き込み、その周りを削り取っていった。薔薇はバラバラに引き裂かれ、有終の美を飾る。
「チェック…メイトかな」
セアトの真下の大地が割れ、今、千切れた筈の薔薇が勢い良く上昇しセアトに絡み付く。腕に、脚に、その姿は十字架の形に変えてゆく。
「全く…この神々の衣でも耐え切れなかったか」
アルシオンを包んでいた衣はもとの形状に戻り、腕や顔に切り傷を負った黒い妖魔が姿を現す。
「だが、まだまだ。甘いな」
薔薇の十字架に掛けられた妖魔の足元へ、ゆっくりと近寄っていき、まじまじと見上げる。
セアトの轟音が響く。だが、既にアルシオンには通用しない。
「大体、今更何のために現れたんだ。もう戦いは四十年近くも前の話だぞ。一体誰が黒幕だ?」
「ハッ…全ては妖魔の為。お前だって妖魔だ、分かるだろ?あの時からオレ達のセカイは確かに変わったよ。だが、オレには住みにくいね。何が共和政だ、何が平等主義だ!下等の妖魔までがシャリシャリ出てきやがって!オレは昔のあの麗しい生活に戻したい!あの優雅で、権力だけが支配するあの世界に!」
「…妖魔の為か。一体どのくらいの妖魔がお前に共感する?俺は反対だった。あんな永遠に終わることも無い堕落した生活は」
「うるさい!お前たちが無駄な事をしなければ!お前たちが改革を望まなかったら!お前がオレ達の理想郷に共感してくれれば!オレ達の天下は消えることなんてなかった!」
セアトを拘束する薔薇の鍵爪状に変化した棘が白い肌に動けば動くほど食い込み、蒼い体液が滲み出す。
「…それは争いの無い理想郷だったかもしれない。だが…アイツは心の奥底で革変を望んでいたんだ。その膿んだ気持ちの結果があの事件を生んだ。犠牲者も出た。オレ達の天下なんてもともと可笑しかったんだよ。ゾズマや、ラスタバンはその膿んだ気持ちをいち早く知っていた。その天下もおかしいと分かっていた。もちろん、俺も分かっていたのに止められなかった。セアト…お前も知っていた筈だろ?いつかはこの永遠の拘束が終わりを告げることを」
うるさいっ!と、声を枯らしながら叫ぶセアト。目にはうっすらと涙が浮かぶ。それは悲しみの涙などではなく、後悔の涙。
「認めない…認めないぞ!それを認めてしまったら…オレは、オレは何の…ため…に」
「…セアト、悲しみの騎士よ。そのチカラの方向さえ間違えなければ、俺達はこんな同じ種族で殺し合いなんかしなくてよかったものを」
薔薇はただ、自ら、命を絶った砂の亡骸を包むのみであった。何時の間にか空は晴れ、星たちがかすかな光を放つだけであった。


「天クン、大丈夫だった?」
椿はいち早く待ち合わせの看板の前突っ立ている天に声を掛ける。
「…一体何なんだよ。一体俺は!アイツは!お前は何なんだよ!これが俺に決められた運命なら!俺は、俺は一体…」
天の目は死んだ魚の様に濁り、椿を睨み付ける。
「そのチカラを持った以上、巻き込まれることは少なからずあったこと。そのチカラは運命なのよ」
「…俺は生活の変わりを望んでいたよ。ああ、望んでいた!だが、俺は…今恐いんだよ。今までの生活が消えるのが恐いんだ!心の中でそう自分が叫んでいるんだよ!ただ、つまらないと毒を吐いているあの生活が失われるのが実は恐かったんだ!俺は…臆病だった。俺は…!」
「天クン…」
「消えるのが恐いんだ、日々の日常が!」
天は叫んだ。叫べば元に戻ることなんてありえないとは分かっているが、天は叫ぶしかなかった。もしかしたら、これは永い夢で、この日常が消えてなくなることなど無いと思ったから。だが、ただ、叫び声はこの虚空の空に響き渡るだけだった。


はい、こんにちは。サイレンスです。 正直に告白します。この作品は失敗しました(泣)初めは…一万字?長い長いと思っていた自分が馬鹿でした。まったくもって一万字に纏められずになにが言いたいか分からなくなってしまいました。機会があったら続き、いや、ちゃんとした作品に仕上げたいと思っています。 次はコメディにしようと痛感したサイレンスでした。













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